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泥の騎士、泥の姫  作者: 魚の涙


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逃げ延びる

「で、折角捕まえた小動物は全部没収。おまけに捕まえ方まで巻き上げられて、その対価が一ギルってどうかと思うんだよなあ」


 俺が放ち続けた害獣が一定の成果を上げていた事は喜ばしいが、所詮あの程度の行為ではここまでが限界と言った所か。

 そもそもゴブリンを増やす試みが真っ向から対立していた様だ。

 まあ、所詮逆恨みの嫌がらせだ。問題になったってだけで十分な成果だろう。


「それで街の外が変な雰囲気だったって事か。ニミフドはゴブリンより増えるからな、そりゃ一大事だ」

「ミニ……?」

「ニミフド、だ。キイタ辺りじゃ家畜化もされている小動物だよ。この国じゃ馴染みないけどな」


 ポーションの製法はナクニの独占技術。だから原料となる薬草は他の国じゃ家畜の餌だ。

 寒冷な気候で農業に不向きなキイタでは、ニミフドは主食に近い。

 全土で芋や麦が育つナクニとは天地の差だ。


「ヤムが詳しいって事は、前線にいる獣なのか?」

「前線の更に向こう側に行かないとお目に掛かれない奴等だよ」


 ナクニから南じゃとんと見ないからな。

 正直な所ニミフドがこっちで夏を越せる可能性は低いと思っていたんだが、流石北の小さなゴブリン、当たり前の様に繁殖していた様だ。

 木の皮で飢えを凌ぐ様な土地で家畜化される訳だ。

 そんな土地でも繁る薬草類もまた凄いが。


「で、また砥石を買いに来たのか?」

「いや、流石にそんな金は無い」


 そりゃあそうだろう。銅等級があれだけ散財してりゃそうなる。


「じゃあ客じゃねぇな。とっとと帰れ。帰ってスコップでも砥いでおけ」

「うわ、日頃贔屓にしてる上客に酷ぇな」


 ヤグラが茶化す様に言うが、事実なのが笑えない。

 本当にこの銅等級は砥石に幾ら注ぎ込む気なのだろうか。


「はぁ。で、実際何しに来たんだ?」

「何ってそりゃあ……何でだ?」

「はあ? ボケるにゃ若すぎるぞ?」

「いや、何か聞きに来たんだけど、あー?」


 ずるりと。ヤグラの空気が変わった。

 店の入口で、元傭兵の嬢ちゃんが腰を浮かした姿勢でヤグラを凝視している。

 何だこれは? 戦場の正規軍だってこんなおっかない空気垂れ流しとらんぞ?


 ヤグラの見てくれはいつものそれだ。それのままだ。

 若さと幼さの中間の様な、油断を誘う相貌。

 いい加減にしか物事を見ていないその相貌が、より虚になった様に感じる。


「あー? そうだ、足、だ」

「足?」


 声も普段と変わらない。軽い声、緊張感の無い喋り方。

 悪意も無ければ善意も無い。ただ自分勝手な、典型的なあぶれ者の若者。


「やけに精巧な義足だなって」

「ほう? 気付いていたのか?」


 理由は色々あるが、主に行商人と言う商売に不利と考えて隠していた。

 と言っても気付かれる事も多いのだが、ヤグラが気付いていたのは意外だ。

 褒め言葉としてそう返したのだが、ヤグラは困惑を隠す様な仕草を見せた。


「いや、僕はそう聞いただけで、気付いていた訳じゃないけど」


 その口から黒い何かが漏れる。

 靄の様なソレはヤグラの肌を、首を絞める様に這う。

 ゆっくりと抜剣する嬢ちゃんの方からは多分見えない、そんな這い方だ。

 

「嬢ちゃん、止めとけ。コレはサガリかオロシだ。敵わんよ」


 俺の言葉を受けて、嬢ちゃんは躊躇無く店の外に逃げ出した。

 流石元傭兵。戦場の生き延び方を心得ている。


「不思議なんだヤム。ヤムには悪意が無いって言うんだ。でも、ヤムはルファに害を持ち込んでいるって言うんだ」


 ヤグラは、正確にはヤグラに降りている神は嬢ちゃんを追わなかった。

 二回に一回は嬢ちゃんの方に向かうと思ったんだがなあ。


「迷ってるんだ。ヤムを殺すべきか、聞き出すべきか」


 すらりと、ヤグラが剣を抜く。

 鞘に満たされた油が剣先から滴り、病的なまでに砥ぎ澄まされた刃がぬるりと空を絶つ。

 ヤグラの顔は黒い靄に覆われてその表情は見えない。

 靄は首から流れ落ちる様に全身を這い回り、徐々に金属光沢に似た黒い光を放ち始める。


 その姿はまるで騎士の様な重圧を俺に押し付けて来る。


 やべぇなこりゃ。

 キイタ周りから漏れ聞こえていたルファに絡む工作が悉く上手く行かないと言う話、原因はコイツだ。

 どう見たって邪神の類だが、何でかルファの守神みたいな働きをしている。

 こんな形してるが土地神なのか?

 噂に聞いていたヤグラの恋人が泥の姫ってのはコレの事か。


「だから聞かせておくれ。ヤムがルファに何をしたのかを」


 ヤグラの体でヤグラの声を発してはいるが、今のコレはヤグラじゃない。

 そうでなければ、ヤグラが抜剣なんてする筈がない。

 となると、コレはサガリだ。

 神がヤグラの意志を無視して勝手に降りて来ている。

 震える体を気力で抑えて、奥歯を砕いて飲み込む。


「一つ聞きたいんだがよ、何で俺に目をつけたんだい?」


 平静を装って聞いてみる。と言っても怯えている事なんざバレているだろうが。

 それでもコレは珍しい事に話が通じる神だ。

 だから時間が稼げる。


「あー、それとよ、話をする気があるなら剣を鞘に収めたらどうだ? ヤグラは嫌がるだろうし、ヤグラなら見える様に抜く必要はないだろう?」


 俺がそう指摘すると、ソレは躊躇無く剣を鞘に収めた。

 それはヤグラの自我が出て来たからなのか、はたまた神の気まぐれなのか。


「義足が獣臭かったんだ。そして悪意の残滓もあった」


 はあ。成程。……。

 こいつの力がどの程度なのかさっぱり分からん。まあ、俺は神官じゃなくて商人だ。


「ナクニを恨んでいる奴なんざゴマンと居るのさ。国も、兵士も、それ等を支えるポーションも、ポーションを作る薬師も、ルファだって憎いさ」

「うん。はっきりした悪意だ」


 ヤグラの声が嬉しそうな弾んだ声でそう言った。

 敵意を向けられて喜ぶとか、やっぱりコイツ、邪神の類じゃねえのか?

 いや、まだ武神の類である可能性もあるのか?


「なら何故、その悪意を振り撒かない? 回りくどい策を労する?」


 ああ、多分だがコイツ、悪意辺りの神だな。人間のどろどろした感情を糧にしてるんだ。

 やっぱりどう考えても邪神だろうが。何でルファの守神やってんだコイツ。


「人間ってのはな、度胸溢れる奴の方が少ないんだよ」


 最初こそ一矢報いるつもりで潜り込んだのに、道具として団を失った傭兵を拾ったってのに、いつの間にか情に流される。

 所詮俺は三流の商人だ。

 ぐらりと視界が回る。気付くとヤグラが俺を見下ろしていた。


 ああ、やっとか。やっと奥歯に仕込んだ毒が俺の体を巡り終えた。


「喋る気はないのか」


 ヤグラの声には何の感情も込められてもいない。

 結局俺は逃げただけだったのだろう。

 神からも、復讐からすら、逃げたんだ。


「上手く行くと……」


 色々とやったあれこれが、上手く行けば、いいな。

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