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第二部 歌神香児篇 その十八

闇「『アヴェ・マリア』か。シズクイシって口笛すごく上手だね」

歌「ええ。自分でもよく分かりませんが、いつの間にか口笛だけは意識せずともうまくなりました。音大の実技試験も口笛で受けたら受かるかもしれません。この異世界に音楽大学があればの話ですが」

姫「私だって歌とかうまいんだよマソラ君!」

二人「「じゃあ歌って」」

姫「え!?えっと、ちょっと恥ずかしいから今はダメ!」

歌「だいたい、なぜアカオギさんがこのタイミングでナガツ君についてくるのですか?戦闘訓練の授業はどうしたのですか?」

姫「そ、そんなこと言ったら、シズクイシさんだって訓練中じゃないですか!」

歌「私はナガツ君と同じく戦力外なのでハブられただけです」

闇「ほんとに?戦力外じゃなくて戦うのが面倒くさくてサボってるだけでしょ?」

歌「さぼっているのは正しいですが面倒臭いわけではありません。日々の資金繰りが厳しい低所得者なので日雇い労働に潔く参加しただけです」

姫「日雇い労働って……」

歌「ナガツ君は店長。私はブラックアルバイトの見習いみたいなものです」

姫「マソラ君、どういうこと?」

闇「こいつ、城から支給されたお金を書道につぎ込んでスッカラカンだから、俺の副業を手伝う代わりに墨汁をタダで作って欲しいって言ってきたんだ。前にも言ったけれど俺はタケコシたちのカツアゲでスッカラカンだから自分でいつも稼ぐしかない」

歌「そういうわけで、私はナガツ君の傍を離れることができないのです」

姫「ちょっと今の言い方!なんか意味深すぎます!」

歌「別に深い意味はありません。ただ私はナガツ君と一緒にいなければならない運命なのです」

姫「運命とか大げさすぎです!だいたい書道をやめればいいだけじゃないですか!」

歌「それはできません。ですのでナガツ君と離れるわけにもいきません」

姫「じゃ、じゃあ私も離れられません!!」

二人「「なんで?」」

姫「なんでって、なんでマソラ君まで「なんで」って言うの!!」

闇「冗談だよ。人手は多い方が助かるからハルネが手伝ってくれるのならありがたい」

姫「ほんと!?」

歌「果てしないウソかもしれないですね」

姫「シズクイシさんはちょっと黙って!」

闇「ほんとにありがたいよ。じゃあこれからやることを説明するね。今日やるのは香水作りの材料集め。シズクイシにはもう言ってあるから分かるよね?」

歌「チキン法とか言ってましたね」

闇「チキンは俺みたいな弱虫のこと。チキンじゃなくてチンキね」

姫「マソラ君は弱虫なんかじゃないよ!それは私が一番よく知ってるから大丈夫!」

闇「ありがとハルネ。でね、チンキ法っていうのはアルコールに浸して香りを移す、簡単な匂いの抽出法なんだ。この世界にもアルコールはあるからそれで抽出する」

歌「そう言えば蒸留酒があればなお良いと言っていましたが、蒸留酒とは何ですか?」

闇「アルコールの度数を高めたお酒のこと。学校の「化学」で蒸留は習ったでしょ?」

姫「はいはいマソラ君!コンゴーブツを加熱して、ジョーキを冷やして分けるのがジョーリューです!」

闇「正解だよハルネ。物知り」

姫「でしょでしょ!」

闇「にしてもシズクイシの口笛、ほんとにうまいね。エリック・サティの『ジュ・トゥ・ヴー』なんて異世界の森の中で聞けるとは思わなかった」

姫「マソラ君ってば!」

闇「あ、ごめんごめん。じゃあシズクイシのBGMを聞きながら説明するね」

歌「いえ、それだとナガツ君に失礼に当たりますからやめておきます」

姫「ちょっと!じゃあなんで私が話している時に口笛吹くんですか!」

歌「すみません。つい吹きたくなったので吹いてしまいました。悪気は少ししかありません。以後気を付けます。ちなみに『ジュ・トゥ・ヴー』のフランス語の意味は……」

闇「おっほんっ!じゃあやることを説明しまーす。集めるのは固体か半固体の素材です!ボリュームの多い素材、例えば花とか葉っぱとか枯れ葉なら持ってきたストックバック一杯に集めて。土とか木の枝、木の実、虫の抜け殻みたいに水分をあんまり含んでいない素材ならストックバック半分でいい。不慣れな二人はそうだね、かさばるけどいい香りのする白い花とか涼しい香りのする針葉樹の葉なんかを集めたらいいと思う。俺は虫の抜け殻とか木の幹にはりついた苔を狙う。そういうのは森の温もりを感じられる匂いがするから、結構いい値段で売れるんだ」

歌「ナガツ君。お金になるのなら私もそれらを探します」

姫「私も!マソラ君のためだったら何だってする!」

歌「今さりげなくプロポーズしましたね?」

姫「ち、違います!マソラ君も、そういう意味じゃないからっ!」

闇「木の樹脂とか木の実も匂いは抽出できる。でも石は無理だから拾わないでね」

姫「なんでスルーするのマソラ君!」

歌「これが虫の抜け殻ですか?」

闇「そうそう。シズクイシは見つけるの早いね。その調子で頑張って」

歌「ええ。〝私は〟役に立つので安心してください」

姫「もうっ!シズクイシさんには絶対に負けないから!!」


挿絵(By みてみん) 

 

17. 白鳥の歌「天雫(てんだ)


(あれが)

 ディシェベルト国。

 エスメラルダス原野(げんや)を見下ろすその丘の名は、エディアカラといった。

 エディアカラの丘。

 そこで血まみれる巨大な幼虫と、元人間族の寄生体。

 宿主(しゅくしゅ)であるバフォスカイコガが瀕死(ひんし)の重傷を負っているため同じく瀕死となった寄生体の老将軍(ろうしょうぐん)スピールドノーヌの眼には、雫石(しずくいし)たちが映っている。

歌神(かしん)……)

 より正確に言えば、雫石の周囲を衛星の輪のように舞い、黒い灰を操作している虚病(きょびょう)(ひめ)の姿が。

(我が生まれ故郷(こきょう)のゼアチ国を滅ぼし、マルコジェノバ連邦(れんぽう)を食い物にした怪異の正体)

 その怪物は今、エスメラルダス原野で連合国軍の戦車として戦死した巨大昆虫の死骸まで(あやつ)り、アダマンタイトドールでできたナガツマソラを丘の上で押し潰している。

 虚病姫が巨虫の(あし)に生えた体毛を音波(おんぱ)で操作しているなど老将軍には知る(よし)もなかったが、虚病姫が紛れもない怪物であることは理解できた。

(あれが、歌姫(うたひめ)を操っているのだ。あの漂白(ひょうはく)されたような小娘を)

 老将軍はそして、異世界召喚者の雫石(しずくいし)(ひとみ)に対して憎悪(ぞうお)(つの)らせる。

 同時に、ひしゃげて壊れている人形(ドール)を老将軍は強く(にら)む。

(立て。そして勝て。勝ってくれ。その責務(せきむ)がお前にはある。お前は、俺をこんなザマにした男だ)

 老将軍は人形に敗れ、戦場で死ぬことが叶わず、主人である歌姫のもとに連れ戻された。

(お前は違う。小娘とは違う。お前は絶対に、正真(しょうしん)正銘(しょうめい)のバケモノ)

 老将軍は歌姫によって巨大なイモムシとくっつけられて、戦場を(むな)しく彷徨(さまよ)い、今この決戦の地で血にまみれている。虫とともに虫の息になっている。

(たの)む。立ち上がれ。そして()て!歌神(かしん)を止められるのはナガツマソラ!お前しかいない!)

「ゲフッ!」

 力むあまり、老将軍(スピールドノーヌ)は口から緑色(みどりいろ)の血液を吐いてしまう。息することもままならない。目を閉じる。

(歌神に勝ちうるのは魔神(まじん)のお前しかいない!)

 閉じてはならないと再び瞼を開く。

 そこには、(ほのお)竜巻(たつまき)がいくつも立ちのぼるエスメラルダス原野がある。

 自分に拷問(ごうもん)を仕掛けたボロボロのアダマンタイト人形がある。

 シェールガスを噴射し火柱(ひばしら)(とどろ)き上げるいくつもの掘削(くっさく)(あな)がある。

 いつの日か戦場で通りがかって見たような蒼古(そうこ)神殿(しんでん)跡地(あとち)がある。

 仕組みの全く分からない尖塔(オベリスク)のような時計がある。

 文献(ぶんけん)で読んだことしかない叙事詩の舞台のような円形(えんけい)闘技場(とうぎじょう)がある。

 夜にもかかわらず、それらがどれもこれも火炎によって昼のように明るく闇に浮かび上がる。煉獄(れんごく)のごとく浮かび上がる。

(神よ!地獄に行くまでの(つか)の間!どうか、どうかっ!この戦いを結末までどうか、(わたくし)めに見届けさせてくださいませ!!)

 戦場で一度たりとも自分のために(いの)ったことのない老戦士は、血まみれの祈りを(ささ)げる。そしてそんな祈りなど関係なく、歌神(キョビョウヒメ)魔神(ナガツマソラ)、それらに(ひき)いられた魔物と魔獣の戦いは熾烈(しれつ)(きわ)めていく。

「あら?」

 巨虫(きょちゅう)(あし)で押しつぶしたナガツマソラを見ていた雫石(しずくいし)が神殿跡地にキョロリと目を向ける。

 ナガツマソラの()(じゅう)である元風人族(エルフ)イザベル。

 彼女はネチェルエリクサーで既に全回復し、アダマンタイトゴーレムのトナオを相手に苦戦を強いられているソフィーのもとに、風のごとく矢のごとく向かっていく。

「あれはたしか永津(ながつ)(くん)玩具(ペット)ですね」

 首をかしげながら歌姫はフフッと笑う。

「あのペットがオオダコのもとに向かっているということは」

「サンタクロース、負けちゃったみたいだねん」

 灰となって舞う虚病姫が応える。

「なるほど。菌魔(きんま)所詮(しょせん)(うじ)ほどの役にも立たないということですね。とはいえ手駒(てごま)が減るのは困ったものです」

 歌姫は虚病姫に軽く(なげ)くと、再びナガツマソラの破壊に専念する。

管弦爆弾(アルペジオ)

 ボッ!!!

 雫石の起こす衝撃波(しょうげきは)で、ナガツマソラが地下から操る人形の残骸(ざんがい)が木っ端のごとく吹き飛ぶ。

 同時に雫石が転移(てんい)魔法(まほう)でナガツマソラ人形の後方へ移る。

 ザクシュンッ!!

 修復(しゅうふく)しつつあるナガツマソラ人形を(すす)(はい)によって構成した黒い(つめ)で引き裂く。爪はモース硬度にして9。鋼玉(コランダム)級。しかも鋭利。ナガツマソラ人形が再び破壊される。部品が散華(さんげ)する。

凶器準備集拷(きょうきじゅんびしゅうごう)。ロックンロールだよ~ん」

 虚病姫は虚病姫で、燃え盛るエスメラルダス原野から巨虫(きょちゅう)死骸(しがい)を次々に音波で取り寄せる。

木棺五重素(ペンタヴェンチノン)ダンツイベール」

 ビュオオオオ……ミチミチミチミチ……

 タイパンゾウムシ。マンサニヨアカハネムシ。アイソポスオサムシ。

 原野からエディアカラの丘に飛んでくる巨虫の死骸は宙を無造作に舞いながら胴体(どうたい)(あし)を千切られる。分断された、丸太のような太い肢だけが時計塔に向かう。

 ドゴドゴドゴンッ!!!!

 そして矢のように次々と突き刺さる。時計塔が激しく揺れる。

 〈あぶなっ!マソラ様!?時計塔に何かがぶっ刺さりました!あっ、また来た!誰かに外から攻撃されてるようです!!〉

 ブンブンブンブンブンブンブン……

 一方、昆虫の胴体は細かく粉砕され、円形闘技場の上を小惑星(しょうわくせい)のように舞い始める。

 〈(あに)(さま)!!闘技場の上を何かがすごいスピードで(おお)っています!羽虫?痛っ!これは……もしや飛べなくされた?敵の魔法攻撃と思われます!!〉

 雫石瞳はナガツマソラ人形を壊しつつ、まだ余力がある。


 雫石瞳:Lv100(ムツキカサメ)

 生命力:18890/20000 魔力:28900000/30000000

 攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000

 魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――

 特殊スキル:月属性魔法


 虚病姫は(しろ)(へび)ブラドヴィーナスと鹿(しか)蜘蛛(ぐも)ダーメンシェンケルをバックアップする余裕がある。


 虚病姫:Lv100(唄謡)

 生命力:1/1 魔力:28000050/30000000 

 攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1

 魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――


「やれやれ、少し、は手加、減し、てよ」

 二人のステータスを見ながら苦笑するナガツマソラ人形は、よろよろと部品をかき集める。


 永津真天(ながつまそら):Lv10(壊れかけのRadio)

 生命力:1000 魔力:20000

 攻撃力:500 防御力:800 

 敏捷性:60 幸運値:25

 魔法攻撃力: 500 魔法防御力:600 耐性:闇属性、火属性

 特殊スキル:陰口。食指。やせ我慢。エロトーク。


 歌姫と歌神の目に飛び込む絡繰人形(ナガツマソラ)のステータスは不審(ふしん)

 そもそも生命力と魔力のゲージが不変(ふへん)

「これでも手加減しているつもりです。特殊スキルの「やせ我慢」でもう少し凌いだらいかがですか?」

「どっちかっていいいいい……言うと、猥談(エロトーク)の方ががががが、得意なんだだだけどね」

「そうかなぁん。〝トーク〟はイマイチだよおん?」

 灰のジョークに微笑みつつ、雫石が自らのうなじに穴を開ける。荘厳な旋律が穴から(こぼ)れ始める。

 聖チェチリア祝日のための「ミサ・ソレムニス」。

「くくくくくく口笛か。相変わらず上手だね」

「今度は私のどの部分を食べるおつもりですか?中指?手?耳?鼻?それとも(くちびる)?」

「唇ねぇ。(した)の唇がいいかなぁ。っていうか〝(シモ)〟についてる唇だね」

 人形の頭部修復(しゅうふく)を終えたナガツマソラは「ヘッヘッヘ」と下品に笑いつつ、魔獣イザベルの次に追い詰められてしまっている魔獣クリスティナの視座(しざ)に移る。

 ギョロ!

「ごめんなさいマソラ様!みんなが大変な時に!」

 自分の(ひたい)が割れて(すみれ)(いろ)の瞳が出てきたことに気づくクリスティナが、主人に(あやま)る。

 〈困った時はお(たが)(さま)!それより集中するんだクリスティナ!!〉

「はい!アップフェル・シュトルーデル!」

 (はげ)まされた元風人族(エルフ)()(じゅう)クリスティナが放つ風魔法はしかし、(しろ)(へび)の魔物がことごとく相殺(そうさい)する。

 白蛇の、しかも()(がら)が。

(え、なにコイツ?抜け殻だけで動いてるの!?キモチートすぎるんですけど!)

 風属性魔法を使う()(がら)が。

「そうですマソラ様!あの白蛇、脚が消えたかわりに何度も脱皮して、魔法を使う分身が現れました!!言っときますけどマソラ様は分身してもキモくありません!!」

 火属性、水属性、土属性、風属性。

 各属性の魔法を(つかさど)る蛇の抜け殻が爬虫類(はちゅうるい)のようにしねくねと(うごめ)き、クリスティナの魔法を受け切って見せる。

 シュルルル……

 そして、抜け殻を生んだ本体の白蛇ブラドヴィーナス。

 この魔物は今、(あし)を生やしていない。ナガツマソラの歌魔法によって時計塔(とけいとう)機関部(きかんぶ)に呑み込まれてから、生やした脚四本を消し、代わりに抜け殻四つを生んだ。

 バシャ!

 それで、終わらない。

 シャカシャカシャカシャカシャカッ!!

 ブラドヴィーナスの変形はそれだけで終わらない。

(魔法が、効かない?)

 ルバート大森林では一度も見せたことのない襟巻(えりまき)まで、蛇は首の周囲に生やす。森の賢者たる(とう)(ちゅう)夏草(かそう)ですら知らない二層の襟巻は光属性と闇属性の魔法を制御する。

 ガランガランッ!……

 落下物がある。扇形(おうぎがた)歯車(はぐるま)とラック。蛇に向かって落ちる。

 蛇の一枚の襟巻(えりまき)が光る。一枚の襟巻が黒ずむ。

 口を開いた蛇から閃光(せんこう)暗黒(あんこく)が同時に発射される。

 ビシシッ!!!!シュゥー……

 上から落下する部品はあるいは感電し、あるいは腐食する。

 魔物ブラドヴィーナス。

 すなわちナガツマソラと同じ全属性魔法使いが、魔獣クリスティナの相手。

 ドスンドスゥンッ!!

 虚病姫により、機械仕掛けの時計塔に容赦なく次々と突き刺さる巨大昆虫の(あし)

 地の利を生かして戦ってきたクリスティナは無論、ようやく動力(どうりょく)装置(そうち)の動きに慣れてきたブラドヴィーナスすら、それらは容赦(ようしゃ)なく牽制(けんせい)する。

 崩れ始める時計塔。

 ナガツマソラが歌魔法で塔を(こしら)えた時点から魔物と魔獣にとって変わらない原則。

 それは「先に適応した方が勝つ」。

 動力を得て回り続ける冠車(かんしゃ)エスケープ。その下で振られる振り子に乗って、土属性魔法を使う抜け殻に攻撃を仕掛けるクリスティナ。

 一方で時計のばね(まき)仕掛(じか)けのフュージの(みぞ)に逃げ込み防御(ぼうぎょ)に備える土の抜け殻。

 土の抜け殻を守るために動く風の抜け殻。

 送風機を運転する天びん機関のベルト車を使い、高速で移動する火と水の抜け殻。

 それをクリスティナが警戒するうちに、移動しながら姿を消してねじりベルトに擬態(ぎたい)していたブラドヴィーナス本体が光と闇の合成魔法を死角から放つ。

「うあっ!」

 合成魔法を食らい、冠車エスケープの振り子から落ちるクリスティナ。

 そこにさらに、時計塔に飛び込んできた巨虫の肢が突如として襲い掛かる。反射神経だけで、クリスティナは手にした戦斧でそれを叩き折るも、上から崩れ落ちてきた鎖車(くさりぐるま)とチェーンまでは斧で対応できない。仕方なく風魔法を放って動力装置との衝突(しょうとつ)を免れる。

 ドバシュウウウッ!!!

 そのわずかな隙に、抜け殻たちによる火と水と土と風の合成魔法がクリスティナのやはり死角から襲い掛かる。ノーガードの魔獣のボディに魔法が容赦なく襲い掛かる。生命力を一気に削られる。

 シュルシュルシュルシュルシュルッ!!!

 高速移動する本体と抜け殻四体。本体は光学迷彩で姿を消し、対照的に抜け殻が激しく輝き〝個〟を主張する。

 〈全体を見るんだクリスティナ!ブラドヴィーナスは必ずお前の死角から攻めてくる!!〉

「はいマソラ様!」

 〝闇〟は魔獣を励ましつつ、やはり魔獣の双子の姉同様に切り札を使わせる決断をする。ただその(ひま)が本人にはない。クリスティナの生命力はすでに全量の1%を切っている。

 普段はしっかりしているけれど非常事態になると姉よりも冷静さを欠く妹は「ブッサル」を発動しながらブラドヴィーナスの技を回避し続けることは難しい。

 そう判断した〝闇〟が強制発動に入る。


 クリスティナ・ブッサル・ツヴィングリ:Lv84(魔獣)成長補正付与。

 生命力:703/9000 魔力:555/4500

 攻撃力:6000 防御力:5000 敏捷性:2200 幸運値:800  

 魔法攻撃力:3500 魔法防御力:3000 耐性:風属性

 特殊スキル:武器転移、クサビラ


 〝闇〟はクリスティナの(ひたい)から目を消し、クリスティナの神経細胞に移ってアクセスする。伝導と伝達を操り、「ブッサル」を発動する。姉と同じく(くさびら)を植え付けられた魔獣が「ブッサル」によって不意に覚醒(かくせい)する。


 クリスティナ・ブッサル・ツヴィングリ:Lv84(魔獣)成長補正付与。

 生命力:444/9000 魔力:555/4500

 攻撃力:――― 防御力:5000 敏捷性:2200 幸運値:800  

 魔法攻撃力:3500 魔法防御力:3000 耐性:風属性

 特殊スキル:武器転移、クサビラ


 ただし〝闇〟によって植え付けられた(きん)は、姉とは真逆に、相手を選ばない暴虐(ぼうぎゃく)の菌。魔獣たちの中でもっとも危険な菌。

 ギュルルルル!ガシッ!!!

 (きん)についての詳細(しょうさい)を知らず、「ブッサル」が発動したことも、菌に体が飲み込まれていくことも分からず(つか)間呆然(ぼうぜん)としてしまったクリスティナに、ブラドヴィーナスが(きょ)を突いて近接戦闘を仕掛ける。すなわち胴体(どうたい)()め潰しの、頭部かみ砕き切断が迫る。

「!?」

 巻き付いて口を開き()みつこうとした刹那(せつな)の瞬間、全身の鱗から危険を感知したブラドヴィーナスが反射的にクリスティナから飛び離れる。

「……」

 突然とろんとした目になった魔獣は、ぼんやりしていて緊張感が全くない。

 脱力した腕には既に戦斧(せんぷ)が握られていない。白蛇は落ちた戦斧と魔獣を交互に見つめる。

 自分の攻撃で斧が落ちたのか、それとも敵が意図的に斧を捨てたのか考える。

 捨てたのだと判断する。

 より危険な状況に入ったのだと捉える。

 新しい変化に適応できなければ負けると確認する。

 〈ねぇクリスティナ〉

 時計塔に無慈悲(むじひ)に突き刺さり続ける巨虫の肢。激震する時計塔。

 崩れ落ちる無数の動力装置と伝動装置。

 張り車。確動カム。扇形小歯車。渦巻板(うずまきばん)。偏心冠歯車。みぞ付き円筒カム。ならい旋盤(せんばん)。スライダクランク。張り車。はすばラック。インボリュート歯車。ジャンピングモーション。ゴーイングバレル。ねじ連結器……

 それらを(かわ)し、あるいはブラドヴィーナス本体に当たらないよう受け止め、あるいは魔法で破壊する抜け殻たち。

 ゴウンゴウンッ!!!

 クリスティナが崩れ落ちてきた歯車(はぐるま)下敷(したじ)きになる。

 それを凝視(ぎょうし)するブラドヴィーナス本体。本体が動くのをやめたせいで抜け殻たちの仕事は増える。見境なのない歌神よって降り注ぐ瓦礫(がれき)と装置の破壊に専念(せんねん)しなければならない。

 〈慣れてきた?〉

 〝闇〟が、ささやく。

「……はい」

 魔獣が、答える。

 〈ちょっとイザベルより〝重い〟かもしれないけれど、やれそう?〉

「マソラ様まで「重い」って……体重じゃ、ないんですから」

 〈ふふ。そんな冗談(じょうだん)が言えるなら、やれるね〉

「はい。あの」

 〈もちろん死ぬほどに愛してる。おれはクリスティナのことを昨日も今日も明日もずっと愛している。その愛が重いと言われても俺は、お前を愛し続ける〉

「重くなんて、ないです。軽すぎますマソラ様」

 クリスティナを下敷きにしていた歯車の山が少し動く。注意深いブラドヴィーナスは大きく目を見開いたまま襟巻に魔力を()める。

「!」

 出した(した)にわずかな異変を感じ、瞼を上にあげて本能的に目を閉じる。すぐさまブラドヴィーナスが場所を変える。風属性魔法を放つ抜け殻に命じて敵に近づかせる。

 ガラ。

 少しだけ、下敷き歯車がまた、動く。

 ゆっくり瞼を下に下ろして目を開き、ブラドヴィーナス本体は舌を出して熱をくり返し探知する。水の抜け殻が歯車の山にさらに接近す……

 サワ。

「?」

 歯車たちの隙間(すきま)から、金色の毛がスルスルと(のぞ)く。それが風の抜け殻にフワッと触れる。(ねつ)探知(たんち)のできる本体が、できない風の抜け殻にその場から即離(はな)れるよう指示する。同時に本体が光と闇の合成(ごうせい)魔法(まほう)を歯車の残骸(ざんがい)に向けて放つ。

「……」

 崩れた歯車の下、長すぎる金髪(きんぱつ)が、水中をただよう水草(みずくさ)のようにゆらゆらと宙に浮いて漂っている。

 そして重い歯車をどかしてゆっくり立ち上がる魔獣は、全身から黒い光沢を放つ。

 両手は既に手の形状ではなく、カマキリのような(かま)

 シュルルルルル……

 魔法を弾かれたという判断が正しいのかどうか、ブラドヴィーナスが念のためにに四つの()(がら)に命じて魔法を放つ。火が飛び、水が飛び、土が飛ぶ。

「?」

 風だけが、飛ばない。それでブラドヴィーナスが風の抜け殻に視線を向ける。

「……」

 既に、力尽きている。ただの抜け殻になり果てている。生命力だけが根こそぎなくなっている。

 ユラリ。ユラリ。

 体を左右に揺らしながら、金髪の黒い(かたまり)がノロノロと歩き出す。

 火も水も土も、魔法は通らない。

 そもそも魔法が通らない。

 その理由が分からず、ブラドヴィーナスは試しに喉の毒腺から毒を飛ばす。神経毒と出血毒の両方の性質をもつ猛毒。

 シュ。

 が、毒液は歩く魔獣の身体に触れる前に気化して消えてしまう。

「……」

 ブラドヴィーナスが舌でわかること、それは何かを敵に近づけるとすさまじい高温がその敵の周囲で瞬時に発生するということ。ゆえに巻き付いて絞殺していいのか被りついて捕殺していいのか迷う。

 ゴトン。

 落ちている歯車(はぐるま)の一つを、黒い魔獣が鎌でさりげなく(ひろ)う。

 ブン。

 それをすぐ、ブラドヴィーナスの方に雑に放り投げる。ブラドヴィーナスはごく自然に尻尾でそれを払いのける。

「!!!!!!」

 たったそれだけの動作で、ブラドヴィーナスの体内に異変が始まる。

「??????」

 尻尾から頭にかけて痛みが走り、チリチリと全身が熱を帯びる。そして感覚が消失する。ブラドヴィーナスの眼には(うろこ)()がれ落ちて出血(しゅっけつ)の止まらない尻尾が映る。意味不明の出血。理解不能の痛み。

 ザシュ。

 ヒタヒタユラユラとゾンビのように近づいてきていた魔獣の鎌がとうとうブラドヴィーナスの肉に食い込む。

 ダイヤモンドゴーレムに匹敵(ひってき)する鱗も、その前で防ごうとした三匹の抜け殻も、何事もなかったかの(ごと)く魔獣の鎌は貫通(かんつう)して、ブラドヴィーナスの(うろこ)皮下(ひか)1センチまで達する。

「………………………」

 ブラドヴィーナスの意識が遠のく。朦朧(もうろう)とする。

 アントピウス聖皇国でも、ルバートの広大な森でも、生まれて一度も経験したことのない感覚が全身を(おそ)い、そして意識もろとも、崩れるように消えていく。

「スーパーノヴァ」

 薄れゆく意識は最期に魔獣のその言葉だけを聞き、果てる。

 全身の細胞を大量の放射(ほうしゃ)(せん)で破壊されながら。

 発光(はっこう)細菌(さいきん)クオラムセンシング。

 星獣(せいじゅう)カリレアアリジゴクの巣穴近くに散らばる隕石(いんせき)(へん)を数多く回収した〝闇〟は、隕石片に特殊(とくしゅ)な細菌が付着していることを新たに発見した。ガンマ線を放射するその奇妙な細菌をクオラムセンシングと〝闇〟は名付けた。

 クリスティナ・ブッサル・ツヴィングリ。

 彼女は「ブッサル」発動により、ガンマ線を放射する発光細菌(クオラムセンシング)を体内の(きん)細胞(さいぼう)に宿す魔獣となれる。発光細菌は彼女の身体から離れた瞬間、ガンマ線を出し続ける暴走(ぼうそう)凶器(きょうき)となる。周囲(しゅうい)被曝(ひばく)が始まる。

 あとはただ、相手に確実に発光細菌を植え付けること。

 〝闇〟は慎重かつ周到(しゅうとう)にそれを準備した。

 クリスティナの硬い体表面で発光細菌はバイオフィルムという細菌(さいきん)(そう)をつくり、点ではなく面として彼女の体表(たいひょう)に付着展開。そのネットワークをつくる細菌の数はおよそ2000兆個(ちょうこ)。そのバイオフィルムはクリスティナ以外の物に触れるとたちまちナノワイヤーを張って広がる。そしてエネルギーの多いガンマ線を放射。

 結果的に、クリスティナの(かま)が1センチ体内に食い込んだブラドヴィーナスの体内被曝量(ひばくりょう)は200シーベルト。

 人間の致死量(ちしりょう)の50倍。

 原子爆弾直下の被曝量の10倍。

 魔物はガンマ線など味わったはずがなかった。一度でも味わえば死ぬしかなかった。しかも、

 〈クリスティナ。変身を解除する前に時計塔から死体を外に投げて〉

「はい。マソラ様」

 外に放り投げられる白蛇の死骸。それまでにも、その瞬間にもナノワイヤーが死骸にさらに蔓延る。

 その凶悪な死骸から光速で飛び出すガンマ線。すなわち。

 スーパーノヴァ。

 超新星(ちょうしんせい)爆発(ばくはつ)

 言い換えれば核融合(かくゆうごう)を終えた恒星(こうせい)最期(ラスト)重力(じゅうりょく)崩壊(ほうかい)の始まる恒星の最期。

 それは恒星が(つい)にブラックホールとなるように、ブラドヴィーナスの死体から大量のガンマ線が放出されるということ。星の終わりの悲鳴。

「「?」」

 一筋(ひとすじ)の光が(いっ)瞬間(しゅんかん)、走る。

「ほらほらよそ見しちゃだめだよヒトミちゃ~ん」

 バイオフィルムとナノワイヤーによって、〝闇〟の狙った方角めがけて、ガンマ線が鋭く走る。星の終わりの悲鳴が走る。

思春期(ししゅんき)男子(だんし)の夢と言えばさぁ」

 ガンマ線バースト。

 地球上で生物の大量(たいりょう)絶滅(ぜつめつ)を引き起こした死の光線が雫石と虚病姫に照射(しょうしゃ)される。

 ブラドヴィーナスの異変で事象予測のできた虚病姫が灰を急いでかき集め、雫石を全力で守る。予測できても光速で迫る放射線を防ぐには大量の魔力と灰を転移魔法により一極集中させるしかない。


 虚病姫:Lv100(唄謡)

 生命力:1/1 魔力:21040031/30000000 

 攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1

 魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――


 それは裏を返せば、

 ストスト。

 魔神の奇襲に備えられないということ。

同級生(どうきゅうせい)女子への(なま)挿入(そうにゅう)だよねぇ」

 雫石の長い黒爪(くろづめ)に串刺しにされていたグシャグシャボロボロの人形が、顔の下半分だけになってニヤリと破顔(はがん)する。

 かろうじて動く人形のひしゃげた左手には、亜空間ノモリガミから咄嗟に取り出した二本の注射器。

 一本は雫石の脚の静脈(じょうみゃく)で止まり、もう一本は動脈(どうみゃく)にまで達する。

 〝闇〟は針先(はりさき)にまで真空(しんくう)を作り、注射器の中の液体を一気に雫石の体内に注入した。

「!?」

 刺されたことに気づき振り払う雫石(しずくいし)。「コイツほんと~にムカつくねん!」と言う虚病姫は1・6秒間のガンマ線バーストを防いだ直後、雫石の解毒(げどく)に入る。もう観測者(かんそくしゃ)の席にはいない。


 雫石瞳:Lv100(ムツキカサメ)

 生命力:10392/20000 魔力:28500000/30000000

 攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000

 魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――

 特殊スキル:月属性魔法


 虚病姫:Lv100(唄謡)

 生命力:1/1 魔力:18040031/30000000 

 攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1

 魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――


「波」になって(かく)れ、「歌」を真似(まね)し、「星」すら用意し、あくまで「無」を武器に罠を張る相手は、ヒトの手に負えない。

 雫石という召喚者の狂気だけでは対処できない。

 そう認識(にんしき)せざるを得ない虚病姫は守護者(しゅごしゃ)として挑戦者(ちょうせんしゃ)として、全力をもって〝闇〟を(はら)うと決める。

「ふぅ……ふぅ……」

「どうしたの?苦しそうだね」

 人形の体を再生させつつ、投げ捨てられたナガツマソラがカチャリと口を動かす。


 雫石瞳:Lv100(ムツキカサメ)

 生命力:9992/20000 魔力:28400099/30000000

 攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000

 魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――

 特殊スキル:月属性魔法


「彼氏とのデート中に彼女が下痢(げり)になっておまけに()(しゅう)を放ち始めたら、彼氏はきっとびっくり仰天(ぎょうてん)するよね~」

 ナガツマソラはそう言いつつ、念話(ねんわ)でクリスティナに指示を送る。

 指示を受けたクリスティナはゆっくりと「変身」を解除する。放射線の被曝(ひばく)()えるため、クリスティナの細胞は多核化(たかくか)している。そのうち放射線によって壊れた核を消失させて無事な核だけを選別して残すのには時間がかかる。それが〝闇〟の「重い」というメッセージ。細胞の多核化。発光細菌を宿された者の宿命。

 それを無事に終えた、双子姉妹の妹エルフ。元エルフ。現魔獣。

 姉同様、体内に隠していたネチェルエリクサーで全回復をした後、放射能のない戦斧(バトルアックス)を再び手に取り仲間の魔獣であるソフィーの元へ(ただ)ちに向かう。

「一本はひまし油とネオスチグミンと苦汁(にがり)とアメーバ赤痢(せきり)(きん)を混ぜた下剤(げざい)。結構効くでしょ?俺の故郷のシータル大森林にあるものでつくったんだ。クールでムッツリスケベのヒトミがお通じ良くなりすぎて~米のとぎ汁みたいな下痢便(げりべん)()れ流しているところは~正直見たくないような~見てみたいようなぁ~」


 永津真天(ながつまそら):Lv10(メンヘラ女の彼ピッピ)

 生命力:1000 魔力:20000

 攻撃力:500 防御力:800 

 敏捷性:60 幸運値:25

 魔法攻撃力: 500 魔法防御力:600 耐性:闇属性、火属性

 特殊スキル:生挿入の強制中出し


 雫石の悪寒(おかん)と震えが止まらない。〝灰〟が急ぎ雫石の体内に(もぐ)る。(めぐ)る。

「もう一本はアルマン王国をヒントに(つく)った香水。カダベリンとプトレシンとトリメチルアミンオキシドとエタンチオールとメチルメルカプタン、それにアンモニア。もちろん溶媒(ようばい)はわかると思うけどエタノールとアセトン。埋葬(まいそう)都市(とし)バトリクスの中でも一番死()(しゅう)のひどい所と同じ臭いを再現しようとして作ったんだ。こんなニオイを体から出していたら死人と同じ。だから香水の名前はメメントモリ。「死を想え」って意味のラテン語だ」

 灰は体内を瞬時に駆け巡り解毒(げどく)浄化(じょうか)を開始すると同時に、再び薬物注入されることのないよう、膨大量(ぼうだいりょう)の煤灰と巨虫の肢を組み上げ、防壁(ぼうへき)(きず)く。


 虚病姫:Lv100(唄謡)

 生命力:1/1 魔力:1681253/30000000 

 攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1

 魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――


「そんな孤児院(あんろどめだ)みたいな所で(ふさ)ぎこんじゃってぇヒトミちゃんたらぁ~ん。下痢(げり)(くそ)腐臭(ふしゅう)()き散らせてさぁ、俺とまたエッチなことしよ~よぉ~ん!」

 切り札の一つが時間(じかん)(かせ)ぎに使えて安堵(あんど)する〝闇〟はケラケラ笑いながら敵を揶揄(からか)いつつ、アダマンタイトドールの再生と()(じゅう)援助(えんじょ)専念(せんねん)する。

 円形(えんけい)闘技場(とうぎじょう)で戦う〝闇〟の魔獣は魔物相手にまだ苦戦している。

 闘技場の上空には依然(いぜん)として巨虫の甲殻が砕かれて剃刀(かみそり)の刃のようにキリキリと狂い舞い、元竜人族(ドラフン)の魔獣モチカの空中戦を妨害(ぼうがい)している。それだけの余裕が敵の魔法使い虚病姫に(いま)だあることに、そして自分自身の魔力残量が枯渇(こかつ)する一方であることに、〝闇〟もまた(あせ)る。

 円形闘技場。

「そんな……ヤオエ様…………お母さま」

 鹿(しか)蜘蛛(ぐも)ダーメンシェンケルの下腹部(かふくぶ)から(ただよ)う香りが、魔獣モチカに幻影(げんえい)を見せる。

 モチカの目に、魔物は映っていない。

 雄シカとひっくり返した雌クモを融合(ゆうごう)したような姿の魔物は映っていない。

 映るのは自身が受け継いだ黄金の鎧と、かつて受け継ぎ、訳あって弟に(ゆず)った無双(むそう)(そう)ミーティアを握る竜人族の族長ヤオエの姿。

 全盛期の(けん)(りゅう)威光(いこう)。幼くて弱い自分を(しつ)けてきた最強の竜人。

 ドゴンッ!!

 魔物の重すぎるタックルを受けても、魔獣の見る幻は全く(うす)れない。むしろ香源(こうげん)に近づかれて、幻影は()くなる。

 幻の中で幼子はうなだれたまま、胸倉をつかまれ、平手打ちを食らう。

 弱いから、怒られる。

 変身がまともにできなくて、怒られる。

 そしてお前ではない別の世継(よつ)ぎに期待すると罵倒(ばとう)される。

 強い弟が生まれたからお前は()らないと告げられる。

 ミーティアの石突(いしづき)で何度も殴られる。槍の(つか)とヤオエの(よろい)の間に首を(はさ)まれ、持ち上げられる。窒息(ちっそく)しかけて失禁(しっきん)し、解放されて()り飛ばされる。背中と頭を蹴られて目を覚ます。尻の肉が千切れるほど指でつままれる。終わらない虐待(ぎゃくたい)……

 〈(はな)麝香(じゃこう)か。これまた迂闊(うかつ)のうっかり八兵衛(はちべえ)

 香りの生む幻に怯えて震えるモチカの(ひたい)中央(ちゅうおう)が割れ、眼球が生じる。白い角膜(かくまく)(すみれ)(いろ)虹彩(こうさい)をもつ(あざ)やかな瞳が登場する。

 〈香りを操るのは俺の専売(せんばい)特許(とっきょ)じゃないってことか。人間謙虚(けんきょ)じゃないとダメだね〉

 モチカの額の角膜(かくまく)の毛細血管が血走る。菫色の瞳を中心に、赤い血根(けっこん)が張り巡る。

 強烈(きょうれつ)芳香(ほうこう)を、強烈な〝闇〟が呑み込む。竜人族の力ない幼子が消える。躾をする母親が消える。

 〈起きろモチカ!!俺に髪を洗ってほしかったら早く起きろ!!〉

 強靭(きょうじん)な精神をもつ、いつもの元竜人族が戻ってくる。

「兄様!?私は一体?」

 〈幻覚を見ていた!嫌な思い出をごちゃ混ぜにされて見させられてた!それだけだ!〉

 〝闇〟が目から怒鳴る。

「……くそっ!」

 〈そうだ!クソだ!昔の自分も過去もただのクソだ!今のお前の()やしでしかない!だから〝そんなもの〟は土に混ぜてほっとけ!〝そんなもの〟を目に入れたら痛くて何も見えない!今の自分が見えなくなるだけだ!!〉

 シカの(つの)の間に糸を()けた逆さグモが、スリングショットのようにシカ(づの)の破片を竜めがけて放つ。

 ズグシュ!ゴキ。

 ライフル弾と同じ速度の破片は頑強(がんきょう)なはずの黄金竜の脇腹(わきばら)に命中し、(すで)にひび割れた肋骨(ろっこつ)をまた一本折る。脾臓(ひぞう)が破裂する。黄金竜の喉から血が噴きあがる。牙が大量の血にまみれる。

 〈今のお前はただ(おれ)(おも)え!〉

 クモの吐いた糸で作られた強靭(きょうじん)無双網(むそうあみ)に絡まる黄金竜。

 シカが鼻息荒く加速し、再び竜めがけて突進する。吹っ飛ばされた黄金竜は折れた肋骨が肺に刺さって大穴が開き、しかもクモが大量に(こしら)えたトラバサミの一つにかかる。〝闇〟のつくるカラクリよりはるかに単純だが威力の容赦がない(わな)は、(かた)いはず竜の足首から先を一撃で切断(せつだん)する。竜が思わず目を閉じる。

 〈今のお前全部を愛している、俺を想え!〉

 四肢(しし)のうち、失ったのはこれで二つ。右足と左手。激痛が全身を何度も何度も何度も竜に襲い掛かる。シカグモは幻影だけでなく絶望と暴力でドラゴンを打ちのめそうとする。

 〈だからお前は俺より一層強く、俺を想え!〉

 竜の右翼(うよく)粉砕(ふんさい)骨折(こっせつ)し、左翼(さよく)被膜(ひまく)が穴だらけになっている。

 尻尾もない。既にクモに噛み切られ、食われた。

 〈さっさと発動(はつどう)しろモチカ!!〉

「はい兄様!!!!」

 黄金竜が涙目(なみだめ)を開く。

 黄金(おうごん)(りゅう)モチカ。

 モチカ・ウリンレイ・シンラ。


 モチカ・ウリンレイ・シンラ:Lv70(魔獣)成長補正付与。

 生命力:81/9800 魔力:2234/30000

 攻撃力:20000 防御力:9400 敏捷性:930 幸運値:2000  

 魔法攻撃力:280000 魔法防御力:30000 耐性:光属性

 特殊スキル:変身、ブレス、放電、クラビラ


 経験(けいけん)共有(きょうゆう)をするためにナガツマソラという〝闇〟から(おく)られた「ウリンレイ」という名。

 イザベルとクリスティナの「ブッサル」と同様、それは生命力が危機(きき)にさらされた時に発動する一種のブースト。

「はあああああああああ――っ!!!!!」

 黄金竜がさらに光り輝く。

 それを前にする魔物ダーメンシェンケルが反芻(はんすう)した草と唾を吐き捨てる。背中は糸を吐き、あやとりのように(あみ)(いと)を優々(ゆうゆう)と(そな)える。

 かつて魔王軍に所属し、勇者を相手にして戦ったこともある古株(ふるかぶ)中の古株魔物は、気炎(きえん)を上げて光る者などハッタリに過ぎないと心の底から思っている。現にシカの角で串刺して殺し、ハッタリを証明してきた。クモの糸に絡めて食い殺し、証明してきた。

 ゆえにブラドヴィーナスやサンタクロースのように、たじろいだりはしない。

 フウゥゥゥゥ……。

 むしろ光る者だからこそ、

 ドムンッ!!!!!!!!

 全力で飛び込む。

 それがダーメンシェンケル。

 夢盾(むじゅん)

 魔王ウェスパシアによってムジュンという真名(しんめい)を与えられた魔物の性分(しょうぶん)

 決して敗北することのない、夢の盾の矜持(プライド)

 その駆ける夢の盾の、大きな黒い眼球に映りこむ、人ならざる人の姿。

 黄金(おうごん)鱗翼(りんよく)、黄金の長尾(ちょうび)、黄金の傷鎧(しょうがい)、そして黄金の麗角(れいかく)

 虚飾(きょしょく)にすぎぬ。そう、走るシカの二つ目が、背中の八つ目グモに伝える。

 万が一があろうと糸で受け止める。そう、背中の八つ目グモが走る二つ目ジカに返す。

 走る二つ目。視界は広いが焦点(しょうてん)を合わせづらい。

 背中の八つ目。視野は狭いが焦点を合わせやすく、八つの目を使えば相手の移動予測までできる。

 十個の目が協調(きょうちょう)することで「盾」は完璧(かんぺき)に至る。

「「?」」

 あくまで協調(きょうちょう)できれば。

 ドゴオーンッ!!!!!!!!! パッ。

 人型の黄金の(つの)とダーメンシェンケルの角が衝突(しょうとつ)した瞬間、ダーメンシェンケルの二つ目ジカは、体が浮くほどに体重が軽くなるのを覚える。同時に、永遠(とわ)に近いほど一緒にいたはずの八つ目グモの気配が消えたことに気づく。


 モチカ・ウリンレイ・シンラ:Lv70(魔獣)成長補正付与。

 生命力:80/9800 魔力:999/30000

 攻撃力:20000 防御力:9400 敏捷性:930 幸運値:2000  

 魔法攻撃力:――― 魔法防御力:30000 耐性:光属性

 特殊スキル:変身、ブレス、放電、クラビラ


「魔王軍。さすがだ」

 竜人の翼が悠々(ゆうゆう)とはためき、尾がゆったりと動いて弧を描く。眼球の代わりに眼窩(がんか)から伸びる竜の角は、ダーメンシェンケルの巨大な角に鋭く突き刺さっている。

「だが」

 ダーメンシェンケルは浸潤する痛みと共にようやく理解する。八つ目グモの気配が突如として消えた理由を理解する。背中のクモが瞬時に爆死したことを理解する。内部から何らかの力が働いて、体の片割れが破裂したことを理解する。

(あに)(さま)(てき)にはなれん!!!」

 翼と尾が輝き、再び角へ光が流れる。光は角の先端で輝きを失い、暗黒になる。それがシカに流れ込む。

 ボ。ドゴオオオオオンッ!!!!!

 背中を失ったダーメンシェンケルが転移(ワープ)したかのような速度で闘技場の壁まで吹き飛ぶ。

 ガシャガシャガシャシャンッ!!

 吹き飛んだダーメンシェンケルは背中の八つ目グモが作った無数の罠にかかり、身動きが取れなくなる。

 モチカ・ウリンレイ・シンラ。

 他の魔獣二人同様、ブースト状態と同時にクサビラが肉体に蔓延(はびこ)る。

 〝闇〟によってモチカが植え付けられたのは好圧性(こうあつせい)細菌(さいきん)プリンキピア。

 アダマンタイト層に(もぐ)れる〝闇〟が地下二千メートルで発見した細菌は、万有(ばんゆう)斥力(せきりょく)によって超高圧に耐えていた。

 万有(ばんゆう)斥力(せきりょく)

 すなわちダークエネルギー。宇宙の重力圧縮を止める物質。

 モチカの角の先端から放射されたダークエネルギーはモチカ以外の全てを(はじ)き飛ばす。作用反作用則(さようはんさようそく)を無視した神檄(しんげき)

 加減が分からず大量注入された一発目は八つ目グモを爆発(ばくはつ)即死(そくし)させ、手加減を心得た二発目は二つ目ジカを(おのれ)()いた(わな)地獄(じごく)に送り飛ばす。

「モチカ・ウリンレイ・シンラ。そなたを(ほふ)った者の名だ」

 すたすたと歩いて近づき、静かに最後そう告げると、角を眼から生やした魔獣は十字槍(じゅうじそう)玄士(げんし)」でダーメンシェンケルの首を()ぎ払い、続けて心臓を刺し貫いた。

 〈さすが竜人族(ドラフン)

 胴体と別れた魔物シカの首が、落ちる。貫かれた心臓からあふれる血に、まみれる。

「それは昔の話。今の私は兄様の(よめ)です」

 〈そうだね〉

 指示を出すと、〝闇〟は魔獣(モチカ)の中で話すのを止める。

 魔獣は指示された通りに瓶を吐きだし、ふたを開け、ネチェルエリクサーをガブガブ飲み干し、傷を癒す。

「ソフィー。今すぐ助けに行くぞ!」

 目から角を生やした魔獣は普通の黄金(おうごん)(りゅう)に戻り、天空に向けて(いかずち)を放つ。

 天空を舞う甲虫(こうちゅう)の破片が一気に焼尽する。黄金竜は闘技場全体を震わせる咆哮(ほうこう)をあげると力強く羽ばたき、最強のアダマンタイトゴーレムと戦う仲間のもとに急ぐ。

(おの)が散り、(へび)が敗れ、鹿(しか)が屈した)

 ガンマ線バーストを()びてしまったバフォスカイコガ。

 その巨虫(きょちゅう)に寄生させられた老将軍は柔らかく笑う。瞼を閉じる。

(神よ。どうか、魔神に祝福を)

 笑いながら、体に異変が生じていることを自覚する老将軍スピールドノーヌ。

(まさか……我にもまだ役割(やくわり)があるのですか?神よ……いや、魔神(ナガツマソラ)仕業(しわざ)かもしれぬ)

 瞼を開き、「厄介(やっかい)なことだ」と再び微笑む老将軍スピールドノーヌ。目線の先にはようやく立て直した歌姫(シズクイシ)魔神(まじん)

 虚病姫は防壁を崩し、再び歌姫を宙に浮かせ、黒い爪をまとわせ、黒い(はね)となる。


 雫石瞳:Lv100(ムツキカサメ)

 生命力:8992/20000 魔力:22350061/30000000

 攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000

 魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――

 特殊スキル:月属性魔法


 不意(ふい)を打たれた老将軍(ろうしょうぐん)が、自分の〝不意〟を自身に説明する。

(そこ)が見えない)

 老将軍を恐怖に(おとしい)れた魔神の人形(ロボット)は、両手に注射器(ちゅうしゃき)を持ったままロボットダンスを(おど)り、歌姫たちの挑発(ちょうはつ)を始める。

(底の知れない(やみ)

 ダンスに合わせてリズミカルに炎の噴射を始める地下筒(ちかどう)。少しずつ()たされる注射器の中身。魔神以外には正体不明の、オレンジ色の液体。見る者は否応(いやおう)なく不気味さを味わう。

(誰も逃れられず、全てを呑み込む無限の闇)

管弦爆弾(アルペジオ)

 おちょくられ、苛立(いらだ)った歌姫が衝撃波(しょうげきなみ)転移魔法(ワープ)、爪による引き裂きをくり返す。

 そして、

管弦素配列変換(ロックンロール)二九音律(マカーム)臨界葬音(りんかいそうおん)……」

 替わって歌神が灰を震わせて叫ぶ。

 老将軍は最期まで見届けられないと咄嗟(とっさ)に悟り、深いため息をつく。その寄生体には両手足はなく、あるのは赤子のような無数の肢のみ。耳を塞ぐ術はない。歌神の怨楽(ミュージック)を食らえば命はない。

(惜しかった、本当に。だが、もう良い)


 〈いい人生だった?〉


(?)

 〈ここからだよ。藍玉(アクアマリン)将軍(おじいちゃん)

 またも不意打ちに脳裏(のうり)(ひび)いたナガツマソラの声に、スピ―ルドノーヌは絶句(ぜっく)する。

 恐怖が伝染し、瀕死の幼虫が寄生体を口の中に呑み込んでいく。

 〈ガンマ線照射で幼若(ようじゃく)ホルモンの変態制御(コントロール)()いた〉

 心が虚無(きょむ)になり、全身が(こお)り付く老将軍(スピールドノーヌ)。魔神を相手にした過去の凄惨(せいさん)な敗戦が、脳裏(のうり)木霊(こだま)する。

 〈将軍も〝変身〟しなよ。さもないと〉

 そんな自分を見ている魔神が、〝闇〟が、ナガツマソラが近くにいる。

 その恐怖。恐怖は幼虫の未だ生きている細胞の核にDNAの転写(てんしゃ)とタンパク質への翻訳(ほんやく)を命じる。

 〈()げちゃうよ?〉


 ヒュドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ンッ!!!!!!!


「「「!?」」」

 目の前の世界が光り輝く。煉獄(れんごく)天獄(てんごく)に変わる。

 スピールドノーヌも、雫石瞳も、虚病姫も、何が起きたのか分からない。

 分かる(いとま)がない。超熱と爆風と土埃(つちぼこり)しか分からない。

 ただスピールドノーヌはバフォスカイコガもろともエスメラルダス原野に向かって数百メートルも吹き飛ばされ、雫石と虚病姫は高熱で全身を焼かれて消し飛ぶ。踊っていたナガツマソラ人形も溶けて(つい)える。

 ォォォォォォォォォォ……

 エディアカラの丘の上に突如(とつじょ)としてできた大規模クレーター。

「下ばかり見ているから気が付かない」

 地下の魔力素が出来立ての窪地(くぼち)隙間(すきま)から細々と噴きだし、ナガツマソラ本体が地上に現出する。

「音ばかり聞いているから気が付かない」

 クレーターの真ん中でナガツマソラはつぶやく。

 サー……

「……ナニヲシタノ~ン?」

 超音速で吹き飛ばされた灰が、超高速であちこちから集まる。

「何をしたって、お前たちがよく知ってるアレをアレしただけだよ。ほら、「(かみ)(つえ)」」

 (すす)(はい)が集まり、見つめた相手は、灼眼(レッドアイ)の魔神。


 永津真天(ながつまそら):Lv10(渦魔導魔(アルス・マグナ) 窯胴魔(マグヌス・オプス) 窩惑宇間(プリマ・マテリア) 香霧多知(カンダチ) 身硝盛(ミガモリ)

 生命力:0/0 魔力:4999/10000000

 攻撃力:500 防御力:800 

 敏捷性:60 幸運値:25

 魔法攻撃力: 500 魔法防御力:600 耐性:闇属性、火属性

 特殊スキル:命食典儀(オブラティオ)魔蛆生贄(ネフレンカ)


「カミノツエ~?」

「とぼけるの?シータル大森林に「落とした」って最初に言ったじゃん」

 笑みを浮かべ、「あれれ~?おかしいな~やっぱり犯人(はんにん)じゃないのかなぁ~。まあ今更(いまさら)どうでもいいけどねぇ~」と首を左右に振る魔神。

 ステータスを見定め、「これこそが本体だ」と確信し、もはや一切の力を使いつくしてでも仕留(しと)めなければならないと決意する歌神。


 虚病姫:Lv100(唄謡)

 生命力:1/1 魔力:1681253/30000000 

 攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1

 魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――


「ところでヒトミは死んだ?」

「シナナイヨ~ン。コレクライジャ~」

「だよね~ん。マヨちゃんもヒトミちゃんも~火災(かさい)旋風(せんぷう)を利用して~たかが成層圏(せいそうけん)まで巻き上げたアダマンタイト粒子を~(かたまり)にして落下させたくらいじゃ死なないよね~ん!」

 歌神はありったけの魔力で歌姫(シズクイシ)を再生させつつ、戦場であった原野を()る。既に炎の竜巻はなく、死体もことごとく消えている。熾火(おきび)のような大地だけが夜の闇にフスフスと広がっている。

(アルス・マグナにマグヌス・オプス、プリマ・マテリア……十七胴のうち三胴の秘儀(ひぎ)を一人の人間が……こちらに気づかれないよう動きつつ、地下から死体を()りこみ、魔力を回復したか。キチガイ魔胴師(ヴィッシェラ)め)


 虚病姫:Lv100(唄謡)

 生命力:1/1 魔力:31253/30000000 

 攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1

 魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――


 ナガツマソラの封印されし言葉「カマドウマ」による『命食典儀(オブラティオ)魔蛆生贄(ネフレンカ)』。

 粘菌人族(デッドオクターブ)薔薇人族(ロサオドラータ)連合(れんごう)国軍(こくぐん)も、死体はみなナガツマソラに取り込まれ、魔力素に換えられた。

 ナガツマソラはその力を使い火災(かさい)旋風(せんぷう)を制御し、石の書ヒルデガルトの放ったアダマンタイト弾を回収。成層圏に運ぶためにアダマンタイトは一度砕かれ微粒子化し、上空50キロ地点で粒子は()り合わされおよそ10トンの金属塊(きんぞくかい)となり、雫石瞳の頭上(ずじょう)(らっ)()した。

「おはよう眠り姫。目覚めのキッスは必要ないみたいだね」

有難(ありがた)い申し出ですが、あなたの太くて長いイチモツキッスは溶鉱炉(ようこうろ)に突き落とされたように痛いので、遠慮(えんりょ)しておきましょう」

 虚病姫によって全身を再生された雫石瞳が言葉を返す。


 雫石瞳:Lv100(ムツキカサメ)

 生命力:20000/20000 魔力:99391/30000000

 攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000

 魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――

 特殊スキル:月属性魔法


「俺のアダマンタイト製のナニは()れれば気持ちいいと思うよ?」

「いいえ結構(けっこう)()(あそ)びは本当にここまで」

「あっそ。まあいいや。お前たちの二重唱(デュエット)にも()きたし、そろそろ終わらせようか」

 全裸(ぜんら)口器(こうき)だらけになった雫石(しずくいし)(ひとみ)にそう返すと、ナガツマソラは右手の指をパチンと鳴らした。



poena divina

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