ゴブリンの魔石
武神。ルファの鉄等級から這い上がった本物の戦士。
前線で幾度も肩を並べた男だ。
その頃から今の様な禿頭の偉丈夫であった。
小ぢんまりと椅子に座って儂の話を聞きながら要所を書き留める様なぞ、あの頃からは想像もできんが。
「即ち、魔獣と害獣に学術的な区別以外の差はない、と?」
「民が害になると感じた獣が害獣。魔法が使える、或いは魔石が採取出来るのが魔獣と言った所かの? ルファでは魔獣と呼ばれるのは凶暴な一部の種のみで、冒険者ギルドが対処する獣は害獣と言われる傾向が強いかの?」
その圧倒的な武力に対して頭の出来はよろしくない。と、思っていたのだがね。
単に不要な事柄に無頓着であるだけとは、以前の儂には流石に予想出来なんだ。
それでも、勤勉ではあるが考えの足りない所がある。
受付係に見下されるのも納得だ。
馬鹿や阿呆の類と言ってしまえばそれまでだが、そうも言い切れないのも不思議な所。
「もっと言うと、条件さえ整えば全ての獣は魔獣に成り得る、と言う説が近年台頭しておる。儂は区分が変わろうと関係無いと考えるがね? 害獣であろうと、魔獣であろうと、人間であろうと、殺し方は然程変わらんのだよ」
「それが神でない限り。そう考えれば簡単な道理じゃろうて」
無言で花を食べていたカクラ殿が、話が大体終わった頃合いで口を挟む。
それ等を退屈そうな顔で見ていたヘクサ嬢が欠伸を噛み殺している。
研究者気質のヘクサ嬢からすると、ニミフドが魔獣か害獣か等明確にして瑣末な事なのであろう。
所が、無学な冒険者はその語感の差で士気が上がったり下がったりするのが厄介な所。
今の所は、ニミフドに関しては学術上は魔獣、冒険者ギルドでは害獣扱いが適当かの?
「理解しました。当面は害獣扱いで問題なさそうですね。内臓の処理はどの様にするのが適当でしょうか?」
「鉄等級を使って確認した限り、皮膚への接触と経口接種の双方に強い毒性は認められませんでした。但し、未成熟な子供で体調を大きく崩す事例が二例確認されています。その二例は内臓のみを多量摂取させた事例ですので、実際は一日数匹程度なら問題にならないかと」
「肉としては乏しいからね。内臓は回収、火を通せば無毒で良かろうて」
ニミフドの内臓がポーションの二次元料と似た性質を持つ事等おくびにも出さず、カクラ殿がいけしゃあしゃあと方針を決めに掛かる。
本来なら薬師ギルドが口を挟む事柄ではない筈なのだがね。
ポーションの重要性を鑑みれば、儂にそれを指摘する理由はないが。
「解体の手間を考えるとそれが妥当ですか。調理法等は薬師ギルドに管理を依頼しても?」
「管理なぞ不要さ。事前に調理法を丸焼きに指定して、後は商業ギルドとの調整で十分じゃろう? 良い感じに野心に溢れた若者が居る事じゃしな」
若い方のヤムか。あれは非常に便利で扱い易い。
優秀である事でのみ比較するならケイトの方が優っているが、最近のあれはやや増長が過ぎる。
武神の補佐としては未だ換えが効かないが、いずれ不要になるだろう。
「魔石も摂取して害とならない程度の大きさですし、丸焼きで問題ないかと」
ヘクサ嬢が肯定の補足をすれば、武神も納得の返事を返した。
ニミフド討伐報酬の財源に目処が付いた事には、儂も内心ほっとするばかりだ。
必要な事とは言え、支出の増加は良い事ではない。
ニミフド関係の方針が色々と固まったと言う事で、結局今最も問題となるのは……。
「であれば、残す議題はゴブリンの魔石ですか」
「そうじゃな」
「然り」
ゴブリン。国を問わずどこに行っても問題を生む害獣。
冒険者ギルドの区分では魔獣であったが、今後は学術上も魔獣となるのであろうか。
儂は手元に置かれたゴブリンの魔石に視線を落とす。
魔石は魔力を内包する骨に似た体組織で、心臓か脳内に生成される。
そう定義されて来たのだ。
「現段階ではこれを魔石と定義するか確定的ではありません。実際に一般的な魔石との差異は多々あります」
ヘクサ嬢が若干不機嫌な声で否定的な補足をする。
研究者としてはその感覚は普遍的で必要な物だろうが、正直今は不要。
「主な所では手で割れる脆さ、歪な形状、魔力に還元されない不純物の多さ、かね? しかしのお、ヘクサ嬢。それ等は末端においてはそれ程重要では無いのだよ。魔道具に入れればそれが稼働する。それだけで研究者を除く大半は魔石と判断する」
ヘクサ嬢が不服そうに唇を突き出す。
魔石として買取るには貧弱な出力だがね、と言い加えると、小指で眼鏡を押し上げながら唇を引っ込めた。
「武神殿には今後も負担を掛ける事になりそうかね」
「そうじゃのう」
現在冒険者ギルドではゴブリンの討伐を禁止している。
ニミフドの個体数を減らすための措置だが、一方でゴブリンを全く討伐しないとなると、物流に悪影響が出る。
その繊細な調整を託されたのが武神だ。様々な懸念からこの件はケイトにも伏せている。
武神のゴブリン討伐クエストは今の所、致命的な問題を引き起こしてはいないが、その副産物としてゴブリンの魔石が齎された。
討伐したゴブリンの胃を開いて動向を調査すると言う、見た目に似合わぬ勤勉さは恨むべきではない。
余計な事を、と思わんでもないが。
「それに関連して、ケイトから評価に迷う報告が上がって来ました」
「またか。今度は何を?」
前線では無能な働き者は嫌われる。
冒険者ギルドの働き者達は無能でないが故に判断に迷う。
「ゴブリンを討伐している者がいるとの事でした。報告を元に調査した所、私が討伐した物とは異なるゴブリンの死体を発見しました。発見した場所は森の奥深くでしたので、他のクエストを受けた際に遭遇した可能性も低いです」
これはまた、判断に迷う報告を。
ヤム商会の件がなければ捨て置けるのだがね。
「そりゃ、同族との殺し合いや他の害獣に殺された訳じゃないのかい?」
「剣で両断されていましたので、人の、それも剣術の心得のある者です。また、内臓を抜かれていましたので、ゴブリンの魔石を狙った可能性も考慮すべきかと」
この絶妙に後手に回る感じは、要警戒か……。
目的の調査は必要。だが、初手は実行役の特定かね?
「ギルドの規制を無視した冒険者は、特定可能かね?」
「冒険者ではない可能性があります」
「なんじゃと?」
冒険者以外。調整討伐の件をケイトに伏せておいたのは正解かね?
暴走して引っ掻き回されては敵わん。
一方で冒険者でないと言う事はケイトの暴走の結果でもないと?
「切り口や立ち回りの痕跡を見る限り、小柄な女性。そして、貴族が用いる護衛剣術を修めていると判断しました」
「小柄な貴族令嬢?」
「西イヨセ流かね?」
儂とカクラ殿の視線がヘクサ嬢に向けられる。
連想してしまっただけで特段力を込めた視線ではなかったが、上位貴族二人の視線を受けたヘクサ嬢は分かり易く動揺した。




