二十話 粗策
「はぁ? 考え?」
私の決死の言葉を聞いたいくさんは、顔でもわかる通り『何言ってんだこいつ』的な顔をして私の言葉に対して反論してきた。
確かに……、こんな時に考えってあんのかって思ってしまうのは普通かもしれない。
でも、これをすればもしかしたら、何とかなるかもしれない。
そう思ったから私は通気口から行こうとしているいくさんを止めて、私は声を出した。
できるかできないかは分からない。
わからないけど、絶対にあれならいけるかもしれないという曖昧な確信を持っていうと、それを聞いていくさんは続けてこう言った。
「考えって………、何を考えてんのか知らねーけど、お前の様な武器すら震えない奴が何言ってんだよ。さっきだって腰ぬかしていたくせに」
「う」
正論を叩かれてしまった。
確かに、私はあの時動けなかった。動けなかったし、それにいくさんの助けがなかったらあのまま噛まれていた (二回目になるところだった)。
「それに、ウチは一人で十分。今までだってそうだったし、それに一人の方が楽だから足手まといはごめん。あんた達はそのまま扉が開くまで待ってなよ」
自分一人でできると堂々と言ういくさん。
確かにあの数十体の『感染』者を斃したのは見てわかっている。わかっているけど………、このまま一人で行かせるのも、なんか、嫌だ………っ。
だって、私は、今まで何もしてこなかった。何もできなかったからお母さんが殺されちゃって、お父さんもどこにいるのかわからない状況で、何とかみんなのために――拠点にいるみんなのために頑張ろうって思ったのに、こんな形で終わるのは嫌だ………!
『よいしょ』と言って呆れながら通気口に手を掛けようと伸ばしたいくさんを見て、このままだとだめだ。と思った私は何とかして声を掛けようとした。
待つなんてできない。
私も、なんとか………! そう思った時――
「お前――カードを持っている奴の顔、見たことあんのか?」
「?」
「!」
突然声をかけたのは――リンさんだった。
リンさんは腕を組み、首を傾げた状態で振り向いたいくさんに質問する。
もう一度――『カードを持っている奴の顔、見たことあんのか?』と聞くと、それを聞いたいくさんはリンさんの顔を見て、少し黙った後………。
「………わからんけど、どこかにあるはず」
と言って、そんないくさんの言葉二反論するように遮ってリンさんは言った。
いくさんに負けない――堂々とした言葉と雰囲気で。
「いーや探すのは無理だろ? 今は緊急で、斬った後で探して、近くに『感染』者がいたら水の泡だ。私やみんなが餓死しちまう」
「いや。ウチは」
「この扉を開けたのは荒木って言うハゲのおっさんだ。ちなみに言っておくけど、カードじゃなくて『社員証』みたいなものな?」
まさに嵌めた。
嵌めたことで優位に立った時の笑みをしたリンさんを見て、いくさんは眉間にしわを寄せ、ギザギザの牙を剥き出しにしながら怒りを露にする。
嵌められたことに苛立っているんだろうな………。と思っていると、それを聞いて金剛寺さんは私の頭に手を置いて来た。
ぽんっと、軽く手を乗せるように大きくて武骨なそれを私のくせっ毛まみれの頭に乗せた金剛寺さんは、いくさんのことを見て言う。
リンさんの横で、反対の手を使ってリンさんの肩に手を置きながら――
「確かに、あの時荒木さんは社員証を見せていた。今は荒木さんの社員証がなければ何もできない。そもそも荒木さんを知らない君が行ってもダメかもしれない可能性がある」
「ぐ」
唸るいくさん。
そんないくさんを見ながら金剛寺さんは続ける。
私を見下ろして言ったのだ。
「幸い――唯一底を通れる希君は荒木さんのことを覚えている。覚えている人物を連れて行けば、俺達はここから出られる。そして、ここにいない望君を見つけることもできる」
「のぞむ? 誰」
金剛寺さんの口から出たお兄ちゃんの名前を聞いたいくさんは、首を傾げながらお兄ちゃんのことを聞く。
その言葉に私は小さな声で『わ………、私のお兄ちゃん』と告げると、いくさんは驚いた顔をして………。
「お前等、三人じゃなかったってことか………」
と言って、少しの間考えるいくさん。
考えているいくさんを見ていた私に、金剛寺さんは私の名を小さな声で呼ぶ。それを聞いて私は顔を上げて金剛寺さんを見ると、金剛寺さんとリンさんの顔が写る。
リンさんはこの場所が熱いのか、少し汗をかいている気がする。
そう思っていると、金剛寺さんは私に向けてこう言ったのだ。
「何を考えているのかわからないが、まだ君は中学生だ。こんな時――大人の俺達は何とかしないといけないんだが、今回は違う。希君、これだけは言わせてくれ」
生きることを諦めるな。いいな?
金剛寺さんはそう言って、リンさんは頷きながら私にグーサインを出している。
二人共優しい笑顔だ。
そんな笑顔を見て、少しだけ、信頼してくれたことに私は………なんていうんだろう。こう、そう――嬉しいというか、凄く跳ねたいくらい感情が盛り上がっている? 結局は嬉しいんだ。
そう――嬉しい。
嬉しいから私は二人を見て首を高速で縦に振る。
「そこまでふらんでいい」
ぶんぶん音が鳴るくらい振り回したことで、リンさんから静止の声をかけられ止める私。若干首が痛いと思ったけど、それでも嬉しかったことには変わりない。変わりないからこそ見たりを見上げてまた頷く。
頷いているといくさんは大きな声で『わかった』と言った後、私のことを『のぞみっつったっけ?』と聞いて来た。
それを聞いて私は頷き、いくさんは私を見て通気口を指さしながら言った。
「上る時は棚とか、そこら辺に置いてある段ボールを使って登れ。ウチの足手まといになるなよ?」
いくさんの言葉から出たオーケーサイン。それを聞いて私は二人を見て、二人に向けて、意を決するように言う。
確証もないけど、できるかどうかはわからない。
でも、まだ大丈夫なら………。
そう思って私は言った。
「か、必ず、必ず荒木さんとお兄ちゃんを見つけます……! 待っててください!」
「ああ。頑張って行ってこい」
「無理だけはするなよ」
リンさんと金剛寺さんの言葉を胸に、私はいくさんの元に駆け寄って、『よろしくお願いします』と言う。でも言われた本人は『めんどくさい。早く登れ』と言って私を通気口まで促す。
当の本人は登った状態で通気口の中へを消えていく。早いよ行動………。
促され、慌てながら私はそこら辺にあった段ボールに足を乗せて通気口に手を掛ける。段ボールの中身が案外固いものだったお陰で凹むことはなく、難なく通気口の中に入る。
正方形の筒の世界は薄暗いけど、何故か光沢の所為で暗く感じない。
不思議だなと思いながら私はもう一度二人を見て、二人にガッツポーズをして穴に入る。
薄い金属特有の音――『べこっ』『ぼこっ』と言う音を聞き、匍匐前進しながら私はいくさんの追い着こうと這う。
這って、這って、這って――一直線だから迷うことはなく、ようやく光が灯る正方形の穴について顔を出す。
小さく息を零し、そのまま乱雑になって転がっている段ボールに落ちていく。
着地は出来ず、そのままぼすんっ! と背中からダイブしてしまったせいで少し痛い思いをしてしまったけど立ち上がって、視界に映るいくさんの背中を見た後――私は目の前の光景を見て言葉を失う。
驚きの言葉を失うではなく――本番前の緊張で言葉を失って、目の前に広がる『感染』者の群れを見てしまう。
一直線上で、あろうことか遠くにドアがある状態。窓の周りには『感染』者まみれで、窓からの脱出は不可能だ。群がるように集まる『感染』者を見ながら、いくさんは聞いた。
「で? 何か考えがあるんだろ?」
言ってみ?
いくさんの言葉を聞いて、私は少し考えた後、自分で考えた粗まみれの考えを提示した。
確信できないけど、自分を信じた結果の策を――




