予想外
俺が教室に着くと、今日は桜井さんの方が早く教室にいて、前の席に座っていた。
「おはようっ!」
俺が席に座るや否や桜井さんはくるっと後ろを向いて、俺にとんでもなく上機嫌に挨拶をした。
一瞬、周りがざわついた。
遥紀が寝坊していてよかった。ここにいたら速攻詰めに来ていたからな。
あの桜井さんが自分から元気に人に挨拶しているところなんて見たことがないのか、みな驚愕した顔を浮かべていた。
それにしても、完璧美女でクールで優等生な彼女がこんなに明るく挨拶をしているところを見ると、ギャップ萌えで正直かわいい。
「おはよう」
「うんっ」
俺が挨拶を返すと、満足したのか、それだけで体をもとの方向に戻してまた勉強を再開した。
何だったんだ?
***
「じゃあ、これで授業を終わる」
終わったー。最初の1時間目ってなぜか長く感じるんだよな。
そんなことを思っていると、目の端で遥紀が席を立って、こちらに向かってきているのが見えた。
同時に今朝と同じように前の席の人物がこちらに体勢を向けた。
「おーい、つか・・・」
「ねぇ、司君!見て見て!このページなんだけど・・・」
「!?!?!?」
ナイスリアクション、遥紀。
「あ・・・あの・・・」
俺に話しかけたタイミングと同時に遥紀が話しかけたことに気づいた桜井さんは委縮してしまった。
「え!?どゆこと!?お二人さん昨日まで全然仲良くなかったよね!?なんで1日でこんなに距離縮まってるの!?」
「落ち着けって、遥紀」
「いやいや、落ち着けるか。なんなの?司はこの前から魔法でも使えるようにでもなったの?」
そんな都合のいい魔法あるか。
「違うって、たまたま趣味があっただけだよ」
「あー、マジファン?」
「黒瀬君も読んでるんですか!」
マジファンの言葉に反応してすごい勢いで桜井さんが遥紀に迫る。
「いや、ごめん。司が言ってるの聞いただけで読んではないんだ」
「そう・・・ですか・・・」
桜井さんは我に返ったのかまた委縮してしまった。
「そういうことね。まさかあのマイナーなラノベに熱中している人がこんなにも近くにいるとはね」
「「マイナーじゃない!!」」
思わず否定の言葉が出てきたが、それは桜井さんも一緒だったようだ。
「く、黒瀬君、わ、私は人と話すと緊張し、しちゃって・・・」
「いいよ、俺に無理に話しかけなくて。俺は司のマジファンの話、嫌というほど聞いてるし今更引いたりしないから。俺を置物か何かだと思って存分トークして」
流石陽キャは違うな。ただ近くにいる、こうやって距離を詰めていくんだな。
「え・・・でも、・・・」
流石にそんなすぐにはさっきのように話せないようだ。
「あ、このページね。ツンデレのリサが可愛いんだよ」
「そ、そうなの!そうなの!」
俺から話を始めるとさっきのボルテージを取り戻してきた。
休み時間の間、遥紀は一言も話すことなく、ニコニコした表情を浮かべているだけだった。
***
今日の授業が全て終わったあとも、俺と桜井さんはマジファントークを交わしていた。その時も何も言わずに俺の隣でじっーっと聞いているだけだった。
「そうなんだよ、ここのリサはめちゃくちゃ可愛い笑顔なんだよ」
「く、黒瀬君も可愛いとお、思いますか?」
桜井さんはマジファンの挿絵を遥紀に見せて、恥ずかしそうに言った。
今まで話しかけられなかったのに、ついに遥紀に話しかけた。
「ほんとだ。めっちゃ可愛いじゃん」
「そ、そうですよね!」
「えーもうすぐBBQやるからうちのクラスのやつは30分後に校庭に集まれよー」
遥紀と桜井さんが初めて会話した瞬間、うちの担任、杉本先生の適当な放送が流れた。
タイミングが悪いったらありゃしない。
「あ、司君たちは杉本先生のクラスだったよね。ごめんね、今日も話し込んじゃって」
昨日と違って自分を責めることはしなかった。
「全然いいって」
「じゃあ、司君たちはBBQあるし、そろそろ解散しよっか」
「そうだね、また明日」
「またね、桜井さん」
遥紀も桜井さんに挨拶を投げかけた。
「う、うん。またね。2人とも」
教室から去る桜井さんを見送ったあと、BBQまで少し時間もあるし、俺達も1度部屋に戻った。
「いや、すごいな遥紀。誰とも話さなかった桜井さんと1日もかからず話せるようになるなんて」
話せるようになるためにあえて話さない。そんなこと陰キャの俺なら思いつきもしない。
しかも、今日の終わりには挨拶を返してくれるくらいに進展してるし。
「いや司、鏡見てる?」
「どういうこと?」
「どういうこと?はこっちのセリフだ!なんだあの懐きようは!マジファン好きだったとしてもそこまでじゃねえだろ!」
それは俺にも分からん。あんなに態度が変わるものだとは思ってなかった。
「それは・・・まぁ、それほどマジファンが好きだってことだよ」
「そうじゃないと思うけどなぁ・・・」
「いやいや、昨日だって1巻の敵の登場シーンで・・・」
「また司のマジファントーク始まったよ・・・」
それから、俺が遥紀にマジファンの面白さについて語っていると、いつもは聞いているだけなのに突然口を開いた。
「いいの?」
「いいの?って何が?」
「時間」
「ん?」
何のことか分からず時計を見てみると、先ほどの時間から40分ほど経っていた。俺は思い出した。
「あぁー!BBQ!もう時間すぎてるじゃん!」
「いつになっても話が終わらないから言ってみたら案の定、忘れてたのか」
マジファンに夢中になってすっかり忘れてた。
俺と遥紀は急いで、校庭を目指して部屋を出た。
「おーう、お前らやっと来たか。面白いことになっているぞ」
「?」
杉本先生がクラスメイトが集まるところから少し遠くのテントの中で座りながら俺たちにそう言う。
そう言われ、視線を移すと多くのクラスメイトの視線の先に3人組の女子と瑞希がいた。
「ねぇ涼風さん。あなたが裏切り者なんでしょ?」
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