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店番の夜

 

 閉店後の店内の静けさ。私はこれが大好きだ。

 日中もそこまで賑わう店ではないが、それでも日が暮れた後はより一層静かになる。


 道具通りは家賃や出店料が安く、並ぶ店は布と皮で出来ている。

 戦場でも使われる簡易住居の一種で作りは貧弱だが、風が弱く温暖なルファの気候なら雨さえ凌げれば問題ない。

 この屋内とも屋外とも言えない曖昧な空気に戦場の夜を思い出す。


 店を任された当初は私が女であるがために、勘違いした屑共が連夜の様に来店したものだ。

 そして、嗅ぎ慣れた血の匂いは妙に浮ついた日中の気配を鎮めてくれた。


 思えば戦場でも大規模な合戦より撤退戦や待ち伏せの方が好みだった。

 だから私は商人が向いているのだろう。


 文字の読み書きや物資の勘定はいつか自分で傭兵団を構えるために覚えたが、商人としての私にも存分に役立てられている。

 元々がヤムが私達を選んだ理由は読み書き勘定がある程度出来たからだ。

 戦場で傭兵を商人に勧誘するなんて、ヤムの頭は良い具合に狂っている。

 ヤムは傭兵に良く見る類いの死を直視しない奴だろう。


 死を直視しない類いの人間は早死にするか周囲に馴染めないものだが、多分それは傭兵に限った話で、商人の場合特に欠点とはならないのだろう。

 早死にすると見込んで勧誘に乗ったのだが、見込み違いだった様だ。

 最近私は自身の人を見る目があまり信用出来ない。

 接客と言う行為は斯様に難解で、死線を潜る事と遜色無い充実した日々だ。


 死線と言えば、ルファは前線から遠い場所にあると言うのに何故ここまで死臭が濃いのだろうか。

 まるでこの街は前線の様な不穏が満ちている。

 それが未だ、私には心地良いのだ。


 私が市民となってルファの中へ入って行く時が来たとして、果たして街の中はどの様な地獄なのか。或いは、はてさて。


 さて、物思いに耽るばかりではいけない。仕事をしなければ。

 光球を灯して帳簿を開きながら、消し込みをして行く。

 勘定が出来なければ成り立たないのは商人も傭兵も同じなのだ。

 何がいくらで売れて、それはいくらで仕入れていたか。

 或いは、その商品をいくら以下で売ってはならないか。

 ヤムは商人だがその才能は仕入れの方に振り切れている。

 販売を担当するのは私だ。

 その意味では私はヤムの後継者にななれない。


 仕入れ値十ギルの破損した防具七着を六十ギルで販売。

 原価一バルと五ビルの携行食糧を九バルで三十四食販売。

 仕入れ値一ギルの古着一袋と襤褸布三袋を交換。

 仕入れ値九バルのグマの食器一揃いを二ギルと九バルで販売。

 萎れた花二袋を十ビルで買取。


 今日も程々に繁盛した。

 やはり商人は楽しい。

 この煩雑な勘定作業が商人の醍醐味だ。


 しかし、世の中楽しい事ばかりとは行かない。

 花を処理しなければいけないのだが、この作業がどうにも億劫なのだ。


 花を床に放り投げて、道具一式を取りに行く。

 一昨日仕入れた貝殻の箱を退けて、型と鉢と棒と敷布が入った箱を取り出す。

 箱を開けて中を照らす。

 見た限り道具は綺麗で異臭もしないが、水球で軽く洗う。

 食べれば腹を壊す携行食糧等誰も買わないだろうから。


 店の中央に敷布を敷いて、その上に道具一式を並べて、古豆の袋を持って来る。

 花と古豆の袋は口を開いて、敷布の上に腰を下ろす。

 店の中に花の香りが充満して、ポーションを煮詰めた様なそれに私は思わず顔を顰めた。


 花を半袋程鉢に放り込んで棒で磨り潰す。

 べちゃべちゃと花がペースト状になって行く。

 カサが減ったら、残り半袋を投入して再度磨り潰す。

 花が完全に形を失ったら、古豆を型で十掬い入れてまた磨り潰す。


 豆の欠片が多少残る程度で磨り潰し作業は終了する。

 完全に磨り潰すのが主流の様だが、実際に食べていた身から言わせて貰うと若干食感がある方が人気なのだ。

 私は食感が無い方が好みだったけどね。


 木ベラで磨り潰した原料を型に詰め込む。

 スカスカの携行食糧では腹が満たされないので、空気が入らない様にみっちりと型に押し込む。

 そこに今日の日付とヤムの名前を刻印して型詰めは終わりだ。


 全ての原料を型に詰め込み終わったら、床に敷いてある木板を取り外す。

 木板の下には焦げた土床。

 その上に型を並べて、火球で時間をかけて焼いて完成だ。


 低い温度でチリチリと携帯食料焼き上げながら、残りの一袋に視線を向ける。

 まだ花は一袋ある……。


 さっさと次の袋に移ってしまいたいが、焼く時間を短縮する事は出来ない。

 水分が多ければ虫や小動物に齧られ易くなるし、黴や腐敗の要因ともなる。

 かと言って火力を上げて短時間で仕上げようとすると、焦げて苦くなる。


 別にここまで拘らなくとも適当に作ってもそこそこの物は作れるのだ。

 どうやらこの花は腐敗や黴に抗う力があるらしい。

 ポーションの原料となる植物の花なのだから、そのくらいの不思議な力は持っていて当然だろう。


 だが、傭兵は悪食だが味音痴ではないのだ。

 美味い携行食糧であるに越したことはない。

 携行食糧は食べ物であるが故にいくらでも売れると思っている商人が多いが、携行食糧は干し肉や干し芋でも代用は出来るのだ。

 利点は保存期間が長い事だが、そもそも戦場では腐り易い物から消費される。

 自然と最後に残るのは携行食糧となる。

 それでもいずれ携行食糧は古くなって消費されるが、実は古い携行食糧は戦場以外で消費されるパターンが多い。

 戦場で腹を壊すと死に繋がる、と言うか、戦場では不測の事態が概ね死に繋がるのだ。


 質の良い傭兵団程、携行食糧の販売元は吟味するものだ。

 売り逃げが基本の携行食糧に販売元を刻印するのは私のアイデアだ。

 古巣の傭兵団を中心にじわりじわりと販売先は増えていると聞く。

 ヤムが死んでも、携行食糧を売るだけでも食い繋いで行ける自信はある。


 ヤムの言葉を鵜呑みにするのであれば、ルファにおいて携行食糧が道具通りの専売になった事にも一枚噛んでいるらしい。

 ヤムには色々と恩があるのは事実ではある。

 それに報いたいとも思うからこそ、ヤムが留守の間は真面目に店番をしている。

 ヤムが死ぬのを待ってはいるが、殺す気も無ければ目の前で殺されそうなら助ける気もある。


 まあ、だがしかし。


「……一体何を企んでいるんだかね?」


 心中する気は無いけどね。

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