想定外
「あちゃー大丈夫だと思ったけど、かかっちゃったか」
「だから言ったじゃないで・・・」
俺は言葉と共に美琴先輩の方を振り向くと俺の言葉は止まって、前のシャチのショーに再び視線を戻した。
「ん?どうしたの?こっち向いたと思ったら顔そらしちゃって」
「い、いや・・・」
本当は言いたいけど、めちゃ言いずらい。
「なんで言葉に詰まってるの?こっち向いて?」
「向けません」
「なんでよぉー、急に顔背けられて悲しいよー」
人の気も知らないで、可愛い声を出しながらお願いしてくる。
そこまで言うなら自分で気づくまで待ってやろうと思っていたのに言うしかないな。
「ちょっと服見てください」
「服?かわいいってこと?」
全然違う。・・・可愛いけど。
「えっ・・・!」
俺を茶化しながらも服に目線を落とした美琴先輩が固まる。
「だから言ったでしょう。濡れますよって」
「・・・た、確かに濡れましたね」
てっきりいつも余裕な美琴先輩は『あちゃー、濡れちゃった。見る?』くらい言うのかなと思っていた。
それなのに、俺から見ても丸わかりなくらい恥ずかしがっている姿なんか初めて見た。
「はい、これ濡れてますけど、見えなくなるので使ってください」
俺は着てきたコートを差し出した。これで少しはましになるだろう。
「・・・ありがと」
それから、俺達は濡れながらもシャチのショーを最後まで楽しんだ。俺からの近さと方向では顔を横に向ければまだ隙間から見えてしまうが、そこの邪念はなんとかシャチが消してくれた。
「ちょっと着替えよっか」
ショーも終わって、ずぶ濡れの俺達は美琴先輩が着替えを持ってきたと言うので一度着替えを置いてある車まで戻ることにした。
「俺の服も売店で買っていいですか?」
美琴先輩は服を持ってきたらしいのだが、流石に俺のは持ってきてないだろう。車に戻る前に売店で買っておかないと。
「司君の分も持ってきてるよ?」
「えっ、俺の分もですか?」
「うん、もちろん」
***
「はい、これ」
「ありがとうございます」
若干戸惑いながらも美琴先輩から服を受け取った。
試しに上半身だけ服を着てみるとサイズ感はぴったりでデザインも明らかに男物という感じがした。
「なんで、俺の分まで持ってきてるんですか?サイズもちょうどですし・・・」
「それは・・・たまたまだよ」
なんだか怪しげな返答が返ってきた。
女子大生が男子高校生の男物の服なんて持っているものなのか?
「まさか・・・」
「い、いやいや違うから」
「彼氏いるんですよね?」
「へっ?・・・違う違う!ほんとに違う!」
「そうじゃなきゃ、こんな男物の服なんて持ってないですよね」
考えてみれば普通のことだ。こんなに魅力的な人を同級生が放っておくわけがない。
でも、そうなると俺と2人で水族館に来ているのはやばいのではないか?
「これって、浮気になってませんか?」
「だから、違うって!彼氏もいないし、浮気でもないから!」
美琴先輩は必死に弁明をしている。
「弟がいるだけ。私の分持ってくるついでに司君の分も必要だと思ったから弟のを少し借りてきたの。ちょうど司君と同じ高校生の弟」
「な、なるほど。そうなんですね」
なんだ、弟か。彼氏とかだったらどうしようかと思った。
「でも、なんで最初濁したんですか?そうなら初めから言ってくれれば良かったのに」
「それは、内緒」
「なんですか、それ」
美琴先輩は教えてはくれなかったが、美琴先輩の家の事情に他人の俺が深くつっこむことも出来ないのでそれ以上は聞かなかった。
「ところで・・・見た?」
ショーで濡れるのを想定してあるのか、水族館の中に簡易的な更衣室があったので、美琴先輩と俺は着替えた後に落ち合うと開口一番、要領を得ないことを聞かれた。
「見たって何をですか?シャチのことですか?」
映像で見たことはあったが、生で見たことはなかった。思っているより何倍も迫力があって楽しかったな。横を向くかの葛藤した記憶の方が強いけど。
「そうじゃなくて、私」
「美琴先輩?今見てますけど」
そりゃ対面で話してるんだから、そっちを向くでしょう。
「違うよ、さっき濡れたとき私の下着・・・」
「・・・あぁ!み、見てないです!すぐに顔をそらしたので!」
「顔をそらすってことは見たから透けてるのが分かったんだよね?」
さっきの恥じらいはもうなくなって、もうすっかりいつも通りですね。痛いところをついてくる。
「・・・すみません。見ました」
ここから言い逃れすることは出来そうもなかったので、ここは素直に謝ることにした。(実際見た)
「やっぱり!見たんだ!」
「だって、あれは不可抗力で!」
元々俺は濡れるって警告していたのに水を被りに行ったのは美琴先輩の方だ。
悪いのは美琴先輩の方だ!
「もう知らない。先行くから」
「あ、ちょっと置いてかないでくださいよ」
本当はあんまり怒ってないくせに、わざとらしく機嫌を悪くして歩き出す美琴先輩に、慌てて歩幅を合わせて、ついていく。
「え・・・?あれって隣のクラスの早乙女じゃね?俺1年の頃一緒だったんだけど」
126話も読んでいただきありがとうございます。
数時間後にもう1話投稿します!夜も遅いので朝起きて、暇な時にでも見ていただけると幸いです。
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