第二部 歌神香児篇 その十七
魔獣妹「それで、女帝が連れている魔物はどんな奴らなんですか?」
闇「今回ディシェベルト国に連れてきているのは全部で四匹。正しくは三匹と一人」
魔獣蛸「魔改造トナオ~」
闇「そう。彼には可哀そうなことをしたけれど仕方がない。人間的な部分が多いと〝王〟にはなれない。人質をとられて降参しちゃったのは〝石人族の王〟らしくない。でも人としては魅力的だね」
魔獣竜「あの少年が敵に回るとは、何とも残念です」
闇「確かにね。女帝のせいでどんな改良が加えられているかはわからないけれど、元がアダマンタイトゴーレムだからね。変身したらデカくてカタいのはまず間違いない。だから相手はデカくてヤワラかいのをぶつけるしかない」
魔獣姉「それなら四姉妹一の美乳を誇る私しかいないわね」
魔獣妹「何言ってるのお姉ちゃん!私の方が形もいいし大きくてヤワラかいもん!」
魔獣竜「変身すればデカくはなれます!ただしヤワらかくはありませんが……」
闇「じゃあソフィーお願いね」
魔獣蛸「は~い」
魔獣妹「マソラ様!納得できません!!」
闇「まあまあみんな落ち着いて。人には得手不得手がある。トナオの相手は冗談抜きで四人の中だとソフィーが一番向いている。変身したトナオの防御力の高さは知ってるでしょ?だったら沼のような寝技でいなして弱らせるしか手がない。ちなみにソフィーの得意な沼コンボは?」
魔獣蛸「サソリ固め~からのジムブレイクアームバ~でダメならストレッチマフラ~を切られたらプルマブランカ~で生きてたらカーフキラ~でも死なないならコブラクラッチ~で倒した後念のためキャメルクラッチ~」
魔獣姉「トナオの相手はやっぱりソフィーに譲りたいと思うの。姉としてもマソラの意見に賛成よ」
魔獣竜「そ、そうだな!では兄様、我々の相手する魔物について教えてください!」
闇「オッケー。ルバート大森林を念入りに調べたおかげで、三匹については色々と情報が手に入った。情報はあるけれど一番気になっていたへんてこゴブリンが今回の相手にいないから残念だね」
魔獣妹「ゴブリンですか?」
闇「うん。再生能と分裂能がケタ違いの激レアゴブリンだね。たぶん女帝の命令で違う戦場に送られているんだろう。レアゴブリンの本能は戦いと分裂を極力避けてきたんだろうけれど、女帝……雫石のせいで外の世界に連れ出されちゃった気の毒な魔物だ。いつか分裂のしすぎで大変なことが起きると思う。あくまで俺の勘だけどね」
魔獣姉「それが今回、ディシェベルト国のエスメラルダス原野にはいないのね?」
闇「うん。だから原野の戦場にいる奴、つまりイザベルたちが相手をしなくちゃいけない魔物の話に戻ろう。一匹目は毒の斧をもつ魔物。森の冬虫夏草たちの記憶によれば、最初から森にいたらしい。住処は沼地。好物はミネラル豊富な土とそこに生息する微生物」
魔獣蛸「最初から森~?」
魔獣妹「それってルバート大森林で生まれた魔物ってことですか?」
闇「そうだね。聖皇の異世界召喚に失敗した人間のなれの果てそのもの。魔物どうしの生殖で増えていない、純粋な魔物第一世代。だから知性がかなり高い」
魔獣竜「魔物も子どもをつくれるのですか?」
闇「うん。生殖行為で子どもをつくったり、さっきのレアゴブリンみたいに分裂して子どもをつくることができる。ただどういうわけか、世代を経るにしたがって知性が落ちていく傾向がある。これがなぜ起きるのかは知らない。退化かあるいは進化か、それとも別に理由があるのかな。この世界を創った誰かさんに聞いてみないとそればかりは分からない」
魔獣妹「とにかく頭のいい斧使いの魔物がいるんですね!だったら同じ斧使いの私が……」
闇「いや、この斧使いにはイザベルをぶつける。攻撃はイザベルの方が軽いかもしれないけれど、相手は毒使い。一撃でもかすれば何が起きるか分からない。だから四人の中で一番早いイザベルを当てる」
魔獣姉「いいクリスティナ。どうして一番早いのかをしっかり考えないとダメだと思うの。それは双子であるにもかかわらず私の方がスリムで体重が軽……」
魔獣妹「じゃあ私は誰を相手に戦えばいいんですかマソラ様!!」
闇「蛇」
魔獣妹「ヘビ?」
闇「邪身の魔女、冥界の使徒、死体を貪り食う者、嘲笑する虐殺者……この魔物は結構ビッグネーム。とくにアントピウス聖皇国では」
魔獣竜「ルバート大森林出身の魔物ではないのですか?」
闇「そう。もとはアントピウスにいたらしい。図書館の古文献に乗るくらい有名な魔物で、あだ名が今言ったみたいにたくさんある。とにかく外見が白い蛇みたいな強~い魔物。だから冒険者の討伐クエストには乗っていたけれど、挑んだ連中はみんな行方不明。でも俺みたいに静かな生活に憧れたのかな。冒険者とか兵隊を一々相手するのが面倒くさくなってルバートの森に引っ越してきたらしい。だからトナオを除いて、三匹の魔物の中では一番の新参者。滝壺の裏の洞窟に住んでいた頃のこの魔物は綺麗好きで、動物の卵が大好物だとさ」
魔獣竜「そんなことまで分かるのですか!?」
闇「森にいる冬虫夏草は何でも知ってる。その冬虫夏草の追加情報によると、卵だけでなく肉も好物で、体は堅い鱗で覆われていて、しかも四属性の魔法が使えちゃったりする大魔法使い。その魔物の相手をするのがクリスティナの仕事」
魔獣妹「分かりました!要するにお姉ちゃんよりもすごい敵の相手をするってことですね!?」
魔獣姉「分かっていないわね。いいクリスティナ。マソラが言いたいのは私が斧の魔物を秒殺した後すぐに妹のバックアップに回れということよ。斧と同じくらい体重が重い妹の面倒を見るのは姉の務めというものよ」
闇「バックアップに入る余裕はたぶんみんな、ない。というかそんな余裕があるならトナオを相手するソフィーのバックアップに入って」
魔獣竜「了解です兄様!それでそれで!私の相手する魔物はどのような輩でしょうか?」
闇「ルバート大森林の長老格にして生き字引。つまり神代の魔物」
魔獣竜「おおーっ!響きだけでなんか血がたぎってきました!」
闇「ひょっとしたらかつて、イザベルやクリスティナと一緒に行動していたかもしれない」
魔獣姉妹「「?」」
闇「名前は不明。けれど魔王軍としてマルコジェノバ連邦の地にまで遠征した魔物たちの生き残り。召喚者のなれの果てである魔物第一世代であるのはもちろん、大精霊たちの管理支配すらすり抜けた実力者。魔王軍が撤退した後は一緒に魔王領に戻らず、ルバート大森林内を転々として暮らしていたんだって。草食系なんだけど好きな草木を横取りされたり身の危険を感じると肉食に変わるらしい。四百年近く前、ルバート大森林の大伐採を行おうとしてアントピウスと隣のパンノケル王国が森に軍を入れたんだけど、二千人のキコリと五千人の兵士が二晩で死んだらしい。丈夫な糸に絡めとられて全員樹の枝に逆さ吊り。しかも首チョンパだから辺りは血の海。首は見つからなかった。つまり頭だけ食べるグルメさんだ」
魔獣竜「それはまた壮絶!相手にとって不足なし!なおさら燃えてきます!」
闇「うん。この草食系だか肉食系だか分からないシカみたいな姿の魔物の相手はドラゴンじゃないと無理だと思った。だからモチカ。お前に任せる」
魔獣竜「はい兄様!たとえ糸に絡められて首チョンパにされても絶対に倒してみせます!」
闇「首チョンパはシャレにならないからやめてね。そんなことされても生きていられるのは俺くらいだから」
魔獣姉「で、肝心のマソラの相手は?」
魔獣妹「お姉ちゃん、そんなの決まってるじゃん」
魔獣蛸「マソラ様以外無理なヤツ~」
魔獣竜「ああ。まったくもってその通りだ!」
闇「分身しているから力不足かもしれないけれど、マソラ2号である俺の相手は女帝リチェルカーレ。雫石瞳。元同級生の、元異世界召喚者。アイツの能力はちょっと厄介だから俺が相手するよ」
魔獣姉「当然マソラが勝つのよね?」
闇「さあね。変なヤツが相手だから分からないよ。でもまぁ」
魔獣「「「「……」」」」
闇「俺の闇は全てを呑み込んできた。今までも、そしておそらくこれからも」
魔獣「そうね」「ですよね」「あんし~ん」「私は全然心配していません!あっ!でも関心がないということでは決してありません!私が兄様のことを気に掛けない時など一秒たりとも……」
闇「はいはい。ヒトの心配はいいから、みんな目の前の敵を斃すことに集中して」
魔獣「「「「了解」」」」
闇「そして終わったらみんなでまたケーキを食べよう。ビスキュイ・ダマンド・ショコラにチョコレートムースをたっぷりかけてキルシュ漬けのグリオットをその上に載せた……」
魔獣「「「「了解!!」」」」
16.クサビラ
「たしかパスカルの『思索録』だったかな」
俺の眼球に突き刺さる、雫石の嫋やかで白い親指。長く尖った爪がこちらの脳をほじくろうとしている。
ズシュ。
「!?」
せっかく接近したのに、頭部が口だらけの白浴衣の女は急に俺から離れようとする。
剃刀のように鋭利にした瞼でただギロチンのように女の親指二本を切断しただけなのに。
ガシ。
先方からのご要望だったから、腰に手を回して逃がさず、俺は女を抱きしめる。
「無限の空間の永遠の沈黙が、私をおののかす……なんてね」
微笑む俺に、浴衣女の口が再び開き、歌を謡う。
弦楽四重奏が鳴り響き、女は霧のように姿を消す。近距離だけど転移魔法、いわゆるワープだね。やっぱりそういうことができる奴がこの異世界にはいるんだ。便利で謎で脅威だね。
「……」
少しして幽霊のように現れた浴衣女。
雫石瞳。あれ?
顔が元の人型に戻っている。目も鼻も耳も髪もちゃんとある。そしてちょっと怒っているように〝見える〟。
まあそりゃそうか。女子高生が男を色仕掛けで誘ってその挙句に両手の親指をシュレッターで解体されたら、少しは驚くよね。
「不満そうだね。それとも生理中でイライラしているのかな?大丈夫?」
俺は体の中で雫石の親指をゴリゴリバキバキムシャムシャ咀嚼分解しながら尋ねる。
「何を、なさったのですか?」
そう尋ねる雫石の親指の切断面からは、血が滴らない。止血がはや~い。音波治療ねぇ。こっちはそうはいかないんだよなぁ。
「異性の~太くて硬いのを二本同時に穴に挿入されたもんだから~」
ランニングフォースラチェット、円錐継手、冠車エスケープ、ゼネバストップ、かじ取り装置復元。
「堪能している。そんなところだね」
俺は治した眼球を元の位置に戻し、カラクリの細部を再起動しながら官能的な言葉を返す。
「お礼にヒトミを抱こうと思ったのに逃げられちゃって残念」
俺はカチャカチャと音を立てて首を曲げ、右手の剣鉈を順手に握りなおし、鈍い金属音をあげながら歩き出す。
「一人じゃどうにもならないよ。あの水車小屋の時と同じ。誰かに助けてもらわないと」
レロレロと舌を動かし、険しい表情の雫石を挑発する。
「水車の回るギシギシ音を聞きながら俺とギシギシしようか?」
俺は「あ~」と口を大きく開け、舌を伸ばす。
舌の上には雫石から剥がしたばかりの二枚の親指の爪を載せている。
「耳管愕譜!」
表情を消した雫石の頭部が瞬時に縦に裂け、花開くと同時に高音域で張りのあるトロンボーンの音三つが重なる。
俺の手にする剣鉈が俺の手から強引に離れて勝手に舞う。しかも熱を帯びてる。
スパンッ!!ドスン。
あれ?俺の首、もげちゃった。
やれやれ、こいつは音波砲だけじゃなくて誘導加熱まで知っているのか。
生物屋じゃなくて立派な物理屋じゃないか。
「機械?」
裂けた頭を元に戻した雫石が目を細めて呟く。
今さら?気づくの遅すぎじゃない?さすが雫石。天然だね。
「金属に高周波を当てるなんてよく思いついたね。なるほど、クッキングヒーターの原理か。ヒトミもやるじゃん」
喋る生首を拾いながら機械の俺は相手を褒める。
と、そんなことより雫石のように俺も頭を元に戻さないと。
彼女は顔面縦裂けだけど俺は首の上下が横裂け。しかも俺の場合は雫石に斬られている。向こうは勝手に自分でパックリやった。まったくもって理不尽だ。
「でもそれじゃ俺は殺れない」
アダマンタイトドールの俺は生首を抱えて走り出す。弦楽四重奏を奏でて雫石が再び消える。どこにワープする?
ドグシュッ。
「うそ!心臓部を貫かれるなんて、もう……ダメだ」
俺のすぐそば。剣鉈の柄を噛むように咥えている雫石がいる。その鉈が今度は心臓を貫通して刃が背中に飛び出ている。
「なんて言うと思った?」
再び消えようとする雫石に対し、俺は生首の目からレーザーを照射。風の塔ペニエルのかつての戦利品はここでも大活躍。マソラ3号、ゴメンね。本来なら首から下を動かせない3号がもつべきだったのに、俺に貸してくれてありがとう。
「ふぅ……」
と感謝してみたけど、魔力素がそもそも2号の俺は多くないからレーザー出力も弱い。雫石の右頬の肉を焼き落すことしかできなかった。
あ、でも肩の肉もちょっと削げてる。よかった。
とはいえやっぱりレーザー砲は、魔力の多い3号の方がお似合いだったね。ごめん。
「久しぶりの痛みはどうヒトミ?この世界に来て生身の肉体が傷つく経験なんてこれっぽっちしかなかったでしょ?」
自分の髪の毛をひっつかんで生首をランプのように持ち上げる形で、俺は問いかける。
「ええ。おかげで初心にかえることができました。それと繰り返しヒトミと呼んでくれて最高に嬉しいです」
原野から熱い空気と灰や煤がこっちに舞ってくる。
ん?なんか雫石のまわりに集まってない?
あら、親指や頬の傷が治って……灰で補強したのかな?
雫石瞳:Lv100(ムツキカサメ、ニガシオ)
生命力:20000/20000 魔力:30000000/30000000
攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
特殊スキル:月属性魔法
「封印されし言葉」が増えてる。
ニガシオ?
そっか。やっぱり雫石もいくつか言葉の封印を解いていたんだね。
感心感心。お金と同じで、「封印されし言葉」も一部の人間に集まる気がますますしてくる。
「一つ伺ってもよろしいですか?」
「なぁにヒトミ?」
俺は生首を掲げるのをやめて自分の首の切断面に載せる。
「どうやって私に攻撃を当てているのですか?」
頬を手でさすりながら雫石が暢気に聞いてくる。
「ヒトミは音を操っているのにそんなことも分からないの?」
切断面のギア接続確認。アンクルエスケープの不具合修復。
質問の意図を解析……天才か。白痴か。判定不能。
「すみません。どうぞ無知な私をお許しください」
そう言って媚びるような眼を向けてくる。
「無限の空間の永遠の沈黙」
「?」
「すなわち真空」
「真空?」
音は空気という媒質を振動させて伝わる。
雫石を守っているのは音。つまり空気の振動。
であれば、雫石に攻撃を当てたい箇所周辺の空気を予め無くせば、雫石は理論上攻撃を防ぐことはできず、当たる。
「俺はヒトミを倒すためにこの人形という体を使って真空を生む。真空剃刀に真空レーザー砲。ちなみに真空を使えば金属の溶接も簡単なんだ」
切断されたばかりの首表面が既に再生しているのを俺は見せびらかす。
「勉強になりました。〝空気のような御方〟かと思っていましたが、まさか〝虚無のような御方〟だったのですね」
「うまいこというね。そうだね。俺の存在感はかなり薄いかな。だから放っておいてくれればいいんだけれど」
「みなが放っておかない。私があなたを欲しがるように」
「欲しがる割にはヒトミは俺から逃げ回ってばかりだね」
「あなたの本体がどこにいるのかは存じ上げませんが、その人形を倒す術はつい今しがた思いつきました」
うっすらとあけた眼で俺を見る雫石。
「本当に?そりゃ困るな。まだ仲間が戦っている最中だからどうしてもヒトミをここで足止めしないといけないんだ」
「足止めした後に仲間と何をどうされるおつもりですか?」
丸い、濡れた眼が問う。
「みんなでお前をケッチョンケッチョンにするつもりだよ。俺一人じゃお前の弱点を探すので精一杯だから、見つけた後にとどめをお願いするかも」
「まあ。それではこちらも急いであなたをケッチョンケッチョンにしないと」
雫石の頭が再び口器だらけになる。
「ねぇヒトミ」
「「「「「「「「「「「「「「「「管弦素配列変換」」」」」」」」」」」」」」」」
「〝のど自慢大会〟は順番にやろうよ」
「「「「「「「?」」」」」」」
開いた口がふさがらない雫石とは別に、灰が凝集する。人の形……あれが雫石の〝中の奴〟か。ステータス秘匿の暗号解読開始。
「おほん」
俺は地下から噴出させているガスを止め、炎の一つを消す。〝中の奴〟にはこちらが何をするのかバレたらしく、凝集した灰が雫石の体表をペリペリと覆う。まあ、それくらい周到じゃないと困る。
「それではヒトミのために一曲……管弦素配列変換!」
「「「「「「「!?」」」」」」」
驚く雫石と、
「ふふん。……具象化破壊」
驚かない灰。玄人の前で素人が歌うのってなんか恥ずかしいね。
まあいいや。誰かに褒めてもらうために歌うわけじゃないし。
誰も彼も呑み込むために俺はただ……
「中全音律天調協奏。不等詩篇式トラペジアム!」
「「「!?」」」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!
火を消した穴の底から絶叫を上げる。
三匹の魔物と魔獣女子三人の戦場が動く。
イザベルと赤い魔物のステージは、神殿跡地っぽくイメチェン。
石柱だらけで戦いにくいはず。特に斧をぶん回す奴には。
〈ありがとマソラ。クリスティナみたいに太い柱がたくさん立ったおかげで戦いやすくなったわ!〉
白蛇魔物と戦うクリスティナたちにはビッグ・ベンを模した近代風の時計塔を用意。
縦に伸びる機械仕掛けの構造物は、草原育ちの蛇と森林育ちのエルフ、どっちに有利かな?
〈太い柱とか、喧嘩売ったのはお姉ちゃんだからね!言っとくけどお姉ちゃんがへそくりして隠しているオヤツの場所全部知ってるから!ソフィーとモチカにバラして三人で食べちゃうからねっ!それとマソラ様ありがとうございます!あちこちカラクリが動いているからヘビがめっちゃテンパッてます!必ず勝ちますから応援してください!それとお姉ちゃんのスイーツは今度から減らしてください!〉
そしてシカ魔物とその相手をするモチカはルバート大森林で見たような円形闘技場跡地にご招待。
あ、すっごく怒ってるあのシカ。何かを思い出したのかな?もしかして逆効果だった?
〈いいえ兄様!相手はむしろ冷静さを欠き攻撃が単調になってやりやすいです!感謝いたします!!ついでに妹の髪を兄様の手で洗ってください!〉
「ま、いっか。……それにしてもさすが歌姫。水車小屋のある孤児院風の〝容器〟をここに拵えるつもりだったのに即効でキャンセルするなんて」
俺は雫石を覆う灰に向かって話しかける。張りついていた灰はハラハラと散り、雫石の周囲を取り巻くように対流している。
「さすが本家本元。歌の格が違う」
灰が惑星の輪のように一本だけの円軌道をとる。そこから四度と五度の堅い音が上がる。……単旋律のグレゴリオ聖歌か。聞いたのは高校の芸術の授業以来だね。
「どうやったのん?」
円軌道をつくる灰から可愛い幼女のような声が響く。
「教会のミサ曲だけに懺悔の時間かな。仕方ない。実は召喚されて中二病を患っている女子の家に土足で押しかけて色々(いろいろ)物色したんだよ。その子は何色の下着を持っているのかなぁとかどんな歌を謡うのかなぁってあれやこれやと調べたんだ。でも結局家の中はキノコと血のついた下着と酒と楽器くらいしかなかったけどね」
三拍子の厳かな重奏と灰に向かって俺はゆったり応える。
「そっかぁん。とんだ変態さんだねん」
「そうだね。おかげで物真似くらいはできるかな。お前の」
〝灰〟のステータス秘匿魔法防壁突破。解析終了。カンナダ文字、タミル文字、マンヤン文字、テルグ文字、西夏文字、規範葬文の合成使用判明。東方ご出身の中二病患者だね。しかもかなり凶悪な。
虚病姫:Lv100(唄謡)
生命力:1/1 魔力:30000000/30000000
攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
俺が言うのもなんだけど、なんかめっちゃ極振り。
「キョビョウヒメ……胡散臭い源氏名だね。黄金の国の神話からとったのかな?それとも働いていた臭い色茶屋の名前?体を張る水商売はラクじゃないよね。同類相哀れむってことでシズクイシヒトミに宿ってるのかな?」
「物知りで頭の回転が速いねん。引き裂いて殺したくなるような挑発だけど、その手には乗らないよぉ~ん」
灰の一部が軌道から外れて凝結し、ヒトの首のような形になる。
「初めましてナガツマソラ。こっちのステータスが見えるなんて、さすがだねん」
宙に浮いた黒い首に褒められる。
「そうでもないよ。たまたま〝言葉〟に恵まれただけさ」
「封印されし言葉かぁ~ん。なるほどねん。そうかもしれないねん」
あれ、灰の円軌道が増えたよ。
曲も変化した。今度はパレストリーナのミサ曲「キリエ」か。ゲームで言うボス戦前のBGMみたいで荘厳だね。
「マヨ。今までなぜ黙っていたのですか?」
六つの声部に包まれながら、雫石が灰に向かって何か話しかける。
マヨ?「迷ったらマヨっとけ」のあのマヨネーズのこと?
「あれ?もしかしてシズクちゃん、マヨがいなくて心細かったのん!?マヨうれしぃん!」
雫石と灰が何かコントみたいなのを始めた。変なの。マヨって虚病姫のことか。
まあコントでもなんでもいい。
今のこちらとしては、できるだけ時間を稼いで魔力素を回復させたい。シギラリア要塞にいるマソラ4号から亜空間ノモリガミを通じて送られてくる魔力素を少しでも回収したい。4号、無理させてゴメン。
俺の魔力は極端に消耗している。
正直もう一度「歌え」なんて言われたら4号と一緒に泣いちゃう。
「彼はあのような魔力量でどうしてこれほどの構造物を造れる歌を謡えるのですか?」
「そもそもどうして謡えるのかってところは突っ込まないんだねん」
「彼は壊れていますから別にそれは気になりません」
「そんなに褒めないでよヒトミちゃ~ん」
俺が虚病姫を真似て揶揄うと、同級生の白装束の五線譜と音符が消え、「MOTHER FUCKER」の文字が服の上を流れる。クサレ野郎か。いいね。筆で殴り書きした感じがたまらないよ。ちなみにお母さんは犯らずに殺ったけどね。
「ナガツマソラのカラクリはねぇん。水晶振動を利用した共振倍音だよん」
さすが音の魔法使い。
そこまでバレてましたか。
封印されし言葉「ミガモリ」はケイ素をいじれる。
そこで二酸化ケイ素分子をくみ上げて水晶を作製。水晶振動を利用して少しの魔力で雫石たちの歌魔法の真似をした。
歌魔法の構造術式はマルコジェノバ連邦の戦場で見つけた蓄怨鬼と、ルバート大森林の伏魔殿の解析で四割くらい理解した。
あとはその理解した術式で似た魔法を作っただけ。
魔獣女子たちが戦いやすいステージを造る歌魔法と「ミガモリ」の魔法を合成発動しただけ。
「しかもこいつん、手下の女たちに歌が響かないように少しの間、耳小骨を融合させて難聴にするテクまで使ってるんだよ~ん」
へぇ。そこまで分かるんだ。まぁ、これは考えればわかるか。
鼓膜に到達した音を「てこの原理」で増幅する骨を機能不全に落とせば音魔法の効果はかなり減殺される。
と、偉そうに言っても、これが俺というカラクリ人形使いの現時点での魔力と魔法の限界。
あとは真空攻撃を繰り出しながら逃げ回るしかない。
逃げながら雫石の弱点を探るしかない。
ここからあとは俺の苦手な、出たとこ勝負。
「もし」
「なあにシズクちゃん?」
「アレはあくまで人形ですよね?」
ミサ曲が「グロリア」に入る。
歌詞量が多いね。多声音や歌詞に呪文が混ぜられてないか念のため分析。
「そだよ~ん」
分析終了。
はい。とんでもないことが判明。
人形なのにこちらは涙どころか鼻水まで出てきそう。
虚病姫:Lv100(唄謡)
生命力:1/1 魔力:29000000/30000000
攻撃力:1 防御力:1 敏捷性:1 幸運値:1
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
潤沢な魔力持ちの魔法使いから、魔力がごっそり消える。ほんとごっそり。
おびただしい魔力素が流れ始める。虚病姫がどうやら魔法発動中らしい。そりゃないよ~。
「では人形を操る本体はどこにいるのですか?」
「下だねん」
「下?」
「そう。地下に隠れているよん」
二人の女子トークとは別に、石の書ヒルデガルトに撃たせまくった無数のアダマンタイト製NATO弾が地面から不気味に宙へと浮かび上がる。
粘菌人族と死人を焼いたエスメラルダス原野から次々に流れてくる無尽蔵の煤灰。
マジかぁ……。
「ではその本体とやらを掘り出しましょう」
「二千メートル下だからたぶんシズクちゃんの魔物たちがいないと無理だねん」
「二千メートル?そんな深くに本体は隠れているのですか?」
女子トークするなら女子トークに集中してよ。俺なんて気にしなくていいからもう!
ニガシオ。
雫石のもつ封印されし言葉「ニガシオ」ってただ灰を操るだけだと思ってたけど、よくよく考えてみたらこれはこれでチートだ。
「そだよぉん。圧力も温度も半端じゃない地下二千メートル。しかも本体は魂核も含めて魔力素の塊。そこがいやらしいんだよん、こいつは~ん」
「それはどういうことですか?」
そこまで言うと顔の形をした灰の塊は白くした目の部分を人形である俺に向ける。
ついでに灰にコーティングされた無数のアダマンタイト弾もこちらに照準が向けられるのが、魔力素線をたどると分かっちゃう。
ん?
微妙に俺から照準が外れてる。なんだ、射撃は苦手なんだね、きっと、たぶん、おそらく。
そう信じてるよ。ヒトミちゃんとマヨちゃん。
ドロロロロロロロロロロロロロロッ!!!!!
聞き覚えのある電動回転ドライブ音。
ドロロロロロロロロロロロロロロロロロッ!!!!!
聞き覚えのあるリンクレス給弾音。
ドロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロッ!!!!!
聞き覚えのあるミニガンの音。オールドペインレスの音。
あれ?
「ねぇナガツマソラぁん。秘密を喋ってもいいん?」
ピュンピュンピュンピュンピュンッ!!
ちょっと待って。え?ええ!?
「!」
地面に衝突した灰コーティング弾は土を穿たず、ボールのように跳ねて軌道を変え、俺の機械体に飛び込んでくる。
弾性エネルギーの追加?
嘘でしょ?
これじゃ先読みできないじゃん!
毎分6000発も発射する機銃の弾性衝突後の軌道予測なんて、している暇あるわけないじゃんっ!
こりゃたまらない。参った。逃げるしかない。
人形の俺じゃ防ぎきれない!
「どうぞご自由におしゃべりください!」
ドロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロッ!!!!!
おったまげた。
おっ!ラッキーアイテム発見!
誰かさんが創ってポイ捨てしたアダマンタイトの円形盾が落ちてる。
こりゃあ使うしかない。
カカカカカカカカカカカカカカカカカカンッ!!!
ミクロブラウン運動。
どうやら雫石のもつ封印されし言葉「ニガシオ」は、炭素原子の単結合の自由回転すら支配できる。
結果として灰にコーテイングされたアダマンタイト弾はゴムまりのように自由に跳ねまわり、俺に襲い掛かってくる。
ピュンピュンピュンピュンピュンッ!!
軌道予測がめんどくさい!予測している間に銃弾が体にめり込んでくる!
カカカカカカカカカカカカカカカカカカンッ!ガシュンッ!
全部は防ぎきれないよぉ。とほほ。
「このナガツマソラはねん、たぶん「封印されし言葉」のせいだと思うけれどぉん、魔力素でできているからさ~、完全に消滅させるのがすんごく面倒くさいんだよん」
〈マソラを消滅させるとか、どの口がほざいているのかしら!?あらこのサンタクロース、帽子の下の毛は意外にふさふさなのね。てっきりハゲちゃびんを隠している魔物かと思ったわ!!〉
〈マソラ様を馬鹿にしているのは真っ黒い煤の塊お化けだよお姉ちゃん!!ちょっとっ!ブラドヴィーナスとかロールケーキみたいな名前のくせにクネクネ逃げるな卑怯ヘビ!!〉
「魔力素で出来ているとは、死んでいるということですか?」
「大精霊みたいになって〝生きている〟んだよん」
「それはまた異世界のおとぎ話みたいですね。そして私は人殺しだけでなく精霊殺しまでできるとは、なんとも楽しいお話です」
〈兄様を殺すなどというふざけたことを平気で抜かすな!ん!?このシカ!あっちへ戻れ!今は兄様と取り込み中なんだ!!〉
〈トナオ~ガチで強~い。沼攻撃切られる~〉
俺が魔獣女子四人と念話をするために魔力素の回線を開いているせいで、海外ドラマのカクテルパーティーみたいにワチャワチャ賑やか。
みんな俺のことは全然気にしなくていいから自分の戦いに集中して。
ほんと全然気にしなくていいから!マジで全っ然!!
「あのねぇシズクちゃん。話はそんな簡単じゃないんだよん。コイツの場合~」
「なぜですか?音の上がってくる穴の下に本体がいるのでしょう?掘り出すのが無理なら穴に向かって私かあなたが歌うだけで済む話ではないのですか?」
ドロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロッ!!!!!
灰のエントロピー弾やばい!
俺の人形体にめり込んでくると熱エネルギーを部品に流してくる。
故障の原因になるからやめてよもう!痛くないけどイテテテテッ!
「残念、シズクちゃん。それじゃあコイツは死なないよん」
驚いた。
そこまでバレてるの?
本当にまずいかもしれない。
四人ともマジで自分たちで目の前の魔物は何とかして。
俺は急いで雫石の弱点を探さないといけない。
「そろそろ俺も歌っちゃおうかなぁ!」
俺はガスを制御し、火を噴く穴を変えてみせる。でもエントロピー弾の猛射は止まらない。相手をちっとも牽制できてなーい!
「意味が分かりません」「は?」「そんなことが……」
そうだよね。
そちらさんも念話みたいなので二人でお話、できますよね。
おしゃべりしながら魔法攻撃ですか。
いいご身分ですね。俺、蚊帳の外ですよね。
カカカカカカカカカカカカカカカカカカンッ!!!
仕方ない。こりゃもう弾切れを願いつつ逃げるしかない。
限界がくるまでに雫石の弱点を見つけるしかない。
それまでの、頼みの切り札。
「あり得えません。もしそれが本当であれば」
白装束に浮かぶ、「狂」の一文字。
「ナガツマソラはどうかしています」
切り札。
俺の場合、それは「波」。
魔力素の、「波」としてのふるまい。
俺を構成する魔力素は、粒子としての性質をもつのと同時に、波としての性質も併せもつ。
これは近距離戦だとたいして意味がないけれど、ある程度距離の離れた敵相手の場合、意外に役立つ。
〈兄様を「どうかしている」とは何たる無礼者!兄様!ここはひとつ妹の私に分かりやすく教えてください!〉
例えば俺が、雫石の住む家の窓にボールを投げるとする。
家に窓は二つあって、それらは離れて設けられている。
俺が一つのボールを一回だけ投げて、一つの窓を割ることはできるかもしれない。
でも離れたところにある別の窓を同時に割ることはできない。
なぜなら俺の投げたボールは一つだけで、俺は一回しか投げていないから。
〈マソラ。何を言っているのか全然分からないわ……!?このアカガエル!イザベル様がマソラと話している時によくもやってくれたわね!〉
〈お姉ちゃん!今の例えは誰でもわかると思う!たぶん難しい話はここからだから気合入れて!うわっ!ブラドヴィーナスが回転しながら空飛んできた!!ガチキモっ!ちょっとタイムですマソラ様!!〉
けれどボールではなく「波」であれば、〝これ〟はできる。
一つの波つまり振動で、離れた両方の窓ガラスは同時に割ることができる。
その場所にある物体を振動させて、振動を伝える。
媒質の振動。
これが波の性質。
そしてこれは言い換えると、一つの場所から出発した波は、同じ瞬間に、離れた両方の窓に〝在る〟ということ。これが「波」のふるまいというもの。
魔力素はボールのような「粒子」としてのふるまいだけじゃくて、「波」と同じふるまいもできる。
つまり一つの窓をぶち破るだけじゃなくて同時に二つの窓をぶち割れる。
〈〈〈は?〉〉〉〈ドロップキック痛ぁ~い!〉
カカカカカカカカカカカカカカカカカカンッ!!!ズクシュッ!
そして俺は魔力素の塊。
魂核すら魔力素でできている。
そして俺は自分の魔力素を統一的に動かせる。
つまり俺そのものが、実は「波」のようにふるまえる。
〈〈〈へ?〉〉〉〈フライングメイヤー入った~〉
俺が媒質を揺らす圧力波のようにふるまうことができるということは、さっきの例えで言うと、俺は両方の窓に同時に現れることができることになる。
ただし家の中の観測者である雫石が俺を観測しようとした途端、俺の侵入路はどちらか一方に決定する。
俺は両方の窓に最初はいるけれど、雫石が「あ、ナガツマソラがいる」と右の窓を見れば右の窓にだけ俺はいて、左の窓にいた俺は消える。
左の窓を雫石が見て「ナガツマソラだ」と気づいた途端、左の窓の俺は残り、右の窓の俺は消える。
〈兄様!?何を仰っているのですか!!ええいこのシカいい加減に……うわ!?背中からクモが……いいだろう!ちょうど兄様の話がチンプンカンプンになってきたところだ!無心で相手をしてやる!覚悟しろダーメンシェンケル!〉
〈マソラ様の言う通り~なんか火の竜巻起きてま~す。あちち~〉
つまり俺の存在確率は2分の1。
50%の確率で右の窓にいて、50%の確率で左の窓にもいる。
〝重ね合わせ〟の状態。
どちらかの窓を雫石が覗いた瞬間、どちらかの窓の俺は消え、どちらかの窓の俺が残る。重ね合わせは観測によってはじめて消滅する。
そして今回の場合、窓ではなく地面を掘った穴。
地下二千メートルの地点に俺の魂核はあって、そこから歌という魔法を放つ。
窓二つではなく、いくつも空いた穴。
一つ一つの穴に俺が存在する確率は窓二つの時よりも当然低くなる。
ここに不確定性原理が成立する。
カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカンッ!!!
不確定性原理。
雫石たちは、俺の歌魔法の種類・威力・位置を特定することはできても、同じ瞬間に俺の場所を特定することはできない。
逆に俺の場所を特定できても、同じ瞬間に俺の魔法の種類・威力・位置を特定することはできない。
俺の歌魔法のキャンセリングを狙っているのなら、雫石は俺の場所と俺の魔法を同時に特定しないといけない。
けれど、それはできない。
これが不確定性原理。「波」のもつ性質。
重ね合わせの状態。
カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカンッ!!!
自分の存在する確率を変動させる。
〈兄様、なんというかその〉
〈マソラ様、それってひょっとして、物凄く、スゴいことなんじゃないですか?〉
〈マソラがすごくないわけないでしょ?マソラ=神チートよ〉
いいや。
これは結局凄いことでも何でもなくて、代償として魔力素の致命的消耗を必要とする。
俺の場合、まさに身を削る行為。
魔力素のふるまいを統一して、俺自身が一つの大きな「波」としてふるまう。
はっきり言ってバカげている。だって一定量の魔力素をこの世界から完全消滅させるから。
カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカンッ!!!ドクドクシュッ!
存在確率を変動させる方法は、別の宇宙に自分の魔力素を削り飛ばすこと。
今この瞬間も無限に分岐する宇宙に自分の一部である魔力素を飛び散らせることで、俺は自分の存在確率を調整している。
でもこれは、分裂体同士の取り決め違反。2号の俺が残りの三体に対して裏切り行為をしているのと同じこと。
1号3号4号は「仕方ないよ」と許してくれたけれど、分裂させた魂核の一部がどこぞの分岐宇宙に飛び散って回収できないのは、本来ならあってはならないこと。
それは俺の分裂体が再び集まったとしても、二度と元通りの俺には戻れないということ。
だから重大なルール違反。
「なくした分、何かを得て戻ってくればいいよ」っていう1号の言葉が忘れられない。
1号、格好よすぎるよ。
「どうせヒトは変わるものだから気にしないで」っていう3号の言葉が忘れられない。
3号、優しすぎる。
「魂核がなくても存在できるように、いつか成るよ」っていう4号の言葉が忘れられない。
4号、強すぎるって。
1号。3号。4号。
みんな本当にごめん。
とにかく雫石に位置と魔法を同時に特定されないために、俺はシュレディンガーの猫をガチンコでやる。ニャーオ。お腹が減るニャ~。
〈マソラのネコ鳴き声!?これだけでどんぶり飯6杯いけるわ!〉
〈ジュレ何とかネコのマソラ様?つまりジェラード好きのネコになったマソラ様!?それ絶対私が飼いますから!〉
〈兄様!もう一度「にゃー」とお鳴きください!!んにゃあっ!?おんどりゃあ!魔物の分際でまたも兄様との会話を邪魔しおって!ただで済むと思っとんのかゴラァ!!〉
〈痛ぁ~い!も~キレた~。トゥームストン・パイルドライバーで火の中にトナオ沈める~。受け身とらせな~い〉
量子力学。
元居た世界と同じ物理法則が働くのは助かる。そういう点では俺は悪運が強い。
もってるよ絶対。
だから絶対に雫石の弱点を見つけてみせる!
「私が空を見上げた時だけ月があって、私が空を見上げない時には月がない。……ウチの魔術師は例え話であなたをこう説明するのですが、果たしてこれは虚言ですか?」
「いや。だいたいあってるよ」
「では要するに、ナガツマソラとは何なのですか?」
「簡単に言うと波動関数ψ(プサイ)を使った物質波の波動方程式の確率解釈だよ」
エントロピー弾が止む。灰がアダマンタイト弾からやっと離れる。
白装束に再び五線譜と音符が浮かぶ。オオゴマダラの模様みたい。
白装束は流動する黒い大量の灰を集めて、蝶の翅を象る。カラスアゲハの翅みたい。
白装束は灰とアダマンタイトで出来た黒いエントロピー爪を長く伸ばす。スズメガの口吻みたい。
「では難しく言うと?」
白装束が羽ばたきながら爪を鋭く光らせ、空高く上昇した後くるりと体を回転させる。加速してまっすぐこっちめがけて飛んでくる。マッハ0・5!?そんな速さで来られたら、人形の俺には避けるので精一杯だっつーの!
攻撃をよけつつ俺はアダマンタイトドールを操り体内に真空をつくり、同時に地下から歌を謡うそぶりを見せる。
火を噴く穴が火を消す。
そのたびに雫石の灰が穴を塞ぎ、雫石に代わって歌魔法を穴に放つ。
俺は灰の歌の波動を止めるために「ミガモリ」で穴を一時的に塞ぐ。
「そうだね。邪心も同情も毒もない。そんな真空の宇宙に今の俺は波のように漂っている。そんなところかな」
「なんともそれは、とりとめのない……」
とりとめのないのはそっちの灰まみれの魔法使い。マヨとかいう灰かぶりちゃん。
周波数比を変えてもすぐに読まれる。厄介だなぁ。
そもそも五十三音平均律とか頭イカれてるでしょ?
純正律、目指し過ぎ!そんなの鍵盤楽器じゃ誰も弾けないから!
まぁ魔法使いなら弾けるのかもしれないけど。どうしよほんと。
53音律で対応できないように転調を激しくする?そんなことしている魔力素の余裕なんてないよ。敵の弱点探すどころの騒ぎじゃないってほんと!
〈このアカガエル!ちょこまかと!〉
おっと、イザベルの体力に危険信号が灯った。イザベルさんや大丈夫かい?
〈余裕過ぎて鼻血が出てるわ!〉
イザベル・ブッサル・ツヴィングリ:Lv85(マソラ色の元エルフ)成長補正付与。
生命力:800/8800 魔力:3040/6000
攻撃力:5000 防御力:5400 敏捷性:8300 幸運値:700
魔法攻撃力:4000 魔法防御力:3000 耐性:風属性
特殊スキル:武器転移、?????
ほえ!?めっちゃ追い詰められる!ちょっと待ってマジかい!俺よりヤバいじゃん!
俺はなけなしの魔力素を使い、イザベルに植えてある自分の細胞を急いで増殖。イザベルの額真ん中から目を出す。開眼!
構っている暇なんてないけど構うしかない!
「あらマソラ!防具を切り刻まれてエロい恰好になる私の姿がそんなに見たいのね!」
だったら目の前の魔物の方に目を付けるから集中して!
ギャンギャンギャンギャンッ!!
飛ぶように走る一人と、走るように跳ぶ一匹。
ガウンッ!ドゴドゴンッ!ギャンギャンギャンギャウーンッ!!
鋭く磨き上げられた銀のフルーレと、深い淀みから引き揚げたような黒い斧。
キュインッ!スパスパスパンッ!ガキンッ!ガキガキガキンッ!!!!
咬み合う二つの衝撃音が神殿跡地に何度もこだまする。
シュカンッ!!ガキガキキンッ!!
規則正しく配列させた円柱を互いに力強く蹴り、イザベルと赤い魔物が何度もぶつかり合う。
サンタクロース:Lv70(赤膨鬼)
生命力:6100/8000 魔力:4066/6000
攻撃力:25000 防御力:400 敏捷性:10000 幸運値:70
魔法攻撃力:5000 魔法防御力:5000 耐性:火属性
特殊スキル:斧術
攻撃力が突出して高い魔物は全身を撓らせて器用に斧を振り回す。その斧の僅かな隙を突いて、イザベルのフルーレが魔物の脛に斬りかかる。
「……目路霧」
ぎっしりと生やした針のような歯が覗く。魔物が口を動かし、祟る。
イボだらけのカエルのようなゴワゴワした皮膚から赤い綿のようなものがムクムクと噴きだし、魔物の身体をびっしりと覆う。
ドムンッ。
イザベルのフルーレは的確に魔物の脛に当たるけれど、赤い綿のせいで刃が骨に届かない。
赤い綿を分析。分析完了。菌根菌と判明。種の特定は不能。
外生菌根の菌糸がマット状に体を覆っているんだ。イザベル!「火車」で支援するからタイミングを見て菌を焼き払え!
「了解!ヴィネグリエ・ユイリエ!」
血まみれのイザベルの刺突技に火が灯る。魔物サンタクロースのマット状の外生菌に、合成魔法を乗せた素早い突きが刺さる。けれど火は内部まで達していない。まだ致命傷にならない。イザベル!詠唱省略なしでいこう!
「風よ刺し刻め」
詠唱のわずかな暇すら与えない魔物の斧による猛攻。イザベルは体を反転させ閃くように動いて刃をかわす。
「若木の幹の青肌が砂丘に横たわるまで!ヴィネグリエ・ユイリエ!!」
イザベルが回避から突撃に転身。
突きの加速と刃先の突進距離が飛躍的に上昇する。円柱すら焼いて貫通するフルーレの突きがようやく赤膨鬼にダメージを与え始める。
ガガガガガガガンッ!!!
魔物が斧腹を盾にして防御に入る。それにしても嫌な斧だ。靭性が異常に高い。なんだろうこれ……魔剣?雫石がくれたの?
いや違うね……斧が纏う魔力素と魔物の魔力素が同じだ。……体の一部から作ったの?とにかく禍々しい魔力を感じる。俺とは異質の、憎悪の塊のような魔力素。
「……卦式場霧」
防御していた魔物が斧の後ろで祟った途端、休みなく突き攻めるイザベルの足下から〝黄色い埃〟が激しく舞い上がる。分析開始。終了。
「!?」
まずいイザベル。地雷を踏んだ!
「ゲホッ!」
〝埃〟をわずかに吸い込んだイザベルの気道の中で、芽胞を破った寄生菌が発芽。増殖速度が高い。
「ゲホッ!ゲホゲホッ!!」
肺に侵入しようとする寄生菌は俺が何とかする!
ばらまかれた地雷と霧散した胞子を薙いで焼くんだ!!
「風よ、綴れっ!せせらぐ森の小川を、住み捨てし洞窟に!ランス・ドワ!」
無呼吸の乱れ切りに俺の「火車」をのせ、周囲に発生した胞子嚢を次々に焼き払うイザベル。火の粉は芽胞に包まれた寄生菌に噛みつき、呑みこみ、菌とともに焼尽する。
ズグシュンッ!!
体の内外の菌の排除に気を取られていたイザベルの右肩にサンタクロースの暗い斧が深く刺さる。不意を打たれて驚いたイザベルの前には火を防いだポーズのままの、赤いマット状の魔物。赤い菌糸は握る斧まで覆っている。フェイク!
迂闊。気づかなかった俺のミス!
マットの服を脱皮のように背中から脱ぎ捨て、イザベルの背後に回っていたことに気づかなかった。
「!!」
イザベル・ブッサル・ツヴィングリ:Lv85(マソラ色の元エルフ)成長補正付与。
生命力:190/8800 魔力:2340/6000
攻撃力:5000 防御力:5400 敏捷性:8300 幸運値:700
魔法攻撃力:4000 魔法防御力:3000 耐性:風属性
特殊スキル:武器転移、?????
魔物サンタクロースの斧に付着している菌は毒を放出し、イザベルの身体を穢す。
体力が、生命力が、残り僅か。
毒と付着菌の分析開始。分析終了。虫歯菌と判明。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
パキパキ。
石灰……。
毒のせいでイザベルの身体が傷口から石灰化し始める。それに喜ぶことも溺れることもしない昏い表情の魔物はゆっくりと斧を引きずり上げる。そして、
ブオンッ!
体ごと斧を旋回させる。精妙かつ無慈悲の斬撃。
ザシュンッ!!!
首を庇ったイザベルの左腕は千切れ、体は衝撃で吹き飛ぶ。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
激しい出血の続く元風人族の魔獣はそれでも、体を起こして戦闘態勢に戻ろうとする。
まいった。
代わってやれない自分をぶん殴ってやりたい。
イザベル・ブッサル・ツヴィングリ:Lv85(マソラ色の元エルフ)成長補正付与。
生命力:10/8800 魔力:2340/6000
攻撃力:5000 防御力:5400 敏捷性:8300 幸運値:700
魔法攻撃力:4000 魔法防御力:3000 耐性:風属性
特殊スキル:武器転移、?????
「はぁはぁはぁ……どうってこと、ないわよ、まだ」
……死ぬな。
「はぁはぁはぁ……まだ腕が一本、落ちただけ」
イザベル。死ぬな。愛してる。……だから発動しろ。
「そうね……………私も愛してるわ。マソラ」
ミシミシミシ……
イザベル・ブッサル・ツヴィングリ:Lv85(魔獣)成長補正付与。
生命力:10/8800 魔力:1001/6000
攻撃力:50000 防御力:5400 敏捷性:8300 幸運値:700
魔法攻撃力:4000 魔法防御力:3000 耐性:風属性、水属性
特殊スキル:武器転移、クサビラ
イザベル・ブッサル・ツヴィングリ。
彼女とアルビジョワ迷宮の下層で初めて出会った時の名は、イザベル・ツヴィングリ。
そのイザベルにミドルネーム「ブッサル」を俺が贈ることで、彼女は俺と経験値共有とともに特殊スキルを得た。
「ふぅ、体の中で吹雪が起きているみたいね」
特殊スキルは「その名のごとく最後までぶん殴る」。
効果は、「残存体力が全量の1%を切った時点で攻撃力が通常の10倍になる」。
ただその状況までイザベルを俺は追い詰めたことがない。
追い詰められないように何とかしてきた。
けれど、今は手が足りない。
マソラ2号の俺じゃ、手が足りない。
「手ならほら、元通りよ。先端がレイピアみたいだけど」
だから悪いけれど、「ブッサル」の能力を解放させてもらう。
攻撃力10倍。
そして「ブッサル」発動時のみ使用できる特殊能力が「クサビラ」。菌。
ルバート大森林の調査後、赤膨鬼という菌使いの相手をさせるために、俺はイザベルを改造した。
「あら。背中から何か生えてきた感じがするの。しかもよく見ると四本。前から生えたらどうしようかと思うくらい立派ね」
赤膨鬼と同じく、菌使いに。
「ソフィーみたいに腰からの方がよかったけれど、まあいいわ」
両者とも森をフィールドとする菌使い。
違う要素があるとすればそれは、
「二刀流、うまく振れるかしら。いや私なら振れるわ。なぜなら」
何の菌を取り扱うか。
俺の女が扱う菌類はそんじょそこらの菌使いとは一味違う。
「私はマソラの女にして姉の中の姉だから」
操るのは氷核細菌ブロッケン。
マルコジェノバ連邦の地下に眠るアダマンタイトという秘密を隠す星獣カリレアアリジゴク。乾季に吸水する彼らの唾液腺にのみ棲む特殊な細菌を俺は発見し、亜空間サイノカワラで培養。それをイザベルに植え付けた。免疫拒絶をが起きないよう、菌を内部に飼う菌細胞にあれこれ細工をして。
「それにしても寒いわ。体の芯まで凍りそう」
氷核細菌。
氷結と解凍をつかさどり、使い方によっては気象すら操作できる細菌。
その細菌を操る魔獣にして元風人族。
そして俺の女。
「だからマソラ。あとで抱きしめて欲しいの」
分かってる。溶けるほど熱く強く抱きしめるよ。必ず。
「約束よ。あの顔色の悪い唄謡より強く抱きしめて」
約束する。ところで魔力残量が尽きたらイザベルは本当に死ぬからね。
「死ぬなんて絶対に嫌よ。マソラの赤ちゃんを産んで「低い低~い」するまでは絶対に死なないわ」
うん。「高い高~い」の間違いだと思うけどそれは当面どっちでもいい。
イザベル。命令だ。
目の前の菌を、抹消しろ。
「了解。ダーリン」
柱どころか自分の身体すら霜に覆われる異常事態にサンタクロースが慎重に構える。後の先、つまりカウンター狙いだ。
ヒュウウウウウウウウ………
イザベルの背中に生えた、曲がりくねる四本の太い氷筒。
ヒュイイ―――ンッ!!!!!!
四本のうち、二本は周囲の空気を取り込み圧縮する。残り二本はいまだ沈黙。
「お腹が熱いわ」
獲物を狩る直前の肉食獣のように、背を丸め、身を低くするイザベル。
左腕の肘から先は、氷でできたレイピア。右手にはフルーレ。
真っ向から飛び込むことを体で魔物に宣言する氷の魔獣。
「もしかしたら特殊スキルでマソラの子を妊娠したのかしら?」
「……」
圧縮の限界に達した二本の氷筒が吸引を止める。そして残りの二本が、
「冗談よ」
「……」
圧縮した空気を、
「少しは笑いなさい」
一気に解放する。
ボフンッ!!!!
「!」
超加速とともにイザベルが消え、魔物に剣の舞を披露する。
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!!!
イザベルの背中の氷筒二本から解放された空気は膨張と同時に周囲の熱を奪い、周りの一切を凍らせていく。胞子が雪になって舞い落ちる。それを突進するイザベルの爆風が舞い上げる。
ピシピシピシ……
剣戟の最中、イザベルの全身が氷の鱗に覆われていく。背中から冷気をジェット噴射する〝爬虫類〟を相手に、〝両生類〟は防戦を強いられる。
ガキガキンッ!!!
にしても、どんだけ動体視力いいんだコイツ。
もう、俺が指示を出して入り込める領域じゃない。
ガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキガキンッ!!!!!
戦闘時間が長引くのはまずい。
イザベル・ブッサル・ツヴィングリ:Lv85(魔獣)成長補正付与。
生命力:10/8800 魔力:404/6000
攻撃力:50000 防御力:5400 敏捷性:8300 幸運値:700
魔法攻撃力:4000 魔法防御力:3000 耐性:風属性、水属性
特殊スキル:武器転移、クサビラ
刻一刻とイザベルの魔力は減っていく。エリクサーで回復している暇なんて今はない。火力支援と分析しか能のない今の俺はただイザベルの戦いを見守るしかない。
「災茄霧!」
白い吐息と湯気を体から出しつつ、苛立った表情のサンタクロースが強く祟る。握る斧から菌糸が噴出する。高速で振り回す斧が地面にぶつかる。
ボワォンッ!!
発火?摩擦熱と可燃性細菌……。
ボワボワボワボワボワボワボワッ!!!
イザベルの妹のクリスティナより遥かに大きな炎斧が跳ね狂う。何もかも焼き倒す斧がイザベルを逆襲する。
サンタクロース:Lv70(赤膨鬼)
生命力:2899/8000 魔力:1066/6000
攻撃力:25000 防御力:400 敏捷性:10000 幸運値:70
魔法攻撃力:5000 魔法防御力:5000 耐性:火属性
特殊スキル:斧術
ボワキンッ!ズドカァンッ!!キキキキンッ!!ボワンッ!!
速度を上げるためか、魔物はマット状の菌糸で身体を覆うのを最低限に減らす。急所以外の皮膚が露出する。
ボワボワンッ!!!ガシュガシュンッ!!!
赤と白の暴風がぶつかり合い、燃やし、凍らせ、互いを激しく拒絶する。
ボロ。ズシュッ!
「!」
劫火と吹雪のせいで偶然落ちてきた氷柱一本が気づけばサンタクロースの太腿に突き刺さっている。
偶然の落下。
それに合わせて蹴りを入れる判断。
しかもちゃんと氷柱を相手に突き刺してる。
冴えてるねイザベル。すんごいよ。
ブオンッ!
わずかな体勢の崩れを見逃さず、氷の魔獣は魔物の顔面目がけてフルーレを突く。
グシュッ!!
顔面にはけれど届かず、咄嗟に防ごうとした魔物の左手の甲を貫くに終わる。
「生まれは魔王領バルティアじゃなくてルバートだそうね」
「……」
碧眼の元風人族が、蒼暗の眼をした犠牲者にそっと問いかける。
イザベル・ブッサル・ツヴィングリ:Lv85(魔獣)成長補正付与。
生命力:10/8800 魔力:71/6000
攻撃力:50000 防御力:5400 敏捷性:8300 幸運値:700
魔法攻撃力:4000 魔法防御力:3000 耐性:風属性、水属性
特殊スキル:武器転移、クサビラ
サンタクロース:Lv70(赤膨鬼)
生命力:2441/8000 魔力:966/6000
攻撃力:25000 防御力:400 敏捷性:10000 幸運値:70
魔法攻撃力:5000 魔法防御力:5000 耐性:火属性
特殊スキル:斧術
「弱肉強食の無限森林で、誰も頼れず独りで生き残る。さぞ大変だったと思うわ」
「……」
サンタクロース:Lv70(赤膨鬼)
生命力:691/8000 魔力:966/6000
攻撃力:25000 防御力:400 敏捷性:10000 幸運値:70
魔法攻撃力:5000 魔法防御力:5000 耐性:火属性
特殊スキル:斧術
「私には双子の妹がいて、妹と何とかやってこられた。故郷。家族。たくさん奪われたけれど、ありあわせの命二つで、何とかやってこられた」
「……」
「あなたは何もかも独力で乗り越えてきた。それに比べて私は魔王に代償を払い力を与えられて強くなったまがい物。だから魔物とはいえ、あなたに敬服するわ」
「……」
「そして変な音頭取りが森にやってきた。あなたの敗因はそれだけ。あなたのせいじゃない。森にやってきたのがナガツマソラじゃなかっただけのこと」
既に息絶えているサンタクロースに、イザベルは引導を渡す。
元風人族の力が働き、地面に積もった雪が舞い上がり、天に昇って消えていく。
赤膨鬼。
サンタクロース:Lv70(赤膨鬼)
生命力:0/8000 魔力:966/6000
攻撃力:25000 防御力:400 敏捷性:10000 幸運値:70
魔法攻撃力:5000 魔法防御力:5000 耐性:火属性
特殊スキル:斧術
異世界召喚に失敗した人間のなれの果ての一人は、醜い容姿のため、獣からも人からも嫌われ、疎まれ、命を狙われた。
赤膨鬼。
ルバートの森で細々と生き残るために、コイツは汚れた水、糞尿、腐肉、腐植土を食べるほかなかった。
それは要するに、膨大な菌を摂食するということ。
菌を摂りこみ続けた魔物のコイツはいつしか、菌の力を得て強くなった。
水中、土中と、あらゆる菌を誰よりも集め、誰よりも親しみ、誰よりも上手く使いこなすことで、コイツは独りで生き抜いてきた。
けれど支配の歌に抗えず、女帝に隷属する羽目になった。
悔しかったろうね。
容姿で相手を判断しないけど、道具としてしか相手を見ていない歌姫に屈するしかなかったなんて。
強くなり、ようやく手に入れた一握りの自由や小さな平和を雫石瞳に奪われて、さぞ悔しかったろうね。
でも、よかった。
その人生に今、イザベルが終止符を打ったんだから。
「おかえりなさい。これでバカ騒ぎの音頭から、解放されたわ」
氷柱と武器の先に付着させた氷核細菌。
空気中を舞い、雪を作ることもできる氷核細菌。
戦闘が苛烈さを増すにつれ赤膨鬼の能力は最大限に発揮され、その結果としてイザベルの氷核細菌まで赤膨鬼は無意識に体内に取り込もうとした。
取り込まれた氷核細菌は、赤膨鬼の体内にある菌細胞に運ばれ、結果として菌細胞ごと氷結させた。
そしてじわじわと全身を氷漬けにし、氷で詰まらせた。
氷核細菌は皮膚に付着する程度じゃ相手を氷漬けにはできないけれど、体内に直接ぶち込まれたら壊死は免れない。
だけど赤膨鬼の場合は別。菌使いの場合は別。
菌細胞なんて特殊な細胞を持つ者のみに科された死に様。
それは壊死では済まされない死。
完全氷結死。
ガシャァーンッ!
イザベルがフルーレを引き抜くと、氷の記念碑となっていた魔物は崩れて粉々になる。
銀雪の舞う中、イザベルは「ブッサル」による「変身」を解除する。
氷筒も氷鱗も氷の腕もレイピアも溶けてなくなる。
左腕はないけれど、ウェーブのかかった金髪ミディアムで肌の白い碧眼の元風人族が現れる。
「マソラ。腕が千切れちゃったの。どうしたらいいかしら?」
魔力量が再生すれば俺がくっつけるよ。
「その魔力がもうないの……待って。まさかアレをやれと言うの?」
そ。あれをやるの。じゃないと腕もくっつかないし、ソフィーの助けにも行けないでしょ。
「あれをマソラの前でやったらマソラのお嫁に行けない気がするわ」
やらなきゃお嫁に行けないどころか墓場に直行かもね。
「仕方ないわね。妹たちが見ていないことを確認……よし。いくわよマソラ!」
イザベルは残った腕の指を口の中に入れ、舌の付け根を強く圧す。
「おえっ!!!」
吐いて出てきたのは胃袋に隠してあったアダマンタイトの瓶。中には元ヴァルキリースライムの魔獣コマッチモが作ったネチェルエリクサーが入っている。
キュポン。ゴクッゴクッゴクッゴクッ。
「ぷはぁ。吐いたものをまた食べたらレベルアップしたわ」
イザベル・ブッサル・ツヴィングリ:Lv86(魔獣)成長補正付与。
生命力:9500/9500 魔力:6000/6000
攻撃力:5600 防御力:6000 敏捷性:9000 幸運値:800
魔法攻撃力:4700 魔法防御力:3600 耐性:風属性
特殊スキル:武器転移、クサビラ、ゲロ
いやたぶんサンタクロースを倒したからだと思う。っていうか特殊スキルに「ゲロ」はやめてください。
でもとにかく回復してよかった。さっそくだけど落ちた腕を拾ってきて。
「分かったわ。特殊スキルは「昼ごはんとの再会」もしくは「妊娠」にすればいいのね」
はやく拾ってきなさい。
「はい」
イザベルは自分の腕を拾って傷口に近づける。俺の細胞はイザベルの額の目であることを止めて移動し、イザベルの傷口に向かう。組織結合を行ってイザベルの腕を修復する。
「さすがはマソラ。私の認めた音頭取り。愛してるわ」
音頭取りって、変な言い方。まぁいいや。俺もイザベルが大好きだよ。
さあ、ソフィーが困ってる。助けてあげて。
「もちろんよ。妹の危機は姉の危機。そしてマソラの危機だもの」
イザベルはそう言うと、ワラキア山の麓でデスマッチを繰り広げるソフィーの元へと駆けて行く。……ん?
なんかエスメラルダス原野からこっちに向かって飛んでくるんですけど。
予定していた火災旋風で巻き上げられてたまたまこっちに?……じゃないってこれ!
ドゴンッ!!!!
「!」
イザベルの視座を降りた人形の俺は丸太のような巨大な物体の直撃を食らい、グシャグシャに大破する。また迂闊。またうっかり八兵衛だ。
「やって、く……れるじゃ、ん」
「私以外の女のことを考えているからです」「シズクちゃんがいるのに〝よそ見〟なんてしているからだよん」
同級生とその周りを舞う灰が優雅に驕った素振りで〝事故原因〟を教えてくれる。
「モテ、る男、は……つら、いねぇ」
いい感じに炙られた巨大昆虫の死骸の肢で叩き潰された俺は、部品回収と組み立てを急いで行うしかなかった。
lUNAE LUMEN
Salsa in glaciem