始まりの終わり
※この物語は全てフィクションです。お話に出てくる団体や人物、そしてウィルスも実在していません。
※この物語には残酷描写や鬱描写があります。苦手な方はお控えください。
西暦20XX年。四月四日。
その日は春の兆しが見えず、肌寒い気温と言う――季節外れの様な気分の日だった。
人類に於いて、これは普通の日常でもあり、何ら変哲もない日常の一幕。
春なのに寒い。そんな日もある。季節外れの寒さだという認識の日に、世界は少しずつ崩壊の一歩を歩んでいた。
報道番組で取り上げられたたった数分の内容。
『とある国で狼に噛まれた青年が救急搬送され、今日死亡が確認されました。青年は三日前に狼に腕を噛まれ、二日前に頭痛、吐き気を訴えた後に緊急搬送されました。政府は狂犬病に侵された狼が………』
その時、世界はあまり興味を示さなかった。
狂犬病であれど、犬などの動物に気を付ければ大丈夫だと思っていた。
日本は更に関心度は低く、『そんなことがあったんだ』と言う認識。
日本はおろか、全世界の者達はその報道を注意深く見ていなかった。
たまにある報道としか思わなかった。小さな事件だとこの時思っていた。
しかし――それが間違いだった。
気付く方がおかしいかもしれないが、人類はこの時から警戒しておけばよかった。
そうすれば………、人類は滅びを免れたかもしれなかったのだから。
そう。
人類は滅びを迎えていた。
あの報道から二週間後の四月十八日。
世界は崩壊世界になってしまった。
未知のウィルスを持った存在――ゾンビによって。
〓 〓 〓
四月七日――日本のとある市内。
〓 〓 〓
『速報が入りました。今日未明アメリカの『感染』が拡大しました。先ほどの速報も含め、『感染者』は二万人越えとなり、政府は…………』
「…………………………」
暗い部屋。私の魅力を、私と言う人物を映し出すものはない。ただの部屋。
勉強机、埃が被った制服。床に散らかっている衣服や本。そして何もない本棚。
カーテンも閉め切った暗い世界で、私はベッドの上でスマホを手に動画を見ていた。
動画の内容は世間を騒がせている『感染』に関して。
世界は今、未曽有のパンデミックに恐怖しているみたいだ。今動画で流れている限り、『感染者』が二万人を超えてしまったみたいだ。
もう、これで三日連続の万人越えで、『感染者』もどんどん増えているのに、全然いい方向に話が進んでいないみたい。
何の病気? なんのウィルス?
そんなの知らない。
だって………、今の私には関係ないと思うから。
だって………、絶賛引きこもっているから、外に出て感染なんてありえないから。
私――雨森希は、中学二年の頃から引きこもっている。
理由は………、忘れたいくらい話したくない。
忘れられないし、今だってフラッシュバックするから、話したくない。
もう嫌だから、行きたくないだけ。
別に学校が嫌だからとかじゃない。私が引きこもった理由は別にある。
でもそんなの、今はもう関係ない。きっと学校は休校中だろうな……。こんな状況で授業して、もしかしたらなんてことが起きないようになっているから。
そう、お兄ちゃんから聞いた。
「そう言えば………、お兄ちゃん大学から呼び出しがあったって言っていたけど、なんだろ………。まぁ、私には関係ないか」
お兄ちゃんは現役大学生で、私と違ってしっかり社会に馴染めている。
私と違って、何でもできるお兄ちゃん。
私と違って、何でも持っているお兄ちゃん。
私は、そんなお兄ちゃんが好きだけど、たまに嫌になってしまう。
こんな感情持ってはいけないけど、それでも私はお兄ちゃんが嫌になる時がある。
お母さんもお父さんもそう。
みんな優しい、私の大好きな家族だけど、たまに嫌になってしまう時がある。
………わかっている。
私が、私が引きこもっているからこんな気持ちがあるんだと言えるけど、私は……、みんなのようになれない。
「はぁ………」
虚ろな目がスマホ越しにうっすらと映し出されて、ひどい目の下のクマと、ぼさぼさの髪の毛が視界に入る。
くせっ毛の所為でもうぼさぼさがボンバーだ。
「………さらさらヘアーがよかったのに、どうしてお父さんの遺伝を継いでしまったんだろう」
小さく愚痴るけど、そんな言葉にさえ傷ついてしまう私。
正直天然パーマのお父さんではなく、さらさらヘアーのお母さんの髪を引き継ぎたかった。
でもまぁ、遺伝だから仕方がないよ。
きっとお兄ちゃんに良い方が継がれてしまったんだ。私は悪い方を継いでしまったに違いない。
「…………………………」
別に……、お兄ちゃんのことを憎んでいない。お母さんとお父さんのことも憎んでいない。
むしろ感謝しているくらいだ。
引き籠った私に対しても無理矢理外に出さず、ドア越しだけどみんな私に話しかけてくれる。近況報告とかもしてくれる。
すごく感謝している。
感謝しているけど……、その優しさを感じている私は、きっと。
――ダァンッッ!!――
「っ!?」
え?
「? え?」
思わず心で言った言葉が声になってしまった。
薄暗い空間に響いたその音は、私の部屋のドア越しから聞こえた音。すごく大きくて、なんだろう……。これは、だめだと思ってしまう。
思わず身構えてしまい、スマホを片手にベッドから降りてドアに向かって歩みを進める。
音を立てず、できるだけ忍び足を意識して、私は歩みを進めて、ドアノブに手を掛けようとした。
震える指が金属でできているドアノブに触れて、そのまま握って開けよ………。
――バァンッッ!!――
「――っ!!」
――ガシャンッ!――
――バリンッ!――
………ま、また音がした。
今度は、さっきよりも大きい音だ。
しかも、更か何かが割れた音も聞こえた。
「………………………っ」
思わず息を止めてしまう。ノブを持っていない手で、スマホを持っている手で器用に口を塞いで固まってしまう私。
がくがく震える足とか、ノブを掴んでいる手も震えている。
声が零れそう。心臓もバクバク鳴っている………!
一体、何が起きているの………っ?
下には、確か、お母さんが………。
お母さんがいる。そうだ――今は正午だから、きっとお昼ごはんを作っている。お母さんはお昼になったら必ずご飯を作る。チャーハンとか簡単に作れるものだけど、お母さんはお昼ご飯を作って、私の部屋まで持ってきてくれる。
いつもなら……そうだけど。
今は、いつもじゃない。
これは………何かが起きているんだ。
もしかして……、強盗っ!?
強盗で、まさか………!
「………っ。っ」
怖くてノブを回すこともできない。できないから私はできることをしようと、一体何が起きているのかを確認しようとした。
ノブを開けて……、は、怖くて無理だから。ドアに耳を当てて、ドア越しで状況がどうなっているのかを聞くことにする。
右耳をドアに押し付けて、できる限り耳を澄まして聞こうと目を閉じる。
閉じて、何が起きているのかを聞こうとした。
その時――
――♪♬♪♬♪♬♪♬――
「――っっ!!!」
息が止まった。
止まって、言葉を失って、全身の熱が一気に引いて行くのを感じて、変な汗が出てきた気がした。
もう不安以外の感情なんてなくなって、私は言葉を失いながら口を塞いでいたスマホに目を向ける。
――♪♬♪♬♪♬♪♬――
まだ鳴り続いている。まだ鳴り続いている原因は……スマホの画面に映し出されていた人物の名前。
――♪♬♪♬♪♬♪♬――
白い文字ではっきりと、私に電話を掛けてきた人物は現在進行形で音を鳴らしている。
――♪♬♪♬♪♬♪♬――
私のことを心配して、電話を掛けている………!
――♪♬♪♬♪♬♪♬――
お父さんからの、着信………!
もう、息がつまりそうだった。
詰まって、このまま着拒しようとしたけど、それをする前にそれは私のドアの前に来ていた。
『ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』
「っ!!!」
叫び? 違う。そもそも言葉なんて発しているのかわからないその声は、まるで獣を思わせる様な声で、思わず声を出してしまった。
私の悲鳴を聞いてか、ドアの外にいる奴は更に大きな声を上げてドアを叩いたり引っ掻いたりしていた。
音がそれを伝えてくれる。お父さんからの着信をかき消すような音の攻撃は、恐怖で腰を抜かしてしまった私にはもう聞こえなかった。
恐怖で泣き崩れて、茫然とした顔のまま座り込んでいる私だけど、人間としての尊厳だけは守れたことだけは褒めてほしかったなぁ。
引っ掻いて、叩いて、叫んで、着信で――
うるさいのオンパレードだ。
あぁ、ドアに亀裂が入った。
べきべき音が鳴って、ドアが破壊されそう。
え? もしかして、強盗武器もってる? パールみたいな? そんなものを?
あぁ。ドアに穴が開いた。大きな音を立てて壊れた。
木くずが床に落ちて、切り傷みたいな穴が開いた。その穴から強盗らしき人物が覗き込む。
荒い息と、血走った真っ黒い目。穴に手を差し入れて広げようとしている動作をしているその指には、べっとりと付いた赤い血。
そして、お母さんが毎日つけていた黄色いシュシュが血まみれになって引っかかっていた。
その目を見て、シュシュを見て、更に力が入らなくなってしまった。
あぁ。私、死ぬのかな?
こんなことなら……、もっと早く行動していればよかったのかなぁ?
バキバキ音を流してドアの穴を大きくする強盗。
もっと私に自信があればよかったのかなぁ?
穴が大きくなりすぎて、ドアとしての姿が無くなったそれを段ボールのように引き裂いて床にたたきつける。
ボロボロの木くずが床に散らばって、私の足元にも、服にもついてしまう。
あぁ。死ぬのなら、Tシャツとジーパンじゃなくて、もっとましな恰好の方がよかったかなぁ?
よれよれで、見つけられた時恥ずかしいなぁ。
木くずを無視して私に近付く強盗。
強盗は裸足で、足に刺さる木くずなんて気にしていない。
ただ興奮している口から零れる涎と、青く血走った顔が明るい部屋の逆光で少しだけ照られされている。よく見ると、強盗の体は血で汚れていた。
遠くで悲鳴が聞こえる気がする。
なんで悲鳴が上がっているんだろうな?
でも、もうそれを気にすることはないだろうな。
腰が抜けて、なんとも情けない最期だったな。
そう思いながら、私は近づいて来る強盗に頭を掴まれ、そのまま――されるがまま。
私は――強盗に噛まれた。
がぶりと。
肉を貪るように。
〓 〓 〓
『緊急速報です! 都内に謎の集団が現れ、道行く人々に噛み付いて! え? なんですか!? は!? 当局にもぎゃあああああああああああああああっっっ!!』
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四月七日。
日本列島――パンデミック発生。
現在感染拡大。