ギャップ
「待たせちゃった?」
「早すぎませんか?まだ約束の30分前ですよ?美琴先輩」
「それなら司君の方が早いじゃん」
「俺はたまたまですよ」
「じゃあ私もたまたま」
「なんですかそれ、」
俺は初詣に行った翌日、美琴先輩に秘密を黙ってもらう引き換えに美琴先輩のお願いを聞くためにここに集合していた。
「じゃあ、乗って」
「はい、失礼します」
そう言って俺は美琴先輩の運転する車に乗り込んだ。
あれは瑞希との同居のことを秘密にして欲しいと頼んだ時のこと・・・
「でも1つお願い聞いて欲しいなぁー」
「何なりとお申し付けください」
「来週の8日の水曜日か9日の木曜日って空いてる?」
「木曜日の方なら空いてますよ」
「じゃあ、ドライブに付き合って欲しいな」
「わ、分かりました」
美琴先輩の落ち着いた雰囲気から出ると思っていなかったドライブという単語に単語に少々驚きはしたものの了承した。
***
「じゃあ、出発するよ」
美琴先輩はサングラスをかけて、エンジン音をなびかせながら車を動かした。
「美琴先輩、この車マニュアルなんですね」
マニュアル車も台数が減って、免許を取るのもオートマが主流な時代で美琴先輩も免許を持っているならオートマだと思っていたが、意外にもマニュアルの車だった。
それに乗っている車も今どきの車というわけではなく、少しレトロな雰囲気の、いかにも車好きが伝わってくる車だ。
サングラスをして風を切っている様子は完全にいつものりらホットで見かける美琴先輩とはかけ離れていた。
「こっちの方が運転している感が出て好きなんだよね。・・・・・・幻滅した?」
「いやいや、俺も車好きですし!」
男子なら1度は車に惹かれるものじゃないだろうか。それにレトロな車ってロマンじゃん?
「あんまりこの姿は他の人には見せないんだけど、司君なら分かってくれるかなって」
「こういう姿も俺はいいと思いますよ。ギャップ萌えってやつです」
「ふふっ、でもこれは他の人には秘密だからね。言ったら私も秘密言っちゃうからね」
「美琴先輩の秘密は魅力的なんですから言ってもいいと思いますけどね」
不本意ながらも俺の秘密を知ってしまった代わりに美琴先輩も俺に自分の秘密を教えてくれたんだろう。
口でばらさないと言っても本当かどうか俺が不安にならないように自分もリスクを差し出してくれている。
美琴先輩なら微塵も心配なんてないのに、この人ったらどこまでできた人なんだろうか。
「ところでどこに向かっているんですか?」
ドライブに付き合ってほしいとは言われていたが、どこに行くかは教えられていない。
目的地はないのかとも思ったが、迷わず車を走らす姿には、どこかに向かっているように感じた。
「それはね・・・ついてからのお楽しみ」
「え~教えてくださいよ」
「それだと楽しみが減っちゃうでしょ」
「楽しみはもういっぱい味わってますから教えても大丈夫ですよ」
「もう、そんなこと言っておだてても教えてあげない」
「おだてるってどういうことですか?本心しか言ってませんけど」
「もう・・・そんなこと言っても教えないからね!」
俺にはその言葉の意味は分からなかったが、目的地は結局教えてくれそうになかったので、話題を切り替えて、到着するまで談笑することにした。
「司君っていつから涼風さんと同居してるの?」
「え~と、去年の5月くらいですかね」
一瞬言うかどうか躊躇ったが、どうせ美琴先輩にはここまで知られているのだから、諦めて言うことにした。
「じゃあ、もう半年以上経ってるんだ。結構長いんだ」
「気づいたらそんなに経ってましたね」
普通に考えてクラスメイトのそれも異性と半年以上同居してるなんて不思議なこともあるもんだ。
「じゃあ涼風さんのあんなところも見てるんだ」
「見てませんよ!」
いきなりぶっ飛んだことを言うからびっくりした。
美琴先輩はこんなことも言うのか。新たな一面をまた見られた気がした。
「なんでよ、だって半年も一緒に住んでたらそりゃ事件の一つくらいはあるでしょ?」
「・・・ないですよ」
「はい、今の間は完全にあるやつでーす!」
「もう!そんな揚げ足を取って、後輩をいじめないでください」
なんだか今日の美琴先輩は瑞希が俺をからかってくるときに近いものを感じる。
「ごめんごめん。でも実際、司君モテるから彼女いっぱいいるでしょ?」
「モテてませんし、モテてたとしてもいっぱいは作りません」
俺がモテるなんてそんな冗談、冗談にもなってない。
「じゃあ司君今フリーなんだ」
「そうですよ、フリーですよ。狙ってみますか?」
俺だけやられてるんじゃ男としてのプライドが許さなかったので、余裕ある感じで返してみた。
「うん、じゃあ狙ってみようかな」
「え?」
美琴先輩は信号待ちで車が止まると、突然顔を近づけてきた。
突然のこと過ぎて対応が遅れたが、俺の唇と美琴先輩の唇が僅か1cmを切ったあたりで俺が慌てて美琴先輩の肩を掴んで、これ以上近づくのを抑えた。
「何やってるんですか!?」
「え、だって司君が狙ってみる?とか言うから」
「青になりましたから!」
「ちぇ~」
この人の冗談なんだろうけど、俺が正気に戻らずにそのままにしていたら、どうするつもりだったんだろうか。
瑞希とは違って、思い切ってやり返しても全く恥ずかしがらない。この人にはいつになっても勝てる気がしない。
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