理想の最期
冒険者ギルドを出て、空を見上げた。
太陽は高い所から降りつつある。
さて、今日はどうしたものか。
そろそろリリさんの護衛クエストが出る頃だろうと思って来たのだが、リリさんが体調を崩しているそうでクエストはなかった。
リリさんが復調するまで、あの実入の良いクエストが受けられない。
他のクエストを見る気分にもならなくて、何のクエストも受けずに冒険者ギルドから出てきた。
食べて寝るだけならしばらく何とかなる。
でも剣の油を買いたくて、そうすると金が減る。
手詰まり感があるのは気のせいだろう。金策はもうちょっと切羽詰まってから考えよう。
そうなると暇になった今日はどうするかと、冒険者ギルドからルファの中心に向かってふらふらと歩く。
クエストも受けていないのに街の外へ出る意味がないからなのだが、ルファの中心に向かって歩くと言う事は道具通りを通る事になる。
道具通りにはヤムの店があるので、金も無いと言うのに立ち寄る。
営業中と書かれた垂れ幕を潜ると、店の奥の木箱に護衛兼留守番の女が座っていた。
「砥石は無いぞ」
名前を知らない女が開口一番そう言って来た。
え? あんた喋れるの?
「ヤムは仕入れかな?」
「ヤムはお前……ああ、そうだった。ヤムは死んだぞ。だから私が店主だ」
……乗っ取り?
「……乗っ取り?」
「お貴族様と商業ギルドが次の店主は私って言った」
……そうか。許可が出ているならいいのか。
「……そうか。で、新しい店主さんは何と呼べば?」
「テイ………、違った。スノウだ」
違ったって何だよ、違ったって。
スノウも明らかに偽名だろう。
スノウ傭兵団と言えば、前線から程遠いルファでも名の知れた傭兵団だぞ?
でも、お貴族様と商業ギルドが認めているならいいのか?
うーん。この人おっかないからな。馬鹿そうだけど。
あまり逆らわない方がいいかな?
「で、砥石は無いけど何か買うか? 油ならあるぞ」
「あ、はい、それ下さい」
反射的に返事をすると、スノウは近くの木箱から一本の小瓶を抜き取って僕に渡して来た。
「一本で二バルね」
「あっ、はい」
ああ……つい買ってしまった。
要る物だから仕方ないけど。
受け取った瓶の栓を抜いて匂いを確かめる。
癖の弱い臭い。多分植物油だ。
生臭い獣油だったら値切ってやろうと思ったのに。
いや、植物油の方がいいんだけどさ。
値段も相場程度だし。
栓を捻じ込んで、瓶をベルトに仕舞う。
ヤムに値切り交渉をする時間も嫌いじゃなかったが、スノウのあっさりした売り方も嫌いじゃない。
その分時間潰しには使えそうにないが。
ああ、そうだ。あの商人の事を知ってるかな?
「知ってたらでいいけどさ、エータから来た商人の店知らないかな? 食い物通りで店開くって言ってたんだけど」
「エータから来た商人? 知らないねえ。どんな奴なんだい?」
言われて気付く。彼女の容姿をちゃんと記憶していない事に。
髪が短かったか長かったかすら曖昧だ。
覚えていない事は仕方ない。
覚えている事だけしか覚えていないのだから。
「若い女で、赤龍紋について詳しい人。赤龍紋の鞘に入れた赤龍紋の短剣持ってた。護衛クエスト受けてた時に店開いたら来てくれって言われてたのを思い出してさ」
「最近外から来た商人は把握してる筈だけど、そんな奴いたかな?」
「最近じゃなくて、えーと、一年位前じゃないかな」
そうか、もう一年も前なんだな。
と言う事は僕が銅等級になってからもう一年になるのか。
色々あったなと過去に思いを馳せている僕に、スノウが呆れ顔を向けている。
「一年前って、もっと早く行ってやれよ……。まあその人がまだ食い物通りに居るなら、冒険者ギルド寄りの所に店出してるんじゃないか? こっちと違ってあそこは店の場所は日替わりなんだ。で、古参程内側に寄って行く。一年も出店し続けていればそこそこ内側に居るだろ」
冒険者ギルドの方か。瓶を宿に置きに行くついでに探してみるか。
ヤムと違ってスノウの店は長居したいと思わない。
スノウが放つ強者の気配が強すぎるからだ。
油も買ったし、さっさと立ち去るとしよう。
「ん? ヤグラ、腰から下げてるのいつだったかの錆びたスコップか?」
「そうですよ。砥ぎ直して緑龍骨で仕上げ直したんですよ」
ヤムに見せようと持って来たスコップに、スノウが気が付くとは意外だ。
店番してた時も商品に興味があるような素振り見せなかったからな。
売った商品の事は忘れてしまう様な、刹那的な印象なのにね。
無言で手の平を見せて来るスノウに、修復したスコップを差し出す。
まるで剣を品定めする様に片目を眇めてスコップを見たスノウは、僅かに賞賛の混じる吐息を漏らした。
「あんな先の欠けたスコップどう直すのかと思ってたが、刃を全部削るのは予想外だな。実用性無視して形整えたって所だろうけど、これ刃っぽく見せた部分とその他で砥石変えているのか?」
思ったより深い解釈が返って来た。
さてはスノウ、話せるな?
「その様な感じですね。鍛治師が使う砥石と違って僕が手に入れられるのは屑砥石ですからね。その辺りは融通が効くんですよ。刃に似せた部分は研ぐ方向と速さでも変化を加えています。要は質感が違えばそれだけ刃っぽく見える物です。実際やってみて分かった事ですが、赤龍紋の現れ方も砥ぎの出来栄えに左右される様です。丁寧に研いだ方が均一で斑が少ない赤龍紋になるので、より鋭い質感を演出出来るみたいですね」
刃を模した部分の出来栄えは、偶然ではあるのだが会心の出来だ。
少しでも刃っぽく見える様にもう一度砥ぎ直す事も考えていたし、多分刃っぽさでは砥ぎ直す方が近づくのだろう。
でも、これはこれで味がある。刃っぽい部分を砥ぎ直すかまだ少し迷っているが、暫くの間は今の仕上がりを楽しむ事に決めたのだ。
「前から思ってたが、無駄に完成度が高い仕事するよな。この刃っぽい部分の鈍さ加減は悪くない。鋭過ぎると却って鈍に近付く。一回なら鎧を抜いて刺そせうだ」
呆れた様な賞賛する様な顔のスノウがスコップを僕に返しながら、戦場では重宝する技術だよと結論付けた。
小馬鹿にされている感じもあるが、剣に長けた印象のあるスノウから砥ぎの技術を賞賛されるのは良い気分だ。
うん。ヤムにも世話になったし、この店には定期的に顔を出す様にしよう。
「ヤムは切れ味までは分かってない感じだったからね。ああ、そう言えば、ヤムはどう死んだんだ? 獣にでも襲われたの?」
ヤムは刃の美麗さに気を取られて実用面の細やかな点を見落とす事があったなと、そんな事を思い出したらヤムの最後がどんな風だったのかが気になった。
それを尋ねると、スノウが左右非対称な顔を作った。
それどんな感情?
「獣、と言うか人だな。……人か? まあいいや。まあ、道半ばって感じだったんだろうけど、本人的には悪くない最期だったみたいだな。あり得ない位に死に顔が穏やかだったわ」
スノウの解答ははぐらかす様に具体性がなくて、ヤムの死は厄介事が絡んでいるのが容易に想像出来た。
この話題にはなるべく触れないでおこう。
よく考えたら道具通りの商人が死んで、その後継者を貴族が承認するとかあり得ない話だし。
だだ、ヤムの死に対する話で一番強く印象に残ったのは死に顔の印象だ。
「穏やかな死に様だったみたいで、羨ましいな」
「ああ、絶対碌な死に方しないと思ってたんだがな。予想外にも程がある」




