事情
俺はいつもと違う涼風さんを見て、声を掛けたくなり席を立ったが、今彼女のもとには久々の登校に歓喜しているクラスメイトが大勢いるのに気づいた。今話しかければ間違いなく目立ってしまう。そう思い席に座りなおした。
そもそも様子がいつもと違うと見えたのは俺の勘違いである可能性の方が高い。本人は病気だと言っていたし、病み上がりでそう見えただけなのだろうと自分を納得させた。
その日の放課後、遥紀と下校する際の正門への道に体育館を通り過ぎる。通りざまに体育館を覗いてみると、女子バスケ部が活動していた。
そこには彼女の姿があったが、これまで見ていた楽しそうな顔でキレのある動きでバスケしていた彼女の姿はなく、うわの空でどこか重そうな動きでバスケをしている姿があった。
遥紀も隣にいるため、長くは見てられなかったがそんな彼女の姿に強く違和感を覚えた。
それからも涼風さんは一週間の間に休みや遅刻や欠席を度々繰り返していた。
***
金曜日、昼休みになりトイレから出てクラスに戻ろうとすると、クラスから1人涼風さんが出てくるのが見えた。
彼女が前を向いてこちらに気づくと、俺は指をさして、屋上の踊り場に来るように指示を出した。彼女は気まずそうにしながらも俺の後を追って、踊り場まで来た。
「涼風さん、なんかあった?先週は来なかったし、今週もちょいちょい休んだり遅刻したりしてるから」
「・・・いや、何もないよ。学校に来れなかったのは、病気に罹ってただけだよ」
明らかにいつもの様子と違っていた。いつもからかうように話しかけていた口調には元気が全くなかった。
「今週の日曜はお店に来れるんだよな?」
「うん。行けると思う」
断定しないことに気になりつつも、とりあえず来れることに一安心した。
「でも・・・今週行ったらしばらくは行けなくなると思う」
「え・・・なんで?」
「ちょっと忙しくて、行く時間が取れないと思う。それじゃあ、友達が待ってるからもう行くね」
そのことについて深く聞かれたくないように彼女は階段を下りていく。
俺は彼女が何か事情に巻き込まれていることに確信しているのに、証拠が何一つない。病気だったと言われればこれ以上聞くことはできない。
それでも、涼風さんは今週だけはお店に来ると言っていた。これを逃せば、聞き出すことはできない気がした。今度こそ彼女に聞き出すことを強く決心した。
***
そして迎えた日曜日。いつも通りの業務をこなしながら彼女が来店してくるのを待つ。
あの時来れるとは言っていたが、断定ではなかった。来れなくなった可能性もある。まだ予約の時間でもないのにどんどん嫌な想像ばかりしてしまう。これ以上想像しないように無心で仕事に戻った。
仕事に集中していて時計も見ていないまま夕方になったころ、1人の来店があり、ふと顔を上げるとそこには涼風さんがいた。
よかった。このまま来てくれなかったらチャンスはもうなかっただろう。俺は内心ほっとした気持ちで部屋へと案内した。
それでも相変わらず、彼女の姿は元気がないように見えた。
「今日はどこをマッサージする?」
準備は整えてあり、彼女と同タイミングで部屋に入ったあと、毎度お決まりのマッサージの場所を確認する。
彼女はバスケをやっているため、この質問は毎回足か腕もしくは両方と答える。今回も同じ答えが返ってくるものだと思った。
「今日は全体的にマッサージしてほしいかな」
元気がないながらも平静を装っているつもりなのかいつもの口調でそう答える。だが、いつも素の状態を聞いている俺だからこれが普通ではないことは簡単に分かった。
それから体勢を整えてもらってからマッサージを開始した。
「え・・・」
マッサージを開始した直後俺は、驚愕した。まずはいつも揉んでいる足の方からマッサージを行ったのだが、凝りすぎてる。
いつもバスケ部で活動しているので足の方はどうしても筋肉が張ってしまっていた。それでも、常識の範囲内で凝っているという認識だった。
だが、今日の身体の凝りは尋常じゃない。これは休む暇もないほど体を動かしていないと2週間ほどでこのように凝るはずがない。
「こんなになるまで一体何があったんだよ」
俺は動揺のあまりか少し強い口調で問いかけた。
「やっぱり、早乙女君にはバレちゃうか」
「当たり前だろ。何度もマッサージしてるんだからすぐ気づく。言ってみろ、何か力になれるかもしれないから」
「これは私の問題だよ。早乙女君にどうこうできる問題でもない」
それでも俺は諦められず、次に言う言葉を探していた。その途中、
「でも、話すだけでも楽になれる気がするから言ってもいい?余計な心配かけちゃうかもしれないけどいい?」
「いいぞ」
俺は悩む間もなく即答した。すると彼女は最近見せなかった笑顔を作って、話しだした。
「私が幼いころ両親が離婚して、母親1人で私をここまで育ててきてくれたんだ。でも、先週突然母親が倒れちゃって、もともとお金に余裕がある家ではなかったから、少ない貯金もお母さんの治療費とか入院費でほとんどなくなっちゃった。それで、今月の家賃とか生活費は自分で稼がなくちゃいけなくなって、先週くらいからバイトを始めたんだ。それで、このありさまってわけ」
俺は想像以上の彼女の境遇に絶句してしまった。一高校生が抱えられる苦労をはるかに超えていた。
「ありがとう。話したら少しは楽になったよ。これは私の問題だから早乙女君は聞いてくれるだけでいいんだよ」
でも、俺はその話を聞いて1つだけしてやれることが思い浮かんだ。それは普段なら言うことも躊躇われるが、彼女の姿を見て自然と声が出ていた。
「それなら、俺の家に住まないか?」
「うん・・・え!!!」
聞いたこともない彼女の大声は店中に響き渡った。
12話目も読んでいただきありがとうございます。
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