ポカ
「思ったより事情が壮絶だね」
俺の説明が終わって、少し間が空いた後遥紀は言葉を選ぶように小さな声で口を開いた。
「黒瀬君。心配していただけるのはありがたいのですが、私は大丈夫ですのでそんなに重く受け止めなくても大丈夫ですよ」
「でも、、、分かりました」
遥紀も何か思うところはあったんだろうが、本人が大丈夫だと言うならこれ以上は言えないようだった。
瑞希の上品な話し方のせいでなんだか今も何か抱えているような感じになっているが、いつもの話し方になれば全然そんなことないと分かるのにと思ったが、俺が勝手にばらすわけにもいかないのでもどかしい気持ちになっていた。
「じゃあ私は夜ご飯の支度を始めてしまいますね」
時刻を見ると19:00を過ぎているくらいだった。
「ああ、こんな夜までお邪魔しました。俺はこの辺で帰ります」
いつも20:00くらいまでいるくせに瑞希がいるもんだから、常識人ぶりやがってと思ったが、遥紀の名誉のためにそれを口に出すことはしなかった。
そうして、遥紀を帰るのを見届けてからリビングに戻ると料理の支度をやめて、ソファに横になっていた。
この姿を遥紀に見せたらどんな顔をするだろうか。
「ふぅー疲れたー」
「もう事情も話したんだし、なんで遥紀にはいつもの口調にしなかったんだ?」
「うーん、これといった理由はないんだけどあの喋り方はがっかりされないためのガードなんだよ。小さい頃からこの容姿でこの喋り方だとみんなの想像と違くてがっかりされることが多くてね。司の場合は司だと思ってなかったし、ただの店員さんでもう会うことがないと思って油断しちゃったけど、やっぱり今でも知ってる人に使ってがっかりされるのが少し怖い。それが司の親友ならなおさら」
「遥紀はそんな奴じゃないと思うぞ」
「私もそう思う。黒瀬君には少し勘違いさせちゃってるし、いつかはこの喋り方にするつもり。でももう少し気持ちを整理する時間が欲しい」
「そういうことなら分かった。俺はその喋り方の方が、かわいいと思うけどな」
なんだかくだけたしゃべり方に自信をもっていないようだったかちょっと褒めようと思っただけなんだが、なんだか言葉選びを少し間違えた気がする。
「あ、、、うん。ありがとう」
瑞希は下を向いて、小さな声でそう返したあと黙ってしまった。
やっぱり違う言葉にすればよかったと俺まで照れるはめになった。
「それはそうと、先風呂入るだろ?今日は俺が遥紀を呼んだし、俺が作っておくから入ってきな」
いつも瑞希は夜ご飯の支度の前にお風呂に入る。なのでさっき遥紀に夜ご飯を作ると言っていたのは嘘だ。
キッチンに入ると、ご飯を作ろうとしているあとは見えるが食材は何一つ出てない。少し気まずい感じが出ていたのを察知して、遥紀が帰りやすい雰囲気を出したのだろう。
「え、いいの。じゃあお言葉に甘えようかな」
そうして、お風呂場に向かう瑞希に少し気になっていたことを聞いた。
「遥紀にはまだ口調変えるつもりないって言ってたけど、最初の『ただいまー』は何だったんだ?俺はてっきりあの言葉でばらすつもりがあるんだと思ってたけど」
「あれは、ただ単に黒瀬君が家にいること忘れてて、言っちゃった。いやー焦ったよ。リビング入ったら、黒瀬くんがいたんだもん。てへっ」
舌をちょっと出して、かわいいポーズをとった後お風呂場に入っていった。
瑞希は完璧そうに見えて、意外とおっちょっこちょいだ。今回のこともそうだが、俺に口調をばらしたときのようにお嬢様モードじゃないと気が緩んでポカをやらかす。
でも、そのポカさえもかわいいと思ってしまうのは彼女の魅力なんだろう。
俺はさっきのてへっにやられて少し動けなくなっていたが、ようやく動き始めて料理を開始した。
***
翌日学校へ行き、席に着くと案の定遥紀から話しかけられた。
「昨日は帰っちゃったけど、涼風さん本当に大丈夫なのかよ。なんか元気ないように見えたけど」
「ああ、あれね。いつもはもっと元気だよ。あの時は遥紀も来てて緊張してあんなになってるけど、いつもはもっと元気」
「え、そうなのかよ。ちょっと心配しすぎた」
あの現状だけ見たら誰だって心配するだろう。瑞希はいつかは口調を変えるつもりだと言っていたし、家では元気くらいは言ってもいいだろう。
すると、遥紀は今まで真面目な顔で話していたのに急にからかうような顔になった。
「それはそうとお前ら本当に付き合ってないのかよ。よくよく考えてみたら高校生が一緒の家で暮らしてるっていうのに何にもないっていうのは怪しい過ぎる」
遥紀のやつ昨日は瑞希がいたからってこういう類の話題は言わなかったのに俺と2人になった途端に聞いてくる。
「本当に何もないって。瑞希とはそういう関係じゃない」
「瑞希?」
しまった。やらかした。これまで遥紀の前では涼風さんと呼ぶようにしていたのに、事情を話したからって油断した。
「へぇーいつもは下の名前で呼んでいるんだ。もう少し詳しく聞かせてくれないかな?」
にまにましながらそれでいて迫力ある声で遥紀が俺に迫ってくる。
「あーちょっとお腹痛くなってトイレに行ってくるわ」
俺はダッシュで逃げた。
昨日は瑞希はたまにポカをやらかすとか言っていたが、振り返ってみると俺の方がやらかしていたのかもしれないと思うとすごく恥ずかしくなった。
20話を読んでいただきありがとうございます。
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