来客
「いらっしゃいま・・・」
「来ちゃった」
いつも通り、りらホットの受付に立って、お客さんに挨拶をするとその人物はもう何度も見覚えのある人物だった。
「来ちゃったじゃない。瑞希はもう来るなって言っただろ」
「でも、もう来ちゃったし。もちろん司指名で」
「いや、俺の指名は受け付けてません」
「なんでよ!」
「俺のばっか受けすぎ。あと5分くらい待てば、美琴先輩空くから」
「だめ。受けてくれないならここで叫びます」
「それだけは勘弁してくれ」
「分かればいいんだよ。分かれば」
***
「あぁー、やっぱり司のマッサージは格別だね」
「いや、俺のしかほぼほぼ受けてないだろ。やっぱり、美琴先輩にして貰えって」
「それは一番最初にしてもらったし。・・・というか文化祭から気になってたんだけど、美琴って下の名前だよね?」
そう言えば、文化祭のときに隣に瑞希がいるときに美琴先輩って言ったのを、疑問に思ってたな。
「そ、そうだけど」
「ふーん。そんなに仲いいんだ?」
「いや、普通の先輩後輩の仲だから」
「ふーん。そうなんだ」
瑞希は面白くなさそうに口を尖らせた。
***
「もう来るなよ。来ても俺を指名するんじゃないぞ」
本当のことを言えば、瑞希にマッサージにするのにも少し慣れが出てきて、マッサージすることには最初よりも抵抗感がなくなってきつつあるんだが、それをこいつに言うと調子に乗っていっぱい来るので、言わない。
「分かった、分かった。もう行かないって」
あ、こいつ絶対来るやつだ。これ以上言っても、どうせ来るのだから止めないけど。
そう思いながら、瑞希のマッサージの報告書を書いて、それが書き終わる頃にもう1人の来客があった。
「いらっしゃいま・・・」
「あ、先輩」
もう一人の来客は希だった。
「え、希、どうしてここに?」
「文化祭で先輩がマッサージ店で働いてるって聞いたので・・・」
瑞希なら慣れてきたとは言ったが、希はまずい。
瑞希はおちゃらけた性格だし、マッサージしてるときもたわいない世間話をしながら気軽にできるようになったが、希は後輩だしまじめな性格なので、そんな子をマッサージするなんて、とてもじゃないができない。
「えっとー指名は俺じゃなくて、俺よりも上手い人いっぱいいるから・・・」
「あ、先輩じゃなくて世森先輩と約束してるんです」
「あぁーなるほどね」
調子に乗った自分がとても恥ずかしい。
そりゃそうだよね。普通は女子が男子を指名なんてしないよね。
瑞希がいっつも俺ばっかり指名するからそこらへんがバグっていた。瑞希のせいだ。
「ちょうど、美琴先輩は今終わったところだからそこの部屋で待っててくれるかな」
「分かりました。本当は先輩が・・・」
「うん?なんか言った?」
「い、いえ。何でもないです!じゃあ、失礼します」
希はそそくさと部屋に入って扉を閉めてしまった。
その後、美琴先輩が同じ部屋に入って行って、10分ほどが経過したころ、美琴先輩が部屋から出てきた。
基本はスタッフはマッサージが終わるまで部屋を出ることはない。
一番短いコースでも20分はあるので、それも経過していないため、出てきた美琴先輩を不思議に見ていると、美琴先輩はこっちまでやってきた。
「司君、水上ちゃんのマッサージちょっとしない?」
「え!?」
それは俺が全く想定していなかったものだった。
「指名されたのは先輩ですよね?」
「そうなんだけど、お客さんの要望だもん。少しくらいは補助として入っても平気」
「なる・・・ほど」
補助か。それならメインは美琴先輩がやってくれるだろうし、初め瑞希をマッサージした時と一緒だ。
そもそも、お客さんの要望なら基本的には俺に断ることはできない。
「分かりました」
「じゃあ、待ってるね」
そう言って美琴先輩は希のいる部屋に戻っていった。
俺も準備を整えてから部屋をノックして入る。
「じゃあ、始めさせていただきます」
「ひゃ!」
俺がマッサージを開始しようと、腕に触れた瞬間、希の口から小さな声が漏れた。
「水上ちゃんは休日は何してるの?」
「い、いつもは・・・ん・・・本とか・・・読んでます」
ねえ、そんな話し方じゃなかったよね。いつもの元気いっぱいの希はどこ行ったの?
マッサージ中はそんな調子でいるから美琴先輩もいるし、俺はすっごくやりにくい。
***
「すっごく気持ちよかったです!また来ます!」
「いや、マッサージしたのほぼ美琴先輩だから」
ぜひ、次来るときは俺がいないときにして欲しい。俺の心臓が爆発しそうだから。
「あれ?水上ちゃんもう行っちゃった?」
「どうしたんですか?」
焦った様子の美琴先輩が先ほどまで使っていた部屋から出てきた。
「これ、忘れちゃったみたい」
スマホにいつもつけていたストラップが外れたようで忘れてしまっていた。
「まだ、近くにいると思うんで俺行ってきます」
ストラップを受け取り、急いで後を追う。
駅の方面に走ると、すぐにその背中が見えた。
「希―」
「司先輩!まさか追いかけてきてくれたんですか?」
なんで、何もないのに追いかけるんだよ。
「これ」
「あ、私の大事なストラップ!」
俺の手からストラップを受け取ると大事そうに手に持った。
「大事ならもう忘れんじゃねえぞ」
「ありがとうございます!」
「あの・・・」
「じゃあ、俺戻るから」
「あ、はい・・・」
何か言いかけてたみたいだが、まだやらないといけないことが残っていた俺は店に戻らないとという思いで、それに気づくことはなかった。
そうして、店に戻る道中、何度目かも分からない知っている人が目に入る。遥紀達テニス部御一行だ。
急いで顔をそらして、なるべくその人たちと離れた道を歩き、すれ違う。
「・・・バレてないよな?」
77話も読んでいただきありがとうございます。
久々のゆったり回だったと思います。次話から新たな編が始まるかも?
これからも応援よろしくお願いします。




