2人の暮らし
「ただいま」
「おかえり、結構遅かったな」
「なんかスーパー混んでてね」
「大晦日だとやっぱりスーパーも混むんだな」
「だねー」
「遅くなっちゃったし、早速晩ご飯の準備に取り掛かりますかね」
「俺も手伝うよ」
***
「「いただきまーす」」
「本当に今年は色んな事があったな」
「そうだね、感慨深いね」
マッサージ店でアルバイトを始めるところから始まって、今では学校一の美女と一緒に住んでいるというのだから驚きだ。
去年の大晦日には考えつきもしなかった出来事だ。
目まぐるしいほどの出来事はあったが、振り返ってみると良い1年だったなと心から思えた。
「それももう終わるんだよねぇー」
「そうだな、でもまた来年も良い1年になるさ」
「そうだよね・・・」
瑞希はなんだか歯切れの悪い返事をした。
もしかして、受験のことだろうか?
「なんか不安そうだな。受験があるからか?」
「えっ?あ、ああそうだよ。来年は高3で私たち受験なんだよ?」
「そうだな」
「何そのドライな反応。司は心配じゃないの?」
「俺は大して高いところ狙わないからなぁ」
瑞希はうちの高校でもトップクラスの成績を修めており、大学も十分トップクラスを狙っていける。
俺の今考えている志望校はこのまま順調にいけば、そこまで多くの勉強量をこなすことなく、合格できるところだ。
瑞希と同じところに・・・なんて考えたりしたこともあったが、俺が今から本気で受験勉強したって怪しいレベルの大学だ。
そんなところに合格できる自信はなかった。
それにわざわざ手の届かない志望校に合わせるなんて結構なストーカーだしな。
そのタイミングでふと、スマホがメッセージの着信を知らせる音を鳴らした。
『明日の初詣、集合は正午でいいか?』
「あっ!」
「急に大きな声出して、どしたの?」
完全に忘れていた。そういえば終業式の日そんな事を言っていたな。
「遥紀に誘われてさ、明日初詣行かないか?たしか明日用事なかったよな?」
「あーうん、初詣ね。じゃあ行こっか」
てっきり瑞希なら「えっ!初詣!行く行く!」みたいに言うかと思ったのに、意外にも乗り気ではなさそうだった。
「なんか予定あるのか?」
「あーうん。もしかしたら行けないかも・・・」
「明日になったら分かるのか?」
「うん、明日になったら分かるよ」
まあ、瑞希が来れないって言うなら明後日にしてもいいしな。
むしろ明日は元旦で人でごった返えしそうだから、明後日の方が俺は良いのだが。
「分かった。また明日教えてくれ。一応明日の待ち合わせは正午だぞ」
***
「3,2,1、ハッピーニューイヤー!」
「うるさい、近所迷惑だ」
「えっー新年だってのに寝てる人なんかいないよ。今日は徹夜だー!」
「新年早々テンション高いな。明日用事あるみたいなんだからほどほどにしろよ、じゃ俺は寝るから」
振り返り部屋に向かって歩みを進めようとすると、俺の腕ががっちり掴まれて、前に進めなくなる。
「ゲームしよっ?」
「もう夜中だぞ。寝る」
「ねぇーお願い!ちょっとでいいから」
「ちょ、おい!近所迷惑だから」
「司がいいよって言うまでずっと言い続けるから!」
このままじゃ、本当に近所迷惑になる。隣の住人が扉を叩いてきたって不思議じゃない。
「分かった、分かった。少しだけだからな」
なんだかいつもより強引だった気がする。新年でテンションが上がってるからか?
それから瑞希の思惑通り、俺達はゲームに興じた。
「はい、勝ったー!」
「くっそ、負けたか。じゃあ一段落したしここらで潮時だな」
「えっ、逃げるんだ。私にまけっぱでいいなら、それでいいけどー?」
「ああっ?」
「はいはい、おやすみ。負け犬の司君?」
「舐めやがってボコボコにしてやるからな」
「そう来なくっちゃ」
瑞希に煽られて、俺もその気なってゲームは俺の当初の予定時間を大幅に過ぎていた。
「はい!やっと勝ったー!って・・・」
「すうっーすうっー」
瑞希は寝落ちして、こちらの方に頭を乗せてきた。
「これじゃ、俺が移動できないじゃないか」
気持ちよさそうにしているからあと1分だけこのままにしておくか。1分経ったら瑞希を起こして部屋で寝かせないと風邪ひくかもしれないからな。
頭の中でカウントダウンをしていると、なんだか瑞希からいい匂いが漂ってくる。
その匂いが妙に心地よくて、気づけばカウントダウンも止まっていて、意識もなくなっていた。
***
「んっ・・・」
気が付くと、外は明るく、俺には布団がかかっており、床に寝そべっていた。
周りをきょろきょろしても、瑞希の姿はなかった。
なんだよ、起きて自分は部屋で寝るなら、俺に布団をかけるんじゃなくて起こして欲しいもんだ。
おかげで体のあちこちが痛い。
時間を確認するためスマホを手に取った。
「もう10時半か」
朝ごはんを作って、瑞希が起きてくるのでも待つかと思ったが、朝ごはんを作り終わっても、瑞希が起きて、部屋から出てくることはなかった。
もう初詣の待ち合わせまで1時間前だ。
いつもはこの時間には起きてるのに、昨日夜遅くまでゲームなんかするから、寝坊してるじゃないか。
俺は瑞希を起こすために、部屋の前まで行き、ノックをして話しかける。
「おーい瑞希―、もう昼だぞー。起きないのかー?」
「・・・・・・」
瑞希は結構眠りが浅い方なので、話しかければ起きるはずなんだが、相当眠いのか?
待っても返事がなく、起きたらしい音もしないので仕方なく、部屋に入ることにした。
「瑞希―入るぞー」
もうあんな夜までゲームは禁止だな。乗せられた俺も言えないけど。
「・・・あれ?」
部屋に入るとそこには瑞希の姿がなかった。
もしかして、昨日用事があるとか言ってたから、それにもう行ったのか?
そういうことなら、リビングに一言メッセージでも残してくれればいいのに。
部屋を出ようとすると、ふと、机の上に何やら文字が書いてある紙が置いてあるのが見えた。
「ん?何だこれ?」
思わずその紙を覗き込んだ。
『司、これまでありがとう。司と一緒に暮らせてすごく楽しかったよ。でも、私は違う住まいを探すことにします。司の家に住むのはもっとふさわしい人がいると思うから』
「・・・えっ?」
回らない頭で周りを見渡すと、昨日まであったはずのトランクもなくなっていた。
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