親友
遥紀がバイトし始めた飲食店ってここだったのか。
ここは俺と瑞希も何度も来ているファミレスで、店員に知り合いはいないこともあって完全に油断していた。
「遥紀、これはあの・・・」
ピンポーン
俺が誤魔化そうとしたとき、他の席のお客さんの呼び出しがかかった。
「あ、すまん。行かなくちゃ」
遥紀は素早い動きで俺たちのテーブルに料理を置いた後、呼ばれた客席の方へ歩いて行った。
呼ばれたテーブルの対応が終わっても、俺たちの席に戻ってくることはなかった。
「どうしましょう?」
瑞希も今更遅いのだが学校の優等生モードに切り替わってしまい焦った様子をみせる。
「とりあえずここで話しても遥紀がいるし、ちゃっちゃと食べて家で話すか」
「そうですね」
楽しみにしていた外食はすぐ終わり、家に帰ると会議が始まった。
「まずいことになったな…」
遥紀がどこまで聞いていたのかは分からないが、まだ誤魔化せる可能性は残っている。
「そうだねー」
俺の神妙な面持ちに反して、瑞希はなんだかそこまでこのことを重大だと感じていない様子だった。
「帰り道で考えてたんだけど、もう黒瀬君に私の素をばらしちゃってもいいと思うんだよね」
俺の予想に反した返事が返ってきた。
「いいのか?どこまで聞こえていたのか分からないけど、まだ誤魔化せるかもしれないんだぞ」
「いいんだよ。誤魔化せない可能性だってあるし、前々から司の親友の黒瀬君くらいは言わないとって思ってたから。この前の日曜日も会って何となく黒瀬君の人柄も分かったし、そろそろ大丈夫かなって思ってたところだから」
俺としてもこのまま誤魔化して遥紀に嘘を言うのも少し心苦しかったし、瑞希も一歩前に進もうとしている。
俺は瑞希の考えをを決行することにした。
「ただ、瑞希の性格を遥紀に伝えても、どうもイメージが湧きにくい。そもそも信じてくれるかも分からない。そこで、こうするのはどうだ?」
「なるほど、それなら手っ取り早いしOK」
瑞希の許可も得られたことだし、遥紀にメッセージを送った。
『遥紀、明日俺の家来れるか?』
***
「あーーーーー終わったーーーーー」
テスト最終日の試験の終わりのチャイムを聞くと長いテスト期間から解放された嬉しさから感嘆のような声が思わず口からこぼれた。
それと同時に、今日はバイトがこれから控えている。テスト期間の憂鬱から解放されると今度は緊張が心の中に生まれてきた。
どうして、バイトをすることになったかというと、先週の話になる---
もうすぐで夏休みに入るし、夏休みのテニス部の活動はそれほど多くない。
夏休みはこれから誘うが司と旅行も行きたいし、他のやつらとの遊ぶ用事もある。
そうなると、高校生にはお金が足りない。
幸いうちの高校はバイトが認められているので、俺もバイトをしてみようかと思いネットで検索してみた。そうして調べてみると、夏休みだけの1ヶ月限定の日払いバイトがいくつもあった。
夏休みだけなら学校が始まる頃にはバイトはないし、日払いのため夏休みに遊ぶお金を稼ぐことができる。
検索を続けていると、その中に学校からも近いファミレスを見つけた。ここなら部活終わりにも行けるし、ちょうどいい。
期末テストが近い期間ではあったが、いつも大して勉強はしないし、この前司の家で勉強したので、後は前日勉強すればおそらく大丈夫だろう。
そうして、俺はそのファミレスに応募することにした。
返信はその日中に帰ってきて、近日中に面接の日程が決まった。
面接と言っても履歴書は不要だし、その場で簡単な質問や書類を書くと、その場で合格をもらい、面接は終了した。
1ヶ月だけということもあって、難しい業務は任されないらしい。料理を運んだり、片付けなどの簡単な業務だけ。研修も2時間を3回で終了した。
「黒瀬君、来週の金曜日入れないかな?みんなテストがあるらしくて人手不足でさ。黒瀬君もテストある?」
研修も3日終え、次は初めての実践になる。その日は期末テストがあるのだが、最終日で次の日からは休みになる。
「テストはあるんですけど、最終日なので、午後からなら大丈夫ですよ」
「良かった、ありがとう。平日だしそこまでお客さんも来ないと思うから初日にしてはちょうどいいと思うよ」
テストも終わり放課後になり、前々から考えていた旅行の提案をすると、司は快諾してくれた。
「飯でも食べていかない?」
旅行の提案も快諾されて、胸をなでおろしていると司から昼飯の誘いを受けた。いつもなら迷わず誘いに乗るのだが、今日はあいにく初日のバイトがある。
今の時刻はお昼の1時半くらいで飯を食べるとなると1時間くらいかかり、家に帰る時間も合わせると3時頃になるだろう。バイトは4時からで家からバイト先にまでは電車で30分程なので、お昼を食べに行くとなると猶予は30分程しかない。
今日は実践の初回だし、絶対に遅れられない。少し早く行くことも考えるとご飯を食べるにはギリギリだ。
「飯食べるとギリギリになりそうだから今日はやめとくわ」
行きたい気持ちはあったが、今日ばっかりは断ることにした。
帰りの電車の中で司にバイトをすることを言うのを忘れていたことに気づいた。
テスト期間中に言おうとも思ったが、司は今回の期末集中して勉強しているらしいので余計な連絡をすることはしなかった。
『今日言い忘れてたんだけど、俺も夏休みの間だけバイトすることになったわ』
それからいくつかメッセージを送り、報告を終えた。
よし、これで大丈夫だろう。
バイトは16時から始まり途中で休憩をはさんだ後、22時までの6時間になる。
初めから6時間は少し長いように感じたが、夕方はあまりお客さんも来なく、休憩もあったため思ったより疲れることはなかった。
「黒瀬君、今日は初日だし最後にこの料理運んだら少し早いけど上がっていいよ」
「分かりました」
そう言って料理を持って、テーブルまで運んでいく。
運び先のテーブルの近くまで行くと、なんだか仲良さげに話している様子が見受けられた。
俺はまだ料理名を覚えられておらず、料理名が載っている伝票を見ているので、話している人までは見ていなかった。
「お待たせいたしました。オマールエビのパスタでございま・・・」
そこで初めてお客さんの顔を見たとき、見覚えのある顔に言葉が止まった。
言葉が止まったのは顔見知りだということもあったが、それ以上にあの話し声の正体がこの人だとは到底思えなかったからだ。
思考が止まっていると呼び出しベルの音が聞こえ、俺は思わずその場を後にした。
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