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第二部 歌神香児篇 その三

「妾の希望はただ一つ

  どうぞこの児が大人になつたら

  あのらいおんのやうに強くなりますやうに」

「ぼくの希望はたつた一つ

   カステラのやうに肥つたこのお母さんを

   歯のつよいあのらいおんに喰はしてやりたい」

                     丸山 薫『らいおん』

挿絵(By みてみん) 


2 埋葬都市


「いい?よく聞きなさい妹たち。これは真剣勝負よ。勝者はマソラの貞操護衛(ごえい)という名のもとマソラと添い寝ができる上にマソラがつくったシュー・ア・ラ・クレームをみんなより五個多く食べる権利を授けるわ!」

「「「ゴクッ」」」

「繰り返すけど、今マソラが一番欲しがっているものが何かを当て、それを日没までに集めてきたものが勝者……いくわよ!!」

「「「よっしゃー!!!」」」

 アルマン王国南部。

 目的地である埋葬都市バトリクスまで、あと北に五十キロほど。

 今週は乾季(かんき)なので天気は良く、暑い。来週は面倒くさい雨季で寒い……。

 風の大精霊フルングニルの雑学のおかげで知った。犯人は闇の大精霊の仕業だとか。四百年近く前から続いているらしい。おかげでアーキア超大陸の北西部の文明の発達は南西部に比べて進まないとか。ぬかるんだ道じゃ物は運べないし、一週間も連続で雨が降られちゃやる気も失せる。短い周期の雨季と乾季は物の風化を加速させる。闇の大精霊様は何を考えているんだか。

 素直に受け入れられない、人工気象ならぬ大精霊工気象。まったく、精霊の名前はミアハとかいったっけ。いつか闇の大精霊のその頭をひっぱたいてやる。

 野宿をする場所を決めた俺は「その辺の様子を見てきて何かあったら教えて」とイザベルに伝えた。その後、拡大解釈と勝手な特典を付け加えたイザベルの情報伝達によりクリスティナ、ソフィー、モチカが気合を入れてものすごい速さで四方へ散っていく。最初から四人に伝えるべきだったと今になって後悔する俺。

 で、その俺は荷馬車を()く二頭の馬に水と餌を与えつつ、ブラッシングを始める。砂埃まみれだね。おつかれさん。

 それ以外にこれからやることは火おこしと薪集め。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 ただしこれらをするのは、三人の奴隷。

 つまりはシギラリアに訪れた元暗殺者。拷問で仲良くなった今は改良型チンダラガケ。

「ふぅぅ……ふぅぅ……」

 三人とも全身を特殊なローブで覆い隠している。そして重いリュックを背負っている。

「ふう、ふう、ふう……」

 断眠(だんみん)拷問(ごうもん)でもう本名は思い出せず、しかも生まれ変わった三人にはちゃんと新たな名前を与えている。経験共有はしていないけれど。

「あの……」

「別に断らなくても好きなタイミングで水は飲んでいいって。そのためにクソ大きな水筒を持たせているんだから」

 俺に断ろうとした一人目の元暗殺者の名前はナコト。元々は兎人族(クリンチ)

 ゴクッゴクッゴクッ。

 ペナルティとして背負わせているリュックの中の10Lの水筒を取り出すと、ナコトは中身をゴクゴクと飲み始める。水に細工はしていない。ただの真水。細工は彼女たちの体にしてあるから、水にする必要なんてない。

「私もいただきます」「はあ、はあ、はあ……私も」

 二人目と三人目の元暗殺者がナコトの動く喉を見て我慢できなくなりリュックから水筒を取り出し、大事そうに呑む。

 二人目はエピゴノス。

 蛸人族(クラーケン)のソフィーや竜人族(ドラフン)のモチカほどではないけれど、(つの)が工芸品として狙われるせいで絶滅(ぜつめつ)危惧(きぐ)(しゅ)になっている一角獣馬人族(ユニコーン)能力値(ステータス)は三人の中で一番高く、体も大きい。だからその分、彼女が多分一番つらいだろうね。15Lの水筒を持たせても、中身の水の減りは一番早い。

 ゴクッ!ゴクッ!ゴクッ!

 三人目はルルイエ。

 戦闘能力に(ひい)でた蜂人族(ルバハ)。エピゴノスも半人半馬に変身できるけれど、ルルイエの場合、本気になれば全身を大型のハチに変化(へんげ)できる。そして蜂人族ゆえ(ハニー)を産生することもできる。で、その体質が逆に水を飲むのを躊躇(ためら)わせる。ローブの下の体中がベトベトになるのは俺だったら全然うれしくない。

 でも、大量の水を飲まないと三人とも死ぬ。

 全員、重度の多汗症(たかんしょう)に改造してあるから。糖尿病(とうにょうびょう)患者以上に(のど)(かわ)く。

 そして一角獣馬人族であるナコトの場合、糖尿病患者以上に多尿(たにょう)。苦しいよね。

 ゴクッ!ゴクッ!ゴクッ!

 まあ苦しさは三人とも変わらない。だから同類相(どうるいあい)(あわ)れむ。

 保温能力に長けているため、熱を逃がそうとして汗の量が一番多いナコト。

 体格ゆえ、尿量が一番多いエピゴノス。

 性能ゆえ、汗が粘性を伴うルルイエ。

 彼女たちに背負わせたリュックの中身のほとんどは、自分たちの飲料水を入れた水筒。

 そしてナコトの特性15L水筒の中身が最初になくなる。

 残りの二人は仕方なく、ナコトに自分たちの水を分け与える。そして水源を見つければ三人とも一目散に水を汲みに行く。もちろんそのことは許可している。

 スルルルルルルル……

 イザベラたち四人が俺の護衛についている場合のみだけど。

「「「!?」」」

 ギョッとした三人の視線が一匹の魔物に向けられる。

 計測によれば、全長は8メートル39センチ32ミリ。体重は738・576キロ。光学迷彩を解除したらしい。まあ、ニオイでここに隠れているのは最初から分かっていたけれど。

「客だね。コンバットサラマンダー。レベルは51。前に言ったけど、俺が死ねば君らはシギラリア要塞に連れ戻されてベッドに五年間縛り付けられる」

 表情を強張らせて水筒の蓋を閉じリュックにしまう三人。ローブを纏った元暗殺者はいずれも魔物から視線を外さない。

「ローブの下は汗っかきの体と汚れた下着」

 馬の毛のブラッシングを続けながら俺は言う。ちなみにこの二頭の馬もいじってあって、恐怖を感じない。イラクビル王国で吸収したチンチン花屋オパビニアの花粉をアレンジしたエキスを血管にぶち込んである。つまりドーピング花馬(かば)

「それ以外に何があるんだっけ?」

「「「……」」」

 ローブの下に隠させている武器は元暗殺者の彼女たちなら扱える代物。

 護身用の万力(まんりき)(くさり)。そしてなんにでも使える(けん)(なた)

「早く()りなよ。着火したばかりの()き付けが消える前に」

 三人が表情を消し、持ち前の暗殺者としてのスキルを発動する。

 とは言ってもナコトのレベルは29。エピゴノスは30。ルルイエは28。

 普通にやったらレベル51の魔物になんて(かな)うはずがない。そして(たたか)いが長引けば長引くほど彼女たちの身体からは水分が抜けていく。

「「「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」」」

 三人は万力鎖と遮蔽物(しゃへいぶつ)になる岩を使い、魔物の激しい物理攻撃をギリギリでかわすのが精一杯。

「変身の許可をください!」

 元蜂人族(ルバハ)のルルイエが叫ぶ。

「ダメ。そのローブは特注品なんだ。変身して破れたりでもしたら、修理するのに時間がかかる」

 俺の頭の中の魔物図鑑によれば、コンバットサラマンダーはいよいよ追い詰められると光属性の雷を出す。それをやられると俺の所有する馬も馬車も食材も商品もダメになる。そりゃ当然困る。

「そう言えばさ」

 俺は二頭目の馬のブラッシングに移る。

「視界が効かないと困るだろうから、フードは脱いでもいいよ」

 ナコトとエピゴノス、ルルイエは互いの顔を見合わせる。

「どうしてそんなに汗っかきにされたんだろう。俺だったらその意味をそろそろ考えるけれどね」

 背中から腹へ、毛並みにそって丁寧に馬の毛づくろいをしながら、光線と音波と化学物質で周囲の一切の位置情報を俺は確認する。

 イザベルたち四人は俺から五キロ以上離れて今すぐには助けに来られない。

 このまま三人の奴隷が殺られれば俺は造作もなく死ぬ。「この三人は俺を守れる」と俺が確約したからイザベルたちは時々俺の護衛を外れて遠くへ行くことができる。

 そして現在、魔物とのエンカウント。

 実のところこれは、奴隷三人が使い物になるかどうかというテスト。

 潜伏(せんぷく)スキルの高いコンバットサラマンダーがいることを四人の魔獣女子に伝えなかったのもそのため。伝えていたら四人であっという間に瞬殺(しゅんさつ)してしまうから。

「「「……」」」

 三人の元暗殺者がおもむろにフードを脱ぐ。ナコトの前髪長めのサラツヤストレートが風でそよぐ。エピゴノスの細めパーマの前髪なしのロングも。そしてルルイエのショートヘアーも。

「!」

 魔物が固まったように動かなくなる。二頭の馬が驚いたように三人を見る。

「見とれているよ。誰も彼も」

 馬のたてがみをなでる俺の声を合図に、三人が鉈を逆手に持ち魔物に再び挑む。

 一角獣馬人族(ユニコーン)のエピゴノスが急遽(きゅうきょ)角を額に生やし、コンバットサラマンダーの心臓に突き刺す。同時に剣鉈をサラマンダーの首もとに投げる。兎人族(クリンチ)ナコトの本気の蹴りが、投げたエピゴノスの剣鉈の(つか)に当てられ、そのままサラマンダーの分厚い皮膚を貫通し動脈を切断。頭部だけハチに変身したルルイエが跳ね飛び、サラマンダーの右目を瞬膜もろとも噛み破り、破裂した眼球の奥へ剣鉈を突き刺す。結果、脳を破壊。

 魔物は轟音を立てて倒れ込み、沈黙する。

「「「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」」」

 姿を戻し、武器をしまい、激しい呼吸をしながら三人はお互いの顔を見る。以前と変わらない顔に浮かぶ、尋常(じんじょう)ではない量の汗を再認識する。

「息もピッタリ。ナイスコンビネーション。さすが元暗殺者。その分なら自分たちの身は自分たちで守れそうだね。どうでもいいけど三人ともレベルが1ずつ上がったみたいだよ」

 俺はようやく体の正面を彼女たちに向けて褒める。耳から湯気を上げる元兎人族。気を抜いた瞬間に下から洩れたことに気づき慌ててうずくまる元一角獣馬人族。その様子を隣で悲しそうに見つめる元蜂人族の顔はドロドロ粘液まみれ。

「もう自分たちの〝からくり〟は何となく分かったかな?」

 背中から生やした銀の(つる)でコンバットサラマンダーを吸収しつつ、俺は三人にローブについたフードを再びかぶるようジェスチャーを送る。とある性質を備えた魔物の革でこしらえた特殊なローブで三人の顔は再び隠れる。

「マソラ様ーっ!!!」

 その時、遠くからクリスティナの声がし……え?

 何あれ?……コンバットサラマンダーが数珠(じゅず)みたいに繋がれて引きずられているんですけれど。

「お宝~みんなでとってきました~!」

 ちょっと待って、え?

 嘘でしょこの子たち。

 クマとかイノシシを二、三匹狩ってくるとかじゃないの?

 ん?このニオイは…ゴブリンとコボルト?それと、ヒト?なんだありゃ?

「兄様!魔物狩りのついでに悪党とその捕虜も捉えてきました!」

 荷物を持った五百人近い人たちがぞろぞろとこっちに向かってくる。金目のものだけじゃなくてゴブリンとかコボルトの死骸まで抱えてる。うわぁ……ひくわ。

「素材にして売ればきっと高いと思ったから魔物も狩れるだけ狩ってきたの。そしてそれを悪党と捕虜に運ばせるアイデア。どう?商才溢(あふ)れる副指揮官のこのイザベルにかかればこの程度夕飯前よ」

「ありがとう。情報だけ集めて、目立つ行動は(ひか)えてほしいって言う俺の指示通りの素晴らしい活躍だよ」

「兄様!私はドラゴンに変身しておりません!」

「私もおっきく変身してませ~ん」

「うん。それは論外だから、とりあえず悪党のみんなと協力して魔物の解体を始めよっか。それ以外の人たちには薪を集めてもらって」

「「「「了解!」」」」

 次々にやってくる人と物にため息をつきつつ、俺は元暗殺者の三人に言う。

「四人が戻った。護衛の仕事はとりあえず終わり。水筒もそろそろ空っぽでしょう?ここから三百メートルくらい下ったところに入り組んだ沢のニオイがする。そこで水を汲んできて構わない。ついでに水浴びも許可する。下流だから大丈夫だと思うけど、水浴び中はなるべく警戒してね。それと」

 俺は(すみれ)色の瞳を怯える三人に向ける。

「追いかけるのが面倒くさいから、逃げないでね」

 三人は頷き、水筒とタオルだけを持って沢に向かおうとする。

「ちょっと待って」

 三人はどきりと立ち止まり、こっちを振り返る。

「鉈を忘れてる。魔物がいないとも限らない。水汲みと水浴びが終わったら、自分たちが一晩過ごす分の薪ぐらいは集めてきてよ」

 三人はコクリと頷くと、鉈を腰にしまい、急いで沢へと降りていった。


「盗んだ宝は全部あんたにやる!だから命だけは助けてくれ!!」

「分かった。じゃあまずさらった人たちにお詫びをしてきて。そしたらあの四人がやってる魔物の解体を手伝って。そこまでやったら食事をあげるから」

「ほ、ほんとうか?」

「ほんとのほんと。そしたらあとは好きなところへ行っていいよ。できることならもう悪いことはしないでね。君たちが(さら)った人たちは俺がなんとかするから」

 盗賊集団は俺の指示通り攫った人質に詫びた後、魔物の解体を一生懸命行う。

 盗賊の数は全部で156人。

 奴隷商にでも売るつもりだったらしい捕虜はその三倍に近い402人。

 盗賊たちが魔物を解体している間、捕虜となっていた人たちには(たきぎ)を拾わせ、火を起こさせる。

 そして無数の焚火の前で調理と食事が始まる。

「レアの魔物肉は素材の味が楽しめるし、滋養と強壮があっていいよ」

 俺はそう告げて、盗賊には塩コショウを効かせた生焼けの魔物肉を食わせる。

「良く焼いたウェルダンは噛めば噛むほど肉の旨味を感じられるんだ」

 逆に捕虜たちには火を通し過ぎてちょっと硬い魔物肉を食うよう指示する。もちろん塩コショウは与える。

 捕虜たちが顎を疲れさせながら、ちょっとずつ食べ進める間に、盗賊たちはバクバクと魔物肉を食い、そして腹いっぱいになって満足げに横たわる。

「……んん……なんか、いつつ……」

 しばらくして、激しい腹痛が盗賊たちを襲う。

 魔物なんて食べたことがない彼らは、魔物の肉に関する情報に乏しい。

 火を完全に通していない魔物肉にはアニサキスやハナビルをもっと凶悪にしたような寄生虫が多く生き残る。

 つまり生に近い魔物肉を食った盗賊たちの体内には大量の寄生虫が入ったことになる。

 例えば宿主(しゅくしゅ)であるヒトの内臓に()みついたコンバットサラマンダーアニサキスは一か月ほど宿主に激痛をもたらすけれど、宿主は死には至らない。痛みのあまり発狂するだけ。それに対してコボルトハナビルは人体の一部つまり鼻の中に移動しウニョウニョしながら粘膜を食い破り宿主の血を食らい続ける。衰弱が続き、運が良ければ宿主は死ねる。

「……というオチだね。コンバットサラマンダーアニサキスが暴れまわっている間は身動きがとれない。コボルトハナビルは火だけじゃなくて水にも実は弱い。だからもしコボルトハナビルに寄生されたヒトの顔面が水に浸けられでもしたらその時はヒトの中で大暴れして顔面の下を食い破りながら這いずり回る。これまた寄生されたヒトには激痛」

 火の通った魔物肉を手にしたまま固まる〝元捕虜〟に俺は笑みを向ける。

「仲間を殺され家族を凌辱(りょうじょく)された君たちへの特別情報だよ。あと彼らの奪ったものは君たちに返すよ。ついでに彼らの元々もっていた凶器(えもの)も」

 そう告げ、俺は魔獣女子四人のいる食卓へ戻る。()(はまぐり)の串焼きにカツオの()け丼、山ウドの銀皮焼きにハゼの唐揚(からあ)げ、味噌汁(みそしる)……はもうとっくの昔に食べ終わっている女子四人は現在、亜空間ベツバラにシュークリームを収め続けている。

 ちなみにそのすぐ近くでは元暗殺者の三人が塩コショウしたウサギ肉をひっそりと焼いて食べている。もちろんウサギはシギラリア要塞産の養殖物。一食につき、一人一羽。奴隷の食事としては悪くないと思う。魔物肉より柔らかくて美味しいし、シギラリア養殖のウサギに腸内細菌はいても寄生虫はほとんどいない。でも兎人族(クリンチ)がウサギ肉を食べるのってどんな気分なんだろう?まあいいか、知ったこっちゃない。元はプロの殺し屋だ。そんなことどうだっていいと思っているに決まってる。

「あの、ありがとうございました」

 腹痛で苦しんでいる盗賊を棍棒で撲殺して血まみれになっている若者が肩で息をしながら俺に礼を言ってくる。

「どういたしまして。どう?復讐の味は」

 剥き蛤の串焼きを食べながら俺は問う。

「最高、です」

 そう答える笑顔はどこかひきつっている。仕方ないね。復讐したところで奪われたヒトや思い出は戻らないから。鉱人族(ドワーフ)の腕一本すら戻してあげられないから。

「あの、私たちはこれからどうすれば?」

 カツオの漬け丼を食べている俺のところに老夫婦三組が来る。六人とも全身ずぶ濡れ。たぶんハナビルに感染した盗賊を川に沈めて楽しんできたんだね。お優しいこと。

 そしてお楽しみの後、不思議な質問をしてくる。

「そんなの、俺が知るわけないでしょ?」

「「「え」」」

 カツオを咀嚼し、飲み込む。

「だって自分たちの人生だよ?自分たちで選択しなよ。君たち生き残りに待っているのは二つしかない」

 ハゼの唐揚げを口に運ぶ。

「他人の物を奪って生き残るか、他人の奴隷になって生き残るか。ちなみに俺は、奴隷はもう間に合っているから要らない。そこでウサギを食ってる三人で十分。それと君たちの面倒を見る余裕は、俺にはない。理由はシュークリームを一人50個も平らげてそこで双六(すごろく)をやっているお姫様四人の面倒を見なくちゃいけないから」

 ちなみにシュークリームに限らず四人の食後のデザートを準備するのは俺の野守神(亜空間)にいる(はる)()兄さん。

 ごめんね。分裂体の俺たち1号から4号全員の亜空間をつなぐだけじゃなくてパティシエの仕事までやらせて。

 兄さん馬鹿正直で真面目だから、休まず働きすぎてもっと()せちゃったかも。

 俺のつくった夕食、ちゃんと食べてね。

「元々住んでいた場所は〝健康〟な誰かに奪われているかも。だから取り戻したいなら戦いなよ。それが嫌なら住んでいた場所を奪った〝健康〟な誰かに飼われるしかないんじゃない?」

 味噌汁を啜ったあと、俺はそう結んだ。

「「「……」」」

 老夫婦たちはうなだれ、よろよろと引き下がっていく。

「マソラ様~」

 双六でいち抜けしたらしいソフィーがシュークリーム二個を手にしてこっちにやってくる。よく見たら余計に作ったシュークリームを賭けて戦っている。

「なにソフィー」

「マソラ様の森で飼ったらどうですか~?」

 シータル大森林でチンダラケにしたらどうかと蛸人族(クラーケン)はシュークリームを食べながら提案してくる。

「難民の受け入れを繰り返していたら森の中がチンダラケでいっぱいになっちゃうよ」

 ソフィーのほっぺにくっついていたクリームを俺は指でとると、自分の口に入れた。兄さん、上出来だ。甘くてねっとりとして美味しい。

「ちょっと聞いていて引っかかったのだけれど、〝健康〟な誰かというのはどういう意味なのかしら?」

 ソフィーに次いで上がったイザベルがシュークリーム二個をもってこっちに来る。えぇ?……シュークリームの先端を千切って中身を口の中に絞り出してる。うわ~、その後生地だけで食べてる。……もうイザベルにシュークリームは作らなくていいから兄さん。

「健康っていうのはね、このアルマン王国に昔から蔓延(まんえん)している風土病(ふうどびょう)チョルトに感染していない人っていう意味」

「なるほど。そういうことだったのね」

 と、話している間に三位とビリが決定する。竜人族が地面を叩いて悔しがり、風人族の双子妹がシュークリームを手にしてはしゃぐ。そしてそのシュークリームの中身を口の周りに塗ってこっちに走ってくる奇行。

「クリスティナ。わざと顔中にクリームを塗りたくっても俺はとらないからね」

「えーっ!ソフィーばっかりずるいです!」

 俺は深いため息をつきながらクリスティナの指についたクリームを指ごと口に含む。それだけで顔を真っ赤にさせて黙る風人族の双子の妹。

「難民といい、今このアルマン王国で一体何が起きているのですか?」

 真剣な眼差しと質問をこちらに向けてくる竜人族。真顔のまま近づいてきたと思ったらクリスティナの口の周りについているクリームを指でさっと削ぎ取って、自分の口に塗り直してる。そして塗り直しクリームをすぐに指で削ぎ取り竜人族の口に指ごと押し込む俺。ビリも三位と同じく顔を紅くする。ほんっと疲れる。

「四人は頼まれ仕事で留守だったから当然知らないよね。じゃあ説明するよ。シュークリームを粗末にしないで話を聞いて」

 アルマン王国。

 この国には今、西のマルコジェノバ連邦(れんぽう)からの移民が殺到している。

 原因は恐怖。

 軍事侵攻によってマルコジェノバ連邦を食い荒らす雫石瞳の恐怖から逃れるため。

 マルコジェノバ連邦から南に逃げることはできない。

 理由は連邦の南にはシータルより深いルバート大森林があるから。

 もしこの超広大の森を南に抜けられれば、パンノケル王国やアントピウス聖皇国にたどり着ける。だけど両国の国境警備隊が容赦(ようしゃ)しない。

 運が良ければ発見されたその場で死刑。

 運が悪ければ捉えられ奴隷にされ、どこかの貴族に売り飛ばされ、(くすり)()けの玩具(オモチャ)にされる。

 それにそもそも、諜報部(オルドビス)の調べによればルバート大森林には雫石瞳の本拠地があるとか。

 その名も迷宮ラビリントゥス。

 アントピウス建国と同じくらいに古い大昔に建てられたノトラージャ要塞(ようさい)をベースにして建造した地下要塞。雫石が俺と同じく〝こっち側〟なら、ルバート大森林はもうただのジャングルじゃない。おそらく森全体が迷宮に組み込まれている。

 すなわち森に不用意に入れば、ヒトも魔物も生きて出られる保証なんてない。

 諜報部もこの情報を得るのに高い代償を支払ったっていっていたから、冒険者の命がいくつか失われたに違いない。

「で、マルコジェノバ連邦から逃れた難民たちがアルマン王国に今数十万単位で日々大量に流れてきている」

「よく考えてみると、アルマン王国の国境線は長いから国境警備って超大変じゃないですか?」

 今度はみんなでババ抜きをしながらクリスティナが尋ねてくる。もちろん俺も混ぜられている。

「超大変なんてもんじゃない。アルマン王国名物のラチャタン封鎖戦(ふうさせん)は各地で破られて、国境警備隊は這這(ほうおう)(てい)で逃げ出すかその場でリンチにあって殺されるか難民に紛れるかしているらしい」

 南北全長一千キロに及ぶラチャタン封鎖戦は、連邦を構成する国家四つからの不法入国を防ぐために存在する。国は北から順番にブテノシス、オキシン、フォトロビ、ジャスモン。アルマン王国の首都カミオシナは王国の北端近くにあり、ここに近いラチャタン封鎖戦は堅固な状態を維持できている。だからこの場所の封鎖戦を越えた不法入国はそこまで深刻じゃない。けれどそこから南のオキシン国、フォトロビ国と接している部分の封鎖戦は大変なことになっている。

 だけどルバート大森林に南で接しているジャスモン国からの越境もまた、少ない。

「なぜジャスモン国から入らないの?」

 俺からジョーカーを引いたイザベルが「うっ」と声を漏らす。他の魔獣女子三人に即座にバレる。

「そうだね……しいて言うなら入ったとしても疫病以外何もないから、かな」

 南北に長いアルマン王国の中央部より少し南、そして俺たちの国『鎮守の森』があるシータル大森林から出てすぐ西には埋葬都市バトリクスがある。

 仕事はうんざりするほどあるし給料もいいけど感染症のせいで命がいくつあっても足りない場所、それがバトリクス。アルマン王国の風土病チョルトに感染した患者の収容施設。

 俺達が今いるような場所、つまり埋葬都市バトリクスより南に行けば、あるのは南東のロンシャーン大山脈帯か南西のルバート大森林。コンバットサラマンダーみたいなハイレベルの魔物がウヨウヨしている。まあ強い魔物がウヨウヨし始めたのは最近になってのことだから、原因は書道大好きの誰かさんがルバートの森を改造したことと、ソフィーに同情した俺が山の噴火をいじったせいかもしれない。

 とにかく一般人にとって、アルマン王国は現在、埋葬都市バトリクスより南に価値はない。価値があるとすれば強い魔物を倒してレベル上げをしたいなんていう物好きな冒険者くらいのものだ。価値のない所にくるのは何も知らないで人攫いをして逆に今リンチされている盗賊集団か、盗賊集団に攫われて翻弄される人々くらいだろう。それにしても手加減を知らない人たちのリンチってすごい。盗賊の指を食いちぎったり盗賊の股間を切り取って彼らの口に押し込んだり……盗賊の殺り方のほうがスマートに思える。

「やった!今度は私が一番だぞ!勝者は兄様を抱き枕にしてもいいという条件というのはどうだろう?」

 モチカの手札が全部なくなる。俺は周囲の虐殺現場から四人に視線を戻す。

「勝った後に決めるのはなしです。それより話を続けるから聞いて」

「ごめんなさい」

 オキシン国とフォトロビ国からの不法移民がアルマン王国に殺到している。

 それが原因で、風土病(エンデミック)地域大流行(エピデミック)になる。

 風土病チョルトは移民の中に瞬く間に広がり、その死体処理のために埋葬都市バトリクスはパンク寸前に追い込まれている。

基本(きほん)再生産数(さいせいさんすう)……簡単に言うと、チョルトに感染した人が一人いて、そのまわりにチョルトにかかったことのない人がいると、どれくらいの人が一度にチョルトに感染してしまうかっていう数値を医療部(クレタセオス)がこの一年で調べてくれた」

「ど、どれくらいなのでしょう?」

「平均して七人。これは俺の元居た世界でいう天然痘(てんねんとう)レベル。感染すると肌に豆みたいな粒がバーって広がってひどいと死んじゃう感染症。百年間で一億人以上の人間を殺している病気だ」

「チョルトにかかると~お豆いっぱいになって~死んじゃうんですか~」

 ジョーカーを引かされたソフィーがものすごく悲しそうな表情を浮かべて聞いてくる。

「チョルトの場合は皮膚に変化は起きない。……死ぬ時は死ぬけどね」

 俺は盗賊団をなぶり殺しにしている元捕虜たちを見る。何人かは生き残ったけれど後遺症を抱えているらしい。感情が(たか)ぶっているのに大声を出さず仲間同士で激しい身振り手振りを使いコミュニケーションをとっている。手話かな、あれは。

 風土病チョルト。

 調べて分かったのは細菌性の中耳炎(ちゅうじえん)。免疫力の低い者に訪れる最期は(ずい)膜炎(まくえん)であり、死。アルマン王国に昔からいる人々は人間族亜人族を問わず、おそらくこのチョルトに対する免疫が多少なりある。だから絶滅していない。難聴程度で助かっている。

 けれどマルコジェノバ連邦から新たにやってきた連中にはその免疫がない。だから細菌感染によって耳が聞こえなくなり、その細菌が脳や脊髄を覆う髄膜に移行し、殺される。

 細菌感染なんて概念がそもそもこの異世界にはないことは、医療部(クレタセオス)のミソビッチョを通じて俺は知った。

 俺は光学顕微鏡(けんびきょう)と電子顕微鏡をつくりつつ、コッホやパスツールみたいに「世界はばい菌だらけなんだよ」って彼らに説明するところから始めないといけなかった。

「あのあの兄様!」

「どったの?」

「もしかしてですけれど、私たちもそのチョルトにかかる恐れがあるのですか?」

 その言葉で魔獣女子四人の注目が俺に集まる。

「君たち四人は心配ない。シュークリームを五十個も食べる女子は感染しないんだ」

 結局ソフィーのジョーカーを俺が引き取り、俺の負けが決まる。

「それを聞いて安心したわ。ところで昨日のアマンディーヌはもう残ってないのかしら」

「アーモンドクリームのタルトレット?あれだったらあと一人三個分くらい残っていたよ」

「ホントですか~?」

 目をキラキラさせるソフィーとイザベル。

「うん。クリスティナとモチカが昨日の夜こっそり食べちゃったけど」

「「う……」」「「……」」

 爆風とともにトランプが舞い上がる。

 大乱闘スマッシュシスターズが始まったところで、俺はずっとこちらの話に聞き耳を立てていた三人の奴隷を呼ぶ。きれいな水を張った桶を二つ用意し、三人と一緒に皿洗いを始める。

「本当のことを言うと、彼女たち魔獣は俺の細胞を植え付けてあるから風土病チョルトには感染しない。君らの場合は医療部(クレタセオス)と俺が作った薬剤をぶち込んであるからチョルトには感染しない。だから安心して奴隷を続けて」

「「「……」」」

 ナコト、エピゴノス、ルルイエは黙したままローブの袖をまくり上げようとする。けれど一旦止める。

「あの、袖をまくってもよろしいですか?」

「もちろん。そして確かめるんだ。自分たちの呪いを少しずつ」

 三人はローブの(そで)をまくり、俺の教えたたすきがけをして食器を洗い始める。食い物の恨みで激戦を繰り広げている魔獣女子四人を除き、人々の動きが徐々に止まる。腹痛に苦しむ盗賊は苦痛に(ゆが)んだ表情を元に戻し、盗賊をリンチして復讐の快楽に(おぼ)れる元捕虜はハッとした表情を浮かべ、武器を落とし、こちらに顔を向ける。

「みんな君らに夢中だよ」

「「「……」」」

 汗を浮かべる三人は聞こえないふりをして食器を洗い続ける。

 一つ目の桶の水で食器の汚れを落とし、もう一つの桶の水で食器を洗い、そして消毒殺菌した布で食器を拭く。その一連の作業を三人で行い、その作業をみなが放心状態で見ている。

「捕虜は二百人近くいるけど、みんな行く当てがない。そして俺はこれから埋葬都市バトリクスに向かう。つまり彼らに()われても、彼らを連れていくことはない。それは聞いていたよね」

「「「……」」」

「魔獣女子四人には、「俺に危害を加えてこない限り人を殺すな」と言ってある。だからあの四人が積極的にここにいる誰かを殺すことはない」

 皿を洗い終えた三人がたすきをほどき、袖を戻す。汚れた水と洗った水をすぐさまその場に捨てる。砂を蹴って捨てた水の上にかけ始める。

「自分たちから全てを奪った盗賊は自由が効かない。捕虜という立場から解放され、腹もそれなりに満たされた。同じ境遇の仲間もたくさんいる。でもみんな行く当てはない。さてどうしよう。でもとにかく近くには……」

 俺は亜空間に食器と桶を収納し、かわりに柄の長い伐採斧(フェリングアックス)を三本と()(いし)を三つ取り出して地面に落とし、馬車に戻っていく。

「夜は長い。気を付けてね」


 翌朝、俺の寝ていた馬車の外には赤黒い死体の海が広がっていた。皮肉な話で、元捕虜は全員首チョンパ、生き残っているのは元捕虜によるリンチを免れて腹痛で身をよじらせている盗賊9名だけだった。そこだけ血じゃなくて糞便とゲロだから分かりやすい。

「「「………」」」

 明け方まで斧を振るっていたらしく、元暗殺者のナコト、エピゴノス、ルルイエは血まみれの斧を抱えたまま互いに背中を預け、座り込んで眠っていた。

「どんな感じだった?」

 俺は交代で見張りをしていた魔獣女子四人に感想を聞く。

「一言で表現すると、浄化を求めるグールね」

「ゴブリンの襲撃を連想しました」

「ペンギンさんを食べる~ヒョウアザラシさん思い出しました~」

「にわか雨が繰り返し降っていると言えなくもないような……」

 感想はバラバラだけど、言わんとするところは分かる。俺の聴覚はグール的だと伝えるし、視覚はゴブリン的だと訴えるし、新たに脳に(こしら)えた時間細胞はにわか雨的だと告げる。そして、

 シュルシュルシュルシュル……

「なるほど、ヒョウアザラシの捕食ねぇ」

 俺は背中から銀の蔓を伸ばし、転がる生首の表情に触れ、死骸全てを吸収しながら四人の感想を胸にしまう。

「それじゃあ〝荷物〟も減ったことだし出発しようか。埋葬都市バトリクスへ」

 四人に出発の準備をさせる一方、俺は銀の蔓で眠る三人を拾い上げ、荷馬車に積む。

「マソラ様。それはそうとどうしてバトリクスなんかへ向かうんですか?」

「一番の理由は俺の腹ごしらえ。俺は俺の残りの分裂体の魔力素を稼がないといけないから、バトリクスであふれかえっている死骸を(かす)()う。身よりもなくてどの神にも精霊にも見向きもされず、同類の人からも毛嫌いされている病死体を食べても文句は出ないでしょ」

「マソラに食べられる奴が文句を言うなんて私が許さないわ」

「で、第二の目的は時間稼ぎ。ほら、四人とも仕事の途中でこっちに来たでしょ」

「そう言えばそうでした!じゃあアレは今一体……」

「モチカの弟君たちにやってもらってる。あとロンシャーンの山のみんなと森のヤツケラにも協力をお願いしている感じ」

「たいへ~ん」

「そうだね。でもあれがないと〝この俺〟の場合仕事にならないから、こればかりは仕方がない。多くの人に迷惑をかけてしかも多少時間がかかるのは覚悟の上。話は戻すけどバトリクスに向かう第三の目的は売名行為」

「「「「バイメイ?」」」」

「そう。有名人になること」

「そんなの簡単よ。マソラが背中からビューンと蔓を伸ばして人々の目の前で一万人くらい人や魔物を食べて見せればいいのよ」

「俺は敵でない限り生きた人は食べないし、そんなことはしないよ。そして今回の場合、恐怖で名が売れても意味がない」

「ということは悪い奴をやっつけて英雄になろうというのですね兄様!!」

「そんな力は〝今の俺〟にはないから、それは君たち四人に任せる」

「変身してやっつけていいですか~?」

「そのチャンスはあるかもしれないけれど、それは今すぐじゃない。まあとにかくバトリクスへ向かおう。今回活躍するのはいつも裏方で頑張ってるミソビッチョだよ」

「「「「?」」」」

 第四の目的も計算しながら、俺は馬車の手綱(たづな)を引いた。


「ひょえ~これが埋葬都市(バトリクス)か。すっごいねぇ」

(ことわざ)に言う「エルフは腐ったらグール」ってやつね」

「お姉ちゃん。それたぶん「エルフは腐ってもエルフ」の間違い」

「そうだったかしら。そうね。実はわざと間違えたの。妹たちの教養をテストするのも姉たる私の務めだからよ」

「いつも言っているのだが、私はイザベルの妹君になった覚えはないぞ」

「ソフィーとモチカはどっちがお姉ちゃん?」

「そうね。胸の大きさからすればソフィーが母親でモチカが子どもかしら」

「なに!?そもそもなんで胸の大きさで決まるのだ」

「そういうものなのよ。改良パット」

「なっ!?なんでそんなことまで知っている……」

 アルマン王国中央よりやや南東。埋葬都市バトリクス。

 地理的に、アルビジョワ迷宮つまりシギラリア要塞からバトリクスまでの直線距離はおよそ三百キロ。シータル大森林からバトリクスまでの最短距離で言えば二十キロに満たない。シータルの森は俺の領域だからその最短ルートで進めば安全と言えば安全。

 それを選ばず、俺はわざわざシギラリア要塞からほぼ真西に進みシータルの森を出て、アルマン王国南部から北上してバトリクスに入った。

 理由はアルマン王国内の様子と経済状況をじかに知るため。そしてもう一つ、三人の元暗殺者の亜人族の特殊スキルを確認するため。

 わずか五日間のテストだったけれど、だいたいそれは分かった。シータルの森を、ヤツケラの仲間たちを実験台にしなくて本当に良かった。あっちはあっちで忙しい。お荷物の俺がこれ以上彼らの足を引っ張るわけにはいかない。

「マソラ様~くさ~い」

 鼻をつまんだソフィーが顔をしかめる。

「え?ごめん。俺そんなにくさい?」

「違います兄様!この都市全体が腐臭(ふしゅう)に満ちています!!」

「そりゃそうだよ。死体の処理で成り立っている街だもん。ちょっと待っててね」

 俺は魔獣である四人の嗅神経を〝さらに〟麻痺させる。訳があって最初からイザベル、クリスティナ、ソフィー、モチカの嗅覚は今回感度を落としている。それでもこの腐臭は慣れないとキツいから、ほとんどニオイを感じないようにする。

「まだ臭う?」

「あ、大丈夫です!」

 深呼吸して確認したクリスティナが言う。あまり深呼吸しない方がいいよ、ここの空気は。

「なるほどね、ようやく理解したわ」

 そういうイザベルの視線は街を歩く人々の顔。

 誰も彼も口と鼻を布で覆っている。感染症の原因なんて知らなくても自然とマスクなんて発明されるんだろうね、どこの世界だろうと。

「エルフは腐ってもエルフ。都市はやっぱり色々揃ってるね」

 死体処理で(うるお)っている街と言えば聞こえは悪いが、やはりここは生きている人も多く集う街。死体を運ぶ車両のために道路は完全に舗装されている。臭うことは臭うけれど下水道もある。そして田舎の農村にはない武器防具屋や道具や、宿屋に食堂、そして種々のギルド店舗(てんぽ)がある。

「よし、着いた」

「葬儀屋?じゃんけんで負けたら柩に閉じ込めるのね」

「反対側のお店だよ。はいみんな降りて」

 外交部(シルル)が事前に用意してくれた街の地図を(かばん)にしまい、俺は冒険者登録をするために冒険者ギルドの扉をたたいた。

「いらっしゃいませ」

「どうぞ」と言われこちらが扉を開くとホテルのドアマンのように亜人族が声をかけてくれる。でもステータスを見て気づく。

 レベル43の蜜穴熊人族(アルラティル)。筋肉質でラーテル頭の左利きソードマスター。腰の剣からは血と脂のニオイがする。

 これはドアマンじゃなくて店の用心棒だね。

 ん?

 ギルド内の空気は腐臭がしない。ああ、空気清浄用の魔道具が置いてあるみたいだね。道理でみんなマスクをしていないわけだ。そして人が多いのもうなずける。乾季にマスクなんてつけていたくないよね。暑いし蒸れるし。

「こんにちは。冒険者登録をしたくてこちらに(うかが)いました」

「ほお」

 行商人姿の俺を見た瞬間に(あわ)れむような気配を魔力素の流れで教えてくれたラーテル頭は、魔獣女子四人がぞろぞろと続いて入ってきた瞬間、魔力素の流れを変える。ああ、ビビってる。中途半端に強いって気の毒だね。相手の強さが何となく分かっちゃうから。

「あ、あちらで受け付けをしています」

「どうもありがとう。ところでここはチップとか払う習慣はあるの?」

「いいえ!オレ、じゃなくて私は特にチップを受け取っておりません」

「そうですか」と変な返答を聞き流し、俺は魔獣女子四人を連れて冒険者ギルドの受付に行く。

 受付は顔中ピアスだらけの人間族(マヌシア)の男とオドオドしている蜘蛛人族(ラバラバ)の女。

 雰囲気的に、ピアス男の方が先輩らしい。でもステータスではクモ女のほうがはるかに高い。先輩ピアス君、調子に乗って糸でグルグルまきにされて食べられないようにね。

「では登録されたい方はこちらの用紙への記入をお願いします」

 ピアス男にそう言われてふと思い出したのは、魔獣女子四人は字が書けないということ。読むのはできても字が書けない。これから少しずつ教えていかないとおいおい困るかもしれない。

「俺も含めて五人分の書類を俺が書きます」

「承知しました。それでは四名の方は先に能力値の測定をさせていただきます」

 ピアス男の目くばせでクモ女はせかせかと動き出し、計測具を運んでくる。ラーテル頭の用心棒が興味津々な様子で四人を見ている。ラーテル頭のことを知っている他の客たちがそれに気づき、やはり興味をもって四人を見はじめる。

 計測具三つ。

 一つ。クッションの上に置かれた水晶玉のような鉱石(こうせき)結晶(けっしょう)

 二つ。パンチングマシーンのように動くカラクリ構造体。

 そして三つ。一回どこかに消えたと思ったら全身を防具で固めて戻ってきた受付嬢のクモ女。レベル40。

 ……。

 もう、フラグ立ちっぱなし。

 俺は知らんぷりをして、丁寧に書類をしたためていく。それにしても書くことが多いよ。(しゅう)活生(かつせい)履歴書(りれきしょ)以上だよ。推薦(すいせん)入学(にゅうがく)推薦(すいせん)(ぶん)以上だよ。

「なんだこの魔力量は!」

「私はこう見えて竜人族(ドラフン)なのだ。これくらいは普通だろう。それと魔力量だけでなくバストサイズも普通、いやこれに関しては普通以上だ。無論見せるわけにはいかないがな」

「竜人族!?ロンシャーンに棲むと言われる伝説の亜人族ですか!?」

 なにこの書類、スリーサイズまで書く欄がある。ただのセクハラじゃんこれ。体重記入欄もあるし。

 ドゴオオオンッ!!!!

「け、計測不能」

「壊してごめんなさ~い」

 フードファイターの四人の体重なんて計る気にならないよ。キロじゃなくてトンになるんじゃないの?

 そうだ。モチカとソフィーの書類にはわざと変身した時の重さを書いちゃおう。なんてふざけたことをしたのがばれたら裏アキレス腱固めを食らうおそれがあるからやめておこう。

 シュパンッ!! ガラガラガラァア――ンッ!

「ほぇ?」

「ピンクのスキャンティーね。どこで買ったのかしら」

「きゃああっ!!見ないでくださーい!!!」

「はっはっはっ!!面白れぇ。残りの斧エルフの姉ちゃんはギルドマスターであるこのアイゼン様が直々に手合わせしてホゲチョッ!」

「あれ、斧使った方が良かったですか」

 五枚分の書類記入が終了する。

「登録料は全部でいくらになりますか」

 そう聞いても答えが返ってこないので仕方なく〝現場〟を見る。

 (まばゆ)い光を放つ鉱石結晶の前で立ち尽くすピアス男と壁に空いた大穴。

 代わりに行方不明のパンチングマシーン。エロいスキャンティー以外甲冑(かっちゅう)(たて)も含め身ぐるみ全部破壊されて泣き崩れているクモ女。両手で隠す胸はメロンサイズ。

 そして股間(こかん)を蹴飛ばされたらしく股間を両手で押さえたまま首が建物の天井に突き刺さっているギルドマスター。

 もうね、建物に入る前から嫌な予感しかしなかったからさ。分かってたよ。だいたいこうなることは。

「モチカとソフィーは?」

「ソフィーが殴った魔道具を探しに行っちゃいました」

「仕方ないわね。私はスキャンティーを探しに行くわ」

「却下。イザベルは上にめり込んでいるギルドマスターを生きたまま救出して。クリスティナは荷馬車から新品のローブを一つ持ってきてそこで泣いている受付嬢にかけてあげて」

 エルフ二人に俺が指示を出したところでようやく冒険者ギルドの時間が動き始める。

「お一人につき、銅貨二十枚になります」

 呆気(あっけ)に取られていたピアス男が(ひたい)の汗を拭いながら支払額を答える。

「少し前に人から教わったんだけど、冒険者にはランクがあるというのは本当ですか?」

「あ、はい。六段階に分けられていて、それは世界共通です。あの」

「俺は彼女たちとは違って普通の人です」

「は、あ、はい」

 念のためにまだ無事の計測具である鉱石結晶に触れる。モチカよりだいぶ暗い光。

「はい、少々多いですが、でも……普通です……うっ、うう……」

 なぜか涙ぐむピアス男。色々なことがあって何かがあふれてきちゃったんだね。分かるよ。魔獣女子四人と一緒にいるといつもそういう気持ちになるんだよ。ピアスだらけなのは嫌いだけど機会があればマブダチになれるかもね、俺たち。

 結局俺は普通通りEランク冒険者として登録され、銅製(カッパー)のプレートをもらう。

「あの、プレートの素材料はとらないんですか?」

「ふふっ、普通はいただくところだが、今回は特別にタダだっ!」

 首が曲がったままのギルドマスターはにこりと笑い、力強く親指を上に立てる。俺がギルマスだったら親指は下に立てるよ。

 魔獣女子四人は冒険者登録初日からSランク。金剛石製(ダイヤモンド)のプレート。普通はプレート一つにつき銀貨五十枚はするって外交部(シルル)から前に聞いた。

「それは助かります。ところで商業ギルドはどちらに?」

「商業ギルド?お前さんは商人にもなるつもりだったのか」

「ええ。この四人は俺の行商を手伝う用心棒(ボディーガード)です」

「というのは仮の姿で実はマソラの婚約者(フィアンセ)なの」

「マソラ様とは前世から結ばれているいい名づけです」

「マソラ様の~ないえんのつま~」

「今は兄様の妹だが、ゆくゆくは奥方になる予定(デスティニー)だ!」

 首飾りプレートをなぜか左手の薬指に巻き付けて他の冒険者に見せびらかす魔獣女子四人。

「彼女たちの言うことは気にしないでください。ちょっと旅の疲れが出て変なことを口走っているだけですから」

 そんなこんなで俺は商人ギルドの位置情報をあえて尋ねる。本当は、そんなことはニオイと外交部のくれた地図でもう分かっている。礼を言った後、金貨一枚をギルド入り口に立つラーテル男に渡す。

情報料(じょうほうりょう)慰謝料(いしゃりょう)とチップです。色々とご迷惑をおかけしました」

 ラーテル男は苦笑(くしょう)して、俺たちを見送ってくれた。


lUNAE LUMEN


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