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肉と雑草と花

 多忙との事で、幸いにも魔法使いギルドのギルドマスターに直接会わずに済んだ。

 僕は副ギルドマスターから手紙と引き換えに木札を受け取って、花を買っていたリリさんと合流した。


 その花は僕へのプレゼントで、食べられる花だと言われた。

 砥石を買ってしまった話を聞いたリリさんが気を利かせてくれたのだからと、新鮮な内にその場で食べてみた。

 爽やかな味わいで美味しかったが、花売りの形容し難い視線が微妙な後味となった。 


「今度一緒に常設討伐クエスト行こっか?」


 花の味について語り合いながら歩いていると、リリさんからそんな提案を受けた。


「常設討伐クエストで日銭を得つつ、食費を抑えるって事です?」


 常設討伐クエストはほぼペナルティの無いクエストだ。

 そのペナルティも薬草を採集したら鞭打ちとか、冒険者ギルドの基本的な制約が適用される程度。

 鉄等級が受ける最初のクエストは例外無く常設討伐クエストで、チュートリアルクエスト何て呼ばれたりもする。


 常設討伐クエストは一匹も獣を狩れなくても罰金は無く、皮や内蔵や骨等の指定素材を一つでも収めれば成功報酬が貰える簡単なクエストだ。

 よって肉は取り放題。稼ぎたければ肉も収めれば良い。

 鉄等級の冒険者達はこの常設討伐クエストを受けて、木の棒で猪をタコ殴りにしたり、返り討ちに遭って死んだりしてる。


「でも、剣が痛むんですよね……。上手く首を落とすのって難しくて」


 魔物を含む大抵の獣は頭が弱点だ。

 大事な頭を繋ぐ首骨が柔い筈も無く。

 足の腱を切った所で首の動きを止められる訳も無く。

 だから、討伐クエストは薬草採集より難易度が高い。

 倒すだけならどうとでもなるが、血の染みた肉は買い叩かれるし美味しくない。

 皮は比較的高額な報酬加算が見込めるからなるべく大きく持って帰りたいし。


「ヤグラ君はリリが薬師だって事の意味をしっかり理解していない様ね」


 ふふんと自慢気に胸を張って、リリさんは口の端を片方持ち上げた。

 そんな生意気な表情をしてもなお可憐な、リリさんの顔の造形美は凄い。


 蠕動しながら伸び上がる泥の塊を肩に乗っけていなけりゃ、ルファ中の男が放って置かないんだろうな。


 泥のせいで忘れがちだが、リリさんはルファで色々な権限を持つ薬師で銀等級だ。

 だからどうした、とそのまま聞く度胸は僕にはなくて。


「薬師の意味と言いますと?」


 リリさんの顔の横で蠕動する泥を視界に収めつつ、僕は常にリリさんに下手に出ざるを得ない。

 泥が怖いのもそうだけど……。


「薬師が居れば採集が出来ます」

「ほうほう、薬草採集の分だけ報酬が上がると?」

「食べられる雑草を採集出来ます」


 御機嫌伺い半分で話を聞いていたけど、ようやくリリさんの言わんとする事が理解できた。

 リリさんは終始食べる事だけに焦点を当てていたのだ。


「ああ、肉が採れなくても」

「雑草が持って帰れます」


 草花には毒を持つ物も少なく無いし、何より自生する薬草を採り尽くさないためにルファの冒険者は草花を持って街に帰れない。


 例外は薬師とパーティーを組んでいる者で、それでも薬師と一緒にクエストを受けている事が条件なのだ。


「でもそれって、薬草採集クエスト以外でも有効なの?」

「薬師は冒険者ギルドでクエスト受けなくても採集が出来るのよ。一人で薬草採集に行く人がいないだけ」


 まあ、確かに。護衛も付けずに街の外に行くなんて自殺行為だ。

 ……リリさんなら一人でも大丈夫そうだけどね。


「リリさんと一緒に常設討伐クエストで雑草採集」

「ついでに小動物でも捕まえれば報酬も出るよ?」

「小動物!」


 その手があったか!

 肉のことばかり考えていたから忘れていたけど、薬草を食べる小動物も常設討伐クエストの対象だった。

 成功報酬は一匹当たりたったの数ビルだから小動物を狩る冒険者は少ないけど。

 それでも小動物狩りには大きな利点がある。


「小動物なら剣を使わないで済む!」

「兎なら肉も期待出来るし、鼠なら木の棒で狩れるよ!」


 リリさんが両手に握り拳を作ってそう言った瞬間、泥が薄い膜状となって僕の頭の上まで広がった。

 一瞬、雑踏のざわつきの種類が変わった気がする。

 硬直した表情を顎に片手を添える事で思案顔の振りをする。

 泥は時折不意打ち気味に変形するから心臓に悪い。


 思案顔を装った以上常設討伐クエストを真剣に検討しなくてはならない。

 泥と、そこはかとなく期待を含ませたリリさんの顔が僕に圧力を掛けて来る。


 不気味な泥の事は一旦忘れるとして、この提案自体は悪くない。

 と言うか、良い話だ。


 リリさんと常設討伐クエストを受けよう。

 宿代だけならまだ二日は余裕だ。当面は食費さえ浮かせてしまえば良い。

 適当な小動物と雑草で食い繋いで、足りなければ街クエストを適度にこなせば良い。


 そんな事を考えていると、リリさんがダメ押しとばかりにアピールを重ねて来る。


「しかも、昼はリリ特製の雑草スープが食べられるよ!」


 雑草を知り尽くしたリリさんの雑草スープは、下手な露店の飯より美味い。

 鉄等級の中には野外でこっそり雑草スープを食べている者もいるが、間違えて薬草を入れれば棒打ちが待っているし、雑草だけを選んだとしても労働刑が待っている。

 バレなきゃ無罪だが、魔法使いギルドの鑑定水晶使われると後からでもバレる。


 だから、大きな工事があると警吏が魔法使いギルドと一緒に鉄等級狩りを始める。

 あれを見る度に銅等級である事の恩恵を実感出来るのだ。


「常設討伐クエスト受けるのは明日でも?」

「リリは今からでも良いけど?」

「もう昼過ぎだし、今からだと色々と準備が……。街クエストの完了届もしなきゃだし」


 準備。主に心のだが。


「そっかぁ。じゃあ明日の朝、始業の鐘が鳴る頃に冒険者ギルドで待ち合わせね」


 リリさんは花の様な笑顔でそう言って、片手で髪をかき上げた。

 泥がその手を器用に避けながら、荒ぶっていた。


 薬草を食べる小動物の話を聞きながら薬師ギルドまで戻って来て、僕とリリさんはそこで別れた。

 泥と視線から解放された僕は、深く溜息を吐いて独り冒険者ギルドへと歩き始める。


 いつの間にか空が赤味を帯びていて、一日の終わりが近付いている事を感じる。

 ゆるゆると歩いていると、花売りと目が合った。

 リリさんが僕に花を買ってくれた時の花売りだ。

 籠に入れられた花は残り数本で、大分萎れていた。


 全部リリさんに買って貰った種類の花で、あれならまだ食べられるな。


「お兄さん、まとめて買わない? 少し割り引くよ」


 花売りが満面の笑みで近寄って来てそう言った。

 ふと疑問に思ったが、この花はどこで採集するのだろうか?

 農場だろうか?


「五ビル」

「それでいいよ。四本まとめて五ビルね」


 価格交渉しようと思ったら即決された。

 それもそうか。花売り相手に値切る奴なんて見た事ないし。

 花売りにとって萎れた花は五ビルの価値も無いのだろう。


 花を受け取って、再び冒険者ギルドへ歩き始める。

 一本を花から齧り付いて食べる。


 昼間に食べた新鮮な花は爽やかな味わいだったが、萎れた花は妙に甘ったるい。

 もしゃもしゃと花を咀嚼しながら、どんどん赤味を帯びて行く空を見上げて、僕は少し駆け足で冒険者ギルドへ向かった。

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