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第二部 歌神香児篇 終章

姫「マソラ君見て!この量!!」

闇「すごいねハルネ。それだけ白い花を集めれば十分だよ」

歌「ナガツ君見てください。この質」

闇「虫の、しかも三種類の抜け殻だけをよくもまあ、たいしたもんだね。シズクイシも」

歌「ところでこんな変なものを見つけたのですが、これはなんでしょう?」

闇「それは冬虫夏草。昆虫に寄生して生きるしたたかな菌類だね」

姫「なんか、すごくグロテスク」

歌「そうですか?私は迫力があってこういうのは好きなのですが」

闇「命が命をむさぼる姿は迫力がある。たしかに悪酔いしたように気持ち悪くもなるし、それが好きな人もきっといる」

歌「うまいまとめ方ですね。アカオギさんをちゃんとフォローしましたね」

闇「さあね。思ったことを言っただけだよ。それより材料集めは済んだから次のステップに入るね。素材を乳鉢の中で細かくしてお酒を注ぐ作業だ。まずは鞄から乳鉢とすり潰し用の石を出して。とにかく粉状になるまで細かくするんだ。ハルネのはちょっとかさばるから千切って乳鉢に移していこう」

姫「うん分かった!」

闇「シズクイシはとにかくすり潰して」

歌「分かりました。〝こちら〟はかさばらないので手早く済みそうです」

姫「むっ!丁寧にやらないと匂いが出なくて売り物にならないかもしれないからね!シズクイシさん!」

歌「もちろん分かっています。内助の功のごとく、ナガツ君のことを思いながら丁寧に丁寧にすり潰すことにします」

闇「「ナイジョノコウ」って分かって使ってる?」

歌「さあ?一途な女が大切な男に尽くすような意味だと思っていますが違いますか?」

姫「何どさくさに紛れて凄いこと言ってんのシズクイシさん!」

闇「はいはい二人とも。手が止まってる。頑張って細かくしたらストックバックに入れてお酒を入れるよ」

二人「負けないから!」「よく分かりませんが、勝つことは確定しています」


闇「よし。二人ともお疲れ様。よくすり潰せているね。そこの斜面を少し登ったところに準備が済んでいるから移動しよう。湯煎して、液体を匂いに移そう。待っている間に昼食をとろう。二人のためにチキンのピタサンドを作ってきた」

姫「マソラ君ありがとう!ピタサンド大好き!」

歌「私のような日雇い労働者にまでそのような慈悲を。水で胃を膨らませて飢えをしのごうと思っていたのでとても嬉しいです」

闇「はい、じゃあ手を洗って……?」

二人「どうしたのマソラ君?」「どうかしましたか?」

闇「いや、何でもない。手は洗えた?」

二人「うん」「はい」

闇「じゃあ戻ろう」


三人「「?」」「……」

詩「ああ。どうも。もしかして、石を焼いていたのはあなた方でしたか?」

闇「はい。ところであなたはどちら様ですか?」

歌「楽器を持っていますね」

詩「ええ。これは竪琴です。ああすいません。私は旅をしながら各地で歌を謡っている芸人でございます」

歌「いわゆる吟遊詩人ですね」

詩「そのような大それたものではありません。たまたま一座と離れ離れになって、そのまま草を枕にその日暮らしを続けている、しがない芸人にございます」

姫「それで、ギンユーシジンさん、これから行く当てとかあるんですか?」

詩「そうですね。当てというほどではないですが、路銀を稼ぎつつ、西へ向かおうかと思っています。ところで、つかぬことを伺いますが、塩などをもしお持ちであれば、少し分けていただけませんか?」

闇「いいよ。よかったら昼食もご馳走するよ」

詩「いえいえとんでもない。塩を少し分けていただければそれで本当に充分です」

歌「欲が少ないのですね。では逆に分捕るようなことを言います。塩を分ける代わりに一曲聞かせていただけませんか?」

姫「ちょっと、シズクイシさん。そんな無理言ったら……」

詩「ええよろこんで。本来であればそうやって路銀を稼ぐ身ですから、塩と引き換えに歌を披露させていただければこちらとしても後ろめたい気持ちがなくなりありがたいです」

姫「マソラ君。どうするの?」

闇「……」

姫「マソラ君?」

闇「そうだね。じゃあ塩と交換に歌を聴こう。ピタサンドを食べながら」


 石遊びの好きな、六人の子どもたち。

 いつまでも帰ってこない子どもたち。

 怒った母は子どもたちの。

 大切にしている石を。

 鍋で煮てしまった。

「母のいない所へ行こう」。

 石を失った子どもらは。

 輪になって踊りながら。

 母のもとを去った。

 輪になって踊るうちに。

 子どもらは天にのぼり。

 石のような星となった。


姫「すごい上手です!感動しました!」

詩「ありがとうございます」

歌「興味深い旋律です。勉強になりました」

詩「光栄です」

闇「今謡った歌はどこで教わったの?」

詩「教わったというか、偶然聞こえたのでその時に覚えたものです」

闇「どこで聞こえたの?」

詩「だいぶ昔のことになりますが、アントピウス聖皇国の南の方の村だったと思います。ブタを放牧する老人と、その老人のあとについて、長い棒を振り回していた少年がおりました。歌はその少年が謡っていた気がします。ブタの群れと老人と少年が地平線に消えていくのを見送っているうちに、気づけば私は口ずさみ、うろ覚えでそのうちに奏でられるようになりました。拝借したものですが、自慢の一曲です」

闇「そっか……」

詩「ところでみなさんはこのようなところで先ほどから何をなされていたのですか?」

姫「香水を作っているんです」

詩「なんと香水を?それはまた錬金術師のようですごいですね」

歌「たいしたことはありません。白い花を集めて酒に浸すのは特に。虫の抜け殻を見つけて選りすぐり、砕いて酒に浸すのは少々骨が折れますが」

姫「あのねシズクイシさん!花をすり潰すのどれだけ大変だったか分からないでしょ!?」

歌「ええ分かりません。私は虫の抜け殻をすり潰していましたから」

闇「二人とも喧嘩しないの」

詩「ふふふ。にぎやかですね」

闇「ええ。本当にしょうもない連れのおかげで」

二人「とのことですアカオギさん」「今のはマソラ君がシズクイシさんに言ったの!」

闇「はいはいそこまで。湯煎は終わったからさっきの場所まで戻ってフィルタリングするよ。根気がいる作業だから簡単に音を上げないでね」

二人「もちろんです。〝私は〟最後まであきらめません」「〝私こそ〟あきらめないから!!」

詩「仲がいいというかなんというか……競うようにして降りていかれましたね」

闇「……お名前は?」

詩「え?私ですか」

闇「そうです」

詩「私はオルフェウスと申します。ところで、この火をお借りしてもよろしいですか?」

闇「どうぞ。もう俺たちは使わないので」

詩「すみません。それではジャガイモのスープを作るのに使わせていただきます」

闇「どうぞお好きに」

詩「塩もいただいたので、昼食が本当に楽しみです」

闇「そうですか。……二人の所へいきます」

詩「はい。行ってらっしゃい」


歌「さすがに、これはしんどいですね」

姫「あーっ!今しんどいって言った!マソラ君!私は全然しんどいなんて思っていないからね!」

闇「うん。ありがとうハルネ。そしてシズクイシもありがとう。日が暮れるまでよく頑張った」

歌「これで終わりですか?」

闇「うん」

歌「では戻りましょう」

闇「そうだね」


歌「先ほどの吟遊詩人の所へ」


姫「え?」

闇「……」

歌「どうかしましたか?まだ待っているはずです。私たちを」

闇「どうしてそう思うの?」

歌「あの場で唄を聴いていて、なんとなくそう感じました。湯煎を行ったあの場所にまだきっといます」

闇「そっか。じゃあ、戻ろうか」


姫「!?………うそでしょ……」


二人「「……」」

姫「マソラ君……」

闇「首を吊ってるね」

歌「そのようですね。自殺したのでしょう。食事をした形跡がありますね。ということは「ごちそうさま」のあとの「さようなら」ですね」

姫「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

歌「どうしますかナガツ君」

闇「このままだと気の毒だから、少しばかり解体して、森の獣や鳥たちに食べられやすいようにしようかな」

歌「前に話してくださった鳥葬というわけですか。なるほど名案です。しかしすみません。あいにく私は疲れていますし、人肉の解体経験がないので、ここで見ています」

姫「ちょっと、ねえマソラ君!シズクイシさん!!」

二人「「どうしたの?」」

姫「二人とも!なんで!なんで!?」

二人「「何が?」」

姫「なんで驚かないの!?ついさっきまで私たちと普通に喋っていた人だよ?謡っていた人だよ!?それが、それが首吊り自殺って!こんなの、こんなのありえないよ!!」

闇「最期に誰かに歌を聴かせたくて、ここで待ち構えていたのかもね」

姫「へ?」

歌「確かに先ほどの旋律は魅力的でした。歌詞は意味不明でしたが、メロディーは死ぬ前に誰かに聴かせる価値のあるものだった気がします」

姫「最期に聴かせて……そんなことって……」

闇「動機は本人にしか分からない。今分かっていることは、死体のそばに戻ってきたせいであらぬ疑いをかけられる可能性が出てきたということ」

姫「!?」

歌「授業をさぼって森に向かった召喚者三人が金銭目当てで旅芸人を殺した。ナガツ君のチームリーダーが聞いたら泣いて喜びそうですね」

闇「でしょ?もちろん俺一人が犯人のシナリオ」

姫「そんな……そんな……」

闇「というわけで、もう一仕事といきますか」

歌「あ、竪琴が置いてありますね。実はこれ自体、最初からかなり気になっていました。どれどれ……作業の邪魔になるかもわかりませんが、少しいじっても構いませんか?」

闇「好きにどうぞ。持ち主も死んでるから断る必要なんてないよ」

姫「二人とも、ヘンだよ。なんか変だよ。マソラ君まで変だよ。こっちの世界に来てからなんか変だよ!」

闇「こっち?ああ、そう言えば……なんて言うのかなぁ、そうだね」


闇「ハジメからこのウタウタイは〝こっち〟側のニオイがした」


姫「?」

闇「いやなんでもない。あれ?………驚いた。シズクイシは楽器まですぐに弾けちゃうの?何それ?特殊スキル?」

歌「分かりません。日雇い労働者のあまりの切なさが、新たな力を開眼させたのかもしれません」

闇「それにしても『禁じられた遊び』の「恋のロマンス」か。確かに切ないね」

歌「この弔いの場の雰囲気に合う気がしたので」

闇「盛り上げてくれてありがとう。じゃあ始める。そうだハルネ。耐えられないのなら先に城に戻った方がいい。というか、ここに遅くまでいると、タケコシたちがお前を探しに来るかもしれない」

姫「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……うぷっ!」

歌「やはり私も戻ります。アカオギさんを連れて」

闇「ありがと。助かるよ」

歌「いいえ。元はと言えば、私が再びこの焚火場に戻ることを希望して招いたことです」

闇「どうだろうね。そうかもしれないし、そうでないかもしれない」

歌「役立たずの無用な心配かもしれませんが、独りで大丈夫ですか?」

闇「問題ないよ」


闇「〝こういうの〟は、慣れてるから」。


挿絵(By みてみん) 


終章. (ちょう)(しょう)


 エディアカラクレーターの壁面(へきめん)を登りきると、そこは見渡す限りの焼野原(やけのはら)。もう少し正確に言うと、焼野原の火が(しず)まったあとの、黒い荒野(こうや)。大地のいたるところに亀裂(きれつ)が走り、(いじ)め抜かれたエスメラルダス原野のなれの果て。

 アーキア超大陸(ちょうたいりく)北西部(ほくせいぶ)

 マルコジェノバ連邦(れんぽう)中央(ちゅうおう)

 ディシェベルト国。エスメラルダス原野。

 溝呂鬼万葉(みぞろぎまよ)という魔法使いを(はら)った俺は、そいつの対処用(たいしょよう)に作った雫石(しずくいし)生首(なまくび)レプリカを手にして、さくさく歩いている。

 空を見上げる。湿度(しつど)が高い。(すで)に雲がもうもうと立ち込めている。普通なら夜明けとともに雨が降り始める。

 それがマルコジェノバ連邦。気象(きしょう)支配(しはい)された領域(りょういき)

「久しぶり。将軍(しょうぐん)

 おそらくは大精霊(だいせいれい)たちによって。

「……」

 〈歌神(かしん)歌姫(うたひめ)もろとも()ち取ったか。………さすがだ〉

 俺が近づいたバフォスカイコガの念話(ねんわ)の声はどこか、感慨深(かんがいぶか)げの満足(まんぞく)()

 巨大な(かいこ)は今、幼若(ようじゃく)ホルモンによる変態(へんたい)制御(せいぎょ)(かい)(じょ)したことで、こげ茶色の(さなぎ)になっている。蛹の(かた)い皮は俺が打ち上げて放った「ニセ・神の(つえ)」の一撃にどうにか()えることができた。良かった良かった。

 これでまた、年寄り(いじ)めができる。

「実は(たの)まれて欲しいことがあるんだけど、ダメかな」

 虐める相手は聖人(せいじん)床屋(とこや)でおなじみの元軍人(もとぐんじん)さん。雫石によってバフォスカイコガに寄生(きせい)させられた老将軍(ろうしょうぐん)スピールドノーヌ。ま、そうなったのは俺のせいだけどね。

 〈私はあくまでお前の敵だ。頼まれごとは聞かない。今すぐ私をここで(ころ)すか、もうすぐ死ぬまで待て〉

 いいねぇスピールドノーヌ将軍。なんかこう、一皮むけた感じだ。いや、最初からこういう物怖(ものお)じしない性格(せいかく)で、俺が単に気づかなかっただけかもしれない。なんてったって聖軍人様だ。一筋(ひとすじ)(なわ)にはいかない。

「敵だなんてとんでもない」

 〈そうであった。私は敵にすらなれなかった。()(じん)を相手に軽率(けいそつ)な発言であった〉

「そう意地悪(いじわる)にならないでよ」

 で、(つか)えた〝元上司(もとじょうし)〟に似た皮肉(ひにく)までひねる。雫石(しずくいし)そっくり。いいねぇ。

 〈言うことをきかせたければ(のろ)えばよかろう。お前に逆らえる呪いなど私は知らない〉

「呪いたいのはやまやまだけど、俺にはもうほとんど魔力が残っていないんだ」

 俺は首をすくめて言葉を返す。

 〈その〝ほとんど〟が人と神では次元(じげん)が違う。つまり私とお前では話にならない。お前ひとりで何もかもできよう〉

 取りつく(しま)がなさそうな雰囲気(ふんいき)

「そうでもない。俺はお前の言う歌神は始末(しまつ)したけれど、女帝(じょてい)リチェルカーレは殺していない。あいつは今俺の中で着々と成長している。あまり成長させすぎると手に負えなくなるから早く捨ててきたいんだ」

 でもそうはいかない。切り(ふだ)を見せる。

 〈バカな……あの小娘を生かして何に使うつもりだ?あの(くる)った娘を〉

「知りたい?なら協力(きょうりょく)してよ」

 〈断る。知ったところで私の生涯(しょうがい)には何の関係も……〉


「明日の天気がもし〝分からない〟としたら?」


 〈……なに?〉

「明日の天気を読むのが(むずか)しくなったら、面白いと思わない?」

 俺は天を(あお)いで言う。

 〈……〉

「まもなく夜が明けて、雨季(うき)が始まる。その常識(じょうしき)をもしも打ち(くだ)くことができたら、楽しいと思わない?」

 食いつくかな?()れるかな?

 〈できるのか?〉

 きた。

「この大地の気象(きしょう)条件(じょうけん)を支配している奴は確実に海にいる。だからそいつを()(ぱら)うために俺は雫石を兵器(へいき)に変えた」

 〈……〉

「すべては終わりだと思っているでしょ?でも違う。〝終わりの先〟が見えるかもしれない」

 俺は視線(しせん)(さなぎ)に戻す。

「見たいとは思わない?大変な世の中を生き抜いてきたついでに」

 念話がこない。沈黙(ちんもく)がある。やっぱり釣れなかったかな?

 〈海に(ひそ)む者とは、一体何者か?〉

 よし、大丈夫。

確証(かくしょう)はないけれど、大精霊(だいせいれい)。俺の予測が正しければ(やみ)の大精霊ミアハ。ミアハを(まつ)霊廟(れいびょう)ストロビラはルバート大森林にあるけれど、中身が空っぽ。森の中のどこを探してもミアハはいない」

 俺は首を(かたむ)ける。

「じゃあどこにいる?マルコジェノバ連邦の陸地(りくち)のどこか?アダマンタイト層を(かく)している地面をわざわざ()って地下に隠れる?空はどう?でも空中に神殿(しんでん)霊廟(れいびょう)なんてある?ないよね。とすると、最後に考えられる場所は海中。しかもマルコジェノバ連邦から遠くない深海(しんかい)にいる。その結果、水蒸気(すいじょうき)の量をミアハは調整(ちょうせい)し、雲を長時間にわたって(あやつ)れる……っていうあてずっぽうな考えだよ」

 でも信憑性(しんぴょうせい)をもたせないと、大物は釣れない。

 〈……〉

「風の大精霊を、俺は相手にしたことがある。その時は星獣(せいじゅう)っていう大精霊の守護者的(しゅごしゃてき)存在(そんざい)に大精霊自身が取り込まれて、かなり厄介(やっかい)な状態にあった」

 フルングニルを取り込んだ星獣デュミナスバハムートはマジで危なかった。ステータスに表示されるレベルが三ケタ以上もあり得るってことは、アイツが教えてくれた。レベル329の410ミリバズーカ砲はさすがに泣けた。

 〈闇の大精霊もまたそうであると?〉

「分からない。星獣とくっついている可能性は十分ある。ただそれが自ら意図(いと)したことなのか、それとも意図せずに起きたことなのかは知らない。でも大精霊が海にいる可能性はすごく高い。だからシズクイシヒトミっていう砲弾(ほうだん)を落としたいんだけどもうそろそろ決めてくれないかな。こう(しゃべ)っている刻一刻(こくいっこく)とアイツは強くなっちゃうから」

 ここは正直に伝える。嘘を言っても仕方ないし。

「マソラ様ーっ!!」

 クリスティナの声がする。見るとドラゴン姿のモチカが空を()っている。その背中にクリスティナ、イザベル、ソフィーの三人がいる。

「あ、みんなこっちこっちー!急いで!!」

 俺は手を振り合図する。

 〈何をすればいい?私は、死ぬ前に〉

「高みの見物」

 〈なに?〉

「オキシン国にエアボーンズロックっていう一枚岩(いちまいいわ)高地(こうち)がある。そこまで飛んで。そして死んでほしい」

 〈天気が変わるのをこの目で見届(みとど)けろという意味か?〉

「そうだね。ただしエアボーンズロックまで運んでもらいたいものが二つある」

 俺はここまで告げ、雫石の生首レプリカを持ち上げる。既に水晶(クリスタル)装飾品(そうしょくひん)の中に密封(みっぷう)してある。もう歌わない。これで本当に、ただのレプリカになった。

「これとあれを運んで」

 あれ。

 イザベルたち()(じゅう)女子(じょし)四人が運んでくれたトナオの死体。

「それだけ。将軍は何も語らなくていい。運んでくれれば、死体を見つけた人が後は勝手に語るから」

 俺の目の前の大地に安置(あんち)されたアダマンタイトゴーレムの破損(はそん)死体(したい)に、亜空間(あくうかん)ノモリガミから取り出したアダマンタイト(かい)を近づける。

 石人族(ゴーレム)は死しても体が鉱物(こうぶつ)を愛する。

 体の(せつ)断面(だんめん)にあてたアダマンタイトは液状化し、トナオの傷口を(おお)う。そしてそのまま接着剤(せっちゃくざい)の代わりとなってくれる。切られた腕。穴の開いた体。

 それを、〝弟〟を、玩具(おもちゃ)みたいに俺は復元(ふくげん)する。腕をくっつけ、穴をふさぐ。

 玩具じゃないから生き返りはしないけれど、〝送る〟時はせめて、()()()く。

 〈ぐぅ……く、くだらない〉

 スピールドノーヌの宿(やど)るカイコガの羽化(うか)がようやく始まる。カイコガの分厚(ぶあつ)(かた)い背中にピシリと亀裂(きれつ)が走る。遅いよもう。

 〈つまり、こういうこと、であろう……ぐふっ!〉

 俺はため息をつき、ソフィーにお願いする。

 羽化が上手くできないカイコガの背中にソフィーが移動し、亀裂を広げる手伝いをする。怪力(かいりき)によって、成虫の肉がようやくはみ出てくる。

 〈女帝(じょてい)リチェルカーレとの戦いを集結させたのは()(じん)でも人間族(マヌシア)でもなく、石人族(ゴーレム)であったと!そう()めくくるためであろう!?〉

「まぁそんなとこだね」

 イザベルとクリスティナにもお願いする。すぐカイコガ成虫の体に送風(そうふう)を開始。

 たたんでいた(はね)が少しずつ開く。丸まっていた胴体(どうたい)が徐々に伸びる。

 〈()せぬ。なぜ本当のことを語らぬ。ナガツマソラ!お前という魔神が歌神を殺したとなぜ言わぬ!?〉

 ほい仕上げ。封印(ふういん)されし言葉「ミガモリ」発動(はつどう)

 (ひら)いて(かわ)いたカイコガの翅に、俺はケイ素をくっつける。

「その方がロマンチックだから、かな」

 〈馬鹿馬鹿(ばかばか)しい!真の強者(きょうじゃ)(たた)える物語こそ人を()きつける。出鱈目(でたらめ)な物語は人を(あざむ)き、誤った方向へ(みちび)いてしまう!このアダマンタイトゴーレムは強かった。確かに強かった。それは認める。だが女帝(リチェルカーレ)を打ち破れる(いくさ)をできたか!?(いな)!想定をはるかに上回る女帝の歌の前に(ひざまず)かざるを()なかった!女帝に(やぶ)れたのだ!それを明らかにしておかねば再び女帝が現れた時、連邦(れんぽう)(たみ)(いつわ)りの物語を信じるあまり、アダマンタイトゴーレムを探して終わろう!それでは女帝に勝てぬ!歌神となった歌姫に勝てぬ!悲劇を繰り返すだけだ!お前を探せば救われた命がお前のせいで死ぬことになるのだぞ!?〉

「それでいいんじゃない?どうせ「お前」(だの)みの他力(たりき)本願(ほんがん)なんだから」

 〈お前と(ちが)って(たみ)とはか(よわ)い存在なのだ!その民の命を何だと……〉

「何とも思ってない。俺にとって大事なのは、相手が俺にちょっかいを出してくるかどうかだけ。そもそも俺は(やみ)(ひかり)に当たる者ではなく、光を光たらしめる者」

 〈!〉

「な~んてね。死にかけなのによくしゃべるね将軍(しょうぐん)。エネルギーと時間の無駄遣(むだづか)いはそれくらいにしよう。固いことは抜きにしてさ」

 構造(こうぞう)(しょく)(まと)ったバフォスカイコガの(はね)は、アダマンタイト以上の青い輝きを放つ。うん。モルフォ(ちょう)みたいになった。

「みんな頑張(がんば)って生きたんだから、そこに光を当ててあげてもいいんじゃない?か弱い存在に共感(きょうかん)できる誰かが、(やさ)しくて()加減(かげん)な光を当てても」

 〈………〉

 よしよし。これぐらい(あざ)やかなら遠くからでもかなり目立つ。これなら目撃(もくげき)した人々の記憶(きおく)に残る。これなら高所の僻地(へきち)だけとすぐに見つかる。

 そして三つの死体で、一遍(いっぺん)物語(ものがたり)が完成する。

 とにもかくにも、一遍の物語が。

「500キロくらい東に飛べば、巨大な一枚岩がある。それがエアボーンズロック」

 〈それくらい知っている……最後に答えよ〉

「なに?」

 〈歌姫を海に沈め大精霊を追い払った後、お前は何を(のぞ)む?〉

「え?そんなの決まってるでしょ」

 〈ただ古巣(ふるす)に戻り、静穏(せいおん)に暮らすというのか?〉

「それが望みだけど、今はそれどころじゃない」

 〈?〉

「分からないの?優先(ゆうせん)順位(じゅんい)が」

 俺は(すみれ)(いろ)(ひとみ)を細める。


「ゴブリン()りが、残ってるでしょ?」


 俺のニヤける姿(すがた)が、バフォスカイコガの複眼(ふくがん)にいくつも(うつ)り込む。

 〈……ふふ。そうか。そうであった。私としたことが忘れていた。(よわい)を重ね耄碌(もうろく)し、虫になり、歌に()()けて、(わす)れていた。世界はまだ滅びの最中(さなか)にあるということを〉

「はい、最後の質問には答えたからこれでお(しま)い。時間がないって言ったでしょ?じゃあ頼んだよ。最後くらいちゃんと仕事してね」

 〈やれやれ。人遣(ひとづか)いの荒い神だ〉

(かみ)じゃなくて(やみ)で~す」

 イザベルとクリスティナに頼み、カイコガの右の中肢(なかあし)雫石(しずくいし)の生首クリスタルを結びつける。ソフィーに頼み、左の中肢にトナオの死体を結びつける。

「あ、そうだ。将軍をぶちのめした戦場(せんじょう)で手に入れたアクアマリンの宝石なんだけど」

 〈くれてやる。あれは人生の(むな)しさと(さび)しさを忘れるための(なぐさ)め。もう私には必要(ひつよう)ない〉

「だよね。俺にこそ必要そうだ。じゃあ行ってらっしゃい」

 成虫(せいちゅう)寄生(きせい)するスピールドノーヌが(あお)い四枚の翅を力強く羽ばたかせる。どうにか宙に浮く。何とか前に進む。意外にしっかり飛んでいけそうだ。

「よし!こっちも急ごう!メンヘラ爆弾(ばくだん)をさっさと海に捨てるんだ!」

 ドラゴンの姿でスタンバイしているモチカの背中に俺は飛び乗る。イザベルとクリスティナも飛び乗り、ソフィーも乗って準備完了。

「では参ります(あに)(さま)!!!」

 イザベルとクリスティナの風の障壁(バリア)背中(せなか)展開(てんかい)するのと同時に、モチカが急発進する。音速(おんそく)を超える速さで、西のブラテーロ海へドラゴンは突き進む。

 〈名は?〉

 距離的(きょりてき)交信(こうしん)できなくなる直前、俺の頭の中に老将軍の声が小さく(ひび)く。

 〈何?何の名前?〉

 〈この戦争(せんそう)の名だ。それだけはお前が決めるべきだ〉

 〈なんだっていいよ。ニデルメイエール戦争とかでいいんじゃない?〉

 〈分かった。未来(みらい)永劫(えいごう)その名で残そう。さらばだ。ナガツマ……〉

 しつこいと思ったら途中(とちゅう)で切れちゃった。まあいいや。こっちはこっちで(いそが)しい。

「よいしょのしょっと」

 飛行中、俺は亜空間(あくうかん)サイノカワラからゴブリンの死骸(しがい)を取り出しては、地上に放り捨てる。

「マソラ様~何をしているんですか~?」

内緒(ないしょ)。あとでわかるよ」

 ゴブリンは好き。

 この異世界(パイガ)で最初に俺の肉を食いちぎった奴らを、俺は決して忘れない。

 魔物(まもの)のなかでもゴブリンの研究(けんきゅう)は俺の中で一番進んでいる。

 だから分裂小鬼(ディビージオ)シャシリックとかいう希少(きしょう)小鬼(ゴブリン)にもすごく興味がある。

 兵器化した雫石を海に捨てたら一秒でも早く会いに行ってブチ殺したい。

 だから今はその準備(じゅんび)。俺はせっせと〝(たね)〟をまく。移動中の東から西へ、ストリコラ国でまき、ジベレ国でまき、リグーニ国でまき、サリチール国でまく。〝土〟があれば〝種〟は芽吹(めぶ)く。

「兄様!海が見えてきました!!」

「オッケー!俺は今からシャコガイを放り捨てる。貝の姿を見たら急旋回(きゅうせんかい)してマルコジェノバ国の首都(しゅと)フェティソボに向かう。10秒後だ!!」

「分かりました兄様!!」

 楽しい種まきはいったん中断。ここからは相手が相手だから真剣(しんけん)勝負(しょうぶ)

 俺は亜空間サイノカワラを展開する。

 〈お久しぶりです〉

 うわ~。予想以上に強くなってるー。

 〈ずいぶん生命力も魔力も減ってるね〉

 〈はい。寝食(しんしょく)を忘れ、飲まず食わずで修行(しゅぎょう)(はげ)んでいたものですから〉


 雫石瞳:Lv39(脳神経細胞及びグリア細胞)防御力補正。

 生命力:51/4600 魔力:99/100000

 攻撃力:10 防御力:10000 敏捷性:5 幸運値:600

 魔法攻撃力:9900 魔法防御力:20000 耐性:闇属性、水属性

 特殊スキル:月属性魔法(ムツキカサメ)細胞(さいぼう)融合(ゆうごう)形質(けいしつ)転換(てんかん)


 〈ですがおかげで歌をだいぶ覚えました〉

 〈そりゃ怖い。エリクサーあげるけど、お願いだからすぐに飲まないでね〉

 〈二年と二十八日ぶりの食事なのにお(あず)けですか?〉

 〈そうだね。まだこっちの世界はお前が貝に入ってから四十分ちょっとしか経っていないんだよ〉

 〈そうでしたか。私はいつの間にか永津(ながつ)(くん)の年上になってしまったのですね〉

 大きさは変化していないけれど魔力素の対流(たいりゅう)が激しくなっているダイオウシャコガイに電気を流し、(わず)かに二枚貝(にまいがい)(ふた)を開く。コラーゲンに守られた雫石(しずくいし)(のう)(のぞ)く。コラーゲンが色を変え、皮膚(ひふ)の色となり、目を備え、口を備え、鼻を備え、耳を備える。

 シャコガイの(から)の中に浮かぶ、女の首。

 ほんともう、ただのホラー。

 〈ところで永津君。私の〝(ころ)文句(もんく)〟を()いていただけませんか?二年分の想いを()めて本気で歌いますので〉

 〈結構です!近くで聴くのはトイレの(おと)(ひめ)だけで十分!海の中で思う存分(ぞんぶん)(うた)ってください!!〉

 〈そう()れないことを言わずに(そば)で聴いてくださいませ。たしか「メンヘラ女の彼ピッピ」でしょう?〉

 こっちを凝視(ぎょうし)する目が(わら)う。後先(あとさき)(かんが)えない奴の目。そういうの全然笑えないから!

 〈オッツー!はいエナジーチャージ!昔の話は興味なーし!〉

 すぐに中身の液体を吸収(きゅうしゅう)できないよう、重厚(じゅうこう)にクリスタルコーティングしたネチェルエリクサーの(びん)をその顔面に押し込む。

 ピシリ。

 はい?

 〈管弦素(かんげんそ)配列(はいれつ)変換(へんかん)

 ウッソ!瓶が()られた!

 〈ちょっと待ってタイム!話し合おう!〉

 雫石の脳の入ったダイオウシャコガイを急いで放り捨てる。音速を超えて飛ぶモチカによって、シャコガイもまた音速を超えて海に飛び込む。

 〈二九音律(マカーム)臨界葬音(りんかいそうおん)………〉

 ヤバいヤバい!

 シャコガイのサイズがでかすぎて浮力(ふりょく)がメッチャ働いてる。予想以上に沈むの遅い!あっ!貝の中の空気を考えてなかった。ミスった。

()げろモチカ!!」

 っていうかこっちの期待以上に雫石が成長してた!しかもエナジーチャージ速すぎ!


 〈幻創高低(オマエダケハ)長恨歌(コロシテヤル)


 俺に()かされたドラゴンのモチカが全速力で北東に移動する。その背中にあって、俺の前方で風を(あやつ)るイザベルとクリスティナ。俺の後方で万が一に備えるソフィー。俺の細胞を移植しているせいで、俺の緊張(きんちょう)がダイレクトに伝わっているはず。

 ごめん。

 でも本当にシャレにならない。相手(あいて)相手(アイツ)だから。

 ブゥゥゥゥゥ……

 ダイオウシャコガイが飛び込んだ海水面が大きく(ふく)れる。山のように膨れる。(ねん)のために、俺に背を向けて俺を守るソフィーの額に目を作る。〝海の山〟を視認(しにん)。デッカ。

「もっと遠くへ!!もっ」


 バオオオオオオオオオオオオンンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 海に生じた山がとうとう限界(げんかい)に達して破裂(はれつ)し、衝撃波(しょうげきは)同心(どうしん)円状(えんじょう)(はげ)しく広がる。音からしても、とてつもない強度(きょうど)

 シャ。

 やっぱり。

 海に出ていた軍用(ぐんよう)(せん)瞬時(しゅんじ)粉砕(ふんさい)する威力(いりょく)。当たればすぐさま飛沫(ひまつ)にされるレベルの波。

 シャ。シャシャシャ。

 軍用船は衝撃波にやられる前からゴチャゴチャとして、しっかりとした陣形(じんけい)がとられていなかった。

 つまり乗っていたのはおそらくゴブリン。たぶん分裂小鬼(シャシリック)たち。

 ステータス確認している余裕が全然なかったからまだしていないけれど、たぶんレアゴブリンたち。

 それらが海に投げ出されている。改めてステータス確認しようとしたけれど、肉片が細かすぎてできない。っていうか、

「うわあああっ!!」

 すでに爆心地から40キロも離れているのに、モチカの竜体は風を(さば)ききれない。それほどの衝撃波。

 その逃げ場のない(すさ)まじい波のせいで、俺たちはクルクルと回転を続ける。イザベルとクリスティナの二人ですら制御(せいぎょ)不能(ふのう)超爆風(ちょうばくふう)が、ドラゴン状態(じょうたい)のモチカもろとも俺たちを翻弄(ほんろう)する。全員がバラバラに飛び散らないように、ソフィーの腰から伸びる四本の蛸足(たこあし)吸盤(きゅうばん)が全力で俺たちに吸いつき、引き寄せる。骨が砕けるほどの吸引力だけど、これも仕方ない。それほどの歌。(うた)(うた)いの魔法。

「やれやれ、まったくもっていいデビューソングだったよ。ヒトミ」

 ()えに耐え、ようやくモチカが体勢(たいせい)を立て直す。

 ほっと息をつくのもつかの間、海面の変化のせいで緊張(きんちょう)が走る。魔獣女子四人の緊張が今度は俺の中に流れ込む。おかげで氷水(こおりみず)(かぶ)ったみたいに、逆に冷静になれた。

(あに)(さま)!」「マソラ、アレは一体」「マソラ様。海が……」

津波(つなみ)!ガチでやばいヤツ~!」

 確かにドン引くほどデカいので、試しに一か所だけ、なるべく正確に測定(そくてい)してみる。

 72メートル88センチ13ミリ。

 要するに超巨大津波がブラテーロ海で発生し、ブラテーロ海を(のぞ)沿岸(えんがん)(こく)のサリチールを無慈悲(むじひ)(おそ)う。

 そして津波は高さこそ徐々に落とすも、着実に南北へ広がっていく。

 南のホルゼル海に伝わった死の壁はコルメラ国の沿岸を、北のキンディリカ海に伝わった絶望の壁はマルコジェノバ国沿岸を、(うな)りをあげて()み込んでいく。

 そして、次。

 俺は目を()らす。鳥肌(とりはだ)が立つ光景だ。

 いよいよ恐怖の〝引き〟が始まる。

「津波は押しより引きが恐い」

 海育ちではない三人は俺の説明を、口を開けたまま呆然(ぼうぜん)と聞く。

「あれからは逃げられない。飲み込まれたら一巻(いっかん)の終わり」

 海の中育ちの一人は口を結び、全身に冷や汗を浮かべて聞いている。

 沿岸部から最高34キロ地点までじわりじわりと呑み込んだ津波は今度、すさまじい速度で引いていく。

 民家、道路、地衣類、コケ、町、港、城、文明、戦争、炎、シャシリック。

 あらゆるものが海へと容赦(ようしゃ)なく引きずり込まれていく。

 あらあら、せっかく(うじ)のように()いた分裂小鬼(シャシリック)がどんどん飲み込まれていく。後はマリンスノーにでもなって、雫石の(かて)になるといいよ。

「さてさて、これで大精霊も少しは(かま)えるでしょ」

 衝撃波(しょうげきは)の威力かそれともこっちの(ねら)い通りか、空を(おお)っていた厚い雨雲はいつの間にか消え、沖はほんのり青く、明るい。夜闇(やあん)が薄れてきている。

 できれば狙い通りであってほしい。

 大精霊が雫石(しずくいし)(ひとみ)警戒(けいかい)し、この領域から他所(よそ)へ移動した。

 だからこそ起きた場景(じょうけい)であってほしい。

 まあ、でもそれはあくまでこちらの希望(きぼう)

 大精霊のお引越(ひっこ)しはあくまで希望予測。希望通りいかないこともある。

 でもふつう、あんなやかましい歌姫(うたひめ)がいる海に()たいとは思わないよね。

 俺が大精霊だったらとりあえず尻尾(しっぽ)を巻いて引っ越す。行く先は、人々の予想の裏をかいて西。

 つまりこの惑星(わくせい)を一周して大陸アーキアの東側の()王領(おうりょう)バルティア沿岸あたりに住み着いてくれるとすごく都合がいい。マソラ4号の仕事がきっとはかどる。

 でもそううまくはいかないだろうね。大方お仲間の近くにいくだろうさ。でもそれだとマソラ3号にきっと迷惑(めいわく)がかかる。だとしたらゴメン。やっぱり俺、みんなに迷惑かけてばかりだね。

 なんて今更(いまさら)()やんでも仕方がない。

 なるようになる。それだけだ。

 ならなければみんなでなんとかしていく。それだけ。

「ほんじゃ、仕上(しあ)げと(まい)りますか」

 当面の危機(きき)が去った俺はモチカの背に乗りなおし、マルコジェノバ国の首都フェティソボに向かう。

 城塞(じょうさい)都市(とし)はもうシャシリックによって占領(せんりょう)されている。占領というか、占拠(せんきょ)。アリの巣の中のように、どこもかしこもあふれんばかりのシャシリックだらけ。都市には家畜も人間族も亜人族も気配(けはい)がない。一切は(こわ)され、(くだ)かれ、(うば)われ、(つらぬ)かれている。

 素敵(すてき)だ。まるで全身を(むしば)(がん)細胞(さいぼう)だ。

 ()甲斐(がい)がある。テンションも上がってきた。

「お?」

 そのシャシリックたちからまとまった石火(いしび)()がこっちに飛んでくる。タイミングを合わせた砲弾(ほうだん)が飛んでくる。所々から魔法まで飛んでくる。雫石の脳内情報によれば、シャシリックの中で統率(とうそつ)能力(のうりょく)をもつ(へん)異種(いしゅ)が現れたとか。

 あれかな?少し背丈(せたけ)が高くて、王冠(おうかん)までかぶった絢爛(けんらん)豪華(ごうか)なシャシリックが一匹だけいる。分かりやす~い。違いを際立(きわだ)たせようと着飾(きかざ)るところが痛々(いたいた)し~。


 シャシリック:Lv34(分裂小鬼)

 生命力:666/666 魔力:666/666

 攻撃力:800 防御力:700 敏捷性:260 幸運値:10

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:600 耐性:土属性

 特殊スキル:増殖(ぞうしょく)


 普通のシャシリックがこんな感じなのに、瓦礫(がれき)の頂上におわします王冠(おうかん)シャシリック殿(どの)は、


 シャシリック:Lv50(分裂小鬼)

 生命力:6666/6666 魔力:6666/6666

 攻撃力:1000 防御力:700 敏捷性:300 幸運値:200

 魔法攻撃力:3000 魔法防御力:3000 耐性:土属性

 特殊スキル:増殖、統率(とうそつ)


 と、きた。

 特殊スキル「統率(とうそつ)」だって。ゴブリンロード確定じゃん。

 手にしているのは宝具と魔剣。へぇ。よく見ると飾りじゃないね。そんな高級魔道具まで使えるのか。雫石の情報通りだけど、この目で見るまでちょっと信じられなかった。そこまで魔力素(まりょくそ)操縦(そうじゅう)上手(うま)いってことか。じゃあロードの分裂体から魔法使いや砲手(ほうしゅ)弓兵(きゅうへい)が出現してもおかしくない。すごいすごい。血が(たぎ)ってきたよ。

 おっと、そうだ。津波(つなみ)(けい)女子(じょし)のせいで忘れてた。(たね)まき種まき、と。

 ポイ。ポイ。ポイ。

 無限(むげん)分裂(ぶんれつ)(のう)をもち、知恵(ちえ)までつけ組織化(そしきか)されたゴブリン。

 ポイ。ポイ。ポイ。

 殺し甲斐がある。雫石の時とは違う。

 今度は純粋(じゅんすい)(ころ)して()る。

 ポイ。ポイ。ポイ。

 よし。〝種〟も撒き終えた。これから楽しみだなぁ。

 ドス――ンッ!!!

「四人にお願いがある」

 俺は亜空間ノモリガミから、雨季用(うきよう)簡易(かんい)基地(きち)ドロブネとして使用していた巨大(きょだい)木造(もくぞう)(せん)三つを慎重(しんちょう)に落下させる。アダマンタイトコーティングとシャシリックの〝クッション〟のおかげで上空から落とされた三隻(さんせき)船体(せんたい)はかろうじて粉砕せず、地面に突き刺さる。

 ゴゴゴゴゴゴゴ………

 けれどまもなく倒れ、船首同士がぶつかる。崩壊が一度収まる。ギリギリのバランスで踏みとどまってくれる。

 ふ~、良かった。ありがとドロブネ。これが最後の仕事だよ。

「俺はちょっと準備があるから、少しの間、ドロブネの中にシャシリックを入れないようにして」

 灼眼(レッドアイ)にした俺は(こぶし)を握りしめてパキパキと指を鳴らす。四人の表情が引き締まるのを感じる。

「「「「了解(りょうかい)」」」」

 モチカが(かがや)きながら急降下(きゅうこうか)する。ドロブネの内部に入るとすぐ、雷撃(らいげき)を放つ。

 けれどその前にもうソフィーが飛び降りて激しく動き、白銀(しろがね)(くい)でシャシリックを貫き終えている。トライデントを(つな)無窮(むきゅう)の長い(くさり)がシャシリックを(から)め終えている。

 バシイイイイイイイイッ!!!

 雷が落ちる。凶悪(きょうあく)な電圧の(せい)電気(でんき)がトライデントに通電する。感電したシャシリックが爆発して微塵(みじん)になり、そして再生して増えようと肉が分裂(ぶんれつ)を始める。

「「ダウンバースト!!」」

 けれど分裂体(ぶんれつたい)が完成する前、イザベルとクリスティナの起こした殲風(せんぷう)肉片(にくへん)をドロブネの外に吹き飛ばす。剃刀(かみそり)の刃のようなつむじ風はシャシリックの内臓や筋肉をさらにこまかく引き裂いていく。シャシリックの再生はやりなおし。

 けれどやり直せる。

 やり直す体力と魔力がまだまだ、あのゴブリンたちには()る。

「昔の人はいいことを言った」

 シャシリックがドロブネの中から消える。大きな吐息(といき)や笑い声、(あせ)(あぶら)が消え去った。

 そう。始まりはこう、何もない方がいい。神聖な感じがする。

「人は(はな)小島(こじま)にあらず。一人として独立(どくりつ)する者あらず。人はみな、大陸の一部なり」

 きれいさっぱりになったドロブネの内部。

 俺はシャシリック退治のスタンバイに入る。

 封印されし言葉「ミガモリ」。いっちょかましますか。

「その地、もし波に洗わるれば、ただ(せば)まるのみ。さながら(みさき)が波に(けず)られしごとくに」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

(なんじ)の友。汝の住処(すみか)(すべ)てが波に流されしごとくに」

 (はしら)(はり)(ゆか)(かべ)、ワイヤー、バトン、(はっ)(けん)黒鍵(こっけん)と……

 〈マソラ!様子のおかしいシャシリックがいるわ!〉

 〈ヨダレだらだら~〉

 〈マソラ様の捨てたゴブリンを食べたんだよアイツ!〉

 〈仲間割れか!?あのシャシリック、周囲の者に手あたり次第噛()みついているぞ!!〉

「人の死もこれに(あい)()る。()が身を(けず)られんがごとし。なぜなら(われ)もまた人々の一部にすぎぬ(ゆえ)

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………

 滑車(かっしゃ)、戻りばね、クラッパー接続完了。ちゃんと動くかな?

 〈ところでマソラ?一体何を造ってるの?〉

 〈何ですか~デカいこれ~?〉

 〈まるで白蛇(ブラドヴィーナス)と戦った時の時計塔(たてもの)みたい……あっ!ドロブネがひっくり返るよ!気を付けてみんな!〉

 〈(あに)(さま)!!お変わりありませんか?大丈夫ですか!?いや大丈夫に決まってる!お仕事中失礼いたしました!〉

(ゆえ)()うなかれ。()がために(とむら)いの(かね)()るのかと。(かね)(なんじ)のために()いている」


 演奏開始(ロックンロール)


 カランコロォォ――ンッ!!

「「「「「「「「「「「「「「「?」」」」」」」」」」」」」」」

 (つく)っていたのはカリヨン。

 人類史上最大の鍵盤(けんばん)楽器(がっき)。一つの鍵盤を操作することで一つの(かね)が鳴る、(そう)重量(じゅうりょう)230トンの、(うた)鐘塔(しょうとう)

 (とう)部分(ぶぶん)動力(どうりょく)装置(そうち)は、ケイ素操縦「ミガモリ」によるクリスタル製。

 一方で打ち鳴らす大小43個の鐘は全てアダマンタイト製。

 我ながら上出来(じょうでき)音色(ねいろ)の鐘を()え付けられた。

 それもこれもきっと、ゴブリンへの殺意(さつい)のお・か・げ。

 カランカラァァァァ――ンッ!!

 カリヨン。

 マソラ2号である俺の残る余力(よりょく)すべてを注入した作品。

 この地で集めたアダマンタイトの残り全てを使った作品。

 奏者(そうしゃ):マソラ2号。

 曲目(きょくもく)白鳥(はくちょう)(うた)

 コロンカラァ――ンッ!!

「「「「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」」」」

 そんなに聴き入られると照れるね。恍惚(こうこつ)とした表情、じゃなくて放心(ほうしん)したその感じがいい。

 コロンコロオオオーンッ!!!カーンッ!!

 まぁ、動けないよね。だらりとしちゃうよね。うなだれるしかないよね。

 脳内のセロトニンの分泌(ぶんぴつ)(てい)()しちゃったら。

 カランコロォォ――ンッ!!

 カリヨンによる「白鳥の歌」。

 歌の効能(こうのう)(うつ)

 周波音(しゅうはおん)を受け取った者は神経(しんけい)伝達(でんたつ)物質(ぶっしつ)の一つを分泌(ぶんぴつ)制限(せいげん)され、意欲(いよく)低下(ていか)無気力(むきりょく)がもたらされる。

 〈マソラ!鐘の音が聞こえたらみんな動かなくなったわ!〉

 〈だら~んとしてる~〉

 もちろん魔獣女子四人の聴力(ちょうりょく)は落としてある。さらに、植え付けてある俺の体細胞が皮膚(ひふ)振動(しんどう)を感知してそのたびに干渉波(かんしょうは)も出している。だから「白鳥の歌」のダメージはない。彼女たちにはただの音楽。

「もう大丈夫。四人とも時間稼ぎ、ありがとう。後は俺が()るよ」

 鐘による歌が響く範囲(はんい)は、地形(ちけい)考慮(こうりょ)に入れて、せいぜい二十キロ。

 雫石の起こした津波ほど広範囲じゃないけれど、無気力効果のある歌のおかげで近場のシャシリックは行動(こうどう)停止(ていし)

「「「「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」」」」

 (きず)つかない限り、こいつらは分裂しない。

 それがシャシリックの本能。ロードだって、それは同じ。

 無駄なエネルギーは使いたくない。いつエネルギー切れになるかわからないのが自然界(しぜんかい)だから。

 そして傷つけば体を休めるのが生命(せいめい)の本能。

 そのために「(うつ)」はある。

 カランコロォォォ――ン!!

「「「「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」」」」

 生命はストレスで追い詰められると「鬱」を発症(はっしょう)する。そして気力を失い、動けなくなる。生命がわざと鬱を仕向ける。

 無気力で動き回らなくなれば、体はその間に闘って傷つくこともないし、体はその間に自分自身を再生させることができる。

 コロロオオオオオ――ン!!

 鬱病(うつびょう)は肉体の傷を(いや)すために、生物がもつ普遍的(ふへんてき)遺伝子(いでんし)異世界(いせかい)召喚(しょうかん)に失敗して誕生したとはいえ、魔物も元をたどればヒト。鬱病の遺伝子を核酸(かくさん)(きざ)み込んでいる。

 だったらそれを利用しない手はない。

 俺の(ちょう)(しょう)はこうして鬱病の遺伝子を発現(はつげん)させる。セロトニンの脳内分泌(ぶんぴつ)を止める。

「ゲアアアッ!!!」

 〈あっ、お姉ちゃん!あれ見て!!〉

 〈ヨダレダラダラシャシリックね。クリスティナの幼いころを思い出……せなくなったわ〉

 〈なんだあれ……自分を引き裂いてるぞ……〉

 〈しかも増えてる~やだ~〉

「白鳥の歌」を()いて動けるシャシリックは二種類(しゅるい)

 一つは俺のまいたゴブリンの死骸(しがい)を食ったシャシリックと、そのシャシリックに()みつかれたシャシリック。

 ゴブリンの死骸。ふふ。

 死骸には狂犬病(きょうけんびょう)ウイルスを改造(かいぞう)したものを仕込んである。

 狂犬病。ふふふ。

 発症すれば致死率(ちしりつ)100%の死の感染症(かんせんしょう)。そしてゴブリン以外にジャンピングしないよう調整し、発症までの時間を短くした傑作(けっさく)ウイルス。

 新種ウイルスにつけた名前は「ゴブリンダンス」。

 ゴブリンダンスは唾液(だえき)(せん)増殖(ぞうしょく)し、噛みつきや唾液の付着(ふちゃく)した(つめ)の引き裂きによって新たな宿主(しゅくしゅ)の体内に入る。

 そして血管ではなく神経(しんけい)沿()って、脳に向かい上がっていく。

 ふふふふふ……

 ゴブリンダンスが神経を上る速度は時速2メートル。

 狂犬病ウイルスの約5000倍の移動速度。

 すなわちゴブリンダンスは細胞内(さいぼうない)増殖(ぞうしょく)感染力(かんせんりょく)桁違(けたちが)いに高い。

 ゴブリンダンス。

 このウイルスは感染後数分でシャシリックの脊髄(せきずい)(とう)(たつ)する。

「ゲヘエエアアッ!!」「ゴエ――ッ!!」「キュエエアアッ!!」

 この時点で〝患者(かんじゃ)〟は狂躁(きょうそう)状態(じょうたい)に入る。つまり錯乱(さくらん)幻覚(げんかく)嚥下(えんげ)障害(しょうがい)

 嚥下障害は狂犬病ウイルスをベースにして作っているから当然。唾液(だえき)を呑み込めないようにウイルスは宿主を(しつ)ける。つまり呑み込めないウイルスヨダレを口から垂れ流しつつ、感染シャシリックは(あば)れまわる。

 この状態のシャシリックは「白鳥の歌」が効かない。鬱にならない。なれない。

 だから無気力かつ無抵抗(むていこう)の〝通常(つうじょう)〟シャシリックに分別(ぶんべつ)なく(おそ)いかかる。襲われたシャシリックはこれにより〝異常(いじょう)〟事態に(おちい)る。

 ウイルス感染を起こし、まもなく同じように暴れまわる。

 カランコローンッ!!!!カンコォォォンッ!!!

「ギエエエエエアアアアアッ!?」

「白鳥の歌」の効かないもう一種類のシャシリックは、ウイルス感染(かんせん)末期(まっき)のヤツ。

 脳に達したウイルスはそこにあるグリア細胞(さいぼう)神経細胞(ニューロン)を使い、ひたすら増殖を繰り返す。

 その(さい)、宿主に起きる症状(しょうじょう)はずばり、知覚(ちかく)過敏(かびん)

 わずかな光や水はむろん、耳を()でるような小さな音ですら激痛(げきつう)を覚える。

 そんな感染末期シャシリックにカリヨンの鐘の(するど)轟音(ごうおん)なんて(ひび)こうものなら、それはもう頭を引き裂きたくなるに決まってる。耳を(ふさ)いだところで空気の振動は全身を震わせる。ありったけの激痛が全身で発生し、それを破裂寸前の脳が受け取る。

 ズシャッ!!グシュグシュグシュ……

 そして引き裂いて増殖し、分裂体が増えたところで、その分裂体は最初からウイルス感染を起こしてしまっている。発生当初から汚染済(おせんず)み。

「ケァ?…………ギュゴアアアアアッ!!」

 辿(たど)運命(うんめい)は、分裂前の(おや)個体(こたい)と同じ。

 自らの能力で無限に増殖し、俺の鐘とウイルスのせいで無限に死んでいくだけ。

 分裂するための体力と魔力が、体内と体外から消え尽きるまで。

 スンスン。スー、フー。

 封印されし言葉「カンダチ」で、死と増殖の無限連鎖を辿るシャシリックたちの場景を、嗅覚(きゅうかく)で味わう。

 カリヨンの鐘の出す音波によってシャシリックの唾液の中のウイルスが気化し、空気感染まで成功しているのを確認。こりゃいい。

 感染シャシリックの(そば)にいるだけで感染(かんせん)させちゃうなんて、さすがゴブリンダンス。

 感染シャシリックの残した唾液(だえき)に近づいただけで感染させちゃうなんて、さすがゴブリンダンス。

 感染シャシリックが増えれば増えるほど感染率(かんせんりつ)指数(しすう)関数的(かんすうてき)に高まるなんて、さすがゴブリンダンス。

 パーフェクトバイオハザード。カリヨンの近く限定だけどすごい。

 〈兄様!!フェティソボに向かって各地から大量のシャシリックが近づいて……こない?止まった!止まりました!〉

 何のために生まれて何をして生きるのか分からない虚無感(きょむかん)

 〈たぶんあの(かんむり)シャシリックに呼ばれているのよ。そしてマソラの演奏(えんそう)が凄すぎて、思わず立ち尽くしているのね。あ、でも少し動きがあるわ〉

 噛みつかれ、唾液にまみれ、大暴走(スタンピード)する高揚感(こうようかん)

 〈ここに来る前に色々な場所でマソラ様がゴブリンを落としたから、きっとそのせいだよ!〉

 いつ鳴り終わるのか分からない鐘の音で激痛を味わう悲愴感(ひそうかん)

 〈たぶんみんな~〝こっち〟と一緒~〉

 生まれた時からウイルスを(はら)み、訳も分からず発狂に追い込まれる絶望感(ぜつぼうかん)

(いそ)の匂いも混じって、いい香り……」

 分裂小鬼(ディビージオ)シャシリック。無限の分裂能を持つ魔物。

 環境(かんきょう)の変化に適応するため、「(しゅ)」だけでも残すため、生命はかつて無限(むげん)分裂(ぶんれつ)を捨て、有限の生命と遺伝子再構成、つまり「()」と「(せい)」を得た。

 分裂小鬼シャシリック。

 カランコロオオオン――ッ!!!

 それは再び「不死」となった生命。

 けれど残念。

 俺が〝それ〟を否定(ひてい)する。

 カランカラァ――ンッ!!!

 お(かえ)りなさい。「死」へ。

「オアアアッ!!!!」「ギュアッ!?ギュアアアアア!!!」

 お帰りなさい。「闇」に。

「さあ、失われた時は戻してあげたよ」

 夜が明ける。雨季(うき)の始まりのはずなのに雨は降らない。

 ()んだ青空の下、鐘の音が長調(ちょうちょう)のように響き、小鬼(ゴブリン)の悲鳴が短調(たんちょう)のように木霊(こだま)し、地面を赤黒く染める。見事な不協和音(ふきょうわおん)

 カランカランカラ――ンッ!!!

 俺は椅子に腰かけカリヨンを弾きながら、巣穴にいるカリレアアリジゴクのように、シャシリックを待つ。

 けれど俺は、カリレアアリジゴクとは違う。

 獲物が来るのをひたすら辛抱強く待ち続けることしかできないような、自分の生きる意味も目的も知らないような、繰り返される雨季と乾季に翻弄(ほんろう)されるような、あんな星獣(せいじゅう)とは違う。

 俺はナガツマソラ。

 どうかしている、(やみ)

 手を出してくる奴には、どんな手を使ってでも呼び寄せる。そして食らいつくす。

 それが闇。全てを呑み込む闇。

 コロンカラァ――ンッ!!!

 俺が待つのはシャシリックの命ではなく、シャシリックの絶滅(ぜつめつ)

 闇とはそういうこと。

 闇とはそういうもの。

「生まれたばかりの赤子(あかご)のように、(ふる)え上がれ」。


                             (第二部 完)



 4号より2号へ。つあーおつかれさまです。きらきらひかるむしは、たかいところにのぼって、ぶじいきたえました。ふるはずのあめがふらないことを、とてもよろこんで、しんでいきました。どうしてもかきたかったようで、らくがきをじめんいっぱいにのこしましたが、もんだいなさそうです。むしのあしにくっつけた、したいふたりのとうじょうする、かんどうてきなものがたりです。たいへんなよのなかをいきぬいて、はてた、えいゆうたちのひげきときげきです。もうじきはっけんされ、ながいことみんなのきおくにのこるとおもいます。


 ところで、おれたちの、げんざいのじょうきょうをつたえます。

 あたまのおかしいやつのあまたをちぎって、はらのたつやつのはらをちぎって、あしのういたやつのあしをちぎっています。みみのいたいやつのみみをちぎりおえたら、みんなでおうちにもどってください。ごちそうをよういしてまっています。


                           (第三部へ 続く)


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