第二部 歌神香児篇 その四
こころよ
では いつておいで
しかし
また もどつておいでね
やつぱり
ここが いいのだに
こころよ
では 行つておいで
八木重吉『心よ』
3. 白鳥の歌「水車」
アーキア超大陸南西。パンノケル王国。
しかもその南西端のバインディン軍港。
牢獄のように石の壁で覆われた、畳五畳ほどのドーム状のスペース。ただし格子はない。
それが各所に点在する。
「リーダーすまない。もう限界なのだが」
茶髪ナチュラルショートの男子が一言ことわる。彼は普段眼鏡をかけているのに今はかけていない。腰布を巻いただけの裸の痩身は汗にまみれている。
「「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」」
ナチュラルショートの近くに座る、やはり腰布を巻いただけの五厘刈り細マッチョ男子と、赤髪のリーゼントゴリマッチョ男子は腕を組んだまま、やせ我慢するお互いにただ目で告げる。「お前の方が先に出ろ」と。
「あっふう!この熱い感じがたまらないよぉっ!」
銀髪角刈りのドM男子が立ち上がり、小部屋の中心部に近づいていく。そこには熱源がある。焼いた石、そして木桶に入れられたたっぷりの水。桶の水が少しずつ柄杓で汲まれ、焼いた石に掛けられるたびに、室内の空気は揺らぐ。
「曽根。そんなに水掛けると冷めちまう。それと近づきすぎで危ねぇって。室野井も今泉も藤井も、別に出たきゃいつ出たっていいって。ただし出たらすぐに戻ってこいよ」
シラカバの枝葉を紐で束ねただけのマッサージ器で自分の肩をポンポンとたたくリーダーが汗だくの男子四人に言う。
「それ、当たり前だな!戻らないと凍死する気しかしないぞここ!」
男子と同じ格好で胸を隠さない青髪ワンカールの女子が腰かけからバッと立ち上がり一言つっこむ。張りの良いその大きな胸を五厘刈りと赤髪リーゼントと眼鏡なしは見ないように気を付けているが、リーダーは揺れるそれをとろんとした目で見ている。
「私はもう少しリーダーとここに残ろうかな」
リーダーがワンカールに見とれていると思い、それが悔しい黒髪セミロングの女子は、リーダーの背中に自分のシラカバの枝葉をポンポンあてる。「あっちじゃなくてこっちを見ろ」という意味を込めて。もちろん胸を隠していない。
「オホン。お、俺も今から出るぞ」
最初から近くに座っていたセミロングにその胸を押し付けられて緊張したリーダーが慌てて立ち上がる。
「ちょっと何今の。アタシのこと避けているみたいで、すっごく傷つくんだけど」
「そりゃ女心の気のせいだ。おい曽根。四つん這いになってないで出るぞ。塩澤も曽根をヴィヒタでペシペシ叩くの止めれって」
ドSの金髪ウェーブロングの女子はドMの銀髪角刈り男子をいじるのをやめる。
「こっち見んな。スケベリーダー」
「だったら三人とも胸を隠せ。男どもを挑発しすぎだ」
「分かったリーダー!」
「おいバカ!下を外して上を隠そうとすんな!」
リーダーに怒られた青髪ワンカールは「?」の表情を浮かべる。
最初から屈んでいる銀髪角刈り以外の男子三人は前屈みになったまま、急ぎ部屋から脱出する。金髪ウェーブロング女子に蹴飛ばされて角刈り男子が出る。そして女子三人が後を追う。
「五回目出陣!」「やっぱさむ!」「さいっこおおおっ!!!」「冷たい!」
召喚者である岡安チーム8人全員がほぼ裸姿でスチームサウナから飛び出す。外は深々と雪が降り続ける銀世界。氷点下10℃の白い昼下がりをきゃっきゃと裸の少年少女は駆ける。
「もう待ちきれないよぉ!」「死ぬなこれ!あはははっ!」「「ふぅ!ふぅ!ふぅ!ふぅ!」」
先頭を走るのは角刈りドM男子の曽根。
それを追うのは五厘男子の今泉とリーゼント男子の藤井とワンカール女子の石原。
敏捷性のポテンシャルは今泉と藤井の方が曽根や石原より上だが、動機という面で二人は曽根に劣り、また石原の裸を意識してしまうせいで思うように走れない。
「何度も言うがあれは絶対に心臓によくない気がする」
後続の室野井が白い息を汽車のように吐きながらリーダー岡安に忠告する。
「心臓が止まったら元の世界に戻れるかもしれねぇな」
冗談をかます岡安も細い体から湯気を出し続けてホイホイ走る。
「死後の世界の間違いでしょ、まったく!」
岡安の後ろにいる深堀が楽しそうにぼやく。けれど次の瞬間には「きゃあっ!」と悲鳴があがる。驚いて反射的に後ろを向いたリーダー岡安と室野井は慌てて前を向き直し本気の全力疾走に入る。そして深堀の腰布を奪ったドS女子の塩澤がそれに続く。
「三人ともぶっ殺す!!」
ただ一人だけスッポンポンになってしまった深堀が顔を赤くしながら三人を猛追する。
ドボドボドボドボーンッ!!ドボドボドボドボーンッ!!!
雪道を十数メートル駆けた召喚者八名が次々に天然水風呂へと飛び込む。
「水の中の方が温かいという不思議さ……」
「あっ!!ごめん!」
「ん?気にするな!でも今わざと触ったろ!?」
「ち、ちがう!絶対にわざとじゃない!!」
「あいつは前からお前のことをそういう目で見てたぜ!」
「なっ!お前適当なこと言うな!!」
「藤井も触りたいのか?」
「はぁ!?お、俺がそんなことを考えるわけない!」
「ああ塩澤さん!!もう一回ほっぺにビンタをください!!」
「このブタ野郎!!」
「サウナ後の水風呂はやっぱたまんねぇな……っておいおい深堀!マジで背中に当たってる!」
「布取られて恥ずかしいし、寒いからいいでしょ」
「まったく……前に回ってくんなよ」
「なんで?」
「聞くなバカ」
正しいとは言えないサウナ療法を繰り返し、休日を共に楽しく過ごすチーム岡安。
異世界に同時に来た三十六名の召喚者は四つのチームに分けられた、
その中で、最もメンバー間の人間関係が良好なチーム。
本来なら九人いたメンバーの一人が去り、そして行方不明になったあと、その親密度はさらに増した。もはや家族に近い。
その原因となったメンバーの一人。行方不明者。
すなわち、雫石瞳。
ジペルテン監獄の調査時点までは岡安ら八人と一緒だったが、その後〝事件〟が起こり、その後は取り調べのため、チーム岡安から雫石だけが外された。
雫石は「封印されし言葉」となっていた虚病姫とともに監獄の北のルバート大森林に去ったが、そのことを岡安たちはもちろん知らない。
「ジペルテン監獄から聖皇国に護送中事故があり、例の召喚者は行方不明になっており、現在捜索中である。なお監獄は調査中のため、何人の立ち入りも禁止とする」
岡安たちはパンノケル王国の上層部からそのように伝えられたきりで、細かいことは知らされていない。ただ勘のいい室野井や深堀などは、自分たちに発信機のような魔道具が埋め込まれている以上、雫石の居場所は分かるはずなのに調査中はおかしいと感じ、それは同時に「行方不明」ではなく「死亡」を隠しているのだと思い、岡安に黙っていようと考えていた。
雫石瞳が抜けたチーム岡安の現在の仕事。
それはパンノケル王国の秘密兵器を製作する技術者たちの護衛。
大陸北西部のマルコジェノバ連邦との海戦、さらには魔王領バルティア帝国との海戦を想定した海上兵器の開発に、パンノケル王国とその宗主国にあたるアントピウス聖皇国は余念がない。
「ぶえっくしゅんっ!」
「うわお前、首にもろに」
「ごめんわざとわざと。……舐めてキレイにするから許して」
「いい加減に離れろっちゅうに。おい全員サウナに撤収!!ちょっと暖まったら今度こそメシにすっぞ!」
リーダー岡安の合図で七人は再び水風呂からあがり、スチームサウナのある石室に走る。そんな珍妙な光景が、そこかしこで行われている。この日非番の兵士たちもまた、召喚者八人のように石造りのスチームサウナと氷を切り出した天然水風呂で日ごろの疲れを吹き飛ばしている。
ギギギギギ……
「……」
先頭を走っていた岡安が突然、止まる。
「「「「「「「?」」」」」」」
驚いてチームの七名も止まる。
ギギギギギギギギギギ………
「どうした?リーダー?」
「………」
海で流氷同士がぶつかり、軋む音が遠くから幽かに響く。
ドサリ。
岡安竜太がその場に倒れ込む。
「岡安?岡安!!」
心臓発作を起こしたのではないかと思った深堀彩芽が狂ったような大声で岡安を抱き起そうとする。
「大丈夫!心臓は普通に動いてる!!」
駆け寄った塩澤玲が岡安の心音を急ぎ確認する。けれど息をしていないことに気づく。
「どうする!?」
「ここにいつまでもいたら低体温症になる!とりあえず一番近いサウナまで運ぶぞ!!」
「分かったよ!」
室野井創の素早い指示で、元ウェイトリフティング部の曽根義宗が岡安をサッと担ぎ、元ラグビー部の藤井良輔と野球部の今泉航佑が岡安をサポートする。パニックになる深堀の手を石原野々花が強引に引っ張り、念のため、塩澤が治療師を呼びに駆ける。
「ヒールライトを使えるのは彩芽だけだ!!何とかしろ!!!」
石原に怒鳴られ我に返る深堀。石原の手を振りほどき、サウナに走る。
「ヒールライトッ!!」
扉が開け放たれたスチームサウナの中、深堀は無我夢中でヒールライトを岡安にかけ続ける。救急法を心得る石原が人工呼吸をし、室野井が大声で呼びかけ続ける。藤井と曽根も人を呼びに走る。
「かはっ!?はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
呼吸が止まって二分。
青白い顔だった岡安は再び息を吹き返した。
「よかった、本当に良かった……」
岡安を強く抱きしめそのまま泣きじゃくる深堀。駆けつけた兵士や治療師、そしてチームの召喚者六名。みなが安堵の息をつく。
「………」
そんな中、当の岡安は呼吸が戻ったものの、天井を力なく見たまま目を動かさない。
「まさか、脳が」
酸素不足で脳が回復不能なダメージを負ったのかと室野井は疑う。
「え?」「嘘でしょ?」
室野井と深堀を見る塩澤。
「そんな、リーダーまで」「「……」」
「大丈夫だ」
「「「「「「「!」」」」」」」
一同の不安を消したのは岡安本人だった。
「大丈夫。たいしたことない」
顔に血の気が戻り、既にいつもの表情に戻っている。
「こんなにみんなを心配させて……」
抱き着く深堀が震えながら言う。
「悪ぃな」
「もう水風呂なんて二度と入らないから!」
キッとした表情で岡安の顔を睨む深堀。その距離、五センチ。
「そう言うなって。……それとすまん」
「へ?」
一同はニヤニヤ笑っている。ようやくその意味に気づき、裸の深堀が裸の岡安から離れる。
「このスケベ!!」
「叩くなって!頭の血管がキレたらどうすんだよ」
「その下品な下半身ごと一回ぶった切ってやる!!」
チーム岡安の岡安自身はどうにかこうにか事なきを得た。
「水車?」
チーム岡安は体を暖めた後サウナを出て服を着、食堂に向かう。
「ああ、昔聞いた水車の音そっくりで、それで色々思い出して、ちとパニクった」
暖炉から離れたテーブルに一同が座り、注文したビールが運ばれてきたところで、岡安は気を失った原因を分析して言った。
「……」
塩澤は岡安の耳を見ている。
岡安の髪型は長めのレングスで、ミディアムセンターパート。ツヤの入ったスパイラル。その黒髪が常に耳を隠している。そしてその耳には木製の耳栓が常にはめられている。戦闘時以外は。
「それと関係あるの?」
塩澤は岡安の耳を指さして尋ねる。
「これか?」
岡安は自分の耳栓を指さす。そして目線を落とし、しばし考え込むそぶりを見せる。
「まあ、関係ないってわけでもねぇか」
岡安はそう答えて耳栓をそっと外す。戦闘時以外で外すのを見たことがない七人は目を大きくする。
「……スゲェ音。戦場みてぇだ」
岡安竜太。
召喚者であり当然人間族でありながら、通常の人よりも七倍ほど感度の鋭い聴覚を持つ。この異世界においてそれは蝙蝠人族の能力に匹敵する。ただし感度だけでなく音の解析力までもつ岡安の場合、音がもたらす情報量は蝙蝠人族より膨大であるため、岡安は普段は耳栓をしている。
しかし戦闘時は逆にその聴覚を武器に敵と戦う。音を聞くだけで、岡安には相手の位置とそのサイズが把握できる。このおかげでチーム岡安は何度も召喚者相手、あるいは兵士相手のチーム戦で勝利し、魔物との実戦演習でも命拾いをしてきた。迷宮探索試験では4チーム中最速でゴール。壁と地面を叩くだけでダンジョン内部の構造を知れる岡安に迷路や罠は通用しない。
「やっぱり聞き違いか。こりゃ流氷のぶつかる音だ。水車じゃねぇな」
言って耳栓をつけなおし、ビールを少し傾ける岡安。
食堂に集う人々の賑やかな会話しか聞き取れない仲間七人は互いの顔を見る。召喚者とは言え、音に関して常人の彼らには、三キロ離れたところにある流氷のぶつかる音は拾えない。
「リーダー。質問がある」
ふかしたジャガイモにサワーソースを添えた料理がテーブルに届き、珍しく黙々と食べていた八人だったが、室野井がたまりかねて食器を置く。フチなし眼鏡のブリッジを中指で軽く押し上げ、とうとう尋ねる。
「ん?」
「リーダーにとって水車の音とは一体何を意味する?」
同じテーブルにつく岡安以外の七人誰もが思っていたことを、室野井が質す。
岡安は天井を見ながらモグモグとジャガイモを口の中で咀嚼していたが、それを呑み込んで一息つくと、室野井を見て言った。
「あいつだ」
「アイツ?」
「ああ。雫石瞳」
七人が息をのむ。その名前はこのチームにとってもはや禁句のようなものだった。
「言わなかったが、実は俺とアイツは出身が同じなんだ」
「出身?中学校のこと?」
雫石と岡安が同級生であること以外に接点があること自体にも驚いている深堀が思わず聞いてしまう。
「中学校?いや、そうじゃなくてさ。その……へへへ」
岡安が照れ笑いしながら髪をかき上げる。ビールを一口すする。キノコのバター焼きが届く。深堀の心拍数だけが上がる。
「俺もアイツも、児童養護施設出身なんだよ」
深堀の心拍数が徐々に下がる。
「ジドーヨーゴシセツ?何だそれ?」
「このバカ!そんなことも知らないの!?」
石原の間抜けな質問を塩澤がたしなめる。今泉と曽根がため息をつく。
「まあ、普通は知らねぇよな。えっとな、簡単にいうと孤児院……じゃ分かりにくいか。そうだなぁ」
岡安が時折浮かべる寂しげな微笑。それを深堀は切なくなるほどよく知っている。深堀の心拍数が徐々にまた上がっていく。
「捨てられたガキの集められる場所ってところか」
「やめてよ。そんな言い方」
深堀が涙目で岡安の言葉を否定する。
けれど岡安は自嘲気味にほほ笑んだだけで、話を続ける。
「金はあるけどガキの面倒は見たくない。ガキに生きててほしくねぇけど殺せねぇ。そんな連中の拵えた動物園だ。元々は立派な志を持った外国人神父が立てた孤児院だったそうだが、俺がいた時には〝ただの動物園〟だった」
注文したメニューがテーブルに次々に届く。マグロのアボガド和え。干物の素揚げ。白身魚のカルパッチョ。カツオのたたき。イカのニンニクバター焼き。ブタのビール煮込み。そして非番の日だけに飲むビールのおかわり。
「おお。待ってました!」
「うまそう!!」
岡安と石原がはしゃぐ。それに対し、フォークもスプーンもコップも動かない六人。
「せっかくの休日だから旨いもんをちゃんと食べようぜ……続きを話すから」
誰とも目を合わせずブタのビール煮込みを八人分に切り分ける岡安。彼の合図で、みなは静かに食器を動かし始めた。
「その孤児院は『あんどろめだ』って言ってさ、深い山の中にあった。まあそれでも物には不自由しないわけよ。何せ金持ちどもの管理する秘密基地だから。俺の場合は、親父がこっそり囲った女が堕ろさず産んだ子。つまり俺は妾の子ってやつだ」
鼓膜を震わせる岡安の言葉のせいで、深堀と塩澤はマグロのアボガド和えすら呑み込めない。自分たちの平凡な日常とは異なる非現実。異世界の前から起きていた〝異世界〟の生活。
「俺は「要らない」に決まってる。物心がついたときにはもう『あんどろめだ』にいた。悪戯をした時、『あんどろめだ』のシスターから自分の素性を教えてもらった。「ゴミ以下だからゴミみたいな真似はするな」ってついでに言ってもらえた」
室野井は黙したまま、ビールを傾ける。傾けるのを止めるタイミングが分からず、気づけば空になっている。けれど酔えない。〝異世界〟の話が鼓膜を揺さぶる。
「こんな魔法やら魔物がいる異世界に来てから耳が良くなったわけじゃねぇんだ。これは昔からだ。たぶん生まれた時から。おかげさまで孤児院のある山の中はメチャクチャ怖かった」
今泉と曽根はカツオのたたきを噛み続けている。もう口の中で形が無くなっているが、飲み込むのを忘れて噛み続けている。
「山は訳の分からねぇ音だらけだ。でもシスターのおかげである程度平気になったぜ」
「どうしてだ?」
食欲旺盛の石原がブタのビール煮込みで口の周りを汚しながら岡安の続きをせかす。深堀と塩澤が石原に苛立ちながらも口の中のものを呑み込む。
「音だけじゃなくて、山には何か、訳の分からねぇモノがいる。そんでそいつがある日突然俺に襲い掛かろうとしても、「俺は無意味です。俺を襲っても何の価値もありません。俺には何もありません。だから見逃してください」ってお祈りできるようになった。そうするとたいていの〝何か〟は去っちまう」
曽根が申し訳なさそうに白身魚のカルパッチョを呑み込んだ。
「そんな山奥の『あんどろめだ』にある日、アイツが来た」
「雫石か?」
室野井は言って、手を上げて店員を呼び、八人分のビールを注文する。
「そ。アイツの場合は捨てられたんじゃねぇ。親が事故死したとかだった。両親と一緒に車に乗ってて、そんで事故に遭った。でもアイツだけは何とか無事。だけどアイツの祖父母はアイツの引き取りを拒み、『あんどろめだ』にぶち込まれたとか。拒んだ理由は家出して駆け落ちした娘夫婦の子だから……なんてシスターどもの声まで盗み聞きできちゃうから俺はどんぐりを耳に突っ込んで毎日過ごしてた。あだ名はもちろん「どんぐり」」
ここで笑うのはもちろん、話す本人岡安と石原だけ。
「『あんどろめだ』の運転資金は十分あるけど、一応俺達に労働と食い物のありがたみを教えさせる目的で、孤児院には遊具や学び舎以外にも菜園やら木工所やら井戸やら水車やら色々あった」
「「水車……」」
深堀と塩澤がほぼ同じタイミングでつぶやく。同じようにビールをちびりと口に含みながら。
「ああ。水車。すげぇうるせぇんだ。まあ普通のガキなら気にならねぇかもしれねぇけど、俺の場合、耳がこうだから、気になってしょうがねぇ。うるせぇっていうよりも、気味が悪い音を立てやがる。それにあれは、最悪だ」
ここで岡安が渋そうな顔をつくる。そして一気にビールを飲み干す。フーッと大きく息を吐く。その束の間に室野井が店員に向かってビール一杯を身振りで追加注文する。
「俺達は当然いつの日か大人になる。子どもじゃなくて大人だ。盛りがつく。ヤリたいことをヤリたいと思うようになる」
イカのニンニクバター焼きをフォークで突き刺したまま、岡安はそれを口に運ばない。
「粉曳きに使う水車の音は悲鳴をかき消すのに持ってこい。……何人かの年長の男子に連れられて一人の幼い女子が水車小屋の中で犯されまくる。その悲鳴を聞くのが一番辛かった」
岡安はイカを口に入れて咀嚼し始める。さすがの石原も事態の深刻さに気付き、岡安を見たまま口の動きが止まった。それを見て岡安がニコリと笑う。
「昼間のお前みたいな恰好をしていると剛力の男たちが群がってきてお前の腰布をはぎ取ってその口に突っ込んで声を出せなくさせて、後は無理やり押し倒してとっかえひっかえ男たちが思いを遂げるってこったな」
石原が咀嚼途中のジャガイモを呑み込む。かみ砕かれておらず、喉に痛みを覚える。
「その〝水車小屋の一人の女子〟に、雫石が選ばれちまってよ」
今泉も曽根も藤井も目をギュッと瞑る。室野井は口元のコップを噛む。
「最初はスゲェ悲鳴をあげていたのに、次第に声が小さくなっていった。……しまいにはあげなくなった。俺はそれが苦しくて耐えられなかった。ドングリを耳から引っこ抜いても、アイツの悲鳴が拾えねぇ。クソみてぇなケダモノどもの嬉しそうな呼吸は拾えるのに……」
塩澤が落涙しているのに気づき、曽根がハンカチを渡す。普段なら払いのけるのに、塩澤はそれを受け取り、涙を拭う。
「〝水車小屋の一人の女子〟はたいてい、いなくなる。山でいなくなれば人は簡単に死ねる。山を彷徨えば死ねる所なんていくらでもある。道具なんて使わなくても簡単に死ねる。動物や植物と同じであっという間に死ねる。人の住む都会と違って山はフェアだ。この異世界と同じくらい死に対してフェアだ。だからオスになったガキたちの性のはけ口は減る。雫石が狙われるのは時間の問題。そして女子の数は減って男子は減らず、オスになっていく一方だから、アイツは徹底的にヤラれた。ヤラれて、明け方近くになって水車小屋からボロボロのなりで戻ってくる。……こいつはなんでいなくならないんだろうって当時の俺は思った」
「いなくなれば、楽になれるのにな」と結んで、ビールを再び飲み干してしまう岡安。
「年長の男子に逆らって助ける勇気なんて俺にはなかった。俺に出来ることと言えば深夜にベッドを抜け出して、ボロボロのアイツの身体をきれいに拭いてやることくらいしかなかった。俺はやっぱり「何もない」」
岡安が〝ケダモノ〟ではなく雫石に救いの手を差し伸べるヒトだったとようやく判り、胸に当てていた手を下ろす深堀。
「何が「何もない」よ。そんな優しさがある人が、何もないわけ……無意味なわけ、ないじゃない」
「優しさ?」
岡安が驚いたような目で深堀を見る。それに驚く一同。
「俺は優しいからアイツの身体をきれいに拭いていたんじゃない」
「じゃあなんで」
言われて岡安は一呼吸置き、再び天井を見る。
「いつからだったか、呼ばれるようになったんだよ」
天井に近い壁には、トナカイの胸から頭にかけて作られたはく製が掛けられている。その大きな黒い瞳を岡安は見る。
「ケモノみたいなゲス男たちに命令されたってことか?」
「違う違う。アイツが呼ぶんだ、俺を」
「だからアイツって」
岡安は七人をギョロリと見る。
「だから雫石瞳だって」
「……」
「「こっちへ来て」。ドングリを耳にいれてもいれてなくても、アイツの声がある日からまた聞こえるようになった。抑揚のない不思議な音声。それで気づいたら俺は、アイツのいる水車小屋に水を汲んだ桶と麻布を持って立っているんだ。そして俺はただぼんやりとアイツの身体を布できれいにして、アイツを背負って宿舎に戻って、アイツのベッドにアイツを寝かせる。そして自分の部屋に戻る。最初は夢かと思ったが、シスターに呼ばれてレイプ犯呼ばわりされて気づいた。俺は水車小屋に夜、たしかに雫石を回収しに行っていたって」
岡安が左右に首を倒し、ゴキゴキと首を鳴らす。
「夢遊病みてぇだろ?毎日毎日「こっちへ来て」。で、〝そっち〟に行く。で〝こっち〟に戻る。でもある日よ、また声が消えた」
岡安はそこまで言って、溜めていたゲップをウプッと吐く。
「その時だった。水車の回る音が突然変わったんだ。いつもと全然違う音がした。気味の悪さに拍車をかけたみてぇな最悪な音だ。もう俺はそれだけでびっくりして飛び起きちまってさ。呼ばれもしないのに水車小屋にすっ飛んでった」
ここで岡安はいきなり話を切り、全員分のビールを注文する。そして届くまでの間何も言わない。七人は互いに顔を見合わせ、急かすべきか待つべきかを伺う。すぐにビールが届く。岡安が何も言わずコップを掲げる。普段の乾杯の合図であり、仕方なく七人もコップを掲げ、軽くぶつける。岡安以外、ちびりちびりと呑む。
「それで?」
室野井が開く。
「いたよ」
「だ、誰がいたの?」
曽根がさらに開く。
「レイプしていた奴が」
「!?」
「鉢合わせ、したの?」
塩澤がもっと開く。
「鉢合わせ?まあ鉢合わせっつうか」
岡安が口についた泡を手で拭う。
「水車に絡まって死んでた」
七人が止まる。
「水車の不気味な音の原因はなんてことはねぇ。いじめっ子のレイプ魔が水車に農機具用のワイヤーで絡みつけられていただけだ」
岡安は苦笑する。何が可笑しいのか全然分からない召喚者七人。
「不思議なのはよ、肝心の雫石がどこにもいねぇの」
岡安の苦笑が止まらない。七人の混乱が深まる。
「でな?俺はびっくりしてシスターたちを起こしに走ったんだ。当然パニック。女の子が一人ずついなくなってもてめぇらの月経みてぇに片付けちまう連中が、男子が一度に四人もいなくなったら大慌て。その一人はでも水車でちゃんと見つかった。水車に巻きつけた犯人は俺か、雫石か。それとも不審者か」
召喚者七人はまず四人の男子が日常的に雫石瞳を強姦していたと知り、その四人ともが同時に行方不明になったのだと理解した。
「そう疑われたけれど、すぐに俺も雫石も容疑者候補から外れた。お地蔵様のおかげだ」
コップを置いた岡安が両手を合わせ、「ナムアミダブツ」とおどけながら念仏を唱える。そして両手の指を合わせ、話を続ける。
「水車に絡まって溺死したガキの腹が変なんだ。一度刃物で開いて業務用の接着剤で無理やりくっつけた跡が見つかった。それで腹をこじ開いたらなんと、内臓がねぇ」
指を合わせた手に額を当て、思い出しながらクスクス笑う岡安。
「内臓のかわりにあったのは地蔵の首だとさ。シスターたちはそう言ってた。内臓を抜き出して地蔵の首をかわりにつっこんで接着剤で張り合わせることなんて子どもじゃ無理だって。ついでに血一滴落とさずこんなことはできないって。……そんなことをする子たちじゃないとは一度も言ってなかったな」
七人から顔の見えない状態の岡安の顔から一滴、雫がテーブルに落ちた。
「いじめっ子のレイプ魔の二人目もすぐ見つかった。吊り橋の上に、たたんだ服と靴があって、その下でちゃんと沈んでた。流れの早い渓流にもかかわらず、流されないで正座姿勢の水死体。お腹は内臓抜きの地蔵頭入り。ますます俺のことはどうでもよくなって、シスターたちは狩猟用のライフルやショットガンまで持ち出して総出で残りのレイプ魔の捜索を始めた。たぶんついでに雫石も」
岡安が元の姿勢に戻る。思い出したようにマグロのアボガド和えを口に入れる。
「残り二人のレイプ魔はなかなか見つからない。結局見つけたのは地元の猟友会の猟師たち。クマの巣の中で見つかった。これはちゃんと両手足を食いちぎられた跡があった。クマに食われて安心と思ったら大間違い。なぜか同じ顔の地蔵の首二つがそこにある」
「なあ、本当の話なのか?」
想像がついていけなくなっている石原がすがるような目で岡安を見る。
「ああ。結局ガキ四人は内臓なしで見つかり、代わりに地蔵の頭が四つ残された……ここまでは、盗み聞きした話」
「食えよ」というジェスチャーをして、岡安は黙る。仕方なく七人は食事を再開する。曽根と藤井はヤケクソになって早食いを始める。酔いが少しだけ回った室野井は雫石と岡安が気の毒でたまらなくなり、目を潤ませる。曽根は皿を持ち、塩澤を介護するようにご飯を口元に運ぶ。深堀はブタのビール煮込みをただただ切り刻んでいる。
「レイプ犯に疑われた俺はここでようやくシスターたちの話題に戻される」
やり場のない怒りをブタにぶつけていた深堀が手を止める。
「何か、させられたの?」
「火の番」
「火?」
眼鏡をとって涙を拭きながら室野井が問う。
「『あんどろめだ』で起きた事件は秘中の秘。外部に漏れるわけにはいかない。レイプ魔を見つけた猟師たちはカネで買収。あとはガキ四人の死体の処理。……山の中で自分たちで火葬する」
「「!?」」
驚いた今泉と藤井が喉を詰まらせそうになる。
「それで、その火葬を手伝わされた。生焼けにならないよう、ずっと火加減と焼き加減を見ているペナルティ……火はだから苦手なんだ。昔を思い出させる」
岡安はテーブルから離れた所にある暖炉をちらと見て言った。
「ひどい」
打ちのめされた表情を深堀が浮かべているその時、一匹のハエが岡安たちのテーブルに止まる。年中極寒にあるバインディン軍港都市では、食堂内のような暖かく食い物の在る場所で細々と生き続けるしかない小さな生き物。
「どういう仕組みかは分からねぇけど」
岡安は小刻みに皿の上を動くハエを見ながらコップを傾ける。
「死体は焼くとさ、時々ばね人形みたいに動くことがあるらしいんだ。同級生でこの異世界に一緒に来たほらあの、永津真天が教えてくれた」
思わぬ名前が出てきたので七人が動く。その動作に驚いたのか、残飯を狙っていたハエがパッと皿から飛び立つ。
「ナガツマソラって、あの雫石と仲が良さそうだった、不思議系男子?」
塩澤の指摘に室野井は頷く。
「不思議系じゃない。超頭脳派の男だ」
「そうなの?」
「俺は定期試験でいつも学年二位だった。あいつに勝てたことは一度もない」
「私はクラスでビリ以外とったことがないぞ!」
「テスト一週間前なのに野球は部活オフにならなかった」
「ラグビーもそうだ。だが俺は言い訳などしない」
「二人とも赤点スレスレで格好つけんなっつうの」
「「赤点のハンド部マネジャーに言われたくない」」
「定期試験か、懐かしいな。試験で人は死なねぇし、また受けられたらいいな」
その岡安の言葉で、再び七人は〝現実〟に引き戻される。
「永津真天。アルビジョワとかいうクソダンジョンで魔物にきっとファックされて殺された。竹越たちのことだ。自分たちが生き残るためにたぶんアイツを囮にしたんだろう。マジで気の毒なヤツだった」
ハエが再び岡安たちのテーブルに戻ってくる。岡安は空の皿にビールをこぼす。ハエはそうとは知らず、ビールをこぼしてある皿にのぼっていき、ビールに口を付ける。たちまちアルコール中毒でひっくり返る。それを岡安は指でつまんで、自分の前に置く。
「できれば僕らのチームに入れてあげたかった?」
ハエをナガツマソラに見立てていると察した曽根が、おずおずと尋ねる。
「今更そんなこと言っても仕方ないって。でしょ?リーダー」
「俺は」
テーブルの上でハエを指先でコロコロと転がす岡安。
「雫石か永津のどちらか一人を選べって言われたら、申し訳ねぇけど、雫石しか選べねぇ。永津はどうしても……俺に「火」を連想させる。すげぇ怖かった」
ハエが何とか起き上がる。よろよろと歩き始め、岡安から逃げるように離れていく。
「リーダー。アルビジョワの件まで背負い込むことなんてない。あれは竹越の責任だ」
「ふん」と鼻を鳴らして室野井がバター焼きのイカの皿を取り上げる。料理の残りを荒っぽく口に流してモグモグと大袈裟に噛んで呑み込む。
「そうだ」「まったくもって同意」
珍しく今泉と藤井が息を合わせ、同じようにバリバリと干物の素揚げの残りを齧る。
「とにかく火葬の際、死体は動くことがある。でもそんなこと、あん時の俺は知らなかった」
「動いたの?」
「……四人とも起き上がった」
深堀を含め、また七人が止まる。
「起き上がって、指を、指をさした。山の……中の、一点を」
岡安が震えはじめる。
「燃えながら、四人とも同じ方向を指した……それが忘れられねぇ」
荼毘に付している死体が上半身のみ起こし、山の一点を指さす。その熱と、光と、臭いが、岡安の脳を焦がす。焦がし続ける。
「四人ともそれで、燃えて崩れた。でも俺の頭の中では今も、あいつらが火の中から起き上がって、指をさしている」
岡安の目は、七人の誰も見ていない。
「眠れない日が続いた。それで気になって、夜、一人で山の斜面を登った」
「まさか、指さしていたところに向かったのか」
「そうだ。……あったんだ。この目で、鼻で、耳で確かめた」
岡安が顔を両手で覆う。
「たくさんの地蔵。そのうち、首の掛けた地蔵が四つ。地蔵は円を描くみてぇに並び立ってて、その円の中心には蛆の集った腐肉」
ハエが岡安たちのテーブルを飛び去る。
「俺はこの話を人にするのはこれで二度目なんだ」
「?」
「一度目は永津真天。俺たちに馴染めない雫石と仲良くしてくれていたから、火葬の話からだけど、奴にちょっと話した。俺や雫石のいた孤児院のことは言ってねぇ。俺の「耳」のことも言ってねぇ。なのに……」
ハエの羽音がふと消えて岡安はそっちを見る。暖炉の中で薪が赤々と燃えている。
「火葬の時死体が動くのかって話と、地蔵群の中で見つけた内臓の話しかしてねぇのに、アイツさ」
岡安の額に汗が浮く。
「聞こえなかった?……そう言いやがった」
「え?」
「「「こっちへおいで」って、聞こえなかった?」って、永津は俺に問い返した」
暖炉に目を向けたまま、岡安は続ける。
「聞こえたよ。「こっちへ来て」って。雫石の声が。俺は恐る恐る、蠢く塊の方へ近づいていった。それが蛆であること、蛆の集った内臓であることを、近づいて知った。そしてその中に雫石はいた」
「!?」
「ヒト、それもガキ四人分の内臓とそれに集る蛆の熱で雫石は寒さをしのげたらしい。吐き気を堪えながら塊に触れた瞬間、蛆が全部四方八方に逃げ散ってよ。俺は超ビビッて小便をもらしちまった」
そう言って発作のように笑うことで、岡安の目と心は暖炉から七人に戻される。顔中に浮いた汗を袖で拭う。
「蛆が森の中にいなくなった後、内臓の残骸の中に雫石を見つけた。残骸を払いのけてアイツを引っ張り出した時だった。突然地蔵を囲む森の木の枝がゴーッて揺れた。風もねぇのに一斉に揺れやがった」
「「「「「「「……」」」」」」」
「そういう経験はあるかって、雫石のことは一切伏せて、俺は永津に聞いた」
「「「「「「「……」」」」」」」
「「あるよ。そういう時は〝いろいろ〟燃えてなくなる」……だとさ。俺はその時の会話でもうアイツとは一緒にいられないって感じた。……あいつは「火」と「山」を知ってる。だから俺はあいつが怖いんだってその時に理解しちまった」
「何か、燃えたのか?」
「『あんどろめだ』」
「へ?」
「孤児院だよ。盛りのついた獣とゴミ以下のクズを飼育する動物園だ。それが燃えた。監獄と一緒で、あの動物園にも鉄格子はいくつもあった。正体不明の殺人鬼相手に警戒態勢をとっていたのが徒になって、同い年くらいのガキもシスターもみんなみんな、格子から出られず、建物から逃げられずに煙で死んだ」
普段から自分は音を解析し鍵開けのテクニックを使用していたとは教えず、岡安はビールの残りを飲み干す。室野井に頼ませないよう、両手の人差し指を使い、バッテンをつくる。室野井は小さくうなずく。
「永津真天には「俺ん家が燃えた」って言ったら、「よくあることだよ」だと。変わった奴だった。ホントに」
七人は、岡安に合わせるために、残りのビールを全部飲み干す。
「俺にとっての水車……レイプ魔の男子四人は何者かによって殺され、その内臓は地蔵の頭と交換こ。内臓は山中のどこにも血痕跡を残さず、一か所に集められ、その臓物はレイプの被害に遭った女子一人のお布団がわりをしていました。森は風もないのに揺れて、お家は大火事……こんな悪夢みてぇな笑い話を信じる奴がどこにいる?」
「信じるよ」
「ここにいるが」
「リーダー。僕は信じる」
「信じるしかないでしょ」
「信じる!全部全部、頭のおかしい奴がやったんだきっと!」
「かもな。いわゆるサイコ野郎の仕業だ」
「激しく同意」
ビールを飲み干した七人が白いひげを拭いながら各々告げる。
「そっか。お前らそろいもそろって……不幸でバカだな」
「そう。だから一緒に背負うの」
「そっか。……そっか」
深堀の言葉を受け、岡安はクスクスと声なく笑う。
「ところで、雫石はどこまで知っていたのだ?」
室野井の核心に迫る質問に、思わず他の六人もうなずく。
「雫石を背負って山を下りながら、その時の俺も同じ質問をした」
「答えは?」
「「痛いのはもう嫌……それしか覚えていない」って言った。だから俺はあいつをチームに選んだ」
「真相は闇の中、なのね」
「ああ。……でもまあ、雫石を連れ戻した後は俺もアイツも〝運〟が向いたらしい」
「どういう意味?」
腕を上げて伸びをする岡安に塩澤が尋ねる。
「俺も雫石もちゃんと引き取り手が見つかった」
「ああ、そういうこと」
「俺の場合は血のつながった親父。アイツの場合は一応血のつながっている祖父。高校で再会した時に確認したらやっぱり〝同じ〟だった」
「同じって、何が同じだったの?」
伸びながら搾ったような顔をするのをやめて元に戻る岡安に、怪訝そうな表情で深堀が聞く。
「ん?ああ、『あんどろめだ』が燃えた後、ウチの親父の子どもたちが全員すぐに死んだ。お袋も義理のママって奴も。雫石の方も同じでジイさん以外全員急死した。だからお互い、捨てた奴らに引き取ってもらえた」
七人とも絶句する。背中に冷たい汗が伝う。
「永津真天の言った通り、山の木が風もねぇのにゴーッてなると、〝いろいろ〟あるらしい」
ニタニタ笑いながら岡安は注文票を持って一度席を立ち、食事代の支払いを済ませてテーブルに戻ってくる。
「もし生きて会えたら「すげぇなお前」って言いたいもんだ」
戻ってきた岡安は仲間七人にそう言い、みなで店を出る。
「おっほお!さっみぃい!」
召喚者七人の前を歩くリーダー岡安。
後ろを歩く七人は、店を出る際に岡安の言った「すげぇなお前」の「お前」がシズクイシヒトミを指しているのか、ナガツマソラを指しているのか、最後まで尋ねることができなかった。
quattuor
tuki