一話 目覚め
四月十八日。
世界は崩壊世界になってしまった。
驚異的なウィルスが蔓延し、『感染』してしまった者達は死を迎える。
これが世界が認知している未知のウィルスの状況。
誰も知らない。
知る者がいるのかいないのかもわからない中――世界はどんどん崩壊していく。
〓 〓 〓
「…………………………」
「………………………み」
「……………………ぞみ」
「………………のぞ、み」
「――希っ!!」
「!」
声が聞こえた。それは聞き慣れた声で、すぐに私は起き上がる。
目が覚めて最初に入った明るい蛍光灯。それが何個もつけられている空間で、常に暗い部屋にいた私にとって、その光は目を細めてしまうくらいの明るさ。
顰めながら起き上がると、明るいせいで目がしょぼしょぼしてしまい、思わず目を瞑ってしまう。
起き上がって気づいたことだけど、私は寝ていたみたいだ。しかも簡単に作られたベッドの上で。
普通のベッドとは違って固くて、しかも寝袋を掛け布団代わりにしていたから触れたカサカサ感に軽く驚いてしまった。
「希っ! 希っ!」
でも、それ以上に驚いたのは――やっと明るさに慣れたことで目を開けると、私の横で声を上げて、安心した顔で大きく溜息を吐いている人物の存在。
「あ………」
小さく声を上げて、私の横で小さく「よかった………、起きたぁ」と言って泣きそうになっている眼鏡をかけた男の人。
七分丈の白いTシャツを着て、黒いジーパン。そして傍には黒いリュックサックを置いている。でもところどころ土汚れの所為で汚く見えてしまう服装。
そんな服を着ていた人は、私がよく知っている人。
「おに、ちゃん」
そう。私の兄だった。
「希。良かった。意識取り戻したんだね……」
はぁぁぁ……。と、お兄ちゃんはまた安堵のそれを吐いて、もう泣きそうな顔をしながら私のことを見る。
心配していたというそれが滲み出るような目の下のクマを見て、寝ずに私のことを看病していたのか。と思い、感謝の反面申し訳なさも…………。
と思った時だった。
「! あ、そう言えばここって……っ」
「あぁ。そうか。希は知らなかったっけ」
私は辺りを見渡して再度確認した後、お兄ちゃんのことを見て聞いた。
最初、目が覚めた時から違和感だらけだった。
天井もそうだけど、今周りを見てやっと気づいた。どんだけ暗闇の中で生活していたんだろうと思ってしまうけど、そんな私の言葉にお兄ちゃんは「ああ」と気付いたのか。私が見ている視線の先を振り向きながら見て言った。
ここは、私達家族の家じゃない。
ここは………。
「ここは隣町の図書館だよ」
「図書館………?」
そう。ここは私が住んでいた市内の隣町。その隣町にある図書館だった。
小さい時、お兄ちゃんと一緒に来て、そこで宿題をしていた記憶がある。その記憶のままの図書館………、は、もう見る影を無くしていた。
いろんな本がたくさんあった棚には何もなかったり、壊されたりして、肝心の本も破れたり踏まれたりしてそこら中に散乱している。
しかもところどころには血が付着している。
争ったような形跡もあって、小さい時の記憶の図書館がどんどん崩れていくような感覚を味わってしまう。
散らかった図書館と言った方がいいけど、それ以上に驚いているのは、図書館の入り口だったはずの場所に、いくつも積み重なった棚が置かれていたことだった。
まるで何かの侵入を防ぐように置かれたそれと、窓があった場所には何枚か重ねた板が張られていて、日の光が入らない空間の中に、私とお兄ちゃん。そして――色んな人達がそこにいた。
壁を見ながら板を持って来ては釘を打ち付けている大柄な人達。
積み重なった棚の近くでなんだか口論している眼鏡をかけたひょろ長の人とバンダナをつけた人。後は周りで怪我をしている人の手当てをしているスキンベッドの人。
特徴的な人を上げるとこのくらいだけど、殆どの人たちが何だか怪我をしていたり、手作り感満載の武器を手にしている人たちでいっぱいだった。
その光景を見ながら私は驚きもあるけど、困惑もある気持ちを言葉にしてしまった。
「なにが………起きているの? なにこれ?」
思わず声に出してしまった言葉。
それを聞いたお兄ちゃんは私の肩に手を置いて、優しい言葉を私に投げ掛ける。
「心配しなくてもいいよ。ここにいればしばらくは安全だ。きっとすぐに救助が来るはず」
「救助………? 安全………? なにが? 何が安全なの? 救助って、どういうこと?」
「あ………」
しまった。と言う感じでお兄ちゃんは口を閉じてしまった。
きっと、私を心配させないように言ったと思うけど、逆に私は怖がってしまった。
何が大丈夫なのか。何が安全なのか。なんで救助が来るという展開になるのか。
全然理解が追い付かない。全然わかんない。
わからないことがありすぎて、お兄ちゃんは一体何を言っているのかと思った時――
「あ」
私は、一文字声を上げた。
呆けた声を出して、思い出した。
そうだ。そう言えば……、お母さんは? お父さんから電話があったはずだ。
そう思った私はすぐに手探りでスマホを探そうとジーパンのポケットに手を添える。
添えて、そこにあるはずのスマホを探そうとして……。
「………あれ?」
私はある違和感を覚えた。
それはあるはずなんだけど、今はきれいさっぱり無くなってしまったもの。
そして同時に思い出す………記憶。
そうだ。
そうだった。
あの時――私は、お母さんは………。
「望くん」
思い出している私の思考を遮るように、その人はお兄ちゃんの名前を呼んだ。
お兄ちゃんの名前は『雨森望』で、お兄ちゃんの名前を呼ぶその人の声がした方を向くと、声の人物は私を見てほっと安堵のそれを浮かべながらこう言ってきた。
「妹さん………。希ちゃん起きたのか?」
優しくて、弱さを感じさせない声で言ってきたその人は――茶髪の髪の毛を頭の少し上のところでしぱったポニーテール。服装はスーツでヒールなしのパンプスを履いていたけど、ジャケットのボタンが無くなっていて、白いワイシャツが汚れている。綺麗にしないといけないスーツが汚れているけど気にしていない。強気なお姉さんがそこにいた。
あ、でも手には自作感満載の釘バッド。
それがインパクトで、思わず血の気が引いてしまったけど、その人は私の視線に合わせるようにしゃがんで (ヤンキー座りで)、私の顔を見て一言――
「初めまして、希ちゃん。まぁ私は二週間前に知ったんだけど。私は元カメラマンの『歩崎燐』だ。リンさんって呼んでくれ」
「りん………さん」
「そう。リンさんだ」
女性――リンさんは私のことを見てにこっと微笑んだけど、すぐに真剣な顔をしてお兄ちゃんのことを見た後、リンさんは私のことを見て言う。
真剣で、静かに………。
「希ちゃん。今はまだ混乱しているかもしれない。正直こんなのフィクションでしかないと思っていたけど、現実になってしまった今は、受け入れるしかないと思う」
「え? は………?」
リンさんは言う。
何がフィクションなのだろうか。
何が受け入れるしかないのだろうか。
お母さんもお父さんもいない状況で、お兄ちゃんも変なことを言って、しまいにはこの状況。リンさんの言葉。
もう何が何だかわからない。
わかんないから一言しか喋れない。
………違う。
もう薄々勘付いているけど、それを受け入れたくないから、私は知らない。わからないふりをしているんだ。
こんなの信じられない。
信じてしまったら、あの光景が本当になってしまうから。
私は、信じたくなかったから、現実逃避していたんだ。
リンさんは告げる。私に向けて――
逃げていた真実を告げて。
「簡潔に言う。希ちゃん。君が寝ている間に――今世界は壊れてしまった。全世界に散らばったウィルスの所為で、『感染』した人がゾンビになる世界になってしまった」
本当に、フィクションの様な内容。
驚きよりも唖然と言うか、理解できない理不尽を感じてしまう内容だったけど、それ以上は知りたくない気持ちでいっぱいだった。
ゾンビはフィクション。
それが――現実になるだなんて、思いもしなかった。
思いもしなかったし、もしかしたらと言う想定が、当たってしまうことが、恐ろしくなるから、それ以上聞きたくなかったけど、リンさんは私に言ってくれた。
隠すことなく――言ってくれた。
「君達だけだよ。生き残ったのは――」