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泥の騎士、泥の姫  作者: 魚の涙


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ゴブリン商人

 偽造された本物の通行証で、私の繰る馬車はルファの外へと出た。

 私の簡単な変装を門番は全く疑わなかった。

 感情は泣きついて助けを求めようとしたが、理詰めで思い止まった。

 門番は市民なのだ。鉄等級の様に消費出来る人間ではない。


 何故、私なのか。それはカクラ様に第二処理室を借りたからだ。

 その見返りがこれなのだ。

 怯えを隠さなくてはならない。小さな震えが止まらない。


「リンジンヨ、ヨロシクタノム」


 荷台の中から声が聞こえた。

 私は返事はしなかったが、気配はすぐに引っこんだ。


 声の主とはカクラ様立ち合いの元で顔合わせを済ましている。

 肌が暗い緑色で耳が長く小柄で禿頭。ゴブリンだ。


 鉄等級を何度も送り込めばいずれ死ぬ。それがゴブリンだ。

 そう思っていた。


 そのゴブリンは一般的なゴブリンとは少し出立が異なっていた。

 何かの骨で作られた首飾りと、左腕にゴブリンが身に着けている割には清潔な布を巻いている。

 ゴブリンシャーマンにも似ているが、杖は持っていない。

 それに、ゴブリンシャーマンは呪文を唱えるが人間の言葉を喋ったりはしない。


 そのゴブリンは左手の指が二本と右耳が欠損していた。

 カクラ様が言うには、人語を解するゴブリンの事を一部の開拓村ではゴブリン商人と呼ぶらしい。

 開拓村に情報を売り、引き換えに余分な人間を買うのだと言う。

 その生態のせいか妙に人間臭いゴブリンだ。


 今回の騒動で減ったゴブリンの群れを適度に整える物資を、このゴブリンと共に街の外まで運んで欲しいと、カクラ様は私にその様に指示した。


 誠に遺憾ではあるが、私はヤグラとギルドマスターに感謝しなければならないのだろう。


 私を救ったのはゴブリンの増え方に関する情報だ。

 事前に危険な情報である事を知らなければ、最低でもカクラ様に弱味を握られる所だった。

 カクラ様は明らかに私がゴブリン商人と物資について質問する様に誘導していた。

 私が何も聞かなかった事をどの様に考えたのだろうか。

 全て知っていると判断したのか、危険な情報である事までは知っていると判断したのか。


「動いている。元気だなぁ」


 馬車の中から声が聞こえる。

 マイクの声だ。

 その声は穏やかでのんびりとしていて、慈愛に満ちている。

 それは子を慈しむ母親の声だ。


 マイクは拷問紛いの尋問で半ば壊れていたが、少なくともこんな壊れ方をしてはいなかった。

 だぼだぼの貫頭衣の下で蠢く何かを見た瞬間、私はゴブリンの増え方の大凡を察した。


 がらがらと車輪の回る音が聞こえる。


「うふふ。ふふ」


 もう一つの積荷、マイクを使って何かをしていた女の声が聞こえる。

 本当ならばこの女の素性や行為の背景をカクラ様から聞き出したかったのだが、ゴブリンの件があったために何も聞き出せなかった。


 状況的にゴブリンのスタンピードと無関係とは思えない。

 だが、ゴブリンに関わる話題をカクラ様には聞けない。

 ギルドマスターにもだ。

 こうなるとライン卿に直接聞くのも危険だろう。

 ヒューズは知っているだろうか?

 あの男、一応は貴族籍を持っていた筈だ。


 ヒューズはライン卿の手先でカクラ様に便利使いされている。

 結果的に機密に触れる機会も資格もあるのではないか?

 今度それとなく探りを入れてみようか。





 ヒューズさんの物憂げな横顔が良い。

 僅かだけれど焦燥した感じがあって付け入れそうで尚良い。


「スノウは、確か元傭兵だったな」


 ヒューズさんが聞き取りやすい良い声そう言った。


「ええ、それなりに大きい傭兵団に所属していました。団長亡き後あっさりと潰れましたけどね」

「その時に周りから名前を……。何でもない。忘れてくれ」


 何か意味深な感じで会話が終了した。

 私の過去に興味がおありで?

 ふーん? これから隙を見ては昔話をしてみようかな?


「所で、あの妙な気配がする馬車、監視しているだけで良いんです?」


 妙に急いで進む馬車。

 正規の手続きを踏んでルファから出て行ったけど、厄介事の気配がするんだよね。

 と言うか、聞こえるんだよね。


「……ライン卿から色々と許可は頂いている。だが、今回はある程度泳がせようと思う」

「念の為に聞いておきますけど、実際何処までやって良いのですか?」

「……違法行為が発覚した場合、その刑罰相当までだ」


 ふーん? ヒューズさんがライン卿の指示に乗り気じゃない?

 多分だけどその縛り、街の外では大幅に緩和されてるよね?


「……あの受付嬢何やったんです?」

「……証拠は何もない」


 殺す許可は出てるけど、それは必ずしも必要な行為ではないのかな?

 ちょっと独断専行が過ぎる感じがある女だったから、お貴族様から目障りだと思われちゃった感じかな?


「……実際の所、ライン卿からは最低限警告は行えと言われている。鉄等級を無意味に浪費する事はルファの利益を損ねると」

「何処の街でも鉄等級って簡易的な防壁の一種みたいに扱われますからね」

「冒険者ギルドと貴族、そのどちらの所有物なのかは中央の貴族ですら意見が割れるんだ。野放しになったり増えすぎたりして野盗の類になるのが一番困るから適正な量ですら結論が出ない」


 今回のスタンピードを受けて、ライン卿の中で鉄等級の最低数が増えたって事か。

 結果的に意に沿えないから不要な人材扱いされちゃったんだな、あの受付嬢。

 お貴族様って急にキレるから怖いんだよね。


「あの馬車が色々と問題がありそうな事は確かだ。だが、鉄等級ではなく自分自身で御者をしているし、積荷は……俺が調べた限り鉄等級じゃない」


 ああ、人も積まれている事も何かヤバそうな案件である事をも、どちらもヒューズさんも気が付いている。

 いや、知っていた?

 ヒューズさんがライン卿に隠し事ねえ……。


 危ない男って感じがして良いね。


 お? 馬車が道から大きく外れて、止まった。

 あれ? 受付嬢が降りて来た。

 辺りを警戒しながら……こっちに来る。

 慌てて引き返そうとするヒューズさんの腕をガッと掴んで押し倒す。

 口を押さえて草木の陰に引き摺り込んで、全身で押さえ込む。


「やり過ごしましょう」


 耳元で囁くと、ヒューズさんは抵抗を止めた。

 それでも押さえ込むために絡めた手足は離さない。

 受付嬢がこっちに意識を向けたから、口付けして下になって押さえ込む。

 戦場で押し倒して来た敵を絞め殺す技の応用だ。

 受付嬢からは冒険者が盛っている様にしか見えないだろう。


 実際、小馬鹿にした様な気配と共に視線を感じなくなる。

 小走りに去る受付嬢と距離が離れた事を確認して、ヒューズさんを解放する。

 荒い息を吐くヒューズさんは頬が上気していた。


「……舌絡める必要はあったのか?」


 ないです。


「馬車の方を検分しましょうか?」

「あちらは放置で構わん。……カクラ様から中身は聞いている」


 ヒューズさんは私から視線を逸らして立ち上がり、ふらふらと受付嬢の背中を追いかけて行った。

 馬車の中身、多分妊婦とゴブリンだよね……?


 これは、ヒューズさん危ない案件にどっぷりだな?


 陰のある男も素敵で良いけど、うーん。

 まあ、いざとなれば抱えて逃げれば良いか。


「……一体何を企んでいるんだかね?」


 ヤムと心中はしなかったけど、ヒューズさんと駆け落ちなら有りかな?

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