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泥の騎士、泥の姫  作者: 魚の涙


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出遅れる

 冒険者ギルドには守らなければならない規則が存在する。

 色々と細かく規則が決められているらしいけど、冒険者はそんなものを全部覚えられない。

 規則が覚えられるなら警吏とか兵士に成れるからだ。


 だから冒険者が規則を破っても見逃される場合もある。まあ、日頃の行いにもよるけど。

 でも、市民冒険者でも許して貰えない規則も幾つかある。

 薬草絡みと、ルファの防衛だ。

 狼煙が上がるか警鐘が鳴るか、或いはその両方があったら冒険者は冒険者ギルドに向かわなければならない。


 起きて窓の外を見た僕は、狼煙が四方向から上がっているのを見た。

 警鐘は鳴っていない。鳴らない筈ないのに。


 うん。警鐘に気付かずに寝てたんだな。

 外には人の気配がない。何なら宿の中にもない。

 非戦闘員は皆避難したんだろう。


 こりゃあ、後からケイトさんに怒られるなあ。嫌だなあ。


 溜息を吐いて、服を着替える。

 普段は革鎧しか着けないけど、今日は鉢金と手袋も着ける。

 足と首に襤褸布を巻きつけて、剣を帯びる。


 だらだらと一階に降りて行くと、誰もいなかった。

 厨房を覗いてみたけど、鍋や包丁の類は持ち出されている様だ。

 床に転がっていた笊を拝借して頭に被る。

 鉄鍋が良かったんだけど、何も被らないよりマシだろう。


 倒れていない椅子に座って、どうしようかと考える。

 考えた所で冒険者ギルドに行く他に思い付かない。


 溜息を吐いて、部屋に戻る。

 ナイフ三本とスコップ二本を腰に挿して、一階に戻って来た。

 椅子にもう一度座って、溜息を吐いて、重い腰を持ち上げて、やあ! っと掛け声を吐きながら意を決して通りに飛び出した。


「うわあ!」


 女の子にぶつかった。笊が吹っ飛んだ。悲鳴を上げたのは僕の方だけだった。

 普通の服で剣も持ってないから冒険者じゃなさそうだ。

 何でこんな所にいるんだろう?


「ああ、ごめん。誰もいないかと思って」


 女の子は目を剥いて僕を睨み付けて、身を守る様に両腕を胸の前に持って来ている。

 ん? 見覚えがあるけど、どっかで会った事ある?


「誰だっけ?」

「……前に花をまとめて買ってくれた人ですよね? 泥の人と一緒にいた」

「ああ……」


 そんな事あったっけ?


「それよりも、良いんですか? 冒険者なのに今こんな場所にいて」

「今更行っても怒られるのは変わらないし、のんびり行けば良いかなって。もう一度寝るには危なそうだし」


 本当にどうしたものかな。

 出遅れた言い訳が思い付かないや。

 寝坊したは言い訳にならないし。


「それはそうと、これは何が起こってるんだろうか? 黄色と白色の狼煙が一緒に上がるなんて」

「どこかに雇われた傭兵団が攻め込んで来た所までは知っていますけど、その後のスタンピードは何が何やらで……」


 狼煙が四方から上がっている状況自体が異常だしなあ……?

 狼煙を見上げていると視界の隅で動く物を見つけて、反射的に抜剣しながら半身で前に跳んだ。


 教官からひたすら叩き込まれた動きの一つ。死角からの攻撃を受けた場合の基本型。

 跳んだ勢いと抜剣の動きで半回転し、下から上へ左回りで半円を描く様に剣を回して構える。

 こうすると致命傷を避けられる可能性がある、と教官は言っていた。

 そもそもが分の悪い賭けだが、何もしないよりはマシとの事。


 果たして今回はどうだったかと言うと。


「何一人で踊ってんだよ?」

「分の良い方の賭けだったみたい」

「はあ?」

「死ぬより笑われる方がマシだって言われた」

「誰にだよ?」

「教官」

「ああ……確かにな」


 布鎧を着込んだヒューズが短槍を片手に立っていた。

 傍から見ても明らかに慣れない武装で、正直槍より棍棒の方が良いと思う。


「申し訳ありません。取り逃した様です」


 横から、聞き慣れた声が聞き慣れない言い回しで飛んで来る。

 視線を向けると角材を片手にしたスノウが、笑顔でこっちに向かって歩いて来た。


 誰だこのスノウ。見た目はスノウだけど。


「はあ、まあ仕方ない。ヤグラ、あの女知り合いか?」

「見覚えがあるって言ったら花売りだって言ってたけど?」

「花売りだあ? ……どっちの?」


 どっちのって……ああ、違法な方の娼婦も花売りって言うもんね。


「食べられる方」

「……認可されてる方と非合法な方かどっちだ」


 ……? ああ、食べるってそう言う意味にも取れるのか。

 言葉って難しいなあ。


「認可な方」


 その二択、認可と非認可の方が分かり易くないかな? 或いは合法非合法。


「はあ……スノウ、もう追わなくていいぞ」

「よろしいので?」

「公認花売りに潜り込める相手なら、始末出来ない上に捕まえるともっと面倒なんだよ」


 良く分からないけど、特に問題はなさそうな感じだ。

 ん? ここはこの二人に付いて行けば防衛に出遅れた事を誤魔化せるのでは?


「では、後はゴブリンですか?」

「ゴブリン? あの狼煙はゴブリンのスタンピードなの?」


 僕がそう尋ねると、ヒューズは左右非対称な呆れ顔でこの騒ぎの中寝てたのかと聞いて来た。

 誤魔化し様もない事実なのでそうだと即答すると、大きな溜息を吐かれた。

 失礼だが当然である。


「最初はどっかに雇われた傭兵が攻めて来てな。それは大方撃退したんだが、その後にゴブリンが大挙して押し寄せて来たんだよ」

「ああ、最近ゴブリン狩っちゃ駄目だったからね」

「いや、それは関係なさそうなんだが……。まあ、それもなんとか押し留めてるんだが、市民居住区にゴブリンが一匹入り込んでるって報告が上がって来てな」


 ゴブリンはそれ程強い相手じゃないけど、それでも武器を持たずに立ち向かえば危険な相手だ。

 子供や老人なら勝ち目はないだろうな。


「ああ、それでゴブリンを探してるんだ。あれ? なら何で花売り追いかけていたの?」

「ゴブリン探している間に、成り行きでな」


 顰め面で濁されたけど、詳細を聞いた所で僕には関係無さそうな話だな。

 そんな事よりゴブリンだ。


「要するに、今はゴブリン探して狩れば良いって事だよね? 手伝おうか?」

「手伝うも何もお前は……いや、まあ一周回って好都合か。ヤグラはここから東門に向かって探してくれ」


 よし、何とかケイトさんから怒られるのは回避出来そうだ。

 そのゴブリンが非武装なら言う事ないんだけど、ルファの深くまで侵入するくらいだからなあ。


「分かった。そのゴブリン武装しているの?」

「武装はしていないが、ゴブリンシャーマンの可能性がある。首飾りと白い布を身に纏って、片耳と指が欠損しているらしい。油断するなよ?」


 ヒューズは僕の返事を待たずにルファの中心へ向かって走って行った。

 スノウも僕に視線を向ける事なくヒューズの後を追いかけて行った。


 そのせいで言いそびれてしまったけど、結果的に良かった。


 骨の首飾りを首から下げて左腕に布を巻いた左手の指二本と右耳が欠損しているゴブリン。

 そいつ多分ゴブリンシャーマンじゃなくてゴブリン商人ですよ、とは言えないよなあ。

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