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提案書

 先程帰還した冒険者から聞き取った調査結果を報告書に落とし込みながら、浅く溜息を吐いた。


 調査対象は開拓村へ向かった駆け出し商人二人とその護衛の鉄等級冒険者三人の行方。そしてゴブリン巣の有無。

 調査クエストを受けた枠付き銀等級三人組の冒険者は、五人の死体を見つけた。

 同時にゴブリンの死体を三匹見つけ、追加で七匹を討伐した。

 死んだ五人の中に市民権を持つ者はいなかった。良い事だ。

 ルファから徒歩一日圏内にゴブリンが湧いた。良くない事だ。

 ゴブリンが十匹死んで巣は発見されなかったが、それが全てと考えるのは楽観的が過ぎる。


 新たなクエストの発注が必要か? それを決めるのは私ではないが。


 そんな事を書き綴りながら、リリと泥に関する考察に思考の一部を割り当てた。

 リリと泥に関しての調査は継続しているが、積極性に欠ける事もあり進展は無い。

 幸いにも、安定的に報告を持ち帰る相方が確保出来た。

 有害な冒険者を間引きする手段が減ったのは残念ではあるが、リリと泥が察知した物を把握する仕組みが安定する事は良い事だ。

 結果としてゴブリンの集団を一つ、迅速に潰せた。


 しかし別の問題はある。

 増加するルファ近縁での魔物の被害は、リリと泥が野盗山賊の類を食い尽くしたからだろう。

 リリと泥を知る事よりも、制御する仕組みを確立する方が優先か。


「ケイト、まだ空いてるか?」


 ギルドを酒場と勘違いしている様な言葉に思考が妨げられた。

 視線を上げて声の主が首から下げているプレートを確認する。

 枠無しの炭染め革。非市民の鉄等級。

 流れ者に知性を求めるのは無駄か。


 こちらの返事も待たずに木札が机の上に放り投げられる。

 これだから非市民は……。


「配達クエストの完了報告ですね」


 木札を一瞥して、必要な報酬を出す。

 流れ者は今夜の食事と酒の代金を掻っ攫って、意気揚々とギルドから出て行った。

 感謝の言葉があっただけマシな部類か。

 手早く配達クエストの評価を取りまとめ、調査の報告書に思考を戻す。


 痕跡から予想される襲撃箇所。死体の発見箇所一覧と個々の状況。ギルドが把握している死んだ冒険者達の性格と実力。

 全体として、良くない事だ。


 日が暮れる前に報告書を書き終えた私は、少し迷ってからもう一枚紙を取り出す。

 書き綴るのはギルドマスターへの提案書。

 文頭に付けるタイトルは「リリと泥の誘導に関する調査の必要性」とした。


 一呼吸。要点を頭の中で整理して、簡潔に書き綴る。


 書き終わる頃には完全に日が暮れていて、マイクが正面の扉を施錠していた。

 今日書き終えた幾つもの報告書を一纏めにして提出箱に放り込む。

 別に避けておいた二つ、捜索クエストの報告書と今書き終えた提案書を持って立ち上がる。


「マイク。ギルドマスターの所に行って来るから、後やっといて」


 私の指示に若干不満を滲ませた返事を返すマイクに、視線と舌打ちで圧を掛けておく。

 この程度の威圧で背筋を伸ばす程度の、些細な不満ですら容易く隠せないのだから、今日に至るまで半人前のままなのだろう。


 受付カウンターの奥の扉をくぐり、薄暗く陰気な階段を登る。

 登った先に続く二階の廊下もまた薄暗く陰気だ。

 この時間帯に来客がある事は稀だし、そもそもこのフロアは冒険者以外の人種と客を招き入れる事を想定していない。


 冒険者ギルドは冒険者が暴れても被害が少なくなる様に、簡素で安上がりな作りになっている。

 但し、ギルドマスターの部屋だけは例外だ。

 階段横の扉。扉こそ他と変わらず堅牢で質素なそれをノックする。


「ケイトです」

「入れ」


 私の声に、即座に返事が返って来る。


「失礼します」


 部屋に入り、後ろ手で扉を閉める。

 無駄に手入れが行き届いているギルドマスターの部屋は、扉の開閉すらスムーズだ。

 適度に明るく整理整頓の成された清潔な部屋の奥には、良く磨かれた重厚な木製の机。

 その奥に、筋肉の塊が滑稽な程コンパクトに収まっている。

 禿頭の偉丈夫が姿勢正しく書き物をする様に、未だに違和感を覚えてしまう。


「報告と、提案書があります。どちらもリリと泥に関連する物で、比較的緊急度の高い物と考える案件です」


 ギルドマスターは私を一瞥すると、書きかけの書類にしばらくペン先を走らせてから、音を立てずにペンを置いた。

 座っていても私よりもやや高い所にあるその視線が私へと向けられる。

 迫力はあるが、圧は感じない。


「受け取ろう」


 ギルドマスターは口元に優しげな笑みを浮かべてそう言った。

 笑顔の練習に付き合った成果は着実に出ている様だ。


 私はギルドマスターに書類を手渡すと、数歩下がって待つ姿勢になった。

 ギルドマスターは書類に目を通し始める。

 そのスピードは元冒険者とは思えない程速く、数分でどちらの書類も読み終わってしまった。


 だが、毎回の事だがここからが長い。

 短慮浅慮の類はは良くない事だ。

 しかし優柔不断もまた良くない事だ。


 ギルドマスターは眉根を寄せて腕を組み、ぬうと唸り声を漏らした。


「良くない事だ。それは確かだ」


 書類を読み終えるまでに掛かった時間の三倍は悩んでから、紙を取り出してペンを取る。


「ゴブリンの件は調査クエストを指名と常設で発行する。人選は任せる」


 ゴブリン討伐の後に関しては私の予想通りになった。


「リリと泥の件だが、こちらはライン殿に相談する」


 リリと泥の件も概ね予想通りの回答ではあるが、提案が採用されるかどうかは何とも言えない。

 どうにも皆、あの泥に対して警戒が甘い気がしてならない。

 私が思うに、あの泥は良くないモノだ。可能な限りルファから遠避けるべきなのだ。

 しかしこの考えには十分な理屈が無い。

 理屈が無ければ、ギルドマスターは兎も角、ラインからの支持は得られないだろう。


「早急に検討して、結論が出次第ケイト君にも伝えよう」

「かしこまりました。色良い返答を期待しておきます」


 深々と頭を下げて礼を述べる。

 顔を上げると、ギルドマスターは視線を机に落として書き物を始めていた。

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