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小動物

 リリさんと常設討伐クエストに出た僕は、獲物を探して丘に立っていた。

 食べられる雑草を採集しているリリさんとは別行動だ。

 その辺の木の枝を折って用意した棒を携えて、僕は事前準備の甘さに途方に暮れている。


 小動物を狩る。

 なるほどそれは危険性も低く高価な武具も必要ないだろう。

 だが、だからと言って簡単な事ではないのだ。

 ……と言う事を、今ようやく僕は知り得た訳だ。


 何せ小動物は猪と違って襲って来たりはしないし、鹿の様に背も高くない。

 何ならこっちが見つける前に逃げる。鳥みたいに飛ばないだけまだマシか。

 そもそも小動物と一括りに呼んでいるが、実際僕は何を探しているのだろうか?

 兎? 鼠? 猫?

 そしてそれらの小動物の痕跡を探して追いかけるなんて無理だ。

 大半の冒険者は鹿や猪の痕跡だってろくに探せやしないし、僕はその大半の側だ。

 そもそも、狩りの才能があるならあぶれ者に成りはしない。

 開拓村で猟師として生きて行けるのだから。


 そんな事を考えていたら、ふと思い出した。

 開拓村の……名前も忘れた幼馴染の事だ。

 あいつは猟師の才能があったから、何の取り柄もない僕がルファに送り出された。

 あいつはたまに鼠の肉を御馳走してくれた。

 どうやって捕まえるのかは知らないし、知ろうともしなかったが、割と頻繁に鼠を捕まえていた。

 どうやって捕まえるのかは知らないし、知ろうともしなかったが、どこにいるのかは聞いた覚えがある。


 あいつが言うには、鼠は隠れる生き物らしい。

 だから隠れ易い所にいるのだと言っていた。

 改めて周囲を見渡して、隠れ易い場所を探してみる。


 ……うん、見晴らしが良い。


 いや、多少の隠れる場所はあるのだろうけど、こんな視界の開けた場所に小動物がいるとも思えない。

 森の中へ行った方が良いか?

 棒を振り回すのに都合が良いから丘に来たけど、考えてみたら丘では鹿にだってそうそう出会いはしない。


 森の方に視線を向けて、棒を肩に担いで走る。

 ここから森に入るには川を越えなければいけないのだけれど、今日はそんな事を想定した靴じゃない。

 川を越える予定の時には乾き易い靴を履いてくるものだ。

 が、不快感を気にしなければ越えられない川でもない。

 天気も良いし、まあ大丈夫だろう。

 丘を登り川が見えてきた辺りで、川辺に人影がある事に気付く。

 どこぞの冒険者だろうと気にせず近づいて、どうも違う様だと気付いた。

 肌が暗い緑色で耳が長く小柄で禿頭。ゴブリンだ。

 川辺でしゃがんで、何かを洗っている様だ。

 一匹だけだだから何とでもなりそうだけれど、面倒臭いから引き返そうかと考えて、そのゴブリンの恰好を良く見て、一度立ち止まる。


 軽く周囲を見回して人がいない事を確認。大丈夫そうだな。

 少し飛び跳ねる様にがしゃがしゃと音を鳴らしながら駆けると、ゴブリンは機敏な動きでこちらに振り返り、それから遠目でも分かる程度に警戒を緩めた。

 走り方を戻してゴブリンの元に駆け寄ると、ゴブリンは立ち上がって左手を挙げた。

 何かの骨で作られた首飾りと、左腕にゴブリンが身に着けている割には比較的清潔な布を巻いている。

 そのゴブリンは左手の指が二本と右耳が欠損していた。

 同じ様に僕も左手を挙げて、話し掛ける。


「ひなはだきて」

「リンジンカ」


 僕の拙い挨拶に、ゴブリンは割と流暢な挨拶を返して来た。

 人間の言葉を喋るこのゴブリンは、開拓村ではゴブリン商人と呼ばれていた種類のゴブリンだ。

 開拓村では誰もが知っているゴブリン商人だが、ルファの町ではほぼ認知されていない。


 まあそれはそうだ。ゴブリン商人は話が出来る……時もあるゴブリンである。

 状況によっては普通に人を襲うし、基本的には略奪の方を好む。

 比較的知恵の回るゴブリンは見境なしに人を襲わない。ただそれだけの事だ。


「ヘタナゴブリンゴダ」

「ひなわかつりまあだここ」

「ソレモソウカ」


 ぐじゃぐじゃとゴブリン商人は笑った。

 こいつと会話をするのは三回目で、耳を切り落としたのは僕だ。

 肩の力を抜いて棒を正面に構える。ゴブリン商人も短剣を抜いて構えた。

 ルファ周辺でゴブリンと仲良く話なんかしていたら僕の方が討伐されかねない。

 それはゴブリン商人にとっても同じらしい。

 開拓村周辺ではゴブリン商人はゴブリンの中で中々の地位だったらしいが、ルファ周辺では末席だそうだ。

 最初は意外に思ったが、良く考えれば当たり前の話。

 ゴブリン商人と一緒に居ても、ルファ周辺の人間は容赦なくゴブリンを殺しに来るからだ。


「たてしがささえひさひち」

「キグウダナ、イマチヌイタ」


 小動物の痕跡の探し方でも教えて貰えないものかと言葉を投げ掛けてみると、丁度今仕留めたばかりとの事だった。

 視線を川で洗っていたものに向けると……なんだあれ?

 見た事ない小動物が川の水に浸かっていた。

 一見した所鼬に似ているが、鼻先に二股に分かれた角が付いている。


「れこかだんな」

「サイキンンオオイ。オカノアナニイル」


 見た事ない小動物の正体は不明だが、どうやら丘で捕まえられるらしい。

 川を越えなくても捕まえられるのなら、これで良いか。

 そうなると問題は味か。


「ひしひお」

「ハナノニオイツヨイガ、グドン」


 少なくともゴブリンの口には合わないらしい。

 ゴブリンと人間の味の好みは多少ずれていて、酸味や甘味に違った感覚を持つ。

 だが、毒物に関しては凡そ同じらしい。開拓村で人間とゴブリンの距離が近いのも毒に関する情報の共有が重要だからだそうだ。

 踏み入ったら死ぬ窪地とか、飲んだら死ぬ水とか、食べたら死ぬ茸とか、開拓村はちょっとした事で誰もが死ぬ。


「かのるほなあ」

「ソノエダデツツケバカミツク。ツレル」


 問題は捕まえ方かと聞いてみると、ゴブリン商人は僕の構えている棒を短剣で指し示しながら更に有用な情報を教えてくれた。

 この指と耳の欠けたゴブリン商人は開拓村のそれと違って言動が人間臭い。

 大きな町で生まれた奴は生まれ付き知的なのかも知れない。

 いやまあ、ゴブリンに市民権はないのだけれども。


 なんにせよ有用な情報には対価が必要だ。

 僕は革鎧の内側から半年程入れ替えていない携行食糧を取り出して、ゴブリン商人に投げ渡した。

 何度も僕の汗を吸ってふやけては乾かす事を繰り返した、食べたら腹を壊しそうな携行食糧だ。

 ゴブリンと人間は毒になる食物はほぼ共通だが、ゴブリンは人間より腐敗物に対して頑強なのだ。


 ゴブリン商人は僕なら食べる気にもならない携行食糧を受け取ると、血抜きした小動物と一緒に抱えてじゃぶじゃぶと川の向こう側に消えて行った。

 指と耳の欠けたゴブリン商人。さて、後何回取引出来るのだろうか?

 あいつ弱いからな……鉄等級でも複数人に囲まれたらあっさり殺されそうだ。

 この前も耳を斬り飛ばして逃がさなければ、多分死んでいただろうに。


 それはさて置き、今はあの良く分からない小動物を狩らなくては。

 丘にいるのなら好都合だし。

 僕は川に背を向けて丘へと駆け上がる。

 軽く見回してみても穴なんかありゃしない。


 騙されたか? ゴブリン商人はたまに嘘を吐くし。

 いやいや、ゴブリン商人はたまに嘘を吐きはするが、それは大体村が滅ぶ様な大きな嘘だ。こんな些細な事で嘘を吐くとも思えない。

 一応周囲に気を配る。丘は見晴らしが良い。ゴブリンに奇襲を受ける可能性は低いだろう。

 俯いて棒で雑草や地面を突きながら歩く。穴はどこだ?


 そうやってしばらく歩いていたら、見つけた。

 何かが掘った小さな穴だ。

 てっきり近くに掘った土が盛ってあると思っていたのに、一丁前に草葉で誤魔化してあった。

 あると思って探せば見つけられる程度の誤魔化し方だが、あの小動物は頭が良いのかも知れない。


 ゴブリン商人に教えられた通りに、穴に棒を突っ込む。

 突っ込むのは良いが、静かに待てば良いのか激しく動かした方が良いのかどちらだろうか?

 と、そんな事を考えている内に棒の先に感触。動かさなくても良いみたいだ。

 棒を引き抜くと、見た事のない小動物を目が合った。

 黒くて丸くて愛嬌のある存外可愛い目だ。

 見た事のない小動物は僕を見て硬直していた。そして僕も硬直していた。


 釣ってからどうするのか考えていなかった……。

 素手で掴もうかと思ったが、前足の爪が思いの他長くて鋭い。

 だから取り合えず、蹴った。


 僕の爪先が小動物の頭を捉え、砕いた感触と共に小動物が高々と舞い上がる。

 ぽとりと地面に落ちた小動物はもう動かなかった。


 楽で良いじゃないか。


 その後それ程時間も掛からずに七匹の小動物を捕まえた僕は、意気揚々とリリさんの元へと駆けて行った。

 血抜きをする事をすっかり忘れていたが、結果的にそんな事は問題にならなかった。

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