十二話 希望を捨てるな
金剛寺と望が見つけたそれはSNSで見つけた内容だった。
たった三行――いいや、二行しかない内容だったが、それは望たちの心に希望と衝撃を与えるには十分すぎる内容だった。
青い文字で書かれた三つのタグ。
二行の黒い文字で書かれた内容はこうだ。
#救助 #生きています #SOS
○○県▽▽市 九十九中学校在学 生存者15名
誰か助けてください。
その三行だけでもわかってしまう内容。SNSに個人情報を掻いてはならないというルールを無視したそれは、この内容を投稿した人の緊急性、助けてほしいという想いが込められていた。
だが、金剛寺と望はそれを見ただけだと希望が持てるが、それ以上に彼等は驚いていた。
理由は三つのタグだ。
#救助と#生きています。そして#SOSと言う三つのタグ。
一体誰が発案したのかはわからない。
わからないくらいそれは使われ、現在稼働しているSNSの内容は、そのタグが使われた内容で溢れかえっていたから――
〓 〓 〓
「予想外でしたね……。こんなに色んな人が使っていただなんて。しかも内容は全部『助けてください』って言うSOSばかり」
「ほとんどのこの三つのタグを使った内容ばかりだ。最近だと……、五日前か。もっとも古くてパンデミック発生頃………」
「この九十九中学校の投稿はまだ新しいみたいですね。上の方にあるし、それに九十九中学校ならここから歩ける距離です。たまに妹の送り迎えをしていましたから道は分かります」
「詳しいな……。だが希君は秘器思っていたんじゃないのか?」
「それは……、後で詳しく話します。今は目の前のことに」
「あ、ああ。そうだな」
望の言葉を聞きながら金剛寺はそれ以上の詮索をすることはしなかった。
むしろ詮索は駄目だと本能が囁いたのだろう。
それ以上のことを聞くことをせず、金剛寺は再度スマホに視線を移す。
SNSの内容を見ていた金剛寺と望は驚きながらもスマホの画面を食い入るように見つめる。
投稿内容はほとんど同じものばかりで、馬鹿な投稿をしている人もちらほらいたりしたが、九割は『#救助 #生きています #SOS』のタグが使われ、場所と生存者のことを書いている内容ばかりだ。
金剛寺はそれを凝視し、望も彼の肩越しからそれを見つめ、色んな情報が溢れかえる世界をスマホ越しからのぞき込む。
色んな情報が溢れるその世界も、崩壊した世界に塗り替えられたかのようになってしまったのは、想像していた通りだ。
そう金剛寺は思い、まだ情報があるかと思いながらスマホに指を添え、下に向けてスワイプしていく。
「! それって………」
金剛寺がした行動を見て望はすぐに気付く。金剛寺がしているこの行動は新しい情報を入れるための行動であり、きっと世界が平和であればこの動作一つでまた新しい情報が湯水のように溢れ、そして出て来るだろう。
それが崩壊した世界になる前までは常識だった。
鬱陶しいと思ってしまうほど日常的だった。
が――
「………………。だめか」
金剛寺は項垂れの声を零してしまう。
下に向けてスワイプし、何か新しい情報が入っているかと思ったが、それ以上新しい情報は入ってこなかった。むしろ、そのままフリーズしてしまったのだ。
それが指すことは………。
「さっき見た投稿が最新……ってことは」
望もそれに気付いたらしく、金剛寺が言いたいことを察した望は先ほどの投稿内容を思い出し、そして投稿された日時をもう一度見る。
殺気はちらりと一瞥しただけで終わってしまったが、今度はしっかりお覚えておこうという気持ちを込めて――そこに行く可能性を考慮して望は見て覚えた。
三行しかない内容――希が通っていた学校の投稿を。
「この学校の内容が投稿された日時は……、一週間前」
「一週間………、生きていることを願おう」
一週間前の投稿を見ながら二人は呟き、そのままアプリを閉じる。
光が灯っていたスマホの画面が消え、黒い世界に映し出される二人の顔は神妙で、そして険しい顔が映し出されている。
それは希望を見つけたと同時に、大きな絶望の崖に突き落とされたかのような険しさ。登れない崖に落とされ、どうやって登ろうかと考え、四苦八苦の予感を思わせる様な顔だった。
この投稿は、本当に大丈夫なのか?
五日前の投稿でも生きているか保証できない内容ばかりで、本当に生きているのかもわからない状況の中、彼等は最も近いその場所に、藁にすがる思いを託す選択はなかった。
図書館の拠点もいつ壊されるわからない。
明日か、それとも三日後かもわからない状況の中――安全な場所となり、そしてより多くの生存者と共に、この世界を乗り越えるか。それも選択しなければいけない。
今回は近い事を理由に、金剛寺と望は賭けに出た。
ここで生存者と、色んな物資、そして情報が見つかることを切に願って――
「この学校の場所は?」
「市内の北側。比良坂橋の近くで、ベージュの壁が目印です」
「よし――今はその場所を覚えておく。荒木さんの会社を見た後でその場所に偵察に向かおう。生存者がいるかどうかの確認は俺が望遠鏡を持っている。これを使って確認することにする」
「分かりました。なら……」
「ああ。荒木さんと燐。そして希君と合流だ」
〓 〓 〓
あれから私達はキッチンやいろんな場所を見ながら武器になる物。食料になりそうなものを探したけど、結局見つけたのは――包丁だけ。
リンさんも項垂れながら『めぼしいものはなしか」と嘆いていたけど、そんな嘆きを消し去る情報が私達の耳に飛び込んできた。
その情報を教えてくれたのは荒木さんとお兄ちゃんで、個室の中にポータブル電源があったから充電して、充電してからスマホを見たらSNSで私が通っている中学校からSOSの投稿がされていたらしい。
そう……、私が通っていた、あの九十九中学校……。
あれから、一年も通っていない中学校…………。
「はぁ…………」
あそこは、正直行きたくないな……。そんな本音が私の気持ちを沈めて、そのまま気持ちもどんよりとさせていく。
実際私は何もしていない。
何もしていないのだけど、空気と言うか、なんだか、私が悪い事をしたような空気になっているのが苦しくて、そのまま引きこもってしまったんだけど……。
「…………………………」
会い、たくないな……。特にあの子には、会いたくないなぁ……。
「はぁ………」
溜息が出てしまう。
出したくないけど出てしまうそれは生理反応ではない。私の気持ち――どんよりしたそれが口から出ているだけで、何の生産性もない。
「溜息ばかり出すな。幸せが逃げちまう」
「! リンさん」
リンさんの声を聞いた私は肩を震わせて見上げると、リンさんは私のことを見下ろして笑みを浮かべながら言う。
そんな顔をするな。と言わんばかりの元気づけるそれで――
「今は何も得られない事が多い状況だ。得られただけでも十分すぎる情報だよ」
「そう………ですか」
リンさんの言葉を聞いて、少しの間考えたけど、確かにそうかもしれない。
荒廃して、『感染』者だらけになってしまった世界で生存者がいることは大きな情報かもしれない。更に良い事が起きるか、更に悪い事が起きるかはわからないけど、生存者がいることは――私達にとって生きる糧になってくれる。
「それに――学校だと、もしかしたら自衛隊がいるかもしれないしな」
「! 自衛隊?」
「ああ」
リンさんの言葉を聞いた私は驚きながら首を傾げる。何故そこで自衛隊が出るのかわからない。自衛隊ってヘリとかに乗って来るとか、車に乗ってここまで来るとかじゃないのか? と思っていたけど、そんな私の疑問に答えるかのように金剛寺さんが話してくれた。
「聞いた話だが」と言った後で、金剛寺さんは説明してくれる。
「パンデミックが起きた時、政府はまず、橋を封鎖して感染の拡大を防ぐことがあることは、ドラマで見たことがあるか?」
「あ、アニメで見ました」
「しかし政府もそこまで薄情ではない。時折小学校や公民館を使って仮説ながら避難所や治療できる場所を作ることがあるんだ」
「! そっか、病院がいっぱいになったら」
「それもあるが、病院から遠い人にワクチンを与えるためと言う理由もあるが、本当はどうかわからない。だがそれで救われる命もあるんだ。それを考えたら、君が通っている学校も、もしかしたら……」
それから金剛寺さんは口を閉ざしたけど、私はやっと理解できた。
そう。学校に政府の人間がいるかもしれない。そうなれば、このパンデミックがなぜ起きたのか。そして状況を知ることができる。
ぐっと、握り拳を作りながら私は金剛寺さんを見上げて呼ぶ。
金剛寺さんは私の声を聞いて見降ろすと、私の目を見て何かに気付いたのだろう。静かに私の言葉を待っている。
そんな金剛寺さんを見て、私はすっと息を吸って、金剛寺さんに向けて、リンさんやお兄ちゃんに向けて、意を決するように言った。
「可能性があるなら……、私も行きたいです……! 足手まといにならないようにしますから!」
そう私は頭を下げてお願いした。足手まといになってしまうことは百も承知だ。
でも、できるだけ迷惑にならないように注意して行こう。皆の迷惑は駄目だから。
私の言葉を聞いて金剛寺さんはふっと小さく笑い、お兄ちゃんのことを見てから金剛寺さんは私に向けて言う。顔を上げて金剛寺さんを見ると――金剛寺さんは笑みを浮かべて言ってくれた。
「ああ。生存者がいるんだからな。見過ごすわけにはいかない」
勿論――荒木さんの会社の調査が終わった後でな。
金剛寺さんの言葉を聞いて安堵すると同時に、荒木さんのことを聞いた私は『あ』と素っ頓狂な声を上げてしまい、うっかり忘れていたことを思い出した瞬間――荒木さんの怒号が小さく響いた。
忘れるなっ! 馬鹿者が!
ネットカフェから出た外の世界に、少しだけ響いて………、荒木さんの逆鱗を宥めた後、私達は次の目的地でもある荒木さんが勤めていた会社に向かうことにした。
少しの食料と、荒木さんの忘れ物を取りに――
〓 〓 〓
もう、この時点で私の運命は決まっていたのかもしれない。
あの時、すぐにでも学校に向かっていたら、もしかしたら最悪の事態は免れたかもしれない。
最悪の事態を回避できたかもしれない。
でも、もう遅い。
もうこの道を選んでしまった。この道を進むしかないのだ。
何が起きたとしても――たとえ、この先に待ち受けるものが後悔だったとしても……。




