十四話 極悪
「よし! ここが私が勤めていた会社――『岩玄株式会社』だ」
荒木さんの案内の元――数分歩いて着いた五階建ての建物。
引きこもっていたこともあって、荒木さんが勤めていた岩玄株式会社は大きいのか小さいのかわからない。でも見た限り綺麗そうな見た目をしているので古くはないと予想はできる。できるけど……、こんな事態になったせいか、周りには黒い血と赤い血が混ざったかのように付着して、窓も何枚か割れてしまっている。
つまり――もうこの会社に人がいる可能性が低い事を示唆していた。
「岩玄?」
「なんか、聞いたことあるような……」
壊れかけの建物を見ながらリンさんとお兄ちゃんが何かを言っている。首を傾げながら何かを言っていたけど、金剛寺さんは小さな声で『確か』と言って、荒木さんのことを見ながら金剛寺さんは聞いた。
「『岩玄株式会社』は大手企業の『晤狼院製薬』の子会社と聞いたことがある。いくつもあるうちの」
「子会社ってことは……、『晤狼院製薬』は親企業ってことか。あんた偉そうにしていたけど、親会社の言いなりってことじゃん。支配されているからって私達にそのストレスぶつけんな」
「まぁ仕方がないだろ。悪い言い方だと言いなりだが、その分基盤は安定している。ブランドや福利厚生でもいい面があるからな。安定したものを得た買ったらそっちの選択も」
「――お前等私に何か恨みがあるのかっ!?」
「「ないと言ったら嘘になる」」
まぁ……、金剛寺さんとリンさんの気持ち……、わからなくもない。
というか一時漫才みたいな、コントみたいな流れが起きた気がしたけど、そんな空気じゃないから正直笑えないし、そもそも今はそれどころじゃない気がするのは、私だけかな……?
お兄ちゃんはなんだか考えたまま無言になっているし。
そんなことを思いながら荒木さん達を見ると、荒木さんは落ち着きを取り戻すように一度咳払いをして、もう一度務めていた会社を指さしながら私達に言う。
指している方向――地面を指さして……。
「いいか? 我が社の内部構造は見た目は五階建てだ。だがそれは視た目だけで、本当は五階建て地下一階があるビルだ」
「お前の会社じゃねぇだろ」
「黙れカメラマン。私はここで部長職を務めていたんだぞっ? いわば古株にして重要な立場にいた男だ! そんな男からの説明いいや会社にある食料を今話しているんだぞっ?」
「食料? ってことは、まさか……」
リンさんの言葉に苛立ちを見せる荒木さんの言葉に、私ははっと声を零して荒木さんが指さしている方向を見つめる。
荒木さんが指しているのは地面。
簡単なことだけど、その場所が指しているのは――
「そうだ! 木偶の棒娘もさすがに理解したか?」
荒木さんは私を見てニヤつきながら……というか、見下して笑いながら言った。
木偶の坊は、流石に失礼な気が……、いくら怒らないからって、その良い方はどうかと……。
少し嫌な気持ちになったけど、ここは荒木さんの機嫌を損ねてはいけないと思い、ぐっと言葉を飲み込んで荒木さんの話に耳を傾ける。
木偶の坊は言い過ぎだ。それを心に刻んで……。
「そうだ。我が社には地下一階に災害用の食料が備蓄されているっ! 我が社には二十七人の社員がいるからな。その社員が三ヶ月生きられるように社長が申請したという話を思い出したんだ」
きっとまだあるはずだ。
そう豪語する荒木さんの言葉に金剛寺さんは驚きながらも冷静に『本当なのか?』と聞くと、荒木さんは即答した。
ある。と――
その言葉を聞いた瞬間、みんなの雰囲気が驚きに変わる。というか、もう驚きの声が出そうなくらいそれは衝撃だった。
ネットカフェでは収穫と言うか、いいものがポータブル電源しかなかった分、食量は大きい収穫だ。
みんなそれを聞いて驚きのあまりにお互いの顔を見てしまう。私もリンさんの顔を見て声を出して喜びそうになったけど、今はそれができない。
周りで徘徊している『感染』者がいることもあり、大きな声は厳禁だ。
でも大きな収穫且つ喜びは嘘じゃない。
だから喜びの感情を押し殺したまま私は聞く。小さく……『やった』と。
「なら――社内の案内は任せてもいいか?」
「ああいいともっ! どんと任せてくれっ!」
「持ち運びが大変だが、これから少しずつ持っていけば何とかなるか。そのうち車も見繕わないとな」
金剛寺さんの頼みを聞いて荒木さんは胸を張りながら小さく笑いを上げる。
大きな声を上げない分迫力とか喜びは小さく聞こえるけど、それでもこの情報は大きなものだ。荒木さんの好感度は少なすぎたし、木偶の坊と言う言葉も癪に障ったけど、このことをきっかけに少し上がった気がするな……。
リンさんも心なしか喜びながら近くにある壊れた車を見て言っている。
そうだ。物が多いとなると車も必要になるもんね。
ちゃんと視野に入れておかないといけない。そう思いながら私は壊れた車を見て視線を荒木さんの会社に向ける。
入り口は壊れているからそのまま入ることになるけど、中に『感染』者がいるかもしれないことを考慮して、警戒して金剛寺さんから最初に入る。そのあとに続いて荒木さん、お兄ちゃんと私、リンさんの順番で――
心なしか、お兄ちゃんの雰囲気が暗い気がしたけど………きっと気のせいだよね?
「その前にポータブル電源、置いてったら?」
「置いてったら壊されるかもしれないだろ? 持ったまま行く。大丈夫だ。筋肉は喜んでいるぞ」
「分かった。わかったから入り口に置いてけ。襲われて噛まれたってなったら元も子もない」
リンさんと金剛寺さんは、やっぱり仲が良い事も、この時証明された。
〓 〓 〓
「地下に行くときは社員証が必要なんだ。勿論一社員ではなく、管理職を持っている者専用の社員証だ。社長とか課長クラスにしか開けられないカードキーのようなものだが、私はその社員証を持っている。部長ゆえに持っているんだ。部長だからな。部長だから入れるんだぞ? 有難く思え」
長々と荒木さんの説明を聞きながら、私達は地下へと足を踏み入れていく。
会社内は普通にオフィスと言う空間で、当たり前に黒い血や赤い血。そして周りに横たわっている死体も相まって、もう会社内の生存者はいないことを色濃く残していた。
薄暗い事も相まって、ネットカフェとは違い、怖い感情も湧き上がってしまう。握りしめていたバールにも力が入ってしまうくらい、その空間はなんだか異様なものを感じさせた。
誰もいないのに、何故かみられているような、そんな気持ちにさせる。
何の音もないのに、何故か誰かいる様な、そんな空気………。
荒木さんやみんなはそれに気付いていないみたいだけど、私は周りを見ながら警戒して、地下へと続く階段を下りていた。
薄暗かった空間が更に薄暗くなり、スマホのライトを使いながらみんなゆっくりと階段を下りていく。
「希――大丈夫か?」
「う、うん………。暗いから、怖く感じちゃうのかな……? でも大丈夫だよ」
お兄ちゃんに心配かけてしまったことで、私は青ざめながらも大丈夫だと言って心配させないようにする。リンさんもそれを聞きながら私の肩を叩いて『無理すんな』と気遣ってくれる。
本当に暗いところは怖いだけだから、と言おうとした時、荒木さんが声を上げた。
「ここだ」
声を聞いた私達は荒木さんが指さす方向を見る。ライト係だったお兄ちゃんがその方向にライトを向けると、そこには頑丈に施錠された――カードキーで開閉できるドアがあった。
白くて重そうで、思いっきり引かないと開かなそうなドアがそこにあって、そのドアの横にはカードをかざす機械がある。
「これが?」
「そうだ。最新の設備と言うものだな」
金剛寺さんの質問に答えながら荒木さんはかざす機械に近付き、ポケットから社員証らしきものを取り出して、それをかざす。
かざして機械音らしき何か出たと思ったら……。
――ピーッ!――
と、緑のランプが光ったかと思うと同時に、鉄のドアから『ガチャリ』という鍵が開く音が聞こえた。
「! 開いたんだな?」
「ああ、そうだな」
と言って、金剛寺さんの言葉に返答した荒木さんはそのまま鉄のドアへと歩み、そして重いドアを開ける鉄の棒を掴み、そのまま押してドアをゆっくりと、ゆっくりと開けていった。
重い鉄の音と引き摺る音が聞こえ、少しずつだけど地下のドアの向こう側が見えて来る。
暗い世界で、お兄ちゃんが持っているそれが辺りを照らしていく。
この先に、食料がある。
図書館で待機しているみんなのための物資が、ここにあるんだ。
怖がっていたその気持ちを押し殺し、ようやくここまでたどり着いたんだという気持ちと共に、地下の部屋のドアの先を――
………………………。
「え?」
「は?」
「あ?」
私、金剛寺さん、リンさんがそれぞれ一文字の言葉を零す。
零した瞬間、背中に感じた押される感覚。
どんっ! と押されたその威力はそんなに強くない。ないけれど思わぬ衝撃を受けてしまい、私はそのまま衝撃に耐えきれずに転んでしまいそうになった。
それを見て金剛寺さんやリンさんが私を受け止めようと駆け寄り――同時に鉄のドアが動く音が聞こえる。
ごごごごっと言う音が聞こえ、その音がした方向に目をやると……、ドアの向こうで荒木さんが私達に手を振っていた。
極悪な笑みを浮かべ、私達をこの部屋に閉じ込めようとしている姿。
その姿を見てリンさんは釘バットを手に駆け出して、荒木さんのことを掴もうと手を伸ばしたけど、それも遅く、そのままドアは重い鉄の音を放ってしまってしまった。
閉まると同時に暗くなる世界。
ポケットにしまっていたスマホを手に取って、私はライトを使ってもう一度地下の空間内を見ようとライトを灯す。
灯して――目の前に広がった光景は…………。
黒い血にまみれた空間と、十人以上いるであろうスーツ姿の『感染』者。
その光景を見て、私達を赤い血にまみれた口元を見せながら見ている『感染』者を見て、顔面蒼白になりながら息が止まる声を出してしまう。
金剛寺さんとリンさんは即座に手に持っている武器を構え、私を守るように前に出た瞬間――
リンさんは、叫んだ。
「あんの…………、くそじじいいいいいいいいいいっっっっ!!!」
「きぎぃガぁああアアァァあああああッッ!!」
叫ぶ『感染』者。
怒りのままに攻撃する金剛寺さんとリンさん。そして私は――
「あれ………? お兄ちゃん?」
なぜかその場所にいない兄のことを目で追っていた………。




