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泥の騎士、泥の姫  作者: 魚の涙


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襲撃

 それなりの剣筋を角材で真正面から叩き伏せて、その勢いのまま縦回転させた角材でガラ空きの頭を強打した。

 女商人は果敢にも反撃して来るが、それは先程とは程遠いふらついた一振り。

 適当に躱して角材を捩りながら胸に突き当てる。

 女商人が吹き飛んで、角材が破砕音を漏らした。服の下に金属鎧着込んでたなこりゃ。

 角材を投げ捨てるとナイフが三本飛んで来たので、二本を掴んで残りの一本を打ち返す。

 間の抜けた金属音が響いて、打ち返した一本が女商人の喉に刺さった。


「あっ、やっべ」


 生かして捕らえると追加報酬があるから、ちょっと手加減してたのに。

 どっかの剣術を身に付けていると聞いていたから、この程度じゃ死なないと油断してた。

 まあ、死んじまったら仕方ない。人は生き返らないんだから。


「はぁ……。じゃあ後はよろしくね」


 私の仕事は無力化までだったから、後は一緒に踏み込んだ冒険者にお任せだ。

 定期的に携行食料を買いに来る、ケビンって名前の市民冒険者が半笑いで後を引き継いでくれた。


 しかし、この女商人何しでかしたんだろうか?


 何でも良いか。こんな仕事は本業じゃないんだし。

 お貴族様の指示だから仕方ないけど、今の私はヤム商会の店主で商人なんだけどな?



 物陰から飛び出して来た女が俺の姿を見た瞬間、慌てて抜剣して西イヨセ流の構えをして見せた。

 抜く前に斬り伏せる事も出来る鈍間な抜剣だったが、無関係な一般人の可能性もあるから様子見をした。

 護身術指南した令嬢の顔なんて全部覚えちゃいませんぜと、正直に言うべきだったな。


 俺は剣術の才能もそこそこあって、流派に拘泥する程入れ込んでもいなかった。

 結果的に一つの流派を極める事が正道とされる剣術界隈では珍しく、二つの流派で免許皆伝を得る事になった。


 俺には東西イヨセ流は一つの流派だとしか思えんのだけれどもな。


 剣術家と呼ばれる者達は大抵妙な美学を持っていて融通が効かないのだが、所詮剣術は飯の種と考えて楽に生きる事を目標としていた俺は、貴族令嬢相手の剣術指南を請われる事が多かった。

 貴族令嬢の相手は面倒だが、それを繰り返す事でコネを得られる。

 それは剣術より上等な飯の種になる。


 そうやって安全なルファで溢れ者相手に剣術を指南する楽な仕事にありつけた訳だが、一方でその仕事を回してくれたライン卿のお願いと言う名の命令には逆らえない。


 それでも今回は楽な仕事の部類だ。

 いや、ライン卿の懸念が的中した時点で面倒な部類か。

 運が良ければ何もせずに報酬だけ貰えたのに。


「エヒフ師範がルファで警吏をしているとは知りませんでした。身代わりを用意したのですが、バレていましたか」


 一般人か摘発を掻い潜った女商人か、判断に迷っていた俺に助け舟を出してくれたのはその当人だった。

 黙っておれば良いのに。助かる。


「警吏じゃなくて教官だよ。俺は助っ人だからな。で、不出来な弟子は何やらかしたんだい?」


 エッダ家の長女、メル。

 病弱な長男から家督を奪おうとして何やら拙い失敗を犯して放逐された、らしい。


 俺が剣術を指南した令嬢の一人との事だが、こうやって対面しても何等思い出せない。

 記憶に残らないのなら問題児ではなかったと言う事だから、特筆すべき実力はないだろう。

 溢れ者を数人単位で当て続ければ、五回以内に死ぬ程度かな。


「エッダ家に喧嘩を売っただけですよ。それが少しばかりルファに迷惑を掛けてしまいまして……いえ、或いはルファに対する工作に利用されたって感じですか?」

「何だ。知らんのか? ヤム商会はルファを潰そうとして下手を打ったらしいぞ」


 呆れて肩を竦めたが、その隙に斬り込んで来ない。こっちは抜剣もしていないのに。

 ヤム商会の一件は俺でも名前を知っている商会の犯罪とあって、市民の間ですら多少噂になっている。

 結果的にライン卿が俺を引っ張り出す程度には大事なのにこの認識か。


「薄々は勘付いていましたが、他に選択肢もなかったので」

「緑龍骨の製造方法を持ってグレイブヤード家に降ると言う手もあったんじゃないか?」

「予感はしていましたが、やはりそこまでバレていましたか」


 俺も聞かされるまで知らなかったし、そこまで分かったのは摘発が実施される直前じゃないかな?


 それでも殺すなとは言われない辺り些細な事だと思っているのか、それよりもっと大切な事があるのか。

 赤龍紋はナクニの外に出てしまえば珍しい模様だが切れ味が悪い刃物だからな。


 利益だけで考えればルファ相手に使える交渉材料じゃないだろ。

 一方でエッダ家相手ならやり方によっては何とかなるかもな。

 緑龍骨の製造方法を引っ提げて詫びを入れれば表向きの家督くらいは得られそうなものだが、この令嬢はそんな事にすら思い至らないのだろう。

 聞いた話と対面した印象から思うに、見返す事しか頭にない感じか。

 だからこそヤムにつけ込まれた訳だ。で、そのヤムが死んで結果的に延命されたのか。

 ヤムが死んだ時点でさっさと逃げれば良いのに、中途半端に行動を続けたからライン卿が対処したと。


「一応聞いておくが、投降する気はあるか?」

「投降して、命の保障は?」


 一応投降の意思を確認すると警戒しながらそう聞かれた。

 警戒しながらでも聞く耳があるだけまだ分別はある方か?

 俺なら聞きもせずに斬り掛かるのだから、交渉の可能性があるだけライン卿は優しい相手だと思う。


「それは自分で交渉してくれ。まあ、俺に斬り掛かるよりは分の良い賭けだと思うが?」


 実際、殺せとは指示されていないからな。

 生け取りにしろとも指示されていないが。

 ライン卿は逃すなと言っていた。他にもごちゃごちゃ言っていたが、逃げられるのが一番始末が悪いとの事だった。


 何だろうなライン卿のあの感じは。何かを警戒していると言うか、恐れていると言うか。

 この令嬢相手の感情じゃないとしたら、ヤム商会に?

 あそこの後継はライン卿に取り込まれたと聞いているんだがな?

 或いは死人が遺した何かに?


 そこまで警戒するならもっと人を寄越せってんだ。


「で、俺は逃走者を斬り伏せれば良いのか?」

「お願いします」


 背後からの声に記憶にない方の令嬢が驚いて振り返る。

 その隙に一足飛びに間合いを詰めて鞘で後頭部を殴る。

 記憶にない方の令嬢は受け身も取らずに倒れ伏した。

 抜剣するまでもない。生きているか死んでいるかは半々だが。


「出来ればもう少し色々聞き出して欲しかったのですが?」


 記憶に残っていた方の令嬢が、動かなくなった令嬢を縛り上げて非難がましくそう言った。


 ヘクサ=ヤードポンド。言わずと知れた名家の令嬢で剣術の天才。

 本人は野外調査に役立つ特技程度にしか思ってないがな。

 東イヨセ流の師範が俺の性根を見抜いて、惜しいと言った気持ち。当時はよく分からなかったそれが今の俺には理解出来る。

 生まれ持った身分と美貌。そして剣術の才能。

 その全てを無駄遣いしている様にしか見えないからな。


 まあ、俺も人の事は言えないが。


「大した事は考えてなさそうだったからな。あの感じじゃこれ以上話しても有益な情報は得られないだろ?」

「まあ、武神の協力で緑龍石に似た性質がある事以外にも、作り方含めて大枠は分かって来ましたし。……数日で百匹以上ゴブリン討伐する辺り、武神は武神ですよね。しかも全部首だけ刎ねて体は無傷で提供されて来ましたよ」


 それを捌いて調査して、数日で生成条件を特定したヘクサ嬢も神の領域にいると思うがな。


 ゴブリンに携行食料を多量摂取させる事、だったか。

 携行食料を運ぶ商人をゴブリンに襲わせて、そのゴブリンを狩れば採取出来ると。

 その結果武神が街道沿いのゴブリン討伐に勤しむ事になったと。


 冒険者ギルドと商業ギルドから提供された情報から推測したのは分かるが、それは俺が結論を知っているからだ。

 だからこそヘクサ嬢が派遣されたんだろうな。


「英雄様がゴブリン狩りとは、ルファは安全な街だな」


 空を見上げると、平和な青空に一本の黄色い狼煙が上がっていた。

 ん? 黄色い狼煙?


「ええ本当に。恐ろしい何かこそいますが、王都周辺に比べても治安は良い部類です。結局一番怖いのは人間ですからね」


 顔に疲れを滲ませてそう言うヘクサ嬢に、王都の闇を再発見した気分だ。

 人間が一番怖い。正にその通りだな。


「ルファが安全だと言って貰った直後にに申し訳ないが、襲撃がある様だ」

「襲撃? スタンピードですか?」


 その場合狼煙は白色なんだよなあ。


「そんなのより怖い相手。人間の襲撃だよ。街に防護を促す規模のね」


 それも、どうやってか泥の感知を掻い潜った人間のね。

 楽な部類、だったんだけどなあ?

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