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泥の騎士、泥の姫  作者: 魚の涙


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砥ぎ澄ます

 朝起きたら自分の部屋で寝ていた。

 薄暗い部屋で剣を抱きしめて寝ていた僕はのっそりと起き上がって、昨日の事を思い出そうとして気付く。


「昨夜の記憶が無い」


 うーん?

 昨日って何していたんだったか?


 確か小動物に関する情報を巻き上げられた対価の一ギルをどう使おうか悩んで、ヤムの店に行く事にしたんだったか?

 ヤムの店でぐだぐだ愚痴を言って……その辺りから記憶が無い。


 身体に痛みとか剣……って剣抜いたんか僕!?

 鞘に充填しておいた油が漏れてる。

 服もシーツも油染み……シーツ弁償しないといかんか?

 ああ、金欠が加速して行く。いや、大分草臥れた色のシーツだし黙ってればバレないかも。


 先ずは剣身の確認か。

 部屋の隅に積んである襤褸布を一枚床に広げて、ベルトと剣を繋ぐ金具を外す。

 鞘の先端まで油が伝った跡がある。伝った跡程度で済んでいるって事は油は全部抜けていない……と信じたい。


 柄頭を真上に向けてゆっくりと、垂直に剣身を引き抜く。

 見た所しっとりと油に濡れているし、刃毀れや血油の汚れは見当たらない。

 良かった。剣は無事だ。

 ちゃんとした確認は明るい場所でしないといけないが、人や物に当てた形跡は無さそうだ。


 そろりと剣身を鞘に納めながら中を覗く。油は八分目程度までは入っている様に見えた。

 目下の所、油の補充もしなくても良さそうだ。油だって安くないし。

 はたと気が付いて財布の所在を確認したが、盗まれていなかった。


 鞘の油を襤褸布で拭き取りながら昨日の事を思い出そうとしてみるけど、やっぱりヤムの店に居た辺りまでしか思い出せない。

 その後に酒でも飲んだのだろうか?

 でも部屋は酒臭くないし。どちらかと言えば油臭い。

 財布を確認。

 ある、多分減ってない。

 剣をベルトに下げて、窓を開ける。


 んん? 日が西にある?


 朝だと思い込んでいたけど、今は夕方か?

 ひょっとして丸一日近く記憶が無い?


 こんな事前にもあったな。

 怪我もしてなければ金も減っていない。減ったのは腹だけ。

 そう思ったら腹が減って来た。減って来たが、今から行ける食事処は酒場くらいなんだよな。

 酒場の飯は割高だし、花売りだってもう引き上げた後だろう。道具通りだって全部閉店する頃合いだ。

 寝ていたせいで目も冴えていて、朝まで寝てやり過ごすのも難しそうだな。


 となると、あれだ。久々に砥ぐか。

 今真っ先に砥ぎたい物と言えばあれしかない。


 油に濡れた襤褸布に包んでベッドの脇に置いていたそれを、空気に晒す。

 油と、僅かに錆の匂い。

 毎日寝る前に岩貝で錆を落とて表面を整えていた、赤龍紋のスコップだ。

 欠けた先端は鈍角ながらも角を付け直し、目立つ傷も均し終えた。

 スコップとして修復するのなら鍛治師に頼んで刃を付け直すべきだろうけど、そんな事をしたら赤龍紋が出なくなってしまう。

 どうせ鑑賞と自慢用だし、実用性はなくても良いだろう。

 採集で使えないだけで良く耕された畑なら使えない事もないし。

 となると畑も欲しいな。


 それはさておき、ここからがお楽しみの砥石の時間だ。


 作業用の燭台に蝋燭を灯して、先ずは面に残った凹凸を消す。

 使用するのは屑砥石を原材料に造った半球状の砥石。

 粒が目に見えなくなるまで砕いた屑砥石とその半量の小麦粉を鹿の油をを加えながら粘土状になるまで練り上げて、乾燥させた花の粉を混ぜて練り直し、窯の隅っこでじっくりと焼き上げたのがこの屑砥石の砥石だ。

 製造方法が妙に家庭的なのはリリさんのアドバイスが盛り込まれているからだったりする。

 最後の花を入れる辺りは僕じゃ思いつかなかったし、花を入れないと何故か上手く作れないんだよな。不思議だ。

 

 ルファの街で花と一括りに呼ばれるのは薬草の花で、野山に咲いている花とは色々と違う。

 ポーションの原料に使われるだけあって不思議な効能がある訳だけど、花は余るみたいで簡単に手に入る。

 乾燥させた花は腹痛薬として市民や商人であれば大抵持ってるし、鉄等級の冒険者だって三人に一人は持っていると思う。


 屑砥石の砥石を布の上に置いて、油壺にスコップを浸してから砥ぐ。

 スコップの内側の曲面を砥ぐのに半球状の砥石はすごく便利だ。

 錆びた曲面を丁寧に研いで行く。

 平面を砥ぐ時とは違って、大きな範囲を砥がない。

 球の先端で曲面を縦に細かく、それでいて全体が滑らかな曲面に仕上がるように。

 内側を研ぎ終わったら屑砥石の砥石を板状の物に替えて、背面を砥ぐ。


 この作業、エータの鍛治師はどうやっているんだろうか?

 普通は曲面なんて砥石では砥がない。

 粉末の砥石と油と布で研ぐのだけど、あれは均一な質感に仕上げるのが難しい。

 でも、しっかりと砥がないと赤龍紋は出ない。


 まあ単純に技量を極めるだけなのかも。


 大凡仕上げておいたのと、刃と違って柔らかい鉄であるため仕上げ砥ぎは然程掛からずに終わった。

 燭台の鉄面に反射した光がスコップを照らす。

 この鉄面も僕が砥いだ。

 昼間には及ばないけど、出来栄えを確認するだけなら十分だ。


 因みに使っている蝋燭の芯にも花が使われている。

 普通の蝋燭に比べて明らかに炎が安定するので、夜に砥ぎたい時には重宝している。


 ……本当に花って何だろう?

 その内鍛治作業にも花が使われるんじゃないか?

 実はもう使われていると言われても驚かない。


 ここまで砥いだらお待ちかね、緑龍骨の出番だ。

 最後に緑龍骨で砥ぐ事で赤龍紋が浮かび上がる……と言われているけど、実はそれは正確な情報ではない。

 花を煮出した水を使って緑龍骨で砥ぐのだ。

 そして濡らしたまましばらく置くと赤龍紋が浮かび上がって来る。

 花を煮出した水はかぶれ薬として普通に手に入る。


 さらさらと、砥石とは違った音がスコップと緑龍骨の間から聞こえて来る。

 その音を聞きながら思う。

 本当に花って何なのだろうか? と。


 多分、エータ地方では別の液体を使っているのだろうけどね。

 緑龍骨を使った仕上げは金属を砥ぐと言うよりはその表面を変質させるのだ。


 と、以前護衛クエストを受けた時に護衛対象の人に聞いた。

 赤龍紋の短刀を触らせてくれたし、報酬も良かったし、鍛治作業の事も色々教えてくれたし。

 ……あぶれ者が鍛治師に成れない話は聞きたくなかったけどね。


 確か食い物通りで店開いてた人だったよな。

 明日食べに行こうかな。どこで何売っているのかは知らないけど。


 どれ程砥げば良いかも分からないので、程々で止める。

 かぶれ薬で濡れたスコップは拭わず、そのまま赤龍紋が現れるまで時間を置く。

 柄を掴み……どんな姿勢で待つべきか?

 少し悩んで、先端を下へ向ける。

 かぶれ薬の流れが模様に影響を及ぼすのかが分からない。

 凸部を下に向ける事も考えたが、長手側へ流した方が斑が少ない気がする。


 置き過ぎると錆びそうだし、このまま朝まで眺めていよう。


 蝋燭の灯りに照らされたスコップを眺めて、赤龍紋の出来上がりを夢想する。

 赤龍紋の現れ方は鋼の鍛錬方法で決まると言われる。

 エータ地方で打たれた金物でなければ単調な模様しか出てこないのだとか。

 今から出来上がりが楽しみだ。


 スコップの先端からポタポタとかぶれ薬が滴る。

 気のせいかも知れないけれどぼんやりと模様替え浮かび上がって来た気がする。


 ……気のせいかな?

 模様が文字に見えるんだけど?

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