十三話 歩みを進めて
あれから私達は荒木さんが勤めていたという会社に向かって歩いていた。
荒木さんが勤めていた会社に関して、荒木さん本人に聞いてもたった一言――
「そんなもの、見ればわかるっ!」
とだけ言われ、何度聞いてもそれしか言われなかったので、私達四人は荒木さんの案内の元、その場所に向かっていた。
荒木さんは腰のベルトに挿して装備している包丁がスーツが靡くたびに見えるけど、凄く心もとないなと思いながら見てしまう。
でも荒木さんが持っていた鉄パイプは金剛寺さんが使ってしまい (後から話を聞きました)、『感染』者相手に戦っていたら折れてしまったらしいので、これは仕方がない。
因みに荒木さんが持っているのは私とリンさんが見つけた包丁です。
金剛寺さんはポータブル電源を背負って、残りの荷物はお兄ちゃんが担いでいる状態で私達は歩いている。
ネットカフェを出てからまた外の世界。
『感染』者がはびこっている世界に逆戻りだけど、さっきと違って怖いと思っていない自分がいて、内心びっくりしてしまった。
あれ? なんで怖くないんだろうって思っていたけどすぐにわかってしまった。
さっき斃した『感染』者のこともあって、今となってはあまり怖くなくなってしまっているんだ。
斃した時の感触とか云々は……まだ慣れてないけど、それでも人間は慣れてしまうんだ。見てしまったらこっちのもんっていうのは、こう言う事なのかな………?
「金剛寺さん、重くないですか?」
「ああ。体は鍛えているからな、このくらい――いいハンデになって、逆に筋肉がつきそうだ」
「あぁ………そう言えばジムで働いていたとか言っていましたね」
「逆に手を出さないでくれ。むしろ望君が持っている荷物も」
「大丈夫です大丈夫ですっ。手がふさがってしまったら元も子もないでしょ? そのまま背中で担いでいてください。俺も力ありますからっ」
金剛寺さんとお兄ちゃんが何か話している。金剛寺さんに至ってはお兄ちゃんが持っている自分の荷物に手を伸ばしている始末だし、そもそもまだ持てるんだって驚いてしまう。
あとなんかお兄ちゃんと金剛寺さん、仲良くなっているな……。
よく漫画で見る『男同士の友情』的な何かがあったのかな?
そう思いながらリンさんに何があったのかを聞こうとした。背後にいるリンさんを見ようとした時、私は思わず足を止めてしまった。
背後にリンさんはいる。いるし、『感染』者に噛まれていない。
噛まれていないけど、リンさんはなぜか立ち止まって、道路方向に向けて両手を伸ばしていた。
左右の親指と人差し指を出して、その四本の指で長方形を作る――
カメラを構えているかのようにリンさんはその光景を見ていた。
一瞬驚いてしまった姿だけど、同時に、様になっている姿を見て私はリンさんに声をかけることを一瞬忘れてしまった。
様になっているその姿を見て、その一瞬だけ別世界にいるかのように立っていたリンさんの姿をじっと見ていたら……。
「? ああごめんごめん」
「!」
「立ち止まって悪かったね」
リンさんは私の視線に気づいたらしく、ポーズを止めて首バットを肩に乗せて歩みを進める。
そんなリンさんを見ながら私は驚いてしまったけど、すぐに首を振って『だ、大丈夫です!』と弁解しながら歩みを進めた。
少しだけお兄ちゃんたちと離れてしまった距離を戻そうとほんの少しだけ早足にして、一緒に歩いていたリンさんのことを見上げながら私は聞く。
意を決して――ではない。興味本位というか、あのポーズを見て、素直に思ったことを私は聞いたのだ。
「あの、リンさん……」
「ん?」
「あのポーズ、もしかして、カメラマンの癖ってやつですか?」
それを聞いてリンさんは驚きの顔をしたけど、バットを持っていない手で頭を乱暴に書きながら小さな声で――
「………見てたか」
「はい」
と言ってきたので、私は頷きながら笑みを浮かべて頷く。
だって立ち止まってあんな姿をしていれば、誰だって気付くと思う。
特にあの指の動作。
思い返して、そう言えばリンさんはカメラマンだったって言っていたなと言うことを思い出しながら続けてリンさんに聞く。
勿論歩みながら、できるだけ『感染』者に気付かれない声量で――
「いい画が見つかりましたか?」
「ああ、あそこのビルとビルの間にさ、日が差し込んでいるだろ?」
「あぁそうですね。あの日の光がどうしたんですか?」
リンさんの話を聞いていると、リンさんはさっき見ていた場所を指さしながら私に説明してくれた。あの場所に差し込んでいる日の光を見て、あれがベストショットだったのかなとか思っていたけど、リンさんは私のことを見下ろして続けてこう言った。
あの日の光――と、その近くにある植えられた樹を指さして……。
「いやな、日の光とビル。そして少しだけある緑がいいなーって思って、指を構えたんだ。昔の癖でやってしまったんだけど………やっぱだめだ」
「?」
だめだ。その言葉を聞いた私は首を傾げそうになって『どうしてですか?』と聞きそうになったけど、すぐに理由がわかってしまった。
分かると同時に出てしまった『あ』と言う声。
同時にリンさんも察したみたいで、周りで徘徊して、腐肉を貪る『感染』者たちを見ながらリンさんは言った。
さっきまでの楽しそうな、嬉しそうな音色が無くなった――悲しいけど真剣な音色で………。
「あいつ等がいる所為で何もかもがいい画にならない。きれいな写真も、こんな世界になっちまったらもうなくなったって思って、寂しくなる」
「…………………………」
「私はきれいな写真を撮るのが趣味だった。それをネットに上げることもしていた。皆『綺麗だ』とかコメントしてくれたり、やっと実力が認められた矢先に、この事態だ。何もかもが無くなった」
「………恨んだりしません、でしたか?」
私は聞いた。
こんな世界になって、何もかもが無くなってしまったこの世界に対し、こんな世界にしてしまった『感染』者のことを恨んでいるか。
そして――もし、もし黒幕と言う存在がいるとすればの話だけど、その人がいたら、恨むのか。
この世界を――恨むのか。
そんな意味を込めて投げ掛けたけど、リンさんは首を振って『いんや』と言った後――
「恨むとかそんなことをしている場合じゃないだろ? だって今私達は、生きることに精いっぱいだ。そんな余裕なんてないし、そもそも恨んでそいつを倒して? そのあとどうするの? 世界を戻せるのかって話だよ。そんなの無理だ。恨んだところで無駄無駄」
「………………………」
「恨むより、まずすべきことは――生きることだ」
「!」
リンさんは言う。
はっきりとした言葉で、私の頭に手を置きながらリンさんは言ったのだ。
生きること。
それをはっきりと告げた後で――
「今はちゃんと生きて、生きて生きて生きまくって、その後で残りの人生をどうするかを考えた方がいい。昔の栄光は昔の栄光。栄光はいずれ影を落とす。栄光に縋っても何も始まらないし、変わらない。なら今は生きるべきだ。簡単だ。『今日の目標は生きましょう』で、明日の目標も『今日の目標は生きましょう』だ。今はそれを目標にして、前に進む。歩くしかないんだ」
リンさんは言った。
生きることを目標にしろ。
それは簡単そうに聞こえて、今はとても難しい課題になっている言葉。
こんな崩壊した世界で生きることがどれだけ大変なのか。
どれだけ怖くて苦しい事なのか、私はまだ間接的にだけど理解している。リンさんやお兄ちゃんたちは理解している。
生きることは難しい。
それでも、生きなければいけない。
どんなことになったとしても、生きて、前に進む。
前に向かって歩む。
「さて――遅れないように小走りで行くぞ」
「はい」
リンさんに言われて私は小走りでお兄ちゃんたちに追いつこうと足を動かす。
一歩一歩は簡単だけど、それを止めないことは今は難しい世界。
そんな世界の中で、私は歩みを進めていく。
リンさんの様な、強くてたくましい人になれるように………。




