街クエスト
封入、調合。品質確認、8.2254、合格。
封入、調合。品質確認、7.2196、合格。
封入、調合。品質確認、9.9301、合格。
封入、調合。品質確認、7.0102、合格。
感知、ヤグラ、接近中。
……。
封入、調合。品質確認、6.1744、不合格。
封入、調合。品質確認、7.5084、合格。
………
……
…
◇
搬入口から入って来たヤグラの姿を見付けて、俺は作業の手を止めた。
妙に手入れの行き届いた革鎧と、ぴかぴかに磨かれた剣の鞘が印象的な銅等級冒険者。
良い奴なのだが、扱いが面倒臭い。
「街クエストなんて珍しいじゃねぇかヤグラ」
俺が居る時に来た以上、対応しなくちゃならない。リリ絡みは俺の担当だからだ。
俺の声を聞いたヤグラがこっちを向いてほっとした様な表情で寄って来る。
要件自体がそもそも面倒事じゃあるまいな?
「久しぶりだなヒューズ。今日は配達クエストだ」
「しかも手紙の方か……って黒紙じゃねぇか!?」
寄って来るヤグラが取り出した封書を見て、俺は顔を顰めた。
首から下がるプレートを見るが、それは白革のままだった。
ヤグラが昇格したのなら連絡がある筈なのだから当たり前なのだが、銅等級のままなら上級クエストを受ける事は出来ない筈だ。
「銅で上級なんて、お前どんなズルしたんだ?」
「いや、それがさ、ケイトが言うには配達クエストの等級制限は目安程度だって。俺も嫌だったんだけど何か押し切られた」
「はあ? その目安云々ってのはスタンビートとかの時の話だろ?」
「そうなの?」
「そうだぞ?」
ケイト。あの市民至上主義者の受付嬢か。
また何か良からぬ事を考えてそうだが……中身を見るのは無理だしな。
いや、本当に何か非常事態か緊急な連絡の可能性もあるか?
「正式に受理されてんなら仕方ねぇ。御老体に会ってきな」
「カクラ婆さん苦手なんだよな……。しかもここの後には魔法使いギルドにも行かなきゃならないし……」
「ライン様か。御老体はまだしもお貴族様は嫌だよなぁ」
薬師ギルドと魔法使いギルドねぇ……。
リリに関する事で何かあったのか? だとしたらヤグラを使う理由もあるかも知れんが。
「御老体は調合所にいるる筈だ。今ポーションの作り手が不足しててな」
「前線か境界で何かあったの?」
「いや、薬草不足で鉄銅が採集に駆り出されてるだけだ」
「そういやリリさんも最近食害が多いとか言ってたな」
ヤグラは暢気な事言っているが、薬草不足はそこそこ危機的な状況だ。
ここ数年前線で消費されるポーションは増える一方で、ルファのポーションまで前線に送られている。
軍で作る分だけじゃ前線を維持出来なくなっているって事だ。
ルファでは他と違って薬草採集が許可制だから、人海戦術で採集量を増やすには限度がある。
何にせよ報告が必要か。
うだうだと不平不満を垂れ流すヤグラの尻を蹴飛ばして調合所に追いやる。
荷役作業中の鉄等級冒険者共の様子を軽く見回して、他のギルド員がこちらに意識を払っていない事を確認して、上着のポケットから手の平サイズで板状の魔道具を取り出した。
これは本来なら俺の様な銀等級のギルド員が使える魔道具じゃない。
指に魔力を集めながら、頭の中で連絡内容をまとめる。
便利な魔道具だが、考えを明確にしながら魔力に乗せて流す事が難しくて使い手を選ぶらしい。
魔力操作は得意だが、こんな役目選ばれたくなかった。
面倒で危険な仕事に従事しないといけないなんて、もっと他に適任が居るだろうに。
先輩が前線を志願しなければ……。
そんな邪念を振り払って、報告内容に集中する。
冒険者ギルドの受付嬢が規則を曲解して泥の騎士に上級配達クエストを斡旋。
確認出来ている配達先は薬師ギルドと魔法使いギルド。
意思を乗せた魔力を指先に集めて、文字を書く要領で魔道具に吸い込ませる。
魔道具の表面に俺の字で文字が浮き出て、消えた。
報告を終えた俺は魔道具をポケットに放り込んで、周囲を見渡す。
入出荷の作業中で、ここに居るギルド員は皆紙やら板やらを持っているから目立たないが、あまり見られたくはない。
双魔報と名付けられた魔道具は軍の機密らしい。
軍に貸しの多いライン卿が無理矢理、もとい、交渉の末譲り受けたらしいが、街のギルドマスター程度じゃ存在すら知らない人も多いらしい。
だから見られても大丈夫とライン卿は仰られていたが、多分軍はこんな扱いされる事を承知していないだろう。
後はカクラ様に黒紙の内容を確認して連絡……いや、それはカクラ様が別途判断されるか。
必要であれば俺が呼ばれるだけだろう。どの道ライン卿宛ての黒紙が配達されない事には話が始まらないし。
となると、今日は午前中の荷役が終われば表向きの業務は終わりだな。
リリは一日調合の予定だし、比較的楽な一日になりそうな予感がする。
そんなことを考えながら荷役業務を進めていると、鉄等級の冒険者共の一部に動揺した気配が広がる。
ああ、これは……。
一度深く息を吸い込んで、腹に力を入れて、視線を大扉に向ける。
なるべく広い範囲に意識を向けて一点を見ない様にするが、それでも視界の中で大きな存在感を放つモノを肩に乗せた少女が一人。隣にはヤグラ。後ろにはカクラ様。
本当に、何でこんな危険で面倒な仕事に……。
ヤグラはリリと何かを話しながら、俺の方には視線を向けずに大通りに歩いて行った。
前に泥が怖いと言ってからなるべく俺にリリを近付けない様にしてくれている様だ。
配慮してくれるのはありがたい事だが、無意味なんだよなぁ。
ヤグラとリリは並んで何か話しながら、魔法使いギルドの方向へと歩いて行く。
その歩みは遅い。ヤグラは何かと理由を付けて仕事をさぼる駄目な冒険者だからな。
リリ絡みを口実に魔法使いギルドに辿り着く事を先延ばしにしているんだろう。
ああ、今日は楽出来ない。
背後から漂う強い薬品臭に、俺は浅く溜息を吐いた。
「リリが落ち着かないからね、ちょっと気分転換に行って貰ったよ」
しゃがれていて優し気で、それでいて妙な重圧を感じる声が脳天から降って来た。
カラフルに染めた髪を複雑に編み込んだ独特な髪形と、深い皺に覆われた顔。
そして俺よりも頭一つ半高い長身。
「どうにも何か追い込まれとる様な感じがあるねありゃ。泥が何か不穏を感じ取ったんかね」
そしてさらりと不吉な事を言う。
「そう心配しなさんな、リリがルファを大事に思う限り大丈夫じゃよ、多分ね」
確かに、アレは積極的に人を害さないし、魔物ですら大半が見逃される。
アレの基準でリリに害を及ぼさない存在は放置されるのだ。
だからアレに消されるのは野盗盗賊や犯罪者の類が大半だ。
「じゃがお主は泥を追わないかんのじゃろ? 安心せい、残りの荷役はおばばが引き受けちゃる」
「調合の方は大丈夫なんで?」
「泥が手伝ってくれての、三日分程猶予が出来たわ」
「左様で御座いますか」
項垂れる俺から台帳を奪い取ったカクラ様は、どこか楽し気に鉄等級の冒険者共に指示を飛ばし始める。
俺は薬師ギルドの上着を脱いで、歩きながら自分に魔法を掛ける。
初級の隠密魔法では勘のいい冒険者に意味を成さないが、ヤグラには無くても大丈夫なくらいだ。
リリには上級でも意味を成さないから、これは気休め以下にしかならない。
それでも、たまには魔法使わないと自分が魔法使いである事を忘れてしまいそうで、こうして尾行をする時には必ず魔法を使う。
視線の先で、道行く人の何割かがリリの方を見ている。
俺を筆頭に未だにアレに慣れない市民は多い様だ。
平然としているカクラ様や至近距離に居続けられるヤグラが異常なだけで、アレは本来人と相容れない存在なのだ。
ライン卿曰く、神に近寄るべからず、だそうだし。
だったらこんな仕事を銀等級のギルド員に命じるんじゃねぇ!
と、言えればどんなに楽な事か。
視線の先でリリが可憐な横顔でヤグラに話しかけていた。
その顔の後ろに泥が隠れて見えないのが幸いだ。
二人はふらふらと小物を並べている露天商の前に吸い寄せられて立ち止まった。
今の内にライン卿に報告をしようと、俺は目線を二人に向けたまま魔道具を取り出した。