提案
「親戚とか近くに住んでいないのか?」
両親が頼れない状況でも近くに1人くらいは親戚がいるのではないだろうかと思い俺は聞いてみた
。
「おじいちゃんとかおばあちゃんはこの辺に住んでないから、そっちに行くなら学校も転校しなくちゃいけなくなる。学校は楽しいし、みんなとも離れたくない。でも、叔父さんだけはこの辺に住んでる。」
「じゃあ・・・」
「それだけはだめ!」
それなら叔父さんのところに行ったらいいんではないかと言葉を続けようとすると、強い言葉で遮られた。
「なにか行けない事情があるのか?」
俺が恐る恐る聞くと少し言うのを躊躇っているのか少し間が空いたあと話し始めた。
「・・・高校生になったくらいのころ、叔父さんの家に挨拶に行ったんだけど、その時ずっと私のことをじろじろ見てきたんだ。その時はまだ気のせいだと思って気にしないようにしてたんだけど、お母さんがふといなくなると手を出されそうになったの。その時は私が大声を出すとお母さんが戻ってきて事なきを得たんだけど、今私1人で行ったら何をされるか分からない。あそこに行くくらいなら、私は1人で生きていく」
彼女の確固たる決意が見えた。
「ごめん。無責任なこと言って」
「いいよ。こんなの誰も予想できないしね。私のことを考えてくれて言ってくれたんでしょ、むしろありがとう」
俺が彼女の解決策を考えていたのに慰められてしまった。
「もう大丈夫。これは他の人がどうこうできる問題じゃないし、私が解決しないといけない問題だから。いろいろ考えてくれてありがとう」
うつ伏せになっていて顔は見えなかったが声はとても細いように感じた。
俺はその声を聴いて黙ってるわけにはいかなかった。俺は1つの考えに至った。
これなら問題はクリアできる。だが、倫理的に問題はあった。でも、この心細い声を聴いたら自然と声が出ていた。
「それなら、俺の家に住まないか?」
「うん・・・え!!!」
聞いたこともない彼女の大声は店中に響き渡った。
「もちろん、なにか対価を要求することもないし、お母さんの容体が良くなって退院するまでだから、そこまで長期間っていうわけじゃないからどうかな?」
「え・・・」
涼風さんは固まって何か考えているようだった。
「今の涼風さんは正直見てられない。まだ涼風さんは大丈夫だと思っているかもしれないけど、こんな生活続けてたら限界が来ちゃって今度は涼風さんが倒れると思う。そうならないように俺を頼ってほしい。唯一涼風さんの素性を知ってる俺を。」
未だに涼風さんは固まって動いてない。
それもそうだ、話すようになったのも最近の男子の家に泊ろうなんて俺と叔父さんが一緒に見られたってしょうがない。今だってどうやって断ろうか考えてるに違いない。
「嫌だったら全然断ってくれていい。つい提案しちゃったけどよくよく考えたら涼風さんの気持ち全然考えてなかったから、断るのが当然だよ」
よくよく考えてみると提案した自分が恥ずかしくなってしまった。
「じゃあ、頼ってもいいかな」
「そうだよね。やっぱり無理だよね。・・・え!いいの?」
「いいの?はこっちのセリフだよ。こっちこそお世話になってもいいの?」
断られると思っていた。でもその提案は受け入れられた。それほど、涼風さんは追い詰められていて、こんな怪しい俺を頼ることしかできないってことだ。
「うん。もちろん。でも家は大丈夫?涼風さんがいなくなったら違う人に貸しちゃうだろうし、なにか思いれとかあって他の人に貸したくないとか」
「それは大丈夫。引っ越しすることが多かったから思いれとかあんまりないよ」
「分かった。俺は、涼風さんのマッサージが終わってから1時間くらいしたら、バイト終わるからそれまでに最低限の持っていく荷物とか準備しといて。終わったら迎えに行くから、住所教えてくれる?」
それから住所を教えてもらい、マッサージが終わると、次回の予約はせずに涼風さんは帰っていった。帰るときに見せてくれた顔は来店時よりも少しだけ明るいものになっているような気がした。
涼風さんが帰ったあと、いつも通り報告書を書いていると世森先輩から声をかけられた。
「早乙女君、今日あと30分くらいで上がりだよね?」
「そうですよ」
「それじゃあさ、私もその時間に上がりだからそのあと映画でも見に行かない?」
世森先輩とはバイトの時間が被っていることもあり、話すタイミングが多く、だいぶ仲良くなれたと自分でも思っていた。だけど、映画に誘ってくれるほど好感を抱いてくれていたなんて、つい頬が緩みそうになる。
いつもなら迷う暇なんてないほど即決でOKするところだが、今日この後は涼風さんと予定がある。なんで今日なんだと偶然を恨みつつ、世森先輩を断ることにした。
「本当に行きたかったんですけど、今日はこの後予定があるので行けないんです。また誘ってください」
「私と映画行くよりも大事な用事なの?」
これが、遥紀や普通の遊びの誘いなら断ってでも世森先輩と映画に行ったかもしれない。でも今日の用事は、大げさかもしれないけど1人の人生がかかった約束だ。今日行かなかったら、涼風さんは二度と誰からの手も取らないだろうし、そうなったら彼女の身が危険にさらされる。
「先に約束していたので。でも、大事な用事です」
「冗談、冗談。でも早乙女君ならそういうと思ってたよ。それならまた今度誘おうかな」
「その時は是非行かせてください」
それから今日のバイトが終わって店から出ると、なぜか早足で彼女のもとに向かった。
13話も読んでいただきありがとうございます。
これからも応援よろしくお願いします。