第二部 歌神香児篇 その十八
闇「『アヴェ・マリア』か。シズクイシって口笛すごく上手だね」
歌「ええ。自分でもよく分かりませんが、いつの間にか口笛だけは意識せずともうまくなりました。音大の実技試験も口笛で受けたら受かるかもしれません。この異世界に音楽大学があればの話ですが」
姫「私だって歌とかうまいんだよマソラ君!」
二人「「じゃあ歌って」」
姫「え!?えっと、ちょっと恥ずかしいから今はダメ!」
歌「だいたい、なぜアカオギさんがこのタイミングでナガツ君についてくるのですか?戦闘訓練の授業はどうしたのですか?」
姫「そ、そんなこと言ったら、シズクイシさんだって訓練中じゃないですか!」
歌「私はナガツ君と同じく戦力外なのでハブられただけです」
闇「ほんとに?戦力外じゃなくて戦うのが面倒くさくてサボってるだけでしょ?」
歌「さぼっているのは正しいですが面倒臭いわけではありません。日々の資金繰りが厳しい低所得者なので日雇い労働に潔く参加しただけです」
姫「日雇い労働って……」
歌「ナガツ君は店長。私はブラックアルバイトの見習いみたいなものです」
姫「マソラ君、どういうこと?」
闇「こいつ、城から支給されたお金を書道につぎ込んでスッカラカンだから、俺の副業を手伝う代わりに墨汁をタダで作って欲しいって言ってきたんだ。前にも言ったけれど俺はタケコシたちのカツアゲでスッカラカンだから自分でいつも稼ぐしかない」
歌「そういうわけで、私はナガツ君の傍を離れることができないのです」
姫「ちょっと今の言い方!なんか意味深すぎます!」
歌「別に深い意味はありません。ただ私はナガツ君と一緒にいなければならない運命なのです」
姫「運命とか大げさすぎです!だいたい書道をやめればいいだけじゃないですか!」
歌「それはできません。ですのでナガツ君と離れるわけにもいきません」
姫「じゃ、じゃあ私も離れられません!!」
二人「「なんで?」」
姫「なんでって、なんでマソラ君まで「なんで」って言うの!!」
闇「冗談だよ。人手は多い方が助かるからハルネが手伝ってくれるのならありがたい」
姫「ほんと!?」
歌「果てしないウソかもしれないですね」
姫「シズクイシさんはちょっと黙って!」
闇「ほんとにありがたいよ。じゃあこれからやることを説明するね。今日やるのは香水作りの材料集め。シズクイシにはもう言ってあるから分かるよね?」
歌「チキン法とか言ってましたね」
闇「チキンは俺みたいな弱虫のこと。チキンじゃなくてチンキね」
姫「マソラ君は弱虫なんかじゃないよ!それは私が一番よく知ってるから大丈夫!」
闇「ありがとハルネ。でね、チンキ法っていうのはアルコールに浸して香りを移す、簡単な匂いの抽出法なんだ。この世界にもアルコールはあるからそれで抽出する」
歌「そう言えば蒸留酒があればなお良いと言っていましたが、蒸留酒とは何ですか?」
闇「アルコールの度数を高めたお酒のこと。学校の「化学」で蒸留は習ったでしょ?」
姫「はいはいマソラ君!コンゴーブツを加熱して、ジョーキを冷やして分けるのがジョーリューです!」
闇「正解だよハルネ。物知り」
姫「でしょでしょ!」
闇「にしてもシズクイシの口笛、ほんとにうまいね。エリック・サティの『ジュ・トゥ・ヴー』なんて異世界の森の中で聞けるとは思わなかった」
姫「マソラ君ってば!」
闇「あ、ごめんごめん。じゃあシズクイシのBGMを聞きながら説明するね」
歌「いえ、それだとナガツ君に失礼に当たりますからやめておきます」
姫「ちょっと!じゃあなんで私が話している時に口笛吹くんですか!」
歌「すみません。つい吹きたくなったので吹いてしまいました。悪気は少ししかありません。以後気を付けます。ちなみに『ジュ・トゥ・ヴー』のフランス語の意味は……」
闇「おっほんっ!じゃあやることを説明しまーす。集めるのは固体か半固体の素材です!ボリュームの多い素材、例えば花とか葉っぱとか枯れ葉なら持ってきたストックバック一杯に集めて。土とか木の枝、木の実、虫の抜け殻みたいに水分をあんまり含んでいない素材ならストックバック半分でいい。不慣れな二人はそうだね、かさばるけどいい香りのする白い花とか涼しい香りのする針葉樹の葉なんかを集めたらいいと思う。俺は虫の抜け殻とか木の幹にはりついた苔を狙う。そういうのは森の温もりを感じられる匂いがするから、結構いい値段で売れるんだ」
歌「ナガツ君。お金になるのなら私もそれらを探します」
姫「私も!マソラ君のためだったら何だってする!」
歌「今さりげなくプロポーズしましたね?」
姫「ち、違います!マソラ君も、そういう意味じゃないからっ!」
闇「木の樹脂とか木の実も匂いは抽出できる。でも石は無理だから拾わないでね」
姫「なんでスルーするのマソラ君!」
歌「これが虫の抜け殻ですか?」
闇「そうそう。シズクイシは見つけるの早いね。その調子で頑張って」
歌「ええ。〝私は〟役に立つので安心してください」
姫「もうっ!シズクイシさんには絶対に負けないから!!」
17. 白鳥の歌「天雫」
(あれが)
ディシェベルト国。
エスメラルダス原野を見下ろすその丘の名は、エディアカラといった。
エディアカラの丘。
そこで血まみれる巨大な幼虫と、元人間族の寄生体。
宿主であるバフォスカイコガが瀕死の重傷を負っているため同じく瀕死となった寄生体の老将軍スピールドノーヌの眼には、雫石たちが映っている。
(歌神……)
より正確に言えば、雫石の周囲を衛星の輪のように舞い、黒い灰を操作している虚病姫の姿が。
(我が生まれ故郷のゼアチ国を滅ぼし、マルコジェノバ連邦を食い物にした怪異の正体)
その怪物は今、エスメラルダス原野で連合国軍の戦車として戦死した巨大昆虫の死骸まで操り、アダマンタイトドールでできたナガツマソラを丘の上で押し潰している。
虚病姫が巨虫の肢に生えた体毛を音波で操作しているなど老将軍には知る由もなかったが、虚病姫が紛れもない怪物であることは理解できた。
(あれが、歌姫を操っているのだ。あの漂白されたような小娘を)
老将軍はそして、異世界召喚者の雫石瞳に対して憎悪を募らせる。
同時に、ひしゃげて壊れている人形を老将軍は強く睨む。
(立て。そして勝て。勝ってくれ。その責務がお前にはある。お前は、俺をこんなザマにした男だ)
老将軍は人形に敗れ、戦場で死ぬことが叶わず、主人である歌姫のもとに連れ戻された。
(お前は違う。小娘とは違う。お前は絶対に、正真正銘のバケモノ)
老将軍は歌姫によって巨大なイモムシとくっつけられて、戦場を空しく彷徨い、今この決戦の地で血にまみれている。虫とともに虫の息になっている。
(頼む。立ち上がれ。そして討て!歌神を止められるのはナガツマソラ!お前しかいない!)
「ゲフッ!」
力むあまり、老将軍は口から緑色の血液を吐いてしまう。息することもままならない。目を閉じる。
(歌神に勝ちうるのは魔神のお前しかいない!)
閉じてはならないと再び瞼を開く。
そこには、炎の竜巻がいくつも立ちのぼるエスメラルダス原野がある。
自分に拷問を仕掛けたボロボロのアダマンタイト人形がある。
シェールガスを噴射し火柱を轟き上げるいくつもの掘削穴がある。
いつの日か戦場で通りがかって見たような蒼古の神殿跡地がある。
仕組みの全く分からない尖塔のような時計がある。
文献で読んだことしかない叙事詩の舞台のような円形闘技場がある。
夜にもかかわらず、それらがどれもこれも火炎によって昼のように明るく闇に浮かび上がる。煉獄のごとく浮かび上がる。
(神よ!地獄に行くまでの束の間!どうか、どうかっ!この戦いを結末までどうか、私めに見届けさせてくださいませ!!)
戦場で一度たりとも自分のために祈ったことのない老戦士は、血まみれの祈りを捧げる。そしてそんな祈りなど関係なく、歌神と魔神、それらに率いられた魔物と魔獣の戦いは熾烈を極めていく。
「あら?」
巨虫の肢で押しつぶしたナガツマソラを見ていた雫石が神殿跡地にキョロリと目を向ける。
ナガツマソラの魔獣である元風人族イザベル。
彼女はネチェルエリクサーで既に全回復し、アダマンタイトゴーレムのトナオを相手に苦戦を強いられているソフィーのもとに、風のごとく矢のごとく向かっていく。
「あれはたしか永津君の玩具ですね」
首をかしげながら歌姫はフフッと笑う。
「あのペットがオオダコのもとに向かっているということは」
「サンタクロース、負けちゃったみたいだねん」
灰となって舞う虚病姫が応える。
「なるほど。菌魔は所詮、蛆ほどの役にも立たないということですね。とはいえ手駒が減るのは困ったものです」
歌姫は虚病姫に軽く嘆くと、再びナガツマソラの破壊に専念する。
「管弦爆弾」
ボッ!!!
雫石の起こす衝撃波で、ナガツマソラが地下から操る人形の残骸が木っ端のごとく吹き飛ぶ。
同時に雫石が転移魔法でナガツマソラ人形の後方へ移る。
ザクシュンッ!!
修復しつつあるナガツマソラ人形を煤灰によって構成した黒い爪で引き裂く。爪はモース硬度にして9。鋼玉級。しかも鋭利。ナガツマソラ人形が再び破壊される。部品が散華する。
「凶器準備集拷。ロックンロールだよ~ん」
虚病姫は虚病姫で、燃え盛るエスメラルダス原野から巨虫の死骸を次々に音波で取り寄せる。
「木棺五重素ダンツイベール」
ビュオオオオ……ミチミチミチミチ……
タイパンゾウムシ。マンサニヨアカハネムシ。アイソポスオサムシ。
原野からエディアカラの丘に飛んでくる巨虫の死骸は宙を無造作に舞いながら胴体と肢を千切られる。分断された、丸太のような太い肢だけが時計塔に向かう。
ドゴドゴドゴンッ!!!!
そして矢のように次々と突き刺さる。時計塔が激しく揺れる。
〈あぶなっ!マソラ様!?時計塔に何かがぶっ刺さりました!あっ、また来た!誰かに外から攻撃されてるようです!!〉
ブンブンブンブンブンブンブン……
一方、昆虫の胴体は細かく粉砕され、円形闘技場の上を小惑星のように舞い始める。
〈兄様!!闘技場の上を何かがすごいスピードで覆っています!羽虫?痛っ!これは……もしや飛べなくされた?敵の魔法攻撃と思われます!!〉
雫石瞳はナガツマソラ人形を壊しつつ、まだ余力がある。
雫石瞳:Lv100(ムツキカサメ)
生命力:18890/20000 魔力:28900000/30000000
攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
特殊スキル:月属性魔法
虚病姫は白蛇ブラドヴィーナスと鹿蜘蛛ダーメンシェンケルをバックアップする余裕がある。
虚病姫:Lv100(唄謡)
生命力:1/1 魔力:28000050/30000000
攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
「やれやれ、少し、は手加、減し、てよ」
二人のステータスを見ながら苦笑するナガツマソラ人形は、よろよろと部品をかき集める。
永津真天:Lv10(壊れかけのRadio)
生命力:1000 魔力:20000
攻撃力:500 防御力:800
敏捷性:60 幸運値:25
魔法攻撃力: 500 魔法防御力:600 耐性:闇属性、火属性
特殊スキル:陰口。食指。やせ我慢。エロトーク。
歌姫と歌神の目に飛び込む絡繰人形のステータスは不審。
そもそも生命力と魔力のゲージが不変。
「これでも手加減しているつもりです。特殊スキルの「やせ我慢」でもう少し凌いだらいかがですか?」
「どっちかっていいいいい……言うと、猥談の方ががががが、得意なんだだだけどね」
「そうかなぁん。〝トーク〟はイマイチだよおん?」
灰のジョークに微笑みつつ、雫石が自らのうなじに穴を開ける。荘厳な旋律が穴から零れ始める。
聖チェチリア祝日のための「ミサ・ソレムニス」。
「くくくくくく口笛か。相変わらず上手だね」
「今度は私のどの部分を食べるおつもりですか?中指?手?耳?鼻?それとも唇?」
「唇ねぇ。下の唇がいいかなぁ。っていうか〝下〟についてる唇だね」
人形の頭部修復を終えたナガツマソラは「ヘッヘッヘ」と下品に笑いつつ、魔獣イザベルの次に追い詰められてしまっている魔獣クリスティナの視座に移る。
ギョロ!
「ごめんなさいマソラ様!みんなが大変な時に!」
自分の額が割れて菫色の瞳が出てきたことに気づくクリスティナが、主人に謝る。
〈困った時はお互い様!それより集中するんだクリスティナ!!〉
「はい!アップフェル・シュトルーデル!」
励まされた元風人族の魔獣クリスティナが放つ風魔法はしかし、白蛇の魔物がことごとく相殺する。
白蛇の、しかも抜け殻が。
(え、なにコイツ?抜け殻だけで動いてるの!?キモチートすぎるんですけど!)
風属性魔法を使う抜け殻が。
「そうですマソラ様!あの白蛇、脚が消えたかわりに何度も脱皮して、魔法を使う分身が現れました!!言っときますけどマソラ様は分身してもキモくありません!!」
火属性、水属性、土属性、風属性。
各属性の魔法を司る蛇の抜け殻が爬虫類のようにしねくねと蠢き、クリスティナの魔法を受け切って見せる。
シュルルル……
そして、抜け殻を生んだ本体の白蛇ブラドヴィーナス。
この魔物は今、脚を生やしていない。ナガツマソラの歌魔法によって時計塔の機関部に呑み込まれてから、生やした脚四本を消し、代わりに抜け殻四つを生んだ。
バシャ!
それで、終わらない。
シャカシャカシャカシャカシャカッ!!
ブラドヴィーナスの変形はそれだけで終わらない。
(魔法が、効かない?)
ルバート大森林では一度も見せたことのない襟巻まで、蛇は首の周囲に生やす。森の賢者たる冬虫夏草ですら知らない二層の襟巻は光属性と闇属性の魔法を制御する。
ガランガランッ!……
落下物がある。扇形歯車とラック。蛇に向かって落ちる。
蛇の一枚の襟巻が光る。一枚の襟巻が黒ずむ。
口を開いた蛇から閃光と暗黒が同時に発射される。
ビシシッ!!!!シュゥー……
上から落下する部品はあるいは感電し、あるいは腐食する。
魔物ブラドヴィーナス。
すなわちナガツマソラと同じ全属性魔法使いが、魔獣クリスティナの相手。
ドスンドスゥンッ!!
虚病姫により、機械仕掛けの時計塔に容赦なく次々と突き刺さる巨大昆虫の肢。
地の利を生かして戦ってきたクリスティナは無論、ようやく動力装置の動きに慣れてきたブラドヴィーナスすら、それらは容赦なく牽制する。
崩れ始める時計塔。
ナガツマソラが歌魔法で塔を拵えた時点から魔物と魔獣にとって変わらない原則。
それは「先に適応した方が勝つ」。
動力を得て回り続ける冠車エスケープ。その下で振られる振り子に乗って、土属性魔法を使う抜け殻に攻撃を仕掛けるクリスティナ。
一方で時計のばね巻仕掛けのフュージの溝に逃げ込み防御に備える土の抜け殻。
土の抜け殻を守るために動く風の抜け殻。
送風機を運転する天びん機関のベルト車を使い、高速で移動する火と水の抜け殻。
それをクリスティナが警戒するうちに、移動しながら姿を消してねじりベルトに擬態していたブラドヴィーナス本体が光と闇の合成魔法を死角から放つ。
「うあっ!」
合成魔法を食らい、冠車エスケープの振り子から落ちるクリスティナ。
そこにさらに、時計塔に飛び込んできた巨虫の肢が突如として襲い掛かる。反射神経だけで、クリスティナは手にした戦斧でそれを叩き折るも、上から崩れ落ちてきた鎖車とチェーンまでは斧で対応できない。仕方なく風魔法を放って動力装置との衝突を免れる。
ドバシュウウウッ!!!
そのわずかな隙に、抜け殻たちによる火と水と土と風の合成魔法がクリスティナのやはり死角から襲い掛かる。ノーガードの魔獣のボディに魔法が容赦なく襲い掛かる。生命力を一気に削られる。
シュルシュルシュルシュルシュルッ!!!
高速移動する本体と抜け殻四体。本体は光学迷彩で姿を消し、対照的に抜け殻が激しく輝き〝個〟を主張する。
〈全体を見るんだクリスティナ!ブラドヴィーナスは必ずお前の死角から攻めてくる!!〉
「はいマソラ様!」
〝闇〟は魔獣を励ましつつ、やはり魔獣の双子の姉同様に切り札を使わせる決断をする。ただその暇が本人にはない。クリスティナの生命力はすでに全量の1%を切っている。
普段はしっかりしているけれど非常事態になると姉よりも冷静さを欠く妹は「ブッサル」を発動しながらブラドヴィーナスの技を回避し続けることは難しい。
そう判断した〝闇〟が強制発動に入る。
クリスティナ・ブッサル・ツヴィングリ:Lv84(魔獣)成長補正付与。
生命力:703/9000 魔力:555/4500
攻撃力:6000 防御力:5000 敏捷性:2200 幸運値:800
魔法攻撃力:3500 魔法防御力:3000 耐性:風属性
特殊スキル:武器転移、クサビラ
〝闇〟はクリスティナの額から目を消し、クリスティナの神経細胞に移ってアクセスする。伝導と伝達を操り、「ブッサル」を発動する。姉と同じく菌を植え付けられた魔獣が「ブッサル」によって不意に覚醒する。
クリスティナ・ブッサル・ツヴィングリ:Lv84(魔獣)成長補正付与。
生命力:444/9000 魔力:555/4500
攻撃力:――― 防御力:5000 敏捷性:2200 幸運値:800
魔法攻撃力:3500 魔法防御力:3000 耐性:風属性
特殊スキル:武器転移、クサビラ
ただし〝闇〟によって植え付けられた菌は、姉とは真逆に、相手を選ばない暴虐の菌。魔獣たちの中でもっとも危険な菌。
ギュルルルル!ガシッ!!!
菌についての詳細を知らず、「ブッサル」が発動したことも、菌に体が飲み込まれていくことも分からず束の間呆然としてしまったクリスティナに、ブラドヴィーナスが虚を突いて近接戦闘を仕掛ける。すなわち胴体絞め潰しの、頭部かみ砕き切断が迫る。
「!?」
巻き付いて口を開き噛みつこうとした刹那の瞬間、全身の鱗から危険を感知したブラドヴィーナスが反射的にクリスティナから飛び離れる。
「……」
突然とろんとした目になった魔獣は、ぼんやりしていて緊張感が全くない。
脱力した腕には既に戦斧が握られていない。白蛇は落ちた戦斧と魔獣を交互に見つめる。
自分の攻撃で斧が落ちたのか、それとも敵が意図的に斧を捨てたのか考える。
捨てたのだと判断する。
より危険な状況に入ったのだと捉える。
新しい変化に適応できなければ負けると確認する。
〈ねぇクリスティナ〉
時計塔に無慈悲に突き刺さり続ける巨虫の肢。激震する時計塔。
崩れ落ちる無数の動力装置と伝動装置。
張り車。確動カム。扇形小歯車。渦巻板。偏心冠歯車。みぞ付き円筒カム。ならい旋盤。スライダクランク。張り車。はすばラック。インボリュート歯車。ジャンピングモーション。ゴーイングバレル。ねじ連結器……
それらを躱し、あるいはブラドヴィーナス本体に当たらないよう受け止め、あるいは魔法で破壊する抜け殻たち。
ゴウンゴウンッ!!!
クリスティナが崩れ落ちてきた歯車の下敷きになる。
それを凝視するブラドヴィーナス本体。本体が動くのをやめたせいで抜け殻たちの仕事は増える。見境なのない歌神よって降り注ぐ瓦礫と装置の破壊に専念しなければならない。
〈慣れてきた?〉
〝闇〟が、ささやく。
「……はい」
魔獣が、答える。
〈ちょっとイザベルより〝重い〟かもしれないけれど、やれそう?〉
「マソラ様まで「重い」って……体重じゃ、ないんですから」
〈ふふ。そんな冗談が言えるなら、やれるね〉
「はい。あの」
〈もちろん死ぬほどに愛してる。おれはクリスティナのことを昨日も今日も明日もずっと愛している。その愛が重いと言われても俺は、お前を愛し続ける〉
「重くなんて、ないです。軽すぎますマソラ様」
クリスティナを下敷きにしていた歯車の山が少し動く。注意深いブラドヴィーナスは大きく目を見開いたまま襟巻に魔力を籠める。
「!」
出した舌にわずかな異変を感じ、瞼を上にあげて本能的に目を閉じる。すぐさまブラドヴィーナスが場所を変える。風属性魔法を放つ抜け殻に命じて敵に近づかせる。
ガラ。
少しだけ、下敷き歯車がまた、動く。
ゆっくり瞼を下に下ろして目を開き、ブラドヴィーナス本体は舌を出して熱をくり返し探知する。水の抜け殻が歯車の山にさらに接近す……
サワ。
「?」
歯車たちの隙間から、金色の毛がスルスルと覗く。それが風の抜け殻にフワッと触れる。熱探知のできる本体が、できない風の抜け殻にその場から即離れるよう指示する。同時に本体が光と闇の合成魔法を歯車の残骸に向けて放つ。
「……」
崩れた歯車の下、長すぎる金髪が、水中をただよう水草のようにゆらゆらと宙に浮いて漂っている。
そして重い歯車をどかしてゆっくり立ち上がる魔獣は、全身から黒い光沢を放つ。
両手は既に手の形状ではなく、カマキリのような鎌。
シュルルルルル……
魔法を弾かれたという判断が正しいのかどうか、ブラドヴィーナスが念のためにに四つの抜け殻に命じて魔法を放つ。火が飛び、水が飛び、土が飛ぶ。
「?」
風だけが、飛ばない。それでブラドヴィーナスが風の抜け殻に視線を向ける。
「……」
既に、力尽きている。ただの抜け殻になり果てている。生命力だけが根こそぎなくなっている。
ユラリ。ユラリ。
体を左右に揺らしながら、金髪の黒い塊がノロノロと歩き出す。
火も水も土も、魔法は通らない。
そもそも魔法が通らない。
その理由が分からず、ブラドヴィーナスは試しに喉の毒腺から毒を飛ばす。神経毒と出血毒の両方の性質をもつ猛毒。
シュ。
が、毒液は歩く魔獣の身体に触れる前に気化して消えてしまう。
「……」
ブラドヴィーナスが舌でわかること、それは何かを敵に近づけるとすさまじい高温がその敵の周囲で瞬時に発生するということ。ゆえに巻き付いて絞殺していいのか被りついて捕殺していいのか迷う。
ゴトン。
落ちている歯車の一つを、黒い魔獣が鎌でさりげなく拾う。
ブン。
それをすぐ、ブラドヴィーナスの方に雑に放り投げる。ブラドヴィーナスはごく自然に尻尾でそれを払いのける。
「!!!!!!」
たったそれだけの動作で、ブラドヴィーナスの体内に異変が始まる。
「??????」
尻尾から頭にかけて痛みが走り、チリチリと全身が熱を帯びる。そして感覚が消失する。ブラドヴィーナスの眼には鱗が剥がれ落ちて出血の止まらない尻尾が映る。意味不明の出血。理解不能の痛み。
ザシュ。
ヒタヒタユラユラとゾンビのように近づいてきていた魔獣の鎌がとうとうブラドヴィーナスの肉に食い込む。
ダイヤモンドゴーレムに匹敵する鱗も、その前で防ごうとした三匹の抜け殻も、何事もなかったかの如く魔獣の鎌は貫通して、ブラドヴィーナスの鱗の皮下1センチまで達する。
「………………………」
ブラドヴィーナスの意識が遠のく。朦朧とする。
アントピウス聖皇国でも、ルバートの広大な森でも、生まれて一度も経験したことのない感覚が全身を襲い、そして意識もろとも、崩れるように消えていく。
「スーパーノヴァ」
薄れゆく意識は最期に魔獣のその言葉だけを聞き、果てる。
全身の細胞を大量の放射線で破壊されながら。
発光細菌クオラムセンシング。
星獣カリレアアリジゴクの巣穴近くに散らばる隕石片を数多く回収した〝闇〟は、隕石片に特殊な細菌が付着していることを新たに発見した。ガンマ線を放射するその奇妙な細菌をクオラムセンシングと〝闇〟は名付けた。
クリスティナ・ブッサル・ツヴィングリ。
彼女は「ブッサル」発動により、ガンマ線を放射する発光細菌を体内の菌細胞に宿す魔獣となれる。発光細菌は彼女の身体から離れた瞬間、ガンマ線を出し続ける暴走凶器となる。周囲の被曝が始まる。
あとはただ、相手に確実に発光細菌を植え付けること。
〝闇〟は慎重かつ周到にそれを準備した。
クリスティナの硬い体表面で発光細菌はバイオフィルムという細菌叢をつくり、点ではなく面として彼女の体表に付着展開。そのネットワークをつくる細菌の数はおよそ2000兆個。そのバイオフィルムはクリスティナ以外の物に触れるとたちまちナノワイヤーを張って広がる。そしてエネルギーの多いガンマ線を放射。
結果的に、クリスティナの鎌が1センチ体内に食い込んだブラドヴィーナスの体内被曝量は200シーベルト。
人間の致死量の50倍。
原子爆弾直下の被曝量の10倍。
魔物はガンマ線など味わったはずがなかった。一度でも味わえば死ぬしかなかった。しかも、
〈クリスティナ。変身を解除する前に時計塔から死体を外に投げて〉
「はい。マソラ様」
外に放り投げられる白蛇の死骸。それまでにも、その瞬間にもナノワイヤーが死骸にさらに蔓延る。
その凶悪な死骸から光速で飛び出すガンマ線。すなわち。
スーパーノヴァ。
超新星爆発。
言い換えれば核融合を終えた恒星の最期。重力崩壊の始まる恒星の最期。
それは恒星が終にブラックホールとなるように、ブラドヴィーナスの死体から大量のガンマ線が放出されるということ。星の終わりの悲鳴。
「「?」」
一筋の光が一瞬間、走る。
「ほらほらよそ見しちゃだめだよヒトミちゃ~ん」
バイオフィルムとナノワイヤーによって、〝闇〟の狙った方角めがけて、ガンマ線が鋭く走る。星の終わりの悲鳴が走る。
「思春期男子の夢と言えばさぁ」
ガンマ線バースト。
地球上で生物の大量絶滅を引き起こした死の光線が雫石と虚病姫に照射される。
ブラドヴィーナスの異変で事象予測のできた虚病姫が灰を急いでかき集め、雫石を全力で守る。予測できても光速で迫る放射線を防ぐには大量の魔力と灰を転移魔法により一極集中させるしかない。
虚病姫:Lv100(唄謡)
生命力:1/1 魔力:21040031/30000000
攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
それは裏を返せば、
ストスト。
魔神の奇襲に備えられないということ。
「同級生女子への生挿入だよねぇ」
雫石の長い黒爪に串刺しにされていたグシャグシャボロボロの人形が、顔の下半分だけになってニヤリと破顔する。
かろうじて動く人形のひしゃげた左手には、亜空間ノモリガミから咄嗟に取り出した二本の注射器。
一本は雫石の脚の静脈で止まり、もう一本は動脈にまで達する。
〝闇〟は針先にまで真空を作り、注射器の中の液体を一気に雫石の体内に注入した。
「!?」
刺されたことに気づき振り払う雫石。「コイツほんと~にムカつくねん!」と言う虚病姫は1・6秒間のガンマ線バーストを防いだ直後、雫石の解毒に入る。もう観測者の席にはいない。
雫石瞳:Lv100(ムツキカサメ)
生命力:10392/20000 魔力:28500000/30000000
攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
特殊スキル:月属性魔法
虚病姫:Lv100(唄謡)
生命力:1/1 魔力:18040031/30000000
攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
「波」になって隠れ、「歌」を真似し、「星」すら用意し、あくまで「無」を武器に罠を張る相手は、ヒトの手に負えない。
雫石という召喚者の狂気だけでは対処できない。
そう認識せざるを得ない虚病姫は守護者として挑戦者として、全力をもって〝闇〟を祓うと決める。
「ふぅ……ふぅ……」
「どうしたの?苦しそうだね」
人形の体を再生させつつ、投げ捨てられたナガツマソラがカチャリと口を動かす。
雫石瞳:Lv100(ムツキカサメ)
生命力:9992/20000 魔力:28400099/30000000
攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
特殊スキル:月属性魔法
「彼氏とのデート中に彼女が下痢になっておまけに死臭を放ち始めたら、彼氏はきっとびっくり仰天するよね~」
ナガツマソラはそう言いつつ、念話でクリスティナに指示を送る。
指示を受けたクリスティナはゆっくりと「変身」を解除する。放射線の被曝に耐えるため、クリスティナの細胞は多核化している。そのうち放射線によって壊れた核を消失させて無事な核だけを選別して残すのには時間がかかる。それが〝闇〟の「重い」というメッセージ。細胞の多核化。発光細菌を宿された者の宿命。
それを無事に終えた、双子姉妹の妹エルフ。元エルフ。現魔獣。
姉同様、体内に隠していたネチェルエリクサーで全回復をした後、放射能のない戦斧を再び手に取り仲間の魔獣であるソフィーの元へ直ちに向かう。
「一本はひまし油とネオスチグミンと苦汁とアメーバ赤痢菌を混ぜた下剤。結構効くでしょ?俺の故郷のシータル大森林にあるものでつくったんだ。クールでムッツリスケベのヒトミがお通じ良くなりすぎて~米のとぎ汁みたいな下痢便を垂れ流しているところは~正直見たくないような~見てみたいようなぁ~」
永津真天:Lv10(メンヘラ女の彼ピッピ)
生命力:1000 魔力:20000
攻撃力:500 防御力:800
敏捷性:60 幸運値:25
魔法攻撃力: 500 魔法防御力:600 耐性:闇属性、火属性
特殊スキル:生挿入の強制中出し
雫石の悪寒と震えが止まらない。〝灰〟が急ぎ雫石の体内に潜る。巡る。
「もう一本はアルマン王国をヒントに創った香水。カダベリンとプトレシンとトリメチルアミンオキシドとエタンチオールとメチルメルカプタン、それにアンモニア。もちろん溶媒はわかると思うけどエタノールとアセトン。埋葬都市バトリクスの中でも一番死臭のひどい所と同じ臭いを再現しようとして作ったんだ。こんなニオイを体から出していたら死人と同じ。だから香水の名前はメメントモリ。「死を想え」って意味のラテン語だ」
灰は体内を瞬時に駆け巡り解毒と浄化を開始すると同時に、再び薬物注入されることのないよう、膨大量の煤灰と巨虫の肢を組み上げ、防壁を築く。
虚病姫:Lv100(唄謡)
生命力:1/1 魔力:1681253/30000000
攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
「そんな孤児院みたいな所で塞ぎこんじゃってぇヒトミちゃんたらぁ~ん。下痢糞と腐臭を撒き散らせてさぁ、俺とまたエッチなことしよ~よぉ~ん!」
切り札の一つが時間稼ぎに使えて安堵する〝闇〟はケラケラ笑いながら敵を揶揄いつつ、アダマンタイトドールの再生と魔獣の援助に専念する。
円形闘技場で戦う〝闇〟の魔獣は魔物相手にまだ苦戦している。
闘技場の上空には依然として巨虫の甲殻が砕かれて剃刀の刃のようにキリキリと狂い舞い、元竜人族の魔獣モチカの空中戦を妨害している。それだけの余裕が敵の魔法使い虚病姫に未だあることに、そして自分自身の魔力残量が枯渇する一方であることに、〝闇〟もまた焦る。
円形闘技場。
「そんな……ヤオエ様…………お母さま」
鹿蜘蛛ダーメンシェンケルの下腹部から漂う香りが、魔獣モチカに幻影を見せる。
モチカの目に、魔物は映っていない。
雄シカとひっくり返した雌クモを融合したような姿の魔物は映っていない。
映るのは自身が受け継いだ黄金の鎧と、かつて受け継ぎ、訳あって弟に譲った無双槍ミーティアを握る竜人族の族長ヤオエの姿。
全盛期の乾竜の威光。幼くて弱い自分を躾けてきた最強の竜人。
ドゴンッ!!
魔物の重すぎるタックルを受けても、魔獣の見る幻は全く薄れない。むしろ香源に近づかれて、幻影は濃くなる。
幻の中で幼子はうなだれたまま、胸倉をつかまれ、平手打ちを食らう。
弱いから、怒られる。
変身がまともにできなくて、怒られる。
そしてお前ではない別の世継ぎに期待すると罵倒される。
強い弟が生まれたからお前は要らないと告げられる。
ミーティアの石突で何度も殴られる。槍の柄とヤオエの鎧の間に首を挟まれ、持ち上げられる。窒息しかけて失禁し、解放されて蹴り飛ばされる。背中と頭を蹴られて目を覚ます。尻の肉が千切れるほど指でつままれる。終わらない虐待……
〈花麝香か。これまた迂闊のうっかり八兵衛〉
香りの生む幻に怯えて震えるモチカの額中央が割れ、眼球が生じる。白い角膜に菫色の虹彩をもつ鮮やかな瞳が登場する。
〈香りを操るのは俺の専売特許じゃないってことか。人間謙虚じゃないとダメだね〉
モチカの額の角膜の毛細血管が血走る。菫色の瞳を中心に、赤い血根が張り巡る。
強烈な芳香を、強烈な〝闇〟が呑み込む。竜人族の力ない幼子が消える。躾をする母親が消える。
〈起きろモチカ!!俺に髪を洗ってほしかったら早く起きろ!!〉
強靭な精神をもつ、いつもの元竜人族が戻ってくる。
「兄様!?私は一体?」
〈幻覚を見ていた!嫌な思い出をごちゃ混ぜにされて見させられてた!それだけだ!〉
〝闇〟が目から怒鳴る。
「……くそっ!」
〈そうだ!クソだ!昔の自分も過去もただのクソだ!今のお前の肥やしでしかない!だから〝そんなもの〟は土に混ぜてほっとけ!〝そんなもの〟を目に入れたら痛くて何も見えない!今の自分が見えなくなるだけだ!!〉
シカの角の間に糸を掛けた逆さグモが、スリングショットのようにシカ角の破片を竜めがけて放つ。
ズグシュ!ゴキ。
ライフル弾と同じ速度の破片は頑強なはずの黄金竜の脇腹に命中し、既にひび割れた肋骨をまた一本折る。脾臓が破裂する。黄金竜の喉から血が噴きあがる。牙が大量の血にまみれる。
〈今のお前はただ俺を想え!〉
クモの吐いた糸で作られた強靭な無双網に絡まる黄金竜。
シカが鼻息荒く加速し、再び竜めがけて突進する。吹っ飛ばされた黄金竜は折れた肋骨が肺に刺さって大穴が開き、しかもクモが大量に拵えたトラバサミの一つにかかる。〝闇〟のつくるカラクリよりはるかに単純だが威力の容赦がない罠は、堅いはず竜の足首から先を一撃で切断する。竜が思わず目を閉じる。
〈今のお前全部を愛している、俺を想え!〉
四肢のうち、失ったのはこれで二つ。右足と左手。激痛が全身を何度も何度も何度も竜に襲い掛かる。シカグモは幻影だけでなく絶望と暴力でドラゴンを打ちのめそうとする。
〈だからお前は俺より一層強く、俺を想え!〉
竜の右翼は粉砕骨折し、左翼は被膜が穴だらけになっている。
尻尾もない。既にクモに噛み切られ、食われた。
〈さっさと発動しろモチカ!!〉
「はい兄様!!!!」
黄金竜が涙目を開く。
黄金竜モチカ。
モチカ・ウリンレイ・シンラ。
モチカ・ウリンレイ・シンラ:Lv70(魔獣)成長補正付与。
生命力:81/9800 魔力:2234/30000
攻撃力:20000 防御力:9400 敏捷性:930 幸運値:2000
魔法攻撃力:280000 魔法防御力:30000 耐性:光属性
特殊スキル:変身、ブレス、放電、クラビラ
経験共有をするためにナガツマソラという〝闇〟から贈られた「ウリンレイ」という名。
イザベルとクリスティナの「ブッサル」と同様、それは生命力が危機にさらされた時に発動する一種のブースト。
「はあああああああああ――っ!!!!!」
黄金竜がさらに光り輝く。
それを前にする魔物ダーメンシェンケルが反芻した草と唾を吐き捨てる。背中は糸を吐き、あやとりのように網糸を優々(ゆうゆう)と備える。
かつて魔王軍に所属し、勇者を相手にして戦ったこともある古株中の古株魔物は、気炎を上げて光る者などハッタリに過ぎないと心の底から思っている。現にシカの角で串刺して殺し、ハッタリを証明してきた。クモの糸に絡めて食い殺し、証明してきた。
ゆえにブラドヴィーナスやサンタクロースのように、たじろいだりはしない。
フウゥゥゥゥ……。
むしろ光る者だからこそ、
ドムンッ!!!!!!!!
全力で飛び込む。
それがダーメンシェンケル。
夢盾。
魔王ウェスパシアによってムジュンという真名を与えられた魔物の性分。
決して敗北することのない、夢の盾の矜持。
その駆ける夢の盾の、大きな黒い眼球に映りこむ、人ならざる人の姿。
黄金の鱗翼、黄金の長尾、黄金の傷鎧、そして黄金の麗角。
虚飾にすぎぬ。そう、走るシカの二つ目が、背中の八つ目グモに伝える。
万が一があろうと糸で受け止める。そう、背中の八つ目グモが走る二つ目ジカに返す。
走る二つ目。視界は広いが焦点を合わせづらい。
背中の八つ目。視野は狭いが焦点を合わせやすく、八つの目を使えば相手の移動予測までできる。
十個の目が協調することで「盾」は完璧に至る。
「「?」」
あくまで協調できれば。
ドゴオーンッ!!!!!!!!! パッ。
人型の黄金の角とダーメンシェンケルの角が衝突した瞬間、ダーメンシェンケルの二つ目ジカは、体が浮くほどに体重が軽くなるのを覚える。同時に、永遠に近いほど一緒にいたはずの八つ目グモの気配が消えたことに気づく。
モチカ・ウリンレイ・シンラ:Lv70(魔獣)成長補正付与。
生命力:80/9800 魔力:999/30000
攻撃力:20000 防御力:9400 敏捷性:930 幸運値:2000
魔法攻撃力:――― 魔法防御力:30000 耐性:光属性
特殊スキル:変身、ブレス、放電、クラビラ
「魔王軍。さすがだ」
竜人の翼が悠々(ゆうゆう)とはためき、尾がゆったりと動いて弧を描く。眼球の代わりに眼窩から伸びる竜の角は、ダーメンシェンケルの巨大な角に鋭く突き刺さっている。
「だが」
ダーメンシェンケルは浸潤する痛みと共にようやく理解する。八つ目グモの気配が突如として消えた理由を理解する。背中のクモが瞬時に爆死したことを理解する。内部から何らかの力が働いて、体の片割れが破裂したことを理解する。
「兄様の敵にはなれん!!!」
翼と尾が輝き、再び角へ光が流れる。光は角の先端で輝きを失い、暗黒になる。それがシカに流れ込む。
ボ。ドゴオオオオオンッ!!!!!
背中を失ったダーメンシェンケルが転移したかのような速度で闘技場の壁まで吹き飛ぶ。
ガシャガシャガシャシャンッ!!
吹き飛んだダーメンシェンケルは背中の八つ目グモが作った無数の罠にかかり、身動きが取れなくなる。
モチカ・ウリンレイ・シンラ。
他の魔獣二人同様、ブースト状態と同時にクサビラが肉体に蔓延る。
〝闇〟によってモチカが植え付けられたのは好圧性細菌プリンキピア。
アダマンタイト層に潜れる〝闇〟が地下二千メートルで発見した細菌は、万有斥力によって超高圧に耐えていた。
万有斥力。
すなわちダークエネルギー。宇宙の重力圧縮を止める物質。
モチカの角の先端から放射されたダークエネルギーはモチカ以外の全てを弾き飛ばす。作用反作用則を無視した神檄。
加減が分からず大量注入された一発目は八つ目グモを爆発即死させ、手加減を心得た二発目は二つ目ジカを己が撒いた罠地獄に送り飛ばす。
「モチカ・ウリンレイ・シンラ。そなたを屠った者の名だ」
すたすたと歩いて近づき、静かに最後そう告げると、角を眼から生やした魔獣は十字槍「玄士」でダーメンシェンケルの首を薙ぎ払い、続けて心臓を刺し貫いた。
〈さすが竜人族〉
胴体と別れた魔物シカの首が、落ちる。貫かれた心臓からあふれる血に、まみれる。
「それは昔の話。今の私は兄様の嫁です」
〈そうだね〉
指示を出すと、〝闇〟は魔獣の中で話すのを止める。
魔獣は指示された通りに瓶を吐きだし、ふたを開け、ネチェルエリクサーをガブガブ飲み干し、傷を癒す。
「ソフィー。今すぐ助けに行くぞ!」
目から角を生やした魔獣は普通の黄金竜に戻り、天空に向けて雷を放つ。
天空を舞う甲虫の破片が一気に焼尽する。黄金竜は闘技場全体を震わせる咆哮をあげると力強く羽ばたき、最強のアダマンタイトゴーレムと戦う仲間のもとに急ぐ。
(斧が散り、蛇が敗れ、鹿が屈した)
ガンマ線バーストを浴びてしまったバフォスカイコガ。
その巨虫に寄生させられた老将軍は柔らかく笑う。瞼を閉じる。
(神よ。どうか、魔神に祝福を)
笑いながら、体に異変が生じていることを自覚する老将軍スピールドノーヌ。
(まさか……我にもまだ役割があるのですか?神よ……いや、魔神の仕業かもしれぬ)
瞼を開き、「厄介なことだ」と再び微笑む老将軍スピールドノーヌ。目線の先にはようやく立て直した歌姫と魔神。
虚病姫は防壁を崩し、再び歌姫を宙に浮かせ、黒い爪をまとわせ、黒い翅となる。
雫石瞳:Lv100(ムツキカサメ)
生命力:8992/20000 魔力:22350061/30000000
攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
特殊スキル:月属性魔法
不意を打たれた老将軍が、自分の〝不意〟を自身に説明する。
(底が見えない)
老将軍を恐怖に陥れた魔神の人形は、両手に注射器を持ったままロボットダンスを踊り、歌姫たちの挑発を始める。
(底の知れない闇)
ダンスに合わせてリズミカルに炎の噴射を始める地下筒。少しずつ充たされる注射器の中身。魔神以外には正体不明の、オレンジ色の液体。見る者は否応なく不気味さを味わう。
(誰も逃れられず、全てを呑み込む無限の闇)
「管弦爆弾」
おちょくられ、苛立った歌姫が衝撃波と転移魔法、爪による引き裂きをくり返す。
そして、
「管弦素配列変換!二九音律臨界葬音……」
替わって歌神が灰を震わせて叫ぶ。
老将軍は最期まで見届けられないと咄嗟に悟り、深いため息をつく。その寄生体には両手足はなく、あるのは赤子のような無数の肢のみ。耳を塞ぐ術はない。歌神の怨楽を食らえば命はない。
(惜しかった、本当に。だが、もう良い)
〈いい人生だった?〉
(?)
〈ここからだよ。藍玉の将軍〉
またも不意打ちに脳裏に響いたナガツマソラの声に、スピ―ルドノーヌは絶句する。
恐怖が伝染し、瀕死の幼虫が寄生体を口の中に呑み込んでいく。
〈ガンマ線照射で幼若ホルモンの変態制御は解いた〉
心が虚無になり、全身が凍り付く老将軍。魔神を相手にした過去の凄惨な敗戦が、脳裏を木霊する。
〈将軍も〝変身〟しなよ。さもないと〉
そんな自分を見ている魔神が、〝闇〟が、ナガツマソラが近くにいる。
その恐怖。恐怖は幼虫の未だ生きている細胞の核にDNAの転写とタンパク質への翻訳を命じる。
〈焦げちゃうよ?〉
ヒュドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ンッ!!!!!!!
「「「!?」」」
目の前の世界が光り輝く。煉獄が天獄に変わる。
スピールドノーヌも、雫石瞳も、虚病姫も、何が起きたのか分からない。
分かる暇がない。超熱と爆風と土埃しか分からない。
ただスピールドノーヌはバフォスカイコガもろともエスメラルダス原野に向かって数百メートルも吹き飛ばされ、雫石と虚病姫は高熱で全身を焼かれて消し飛ぶ。踊っていたナガツマソラ人形も溶けて潰える。
ォォォォォォォォォォ……
エディアカラの丘の上に突如としてできた大規模クレーター。
「下ばかり見ているから気が付かない」
地下の魔力素が出来立ての窪地の隙間から細々と噴きだし、ナガツマソラ本体が地上に現出する。
「音ばかり聞いているから気が付かない」
クレーターの真ん中でナガツマソラはつぶやく。
サー……
「……ナニヲシタノ~ン?」
超音速で吹き飛ばされた灰が、超高速であちこちから集まる。
「何をしたって、お前たちがよく知ってるアレをアレしただけだよ。ほら、「神の杖」」
煤灰が集まり、見つめた相手は、灼眼の魔神。
永津真天:Lv10(渦魔導魔 窯胴魔 窩惑宇間 香霧多知 身硝盛)
生命力:0/0 魔力:4999/10000000
攻撃力:500 防御力:800
敏捷性:60 幸運値:25
魔法攻撃力: 500 魔法防御力:600 耐性:闇属性、火属性
特殊スキル:命食典儀・魔蛆生贄
「カミノツエ~?」
「とぼけるの?シータル大森林に「落とした」って最初に言ったじゃん」
笑みを浮かべ、「あれれ~?おかしいな~やっぱり犯人じゃないのかなぁ~。まあ今更どうでもいいけどねぇ~」と首を左右に振る魔神。
ステータスを見定め、「これこそが本体だ」と確信し、もはや一切の力を使いつくしてでも仕留めなければならないと決意する歌神。
虚病姫:Lv100(唄謡)
生命力:1/1 魔力:1681253/30000000
攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
「ところでヒトミは死んだ?」
「シナナイヨ~ン。コレクライジャ~」
「だよね~ん。マヨちゃんもヒトミちゃんも~火災旋風を利用して~たかが成層圏まで巻き上げたアダマンタイト粒子を~塊にして落下させたくらいじゃ死なないよね~ん!」
歌神はありったけの魔力で歌姫を再生させつつ、戦場であった原野を視る。既に炎の竜巻はなく、死体もことごとく消えている。熾火のような大地だけが夜の闇にフスフスと広がっている。
(アルス・マグナにマグヌス・オプス、プリマ・マテリア……十七胴のうち三胴の秘儀を一人の人間が……こちらに気づかれないよう動きつつ、地下から死体を摂りこみ、魔力を回復したか。キチガイ魔胴師め)
虚病姫:Lv100(唄謡)
生命力:1/1 魔力:31253/30000000
攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
ナガツマソラの封印されし言葉「カマドウマ」による『命食典儀・魔蛆生贄』。
粘菌人族も薔薇人族も連合国軍も、死体はみなナガツマソラに取り込まれ、魔力素に換えられた。
ナガツマソラはその力を使い火災旋風を制御し、石の書ヒルデガルトの放ったアダマンタイト弾を回収。成層圏に運ぶためにアダマンタイトは一度砕かれ微粒子化し、上空50キロ地点で粒子は練り合わされおよそ10トンの金属塊となり、雫石瞳の頭上に落下した。
「おはよう眠り姫。目覚めのキッスは必要ないみたいだね」
「有難い申し出ですが、あなたの太くて長いイチモツキッスは溶鉱炉に突き落とされたように痛いので、遠慮しておきましょう」
虚病姫によって全身を再生された雫石瞳が言葉を返す。
雫石瞳:Lv100(ムツキカサメ)
生命力:20000/20000 魔力:99391/30000000
攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
特殊スキル:月属性魔法
「俺のアダマンタイト製のナニは慣れれば気持ちいいと思うよ?」
「いいえ結構。火遊びは本当にここまで」
「あっそ。まあいいや。お前たちの二重唱にも飽きたし、そろそろ終わらせようか」
全裸で口器だらけになった雫石瞳にそう返すと、ナガツマソラは右手の指をパチンと鳴らした。
poena divina