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十五話 どうしてみんなを騙したんですか?

「っは! っは! ははは!」


 笑いが綻ぶ。


 あまりにもできすぎて笑いが止まらない。


 心の奥底から込み上げてくるそれは狂気に飲まれてしまったそれではない。


 これは――残酷なことに本心から零れ出た笑み。


「はははははっ! やったぞっ! やったぞやったぞやったぞぉおおおおっっ!」


 笑いを上げながら階段を駆け上がる男――荒木は大きな笑いを上げながら階段を駆け上がり、あろうことかそのまま入り口に向かって走ろうとしていた。


 そう――()()()()()()()()()()()で、荒木は彼等を騙し、誘導したのだ。


 何のために?


 理由は簡単なことで、なんとも自己満足としか言いようのない内容。その内容によって希たちは『感染者たちが居る地下に閉じ込められたのだ。


 こうなった瞬間、即座に閉じ込めた時と同じように、彼はまた犯したのだ。


 自分が助かりたいための行動として――また彼は同じことをしたのだ。


 全部自分のため。


 全部――自分優先した結果。


「はははは! ざまぁないな金剛寺っ! 年下のくせに私を注意した罰だっ! 世界は年功序列なんだっ! 私が上に決まっているだろうっ!?」


 金剛寺のことを思いながら叫ぶ荒木。


 記憶の世界で自分を叱っている金剛寺の姿が映るが、それも血によってかき消されてしまう。


「歩崎も歩崎だっ! 女のくせに私に説教するな! 女は女らしく、男を癒していればいいんだっ! 男の餌としていればいいのに………! ざまぁないなっ!」


 燐のことを思い出しながら叫ぶ荒木。


 彼女に対しての記憶は嫌な記憶しかない所為で、すぐにその記憶も血にまみれて汚れてしまう。


「そして……あのガキ……! あのガキもぉおおっ! 私のことを、軽蔑の眼差しで見やがってぇええええええっ!」


 荒木は叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ――


 こうなる前までは……、パンデミックと言うものが起きる前までは自分は順風満帆に人生を謳歌していたはずだった。


 後一年で定年退職だった。


 だからそれまでに、後輩や部下の育成に励もうとしていた矢先――『感染』者の襲撃に遭った。


 一人噛まれ、もう一人噛まれて『感染』は拡大。


 人がいれば感染は拡大していく。


 そんな話を聞いていたが、本当にそれが目に見える形でなるとは思わなかった。


 社員の殆どが『感染』者となり、残ったのは荒木と新人社員数名。


 そんな光景を見て、惨状を見た荒木がした行動は………。


「あんた――やっぱり最低だったんだな」


「!」


 突然の声。


 それは荒木以外の声であり、生き残っているかもしれない社員の声でもない。


 だが、その声には聞き覚えがあった。


 聞き覚えがありあ過ぎて、荒木は驚きながら声がした背後を振り向き、足を止めてその存在をしっかり見て確かめることにしたのだ。


 ――まさかっ! あの時閉じ込めたはずではっ!?


「――っっ!?」


 荒木がじっくり見て確認しようとした理由はこれだが、どうやら予定通りとはいかなかったことに驚き、後ろにいた人物を見てさらに驚愕した荒木は、上ずった声を上げてそのまま尻餅をついてしまった。


「あ、あああ………あああああああああ」


 まさかこうなるとは思わなかった。


 何とかしないと。


 そんな二つの文章が荒木の脳内に出て来るも、焦りと驚愕、そして何をされるかわからないという恐怖が混じり、冷静な考えができない。


 唯一出てきた言葉が、これだ。


「な、なぜここに……?」

 

 たった五から六文字の言葉。


 しかし背後にいた人物はそれを聞き、且つ歩み寄りながら荒木に伝える。


 手に持っていたつるはしに付着した黒いそれが彼の行動と力を物語っている中で、その人物は荒木に向けて言った。


 とても冷静で、震えあがっている荒木とは大違いの声だ。


「ここにいる理由は、扉が閉まる前に出てきただけですよ。簡単な事です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして――こんな残酷なことを、妹に見せたくないって言う――兄の我儘です」


 背後にいた人物――望は荒木に向かって歩み寄りながら言う。


 幸い、この場所に『感染』者はいない。


 気配どころか物音もしないところを見るに、いないか死んでいるかのどちらかだろう。


 それを思ったからこそ望は聞いたのだ。ゆっくり話すことを想定して、彼は荒木に聞いたのだ。


「どうしてですか?」

 

 開口一言――疑問を突き付ける。


 荒木は答えない。腰のベルトに差し込んでいた包丁を震える両手で掴んで、威嚇の動作をしながら黙っているだけ。


 それでも望は聞く。


「どうしてですか?」


 もう一度聞き、数歩前に出た後で彼は聞いた。


 今度は――確信を突いて。


「どうして、みんなを騙したんですか?」


 冷静で冷たく感じる声は、望の感情と今の心の安定を浮き彫りにする。


 それを聞いた荒木は無言のまま揺れる切っ先を向けているが、それでも望は進む。


 進み、進み、進んで、切っ先が望の衣服を掠めるほどの距離になったところで、望は聞く。


「もう一度聞きますよ?」


 今度は冷静と冷たさの中に――恐怖を加えて……彼は荒木に圧迫の視線を向けて聞いた。


 これまで………荒木がしてきたことと同じように、一種の仕返しと言わんばかりに望は聞く。



「どうして――皆を騙したんですか?」



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