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二十四話 荒木 錯太郎

※今回のお話は後味が悪い展開が含まれます。ご理解いただけると嬉しいです。


タイトルの荒木 錯太郎 (アラキ・サクタロウ)は荒木さんの本名です。


「どうして――皆を騙したんですか?」


 望は荒木に聞いた。


 刃物を突き付けられている状況でも、望は困惑し、焦りを露にしている荒木に向けて聞くと、荒木は言葉を詰まらせた状態で望のことを見ていた。


 恐怖に駆られた者の焦りの顔。


 そんな顔を見ても望の気持ちは、顔は変わらない。


 なおも問い詰めるその顔に、容赦などなかった。


 あるのは――怒りだけ。


「~~~っっ! だ、騙して何が悪いっ!」


 怒りしかないその顔を見た荒木は、抗うことを貯めたのか、望のことを見た状態で、手に持っている己を守る武器を持ったまま口を開く。


 開口利いた言葉は、まさに反吐が出る様な言葉。


 そんな彼の言葉に耳を傾ける望の目元に動きがあったが、それも僅かな動き。焦り、ボロを出す荒木が気付くわけもなく、彼は望に言う。


 自分が最も正しい。それを言葉にして。


「私は、私はこの会社の課長だったっ! 『感染』者などと言うものがはびこる前までは、私は会社の支柱になっていたんだぞっ? そんな私が死ぬようなことがあってはならないっ。これは当然のこと! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っ? 勿論階級ある者が生きる! これが正解だから私はそうしたまでだっ!」


 なんだそれ。


 望は思った。


 そんなちっぽけな理由で希たちを危険にさらした。


 自分が生き残ることを選択した結果を聞いて、望は思ったのだ。


 荒木は――醜いと。


 醜悪過ぎると思っていたが、そんな望の気持ちなど無視して荒木は続ける。


 聞いていないのに、彼は自分のことをべらべらと、これでもかと言うくらい舌を回し、望に向けて話しだす。


「部下達のために厳しく指導し、育て上げてきた! 私は()()()()()()()()()()()()()()()にも関わらず、部下達は私のことを避け、あろうことか『パワハラ』だと訴えてきた! 昔はそんなことなかったっ! 私が若い時はそんなことなかった! 全部上司や先輩の気遣いと思い、優しさと思って光景してきたんだっ! それを『パワハラ』だとか言いやがって………っ! 」


 ああ、やっぱりな。


 荒木さんはパワハラ体質だったんだ。


 今の時代で問題視されていることを平然としていた荒木の思考回路を聞いて、望は呆れながら心の中で溜息を吐く。


 その部下達の判断が間違っていないことを懸命な判断だと思いつつ、荒木は荒木で悲しい人だと思い、より醜さが膨れ上がったことを見て感じてしまう。


 昔の出来事をそのまま今になって使う。今と昔は違うのに。


 そう思いながら………。


「私は課長なんだっ! 甘やかしてしまえば後に苦労するのは部下達だっ! 飴と鞭だよ飴と鞭っ! 私が若い時は暴力も日常茶飯事だったのに、それに対してもあいつらは反論する。私は課長だ! 課長と言うものは部下を育てるためなら何でもしていいんだっ! 部下はそれに対して我慢しなければいけないっ! 昔だったら常識だっ!」


 今はもう非常識の行いだ。


「社長も社長だっ! 私の教育を見て注意してきたんだっ! あんな私よりも若い奴が社長になってふんずりかえっているから部下達がつけあがる! 私は会社のために貢献しているのにっ! なぜ『今は違うんだ』と責めるっ!?」


 社長の判断は間違っていない。


 むしろ――荒木さんが駄目なんだ。


「『感染』者が出た時もそうだっ! みんなして会社を捨てて避難しようとしていたっ! 私は嫌だったっ! 会社だけが私の居場所で、他の居場所なんてなかったっ! 誇れるものがなかった! 会社がなければ私の苦労が水の泡になってしまう。苦難も何もかもが水の泡になってしまうっ! 私がこうけんしてきた会社が無くなるなんて嫌だっ! 私の人生の半分を刻んだこの会社を捨てようとしたんだ奴らなんて、いなくなって当然の奴らばかり! だから――」


「だから――部下や社長、会社のみんなを犠牲にした?」


 荒木の言葉が終わる前に、望は遮った。


 言葉を挟み、驚く荒木に向けて望は冷静な音色で荒木が言いたいことをまとめた。


 冷静な音色だが、その音色には冷たさも帯びている。


 冷酷と言う言葉が正しいその音色で、望は結果だけをまとめた。


「結局、荒木さんは会社だけが命で、その会社にいたいから、会社を捨てようとした人たちを『感染』者にしたんですか?」

「な、何が悪い………っ!」

「希たちはこの会社の人達じゃないですけど?」

「あいつ等は、あいつ等は年下のくせに私を馬鹿にしてたっ! 年上は敬う! これは社会において鉄則だっ! 図書館で籠城している奴らもそうだっ! 私の方が年上だろうがっ!」

「今は結果論と実力がものをいう時代です。年功序列はもう古いと思います。特に、あなたのように年功序列を重視し、あろうことか時代錯誤の様な事をしている人を、なんていうか知っています?」

「知るわけないだろうっ!? 私は課長だっ! 課長の命令を無視して逃げ出そうとしたから罰を与えただけ! それの何が悪いっ!? みんな私に従って動いていればいいんだっ! いずれ私はこの会社の社長になる人材! その為に私は会社に戻って来たっ! 勿論人材も確保して」

「やっぱ、ガイアクですよあなたは。今の時代のタブーを犯して、それで図書館で避難している人たちをこき使うなんて、あなたの王国じゃないんです。この会社は」

「――っ!」

「もう、この会社は終ったんです」


 あんたの所為で、この会社は死んだ。



 結局、荒木の言いたいことは自己中心的な言葉だらけだった。


 現代において問題視されていたことをしていた荒木にとって、それは()()だった。


 荒木はこの会社しか取り柄がなかったから、この会社でしか生きることができなかったから、この会社が無くなってしまったらだめだと本能として思ったから、彼はこんな行動を起こしてしまったと希は思った。


 思うと同時に、呆れが込み上げてきたのも事実。


 しょうもない凝り固まった思考で彼は会社を壊した。


 しょうもない欲望で希たちを危険にさらした。


 しょうもない野望の所為で、徒労に終わった。


 望の言葉を聞いて、荒木は言葉にならない叫びをあげて頭を振り乱す。残っていた髪の毛も悲鳴を上げて乱れていく姿を見て、望は冷たいそれを浴びせるだけ。


 荒木は一体何のためにいるんだろう?


 そう思ってしまう望も、荒木の言葉を聞いて行くうちに、どんどん怒りが込み上げてきて、次第に手にしていたつるはしを振り上げようかと思った。


 その時だった。


 ――ダァンッ!――


 と、乾いたそれが二人の鼓膜を揺らし、同時に………。


「ぎ、ぎゃああああああああああっっっ! あいだあああああああああああああっっっ!!」


 荒木が叫んだ。


 一瞬の出来事だったが、望は荒木が叫ぶ姿を見て、腕の()から出ている赤いそれを見て、丸いそれを残して割れてしまったそれを見て、理解した。


 荒木は、撃たれたのだ。


 外にいた警官の『感染』者によって、彼は打たれてしまったのだ。


 金剛寺が言っていた警官の『感染』はこのことを指していたことに気付き、望は即座にその場にしゃがんで隠れる。見つかって発砲されてしまっては元も子もない。


 未だに痛みで叫んでいる荒木は、流れるそれを手で塞ぎながら止血しようとしている。涙と汗、鼻水で顔はもう水まみれ。ぐちゃぐちゃだ。


 もう怒りなど忘れたのか、荒木は泣きながらなおも叫び続ける。


 叫んでしまっては『感染』者の格好の的になってしまうが、痛みでそれどころではないみたいで、なおも叫びながら『助けろ』などぬかしている。


 望はそれを見て、目元を歪ませて静かにしてほしいと願ってしまった。


 いっそのこと――そう思ったが、それは駄目だと自分に言い聞かせて思いとどまる。


 ここで殺しては駄目だ。殺してはいけないという枷が無くなった世界でも、人を殺すことは外道になってしまうと同じ。


 それでは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったから、望はしなかった。


 叫び続ける荒木に対し、望はどうにかして叫ぶことを止めさせようと声を掛けようとした時――横のドアから衝撃の音が勢いよく響いた。


 ――どんっ!――


 と、体を打ち付けるその音を聞いた望は、息を止めて音がした方を見ようとした。


 見ようとしたと同時に、望の視界の前を通り過ぎた二つの黒い何か。


「グきぃいいヤぁァアアあああッッ!!」

「キィしャああァアアァアっ!!」


 それは――茶色いスーツを着た『感染』者と、腕が取れてしまった初老の『感染』者。


 二体の『感染』者は勢いよく荒木に飛びついたかと思うと、そのまま荒木を掴み、人間とは思えない強さで荒木のことを部屋に引きずり込んでいく。


「ああ! あああああああ!」


 叫ぶことしかできない荒木は、掴んで引きずり込もうとしている『感染』者のことを蹴るが、茶色いスーツの『感染』者はそれを手で受け止めると同時に、荒木の足を勢いよく握り潰し、真っ赤でまずそうなトマトジュースを生成する。


 ぎゅっと、簡単に。


「いだあああああああああああああああああああああっっ! いだいよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!」


 折れて、ジュースの搾りかすとなってしまった足の痛みに耐えきれずぐちゃぐちゃの顔で叫ぶ荒木。


 辺りに飛び散るそれを見て、そして二体の『感染』者を見た望は言葉を失った。


 ゾンビのように噛むしかしなかった『感染』者が、()()()()()()()()で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿を見て、今まで見てきた『感染』者にはなかった――()()()()()()()()()()()()()()を見て、望は動くことができなかった。


 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を見て、動くことができなかったのだ。


「お、おい助けろっ!」

「っ!」


 荒木の声が聞こえ、望ははっと息を呑んで荒木を見た。


 荒木は現在進行形でドアの向こうに引きずり込まれようとしている。


 その奥には数体の『感染』者がいて、数体ほど白いそれを秘めていた『感染』者を見て、望は荒木の声を聞くことができずにいた。助けを乞う声も聞こえないまま、普通の『感染』者じゃないそれを見たまま固まってしまう。


「た、助けて………! 助けてくれっ! 助けて助けて助けて助けてっ! 助けてくれっ!」


 助けを乞い、伸ばした手すらも無視されてしまう荒木は、絶望の顔を浮かべて――されるがまま部屋の奥へと引きずり込まれてしまう。





「――くそがきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!」





 望への怒りを最期に乗せて、荒木を招き入れたドアは勢いよく閉まって――

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