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失言

 冒険者ギルドは賑わっていた。

 浮かれている奴や悲しんでいる奴や疲れている奴や元気な奴が溢れている。


「手続きお願いします」


 僕がそう言って木札を渡すと、ケイトさんは僅かに困惑した様な視線で僕と木札を見比べた。

 そして無言で木札を改めて、台帳と照らし合わせる。

 この一連の流れが一番早い受付はケイトさんだ。

 僕の場合はなるべくケイトさんの座る受付に並ぶ様に指示されているから、受付を選ぶ事は基本的に不可能なんだけれども。


「緊急招集に姿を見せなかったので寝坊したものとばかり思っていましたが、きちんと義務を果たしていた様で何よりです」


 ケイトさんが鋭い視線を僕に向けてそう言った。

 バレてる?


「……まあ、流石にそこは寝過ごさないよ?」

「その沈黙の意味は見逃すことにしましょう。……次はないと思え」

「……はい」


 バレてた。ゴブリンよりおっかない。

 と言うか、これは見逃しているとは言わないのでは?


「そう言えば、今回はゴブリンのスタンピードだったって聞いたけど、連れ去られた人はどのくらいいたの?」

「市民への被害はぼぼありませんね。夕暮のリーダーが死亡しましたが、死体は回収出来たそうですし。……何故ヤグラ様がその様な事を気にされるので?」


 回答が返って来ないかもと思って聞いたけど、予想以上に詳しい回答が返って来た。

 夕暮のリーダーってケビン?

 良い奴だったけど、死んだのか。

 連れ去れられた訳じゃないみたいで良かったけど、どう死んだのだろうか。


「連れ去られた人が多いとその分ゴブリンが増えるから、遠出は避けようかなと思って」

「鉄等級の大半は男なのでそこまで影響はないのでは?」

「ん?」


 ちょっと想定していない質問が返って来たので、変な声を漏らしてしまった。

 あれ? ゴブリンの増え方って、冒険者ギルドの職員も知らない事なの?

 開拓村では増える様子まで見せられたのに。

 ……あの時は皆で吐いたな。


 ケイトさんが訝しむ様な視線で僕を見て来る。

 誤魔化した方が良いのかなあ。

 でも、ケイトさん相手に下手に誤魔化しても無駄な気がするし。

 もういっそ、正直に誤魔化そう。


「えっと、村長から知らない人には喋ってはいけないって言われているので勘弁して下さい」


 僕の回答にケイトさんは数秒何かを思案する仕草をして、無言で報酬を用意して渡して来た。

 ……えっ、十五ギル?


「こんなに? なんで?」

「私にも分かりません。ライン卿が関わっていなければクエストの詳細を聞き出している所です。理解していないと問題ですので言葉にして忠告しておきますが、この報酬には口止め料が含まれている筈です。例え私に対してであっても、クエストの詳細は喋らない様に」

「あっ、はい」


 口止めされる様な事あったっけ? あ、ゴブリン商人の件かな?

 市民居住区には入って来なかった事にしたいのかな?


「ついでにお聞きしますが、一人連れ去られたとして、ゴブリンはどの程度増えるので?」


 増え方は教えちゃいけないって言われてたけど、これはどうなんだろうか?

 まあでも、どうせ知られてるし、増え方じゃないからいいのかな?


「子供なら二人、大人なら五人って所かな? で、実際の所どの位増えそうなんです?」

「それはこれから確認します」


 調査すれば把握出来るのか。

 どれだけ連れ去られたか分からないし、しばらく遠出は避けた方が良いかな。


「一つ教えて欲しいんだけど、銀等級の市民冒険者って市民墓地に埋葬されるの?」

「通常はそうですが、夕暮のリーダーは本人の遺言で冒険者ギルドの共同墓地に埋葬されました」


 僕の質問に、ケイトさんは興味なさそうな声で答えてくれた。

 さっきから夕暮のリーダーと呼ぶのはケビンの名前を覚えていないからなのか、僕がケビンの名前を覚えていないと思っているのか。

 どっちでも良いか。


 十五ギルを財布に注ぎ込んで、ケイトさんにお礼を言って、受付を離れてギルドの中を見渡す。

 レナとラナの姿は見当たらなかった。

 夕暮はケビンとレナとラナの三人で結成されたパーティーだ。

 レナとラナは見分けが付かないのに呼び間違えると不機嫌になるからあまり話しかけたくないんだけど、ケビンの死に様を確実に知っているだろうから話は聞きたいな

 ここにいないって事は墓地か酒場かな?

 ちょっと探してみようかな。




 ふらふらとギルドから出て行ったヤグラの背中を視界の隅に収めながら、受付に休憩中の札を立てる。

 緊急招集の後の申請は山場を越えていて、私が抜けても回る筈だ。

 折良く休憩時間になったため、隣の受付係に声を掛けて席を立つ。


 普段ならこのまま昼食を取るために外へ出るのだが、今日は受付カウンターの奥の扉をくぐる。

 いつもの薄暗く陰気な階段を登りながら、先程ヤグラがうっかり漏らした情報を理解し直す。


 ゴブリンは他種族の雌を襲って繁殖する雄しか存在しない種族。

 私はそう認識しているし、冒険者ギルドも同様の情報を公表している。

 ヤグラは村長に口止めされていると言った。

 であれば、全ての開拓村ではヤグラと同じ認識が共有されている?

 そんな筈はない。

 鉄等級の半分は開拓村から追い出された低能な者達だ。

 ヤグラの他に口を滑らす者がいなかったのは不自然だ。

 これは極一部の開拓村でしか共有されていない情報なのだろう。


 問題は、この情報が他で共有されている情報なのかどうかだ。

 他とは即ち、王族、貴族、そしてギルドマスター。


 階段を登った先、階段横の扉をノックする。


「ケイトです」

「入れ」


 私の声に、即座に返事が返って来る。


「失礼します」


 部屋に入り後ろ手で扉を閉める。

 適度に明るく整理整頓の成された清潔な部屋の奥には、良く磨かれた重厚な木製の机。

 その奥に、筋肉の塊が滑稽な程コンパクトに収まっている。

 禿頭の偉丈夫が姿勢正しく書き物をする様に、未だに違和感を覚えてしまう。


「ギルドマスターはゴブリンの繁殖方法をご存知でしょうか?」


 ギルドマスターは私を一瞥すると、音を立てずにペンを置いた。

 座っていても私よりもやや高い所にあるその視線が私へと向けられる。

 迫力はあるが、圧は感じない。


「ゴブリンは繁殖しない。ただ増えるだけだ」


 ギルドマスターの言葉に思わず困惑を顔に出してしまう。

 失態を悟り表情を消したが、遅かった様だ。

 詳細を知らない事が悟られた様だ。

 ギルドマスターは深い溜息を吐いて、ヤグラが口を滑らせたかとだけ言葉を漏らした。


 この僅かな会話で情報源を当てて見せたと言う事は、開拓村の中でも極一部でしか共有されていない情報で確定か。

 もう少し探りを入れようかと考えた所で、とんでもない威圧感に息が止まった。


「聞かなかった事にしよう。私に聞いた事は良い判断だ。ライン卿やカクラ殿であれば違った対処を取られた筈だ」


 忘れなさい。


 そう締め括ってギルドマスターはペンを取って圧を消した。

 書類に視線を向けたギルドマスターから視線を逸らして、息を大きく吸って吐いてからはいと返事を絞り出した。

 その声はか細く、無様な程震えていた。

 笑う脚を無理矢理動かして部屋の外に逃れた私は、扉を閉めてその場にへたり込んだ。


 警告と言う事か。

 ライン卿とカクラ様もゴブリンの繁殖方法をご存知である事は分かったが、聞くべきではないだろう。

 知れば殺されると、その解釈で間違ってはいない筈だ。


 全身にぐっしょりと汗をかいて、私はしばらくその場から動けなかった。

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