第二部 歌神香児篇 その七
落ちてきたら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように
黒田三郎『紙風船』
6 石人族
「ん~……今日も相変わらずいい天気。水はけも異常なほど良好」
先週の雨季を抜けて今週はいつも通り、抜けるような青空。
「にしても変だね。どうしてこんなに雨と晴が激しく繰り返すのに、大地の風化の速度が遅いんだろう?異世界ってほんと謎ばっかり」
乾燥して暑い乾季の一週間の中日。熱と膨らみをもった陽光が一面にあふれる。
荷馬車をコトコト曳いて、俺がアルマン王国からマルコジェノバ連邦東端のフォトロビ国に入ったのは三週間前。そしてここはフォトロビ国の首都レフォルマ。
店舗『クーラ』の香児三名の爆発的人気や、強すぎて賭けが成立しない魔獣女子四人の地下闘技場『ドッグファイト』出禁の件もあって、逃げるように雨季のアルマン王国を脱出したけど、移転した最大の理由は意外な形で俺の名前が必要以上に既に知れ渡ったから。
香児三名だけで十分だったのに、まったくもって偶然って怖いね。
俺の名前そのものが売れた原因は抗生物質ペニシリンの普及。
ペニシリン『ヴァンセンヌ』と注射器用家畜メルフォートベータは量産までに時間がかかる。だからすぐには効果が期待できない。
と思っていた俺は少々浅はかだった。
細菌性の中耳炎である風土病チョルトを重症化せずに済んだヴァンセンヌ嬢の感動と熱意がよほど強かったのか、親父のカルファール伯爵とその奥さんのヴァヌアレブ夫人は彼女に感化されたようで、財産のほとんどをドカンとつぎ込んで、ペニシリンとメルフォートベータの生産工場をすぐさま立て、量産を行った。
おかげさまでアルマン王国にて大流行中の風土病チョルトの患者が急減する。
アルマン王国中が良い意味で大騒ぎになる。アルマン王フォルトシェフチェンコはペニシリン『ヴァンセンヌ』の存在を知り、彼の意志も働き、国は総力を挙げてさらに生産ラインを一挙に増やした。
特にここまでは問題ない。アルマンの未来は輝いているように一見すると思える。
とはいっても永遠の〝問題〟は孕んでいるわけだけどね。
みな『ヴァンセンヌ』でチョルト罹患の因果を断てるとでも思っているんだろうけれど、薬剤耐性菌はどうせ出てくる。細菌類の変異をなめちゃいけない。『ヴァンセンヌ』が効かない菌が出てきたその時は仕方がない。感染症に敵うはずはないから、その時はまた新型チョルトの苦し味を堪能するしかない。いつか遅れた科学に目覚めて、あるいは進んだ治癒魔法を発展させて何とかしたらいい。でもどうせ感染症とヒトの戦いに終わりなんてない。戦う相手は魔物だけじゃないんだよ。
それに「ダメだよ」と注意したって注射器の使い回しはきっと起きる。血液感染するウイルスものさばるだろう。
注射器。……やれやれ。
問題はこれだ。
いくら『メルフォートベータ』が人々に魔物メルフォートダニを連想させるからって。
お嬢!
注射器に勝手に『ナガツマソラ』なんて俺の名前つけないでよ。
「そうよ。そうやってマソラの太いのを挿すの。そしたら中出しよ」「マソラ様のは太いですが、痛いのを我慢して中に入れて、マソラ様の大事な液を出してもらえたら体がよくなりますよ!」なんてどこかの元エルフの魔獣双子姉妹がいたるところで宣伝するものだから恥ずかしくて仕方ない。誤解を招くような表現使わないでよ、もう。
そんなわけで、俺自身まであり得ないほどビッグネームになったので潮時だからアルマン王国を去った。
そしてマルコジェノバ連邦にして、アルマン王国と国境線を東にかまえるフォトロビに入国。
罠を本気で仕掛けるのはここから。
相手は雫石瞳。
あの、シズクイシヒトミ。
何を考えているのか分からない、けれど欲しいものがあれば捨て身で手に入れようとする謎の召喚者。
「マソラ。配り終わったわ」
「ありがとう。やっぱりイザベルが配るのが一番速いね」
「四姉妹の長女として当然ね」
長耳にかかった金髪ミディアムウェーブを指でさっとかきあげる風人族。
引き締まっていて、指をはじきかえそうなほど張りのある白い肌が今日もまたまぶしい。
「早いけど、いつ見ても地獄絵みたいだね」
店の整理券が紙吹雪のように豪快に宙を舞う。それを我先にと掴み、時として互いに殴り合う民衆。
「そこ!喧嘩はダメって言ったはずよ!」
喧嘩の原因を引き起こしているに違いない姉エルフによる一陣の風。整理券ではなく客が宙に舞って整理券ごといなくなる。
「ああっ!また風が!」「おいボブが西に飛ばされた!」
「ジャクリーン待って!」「整理券を追え!!」「覚えてろよ整理券エルフ!」
逆に客が店舗『ノンキンタン』から離れていく怪奇現象。
やっぱり姉エルフだけに任せると大変だ。妹のクリスティナと一緒に行動させるべきだった。とほほ。
「まいっか」
俺はアルマン王国から連れてきた非正規雇用の従業員たちとともに店の開店準備に入る。「連れてきた」といってもナコト、エピゴノス、ルルイエの三人とは違って無理強いはしていない。
羊人族の悲観的未亡人セブも暢気で陽気で先を考えていない鬼人族のタクロ、コレヒド、ラワーグ、プミポン、バゴーも仕事が欲しいからと言ってついてきた。
異世界は元の世界よりも失業率が高い。
だから人は簡単に盗賊になる。
全うに農家をやろうとしても、まともに作物を育てたところでどうせ盗賊にとられるくらいならそんなことはせず、盗賊の仲間入りをした方がいい。
もしくは兵士になる。
兵士の仕事は盗賊を捕まえたり殺したりすること。盗賊がいる限り兵士の仕事はなくならない。
そのどちらにも属さないまともな人々が盗賊からも兵士からも魔物からも財産を狙われ、それを阻止するために冒険者や傭兵がいるのがこの異世界。
自分の身を守れる力をもち、しかもまともな商売ができる奴が目の前にいたら是が非でもついていきたくなる気持ちもわからなくはない。
まあ、まともかどうかは俺自身、保証できないけれどね。
「さあ、お客さんが戻ってきた」
「マソラの警護は任せて」
碧の瞳をいつも通りきらりと輝かせて、自信たっぷり姉エルフのイザベル。
「うん。でもあんまり暴風を巻き起こさないでね。掃除したばかりのお店まわりを鬼人族五人が今全力で掃除し直しているところだから」
整理券を握りしめた客が喚きながら怒涛のようにこちらへ駆けてくる。
清掃用具を片付けた五人の鬼人族は関節をコキコキ鳴らしてそれぞれの持ち場につく。タクロ、コレヒド、ラワーグの三人は客の誘導。プミポンとバゴーは店内の整理。男女問わずラグビー選手を二回り大きくしたように鬼人族は体格も恰幅もいい。こういう連中じゃないと押し寄せる客のタックルは止められない。
羊人族の老未亡人セブはもちろんレジカウンターと金庫番。この老婆は前よりも少し明るくなった。たぶん景色や人の顔がはっきりと見えるからだろう。慢性鼻炎は治さないけれど、眼は特製の「眼鏡」で治した。
「よく聞きなさい!今から『ノンキンタン』を開店するわ!ひらけゴマドーフ!!!」
本日の俺の護衛は風人族イザベル。
だから彼女の謎の合図で開店する。
「香料くれええええっ!!!」「ムンッ!!」
整理券を配っているのになだれ込もうとする客を怪力の鬼人族が必死に制する。それでいて面白いのは、鬼人族の近くにいるだけで客がトロンとなって、次第にふにゃふにゃになってしまうところ。
鬼人族のスタッフ五人はもう香児たちとの接触が長い。さらには店内にいる時間が長い。
だからどうしても彼女たちや香料の香りが全身に染みついている。普通なら汗臭くてちょっと鼻をつまみたくなる鬼人族の体臭もこうなると全然気にならない。むしろウチの商品を店のすぐ外で紹介するいい宣伝になっている。
それでまあ、申し訳ないけど君たち五人は鼻が利かないようにしてあるから一生この芳香が分からないんだけどね。鼻の粘膜を焼いたお詫びに、給料は絶対に下げないから安心してよ。ごめんね。
「まずは約束の確認です。決して……」
「転売はしない!だから早く売ってくれ!」
血眼のこの客は常連だ。腋臭がひどくて悩んでいるんだったっけ。
「よろしい。では今回もお売りいたしましょう」
シギラリア要塞にいるマソラ4号たちがせっせと用意し、亜空間ノモリガミに入れて送ってくれた商品を俺は客に販売する。
小売店『ノンキンタン』。
広さは60坪だから、元の世界のコンビニとだいたい同じくらいの店舗面積。
そこで販売する主要商品はずばり香料。
① 竜脳200キログラム。
② アンバーグリス1000キログラム。
③ 樟脳1000キログラム。
これらはつまり改造型チンダラガケである香児三人の芳香と同じ化学物質。元兎人族ナコトの体臭である竜脳、元一角獣馬人族エピゴノスの体臭であるアンバーグリス、元蜂人族ルルイエの体臭である樟脳。
これらに加えさらに二つの香料も販売する。
④ 蘭奢待300キログラム。
⑤ シベット500キログラム。
蘭奢待は俺の元いた世界の日本の権力者がその力を誇示するために利用した香り。
足利義政や織田信長、さらには明治天皇が手にしたその香木は別名黄熟香。香気は軽くてとても清らか。幽かなのに気づけば室内を柔らかで優雅な空気に変える。さすが皇族の宝物だっただけのことはある。それがこの世界にもあるとは、この世界の神様は本当に粋な計らいをするね。
とはいえ、見つけた場所は辺境の地。
蘭奢待があったのは世界の果ての島、クルゼイロ。
シータル大森林を守るには必要かなと思ってアーキア超大陸の地図を作ろうと竜人族と一緒に世界を調べている最中にその島は見つかった。
場所は超大陸の南東。魔王領バルティア帝国の近く。
その島の領有権を魔王は持っているのかもしれなかったけれど、あいにくと島には人も魔物もいなかった。少しして分かったのは魔王領で一番クルゼイロ島と近い第Ⅳ地区とクルゼイロ島との間にある海峡には一酸化炭素と異常量の霧が同時発生していて、そのせいで島は放棄され、だれも見向きもしないらしいということだった。
で、海峡やクルゼイロ島の件についてどれくらいアントピウス聖皇国が情報をもっているのかを確かめたくてアントピウス一番の情報屋といっていいジブリール図書館長に「魔王と海戦したことあるの?」とマソラ3号を通してそれとなく尋ねたら、イラクビル王国南のイブラギム海で過去に十八回ほど魔王軍とは戦っているが、いずれも引き分けに終わり、魔王領の裏庭である第Ⅳ地区や第Ⅲ地区まで往けたことはないという。というか魔王領南の第Ⅴ地区より東側の地理は把握できてすらいないらしい。
これはつまり、クルゼイロ島近くの海峡も毒霧も知らないということだ。海峡には名前すらない。また第Ⅳ地区で会話のできる上級の魔物でも捕まえて食べる前に聞きだせばクルゼイロ島だけじゃなくて海峡の名前も教えてくれるかもしれないけれど、それはレアケースだし、面倒くさいから、とりあえず縁起のいい名前をつけた。
ずばりバミューダ。船や飛行機を呑み込み多くの死者を出してきたあの海峡と同じ名前。
というわけで俺は安心してバミューダ海峡を越えてクルゼイロ島に上陸し、一酸化炭素の充満する島を調査。そしてそこで蘭奢待を発見した。
世界の果てで宝物を見つけるっていうのは、バケモノになった今でも興奮するね。おばあちゃん家のあった山奥で丸太のように太い大蛇と出遭った時を思い出す。美味しそうだから腹を裂いたら三人くらい子どもが溶けて出てきたんだっけ。あれじゃ丸太みたいに太くもなる。……と、蘭奢待の香りを嗅いだ時みたいに昔を思い出しちゃった。
ちなみにクルゼイロ島での大発見はさらに続く。
毒霧に包まれるクルゼイロ島の海岸には多くのマッコウクジラの死骸が打ち上げられている。自らの死期を悟って自殺をするために島に近づいたのか、知らずに島に近づいて毒霧にやられたのかは分からないけれど、マッコウクジラの死骸がたくさんあるということは、当然アンバーグリスも大量にそこで見つかった。
ここで魔獣女子の出番。
俺の細胞という強力毒を植えてある彼女たちに、一酸化炭素中毒は起こらない。
バミューダ海峡の海底まで含めてアンバーグリスの回収を、海王種たる元蛸人族のソフィーに。
そのソフィーをクルゼイロ島まで運び、ついでに蘭奢待の回収を元竜人族のモチカに頼んだ。
シータル大森林のシギラリア要塞に「神の杖」が落下した時に二人が要塞内にいなかったのはこれが理由だ。
二人が行商人であるマソラ2号の俺と同行するようになってからは、ミソビッチョの研究開発部がつくった防毒マスクを装着した竜人族がクルゼイロ島に行ってコツコツ蘭奢待と、浜にうち上げられたアンバーグリスをかき集めてくれた。
そのおかげで、2号たる俺の今の商売がやっていける。
ちなみにシベットや竜脳、樟脳は魔獣女子の残り二人。つまり元風人族の双子姉妹イザベルとクリスティナに集めてもらっていた。これら香料がどこにあるかと言えば、全部シータル大森林の中。つまり俺たち『鎮守の森』の膝元。
シベットとはシベットキャットの産生する香料をさす。
タヌキとヒョウとネコを混ぜ合わせたような妙な動物がシベットキャット。コイツの体内にある香嚢という袋からは、ワックス状のペーストが採取できる。これがまたあどけない、いい香り。この動物性香料をシベットと呼んでいる。元いた世界の麝香猫と一緒だ。
麝香猫と一緒なのはそれだけじゃなくて、くり返し採取可能だということ。二週間すればまたシベットキャットの香嚢にはペーストが溜まり、一頭につき300グラムは集められる。一生に一度しか採取できないアロガリアビーバーの肛門近くの香嚢なんかよりもよっぽどありがたい。
と思ったらシベットキャットは養殖が難しいことが分かった。
とはいえ香は上等。手に入れる価値はある。
だからシベットについては、俺と同じくらい森を自由に移動できる二人のエルフ姉妹イザベルとクリスティナに任せた。森の中を吹く風で二人は竜脳も樟脳もシベットキャットの居場所もわかる。
そして二人がソフィーやモチカと同じく2号の俺の護衛についてからは、その仕事をシータルの森に暮らす八部族のみんなにバトンタッチした。
何百年もシータル大森林で暮らしてきた彼らは風人族ほど精密に風や匂いを読めなくても、土地勘とあの森についての知識は誰よりもある。彼らヤツケラの協力もあって、これまた大量の竜脳、樟脳、シベットキャットが集まり、俺の商売のタネになっている。
これら香料に加えて、シラカバの樹液ジュース、そして直に触ったら遅延型アレルギーで疼痛地獄に陥るウルシの樹液を使った漆器を商品としてラインナップ。
香料のおまけで用意したけど、こちらの売れ行きも順調順調。
ただもう一つ用意した納豆は全然売れない。
仕方ないのでこれは自分たちの食事用としてひっこめることにした。美味しいのにもったいない。ここの連中は、虫はパクパク平気で食べられるのに納豆がダメなんて話にならない。ふん。
「頼む!一度にもっと売ってほしいのだ!」
「ダメです。他にも欲しい方がいらっしゃるので」
「言い値で出す!だから一キロ単位で売ってくれ!」
「お断りします。それとこちらの言い値でそちらが買うのはいつものことです」
俺はそう断り、鬼人族プミポンと羊人族セブに指示を出す。
鬼人族は二十グラムのアンバーグリスを笹の葉で包み、蔓で縛る。羊人族は悔しがる貴族の客から銀貨一枚を受け取る。
「だいたい、客によってグラム単価が異なるのはどういう料簡だ!?」
切れて怒鳴った挙句、腰のサーベルを抜いてしまった肥えた貴族を、イザベルがライジングエルボー一撃で気絶させる。護衛の私兵二人もサーベルを抜くが、イザベルの肘落とし股間蹴りを受けて悶絶失神する。俺は革の手袋をつけてウルシの黒い樹液の入った容器を手に取り、宣伝もかねて、泡を吹く護衛の兵士それに貴族の手と顔面と首にヌリヌリとウルシを塗りたくる。
鬼人族は商品アンバーグリスを倒れた貴族の懐にしまい、かゆみ地獄にこれから落ちる三人の客の足をつかみ、引きずりながら店の外に連れ出していく。
「俺は客の人相と懐具合を見て値段をつけます。前からそう伝えているはずです」
手袋を外しながら残る〝お客様〟に改めて店主の決めたルールを説明する。
「さて」
鍔や柄頭に宝石の埋め込まれた豪奢なサーベルを拾い上げた俺は、なけなしの金を握りしめている次の客に顔を向ける。
「生まれるのは偶然。生きるのは苦痛」
俺と同い年くらいのこのそばかす顔の青年はたしか、病で苦しむ父親の最期を安らかに看取るために……だったかな。
「死ぬのは厄介。……このサーベルを引き取ってくれるなら、お礼に香料をサービスするよ」
「!?」
ヨレヨレのシャツを着た貧しい青年が前に買った香料は竜脳。
それを鬼人族バゴーに二十グラム包ませ、サーベルとともに渡す。
「いつまでもあると思うな、親と香。今際の際のお父さんに最期、いい夢を見させてあげて」
青年は目を潤ませながら頷き、香料とサーベルを受け取るとわざわざ頭をこちらに下げ、店を急いで出て行く。
わざわざ頭を下げる必要はないよ。
だって君は香料の代価にカネではなく運命を支払ったんだから。
選択しなければならない運命。
サーベルは何に使うのかな?売る?斬る?斬るとすれば誰を?ヒトを?自分を?魔物を?何のために使う ?誰のために使う?大変だ。選択肢は増えるばかり。厄介だね。
考えて使わないと人生のろうそくはさらに短くなるよ。お大事に。
「では次の方どうぞ」
こうして俺は香料を中心に売りさばく。
集めてくれたみんなには悪いけれど、儲けはあくまで度外視。
これらはあくまでも罠。
罠は三人の香児と香料。
三人の香児はフォトロビ入国後、首都レフォルマ内の別々の場所で働かせている。
ナコトは冒険者ギルド『サセボ』。
エピゴノスは商業ギルド『シェンカン』。
ルルイエは礼拝所『ゼノン』。
はっきり言って彼女たちの仕事は何だっていい。
事務仕事でも食堂のホールスタッフでも僧侶の手伝いでもなんでもいい。
要は人が集まる所に彼女たちはただいればいい。それだけでウチの店の宣伝になる。
そして香料を売る『ノンキンタン』。
魔獣女子一名ずつに守られた香児は「『ノンキンタン』と呼ばれる小売店の香料を身に着けているからあれほど強烈な芳香を漂わせている」。そう客に信じこませる。現に香児たちも彼女につけた護衛のクリスティナやソフィー、モチカも聞かれれば相手にそう伝えるようにしてある。
そういうわけで、『ノンキンタン』に客が馬鹿みたいに集まる。
しかもその店の店主はどこかの世界のラーメン屋の店主みたいに自分ルールを客に押し付ける変わり者ときた。
なんと客を見て香料に値段を付けて売る始末。しかも噂によれば、アルマン王国の風土病チョルトの薬物治療に一枚噛んでいる薬師で、行商人のくせに賞金首の冒険者。すなわちナガツマソラとか……。
これで騒がれないわけがない。
そして気づかれないわけがない。
俺の噂は必ず彼女に届く。そして彼女は必ず罠に食いついてくる。
シズクイシヒトミ……。
早く〝こっち〟へオイデ。
「ん?」
昼の業務中には珍しく、亜空間ノモリガミに違和感を覚える。
「どれどれ、おや」
4号からのお手紙。俺は内容を目で記憶し、すぐに亜空間に手紙をしまう。客と値段交渉をしながら解読を始める。
暗号化された文章は素因数分解しないと読めない。しかも鍵となる素数を知らせてこない。つまり自分で演算しろってこと。
動けないだけあって4号は相変わらず慎重だね。……演算終了。数字14300桁はちょっと多いって、もう。でもまあ、それだけ重要な情報なんだろうね、どれどれ。
〈ごちそうさまでした。おいしかったです。たべていたらおもしろいものがみつかりました。とりあえず2号がつかってください。1号はようやくこどもたちとしゅっぱつしました。このあいだおもしろいものをひろった3号はぽよぽよといっしょにおとしよりをいじめています。おれはがいこつとあやとりをはじめます〉
すごい。さすが4号。
これ、このまま受け取っても子どもの落書きにしか見えないよ。
了解。………早速使わせてもらうよ、4号。
『封印されし言葉の入力を確認。ヒガンタロウ認証。彼岸太郎。悲願多牢。肥雁田路鵜。亜空間「賽の河原」を展開……』
天の声さん、久しぶり。
アルマン王国の埋葬都市バトリクスで食らった数十万の病死体の中に、「封印されし言葉」をもった召喚者がいたらしい。
ふ~ん。すごい。
元々持っているノモリガミとは別の亜空間が手に入った。
サイノカワラか。
しかもこれ……時間がこの世界よりも速く流れている。
ノモリガミと違ってそもそも時が止まらないんだ。
俺のワープとしての使用は……無理か。でもでも、ひょっとしてここでなら……ウサギやニワトリの養殖とかできるかも。いや、ウサギはシギラリア要塞で今まで通りやってもらおう。ニワトリを手早く育てられれば鶏卵もすぐに手に入るから大食いの魔獣女子四人の胃空間ベツバラの鎮圧に一役買えるかも。良かった。めでたしめでたし。よし。この亜空間の使用方法は決定っと。
……。
……ごめんなさい。「封印されし言葉」の扱いが雑過ぎました。
亜空間サイノカワラの活用法はあとで真剣に考えるので4号も1号も3号も怒らないでください。
それより3号。
ありがとう。そっちが送ってくれた「封印されし言葉」はもう既に使わせてもらっている。2号の俺にはジャストタイミングとしか言いようがない。ありがとう。最強魔獣コマッチモと一緒にアントピウス聖皇国の幹部の攪乱、引き続きよろしく。
そして1号。
1号が一番分かっているはずだけどダムネーションアンデット「ジョケジョケ」は兵数こそ中隊規模だけど、彼らの潜在能力は五個師団レベルだから安心して戦争して大丈夫。運用法さえ間違えなければ一国くらい滅ぼせるよ。ゲッシ王国の件、よろしく。
玉子焼きとかフライドチキンができたら送るね。美味しいものを食べれば「ジョケジョケ」と「ニーヤカ」の喧嘩も減ると思うよ。まあ、俺の好みは和食だから1号の俺も出汁巻き卵とか茶わん蒸しの方がうれしいかもしれないね。
「あの」
「はい、何の御用でしょう?」
俺は整理券を受け取り、人相をチェックする。脳内のリストにはない。見慣れない顔だ。猩猩人族。……身なり格好からして同業者。俺もまだこのフォトロビに来たばかりだから商人全員の顔を把握しているわけじゃない。だから知らない顔があっても不思議じゃないか。でも商売人なら香料の噂を嗅ぎつけて転売目的で真っ先にウチの店に来るはず。となると余所者かな?
「樟脳を売っていただけるだけ売ってくださいますか?」
「はい。構いませんよ」
なんだろう?何か他にも頼み事をしたそうに、もじもじしている。
「ほかにご用件は?」
俺はわざと他所をむいて欠伸をしながら尋ねる。
「あ、はい。あの実は……」
その商人は奴隷商だった。
「それで買い取ったというわけね?」
口のまわりを肉の脂でギトギトにしたイザベルに俺は問われる。
「正確にはブツブツ交換だね」
日は沈み、閉店後の『ノンキンタン』二階。
フォトロビ国に来た後、俺は食事をみんなでとることにしている。
みんなとは『ノンキンタン』の従業員と俺の護衛の魔獣女子そして奴隷の香児のこと。本当にみんなだ。
理由は監視と護衛のしやすさ。
まあついでに情報共有ってところかな。店舗の二階で、みんなで車座になって床に腰を下ろして食事をする。ちょっとした宴会みたい。ちなみに寝床は三階にある。いい物件が手に入って本当に良かった。
俺の隣はいつも魔獣女子四人。ただし四人の座る場所自体はいつもじゃんけんで勝手に決めている。そして魔獣女子の隣に鬼人族あるいは羊人族の店舗従業員。彼らは大体定位置にいつも座る。変則的なことが苦手な鬼人族らしいし、変化を厭う老人らしい。最後に香児三人が芳香拡散を防ぐ魔物の衣を着てひっそりと座る。一番背が高いエピゴノスの右隣にナコト、左隣にルルイエ。これも定位置。三人とも俺や魔獣女子から離れたいのは分かるけれど、結果的にそれは俺の視界の正面に座ることになるんだよね。
俺も含めて全部で十四人。みなで食卓を囲む団欒。
けれど今日はそこに、新しいメンバーが加わっている。
名前はトナオ・モングラバリ。12歳の男の子。
昼間『ノンキンタン』に来たオランウータン男の奴隷商人からわざわざ買った。とはいえその代金として支払ったのは樟脳4キログラム。やせ細ったこの子の体重の十分の一の量。恩を着せるため、オランウータン男には相当便宜を図ってもらう約束までさせた。まああてになんて全然していないけどね。
で、その奴隷の少年が、魔獣女子ソフィーとモチカの間に今日は座っている。要するに今日の食卓はソフィー、少年、モチカ、俺、クリスティナ、イザベルの順。
少年は最初おずおずとウガリを食べ始めた。けれど二人の女子に挟まれて安心したのか、それとも女子四人の容赦ない食べっぷりを見て生存本能たる食欲を取り戻したのか、次第に口と手が動き始める。胃腸も消化についてきたところで、ニャマカアンガにも手を伸ばす。
羊人族の老婆セブはモグモグと自分のペースでウガリとマトゥンボをゆっくり気ままに口に運ぶし、鬼人族は魔獣女子をライバル視して必死にウガリとニャマチョマをほおばる。やめときなってほんとに、胃袋破裂するよ?
奴隷の香児は最初から最後までひっそりと静かにニャマカアンガとウガリを交互に食べる。
俺はマトゥンボだけを口に含み、そのとろりとした肉とスープを味わう。我ながら上出来。
全員が食べているウガリはトウモロコシの粉をお湯で練ってつくる主食の団子。
魔獣女子四人と鬼人族五人が食い争っているニャマチョマはブタ・ヤギ・ウシ・ニワトリの焼き肉。部位を選ぶのがめんどくさいから、あらゆる部位を「火車」で焼いた。味付けは塩コショウのみ。にしてもすごい食べっぷり。九人とも口と手が脂まみれのギットギト。
香児三人が口に運ぶニャマカアンガは肉野菜炒め。様々な肉にトマト・タマネギ・ニンニクをあわせて炒めたもの。誰でもとりあえず受け付けるオーソドックスなメニュー。実は一番作るのが簡単なのもいい。
で、羊人族セブと俺の食べるマトゥンボは臓物の煮込み。トマトをベースにしたヤギのマトゥンボは噛まなくても飲み込めるほど柔らかいけど噛めば噛むほど味わい深い。ニオいも全然臭くない。手間が一番かかるけれど、やっぱりモツ煮がダントツで好きだ。一番〝こっち〟側の味がする。
という感じで肉料理の宴会。
本当は和食が食べたいけれど、車座でみんなして食べると決めてから、料理の趣向を俺は変えた。このフォトロビ国では焼肉や臓物料理がメイン。雨季で増やしたハエやシロアリの幼虫を餌にして動物に与え、その動物の肉を食らう。郷に入りては郷に従え。というわけで、俺はこの国の伝統的な肉料理を勉強してつくっている。
「それで、その子は何族なのですか?」
ブタの耳の塊を持ったクリスティナが俺に聞いてくる。
「この子はね」
俺は首を回し、とろんとした目で静かにトナオを見る。トナオは俺の目線のせいか、胴震いをする。食べる手が止まる。
「石人族」
「!?」
羊人族のセブが思わず咳き込む。鬼人族のピミポンが背中をさする。
「このマルコジェノバにしかいないとされる希少種。そしてこの地域ではいつの時代でも高値で取引されてきた亜人族」
言って俺は柔らかく滋味豊かな腸を再び口に含み、噛み、飲み込む。
「石人族……何か特別な力を持っているのですか?」
牛タンの塊を齧りながら問うモチカに、俺は「もちろん」と頷く。
「亜人族ではそれほど珍しくはない特殊スキル「変身」を石人族も持つ。ただし「変身」の後の強さがえげつない。蛸人族だったソフィーと同じようなチートだね」
「私は~ちょっと大きくなるだけで~す」
プーと頬を膨らませたソフィーが抗議する。手とタコ足には羊背肉。さっきから一番うまい部位を本能的に選んでらっしゃる。さすが海王種。舌も勘も一流だ。
「ちょっと大きくなるって、ソフィーが本気で変身したらイラクビル王国の首都の城壁を粉砕しちゃうじゃん」
「あれは~お城の壁がもろかっただけ~」
「私もあれくらい大きくなってみたいものだ!竜人族は早く飛べるがソフィーのように巨大化はできないから本当に羨ましい!」
「そうね。パットをいれないくらいせめて大きくなりたいわね」
はい始まりました。牛テールをむしゃぶりつくしたと思ったら姉エルフがドラフンを挑発。
「何を!?今は入れていないぞ!」
「見ればわかるわ。隣にいる鬼人族のオスのバストの方がはるかに大きいってことも」
「言ったな!しかもお前たちオーガの男まで笑うな!それとそこ!ラワーグとプミポン!胸が断崖絶壁みたいなジェスチャーをするな!」
魔獣女子が鬼人族を巻き込みギャースカ喚き始めたので俺は咳払いし、場が再び鎮まるのを待つ。呆気に取られていた石人族の少年は再び自分のことが語られると意識し、強張っていく。
「石人族の「変身」は周囲の鉱物、しかも特定の鉱物を集めてそれを身に纏うんだ。だから正確に言うと変身ではなく「武装」。全身を鉱物という装甲で覆い、その鉱物結晶体を内部から操作する」
元いた世界で見た記憶のあるロボットアニメに近い、と説明したいけれどアニメを知らないみんなに言ったところで伝わらない。そう思ってあきらめる。戦力で説明すればわかってもらえるかな。
「「「「へ~」」」」
「ゴーレムに変身した石人族は一人につき、戦争だったら戦車部隊の一個連隊と同じくらいの力をもつ」
「れんたい~?」
そっか。ソフィーには分からないか。っていうか軍隊についてこの中で知っているのは誰もいないか。例えをミスった。
「一個連隊っていうのはつまり、え~っと……変身しない今のソフィーの本気と互角ってところ」
「わかりました~」
「キャメルクラッチを食らったお姉ちゃんみたいになるってことですね」
「いやいや違うだろう。ブレーンバスターを食らったイザベルみたいになるということだろう」
「ちょっと待って。なぜ私が例えに出てくるの?ちなみに私は昨日食らったキン肉バスターを連想したわ」
理解した途端、深刻な表情に変わる魔獣女子三人。
「良かったですね~」
一方のソフィーはトナオの頭をなでなでする。
「たぶんマソラ様に~お前はかわいいよ~って言ってもらってるんですよ~?」
「「「かわいいじゃなくてエグい」」」
自分の能力を恨むべきなのか誇るべきなのか見極められない年齢のトナオはもじもじと恥ずかしそうにする。しかし気の毒だ。脂まみれの魔獣女子の手でなでなでされて、ゴーレム少年の髪の毛は脂まみれ。
「もっともこの地域はへんてこな気象条件のせいで戦争をしなくなったから、その「変身」を戦争で見る機会は滅法減った。雨季に貯水するための穴掘りや鉱山開発の場で働く〝英雄〟として社会は石人族を捉えている」
ヒーローと聞いて、羊人族の老婆が目を瞑る。
いくら鈍感な俺でも、12歳の少年を「掘削機械」呼ばわりはしたくない。
「ヒーローなんて~すごいえらいで~す!」
ソフィーがニコニコしながらトナオを抱きしめる。トナオはメロンおっぱいに顔を呑み込まれて顔を真っ赤にしている。
「でもいざ戦争となれば、ゴーレムは兵器として使える。だからマルコジェノバ連邦の各国はゴーレムを何体持っているかを自慢してきた」
元の世界で言うならばゴーレムとは核燃料。
核燃料は原子力発電にも使えれば、核兵器にも使える。戦争使用はしないけれど、もっていることを相手に示すだけで交渉を有利に進めることができる威圧武器。
それが石人族であり、ゴーレム。
「その石人族を各国が今、手放そうとしているんだ」
俺はふっと微笑みながら告げる。
「それはまたなぜですか?」
食べる手を止めたモチカが不思議そうな顔をして質問してくる。
三人の香児も手を止めこっちを見てくる。たぶん今の職場で似た情報をたくさん聞いているんだろう。腐っても改造されてもスパイはスパイだ。
女子七人がこちらを見るので鬼人族も合わせるようにしてこっちに顔を向ける。
トナオまで見てくる。羊人族だけが悲壮感漂う顔を下に向けたまま、瞼を閉じている。
「もっともな質問だね」
俺は食器を置き、口元を付近でぬぐう。
「今このマルコジェノバ連邦は女帝リチェルカーレと名乗る征服者が暴れまわっている。たぶんその正体は俺の知り合いの召喚者だと思うけれど、とにかくその女帝のせいでマルコジェノバ連邦は混乱の極みにある」
女帝の正体を知っていることに驚いたのか、香児はこちらをまじまじと見つめる。羊人族までこっちに目を向けてくる。
「それでしたら、強い兵器としてゴーレムを国々はこぞって手に入れたがると思うのですが」
クリスティナが困惑した表情を浮かべて言う。
「どの国も最初はそう動いたらしい。だけどその途端、召喚者雫石瞳、つまり女帝がゴーレムを集め出した。「ゴーレムを所持している国を攻め滅ぼす」という正式文書を各国に流した。だから連邦中が混乱。ゴーレムをあえて集めて雫石を討とうとする国。そんなのゴメンだと手放そうとする国。連邦は分断の危機。たぶんこれこそが雫石の狙いだと思うけどね」
商人ギルドと冒険者ギルドで集めた情報によれば、ゴーレムなんて使わなくても雫石は連戦連勝らしい。
ではなぜアイツはゴーレムを収集するのか?
より手堅い勝利を得るために、機動部隊としてゴーレムを入手したい?
アイツがそんなことを考えるかな?
それともアイツには〝腹心〟がいるのかな?
参謀がいたとして、アイツがそんな作戦を受け入れるかなぁ?
「シズクイシヒトミ、なんとも恐ろしい召喚者ですね」
モチカの一言に一同がうなずく。
「それで、このフォトロビ国の場合はゴーレムを追放する方針をとった。かといってゴーレムを集めたい国に自分たちから直接売り渡すと、ゴーレムを使って雫石を倒したいと思っている国の同盟国だとみなされて狙い撃ちされるかもしれない。それは避けたい」
「溜めておくのも出すのもだめ。まさに糞詰まりね」
「お姉ちゃん食事中!あとアヒルの水かきで遊んじゃダメ!」
「だからフォトロビ国では石人族は奴隷商に秘密裏に売却される。〝英雄〟として土木工事を延々とやらせてきたのに、処理に困ると「最初から自分たちは〝英雄〟も〝武器〟も保有していません」と白を切る。知らぬ、存ぜぬを通すための政治的手法だ。こうして奴隷商のもとには、本来なら高値で取引される希少種が、厄介事の種として安値で卸される。奴隷商としてもそんな〝武器〟を抱えていたくない。冒険者や盗賊が金目当てで自分に襲い掛かってくるかもしれない。打倒「女帝」、打倒「弱腰政府」の義勇兵が戦闘力欲しさに自分に襲い掛かってくるかもしれない。いやそもそもこの国で石人族を所持しているだけで市民の非難を食らう可能性まである」
俺は三人の香児をギョロリと見る。香児は突然のことで思わずビクリとする。
「そこにいるだけで責められ、追い立てられる。とてもつらい身上だよね」
「「「……」」」
三人は何も言わず、俯く。話を理解できない鬼人族は指についた脂をしゃぶってなめている。
「で、そんな面倒ごとに巻き込まれたフォトロビ国の奴隷商の一人が俺たちの香料店にやってきて石人族と香料の交換を迫ってきた。本当は香料なんて要らないから引き取ってくれって言いたかったらしいけど、この子を政府から売り下げられ、かくまっている間に色々散財する羽目になったらしい。商人にしては珍しく、正直に香料の転売で損失を補填させて欲しいと申し出てきた。で、俺はこの子を買った」
ソフィーの胸から解放されたトナオの表情は暗い。この先のことを予見しているんだろう。また誰かに売られ、運が良ければご飯を少しもらえて長時間労働。運が悪ければご飯も与えられず暗いどこかに閉じ込められる。そう思っているんだろうね。仕方ないよね。これまでがそうだったんだから。
「マソラ様~じゃあこの子は~どうなるんですか~?」
心配そうに俺を見つめるソフィー。
「もちろん俺はトナオをどこにも売らない」
「!?」
トナオが驚愕の表情を示す。「これではきっと面倒ごとに巻き込まれて辛い思いをすることになる」というオーラを弱々しく漂わせたヒツジ女の表情がさらに暗澹としてくる。
「トナオを売らないということはトナオをマソラ色に染めるということね」
アヒルの足を食べているイザベルに問われて、俺は曖昧にほほ笑む。
「イザベルたちのようにはしない。でも変身してゴーレムとして働いてもらうつもりもないんだ」
香児と羊人族、そしてトナオが俺の顔をまじまじと見る。鬼人族はエフエフと笑いながら何かに納得したように互いに頷き合う。まあ、お前たちの考えも外れじゃない。当たりというわけでもないけど。
「トナオは『ノンキンタン』で働く。ただしバックヤードで。つまり裏方で、俺の助手をしてもらう」
「店内の在庫管理ですか。それならゴーレムがここにいることは知られないですね!」
「だといいんだけどね」
知られない、わけがない。
どうせそのうちばれる。
ばれても構わない。
トナオの拉致目的のチンピラなら、魔獣女子一人で十分追っ払える。
俺の目的はあくまで〝こっち〟へ雫石瞳をおびき寄せること。
雫石にとって、ゴーレムの少年一人を求めてフォトロビ国へ攻め込んでくるメリットなんてないだろう。連邦の中心核であるマルコジェノバ国に至っては百人規模で石人族を抱え込んでいる。雫石率いる主力部隊を向けるなら当然そっちだろう。ゴーレム一人のために雫石は〝こっち〟に来ない。来てくれない。
そんなことは分かっている。
だけど絶対に〝こっち〟に来させる。そのためにはいくつもの罠を用意しなければならない。その手伝いをトナオにはしてもらう。
ただし。
トナオの存在自体も実はやりようによっては〝罠〟にできる。
諸刃の剣ではあるけれど、トナオも十分魅力的な〝餌〟にできる。
〝罠〟というよりも〝爆薬〟。誰も彼も吹き飛ばす爆薬。
「ところでね、ここだけの話なんだけどさ」
伝えてあげよう。
罠にせよ餌にせよ爆薬にせよ、少年を利用する代償を、商人である俺はここで少年に支払っておこう。
「トナオ、というか石人族はね」
攻城兵器。戦車部隊。いや、そうだけど違う。
「「変身」して壊す能力は所詮、オマケでしかないんだよ」
トナオすら不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
「トナオたちは石の〝声〟を聴くことができる」
言って、俺は懐から純度の高い黄鉄鉱とクロム鉄鉱の塊をそれぞれ取り出し、トナオに渡す。
「この二つから出ている〝声〟が違うの、わかるでしょ?」
「……………!」
ぼんやりした眼で鉱物を見ていたトナオは突如目を見開いてぱちくりさせ、こちらを見る。自分自身も気づいていなかったらしい。絶対音感と一緒で、幼いうちにその能力に気づかなければ開眼しなくなるのかもしれない。
「石人族しか持たない特殊スキル。つまり「鉱物感知」」
鉱物感知。
一定範囲内において、遍在する鉱物の在り処と種類を同定する能力。純度の高い鉱物に触れることで鉱物を体が勝手に覚え、その結果、様々な鉱物と岩石の混じる鉱石の中からどれがどこにあるのかを見抜けるようになる。
トナオは黄鉄鉱とクロム鉄鉱をそれぞれ額にくっつけたり、耳に当てたり、ニオイを嗅いだりして自分の能力の開花を実感している。
「それって、そんなにすごいことなんですか?」
「確かに戦いにおいてはそれほど役に立たない。クリスティナや俺みたいな召喚者がもっている相手ステータスを確認できる能力の方が戦闘においてはたぶん優れていると思う」
クリスティナは嬉しそうに「ふふん」と鼻を鳴らす。
「普通の人が捉えられない物を捉えているという点ではステータス確認スキルと「鉱物感知」スキルは同じ。だけどその価値は比じゃない。ステータス確認スキルは殺しの役にしかたたない。でも「鉱物感知」スキルは世界を創造できる。だって必要な鉱物がどこにあるか分かればそれを掘りだして、なんだって作れるでしょ?」
なるほどと一同はうなずいてくれる。
「だから「鉱物感知」は異次元レベルですごい。数字を見て味を感じられるくらいすごい。音を聞いて形が見えるくらいすごい」
「よくわかりませんけど~すごいならソフィーはうれし~です」
「そうね。わたしも29という数字を見るとなぜか肉の味を思い出せるからそのスキルの凄さがわかる気がするの」
「うん、ちょっと違うと思うけれどとにかくすごいんだよトナオたちは」
彼らは本来、鉱物を嗅ぎ分けられるプロフェッショナルだ。
石人族の個体ごとに、その体に集められる鉱物種が違うのは、体が本能的に鉱物を選別している証拠。それは「鉱物感知」スキルがあるからにほかならない。
けれどそれを周囲の人々は無論、本人たち石人族すら知らない者が多いのは、彼らの故郷が破壊されたツケ。
「アントピウスにあった古い文献で読んだ話だけど、昔々、石人族はこのマルコジェノバ領に巨大な王国を築いていたらしい。王国の名はエイボン。繁栄を極めた都市だったとさ」
まあ鉱物のプロフェッショナルが集う場所だから当然と言えば当然の話。
「それが魔物や人々の襲撃やら、神の呪いつまり伝染病の蔓延やらによって、最終的には滅んだ。それ以来石人族は彷徨える民となる。そしてその「変身」能力ゆえ命を狙われ、民はバラバラになる。石人族以外知らず、親から子へと代々伝わる「鉱物感知」の能力はこうして忘れ去られる。既に「鉱物感知」能力を開眼している古老の石人族は決して他言せず、働き盛りの青年石人族は強制労働の日々で鉱物感知どころじゃない。そしてトナオのような幼い石人族は仮に「鉱物感知」に気づいたとしても、それが何かを理解しないまま青年となり、〝英雄〟という名の労働力になっていく」
「かわいそうに」
モチカがポツリとつぶやく。
「そうだね。でも仕方がない。強すぎて繁栄しすぎた種族はいつの日か滅びる」
一同は沈黙する。その中で目を瞑り、場違いなほど柔らかい表情を浮かべているのはトナオだけ。
鉱物の声はそんなに愛おしいんだね。羨ましい。どんな声なんだろう。
俺には「魔」の対流音しか聞こえないよ。
「とはいえ文明が滅びても一個体一個体が強すぎるのが石人族。特にトナオの能力は特級」
俺はトナオをしげしげと見る。
「トナオ。君はゴーレムになったことはある?」
問われたトナオは目を閉じたまま首を横に振る。
「ゴーレムにはなれそう?」
トナオはまたも首を横に振る。
「どういうことですか?トナオ君は変身できるんじゃないんですか?」
おしぼりで手を拭きながらクリスティナが尋ねてくる。
「できるよ。本人ができないと思っているだけ」
トナオはそこでようやく目を開き、こっちを見て首を横に激しく振る。
「そうだね。たぶん石人族鑑定師も「できない」っていうだろうね。ちなみに石人族には専門の鑑定師なんていうのがいて、要するにそいつの正体は同郷の裏切り者。石人族がどんなゴーレムになれるのかを鑑定してメシを食っている石人族。誰かさんたちみたいに拷問の末仕方なく言われるがまま、仲間を売っているのかもしれないし、嬉々(きき)として仲間や魂を売っているのかもしれない」
香児三人の強張りを感知しながら俺は懐からもう一つ、別の鉱物を取り出す。そしてトナオに差し出す。
「いずれにせよ、その鑑定士の目方に狂いはない」
トナオはそれを片手で受け取った瞬間、ビクリと大きく体を震わせる。やがてガタガタと震えだす。もう片方の手に持っていた黄銅鉱もクロム鉄鉱もその場に落とし、渡したばかりの鉱物を大事そうに両手に包みこみ、胸に押し当てる。涙がとめどなく溢れ出る。
「少年!?一体どうしたというのだ突然!」
「トナオ君大丈夫!?」
「大丈夫~?」
「さてはソフィーにお尻をつねられたのねイタタタタッ!!」
うん、間違いない。同じ魔力素の流れ。ビンゴ。
「あのマソラ様。これは一体どういうことなのですか?」
「先ほどの「特級」ということと関係があるのですか?」
モチカとクリスティナがまくしたてるように質問してくる。
「そうだね、どこから話したらいいかなぁ」
俺は話す順番を思案する。
一方で腹が満たされ、難しい話を聞かされている鬼人族はウツラウツラしている。
俺は合図をして、彼らを食卓から解放する。鬼人族は蘇ったように溌溂とした表情になり、警備用の棍棒を背負って店の外に急いで出ていく。
「「「「「オッフ、オッフ、オッ!!」」」」」
そして始めるのは、俺が教えた「指じゃんけん」。五人の中で大ブレーク中の遊びだ。
ジャンケンの勝ち負けは関係なく、その場に出た指の本数を先に言った者の勝ち。
グーは1。チョキは2。パーは5。
人数が増えれば増えるほど難易度が増すこの足し算ゲームが面白くて仕方ないらしい。止めないと一日中でもやっていそうな勢いだ。とにかく棍棒を背負った鬼人族がこんな遊びをして店の外で夜遅くまで騒いでいたら、ウチの店に悪さなんてしようとは普通思わない。知育と防犯の一石二鳥作戦。
さて、話の段取りが組み終わった。
「みんなさ、この地方に来て不思議に思わなかった?」
「なにが、ですか?」
「どうしてこんなに豪雨と日照りが周期的に激しく繰り返すのに、建物も大地も風化しないんだろうって」
「そう言えば、ひび割れた岩とか建物とか、一度も見ていませんね」
「そう言えば濁流が隔週で流れている場所なのに、浸食された痕がどこにも見当たらなかった気がします」
香児の三人もやや俯き、目線を動かし、色々と考え込んでいる。
「この気候は十年二十年前に始まったわけじゃない。何百年も前からこうなってる。こんな激甚な気候変動が何百年も続いたら普通、大地は削りに削れて海に土壌は流出する。さらにね、草木なんて育たないほど土は酸性化するんだ。なのに、それが全然起きていない」
「そうだったのですか。あっ、そう言えば私たち竜人族の古い伝承にも「永きにわたり人が同じ地に棲むこと能わず。大地は痩せ作物は実らなくなる。手放せよ人。大地を蘇らせるため」というものがありました!」
「土が痩せるっていうのはエルフに伝わる昔話でも聞いたことがあります。雨が全部流しちゃうっていうのも何となくわかります。でもそれがここでは起きないなんて」
「どうしてですか~?」
ソフィーも会話に戻ってくる。その後ろでは、両腕と両脚を封じられ身動きできない状態で垂直に脳天から落とされた姉エルフがのびている。お見事。パッケージ・パイルドライバー。
「その理由を風の大精霊フルングニルに聞ければいいんだけど、彼女は今、傷ついたギュイエンヌの中にいる。風の大精霊との交信は基本的に一方通行なんだよ。フルングニルの魔力素循環は少し複雑すぎて彼女の心裏を読むことはできない。だからフルングニルが俺に交信しようしない限り、アレから情報を引き出すことはできない。だからあくまでここからは俺の勘なんだけどさ」
そう前置きをしたうえで俺は話し始める。
「ここの大地の平衡状態は大精霊たちの干渉によってもたらされたものじゃないかって俺は考えている」
「カンショ~?」
ソフィーが頭と背中のタコ足をゆらゆらさせながら俺の言葉を繰り返す。
「うん。具体的に言うとね、水の大精霊ユミルと土の大精霊ダヌが大地の風化を食い止めていると思う。フルングニルはかつて、マルコジェノバ方面に風を送っていると言っていたからさ、たぶん他の大精霊も何かしらの作用をこの地に及ぼしていると思うんだ」
「ど、どういう、こと……?」
パイルドライバーを食らった後息を吹き返した姉エルフがその息も絶え絶えに質問してくる。
「風を送るということは大気中の熱を運ぶだけじゃなくて、砂も運ぶことになる。砂と生物の死骸が混ざり土壌は生まれる。砂は土の大精霊が支配できる。生物は植物を基盤に成立し、その植物は光と水がなければやっていけない。光と水の大精霊はここで一役買う。そんな大精霊たちがあーだこーだ言いながら、マルコジェノバの大地を維持している可能性があるってこと」
「そんなこと、考えたこともありませんでした。改めて兄様の慧眼に敬服します!」
「マソラ様も~大精霊も~すご~い」
「まあ、魔力素ばかり見ていると時々そんなことを思ったり考えたりしちゃうんだよ。それでね、大精霊たちが大地の、それも鉱物たちに「海に流れ去るな~」っていう命令を魔法でかけ続けている理由なんだけど、それは何だと思う?」
「簡単なことね。雨で土が海に流れ続ければ、歩ける場所がなくなっちゃうからよ」
「それもあるかもね。でもマルコジェノバの大地自体が消滅するとしたら、それは雨じゃなくて潮だろうね。海の満ち引きで陸地は少しずつ削れるから」
俺はここで一呼吸おく。
「雨が大量に降って、鉱物たちが流れ去っていくとね、ちょっと困るものが出てきちゃうんだよ」
「何が出てくるんですか?」
「あれだよ」
俺はトナオに視線を送る。魔獣女子四人も香児三人も羊人族も少年を見る。
その少年の手の中の鉱物が、妖しく輝き始める。
「まさか……アダマンタイト」
最初に気づいた香児のルルイエが口走る。
「その通り。それはアダマンタイト。原子同士の結合の強さが桁違いに高いゆえ、ダイヤモンドよりも硬い超高硬度鉱物。加工するには魔法つまり魔力素の操作に頼るしかない特別物質」
「これが」
今まで黙っていた羊人族セブが口を開き、鼻にずれ落ちていた眼鏡をかけ直す。
「石人族の古代文明エイボンを支えた鉱物資源。それがアダマンタイト。アダマンタイトを潤沢に使用し、世界を支配し得る力を備えた文明は、何者かによって壊された。それは大精霊の仕業かもしれないし、文字通り「神」の仕業かもしれない。今となっては誰も分からない。でもとにかく、アダマンタイトはここにかつては豊富にあった。それが今となってはどこを探しても全然見つからない。大陸のマルコジェノバ領以外の場所ではちょこちょこ見つかるのに、この地では全くと言っていいほど見つからない。それはなぜか」
「どうして?」「どうしてですか?」「気になる~」「知りたいですマソラ様」
身を乗り出す魔獣女子四人。
「隠しているんだよ。大精霊たちが。深い地面の下に」
俺は床をトントンと叩きながら答えた。
「「「「え?」」」」
「アダマンタイトをまず地下に隠す。そしてアダマンタイト層の上には別の大量の鉱石層を置いておく。そしてそれは何が何でも海に流させない。こうすれば誰もアダマンタイトなんて手に入らないでしょ?」
「あなた様は、どうしてそのようなことまで分かるのですか?」
ずっと聞き耳を立てているだけだった香児のナコトが怯えるような目をして俺に尋ねる。
「現場検証で判明しただけだよ。単純に二千メートルくらい地下を掘ったらアダマンタイトの層が見つかっただけのこと」
「「掘った?」」
他の香児の声が重なる。
驚きとともにパッと顔を伏せるエピゴノス。体温の上昇を確認。
少し漏らしたかな。
「早く行ってきな」
そう言って俺は片手を振る。
エピゴノスだけが慌ててこの場から消える。外の「指じゃんけん」の声が一度やみ、鬼人族が女子トイレの〝壁〟になるべくドカドカと走る音が響く。「いいです!自分の身は自分で守れますから来ないでください!」と小さく叫ぶ無駄な声。まだヒトの身のつもりでいるのかな。アレ。
「ぐあっ!」「うおっ!」「離せこいつ!」「うわああ!」「ぎぃああっ!」
香児を狙い、外で待ち伏せていた〝ならず者〟の悲鳴と、それらが棍棒で殴られ骨が砕ける音、そして鬼人族五人の雄叫びが夜の静寂を再び破る。指じゃんけんの笑い声に飽きていたから、粗末な命の断末魔の叫びは新鮮で悪くない。
「マソラ様マソラ様」
日常茶飯事の賊の悲鳴とその後始末に関心がない魔獣女子のクリスティナが真顔で尋ねてくる。悲鳴よりもこっちの真顔の方が怖いんですけど。
「地面に穴を掘ったってことは、ソフィーと二人っきりで何かしていたってことですか?」
あ、なるほど。
ロンシャーンの件があるから、ソフィーの宝具トライデントを使って地面に穴を開けたと思っているのか。なぁんだ。
「なに!?兄様!ソフィーとまた二人きりでイチャラブをしていたのですか!!!」
「それは本当なの?だとしたら姉として看過できないわ!」
「はぁ、そんなことあるわけ」
「この間のフレジエですか~?」
「「「フレジエ?」」」
「フレジエはイチゴとムースリーヌクリームのケーキで……」
しまった。
あれはソフィーが俺の護衛の時に味見させた後、みんなに出すのを忘れた奴だ。
「食べたのは~マソラ様と~二人きりの時~」
「「「………」」」
鬼人族による〝血まみれトイレ〟から戻ってきたエピゴノスはたぶん、状況が理解できていない。
「ソフィーばっかりずるい!」
部屋の中で魔獣女子四人が取っ組み合いの喧嘩をしている。
「ソフィー!今度ばかりは許さぬ!だいたいその胸がけしからん!!」
料理の皿や食べ残しが部屋中に飛び散り、それを片付ける香児二人と羊人族。おろおろとエピゴノスもそれに加わる。
「姉の知らぬところで抜け駆けとは上等!どんなプレーをしていたのか白状なさい!」
アダマンタイトを抱きしめたまま眠ってしまったトナオに俺は、亜空間ノモリガミから取り出した毛布をかける。そして同じく亜空間から取り出したスイーツを用意して、座す。
治美兄さんに今回作ってもらったのは、赤ワインで煮たドライフルーツのゼリー。
レモンとバニラの香りを利かせつつ、イチジク、クランベリー、レーズンを赤ワインで煮てゆるいゼリーに仕立ててもらった。ゆるい生クリームと香ばしいビスケットのトッピングがニクい。
「あっ!イチジクの匂い!」「レモンよ!」「アイス大好き~!」「ゼリーですね!」
モチカが最初に気づき、次にイザベル、ソフィー、クリスティナと続く。ゼリーにより和平交渉が進む。持つべきものは亜空間と兄貴とスイーツだね。
「地下を掘ったって言ったけれど、あれは嘘」
俺もスイーツをいただきながら和平交渉をまとめる。兄さん美味いよこれ。
「なぁんだ。じゃあソフィーとマソラ様が一秒以上イチャイチャしていたっていうのは完全なデタラメなんですね!」
「俺はソフィーとイチャついていたなんて一言も言ってないって」
「それならそうと早く言ってください兄様!ソフィーとは一マイクロ秒もいちゃついていないと」
「そもそもまったくもってあってはならないことよ。ソフィーとマソラが一ナノ秒以上いちゃつくなんて」
なぜ時間にそこまで厳密さを要求するんだろう。この子たちは。
「まあいいや。とにかく俺は地面を掘ったんじゃない」
スイーツを入れてある器に目を向ける。
「地面の中を動かしただけ」
少しして八人全員のスプーンが止まる。
「え?どういうことですか?」
どういうことか?
それは、「封印されし言葉」。
ミガモリ。
身硝盛。美臥銛。魅蛾護。
3号が先だってアントピウス聖皇国で手に入れた「封印されし言葉」は土属性魔法。
と、括るにはあまりにも恐ろしい超級魔法。
すなわち、ケイ素操縦。
魔力素を大量消費するも、元素のひとつであるケイ素Siを自在に操る能力。
「少し前にね、土属性魔法を手に入れたんだ。3号の俺が」
だから土をいじれる。
土の中に大量に含まれるケイ素をいじれる。
「それで土の下を調べたら、アダマンタイト鉱床が地下二千メートルより下に広がっていることが分かった。それでさっきの仮説を立てたんだよ。アダマンタイト鉱床を隠すために大精霊たちは力を合わせて土砂流出を防いでいるって」
俺はスイーツを入れている器に魔力を籠める。どさくさに紛れて出したスイーツの器はガラス製。羊人族の眼鏡もガラス製。他にも研究開発部にある顕微鏡と警護部にある望遠鏡。あのレンズもガラス製。いずれも「ミガモリ」の能力で俺が魔力を籠めて創った。
「「「「「「「「!」」」」」」」」
ガラスの器はトロトロと溶けて水晶玉に変わる。
「土をいじれるということは、地層に穴を開けることもできる。そして穴を開ければそこから下にある鉱物を吸い出すこともできる。ただし吸い出せる能力者は限られている」
ニヤリと笑う俺。
「それはアダマンタイトに愛された者」
それで八人が気づき、妖しい輝きを抱きしめてぐっすりと眠る石人族の少年を見る。
「トナオはアダマンタイトゴーレム。石人族の中でもカス中のカス。なぜならアダマンタイトなどこのマルコジェノバ連邦には〝どこにも〟存在しないから。「変身」できないクズ。だけどもしも、〝どこかに〟アダマンタイトが大量に存在し、しかもそれを抽出するための穴を開けられる〝どうかしている奴〟が傍にいたとしたら、その時はきっと」
俺は網膜の毛細血管を極限まで増やし、女たちに灼眼を向ける。
八人全員の急変と緊張を確認する。
「シズクイシヒトミも含め、お前たちの誰も、本気の彼には勝てない」
言って俺は、出来立ての水晶玉を眠り子の方へ転がした。
lUNAE LUMEN