二十一話 駆け抜けろ!
「お前マジで言ってんのっ!? 確証とかそんなのわかんねーで言ってんだろっ!」
説明を終えたところで、いくさんの怒声 (『感染』者に気付かれないように声量を抑えたそれで)が私に襲い掛かる。
実際――こればかりは言う通り確証はなかったから、言われて当然と思ってしまう。
でも、私はいくさんのことを見て諫めるように両手を出して、『どうどう』しながらいくさんに返す。
「確証は確かにないです。でもこれしかないなって思って………」
「それで絶対にできるって自信あんのかっ? お前とはさっき会ったばかりだけど、無理だろっ! ひょろがりのくせに、何粋がって何かしようって躍起になんなっ! 逆に迷」
「いくさんはっ」
「!」
郁さんの言葉は正論だ。正論で真っ当な事しか言っていない。
でも、私はその言葉に返すように、抗う様に弱めの声で言い返す。
は、初めてかもしれないな………。言い返すなんて。
今までそんなことしなかったし、あの時だってしなかった。
しなかったけど、今私はそれをしている。これしかないって思っているから、私はいくさんに聞いた。反論と言うよりも、いくさんの意見を聞きたかったから。
「い、いくさんは………、こんな大勢の『感染』者相手に、どうするつもりだったんですか? 荒木さんやお兄ちゃん捜索もして、この状況をどうするつもりだったんですか?」
「そ、それは………、斬るしかねぇだろ。バッタバッタバッタ斬りまくれば」
「その、間に………背後から襲われたら元も子もないです」
「大丈夫だってっ! ウチは何とかなるっ! こんな大人数相手にしたことだって」
「少しでも減ればもっといいじゃないですか」
「……………」
「それに、外にいる『感染』者も相手にするとなれば、いくさんでも無理があると思いますし、それに、体力温存となれば………、戦いは避けた方がいいと、私は思います」
武器が壊れたら、喰われる。
それはドラマでも、映画でもそうだった。
武器が無くなったら、人間はただのお肉になる。
だから私はそれを踏まえ………、いや、これは付け加えただけだから違う。それ考えたから私は説得したんだ。
こんなに………、こんなに人と話したのは、いつ振りだろうか………。
そう思っていくさんの言葉を待っていると、いくさんは深い溜息を吐いて、『わかった』と投げやりの言葉を掛けながら私を見て言った。
軽く手を上げて、頭を振りながら――
「刀がなかったらウチも丸腰キツイし、仕方がねーからのるよ。本当にできるのかわかんねーからもう一度言うけど、それって、お前出来るん?」
と聞いて来たいくさんに、私は頷く。
大きく、できることを見せつけて――
それを見ていくさんは頭を乱暴に掻き、呆れるような溜息を吐いた後、いくさんは言う。
刀を手に持って、その時が来るのを待つように――
「できるだけ、遠くにある物でな」
「――はい」
いくさんの言葉――オーケーの合図を聞いて、私はいくさんの前に出てその場でしゃがむ。
しゃがむ――じゃないな。これは、少し屈んで、両手に手を突いた状態にする。と言った方がいいかな?
そう。私はクラウチングスタートの態勢になって、その時が来るのをじっと待っていた。
狭い通路にぎゅうぎゅうになっている『感染』者。少しだけ隙間があるみたいだけど、本当に隙間があるのかと思ってしまう様な光景だ。
バラバラの状態でいる『感染』者を見て、割れた窓や割れていない窓を見て、私は決める。
「すぅ……」
小さく息を吸い。
「はぁ」
そして吐く。
吐いた後で私は顎を引いて、足に力を入れて――地面を蹴って掘り起こすように、地面を蹴り飛ばすように――
よーい。
――バリンッ!――
『感染』者が何かを踏んだ音。硝子を踏んだ音が聞こえたと同時に私は駆け出した。
コンクリートの地面を蹴り、私は少し前のめりになりながら背筋を伸ばして走る。
顔は前。目の前には『感染』者。
『感染』者は私の床を蹴る音を聞いていないのか、小さい音なのか気付いていない様子。
それを見て、私はすぐに走る体制のまま、地面を蹴って跳躍する。
「ほっ!」
跳躍して、腕を振り上げながら私は『感染』者の頭に向けて、足を思いっきり踏みつける。
ぐしゃっ! と生々しい感触と同時に、『感染』者の呻く様な声が聞こえる。
「っは」
聞こえて、感じてしまったけど、そんなのお構いなしに私は駆け出す。
勿論真っ直ぐ駆け抜けるのは無理だ。ジグザグと走り、『感染』者の頭や肩を踏みつけながら走る。
遅くなってしまう速度だけど、それでもこの状況を切り抜けるなら、これしかない。
『感染』者を踏み台にして、走る場所にして駆け抜けないとだめだ。
そう思った時――
「ギぎあァアガぁあっ!」
「!」
「おい馬鹿っ!」
足元から出てきた『感染』者の手。
それを見ていくさんが刀を生き抜こうとしたけど、私はすぐに手を出した『感染』者の頭を強く踏みつけ。
――ぐちゅっ!――
「ぶギュぎぃ!?」
それを足場にして、私は斜めに向かって走り、通路の壁まで走ったところで、そのまま壁に足を強く踏みつけ、そのまま私は――
走る場所をほんの少しの時間だけど壁に変えた。
「うぉっ! 壁走りっ!? 忍者っ!?」
いくさんの声を聞きながら、体の角度を斜めの状態でキープしつつ、勢いを殺さないままどんどん私は壁を地面にして駆け抜ける。
できないかもって思ったけど、できてよかった………!
内心バクバクの状態で私はようやく通路の出口――会社の出入り口を見つけ、そこから壁を蹴って、私の視点で正面となっている壁に手と足をつけて突っ込む事故を極力無くして地面に着地する。
「う、ぎぎ………」
威力がデカかったのか、腕と足に痺れが来るけど………、今それよりも……、外にあるものあれを!
痛いけど、私は頑張らないといけない。
金剛寺さんやリンさん、お兄ちゃんと荒木さん、図書館にいるみんなを助けるためには、あれを探さないといけないんだ。
会社の出入り口について、すぐに辺りを見渡して――見つけた。
見つけると同時に私は駆け出す。
駆け出して、一直線に駆け出してそれに向かおうとした。その時――
「がぁギィヤぁぁアアああァッ!」
私のことを見て襲い掛かってきたのは――警官服の『感染』者。その手には拳銃。
『感染』者の手に握られた拳銃を見て、私は理解する。
あの発砲音はこれだ。そう思ったと同時に私は私のことを掴んで頭から食おうとしている『感染』者の足元に向かって、足と足の間を姿勢を低くして潜りながら振り向き、『感染』者の胴に向けてバールを振るった。
ごっ! と言う鈍い音と同時に、何かが折れる音。
それを受けた『感染』者は灰色の唾を吐きながらよろめき、そのまま地面に向かって倒れようとしたけど、その前に振るっていたバールを上に向けて振り上げ、そのまま勢いをつけて『感染』者の頭にそれを強く打ち付ける。
黒い液体が飛び散る。
『感染』者の頭が無くなったことを確認した私は、すぐにあれに向かって駆け出して、そして触れる。
鉄特有の冷たさと、赤黒い錆の所為でざらざらしている大きな鉄――そう。車に触れた私はすぐに運転席の窓に向けてバールを叩きつけた。
ばりんっ! と言う音が響き、窓ガラスが割れたと同時に私はそれに触れる。
運転席のハンドルの中央に触れ、それを強く、強く押す。
――パーッッッ!!――
――パーッッッ!!――
クラクションを聞いた『感染』者たちが、音がする方向を見て、音がする方角に向かって――私に向かって呻きながら歩きだす。
――パーッッッ!!――
――パーッッッ!!――
中には走り出そうとしたり、前の『感染』者を押しのけて割り込もうとしたりする『感染』者もいる。
――パーッッッ!!――
――パーッッッ!!――
それを見て、私は完全に会社から『感染』者がいなくなったのを見た後、クラクションを鳴らすのをやめて、壊れた車の上に乗って走ったり歩いている『感染』者を見下ろす。
改めて見ると、すごい数だ。
ざっと見でも三十体なんて超えている数だ。
それを見ても、私はなぜか、この時ばかりは怖いなんて感じなかった。
何故なのか、ネットカフェの時は分からなかったけど、今なら少しだけ分かる。
少しだけだけど、私はなんとなく、今は怖くない理由を知った。あの時なんで動けたのかを理解できた。
あの時は、リンさんが危ないって思ったから。
そして、今はリンさんと金剛寺さん、お兄ちゃんや荒木さんを助けようと動いている。
これが行動力になっているかはわからないけど、それでも私は――
そう考えていると、迫って来ている『感染』者がどんどん車に近付いて来ている。走って来た『感染』者はもう目と鼻の先だ。
私はすぐに目の前を見て、二歩ほど後ろに下がった後――車の屋根の上で駆け出し、すぐにその場で跳躍した。
空中で駆け抜けるように、そのまま『感染』者がいないところまで走って跳んで――
『感染』者に向かって走って来たいくさんとすれ違うと、私はそのまま地面に足をつけて、少しよろけながらなんとか着地。
そして――
「マジヤバじゃね? お前」
いくさんの言葉が背後から聞こえ、その声を聞いて振り向こうとした時――背後から聞こえたいくつもの斬る音。
同時に何かが落ちる音を聞き、それが終わるといくさんはすぐに私がいるところまで歩んで来る。
さっきまで斬ったこともあって、何かを振るい落とす音も聞こえたけど、何故か怖く感じなかった。
逆に感じたのは、安堵………だと思う。
立っていたその状態が崩れてしまったのか、力が抜けてへたり込んでしまい、それを見ていたのか、いくさんは歩み寄りながら私の肩を叩いて言ってくれた。
怒っていないし、苛立っていない。純粋な報告と労う言葉を掛けて――
「とりま全員斬っておいた。お前のお陰だよ」
作戦成功だな。
そう言いながらいくさんは首の骨を鳴らしながら『あー』と濁点交じりの声を上げる。
ゴキゴキ鳴らす彼女の横で、私はもう一度安堵の息を吐きながら項垂れる。
曖昧なものしかなかった作戦だったけど、何とか出来た。
そう心の中で安心しながら………。




