第二部 歌神香児篇 終章
姫「マソラ君見て!この量!!」
闇「すごいねハルネ。それだけ白い花を集めれば十分だよ」
歌「ナガツ君見てください。この質」
闇「虫の、しかも三種類の抜け殻だけをよくもまあ、たいしたもんだね。シズクイシも」
歌「ところでこんな変なものを見つけたのですが、これはなんでしょう?」
闇「それは冬虫夏草。昆虫に寄生して生きるしたたかな菌類だね」
姫「なんか、すごくグロテスク」
歌「そうですか?私は迫力があってこういうのは好きなのですが」
闇「命が命をむさぼる姿は迫力がある。たしかに悪酔いしたように気持ち悪くもなるし、それが好きな人もきっといる」
歌「うまいまとめ方ですね。アカオギさんをちゃんとフォローしましたね」
闇「さあね。思ったことを言っただけだよ。それより材料集めは済んだから次のステップに入るね。素材を乳鉢の中で細かくしてお酒を注ぐ作業だ。まずは鞄から乳鉢とすり潰し用の石を出して。とにかく粉状になるまで細かくするんだ。ハルネのはちょっとかさばるから千切って乳鉢に移していこう」
姫「うん分かった!」
闇「シズクイシはとにかくすり潰して」
歌「分かりました。〝こちら〟はかさばらないので手早く済みそうです」
姫「むっ!丁寧にやらないと匂いが出なくて売り物にならないかもしれないからね!シズクイシさん!」
歌「もちろん分かっています。内助の功のごとく、ナガツ君のことを思いながら丁寧に丁寧にすり潰すことにします」
闇「「ナイジョノコウ」って分かって使ってる?」
歌「さあ?一途な女が大切な男に尽くすような意味だと思っていますが違いますか?」
姫「何どさくさに紛れて凄いこと言ってんのシズクイシさん!」
闇「はいはい二人とも。手が止まってる。頑張って細かくしたらストックバックに入れてお酒を入れるよ」
二人「負けないから!」「よく分かりませんが、勝つことは確定しています」
闇「よし。二人ともお疲れ様。よくすり潰せているね。そこの斜面を少し登ったところに準備が済んでいるから移動しよう。湯煎して、液体を匂いに移そう。待っている間に昼食をとろう。二人のためにチキンのピタサンドを作ってきた」
姫「マソラ君ありがとう!ピタサンド大好き!」
歌「私のような日雇い労働者にまでそのような慈悲を。水で胃を膨らませて飢えをしのごうと思っていたのでとても嬉しいです」
闇「はい、じゃあ手を洗って……?」
二人「どうしたのマソラ君?」「どうかしましたか?」
闇「いや、何でもない。手は洗えた?」
二人「うん」「はい」
闇「じゃあ戻ろう」
三人「「?」」「……」
詩「ああ。どうも。もしかして、石を焼いていたのはあなた方でしたか?」
闇「はい。ところであなたはどちら様ですか?」
歌「楽器を持っていますね」
詩「ええ。これは竪琴です。ああすいません。私は旅をしながら各地で歌を謡っている芸人でございます」
歌「いわゆる吟遊詩人ですね」
詩「そのような大それたものではありません。たまたま一座と離れ離れになって、そのまま草を枕にその日暮らしを続けている、しがない芸人にございます」
姫「それで、ギンユーシジンさん、これから行く当てとかあるんですか?」
詩「そうですね。当てというほどではないですが、路銀を稼ぎつつ、西へ向かおうかと思っています。ところで、つかぬことを伺いますが、塩などをもしお持ちであれば、少し分けていただけませんか?」
闇「いいよ。よかったら昼食もご馳走するよ」
詩「いえいえとんでもない。塩を少し分けていただければそれで本当に充分です」
歌「欲が少ないのですね。では逆に分捕るようなことを言います。塩を分ける代わりに一曲聞かせていただけませんか?」
姫「ちょっと、シズクイシさん。そんな無理言ったら……」
詩「ええよろこんで。本来であればそうやって路銀を稼ぐ身ですから、塩と引き換えに歌を披露させていただければこちらとしても後ろめたい気持ちがなくなりありがたいです」
姫「マソラ君。どうするの?」
闇「……」
姫「マソラ君?」
闇「そうだね。じゃあ塩と交換に歌を聴こう。ピタサンドを食べながら」
石遊びの好きな、六人の子どもたち。
いつまでも帰ってこない子どもたち。
怒った母は子どもたちの。
大切にしている石を。
鍋で煮てしまった。
「母のいない所へ行こう」。
石を失った子どもらは。
輪になって踊りながら。
母のもとを去った。
輪になって踊るうちに。
子どもらは天にのぼり。
石のような星となった。
姫「すごい上手です!感動しました!」
詩「ありがとうございます」
歌「興味深い旋律です。勉強になりました」
詩「光栄です」
闇「今謡った歌はどこで教わったの?」
詩「教わったというか、偶然聞こえたのでその時に覚えたものです」
闇「どこで聞こえたの?」
詩「だいぶ昔のことになりますが、アントピウス聖皇国の南の方の村だったと思います。ブタを放牧する老人と、その老人のあとについて、長い棒を振り回していた少年がおりました。歌はその少年が謡っていた気がします。ブタの群れと老人と少年が地平線に消えていくのを見送っているうちに、気づけば私は口ずさみ、うろ覚えでそのうちに奏でられるようになりました。拝借したものですが、自慢の一曲です」
闇「そっか……」
詩「ところでみなさんはこのようなところで先ほどから何をなされていたのですか?」
姫「香水を作っているんです」
詩「なんと香水を?それはまた錬金術師のようですごいですね」
歌「たいしたことはありません。白い花を集めて酒に浸すのは特に。虫の抜け殻を見つけて選りすぐり、砕いて酒に浸すのは少々骨が折れますが」
姫「あのねシズクイシさん!花をすり潰すのどれだけ大変だったか分からないでしょ!?」
歌「ええ分かりません。私は虫の抜け殻をすり潰していましたから」
闇「二人とも喧嘩しないの」
詩「ふふふ。にぎやかですね」
闇「ええ。本当にしょうもない連れのおかげで」
二人「とのことですアカオギさん」「今のはマソラ君がシズクイシさんに言ったの!」
闇「はいはいそこまで。湯煎は終わったからさっきの場所まで戻ってフィルタリングするよ。根気がいる作業だから簡単に音を上げないでね」
二人「もちろんです。〝私は〟最後まであきらめません」「〝私こそ〟あきらめないから!!」
詩「仲がいいというかなんというか……競うようにして降りていかれましたね」
闇「……お名前は?」
詩「え?私ですか」
闇「そうです」
詩「私はオルフェウスと申します。ところで、この火をお借りしてもよろしいですか?」
闇「どうぞ。もう俺たちは使わないので」
詩「すみません。それではジャガイモのスープを作るのに使わせていただきます」
闇「どうぞお好きに」
詩「塩もいただいたので、昼食が本当に楽しみです」
闇「そうですか。……二人の所へいきます」
詩「はい。行ってらっしゃい」
歌「さすがに、これはしんどいですね」
姫「あーっ!今しんどいって言った!マソラ君!私は全然しんどいなんて思っていないからね!」
闇「うん。ありがとうハルネ。そしてシズクイシもありがとう。日が暮れるまでよく頑張った」
歌「これで終わりですか?」
闇「うん」
歌「では戻りましょう」
闇「そうだね」
歌「先ほどの吟遊詩人の所へ」
姫「え?」
闇「……」
歌「どうかしましたか?まだ待っているはずです。私たちを」
闇「どうしてそう思うの?」
歌「あの場で唄を聴いていて、なんとなくそう感じました。湯煎を行ったあの場所にまだきっといます」
闇「そっか。じゃあ、戻ろうか」
姫「!?………うそでしょ……」
二人「「……」」
姫「マソラ君……」
闇「首を吊ってるね」
歌「そのようですね。自殺したのでしょう。食事をした形跡がありますね。ということは「ごちそうさま」のあとの「さようなら」ですね」
姫「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
歌「どうしますかナガツ君」
闇「このままだと気の毒だから、少しばかり解体して、森の獣や鳥たちに食べられやすいようにしようかな」
歌「前に話してくださった鳥葬というわけですか。なるほど名案です。しかしすみません。あいにく私は疲れていますし、人肉の解体経験がないので、ここで見ています」
姫「ちょっと、ねえマソラ君!シズクイシさん!!」
二人「「どうしたの?」」
姫「二人とも!なんで!なんで!?」
二人「「何が?」」
姫「なんで驚かないの!?ついさっきまで私たちと普通に喋っていた人だよ?謡っていた人だよ!?それが、それが首吊り自殺って!こんなの、こんなのありえないよ!!」
闇「最期に誰かに歌を聴かせたくて、ここで待ち構えていたのかもね」
姫「へ?」
歌「確かに先ほどの旋律は魅力的でした。歌詞は意味不明でしたが、メロディーは死ぬ前に誰かに聴かせる価値のあるものだった気がします」
姫「最期に聴かせて……そんなことって……」
闇「動機は本人にしか分からない。今分かっていることは、死体のそばに戻ってきたせいであらぬ疑いをかけられる可能性が出てきたということ」
姫「!?」
歌「授業をさぼって森に向かった召喚者三人が金銭目当てで旅芸人を殺した。ナガツ君のチームリーダーが聞いたら泣いて喜びそうですね」
闇「でしょ?もちろん俺一人が犯人のシナリオ」
姫「そんな……そんな……」
闇「というわけで、もう一仕事といきますか」
歌「あ、竪琴が置いてありますね。実はこれ自体、最初からかなり気になっていました。どれどれ……作業の邪魔になるかもわかりませんが、少しいじっても構いませんか?」
闇「好きにどうぞ。持ち主も死んでるから断る必要なんてないよ」
姫「二人とも、ヘンだよ。なんか変だよ。マソラ君まで変だよ。こっちの世界に来てからなんか変だよ!」
闇「こっち?ああ、そう言えば……なんて言うのかなぁ、そうだね」
闇「ハジメからこのウタウタイは〝こっち〟側のニオイがした」
姫「?」
闇「いやなんでもない。あれ?………驚いた。シズクイシは楽器まですぐに弾けちゃうの?何それ?特殊スキル?」
歌「分かりません。日雇い労働者のあまりの切なさが、新たな力を開眼させたのかもしれません」
闇「それにしても『禁じられた遊び』の「恋のロマンス」か。確かに切ないね」
歌「この弔いの場の雰囲気に合う気がしたので」
闇「盛り上げてくれてありがとう。じゃあ始める。そうだハルネ。耐えられないのなら先に城に戻った方がいい。というか、ここに遅くまでいると、タケコシたちがお前を探しに来るかもしれない」
姫「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……うぷっ!」
歌「やはり私も戻ります。アカオギさんを連れて」
闇「ありがと。助かるよ」
歌「いいえ。元はと言えば、私が再びこの焚火場に戻ることを希望して招いたことです」
闇「どうだろうね。そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
歌「役立たずの無用な心配かもしれませんが、独りで大丈夫ですか?」
闇「問題ないよ」
闇「〝こういうの〟は、慣れてるから」。
終章. 弔鐘
エディアカラクレーターの壁面を登りきると、そこは見渡す限りの焼野原。もう少し正確に言うと、焼野原の火が鎮まったあとの、黒い荒野。大地のいたるところに亀裂が走り、苛め抜かれたエスメラルダス原野のなれの果て。
アーキア超大陸北西部。
マルコジェノバ連邦中央。
ディシェベルト国。エスメラルダス原野。
溝呂鬼万葉という魔法使いを祓った俺は、そいつの対処用に作った雫石の生首レプリカを手にして、さくさく歩いている。
空を見上げる。湿度が高い。既に雲がもうもうと立ち込めている。普通なら夜明けとともに雨が降り始める。
それがマルコジェノバ連邦。気象を支配された領域。
「久しぶり。将軍」
おそらくは大精霊たちによって。
「……」
〈歌神を歌姫もろとも討ち取ったか。………さすがだ〉
俺が近づいたバフォスカイコガの念話の声はどこか、感慨深げの満足気。
巨大な蚕は今、幼若ホルモンによる変態制御を解除したことで、こげ茶色の蛹になっている。蛹の硬い皮は俺が打ち上げて放った「ニセ・神の杖」の一撃にどうにか耐えることができた。良かった良かった。
これでまた、年寄り虐めができる。
「実は頼まれて欲しいことがあるんだけど、ダメかな」
虐める相手は聖人床屋でおなじみの元軍人さん。雫石によってバフォスカイコガに寄生させられた老将軍スピールドノーヌ。ま、そうなったのは俺のせいだけどね。
〈私はあくまでお前の敵だ。頼まれごとは聞かない。今すぐ私をここで殺すか、もうすぐ死ぬまで待て〉
いいねぇスピールドノーヌ将軍。なんかこう、一皮むけた感じだ。いや、最初からこういう物怖じしない性格で、俺が単に気づかなかっただけかもしれない。なんてったって聖軍人様だ。一筋縄にはいかない。
「敵だなんてとんでもない」
〈そうであった。私は敵にすらなれなかった。魔神を相手に軽率な発言であった〉
「そう意地悪にならないでよ」
で、仕えた〝元上司〟に似た皮肉までひねる。雫石そっくり。いいねぇ。
〈言うことをきかせたければ呪えばよかろう。お前に逆らえる呪いなど私は知らない〉
「呪いたいのはやまやまだけど、俺にはもうほとんど魔力が残っていないんだ」
俺は首をすくめて言葉を返す。
〈その〝ほとんど〟が人と神では次元が違う。つまり私とお前では話にならない。お前ひとりで何もかもできよう〉
取りつく島がなさそうな雰囲気。
「そうでもない。俺はお前の言う歌神は始末したけれど、女帝リチェルカーレは殺していない。あいつは今俺の中で着々と成長している。あまり成長させすぎると手に負えなくなるから早く捨ててきたいんだ」
でもそうはいかない。切り札を見せる。
〈バカな……あの小娘を生かして何に使うつもりだ?あの狂った娘を〉
「知りたい?なら協力してよ」
〈断る。知ったところで私の生涯には何の関係も……〉
「明日の天気がもし〝分からない〟としたら?」
〈……なに?〉
「明日の天気を読むのが難しくなったら、面白いと思わない?」
俺は天を仰いで言う。
〈……〉
「まもなく夜が明けて、雨季が始まる。その常識をもしも打ち砕くことができたら、楽しいと思わない?」
食いつくかな?釣れるかな?
〈できるのか?〉
きた。
「この大地の気象条件を支配している奴は確実に海にいる。だからそいつを追っ払うために俺は雫石を兵器に変えた」
〈……〉
「すべては終わりだと思っているでしょ?でも違う。〝終わりの先〟が見えるかもしれない」
俺は視線を蛹に戻す。
「見たいとは思わない?大変な世の中を生き抜いてきたついでに」
念話がこない。沈黙がある。やっぱり釣れなかったかな?
〈海に潜む者とは、一体何者か?〉
よし、大丈夫。
「確証はないけれど、大精霊。俺の予測が正しければ闇の大精霊ミアハ。ミアハを祀る霊廟ストロビラはルバート大森林にあるけれど、中身が空っぽ。森の中のどこを探してもミアハはいない」
俺は首を傾ける。
「じゃあどこにいる?マルコジェノバ連邦の陸地のどこか?アダマンタイト層を隠している地面をわざわざ掘って地下に隠れる?空はどう?でも空中に神殿や霊廟なんてある?ないよね。とすると、最後に考えられる場所は海中。しかもマルコジェノバ連邦から遠くない深海にいる。その結果、水蒸気の量をミアハは調整し、雲を長時間にわたって操れる……っていうあてずっぽうな考えだよ」
でも信憑性をもたせないと、大物は釣れない。
〈……〉
「風の大精霊を、俺は相手にしたことがある。その時は星獣っていう大精霊の守護者的存在に大精霊自身が取り込まれて、かなり厄介な状態にあった」
フルングニルを取り込んだ星獣デュミナスバハムートはマジで危なかった。ステータスに表示されるレベルが三ケタ以上もあり得るってことは、アイツが教えてくれた。レベル329の410ミリバズーカ砲はさすがに泣けた。
〈闇の大精霊もまたそうであると?〉
「分からない。星獣とくっついている可能性は十分ある。ただそれが自ら意図したことなのか、それとも意図せずに起きたことなのかは知らない。でも大精霊が海にいる可能性はすごく高い。だからシズクイシヒトミっていう砲弾を落としたいんだけどもうそろそろ決めてくれないかな。こう喋っている刻一刻とアイツは強くなっちゃうから」
ここは正直に伝える。嘘を言っても仕方ないし。
「マソラ様ーっ!!」
クリスティナの声がする。見るとドラゴン姿のモチカが空を舞っている。その背中にクリスティナ、イザベル、ソフィーの三人がいる。
「あ、みんなこっちこっちー!急いで!!」
俺は手を振り合図する。
〈何をすればいい?私は、死ぬ前に〉
「高みの見物」
〈なに?〉
「オキシン国にエアボーンズロックっていう一枚岩の高地がある。そこまで飛んで。そして死んでほしい」
〈天気が変わるのをこの目で見届けろという意味か?〉
「そうだね。ただしエアボーンズロックまで運んでもらいたいものが二つある」
俺はここまで告げ、雫石の生首レプリカを持ち上げる。既に水晶の装飾品の中に密封してある。もう歌わない。これで本当に、ただのレプリカになった。
「これとあれを運んで」
あれ。
イザベルたち魔獣女子四人が運んでくれたトナオの死体。
「それだけ。将軍は何も語らなくていい。運んでくれれば、死体を見つけた人が後は勝手に語るから」
俺の目の前の大地に安置されたアダマンタイトゴーレムの破損死体に、亜空間ノモリガミから取り出したアダマンタイト塊を近づける。
石人族は死しても体が鉱物を愛する。
体の切断面にあてたアダマンタイトは液状化し、トナオの傷口を覆う。そしてそのまま接着剤の代わりとなってくれる。切られた腕。穴の開いた体。
それを、〝弟〟を、玩具みたいに俺は復元する。腕をくっつけ、穴をふさぐ。
玩具じゃないから生き返りはしないけれど、〝送る〟時はせめて、見栄え良く。
〈ぐぅ……く、くだらない〉
スピールドノーヌの宿るカイコガの羽化がようやく始まる。カイコガの分厚く硬い背中にピシリと亀裂が走る。遅いよもう。
〈つまり、こういうこと、であろう……ぐふっ!〉
俺はため息をつき、ソフィーにお願いする。
羽化が上手くできないカイコガの背中にソフィーが移動し、亀裂を広げる手伝いをする。怪力によって、成虫の肉がようやくはみ出てくる。
〈女帝リチェルカーレとの戦いを集結させたのは魔神でも人間族でもなく、石人族であったと!そう締めくくるためであろう!?〉
「まぁそんなとこだね」
イザベルとクリスティナにもお願いする。すぐカイコガ成虫の体に送風を開始。
たたんでいた翅が少しずつ開く。丸まっていた胴体が徐々に伸びる。
〈解せぬ。なぜ本当のことを語らぬ。ナガツマソラ!お前という魔神が歌神を殺したとなぜ言わぬ!?〉
ほい仕上げ。封印されし言葉「ミガモリ」発動。
開いて乾いたカイコガの翅に、俺はケイ素をくっつける。
「その方がロマンチックだから、かな」
〈馬鹿馬鹿しい!真の強者を讃える物語こそ人を惹きつける。出鱈目な物語は人を欺き、誤った方向へ導いてしまう!このアダマンタイトゴーレムは強かった。確かに強かった。それは認める。だが女帝を打ち破れる戦をできたか!?否!想定をはるかに上回る女帝の歌の前に跪かざるを得なかった!女帝に敗れたのだ!それを明らかにしておかねば再び女帝が現れた時、連邦の民は偽りの物語を信じるあまり、アダマンタイトゴーレムを探して終わろう!それでは女帝に勝てぬ!歌神となった歌姫に勝てぬ!悲劇を繰り返すだけだ!お前を探せば救われた命がお前のせいで死ぬことになるのだぞ!?〉
「それでいいんじゃない?どうせ「お前」頼みの他力本願なんだから」
〈お前と違って民とはか弱い存在なのだ!その民の命を何だと……〉
「何とも思ってない。俺にとって大事なのは、相手が俺にちょっかいを出してくるかどうかだけ。そもそも俺は闇。光に当たる者ではなく、光を光たらしめる者」
〈!〉
「な~んてね。死にかけなのによくしゃべるね将軍。エネルギーと時間の無駄遣いはそれくらいにしよう。固いことは抜きにしてさ」
構造色を纏ったバフォスカイコガの翅は、アダマンタイト以上の青い輝きを放つ。うん。モルフォ蝶みたいになった。
「みんな頑張って生きたんだから、そこに光を当ててあげてもいいんじゃない?か弱い存在に共感できる誰かが、優しくて良い加減な光を当てても」
〈………〉
よしよし。これぐらい鮮やかなら遠くからでもかなり目立つ。これなら目撃した人々の記憶に残る。これなら高所の僻地だけとすぐに見つかる。
そして三つの死体で、一遍の物語が完成する。
とにもかくにも、一遍の物語が。
「500キロくらい東に飛べば、巨大な一枚岩がある。それがエアボーンズロック」
〈それくらい知っている……最後に答えよ〉
「なに?」
〈歌姫を海に沈め大精霊を追い払った後、お前は何を望む?〉
「え?そんなの決まってるでしょ」
〈ただ古巣に戻り、静穏に暮らすというのか?〉
「それが望みだけど、今はそれどころじゃない」
〈?〉
「分からないの?優先順位が」
俺は菫色の瞳を細める。
「ゴブリン狩りが、残ってるでしょ?」
俺のニヤける姿が、バフォスカイコガの複眼にいくつも映り込む。
〈……ふふ。そうか。そうであった。私としたことが忘れていた。齢を重ね耄碌し、虫になり、歌に腑抜けて、忘れていた。世界はまだ滅びの最中にあるということを〉
「はい、最後の質問には答えたからこれでお終い。時間がないって言ったでしょ?じゃあ頼んだよ。最後くらいちゃんと仕事してね」
〈やれやれ。人遣いの荒い神だ〉
「神じゃなくて闇で~す」
イザベルとクリスティナに頼み、カイコガの右の中肢に雫石の生首クリスタルを結びつける。ソフィーに頼み、左の中肢にトナオの死体を結びつける。
「あ、そうだ。将軍をぶちのめした戦場で手に入れたアクアマリンの宝石なんだけど」
〈くれてやる。あれは人生の空しさと寂しさを忘れるための慰め。もう私には必要ない〉
「だよね。俺にこそ必要そうだ。じゃあ行ってらっしゃい」
成虫に寄生するスピールドノーヌが蒼い四枚の翅を力強く羽ばたかせる。どうにか宙に浮く。何とか前に進む。意外にしっかり飛んでいけそうだ。
「よし!こっちも急ごう!メンヘラ爆弾をさっさと海に捨てるんだ!」
ドラゴンの姿でスタンバイしているモチカの背中に俺は飛び乗る。イザベルとクリスティナも飛び乗り、ソフィーも乗って準備完了。
「では参ります兄様!!!」
イザベルとクリスティナの風の障壁が背中で展開するのと同時に、モチカが急発進する。音速を超える速さで、西のブラテーロ海へドラゴンは突き進む。
〈名は?〉
距離的に交信できなくなる直前、俺の頭の中に老将軍の声が小さく響く。
〈何?何の名前?〉
〈この戦争の名だ。それだけはお前が決めるべきだ〉
〈なんだっていいよ。ニデルメイエール戦争とかでいいんじゃない?〉
〈分かった。未来永劫その名で残そう。さらばだ。ナガツマ……〉
しつこいと思ったら途中で切れちゃった。まあいいや。こっちはこっちで忙しい。
「よいしょのしょっと」
飛行中、俺は亜空間サイノカワラからゴブリンの死骸を取り出しては、地上に放り捨てる。
「マソラ様~何をしているんですか~?」
「内緒。あとでわかるよ」
ゴブリンは好き。
この異世界で最初に俺の肉を食いちぎった奴らを、俺は決して忘れない。
魔物のなかでもゴブリンの研究は俺の中で一番進んでいる。
だから分裂小鬼シャシリックとかいう希少小鬼にもすごく興味がある。
兵器化した雫石を海に捨てたら一秒でも早く会いに行ってブチ殺したい。
だから今はその準備。俺はせっせと〝種〟をまく。移動中の東から西へ、ストリコラ国でまき、ジベレ国でまき、リグーニ国でまき、サリチール国でまく。〝土〟があれば〝種〟は芽吹く。
「兄様!海が見えてきました!!」
「オッケー!俺は今からシャコガイを放り捨てる。貝の姿を見たら急旋回してマルコジェノバ国の首都フェティソボに向かう。10秒後だ!!」
「分かりました兄様!!」
楽しい種まきはいったん中断。ここからは相手が相手だから真剣勝負。
俺は亜空間サイノカワラを展開する。
〈お久しぶりです〉
うわ~。予想以上に強くなってるー。
〈ずいぶん生命力も魔力も減ってるね〉
〈はい。寝食を忘れ、飲まず食わずで修行に励んでいたものですから〉
雫石瞳:Lv39(脳神経細胞及びグリア細胞)防御力補正。
生命力:51/4600 魔力:99/100000
攻撃力:10 防御力:10000 敏捷性:5 幸運値:600
魔法攻撃力:9900 魔法防御力:20000 耐性:闇属性、水属性
特殊スキル:月属性魔法、細胞融合、形質転換
〈ですがおかげで歌をだいぶ覚えました〉
〈そりゃ怖い。エリクサーあげるけど、お願いだからすぐに飲まないでね〉
〈二年と二十八日ぶりの食事なのにお預けですか?〉
〈そうだね。まだこっちの世界はお前が貝に入ってから四十分ちょっとしか経っていないんだよ〉
〈そうでしたか。私はいつの間にか永津君の年上になってしまったのですね〉
大きさは変化していないけれど魔力素の対流が激しくなっているダイオウシャコガイに電気を流し、僅かに二枚貝の蓋を開く。コラーゲンに守られた雫石の脳が覗く。コラーゲンが色を変え、皮膚の色となり、目を備え、口を備え、鼻を備え、耳を備える。
シャコガイの殻の中に浮かぶ、女の首。
ほんともう、ただのホラー。
〈ところで永津君。私の〝殺し文句〟を聴いていただけませんか?二年分の想いを籠めて本気で歌いますので〉
〈結構です!近くで聴くのはトイレの音姫だけで十分!海の中で思う存分謡ってください!!〉
〈そう釣れないことを言わずに傍で聴いてくださいませ。たしか「メンヘラ女の彼ピッピ」でしょう?〉
こっちを凝視する目が笑う。後先考えない奴の目。そういうの全然笑えないから!
〈オッツー!はいエナジーチャージ!昔の話は興味なーし!〉
すぐに中身の液体を吸収できないよう、重厚にクリスタルコーティングしたネチェルエリクサーの瓶をその顔面に押し込む。
ピシリ。
はい?
〈管弦素配列変換〉
ウッソ!瓶が割られた!
〈ちょっと待ってタイム!話し合おう!〉
雫石の脳の入ったダイオウシャコガイを急いで放り捨てる。音速を超えて飛ぶモチカによって、シャコガイもまた音速を超えて海に飛び込む。
〈二九音律臨界葬音………〉
ヤバいヤバい!
シャコガイのサイズがでかすぎて浮力がメッチャ働いてる。予想以上に沈むの遅い!あっ!貝の中の空気を考えてなかった。ミスった。
「逃げろモチカ!!」
っていうかこっちの期待以上に雫石が成長してた!しかもエナジーチャージ速すぎ!
〈幻創高低。長恨歌〉
俺に急かされたドラゴンのモチカが全速力で北東に移動する。その背中にあって、俺の前方で風を操るイザベルとクリスティナ。俺の後方で万が一に備えるソフィー。俺の細胞を移植しているせいで、俺の緊張がダイレクトに伝わっているはず。
ごめん。
でも本当にシャレにならない。相手が相手だから。
ブゥゥゥゥゥ……
ダイオウシャコガイが飛び込んだ海水面が大きく膨れる。山のように膨れる。念のために、俺に背を向けて俺を守るソフィーの額に目を作る。〝海の山〟を視認。デッカ。
「もっと遠くへ!!もっ」
バオオオオオオオオオオオオンンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
海に生じた山がとうとう限界に達して破裂し、衝撃波が同心円状に激しく広がる。音からしても、とてつもない強度。
シャ。
やっぱり。
海に出ていた軍用船が瞬時に粉砕する威力。当たればすぐさま飛沫にされるレベルの波。
シャ。シャシャシャ。
軍用船は衝撃波にやられる前からゴチャゴチャとして、しっかりとした陣形がとられていなかった。
つまり乗っていたのはおそらくゴブリン。たぶん分裂小鬼たち。
ステータス確認している余裕が全然なかったからまだしていないけれど、たぶんレアゴブリンたち。
それらが海に投げ出されている。改めてステータス確認しようとしたけれど、肉片が細かすぎてできない。っていうか、
「うわあああっ!!」
すでに爆心地から40キロも離れているのに、モチカの竜体は風を捌ききれない。それほどの衝撃波。
その逃げ場のない凄まじい波のせいで、俺たちはクルクルと回転を続ける。イザベルとクリスティナの二人ですら制御不能の超爆風が、ドラゴン状態のモチカもろとも俺たちを翻弄する。全員がバラバラに飛び散らないように、ソフィーの腰から伸びる四本の蛸足吸盤が全力で俺たちに吸いつき、引き寄せる。骨が砕けるほどの吸引力だけど、これも仕方ない。それほどの歌。唄謡いの魔法。
「やれやれ、まったくもっていいデビューソングだったよ。ヒトミ」
耐えに耐え、ようやくモチカが体勢を立て直す。
ほっと息をつくのもつかの間、海面の変化のせいで緊張が走る。魔獣女子四人の緊張が今度は俺の中に流れ込む。おかげで氷水を被ったみたいに、逆に冷静になれた。
「兄様!」「マソラ、アレは一体」「マソラ様。海が……」
「津波!ガチでやばいヤツ~!」
確かにドン引くほどデカいので、試しに一か所だけ、なるべく正確に測定してみる。
72メートル88センチ13ミリ。
要するに超巨大津波がブラテーロ海で発生し、ブラテーロ海を臨む沿岸国のサリチールを無慈悲に襲う。
そして津波は高さこそ徐々に落とすも、着実に南北へ広がっていく。
南のホルゼル海に伝わった死の壁はコルメラ国の沿岸を、北のキンディリカ海に伝わった絶望の壁はマルコジェノバ国沿岸を、唸りをあげて呑み込んでいく。
そして、次。
俺は目を凝らす。鳥肌が立つ光景だ。
いよいよ恐怖の〝引き〟が始まる。
「津波は押しより引きが恐い」
海育ちではない三人は俺の説明を、口を開けたまま呆然と聞く。
「あれからは逃げられない。飲み込まれたら一巻の終わり」
海の中育ちの一人は口を結び、全身に冷や汗を浮かべて聞いている。
沿岸部から最高34キロ地点までじわりじわりと呑み込んだ津波は今度、すさまじい速度で引いていく。
民家、道路、地衣類、コケ、町、港、城、文明、戦争、炎、シャシリック。
あらゆるものが海へと容赦なく引きずり込まれていく。
あらあら、せっかく蛆のように湧いた分裂小鬼がどんどん飲み込まれていく。後はマリンスノーにでもなって、雫石の糧になるといいよ。
「さてさて、これで大精霊も少しは構えるでしょ」
衝撃波の威力かそれともこっちの狙い通りか、空を覆っていた厚い雨雲はいつの間にか消え、沖はほんのり青く、明るい。夜闇が薄れてきている。
できれば狙い通りであってほしい。
大精霊が雫石瞳を警戒し、この領域から他所へ移動した。
だからこそ起きた場景であってほしい。
まあ、でもそれはあくまでこちらの希望。
大精霊のお引越しはあくまで希望予測。希望通りいかないこともある。
でもふつう、あんなやかましい歌姫がいる海に居たいとは思わないよね。
俺が大精霊だったらとりあえず尻尾を巻いて引っ越す。行く先は、人々の予想の裏をかいて西。
つまりこの惑星を一周して大陸アーキアの東側の魔王領バルティア沿岸あたりに住み着いてくれるとすごく都合がいい。マソラ4号の仕事がきっとはかどる。
でもそううまくはいかないだろうね。大方お仲間の近くにいくだろうさ。でもそれだとマソラ3号にきっと迷惑がかかる。だとしたらゴメン。やっぱり俺、みんなに迷惑かけてばかりだね。
なんて今更悔やんでも仕方がない。
なるようになる。それだけだ。
ならなければみんなでなんとかしていく。それだけ。
「ほんじゃ、仕上げと参りますか」
当面の危機が去った俺はモチカの背に乗りなおし、マルコジェノバ国の首都フェティソボに向かう。
城塞都市はもうシャシリックによって占領されている。占領というか、占拠。アリの巣の中のように、どこもかしこもあふれんばかりのシャシリックだらけ。都市には家畜も人間族も亜人族も気配がない。一切は壊され、砕かれ、奪われ、貫かれている。
素敵だ。まるで全身を蝕む癌細胞だ。
殺り甲斐がある。テンションも上がってきた。
「お?」
そのシャシリックたちからまとまった石火矢がこっちに飛んでくる。タイミングを合わせた砲弾が飛んでくる。所々から魔法まで飛んでくる。雫石の脳内情報によれば、シャシリックの中で統率能力をもつ変異種が現れたとか。
あれかな?少し背丈が高くて、王冠までかぶった絢爛豪華なシャシリックが一匹だけいる。分かりやす~い。違いを際立たせようと着飾るところが痛々(いたいた)し~。
シャシリック:Lv34(分裂小鬼)
生命力:666/666 魔力:666/666
攻撃力:800 防御力:700 敏捷性:260 幸運値:10
魔法攻撃力:600 魔法防御力:600 耐性:土属性
特殊スキル:増殖
普通のシャシリックがこんな感じなのに、瓦礫の頂上におわします王冠シャシリック殿は、
シャシリック:Lv50(分裂小鬼)
生命力:6666/6666 魔力:6666/6666
攻撃力:1000 防御力:700 敏捷性:300 幸運値:200
魔法攻撃力:3000 魔法防御力:3000 耐性:土属性
特殊スキル:増殖、統率
と、きた。
特殊スキル「統率」だって。ゴブリンロード確定じゃん。
手にしているのは宝具と魔剣。へぇ。よく見ると飾りじゃないね。そんな高級魔道具まで使えるのか。雫石の情報通りだけど、この目で見るまでちょっと信じられなかった。そこまで魔力素の操縦が上手いってことか。じゃあロードの分裂体から魔法使いや砲手や弓兵が出現してもおかしくない。すごいすごい。血が滾ってきたよ。
おっと、そうだ。津波系女子のせいで忘れてた。種まき種まき、と。
ポイ。ポイ。ポイ。
無限の分裂能をもち、知恵までつけ組織化されたゴブリン。
ポイ。ポイ。ポイ。
殺し甲斐がある。雫石の時とは違う。
今度は純粋に殺して殺る。
ポイ。ポイ。ポイ。
よし。〝種〟も撒き終えた。これから楽しみだなぁ。
ドス――ンッ!!!
「四人にお願いがある」
俺は亜空間ノモリガミから、雨季用の簡易基地ドロブネとして使用していた巨大木造船三つを慎重に落下させる。アダマンタイトコーティングとシャシリックの〝クッション〟のおかげで上空から落とされた三隻の船体はかろうじて粉砕せず、地面に突き刺さる。
ゴゴゴゴゴゴゴ………
けれどまもなく倒れ、船首同士がぶつかる。崩壊が一度収まる。ギリギリのバランスで踏みとどまってくれる。
ふ~、良かった。ありがとドロブネ。これが最後の仕事だよ。
「俺はちょっと準備があるから、少しの間、ドロブネの中にシャシリックを入れないようにして」
灼眼にした俺は拳を握りしめてパキパキと指を鳴らす。四人の表情が引き締まるのを感じる。
「「「「了解」」」」
モチカが輝きながら急降下する。ドロブネの内部に入るとすぐ、雷撃を放つ。
けれどその前にもうソフィーが飛び降りて激しく動き、白銀の杭でシャシリックを貫き終えている。トライデントを繋ぐ無窮の長い鎖がシャシリックを絡め終えている。
バシイイイイイイイイッ!!!
雷が落ちる。凶悪な電圧の静電気がトライデントに通電する。感電したシャシリックが爆発して微塵になり、そして再生して増えようと肉が分裂を始める。
「「ダウンバースト!!」」
けれど分裂体が完成する前、イザベルとクリスティナの起こした殲風が肉片をドロブネの外に吹き飛ばす。剃刀の刃のようなつむじ風はシャシリックの内臓や筋肉をさらにこまかく引き裂いていく。シャシリックの再生はやりなおし。
けれどやり直せる。
やり直す体力と魔力がまだまだ、あのゴブリンたちには在る。
「昔の人はいいことを言った」
シャシリックがドロブネの中から消える。大きな吐息や笑い声、汗と脂が消え去った。
そう。始まりはこう、何もない方がいい。神聖な感じがする。
「人は離れ小島にあらず。一人として独立する者あらず。人はみな、大陸の一部なり」
きれいさっぱりになったドロブネの内部。
俺はシャシリック退治のスタンバイに入る。
封印されし言葉「ミガモリ」。いっちょかましますか。
「その地、もし波に洗わるれば、ただ狭まるのみ。さながら岬が波に削られしごとくに」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「汝の友。汝の住処。凡てが波に流されしごとくに」
柱、梁、床、壁、ワイヤー、バトン、白鍵に黒鍵と……
〈マソラ!様子のおかしいシャシリックがいるわ!〉
〈ヨダレだらだら~〉
〈マソラ様の捨てたゴブリンを食べたんだよアイツ!〉
〈仲間割れか!?あのシャシリック、周囲の者に手あたり次第噛みついているぞ!!〉
「人の死もこれに相似る。我が身を削られんがごとし。なぜなら我もまた人々の一部にすぎぬ故」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………
滑車、戻りばね、クラッパー接続完了。ちゃんと動くかな?
〈ところでマソラ?一体何を造ってるの?〉
〈何ですか~デカいこれ~?〉
〈まるで白蛇と戦った時の時計塔みたい……あっ!ドロブネがひっくり返るよ!気を付けてみんな!〉
〈兄様!!お変わりありませんか?大丈夫ですか!?いや大丈夫に決まってる!お仕事中失礼いたしました!〉
「故に問うなかれ。誰がために弔いの鐘は鳴るのかと。鐘は汝のために哭いている」
演奏開始。
カランコロォォ――ンッ!!
「「「「「「「「「「「「「「「?」」」」」」」」」」」」」」」
造っていたのはカリヨン。
人類史上最大の鍵盤楽器。一つの鍵盤を操作することで一つの鐘が鳴る、総重量230トンの、歌う鐘塔。
塔部分と動力装置は、ケイ素操縦「ミガモリ」によるクリスタル製。
一方で打ち鳴らす大小43個の鐘は全てアダマンタイト製。
我ながら上出来の音色の鐘を据え付けられた。
それもこれもきっと、ゴブリンへの殺意のお・か・げ。
カランカラァァァァ――ンッ!!
カリヨン。
マソラ2号である俺の残る余力すべてを注入した作品。
この地で集めたアダマンタイトの残り全てを使った作品。
奏者:マソラ2号。
曲目:白鳥の歌。
コロンカラァ――ンッ!!
「「「「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」」」」
そんなに聴き入られると照れるね。恍惚とした表情、じゃなくて放心したその感じがいい。
コロンコロオオオーンッ!!!カーンッ!!
まぁ、動けないよね。だらりとしちゃうよね。うなだれるしかないよね。
脳内のセロトニンの分泌が停止しちゃったら。
カランコロォォ――ンッ!!
カリヨンによる「白鳥の歌」。
歌の効能は鬱。
周波音を受け取った者は神経伝達物質の一つを分泌制限され、意欲低下と無気力がもたらされる。
〈マソラ!鐘の音が聞こえたらみんな動かなくなったわ!〉
〈だら~んとしてる~〉
もちろん魔獣女子四人の聴力は落としてある。さらに、植え付けてある俺の体細胞が皮膚振動を感知してそのたびに干渉波も出している。だから「白鳥の歌」のダメージはない。彼女たちにはただの音楽。
「もう大丈夫。四人とも時間稼ぎ、ありがとう。後は俺が殺るよ」
鐘による歌が響く範囲は、地形を考慮に入れて、せいぜい二十キロ。
雫石の起こした津波ほど広範囲じゃないけれど、無気力効果のある歌のおかげで近場のシャシリックは行動停止。
「「「「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」」」」
傷つかない限り、こいつらは分裂しない。
それがシャシリックの本能。ロードだって、それは同じ。
無駄なエネルギーは使いたくない。いつエネルギー切れになるかわからないのが自然界だから。
そして傷つけば体を休めるのが生命の本能。
そのために「鬱」はある。
カランコロォォォ――ン!!
「「「「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」」」」
生命はストレスで追い詰められると「鬱」を発症する。そして気力を失い、動けなくなる。生命がわざと鬱を仕向ける。
無気力で動き回らなくなれば、体はその間に闘って傷つくこともないし、体はその間に自分自身を再生させることができる。
コロロオオオオオ――ン!!
鬱病は肉体の傷を癒すために、生物がもつ普遍的な遺伝子。異世界召喚に失敗して誕生したとはいえ、魔物も元をたどればヒト。鬱病の遺伝子を核酸に刻み込んでいる。
だったらそれを利用しない手はない。
俺の弔鐘はこうして鬱病の遺伝子を発現させる。セロトニンの脳内分泌を止める。
「ゲアアアッ!!!」
〈あっ、お姉ちゃん!あれ見て!!〉
〈ヨダレダラダラシャシリックね。クリスティナの幼いころを思い出……せなくなったわ〉
〈なんだあれ……自分を引き裂いてるぞ……〉
〈しかも増えてる~やだ~〉
「白鳥の歌」を聴いて動けるシャシリックは二種類。
一つは俺のまいたゴブリンの死骸を食ったシャシリックと、そのシャシリックに噛みつかれたシャシリック。
ゴブリンの死骸。ふふ。
死骸には狂犬病ウイルスを改造したものを仕込んである。
狂犬病。ふふふ。
発症すれば致死率100%の死の感染症。そしてゴブリン以外にジャンピングしないよう調整し、発症までの時間を短くした傑作ウイルス。
新種ウイルスにつけた名前は「ゴブリンダンス」。
ゴブリンダンスは唾液腺で増殖し、噛みつきや唾液の付着した爪の引き裂きによって新たな宿主の体内に入る。
そして血管ではなく神経に沿って、脳に向かい上がっていく。
ふふふふふ……
ゴブリンダンスが神経を上る速度は時速2メートル。
狂犬病ウイルスの約5000倍の移動速度。
すなわちゴブリンダンスは細胞内増殖と感染力が桁違いに高い。
ゴブリンダンス。
このウイルスは感染後数分でシャシリックの脊髄に到達する。
「ゲヘエエアアッ!!」「ゴエ――ッ!!」「キュエエアアッ!!」
この時点で〝患者〟は狂躁状態に入る。つまり錯乱と幻覚と嚥下障害。
嚥下障害は狂犬病ウイルスをベースにして作っているから当然。唾液を呑み込めないようにウイルスは宿主を躾ける。つまり呑み込めないウイルスヨダレを口から垂れ流しつつ、感染シャシリックは暴れまわる。
この状態のシャシリックは「白鳥の歌」が効かない。鬱にならない。なれない。
だから無気力かつ無抵抗の〝通常〟シャシリックに分別なく襲いかかる。襲われたシャシリックはこれにより〝異常〟事態に陥る。
ウイルス感染を起こし、まもなく同じように暴れまわる。
カランコローンッ!!!!カンコォォォンッ!!!
「ギエエエエエアアアアアッ!?」
「白鳥の歌」の効かないもう一種類のシャシリックは、ウイルス感染末期のヤツ。
脳に達したウイルスはそこにあるグリア細胞と神経細胞を使い、ひたすら増殖を繰り返す。
その際、宿主に起きる症状はずばり、知覚過敏。
わずかな光や水はむろん、耳を撫でるような小さな音ですら激痛を覚える。
そんな感染末期シャシリックにカリヨンの鐘の鋭い轟音なんて響こうものなら、それはもう頭を引き裂きたくなるに決まってる。耳を塞いだところで空気の振動は全身を震わせる。ありったけの激痛が全身で発生し、それを破裂寸前の脳が受け取る。
ズシャッ!!グシュグシュグシュ……
そして引き裂いて増殖し、分裂体が増えたところで、その分裂体は最初からウイルス感染を起こしてしまっている。発生当初から汚染済み。
「ケァ?…………ギュゴアアアアアッ!!」
辿る運命は、分裂前の親個体と同じ。
自らの能力で無限に増殖し、俺の鐘とウイルスのせいで無限に死んでいくだけ。
分裂するための体力と魔力が、体内と体外から消え尽きるまで。
スンスン。スー、フー。
封印されし言葉「カンダチ」で、死と増殖の無限連鎖を辿るシャシリックたちの場景を、嗅覚で味わう。
カリヨンの鐘の出す音波によってシャシリックの唾液の中のウイルスが気化し、空気感染まで成功しているのを確認。こりゃいい。
感染シャシリックの傍にいるだけで感染させちゃうなんて、さすがゴブリンダンス。
感染シャシリックの残した唾液に近づいただけで感染させちゃうなんて、さすがゴブリンダンス。
感染シャシリックが増えれば増えるほど感染率が指数関数的に高まるなんて、さすがゴブリンダンス。
パーフェクトバイオハザード。カリヨンの近く限定だけどすごい。
〈兄様!!フェティソボに向かって各地から大量のシャシリックが近づいて……こない?止まった!止まりました!〉
何のために生まれて何をして生きるのか分からない虚無感。
〈たぶんあの冠シャシリックに呼ばれているのよ。そしてマソラの演奏が凄すぎて、思わず立ち尽くしているのね。あ、でも少し動きがあるわ〉
噛みつかれ、唾液にまみれ、大暴走する高揚感。
〈ここに来る前に色々な場所でマソラ様がゴブリンを落としたから、きっとそのせいだよ!〉
いつ鳴り終わるのか分からない鐘の音で激痛を味わう悲愴感。
〈たぶんみんな~〝こっち〟と一緒~〉
生まれた時からウイルスを孕み、訳も分からず発狂に追い込まれる絶望感。
「磯の匂いも混じって、いい香り……」
分裂小鬼シャシリック。無限の分裂能を持つ魔物。
環境の変化に適応するため、「種」だけでも残すため、生命はかつて無限分裂を捨て、有限の生命と遺伝子再構成、つまり「死」と「性」を得た。
分裂小鬼シャシリック。
カランコロオオオン――ッ!!!
それは再び「不死」となった生命。
けれど残念。
俺が〝それ〟を否定する。
カランカラァ――ンッ!!!
お孵りなさい。「死」へ。
「オアアアッ!!!!」「ギュアッ!?ギュアアアアア!!!」
お帰りなさい。「闇」に。
「さあ、失われた時は戻してあげたよ」
夜が明ける。雨季の始まりのはずなのに雨は降らない。
澄んだ青空の下、鐘の音が長調のように響き、小鬼の悲鳴が短調のように木霊し、地面を赤黒く染める。見事な不協和音。
カランカランカラ――ンッ!!!
俺は椅子に腰かけカリヨンを弾きながら、巣穴にいるカリレアアリジゴクのように、シャシリックを待つ。
けれど俺は、カリレアアリジゴクとは違う。
獲物が来るのをひたすら辛抱強く待ち続けることしかできないような、自分の生きる意味も目的も知らないような、繰り返される雨季と乾季に翻弄されるような、あんな星獣とは違う。
俺はナガツマソラ。
どうかしている、闇。
手を出してくる奴には、どんな手を使ってでも呼び寄せる。そして食らいつくす。
それが闇。全てを呑み込む闇。
コロンカラァ――ンッ!!!
俺が待つのはシャシリックの命ではなく、シャシリックの絶滅。
闇とはそういうこと。
闇とはそういうもの。
「生まれたばかりの赤子のように、震え上がれ」。
(第二部 完)
4号より2号へ。つあーおつかれさまです。きらきらひかるむしは、たかいところにのぼって、ぶじいきたえました。ふるはずのあめがふらないことを、とてもよろこんで、しんでいきました。どうしてもかきたかったようで、らくがきをじめんいっぱいにのこしましたが、もんだいなさそうです。むしのあしにくっつけた、したいふたりのとうじょうする、かんどうてきなものがたりです。たいへんなよのなかをいきぬいて、はてた、えいゆうたちのひげきときげきです。もうじきはっけんされ、ながいことみんなのきおくにのこるとおもいます。
ところで、おれたちの、げんざいのじょうきょうをつたえます。
あたまのおかしいやつのあまたをちぎって、はらのたつやつのはらをちぎって、あしのういたやつのあしをちぎっています。みみのいたいやつのみみをちぎりおえたら、みんなでおうちにもどってください。ごちそうをよういしてまっています。
(第三部へ 続く)




