十六話 刀の少女
※今回は残酷描写があります。ご注意ください。
場所は変わり――地下の一室内。
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人とは思えない様な呻きを上げながら私達に近付く『感染』者たち。
武器を持っている私達でも、この数を斃せるかどうかはわからない。どころかこんな地下に『感染』者が閉じ込められている………じゃない。これは、荒木さんが閉じ込めたであろう『感染』者がこんなにもいるなんて、思ってもみなかった。
一瞬見た限り十人はいたと思うけど、それ以上に見えてしまうのは私の錯覚ではない。目がおかしくなったとか、脳が揺れているとかそんな問題じゃない。
これは、本当に十人以上はいるみたい。じゃない。いるんだ。本当に――
「最悪だな」
「まったくだなっ! あんなくそじじぃの話、信じるべきじゃなかったっ!」
「そんなことを言うな。荒木さんも同じ生存者だ。それに……」
金剛寺さんとリンさんが背中合わせになりながら話をしている。私も背中を合わせて、みんなでおしくらまんじゅうでもするかのように死角となる背中を守っている状態だ。
背中は絶対に見せるな。
そう金剛寺さんが言ったことで、私達はお互いの背中を合わせながら現在話をしている。
周りでよろよろと、覚束ない足で歩いたり、私達を見ては犬歯を見せるかのように犬の威嚇行動をとっている『感染』者を見ながら、私達は武器を手に取って、警戒を怠らないようにして私達は身構える。
金剛寺さんとリンさんはさっき荒木さんが行ったことに対して話をしているみたい。
私もその話に聞き耳を立てながら、前にいる『感染』者から目を離さないようにしている。
『感染』者は現在進行形で私達を獲物として見ているみたいで、涎をだらだら流しながら黒い目をぎょろつかせている。
そんな状態でも金剛寺さんは言った。
『それに』の次の言葉をリンさんと私に向けて――
「こんな状況で、正常な思考を持つことは稀だ。壊れてしまった人たちを見たからこそ、俺は分かる。荒木さんもきっと」
「いーや! そんなことないっ! あの野郎は元からこうするつもりだったんだっ!」
金剛寺さんの言葉を遮るようにリンさんは言う。
断言と言わんばかりに少しだけ声を荒げて。勿論トーンは下げているから、『感染』者は襲ってこない。来ないけど、リンさんは感情が高ぶっているのか、金剛寺さんのことを横目で見ながら苛立ちの顔で続ける。
もう怒り心頭がわかりやすい顔でリンさんは言った。
「あいつは拠点にいる時だってそうだったっ。人を見下す傾向、圧を掛ける、そして何より――自分は部長職だったことをこれでもかと自慢してくるっ。女のことを見下しているから、きっと部下達から相当恨まれているに決まっているっ!」
「言い過ぎだ。そんなに――」
と金剛寺さんが言いかけた瞬間、『感染』者が食いつこうと跳躍して襲い掛かって来た。
「あぎぃヤああぁぁああああ――っガッ!」
けど、金剛寺さんは冷静に『感染』者の頭に手製の槍を深く突き刺し、そのまま自分のところまで引き寄せると、足を使って『感染』者を槍から引き抜く。
ずるりと――黒いそれが空中を舞い、そのままひっくり返るように『感染』者は斃れた。
どちゃりと………、日常では聞くことがないそれを出して、頭から黒い血を流しながら体を痙攣させる光景は、私からすれば恐怖でしかない。
「っ」
上ずった声が出そうになったけど、何とか堪えて息を止める。
止める前に何かが込み上げて来そうになったけど、それも何とか飲み込んで再度前を見ると――
「がアァきぃあァァアあぁぁっ!」
「――っ!」
目の前に『感染』者が迫って来ている!
思わず驚いた私は反射的にバールを振るい、そのまま『感染』者の頭を殴ってしまう。
――ごっ!――
と言うなんだが生々しいというか、鈍い音が聞こえると同時に、その攻撃を受けた『感染』者はそのまま横に転がってしまった。
ごろんごろんっと転がり、頭を押さえながら首を傾げている。
本当に……、痛覚がないんだ。
本当に……、人間じゃないんだ。
そう思っていると、横から金剛寺さんの『動けっ!』と言う声と共に頭に手製の槍が突き刺さる。
「カひゅ」
最後の一言と共に『感染』者は黒いそれを吐いて、引き抜かれた瞬間床に突っ伏してしまい、頭から黒いそれを流しながら息絶えた。
その光景を見て、思わずというか、何度も見ているけれど、こう正面から見てしまった衝撃の光景は流石に言葉を失うというか………、今までが異常だったんだと思い知らされた。
さっきまで正常だった思考が、これは異常だと、危険信号を放ってきた。
『感染』者は元は人。
人だけど、私達に襲い掛かって食い殺す存在。
そして『感染』して『感染』者を増やす存在。
金剛寺さんとリンさんはどんどん襲い掛かって来る『感染』者相手に戦って、斃している。
経験の差と言うものなのだろうけど、私は、ネットカフェでできたことができず、そのまま立ち尽くすことしかできなかった。
実際、あの時は無意識だった。
無意識に何とかしないといけないとか、突然の出来事で頭を使うことをしなかった結果があれだった。自分でも驚いてしまうほどの動きだったけど……、結局私はこれなんだ。
バールを持っているだけの、何もできない人間なんだ。
「ぐぎぃぁぁァアアあああっ!」
「っ!」
戦っている音とかを聞いて興奮しているのか、それとも私のことを食い物として見て食べようとしてきたのだろう。
また『感染』者が私に向かって駆け出しながら口を開けて叫んでくる。
噛むjつもりなんだ。そう思った私はバールを盾のように前に出して防御しようと試みる。
こんなの気休めでしかない。どころかこんなことをしたとしても意味がない。
意味がないのは分かっているけど、私はこれをしてしまった。
こんなところだと避けることができない。狭い空間だからこそ動くことができない。『感染』者もいるから余計に動けない。
だからこうするしかなかった。
ううん………、こんなの言い訳だ。
あの時できると思ってしまったからこうなってしまった。思い上がってしまった。
引きこもっていたけれど、あの時動ける自分の驚きつつも、その動きに私が、調子に乗っていたんだ。
目の前に『感染』者の口が広がる。視界に広がる。
バールを噛み千切ろうとしている光景を見ながら、私は背後から聞こえる二人の声が遠くなるのを感じながら……そのまま――
――ざしゅっ!――
「………?」
今、何かが斬れるような音が聞こえたような………?
音を聞いた私は困惑しながら目の前を見る。
見て、よく見て………私は言葉を失った。
驚きのあまりに茫然として、目の前で起きている光景を見ながら唖然としてしまった。口が開いていたかもしれない。そのくらい私は驚いていたからだ。
なぜって?
理由は――私の目の前。
私の目の前には『感染』者がいたはずだ。でもその『感染』者はいなかった。
ううん。厳密には――『感染』者の頭がなかったのだ。
頭から黒い噴水を出して、少しの間立っていたかと思った時、そのままゆっくりと、後ろに向かって倒れる。
大きな音を立てて倒れた時、前を見ていた私の視線の先にいたのは――私より少し年上だと思う女の子がいたのだ。
吊り目なんだけど丸い大きな眼鏡とそばかすが印象的で、黒くて長い髪を一つに縛った髪型なんだけど、そこまでお洒落に対して関心がないのか、ヘアゴムではなく黒いゴムで髪を縛っている。服装も動きやすさを重視したもので、紐が少し細いピンクのノースリーブと水色のジーパンに運動靴と言った――動きやすい服装を考えた姿なんだけど、それよりも私が驚いてしまったのは、彼女が持っている武器が驚きの物だったのだ。
ドラマとか、映画でしか見たことがないそれは私の視界を奪い、金剛寺さんやリンさんの視界をも奪ってしまう。
だってそれは、私達が持っていないもので、きっとそれを持っている人は数を数えるほどしかいないと思っていたから。
断言します。彼女が手に持っている得物――武器は……。
刀だった。
刀には黒い液体がべっとりと付着していて、どうやら彼女がさっきの『感染』者を斃したみたいだ。
倒れたのを確認した後、彼女は私を見て吊り上がった目を更に吊り上げて一言。
「口――閉じてろ」
その言葉を聞いて、というか不機嫌な声を聞いて私は反射的に口を閉じてしまう。
閉じた私を見て彼女は舌打ちをした後、踵を返して『感染』者に向かって駆け出す。
手に持っている刀を大きく振るって、黒いそれをまき散らして――
あれ? そう言えば今、舌打ちした?




