十話 それは駄目な――
二階にいた『感染』者を斃した金剛寺と望は、その後も警戒しながら二階にある物資調達。情報収集と電気があるかどうかの確認をしてスマホを充電を行おうとしていた。
あの後逃げた荒木も『感染』者がいないことで戻って来て、二人のことを少しだけ見直した (ように言っている)見下しの言動をしていたが、正直荒木が叫ばなければ、鉄パイプを落とさなければこうならなかったと望は思ってしまう。
あれさえなければこうならなかったのに………。
本当にいるだけで迷惑と言う人がいるなんて………。
心は衝撃と呆れまみれで、事実そのせいで頭が痛い気がする。否――頭痛がひどい。
実際ここまで他力本願で見下しがすごい人がこの世にいるとは思っていないからこそ、荒木の姿を見て望は思ってしまう。
色んな人がこの世にいるんだな。と――
そんなことを思いながら望と金剛寺、おまけで荒木は二階散策を本格的に開始した。
望はシャワールームを物色――
「ここにあるのはシャワー。水は………、出る。けど泥交じり。バスタオルがあるから綺麗なものを持っていこう。あ、アルコールとペーパータオルも」
シャワールームは幸い『感染』者がいなかったことで周りは比較的綺麗だった。が水は不幸なことに泥水と、ほんの少しだけ錆びた何かが出てきたので、衛生面とろ過したとしてもお腹を壊す可能性があるので汲むことはしなかった。
しかし近くに置いてあるバスタオルと言うアメニティはきれいなものだけ持っていくことに。
シャワールーム近くにあった洗面台に置かれていたペーパータオル二つ、アルコール一つを持って、望はその場を後にすると――
「あ、金剛寺さん」
個室で物資散策をしていた金剛寺と合流した。
金剛寺と合流した望は安堵しながら金剛寺に近付き、辺りを見渡しながらシャワールームで見つけた物資を報告する。
因みに――周りを見渡すことは金剛寺から言われていることだ。
もしかしたらと言う想定もしつつ物資調達をする。
これは絶対のことで、もし斃したとしても警戒を怠ることをしないことを徹底している内容である。
これは、崩壊世界になった後金剛寺がまず守らなければいけないことと考えたこと。そしてこれは絶対に守らないと『感染』してしまうことを恐れての、安全の注意事項でもある。
「望君か。何かあったか?」
「アルコールとペーパータオル、あとはバスタオルだけです。シャワーは出ますが泥水で使えないと思って……」
「いいや、それだけでも成果だ」
金剛寺に聞かれて望は手に持っていたそれらを口頭で説明し、少なかったことと水が使えなかったことを報告すると、それを聞いた金剛寺は頭を振るいながら『大丈夫』というジェスチャーをする。
そんな彼を見ながら望は金剛寺を見た。
金剛寺の手には何も持っていない。それが指すことはもう簡単なことで、それを見ていた望も小さな声で『………なかったんですね』と落胆に似た声を零すと、それを聞いたのか金剛寺は小さく『ああ』と言い………。
「個室をあらかた調べたが、物資はなかった」
「まぁ運よくあったらよかったですけど、どうやら食料品とかは取られた後みたいですね」
「荒らされた形跡もあったからな。多分俺達が入る前に食料を確保しようとした輩が入っていたんだな。タイミングが悪かった」
が――
と言った後、金剛寺は踵を返すように歩み始め、その行動を見ていた望は首を傾げながら金剛寺の後を小走りで追うと、金剛寺はとあるところで止まった。
止まったところで望も止まり、金剛寺が見ている視線を追いながら望もその先を向ける。
向けた先はとある個室。
黒いそれと赤いそれが混ざったドアに手を掛け、ゆっくりと開けた時、望は『う』と声を零してしまう。
更には胃液が込み上げてきて、望野奥に感じる酸っぱいそれを感じてしまうほど、それは衝撃だった。
ドアの赤と黒の混ざり具合とは比べものにならないくらい凄惨な光景。
赤い死体の横には自分の首を掻っ切ったであろうガラスの破片が握られている。それしか見れないくらい個室の中は凄惨な光景だった。
――いつ見ても慣れない……。『感染』者になった死体ならわかるけど、自害した死体は、何度見ても慣れない………。特に、血が気持ち悪いな……。
込み上げてきた胃液を呑みながら望は思う。
慣れないという言葉では済まされない様な生々しい光景。
日常と言う世界の中で生きてきた望にしたら、この世界は異常で、今は日常。
だが慣れない。特に見慣れていない血は特に無理だ。
『感染』者は元はゾンビの様な存在だから何とかなるが、それとこれとでは話が別になってしまう。
視線を逸らし、吐きそうになるそれを治めながら望は金剛寺に聞いた。
「ここに一体………何が」
「これだ」
金剛寺は言う。個室の机の下にあるとあるものを取り出し、それを望に見せる。見せられた望はそれを見て目を見開いて驚きを見せた。
それはこの地域では数少ない、且つ図書館の拠点にも一つ二つしかないもの。
災害が起きた時、必要不可欠になるであろうそれを見て、望は零した。
これは、大きな収穫だ。そう思いなが望は言う。
「それって………、なんでこんなところに」
「きっと、ここで籠城しようとして盗んだんだろうな。だが使わないまま自ら命を絶った。何が起きたかはわからないが、俺達からすればラッキーだ」
今は必要不可欠な物。
且つこれがあれば文字通り心が潤う物。
そう――金剛寺の手では収まり切れないもので重い長方形の機械。個室のテーブルに置けるかも心配になってしまうそれを持った金剛寺の顔にもほころびが起きてしまう代物。
「スマホの充電もできるみたいだ。運がよかったよ。本当に」
金剛寺は言う。
手に持っているポータブル電源を見ながら、本当に運がいいと思っている口ぶりで望に言うと、望もそれを見て、聞いて――
「ですね」
と、同意のそれを示した。
〓 〓 〓
「USBケーブルはあるか?」
「はい。これです」
「ありがとう」
早速金剛寺はポータブル電源についているUSB差込口二つにケーブルを繋ぎ、続けて自分のスマホと望のスマホにそれを差し込む。
カチッと言う音が鳴り、同時に『フォン』と言う充電が入った音が鳴る。
「よし――充電できるな」
充電できていることを確認した金剛寺は、そのままポータブル電源にある差込口を調べ始める。小さな声で『ほかにできることは』と言いながら見ている彼を見て、望は壁に寄りかかりながら金剛寺を見ていた。
無言のまま見つめている望。
そんな彼とは正反対に何ができるかを確認している金剛寺。
無言と言う名の静寂が辺りを包む中、しびれを切らした望は金剛寺に向けて口を開く。
唐突に――ではない。
本当はもっと前から聞きたかったことを聞き出すために、望は金剛寺に向けて言葉を投げかけることにしたのだ。
「そう言えば――パソコン見れたんですか?」
「その件だがな、どのパソコンも壊れていたんだ。『感染』者が入って暴れた時に壊れたんだろうな。一か八かで電源を入れたが………無理だった」
「全部ですか?」
「そうだな。全部壊れていたり、破壊されていたり、あとは盗んだ奴もいたんだな。引っこ抜かれた個室もあった」
「そうですか。ならここに来る必要性って、何だったんですか?」
望が放つ言葉。
なら――ここに来る必要性って、何だったんですか?
その言葉が放たれると同時に、金剛寺の動きが止まる。
元々ここに来た理由は、ネットで生存者の状況と、有力な情報があるかどうかを確かめるために。
しかしその情報も今となっては無駄なことで、ここに来た理由も意味のないものと化してしまった。が――それでも金剛寺はここにいる。
この場に留まって何かをしている。
ここにいる理由も無くなってしまったにも関わらず、彼はここに留まろうとしている。
それを察した――否、その前から望は引っかかっていたのだ。
金剛寺が言った言葉に、矛盾があると。
「知ってますか?」
望は言う。手が止まっている金剛寺に向けて――淡々とした言葉で言い始める。
「俺の知人は昔、ブラックアウトに遭ったことがあるんです。勿論知人は無事でした。比較的涼しくて過ごしやすい時期であったこともあって、凍え死んだり熱中症にもならずに済みました。ブラックアウトになった時は深夜でしたので、いつなったのかはわからなかった。いつ復旧するかもわからなかったので、知人はネットでどうなっているかを確認しようとした。初日はWi-Fiは繋がりませんでしたが、ネットは何とか繋がって調べることができた」
でも問題はここから。
望は続ける。金剛寺の手が止まっている光景を見つつ、矛盾を少しずつ指摘しながら………。
「次の日になって調べようとしたら、ネットはおろか、電話もつながらない状況だった。ネットも電話もできないスマホは使えない、役に立たないものになった」
「…………………………」
「分かりますよね? ここまで言われて分からないとなったら、はっきり言います」
そう――望は知っていた。
金剛寺が言っていたあの言葉には矛盾が生じていることに。
こんな状況でそんなことはありえないことを知っていた。
崩壊した世界で、ライフラインもギリギリになっている世界でネットだけがしっかりとしている。繋がっているという矛盾を指摘して――
「水道もおじゃんになりかけている。電気もほどんどない状況の中、ネットがしっかりしているなんて言う夢のような展開はありえないんです。そんなのフィクションでしかない。もうこうなって日にちも経っているのに、まだ生きているなんてありえないんです。もう死んでいる状況なのに、どうしてあんな嘘を、とんでもないほら吹きをしたんですかっ? みんなのための嘘と言えど、あれは度を越えています」
なんでここまでしてここに来たかったんですかっ!?
望は言う。
知人から聞いた話と、この状況を踏まえたことを金剛寺に言った。
金剛寺は嘘をついた。
救助を待っているみんなのためとは言え、言っていい嘘と悪い嘘がある。
今回は駄目な方。
それは駄目な――嘘だった。
嘘を言った金剛寺に対し、望は異を唱えながら金剛寺に詰め寄った。
振り向きもしない金剛寺を見ながら、どうしてなんだと詰め寄る望の心境は『わからない』で溢れそうになっている。
『理解している』が、『理解できない』の方が大きい。
図書館で待機しているみんなのためとは言え、なぜあんな嘘を言ったのか。どうしても理解できなかった。だから嘘に乗ってついて来た。
他にも理由はあるが、ついて来た理由の一つとして、これは最も大きい理由だった。
みんなのことを考えている金剛寺が、どうしてそんな嘘をつくのか。
それを聞くために――
「どうしてそんな嘘をついたんですかっ?」
詰め寄るその声には困惑が混じる。
そんな望の言葉に、金剛寺は――こう答えた。




