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まさに執着していたと言っていい。僕は大沢に執着していた。
最初の頃、僕は大沢の名を知らなかったのであるが、彼のほうはと言えば当然であるかのように僕の名を知っていて、放課後グラウンドへ急ぐ僕に、おまえが山本か、と声をかけた。
だから僕は立ち止まって、はい、と答えた。
自分より背の高い男をしっかりと見返して答えた。彼がこれから野球部の監督となる男だということだけは知っていた。だからこそ何かを付け加えるべきだった。しかし言葉は見つからなかった。よく分からぬが同級生などからひそひそと揶揄される通りの、鉄仮面、を披露することとなった。僕の表情は変わらない。
さすがだな、と大沢は言った。僕の右腕に触れながら言った。鍛えてある、と。
確かな握力であった。その大きな手は僕の筋肉を確かに掴んだ。
いくつだろうかと思った。父と同じくらいか。
不意に言葉が降りてきた。野球、好きか。そう大沢は訊ねた。予期せぬ問いだった。
聞かれたことなどなかった。聞かれる理由もなかった。誰もが僕を知っていた。地元で僕を知らぬ者はおそらく少数派であった。なぜなら僕はかつて甲子園を沸かせた名投手の息子であるから。当然のように幼い頃から白球を握りしめてきたから。父と共に歩んできたから。
分かりきったことを大沢は聞いた。少ししたのちに僕は口を開いた。はい、そう答えた。
そうか、と大沢は言った。俺もだ。そう言った。その目がゆったりと笑った。笑うとわずかに目尻が下がった。唇も、笑った。ちょうどそこに春の陽が差した。
礼儀に関しても父から口やかましく指導されてきたというのに僕は大沢に頭を下げもせず、すぐに背を向けて駆け出した。駆け出したところで数十分後には彼から投球指導を受けることになるというのに。
指に、手の甲に、肘に、腕に、背中に、脇腹に、脚に、その体温を感じた。大沢は麦の匂いがした。