予備校
「この前言ってた塾に決めたのか?」
「ああ、特にここがいいって希望もなかったし、 校舎も広かったし、講師の人もいい人だったからな」
「なんだかちょっと寂しくなるな」
「なんだよ、いきなり」
遥紀の口から出たのは滅多に聞いたことがない寂しさの言葉だった。
「だって、予備校に通いだすってことは放課後に寄り道したり、休みの日に司の家行ったり出来なくなるってことだろ?」
なんだか、遥紀はこのことを重く受けて止めているようだったが、そんなに重大な話ではない。
「いや、そこまでトップの大学狙ってるわけではないし、この前受けたテストの結果にもよるけど、週2くらいでいいかなと思ってる」
「あ、そうなの?」
「うん」
そう答えると、遥紀の寂しそうな表情が和らいだ。
「なんだよ、じゃああんまり今までと変わらないじゃん。考えて損した」
「おい、損とはなんだ」
もしかしたら、瑞希に予備校に通うって言ったときに少し表情が曇ったのも寂しがっていたからなのか?
まあ、そんなわけないか。
***
数日が経過し、この前受けた認定テストの結果が出たらしく、校舎に来てほしいと連絡を受けて、俺は再び河口塾に訪れていた。
「うん。テストの出来としては予備校にも入っていなかったのに、よくできてると思う。流石資生高校生」
「ありがとうございます」
1学期に受けた期末テストから復習をしっかりやっていたので、今回のテストも結構解けた。
それでも、この前受けた2学期の中間テストは油断していない本気の瑞希にボコボコにされたけど。
「それで、早乙女君は文系なんだよね?」
「はい、そうです」
「国立?私立?まだ決まってない?」
「それなんですが・・・」
実は昨日、予備校に入ることを両親に電話で話したところ、1校おすすめされた大学がある。
「浦橋大学に行きたいと思ってます」
ここは俺の両親が通った大学だ。2人はそこで出会ったらしい。
俺としては特に行きたい大学というのもないし、両親が行っていたのなら悪い大学ではないだろう。
とりあえずの目標としてここを第1希望として決定した。
「浦橋大学ね。今の早乙女君なら今からやっていけばそこまで難しくないと思うよ」
それだって偏差値は60くらいはあり、簡単に行けるところではない。
「はい、頑張ります」
そうして、この予備校に通うことが決定した。
それからは入校の書類やら詳しい説明を受けたのち、今日は解散になった。
「あ、ここは自習室だよ。うちは生徒数も多いから自習室も広くとっているんだ」
出口まで見送りをしてくれるらしく、講師の人と廊下を歩いていると、自習室を通りがかり、説明をしてくれた。
「あ・・・」
この前来た時にすれ違った見覚えのある女子が自習室にいるのが見えた。
やっぱり見たことあるよな?でもよくは思い出せないんだよな・・・
そうして考えていると、その女子がこちらに気づいたらしく、こちらに視線を向けてきた。
俺は慌てて顔をそらして、再び出口に向かって足を進める。
邪魔しちゃったかな、悪いことをした。
***
「ただいまー」
「おかえり、司。どこ行ってたの?」
「予備校」
「この前も行ってたよね?また行ったの?」
「この前は個別説明会で今日は入りますって言ってきた」
「入ることにしたんだ・・・」
また微かに瑞希の表情が曇った気がした。
本当に遥紀みたいに俺と関わる時間が減って寂しいと思ってくれているのだろうか。
「気にすんな。予備校に入るつっても俺の希望校は浦橋大学だから、それほど勉強詰めってわけでもない。週2で行くくらいだよ」
これで、さっきと反応が変わらなかったら勘違い野郎ですごく恥ずかしい。
「え、司浦橋大学行きたいの?」
「まあ、今んとこは」
「へー、私もそこにしようかな」
暗い表情が解けた様子の瑞希は冗談交じりなのか、驚くようなことを言ってきた。
「おい、瑞希はそこじゃなくてもっと最難関校行けるだろ」
「でも、司だって今からガチで目指せば行けるでしょ」
「それは・・・そうだが・・・」
「安心してよ、受験はまだまだ先だよ?私が心変わりするかもしれないよ?」
「頼むから心変わりしてくれ」
俺としては同じ大学なのは嬉しいが、俺が原因で瑞希の将来の可能性を狭めたくはない。
「それにしても瑞希、今回の中間は本気出したな」
「まあね、前回油断して負けちゃったから、今度はコテンパンにしたくて」
「コテンパンにされました」
中間は主要教科だけなので、前回みたいな副教科で点数を爆上げするみたいなずるい戦法は使えなかった。
俺が45位で瑞希は2位なので、使えても今回は勝てなかったが。
「でも凄いな、2位なんて」
「夏休みの間結構頑張ったからね」
瑞希の結構頑張ったは常人の物凄く頑張ったに相当する。もう少し誇ってもいいのに。
「でも、1位は取れなかったなぁー」
「1位は誰なんだ?」
「おそらく、桜井さん」
「あの人がいたかー」
桜井鈴賀。この学校で1番頭がいいのは誰かという話になったら真っ先にこの人の名前が挙がる。
うわさによるとテストで1位を逃したことがないほどだそうだ。
流石の瑞希でも、この人に勝つのは一筋縄ではいかないようだ。
79話も読んでいただきありがとうございます。
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