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ゴブリンの臓腑

「ゴブリンを狩っている者がいる?」


 枠付き銀等級の三人組、夕暮のリーダーからの報告に私は眉を顰めた。

 ゴブリンの調査クエストを引き受けて貰っていたのだが、その際に積極的に間引きをする様に誘導していた。

 そうやって適度にゴブリンの数を減らす予定だったのだが……。


「刃筋の通った剣傷だった、と言うか腕やら頭やらスパスパ斬り落とされてた。間違い無く人間の、それも剣の心得がある奴の仕業だ」

「護衛クエストで遭遇したとか、偶発的な戦闘の可能性はないのかしら?」


 冒険者ギルドは現在、ゴブリンの常設討伐クエストを取り下げている。

 今のルファでは、ゴブリンを狩っても一ビルの儲けにすらならないのだ。

 とは言え、ゴブリンを狩る事に明確な罰則はない。

 不必要な討伐の場合は内部記録にこそ残るが、それすら受付係の匙加減だ。


「日帰りじゃ帰って来れない程深い場所だからな、ゴブリン狩り以外であそこまで行く奴は居ないと思うぞ。或いは……」


 夕暮のリーダーは悩む様な表情で言い淀んで、少しだけ顔を寄せて小声で私に尋ねた。


「ゴブリンの死体って何かの材料になったりするのか?」


 予想外の報告に被せて予想外の質問が飛んできた。

 まあ、枠付き銀等級としては当然の配慮だし当然の質問だ。

 討伐クエストの中には、必要部位が秘匿される物が存在する。

 内臓一式とか、撲殺指定で丸々一匹とか、生捕りとか。

 素材となる部位を隠したい依頼主は多いのだ。


 でも、ゴブリンの死体の引取りなんて聞いた事も無い。

 冒険者だって討伐証明部位の耳だけ持ち帰ってくる。


「ゴブリンが解体されていた?」

「腹開いて臓物が抜かれていた。ゴブリンの内臓一式なんざ聞いた事ねぇが、あるのか?」

「少なくとも私は知らないわね。森に潜伏している野盗の類が飢えてゴブリンを食べたとか?」

「それは無い。あれを食うくらいならまだ土のスープの方がマシだ」


 そうなのだ。

 ゴブリンの死体にはどうやっても利用価値が見出せないのだ。

 生きているゴブリンははニミフドを食べる事に価値が見出されつつあるが、ゴブリンの死体にはその価値すら無い。


「……ゴブリンの内臓についてはちょっと調べてみるわ。調査クエストの報酬は規定通り出すから、新規受注扱いで同じクエストを受けて貰えるかしら?」

「ええ……。同じって、まだゴブリンの調査続けるのか?」


 夕暮のリーダーが嫌そうな顔を遠ざけた。

 気持ちは分かるけど、ルファのためには必要な事だ。


「駄目かしら? 流石にただ獣を狩るしか能のない人達には荷が重いクエストなの。……ケビンみたいな森に精通した上級者が頼りなのよ?」


 伏目がちで親しみを前面にして頼めば、夕暮のリーダーは満更でもない表情を隠せない。

 チョロい。名前をど忘れして手元の書類で確認した事に気付く様子もない。

 まあ、流石に何度も言い淀むと違和感を覚えるかも知れないから、この機会にちゃんと名前を覚えておくか?

 ケビン、ケビン、ケビン。どこにでも居そうで覚え難い名前だな。


「しゃあねぇなぁ、ケイトにはいつも世話になってるしな」

「今回も安全優先でお願いね? 調査クエストなんだから、情報を持ち帰って達成なのよ?」


 戦闘能力が高くない夕暮れが銀等級まで昇格出来たのは、無闇に功を焦らない事が良い方向に働いているのと、情報の取り扱いが比較的上手いからだ。

 その気質を把握しているからこそ、念を押しておく。


「ゴブリン如き、何匹殺しても構わないから」


 こう言っておかないと殺さない方に注力しかねないから。

 半端に優秀なのも考え物だ。


「ああ、分かっているよ。実際ゴブリンに遠慮してちゃ調査し辛いしな」

「なら良いわ。他になにか気付いた所はある? クエストと関係なさそうな事でも良いわ」

「いや、特には……あー、気になったと言えば一つだけ。もうギルドでは把握しているかも知れんが、最近行商人が襲われる案件増えてないか?」


 それは少し気になっていた。ゴブリンを狩れないのだから仕方ないとは言え、ほんの僅かだが増加傾向にある気がする。


「そうね、このまま増えれば、月当たりでは数件程増加するかしら?」


 ここ最近の護衛クエストの報告を思い起こして、試算する。


 情報の取り纏めは受付係の仕事の内だ。

 非常に地味で手間の掛かる仕事で、その癖しくじった時の責任は大きい。

 必然的に、それを無難にやり遂げる受付係は上からも下からも評価される。

 私のギルド内での地位はこの業務によって培ったと言っても過言ではない。


「あー、やっぱりその認識なのか」


 そんな私の予測に、夕暮れのリーダーが神妙な顔付きでため息の様に感想を述べる。

 失礼極まりない態度だが、夕暮れのリーダーは気安さと馴れ馴れしさの境界を見極められる者だと言う事を思い出してぐっと堪える。

 無言で続きを促すと、再び私に顔を寄せた夕暮れのリーダーは気まずそうに囁く。


「野良クエストが存在している事は知っているよな?」


 成る程、そう言う事か。

 野良クエストとはギルドを通さないクエストの通称。要は何の保証も無い口約束。

 一部の行商人があぶれ者相手に安く護衛をさせている事を、ギルドは黙認している。

 想像力に乏しい一部の鉄等級がどうなろうと知った事ではないし、犯罪者予備軍に護衛をさせる程資金力に乏しい行商人の相手をしなくて済むのは良い事だからだ。

 実際、その手のクエストを続ける者は然程多くないと見積もられている。

 どちらもその内に死ぬからだ。


 大方ゴブリン狩りをメインに活動していた鉄等級が困窮して、或いはそこを商機と見誤った行商人が安く数を揃えて、と言った所か。

 行商人が襲われるケースの半分程は人かゴブリンによるものだから、ゴブリン狩りの実績を過大評価する者がそこそこいるのだろう。

 実際にはゴブリン狩りの実績等そこまで役に立ちはしない。

 殺しに行く側と待ち受ける側の違いは思いの外大きいのだから。


 その程度の考えの足りない連中は死んでも構わない。

 が、死んでも構わない連中ばかりとは言え、野良クエストの規模は把握すべきか。


「どの位死んだの?」

「ニミフド騒動以降で二十組以上。その内十組は全滅している」

「全滅だけで十組?」


 いくらなんでも多い。


「どいつも一人行商で、護衛は平均して十人前後だ」

「平均して十人?」


 いくらなんでも買い叩き過ぎじゃなかろうか?

 いや、それ以前に……。いや、まさか? でもどう考えてもこれは……。


「仲介している者がいる?」

「そうだ。しかも無償で鉄等級達と一人行商を引き合わせているらしい」


 無償。それはあり得ない。

 仲介は両者から金を抜くからこそ成り立つ。

 数件ならまだしも短期間に十件、いや、実数はそれ以上と仮定すると、確実に無償では割に合わない。


「仲介者の素性は?」

「軽く聞き取った限りじゃ不明だ。小柄な奴が顔と体格を隠して鉄等級や一人行商に声を掛けてくるらしい。接触した事のある奴等からは子供か女じゃないかと言う話が多いから、声を掛けているのは使いっ走りかも知れん」

「不穏ね。調査の必要がありそうだけど……」


 調査の必要はある。

 が、この手の調査は大半の冒険者には不向きだ。

 夕暮れは比較的適正のある方だが、それでも本格的に調査させればその仲介者はギルドが調査させている事を勘付くだろう。

 ……ギルドマスター経由で領主に報告させるか?

 領主までは無理でもライン卿辺りに情報を持って行ければ良い。


「流石に私の権限では何も出来ないわね。でも、ギルドマスターには報告しておくわ」

「頼む。短期間に冒険者が八十人近く死んでいる。流石に死に過ぎだ」


 死に過ぎは否定しないけど、鉄等級は冒険者ではない。

 この辺りの意識を持ったままだから夕暮れは金等級に昇格出来ないのだ。

 今の実力と非市民に対する無自覚な密偵としての価値を足して、ギリギリ銀等級なのだから。


「他にも気付いたことがあれば教えてちょうだい……ケビン」

「おう、任せとけ」

 

 本当に、覚え難い名前だ。

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