別世界
イチゴ狩りも終わると、時刻は16時30分を回っていた。
「よし、じゃあここを18時に出るから、それまでは自由行動!好きなところ行っていいぞ」
「ねぇあっちの売店行かない?」「あっちにアクアリウムあるらしいよ」「腹減ったからレストラン行こうぜ」
クラスメイトは思い思いに広大なマップの中から好きなところに繰り出す。
俺もどこに行こうかとマップを見ながら考えていると、杉本先生が近づいてくる。
「黒瀬、早乙女、それから昨日片づけ手伝ってくれた涼風も。これをやろう」
先生は何やらチケットらしいものを差し出した。
遥紀はそれを確認すると、俺と瑞希が確認する前に3人分のチケットを先生の手から取った。
「ありがとうございます。先生」
「おう。やっぱりこれくらいの旨みがなきゃな」
そうして、先生はどこか行く場所があるのかどこかに行ってしまった。
「遥紀、それ何のチケットだ?」
「いいからいいから、涼風さんも時間無いから早くいくよ」
「え、うん」
遥紀に言われるがまま、俺たちは歩き出した。
「おい、いつになったら着くんだよ」
もう歩き出してから、20分は経過している。
イチゴ農園からUターンして、バスが止まっている駐車場も過ぎて、俺たちは園内の反対側に来ていた。
さっきのイチゴ農園からはとても離れており、周りにはクラスメイトがいないので周りを気にしなくてもいいのは嬉しいが、時間がかかりすぎて、すでに若干空が暗くなっている。
「あと何分で・・・」
「よし、着いたぞ!」
そこには無数の光でライトアップされた煌びやかな門が構えていた。
「きれい・・・」
「こちらでチケットをお見せ下さい」
なるほど、先ほど貰ったチケットはここで使うんだな。
それにしても、杉本先生チケット渡すならもうちょい近いところにしてくれ。帰る時間も考えると30分くらいしかいられないじゃないか。
そんな愚痴を言いながら、遥紀にチケットをせびろうと後ろを向くと、そこには遥紀の姿はなかった。
「あれ?」
「黒瀬君、いなくない?」
いつの間に遥紀は姿を消していて、俺たちの手には自然にチケットが握らされていた。
あいつ、魔法使いかよ。
「仕方ない、行くか」
こうなったら、あいつはもう探しても出てきてはくれないので、諦めて瑞希と2人で入ることにした。
「わぁー、綺麗!」
中に入ってもそこには一面ライトアップされた道があり、何重にも輝いた門をくぐっていった。
最奥に進むと、そこにはいくつにもベンチがあり、どうやらここがゴールのようだ。
「こちら、傘の方お使いください」
1本の傘が係員から渡される。
「なんだ?シャチのショーでも始まるのか?」
「そんなわけないでしょ。水槽なんてどこにもないし」
それに傘は2人なんだから、1本じゃなくて2本くれ。
「じゃあ何が始まるんだ?」
「それは分からないけど」
奥を見ようにも基本的には何もなく、なにやら背の小さな機械があるが、暗くてなんの機械か判別がつかない。
俺たちが座って数分後、音もなくそれは始まった。
いきなり視界の中央に噴水が現れ、そこに7色の色彩が映し出された。
「わぁぁぁーーーー!」
瑞希は大興奮でそれらの噴水を眺めていた。
それだけでなく、噴水が終わったかと思うと、今度は音楽と共に水が踊り出したかのようにダイナミックに動く。
水は見たこともないような高さまで吹き上がり、俺たちの常識を打ち破るかのような光景を見せた。
「これこっち来ない?」
「あ、やばい!」
凄い高さなのはいいが、こちらに傾いた水が遠く離れた観客席まで降りかかろうとしていた。
俺は慌てて持っていた傘を広げると、1本しかないその傘の下に2つの顔が急接近する。
「っ!」
俺は条件反射で体をのけぞらせると、まだ落ちてきてない水しぶきの餌食になった。
「ぷははははっ!まだ水降ってる途中だよ!」
「それはお前が・・・」
僅か傘の中の距離。あんな近い状態を維持できるかっての。
だが、一瞬火照った体に水を浴びて冷静になった。
気づかないのなら気づくくらい近づいてやろう。
ショーは進行していき、2度目のこちらにスプラッシュが飛んでくる。
今度は譲らず、堂々と傘の中に入り続けた。
「ち、近っ」
先ほどは俺が一瞬でいなくなったため、気づかなかった瑞希も今度はその距離に気づいたようだ。
瑞希も動揺か体を傘の外に出してしまった。
「きゃ!」
自分でもかかると思ってなかったのか、水がかかると小さく悲鳴を上げた。
「分かったか?」
「・・・分かりました」
それでいいんだ。分かったならもう俺をからかうんじゃない。
それでも、否応なく3度目のスプラッシュが来る。
何もせずにただ水を浴びるなんて選択肢のない俺たちはスプラッシュが来ると、傘に入らざるを得ない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
顔をそらすわけにはいかないし、なんとも言えない時間が流れる。
「す、杉本先生には感謝だね。これを見せてくれるなんて」
スプラッシュが止んだ後、瑞希が沈黙に耐えられなくて口を開く。
「そ、そうだな。裏切り者をやった甲斐があったってもんだ」
今回のチケットは基本的には裏切り者を担った報酬として与えられた。初めは嫌なことばかりかと思っていたが、この景色を見られたなら少しは良かったと思うことにするか。
そんな世間話をしていると、アナウンスと共にあっという間にショーは終わる。
「急ぐぞ」
「うん」
終わると集合時間まで30分ほどしかなく、ここから移動するとなると結構ギリギリだ。
俺たちは急いで、ショーを後にする。
施設から出て、先ほど進んできた道を引き返そうと暗くなった道を進もうと一歩歩き出した瞬間、
見渡す限り一面の景色がライトアップで染まる。
綺麗なランタンも吊るされていて、そこはもう別世界のようだった。
94話も読んでいただきありがとうございます。
いよいよこの編もクライマックスです。残り少しもお楽しみください!
Happy New Year!
これからも応援よろしくお願いします。




