十一話 まさかの
「半分正解で、半分は本当だ」
「…………………………は?」
金剛寺から帰ってきた言葉は、理解できない言葉だった。
いいや、言葉は理解できるが、質問に対しての返答としては不正解の様な言葉だった。
何が正解なんだ? 何が本当なんだ?
嘘の言葉がない状況で、望は理解できない様な顔をして金剛寺のことを見ると、金剛寺は望の疑問に対して返答の言葉を返した。
焦っていない。むしろ冷静で、いつも通りの金剛寺の言葉で――
「望君、君が言っているWi-Fiも繋がっていないことは分かっていた。だがここに来る理由はあったが、それも確証がなかった、偶然かもしれない。だがそれでも、それでも確認したかったんだ」
「だから………、なにを?」
「俺自身、これは賭けだったってことだ」
金剛寺は言う。
何を掛けていたのかわからない言葉と共に、それがどうしてここに来る理由になるのか。そして何が正解で、何が本当なのか。
なぞなぞをなぞなぞとして返されたかのような気持ち悪さ。もやもやしている気持ちを払しょくしたい一心で望は聞いた。
何が賭けだったのか。
それを聞くと、金剛寺は静かに望に話し始めた。その内容は――今の彼を形成する内容も含まれていた。
「少し……、昔話をしていいかな? 頭の中で整理したいんだ」
〓 〓 〓
俺はパンデミックになる前、俺はこの市内でジムトレーナーをしていたんだ。CMでよく見る『マッチョザップ』。あれに俺は勤めていたんだ。
元々身体を動かすことが好きだった俺は、そこで勤め、先輩からノウハウを学び、後輩に学んだノウハウを教える。会員様にはしっかりとしたメニューと共に身体づくりの協力する。
充実していた。
充実していた毎日だった。
それを――パンデミックは壊した。
きっかけは会員の一人が噛まれたことで感染が拡大。一気に爆発したんだ。
室内であったこともあって、小さなクラスターが起きてしまい、みんな焦っていた。そんな焦りを止めてくれたのが先輩だった。
先輩は俺達を落ち着かせ、『生きていれば、きっと助けが来る! 生きたいなら、走って走って、走りまくって、生き残ることが大事だろう?』と言ったんだ。
ベタだがそれを聞いて、俺達は恐怖を押し殺して立ち上がって、ジムから命からがら脱出できたんだ。
先輩の勇気の言葉は俺達を救ってくれた。
同時に――先輩を失ってしまったがな。
俺達を逃がすために先輩は一人囮になった。きっとあの時すでに噛まれていたのかもしれないが、真相は分からない。
わからないが、それでも俺達を逃がした先輩は、何人も襲ってくる『感染』者相手に素手で戦い、俺達に向けて叫んだんだ。
『生きろ。皆で生き残ってくれ!』
ってな。
それからは皆で行動していたが、『感染』者に噛まれ、同じ『感染』者になって、逃げて、戦って、殺して――やっと図書館と言う拠点を作ることができた。
生き残ったのは――俺だけだったが。
〓 〓 〓
「先輩の言葉を、遺言を、守ることができなかった。皆感染し、『感染』者になる前に自ら命を絶って、守った結果無駄だった時もたくさんあった。食料が底をつきかけ、仲間割れをして共に倒れてしまったこともあった。守るべき約束も守れなかった。俺は………、とんだ大嘘つきものになってしまったと、あの日、拠点を創り上げた時に気付いたんだ」
「でも、金剛寺さんは嘘をつくような人じゃない。金剛寺さんは俺が見た限り、みんなのために動いていた」
金剛寺の言葉を聞き、望は申し訳なさそうな顔をして弱めの反論をする。
自分はとんだ大嘘つきものだという彼に、そんなことはないという――慰めを込めたそれを述べて。
しかし、金剛寺は首を横に振り――前を向いて彼は言った。
「ああ働いていた。動いていた。だがそれは、罪滅ぼしも兼ねたものかもしれないが、それでも、みんなのために俺は、守るために動いた」
「すごいと思います」
「率直だな。だが、その行動にも限度があった。食料の減り。そして日々積み重なる不安。救助が来ないことに対しての不安と『感染』者が来るかもしれない恐怖。そして――慣れない土地と慣れない生活によるストレスで、みんな神経をすり減らしていた」
「!」
そこまで聞いた望は、息を呑んで目を見開く。
――そうか。だから金剛寺さんはあんなことを言ったんだと。
あんな少し考えればありえないことを、彼は皆のために口にしたんだと。
望の顔を見て金剛寺も察したのだろう。視線をポータブル電源に戻し、少しだけ上を見上げながら彼は続けた。
半分正解。半分本当の真実を口にして。
「俺は考えた。どうすればいいのか模索し、希君が起きたあの日――俺は気付いたんだ。見間違いじゃないと思う。あの時、確かに回線がつながっていたんだ。何気ない行動だった。だから余計に信憑性はないと思うが、俺はそれを見て、もしかしたらと言う賭けに出たんだ」
「それがネットが繋がっているという真実………」
「ああ、ちょうどこの近くだったからな。この辺りを散策しようにも、入れる場所がこのネットカフェしかなかった。それから物資のこともあり、俺は皆に嘘をついて、ここまで来たってことだ」
Wi-Fiが繋がるなんて、そんな夢のような展開はご都合展開満載のマンガだけにしてほしいよな。
自嘲気味に笑う金剛寺の背中を見ていた望は、金剛寺がどんな思いでここまで来たのかを理解してた。理解してしまったのだ。
金剛寺の言う通り、これは賭けだ。
一瞬見えた希望の糸を掴み、それを手繰り寄せる。
糸が斬れないように、慎重に行動するだけでも神経を減らすのに、それでも金剛寺はそれを止めなかった。
きっと先輩の背中を見て、先輩と言う存在のようになりたいと思う憧れが彼をそうさせているのか。はたまたは先輩の遺言が彼を縛り付けているのか。
詳しい事は分からずとも、金剛寺は皆のためにここまで行動し、そして危険な道と分かっていても進む気でいる。
それを理解した望は、小さな声で金剛寺に言った。
「金剛寺さん………」
「なんだ?」
「すみません………。わからないであんなことを」
彼が放った言葉は謝罪。何を考えているのか、疑ってしまったことを言葉にして謝罪すると、それを聞いた金剛寺は乾いたそれを吐いて『いいさ、気にしていないよ』と言い、充電が完了したであろうスマホを手に取って引き抜こうとした――
その時だった。
「ん?」
「どうしました?」
金剛寺が首を傾げる様な声を上げる。
そんな彼の声を聞いて望は歩み寄りながら金剛寺に聞くと、金剛寺は充電し終わった画面を凝視し、どこかをタップした後また凝視して、そのまま望に手に持っていたスマホの画面を見せる。
どうしたんだ?
そう思いながら望は金剛寺に見せられたスマホの画面を見て――眼を見開いた。
目を疑った。
それが最初に出た言葉。
彼の視界に写っているものは白い画面で、色んな言葉とアイコンが並んでいる。その一つの文章を見て、そして周りにある内容を見ながら望は金剛寺のことを視界の端で見る。
金剛寺自身も驚きの顔をして望のことを見ており、お互いが一つのスマホの画面を食い入るように見た後、これが夢ではないことを理解し、そして内容を見て確信する。
そう――彼等が開いていたのはSNS。
ほとんどの人が使っているアプリで、色んな呟きで溢れているアプリだ。
そのアプリの最新の呟き。その呟きに書かれている内容が、二人の思考を停止させ、新たな希望を生み出すことになった。
その内容は――
#救助 #生きています #SOS
○○県▽▽市 九十九中学校在学 生存者15名
誰か助けてください。
明らかなSOS。最終更新は三日前。
それを見た瞬間、二人は即座に思った。
生存者がいた。しかもこの近くにある中学校に。
希望が芽生えた瞬間と同時に、衝撃。同時にその内容を見た望は、中学校の名を見て気付く。
その中学校は、希が通っていた学校だと。
「まさか………、希が通っていた学校に生存者が……」
小さな声で呟く望の声は、どこか負の感情を感じさせるようなな色で、はっきり言っていい雰囲気ではないことは、近くにいた金剛寺も察してしまった。
大きな収穫と同時に不穏が混じる。
それを希が聞くのは――今から数分後のこと。
これが一体、どんな結果になるのかは、まだ誰も知らない……。
勿論、この先もどうなるのかも………。




