第二部 歌神香児篇 その十五
闇子「えっと、それでは発表します。アルマン襲撃は明日の夜九時決行になります」
闇子「血が騒ぐな」「まったくだぜ」
闇子「ナガツマソラ様のご命令によりますと、「明後日の日が昇るまでに〝キノコの山〟八つを焼き払え」との仰せです。つまりアルマン王国で現在ニデルメイエールによって占拠されている主城全てを奪取し、かつ破壊すること」
闇子「本気なのか?」「あの御方はいつも本気よ。武者震いがしてきたわ」
闇子「ちなみにニデルメイエール兵の数は三十万人超えです。共喰いや捕食などをくり返し途中で増えたり減ったりしましたが、一昨日の時点で少なく見積もっても三十万は見られたという報告があります。それも皆殺しにしろとのご命令です」
闇子「共喰い……」「憐れなキノコ野郎ども。全員殺してやるよ」
魔獣「襲撃時刻は分かったわ。テレーニョ。そろそろ私たちの襲撃場所を教えて」
闇子「はい。イザベルさんすみません!では発表します。イザベルさんとクリスティナさん、モチカさんとソフィーさんのバディを除き、六個大隊を用意します。各大隊の隊員数は450名。各大隊のコードはそれぞれ『メレッサ』、『マージョラル』、『ヒソップ』、『セージ』、『バジル』、『ミント』。イザベルさんとクリスティナさんのバディは『タイム』、モチカさんとソフィーさんのバディは『ラベンダー』と呼ばせていただきます」
魔獣「『ラベンダー』か!うむ。花言葉はたしか「許し合う愛」だったな!とても気に入ったぞ!」
闇子「ありがとうございますモチカさん」
魔獣「ちょっと待って。私たち『タイム』の花言葉は何だったかしら」
魔獣「勇気~」
魔獣「勇気は生まれる前から持ってるわ。だから『ラベンダー』と交換してほしいの」
魔獣「お姉ちゃんそんな子供みたいなこと言ってちゃだめだよ。お姉ちゃんはみんなのお姉ちゃんなんでしょ?」
魔獣「ふっ。そうね。私は姉の中の姉。つまり長女。仕方ないわね。この際コード名はなんだっていいわ。三人の手のかかる姉たる者、ここは妹二人に羨ましいコードは譲るわ」
魔獣「クリスティナにあやされてるイザベル~」
闇子「おほん!では続けます。そちらでデスマッチを始めたイザベルさんとソフィーさんは無視して、『メリッサ』、つまりカチュワンさんとトルネさんはアルマン王国中央より北のジュアゼイロ城です」
闇子「了解した!」「マジで遠いな……覚えたてのアレでなんとかするしかねぇか」
闇子「『マージョラル』、つまりニトバさんとロウォーレンさんはそれより少し南のカンピナグランテ城です」
闇子「わかった!あそこは一度行ったことがある!」「乗り物に乗って、でしょ?今回は違うわ。アレで行くのよ」
闇子「『ヒソップ』、つまりコロンビさんとレイロースさんはカンピナグランテ城より西に百キロほど離れたジョアンペソア城です。フォトロビ国に近いので一刻も早く落としてください」
闇子「承知!」「重要任務だな。頼むぜ相棒。アレの出番だ」
闇子「『バジル』であるケペックさんとタオピオさんは埋葬都市バトリクスに近いサンルイス城です。あそこはバトリクスの住人を食って増えている可能性があるので注意してください」
闇子「任せてくれ。しかし、本当にドキドキする」「そのドキドキもあと少しでお終い。だから暴れまくりましょ。私たちはアレなんだから」
闇子「『ミント』、つまり私とトリプラはジャスモン国に近いイタイツーバ城を攻めます」
闇子「なぁ、私だけ「さん」付けしないと皆に怪しまれないか?」
闇子「!」
闇子「大丈夫。み~んな知ってる。お前たち二人がそういう関係なのは」
闇子「おっほん!さてさて残す城は二つです!!シータル大森林に近いバナルル城。こちらは『タイム』のイザベルさんとクリスティナさんのお二人にお任せします。お気を付けください。ここは敵将軍ダリオルと全身に装甲を施した凶悪な魔物が滞在しているという情報です」
魔獣「ボ、ボスキャラが、いるのね。分かった……わ」「シータルに近いしうれしいね。それとお姉ちゃん、いい加減ギブアップしてサソリ固めから解放してもらいなよ」
闇子「そしてロンシャーン大山脈帯とルバート大森林に近いモンテスグラロス城。つまりここから一番近く、裏を返すとナガツマソラ様に一番近い場所にある城は『ラベンダー』のモチカさんとソフィーさんにお任せします。言うまでもありませんが……」
魔獣「速攻で叩き潰してくる!」「マソラ様に何かある前にすぐ戻る~」
闇子「お願いします!ナガツマソラ様は兵八名だけで守ることになります。いくらナガツマソラ様からいただいた力を得ているとはいえ、本来の護衛担当であるあなた方ほど強くはありませんので油断は一切できません」
魔獣「だからこそ一刻も早く終わらせるのよ」「そうそ~」
闇子「では参りましょう。ナガツマソラ様が当初からご予定されていた〝お仕事〟を終えられるまであと二日。それまでにアルマン王国に巣食うニデルメイエール軍の殲滅作戦を開始いたします!」
闇子「ケペック、ケベック。ちょっとかたいよ」
闇子「じゃあ何て言えばいいんだ?」
魔獣「「愛してるよトリプラ」で私はいいと思うの」
魔獣「ダメだよお姉ちゃん、それ直球すぎ。「お前がいないとダメだトリプラ!」の方がいいです」
魔獣「黙って抱きしめると言うのはどうだろう?私なら兄様にそうされただけでもう胸キュンで失神して……」
魔獣「ずっと隠してる指輪~渡せば~?」
闇子「「………」」
その他「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
パチパチパチパチパチパチパチ!
ヒュー!ヒュー!
いつまでもお幸せに~!!
パチパチパチパチパチパチパチ!
もちろん地獄でなぁ!
パチパチパチパチパチパチパチ!
闇子「ありがとうございます。……さあみなさん!お恥ずかしながら思い残すことが一つだけできてしまいました!でも殺るべきことをただ殺るのが私たちです!我らは炎!ナガツマソラ様の闇によって焚かれた禍々しき火焔!その炎で敵ニデルメイエールを一匹残らず焼き尽くしましょう!!」
全員「「「「「「「「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」」」」」」」」
14.報告
カサ。
かつおぶしまんま。
カサカサカサカサ……
あったかいホカホカ白飯ごはんに、カツオ節をたっぷりと、おしみなくかける。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
しょう油は一度にかけすぎないで、味を見ながら少しずつかけ足すのがポイント。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
好みで熱々のお茶をかけるっていうのも悪くない。
カツオ節と加えるオプションだっていっぱいある。
もみ海苔、たくあんと青じそ、マヨネーズ、松茸、昆布のつくだ煮、梅、バター、オニオンスライス、ジャコ山椒、白菜漬け……。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ………
それらもやっぱりよく合う。
でもなによりカツオに感謝して食べることが一番大事。それが美味しく食べるコツ。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサッ!
かつおぶしまんま。
「!」
そんな料理なんて食べている余裕も暇もこちらにはない。
食べものと言えば、ウスバカゲロウ。ウグイス。羽アリ。キツツキ。ガ。チョウ。クワガタムシ。カブトムシ。ミミズ。カマキリ。アブ。カケス。モズ。キツツキ。シマヘビ。ヤマカガシ。サンショウウオ。カエル。ゴキブリ。ムカデ。クモ……
とにかくナマモノばかりあくせく貪っているからいいかげん飽きた。そろそろそんな、普通の料理が食べたい。
アーキア超大陸西。文明を南北に隔てる広大な魔の森ルバート大森林のただ中。
雨季も乾季もない場所だけれど、熱帯のような所。
一日のうちに晴れと雨が気まぐれに繰り返される。そこであらゆる生物は蒸れるほど息をし、時に汗をかき、鳴き声と叫び声と金切声を始終あげ、生まれて育ち、食われたり食ったりして死んでいく。
その中を俺は現在調査中。
調査はずいぶん前から行っていた。
俺の分身であるマソラ3号が「封印されし言葉」を解放して亜空間サイノカワラを手に入れてすぐに始めていたから、かれこれ調査は三か月くらい経つ。
カサカサカサカサカサッ!
俺はシロアリ塚を発見し、虐殺と捕食に入る。でもそれは俺の一部で、大部分はそのまま移動をし続ける。アリ塚の攻略はたかだか一万もいれば事足りる。
俺。
俺は今、「脳」だけで行動している。もっとも豆腐みたいな柔らかいあの脳ミソじゃない。あんなグルコースしか食べない偏食家の大食い臓器をジャングルの中に放っても意味がない。
俺の今の「脳」は大地を覆いつくし、目につく一切を食らい、飲み込み、増殖し、移動する。まるで亜空間。まるで闇。
その〝脳神経細胞〟を任せているのは一種の昆虫。社会性昆虫。
臓器でいう脳は、脳神経細胞が数百億と集まって構成されている。
俺という「脳」を構成しているのは、グンタイアリ。
マソラ4号に頼んでシータル大森林から選んだグンタイアリをマソラ2号である俺のオリジナルが亜空間サイノカワラで改造し、養殖して、アルマン王国からフォトロビ国へ入る前に解き放った。
そして三か月余りが経つ。
南北に700キロメートル、東西に1900キロメートルもある広大なルバート大森林の中で、俺の培養したグンタイアリのコロニーは全部で20ある。コロニーを構成する全ての個体数はおよそ2億匹。だから俺の〝神経細胞〟は森の中に2億個あって、それで生み出される俺の〝脳〟は20個散らばっていることになる。
社会性昆虫アリ。
アリという昆虫一匹ずつは、本能に従うだけの精密機械みたいなもので、それ自体は決して賢いとは言えない。
それなのに、アリは女王アリを中心に群れて集団を構築すると、複雑で機能性を備えた巨大な巣を造れる。各自が役割分担を担い、種の繁栄のための超効率的なシステムを築ける。
この構図は神経細胞と脳の関係と相似している。
「封印されし言葉」によって魔力素の集合体になった俺は幸か不幸か、「心」が何でできているかは知った。
そうである以上、俺は自分の心を、脳を、別の生物を使って再現することくらいはできる。
だから社会性昆虫を使い、俺は自分の脳を再現した。言い換えれば人工知能化。
そのうちミツバチで試せたら楽しいだろうね。体を震わせて8の字ダンスを踊りながら仲間たちに花の蜜の在り処を教えつつ、襲い掛かる天敵を集団熱殺する社会性昆虫。ミツバチを本気で支配したら人々は作物が作れなくなって世界が終わるだろうから、やっぱりこれはやめておこう。
俺は静かに暮らせればそれでいい。
俺が静かに暮らそうとするのを邪魔する奴を倒せればそれでいい。
だからミツバチじゃなくて、グンタイアリ。調査ついでにルバート大森林の生態系を滅茶苦茶にするだけにする。
大森林を調査するために集団で蠢き、手あたり次第、目についた餌を貪り移動する〝神経細胞〟たち。
2億匹のグンタイアリ。
現在腐植土と落ち葉の上を行進する人工知能の「俺」たちがマソラ2号に合流すれば、マソラ2号の俺はルバート大森林の情報を得ることができる。2号に三か月前に示された最終合流地点は出発の地と同じアルマン王国。そのとき2号は〝仲間〟を連れて約三か月後には同地点に戻ってくると聞いている。オリジナルの2号の俺の計算は外れないだろうから、俺たちは三カ月の猶予で調査を完了できるよう、計画立てて動いてきた。
その調査もまもなく終わるだろう。分析は不十分かもしれないけれど、あくまで俺達人工知能の仕事は調査。完全な分析はオリジナルの2号にやってもらう。
それで俺たちは今、一番最近に起きた事件現場に向かっている。もちろん他のコロニーも含めてすべて。現場の最終調査と、コロニー間の情報共有、そしてオリジナルである2号への情報送信のために。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサッ!
調査のための、グンタイアリの改造。
俺であるナガツマソラの「脳」の一部として機能させるための改造はたいして難しくなかった。
少し手間取ったのは、森の記憶を読み取るためにはどうしたらいいのかという難問の解決だった。
森の記憶。
植物を含め、生物群集を構成する生物たちは言語をもたないから自我を持たないことが多いけれど、録画カメラのごとく起きた事象それ自体を化学物質と電気信号を使い、体内に記録はしている。問題は、
① その記録を引き出す方法。
② 引き出すために用いる生物。
この二つを解決することだった。
問①は心や脳を作れる俺にとっては造作もない。手間はちょっとかかるけれど、どんな単純な判断しかできない素子からでも情報を引き出す手段を俺はもう心得ている。問題は問②。どの生物を選ぶか、だった。選ぶにあたって条件がある。すなわち、
森の中に長く居て、しかも生き続けている生物。
森の中に長く居て、他者をとりこみ続けている生物。
植物はダメ。
植物とくに樹木として生きる木本は一部の細胞が生き続けているだけで、ほとんどの部分が死んでいる。植物は長生きしているようで実はそうでもない。数百年生きているように見える樹木はどれもこれも死骸でつくった太い中心軸まわりに、生まれたばかりの細胞を張りつけてそこだけで細胞分裂をくり返し、その外層を死骸である樹皮が守っているだけ。生きているのはほんの一部。あとは死んでいる。それが長生き植物。一方の早死にする草本は作った種子に本能と栄養は残しても自分たちの見聞きした記録を残さずに死滅する。だから種子は武器や食べ物にはなっても、記録装置にはならない。
しかも植物は基本的に生産者。基本的に他者をとりこまない。とりこんでいるのは水と無機物くらいで、あとは自前で光合成をおこない、栄養分を得ている。これだと他者の記録が蓄積されない。寄生植物は記憶量が少なく却下。要するに植物は却下。
動物は寿命が短い。遺伝子に本能か学習を子どもに託すだけ。やはり却下。
魔物は召喚失敗人間のなれの果てだから記憶容量も大きくて寿命が長いかもしれないけれど、ルバート大森林はほとんど魔物がいない。却下。
ウイルスと細菌類は本能頼みで増えることばかり企んでいるから却下。
というわけであれこれ悩んだ末にたどり着いたのはアレ。
ヒントはシズクイシヒトミ。マルコジェノバ連邦のお騒がせ者。
あいつのおかげで思いついたのが冬虫夏草。
寿命はそこそこ長いくらいだけれど、生命体に寄生して養分を食らい成長し、やがて胞子を撒き散らす菌類。寄生による他者の取り込みにより、森全体の昆虫の数をコントロールできるほど繁栄している菌類。頼るべきものはやっぱりゾンビキノコだね。昆虫の中には植物食性も動物食性もいる。つまり昆虫を食らい記録を集積している冬虫夏草は記録の宝庫だ。
というわけでグンタイアリの集団として移動する俺の「脳」はもちろんアリの触覚や視覚を通して森の情報を得る一方で、冬虫夏草を回収して彼らのもつ記憶も手に入れることにした。
ところがどっこい、これがちょいと面倒だった。
グンタイアリのもつ免疫のどれを破壊したらどの冬虫夏草が感染してくれるかが見当もつかない。しかも時間が三か月と限られているので、とりあえずアリ共生菌をいじっていろいろな免疫系を破壊したグンタイアリを用意し、感染実験を移動しながら行わないといけなかった。ほんとしんどかった。
でも苦労の甲斐があって、一か月もすれば森のほとんどの冬虫夏草に感染してゾンビ化する種々のグンタイアリを作ることに成功。
要するに俺は移動しつつ、俺を構成するグンタイアリに冬虫夏草を感染させて、彼らのもつ古い様々な記憶も得ることができるようになった。ゾンビ化したグンタイアリは大切な〝レコーダー〟だからちゃんとみんなで持ち運ぶ。最終目的地は2億匹が一度に集う場所だけど、もちろん念のためにコロニー内で記憶のダビングはしてある。けれどやっぱり生の情報のほうがいいに決まっているから、可能な限り冬虫夏草に感染したゾンビアリは連れて運ぶ。コロニー1つにつきアリの数はおよそ1000万。そのうちゾンビアリは1万前後。たいした量じゃない。1000匹で1匹のキノコ付きアリを運んでいる勘定だ。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサッ!
長い旅路の末、ようやく目的地に到着する。
すでにいくつかのコロニーが集まっている。みな俺と同じ「心」であり「脳」を構成する人工知能集団だ。そして最後はマソラ2号に情報を持ち帰る集団だ。
そうだ。全てのコロニーが到着するまでに、どうやったらマソラ2号の「俺」に素早く情報を持ち帰れるか、相談してみよう。「時は金なり」だ。
カサカサカサカサカサカサカサ……
なるほどね。でもさ……
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
分かった。それでいこう。
確かにそれなら早い。
しかしよくそんなの見つけたね。そっか。
ほっつき歩く場所が違えばやっぱり得る情報は違うんだね。
当たり前か。でも見つけるだけじゃなくてちゃんと手を打っておくなんて、感心。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
お、ようやく全部のコロニーが集まった。どのコロニーもゾンビアリを連れているね。数は同じくらいか。見たことのないキノコが生えているのもいる。
俺は末端の素子であるアリたちの触覚の一本を互いの顎で噛ませる。もちろん噛み千切るためではなく、情報を伝達するため。噛まれていないもう一本の触覚で周囲のアリたちの肢の付け根の不透明の柔らかい膜をさする。マッサージが目的ではなく、情報を伝達するため。それとここに寄生する寄生虫を除去するため。伝達の邪魔だ。
さてさて、準備オーケー。2億匹のグンタイアリによるネットワークが完成した。その中にゾンビアリもリンクしている。
まずはどんな冬虫夏草を捕まえたのか、お互いに情報を共有するとしますか。
ハチに寄生するツキヌキハチタケ。
甲虫の幼虫に寄生するクチキムシツブタケとヒゲダシムシタケ。
ガの幼虫に寄生するコツブイモムシハリタケ。
ガの蛹に寄生するウスキサナギタケ。コガネムシタンポタケ。コガネムシタンポタケに重複寄生するマユダマタケ。
セミ幼虫に寄生するカンザシセミタケ、ハルゼミタケ、オオセミタケ、クマゼミタケ、そしてアワフキムシタケ。
何とジョウゴグモから派生したクモタケ。
昆虫の数を調整する側のクモも所詮キノコに殺られる側なんだね。なるほど、勉強になった。
幼虫期間の長いセミが多いのは好都合。
繁栄し種数の多いガが狙われるのは当然の摂理。
硬い甲虫だって節と節の間の肉は柔らかい。そこにはだからほぼ必ず寄生虫がついている。
そして嫌気性細菌でない彼らは誰も彼も空気を吸う。よって胞子も微生物もウイルスも昆虫の体内に入り込める。
要するに弱点のない生物なんてこの世には存在しない。病まない生命なんていない。
そしてアメイロオオアリに寄生するアリタケ。
ミカドオオアリに寄生するイトヒキミジンアリタケ。
トゲアリに寄生するクビオレアリタケ。
チクシトゲアリに寄生するタイワンアリタケ。
昆虫に取りつく菌から宿主転換したハナヤスリタケ。ヌメリタンポタケ。アマミコロモタンポタケ。いずれも土団子に寄生している。
セミから別のセミにホストジャンプしたウメムラセミタケ……
アリに寄生する冬虫夏草の場合、「俺」を構成するグンタイアリの体内の共生菌をチョチョイといじればどうにかホストジャンプさせてグンタイアリに寄生させることはできる。けれどアリ以外に寄生する冬虫夏草の場合、簡単にホストジャンプさせるのは難しい。グンタイアリの共生菌をいじりつづけてようやくホストジャンプが可能になる。それをどのコロニーも移動して殺戮と捕食をくり返しつつ、既に完了していたらしい。実に手際が良いね。
よし、森の〝観測者〟については大体わかった。
それじゃ、彼らが何を見てきたのか、今度はその情報の中身を共有していこう。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
ではまずルバート大森林北西部に向かっていたコロニーの「脳」から。
……………。
なるほど、草深い所にストロビラ霊廟っていうのがあるのね。オリジナルの2号がくれた図書館情報の中にもある。…………闇の大精霊ミアハの祭壇だとさ。
祭壇内の探索までしたの?アクティブだね。ご苦労様。でもミアハも星獣もいない、か。
他のコロニーで星獣らしきものを見たのはいる?
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
いないのか。森中をくまなく探して見つからない。
……。
……。
霊廟はあるけれど、祀られているはずの大精霊がいない。
俺が風の大精霊フルングニルを連れているように、誰かが闇の大精霊を連れている?
ひょっとしてアイツ?
雫石瞳?
雫石がマルコジェノバ連邦を食い物にできるのはストロビラ霊廟で星獣と大精霊ミアハを手に入れたから?
その可能性は否定できないけれど、結論を出すのはまだ早い。他のコロニーの情報を聴いてから総合的に判断しよう。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
ルバート大森林の中央。
ノトラージャ要塞。これもソペリエル図書館の蔵書で読んだことがある。遠い昔に使われていたらしいね。
で、なるほど、その近くに工場を見つけたのか。あの冬虫夏草兵士を作っていたのか。口上の名前はバルテルミ。バルテルミ研究所。いい名前。名画『サン・バルテルミの虐殺』を連想させるところが雫石のセンスを感じるよ。
え?交戦もしたの?
そっか。研究所に職員が残っていても全然おかしくないよね。キノコの兵隊さんもいたのか。そんで、1000万匹で応戦。全部殺して全部食べて、お腹一杯か。お疲れさま。職員は、ふむふむ。この刺青の模様は、ストロビラ霊廟で見たやつだね。大精霊ミアハの信奉者ってところかな。でもマスクをつけてる。あるいは冬虫夏草のキノコを生やしている奴がいる。
なるへそ。彼女の物語が見えてきたよ。
召喚者で元々アントピウス聖皇国か隣のパンノケル王国にいたはずの雫石は、何らかの理由でこのルバート大森林に逃げ込んだか何者かに拉致された。
そして森の中で能力開眼。
たぶん「封印されし言葉」だ。
俺が地下迷宮アルビジョワで食い殺されかけて能力を得たように、言葉に出会い、力を解放した。
そして俺が迷宮の魔物に対してやったように、この大森林にいる連中を食い物にした。
たぶんそんなところでしょ?
そして俺以上に腹の虫がおさまらない雫石は女帝リチェルカーレを名乗り、マルコジェノバ連邦全体も食い物にしている。そんな感じだ、きっと。
あいつは自分の心の中に土足で踏み込まれることを極度に嫌う。〝それ〟を侵されることがきっと我慢できない。
あいつの第一行動原理は「犯す奴だけは潰す」だ。
逆に土足じゃなくてちゃんと靴を脱いで礼儀正しく待たれるとちょっと喜んで、ためらいながら奥に招いてくる。そして入ったら手放さない。たぶん人生の中で他人に心から必要とされたことがあまりないんだろう。
ゆえにあいつの第二行動原理は「好きな奴だけは手に入れる」。
しっかしまあ、交戦して377体もニデルメイエール予備兵を食っちゃうなんて、さすがグンタイアリ。女帝にぶつける最後、最強の兵士はグンタイアリにすればよかったかな。2号にそう報告したらきっと笑うと思うよ。
バルテルミ研究所。
ニデルメイエール兵。
おそらく今の俺たちと同じように森中の冬虫夏草を調べてホストジャンプを繰り返させて作ったんだろうね。雨季と乾季を繰り返すマルコジェノバ連邦を制圧するための周到な準備だ。
シズクイシヒトミってそんなに計算高い奴だったんだ。知らなかった。感じるままに動いて何も考えない奴だと思ってた。少なくとも何か企むのが嫌いだと思ってた。
まぁ十中八九誰かに操られていると思うんだけど。それこそ冬虫夏草みたいな魔法使いに。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
次は、おっ、連邦に近い森の出口付近だね。ルバート大森林の北部。
今度はマジで迷宮?
地下迷宮テルプシコレ?ご丁寧に入口に彫ってあるね。……これはマソラ2号の文献記憶にもないよ。地図の更新だ。座標確認、と。
それにしても、採掘跡があるね。こっうちは新しい。雫石が盗掘でもして何か探していたの?大精霊ミアハでも探したのかな?あっ、さすが俺。中まで調べてくれたんだ。本当におつかれさま。どれどれ……壁面や天井にはたくさんの獣帯記号っと……
………。
……そっか。そういうことか。
こりゃまいった。
変形菌の研究もしてたのね。迂闊だった。冬虫夏草も含めた菌類の繁殖を制御する菌類かぁ。
やるねぇ雫石。攻めてきてるねぇ。
まだ新しい兵器があるかもしれないってことか。
大丈夫かな2号。
これは面倒な相手だ。
でも2号のことだから、最後は〝アレ〟でどうにかするでしょ。
にしても変形菌かぁ……。ひょっとしたら地下生菌とかも兵器化しているかもしれない。でもアリたちの情報によれば変形菌の研究痕跡だけか。
そっか、そうだよね。地下生菌に興味をもつようなヤツじゃないよね、雫石は。「トリュフ食べる?」って昔聞いたけど「トリュフって何ですか?」のアイツはたぶん興味ないよね。でも雫石の中に宿っている何者かは美食家かもしれない。用心しないと。
忌避効果のある香りを出す地上キノコはおさえているけれど、誘引効果のある香りを出す地下キノコはおさえていない。
どうしようかな……。
じゃあごめん、念のために現段階で情報を共有してくれたコロニーはここら一帯の地下生菌の回収にまわって。三時間後、目的地のポイントで合流しよう。そこで共有した残りの情報を伝えるよ。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
よし次。
ルバート大森林東部。ロンシャーン大山脈に近くなってきたところだ。本当にそそり立つ壁みたいな山だよね。温泉に浸かった2号の記憶がある。コマッチモとファラデーか。みんな元気にやってるよね。
……これは。
円形闘技場ソネット。彫られた文字の新しさからして、名前をつけたのは雫石かな。
ソネット。十四行詩。妙な名前。古石でできた壮大な建造物の中、魔物の悲鳴が強烈に響いているね。冬虫夏草たちの記憶は鮮烈だ。
観客もいないこんなところで、何のために魔物同士は殺し合っていたの?
……。
……。
歌で相手を支配できる雫石瞳は、ここで選りすぐった。強い魔物を。
アイツは興味をもたなければ、必要最小限のものしか用意しない。
たぶん、自分の使う必要最小限の「駒」を選定するための場所として、ここは使われた。
ヒトのことを言えたもんじゃないけれど、エグイね。
大陸東を陣取る魔王ウェスパシアの元から逃げてひっそりと暮らしていた強すぎる、あるいは弱すぎる魔物たち数百匹がここで死のトーナメントを繰り返したらしい。
殺し合い、10匹以下まで残った末に戦いは終わったのか。ご苦労様。
上司がクソだと組織はクソまみれになる。
今頃雫石の供回りでもやってんのかな?
一匹だけ気になる魔物がいるね。なんだろう?
攻撃されるたびにどんどん分裂して増えている。ゴブリンみたいな容姿をしているけれど、こんなのまでいるんだ。……まぁ、俺も似たようなものか。会いたくないね。あったら速攻で食い殺そう。でも2号のことだから亜空間サイノカワラで実験したいっていうかも。まあそんなことは人工知能で分身の俺には知ったことじゃないからいいや。
というわけで、「夏草や兵どもが夢の跡」のレポートでした。
お次をお願いします。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
これはパンノケル王国に一番近い施設かな。ルバート大森林南西にある工場地帯。ロググリエ禁足地って書いてある。なんかいかにも工場って感じの工場。異世界観なさすぎ。雫石らしすぎる。隠す気ゼロ。樹木が植わってなかったらもろバレだね。
ここで何を……ふふ。
ニオイでこりゃすぐに判るね。
大麻酒アブサンの製造所か。地理的状況からして、北のマルコジェノバ連邦だけじゃなくて南のアントピウス方面にも流通させてたんじゃないのかな。マソラ3号にあとで確認してみよう。
え……あはは。偉いね。
ガスマスクの労働者とキノコ兵だけじゃなく、工場まで破壊してきたのか。そうだね。酒なんか飲んでいる場合じゃないもんね。これからの時代は「呑めるけれど呑まない」が流行りだよ。「呑まなきゃ殺ってられない」異世界だけど。
にしてもよく燃えてるね。ウける~。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
うん。そうだね。最後は俺たちが今集まっているここの記憶だ。
巨大な、けれど浅いクレーター。
安息角が一定過ぎる。こんな均等な斜面、カリレアアリジゴクの拵えたものとは明らかに違う。
即席の、消尽した大森林の一角。
そのクレーターの中に1億匹を超えるグンタイアリ、つまり俺の〝神経細胞〟が既にいて、クレーターの窪地の中で互いの触覚や脚の付け根に触れ、〝脳〟をやっている。クレーターの外にまであふれるグンタイアリはクレーターの周囲でまだ生きている冬虫夏草を見つけ出し、仲間に感染させて急ぎゾンビアリをつくる。冬虫夏草の記録を読み解く。それが俺の〝脳〟全体に流れてくる。
「さすがは聖皇様」
「あの、これは一体……」
「破邪の蓬光。カディシン教の善と光明の神ミズラオリオの裁きの光。殲滅の超級魔法である」
見覚えのあるおじいちゃんが一人。
あれだ。アイツだ。
俺がチャラい朱莉やドンくさい晴音と一緒にいた時に、「アルビジョワ迷宮に行け」ってポンコツの俺たちに向かって命令した奴だ。名前はなんだったかな。マリク・ブロイニング枢機卿とかいった気がする。
ハジャノホウコウ?
なるほどね、この地面を穿った斜面に残る魔力素の残滓は聖皇がぶっ放した魔法の痕跡ね。
ふ~ん。
こんな半径三キロのクレーターを作るほどの光属性魔法を放てるなんて、人間族のボスは伊達じゃないんだね。
やっぱりこいつらが、シギラリア要塞に金属棒「神の杖」を落としたのかも。
グンタイアリを使ったルバート大森林の地質調査で、金属元素タングステンの濃度はかなり低いことが分かった。
つまり雫石がタングステン製の金属棒を作るのは普通に考えたら難しい。アイツを操っているであろう誰かが何かをしているのなら別だけど。
それとアイツの攻撃は今のところ「上から物を落とす」じゃなくて「音で操る」だけだ。攻撃の〝毛色〟が違う。
その点、オファニエル聖皇側の攻撃は「落とす」だ。光だけじゃなくて金属棒を落としてもおかしくはない。大陸南部の地質調査はまだ俺自身で行っていない。連中の行った記録文献を見たことはあるけれど、記載がなかっただけかもしれない。
くさい。相当くさい。
っていうかこの場所が何とも臭い。
血生臭い。血と肉と糞便のニオイに交じって、かすかなアンバーグリスの匂い。
そうか。
お前が難民を一手に引き受けてくれたのか。
香児エピゴノス。
「しかし、これほどの超級魔法を聖皇様は難なくお使いになられるのですね」
「……」
「枢機卿?」
「難なく、ではない」
「?」
元暗殺者エピゴノス。解放奴隷エピゴノス。
戦うことのできない、52万近くいた難民を、一手に引き受けてくれたのか。
エピゴノス。
変身した一角獣人族のお前の姿はさながら、自由の女神だったろうね。
お前の強い芳香と必死さ、献身さ、ひたむきさは、彼らの希望そのものだったろうね。
「これからいうことを口外すれば、お前たちを含め、三族の首までなくなるものと心得よ」
「「「「「………」」」」」
「「破邪の蓬光」は集団高等制御魔法。魔力の根源たる魔力素を束ねて一にして使用する大魔法」
そういえばエピゴノス以外の、残りの香児たち二人は?
……。
大森林内を西から東に移動してきたニデルメイエール軍……そうか。
「魔力素を束ねる?」「そのようなことが可能なのですか?」
「心が一つであれば不可能ではない。すなわち「神への祈り」という形で共通意思をもつことができれば、魔法発動は可能となる」
「……まさか」
ナコト。ルルイエ。
そうだったのか。
戦える者とともに、戦うことのできない弱き者たちを守るため、二手に分かれたのか。
香児ナコトは3万の戦士とともに。目的は敵の遅滞。そのために無数の罠をしかけた。
香児ルルイエは4万の戦士とともに。目的は敵の攪乱。そのために大声で果敢に、無謀に挑んだ。
予期の難しい遭遇戦を前に、慣れない森林戦を舞台に、逃げて生き延びることを諦めた7万の兵士は、ニデルメイエール軍を相手に、散った。
ウサギの聴覚をフルに使うナコトの竜脳の香りを最期まで信じながら。
ハチに姿を変えて戦うルルイエの樟脳の香りを最期まで信じながら。
「ガシウン地下大聖堂に集った信仰心篤きカディシン教徒二千人の殉教あっての必殺の一撃。もちろんそれを束ねた聖皇様もご無事ではすまぬ」
「「「「「………」」」」」
「ソペリエル図書館館長ジブリールによる発見がさらに遅れていれば、森を抜けた〝敵兵〟の相手を汝らがせねばならなかった。蛮族の侵入と略奪を汝らが阻止せねばならなかった。邪教徒の血が我ら聖教徒に宿るのを汝らが聖戦によって防がねばならなかった。人心がかつてないほど揺らいでいるこの時期に」
キノコを生やした三十万の敵は、7万の即席兵士を急いで食らい、香児二人をデカい魔物に食らわせ、落とし穴式のバンジーステークに幾度となくはまって数をわずかに減らしながら、女帝の命令を急ぎ完遂するために、アルマン王国へ向かったらしい。マソラ2号の読み通りに。
エピゴノス。
ナコト。
ルルイエ。
三人ともお帰りなさい。
三十万匹のキノコも、栄養疲れして肥えたガスマスクのブタも、そのブタが乗るサソリだがライオンだか分からない魔物も、俺たちのオリジナルである2号が必ず殺してやる。
「先ほどの約束。ゆめ、忘れるでないぞ」
「はい!枢機卿の仰ったことは、誰にも漏らしません!」「墓場までもってゆきます」
「すべては神の御心。そしてオファニエル聖皇は神の現身。その聖皇様の御身を煩わせるようなことは本来あってはならぬ」
「聖皇様のお苦しみに少しでも近づくため、帰還次第、三日間の断食に入らせていただきます」「我も」「同じく我も」「私も」「私もでございます枢機卿」……
口の軽い枢機卿と信心深い彼の護衛たちが調査を済ませ、森を南に去っていく。無数の冬虫夏草が聞いているとも知らずに。
残された円形のクレーター。
そこにひしめく五十万余の怨念。〝消化不良〟のせいで地縛霊のように難民たちの魂魄がこびりついている。かわいそうに。このままじゃしばらくここにこの連中は留まることになる。魔力素循環にも加われず、自分が何者かもわからず、ただそこに取り残される。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
誰も彼も。
お帰りなさい。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ俺のカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ闇にカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ戻れカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……ピタ。
命食典儀・魔蛆生贄。
俺は集まった全てのグンタイアリから子実体を伸ばし、冬虫夏草にする。同時にその子実体の成長のために、周囲の魂魄を全て吸収する。みんな俺の闇にお帰りなさい。
風を待つ。
やがて風が来ると、冬虫夏草を伸ばしたグンタイアリは「俺」という心と記憶を胞子に託して飛ばす。その無数の胞子は風に乗り、予定した目的地に運ばれる。
ジーッ!
ジーッ!ジーッ!ジーッ!
ジーッ!ジーッ!ジーッ!ジーッ!ジーッ!ジーッ!
樹液の滴る太い大樹。その大樹のまわりには無数のセミがびっしりとくっついて、森中に響き渡るほどの大声で愛を鳴き叫んでいる。愛を待っている。愛し合っている。
ヒタ。
その無数のセミたちに、俺は無量大数の胞子として感染する。
ジーッ!ジーッ!ジーッ!ジーッ!ジーッ!ジーッ……バッ!!
複数の気門から侵入され、脳を胞子にのっとられたセミたちは鳴くのをやめる。求愛を止める。生殖を止める。残りの力全てを振り絞り、樹から飛び立つ。
獣たちが驚く。鳥たちも叫んで逃げる。コウモリも弾けたように逃げる。サルも金切声を挙げて逃げる。シカもイノシシも狂ったように逃げる。
その鳥獣たちを三つの単眼と二つの複眼で見ながら、セミに寄生した俺は、俺たちは北東めがけて一心に飛ぶ。どの獣も目も口もあけていられないほど大量の俺が森の中を昼も夜もなく飛ぶ。残された体力はもうわずか。消尽するまであとわずか。そうこうするうちに地下生菌の調査を終えたグンタイアリたちも同じ手段でセミをのっとり、それらが合流する。
やがてセミの集団となった俺たちは、一度も抜けたことのないルバート大森林を抜ける。先祖代々生きていた森を捨て、アルマン王国にいるはずのマソラ2号のもとに馳せ戻る。2号の当初の予定ではもう、アレは完成している。最後の戦いはアレがやる。俺たちじゃない。
俺たちの最後の仕事は、マソラ2号にルバート大森林の調査報告をあげること。
香児三人の死にざまと生きざまを伝えること。
シギラリア要塞に「神の杖」を落とした容疑者のうち、雫石瞳、つまり女帝リチェルカーレの線は薄く、オファニエル聖皇の線は少し濃いこと。
闇の大精霊ミアハがルバート大森林に霊廟だけを残し、星獣も含めてその存在を確認できないこと。あとは……
「戻って来たね」
いよいよマソラ2号の姿を俺たちは確認する。
残り少なくなった俺たちは急ぎ、マソラ2号の展開する亜空間サイノカワラに飛び込む。闇に帰る。セミが溶け、胞子が溶け、心と記憶がマソラ2号に流れていく。マソラ2号の俺が混乱しないように、調査を行っていた俺たちは時系列順に話を組み立て、2号の脳神経細胞に情報を伝えて、果てる。
「……そうだったのか。お疲れ様」
俺は亜空間の中に戻った人工知能の分身から情報を得る。
「ノトラージャ要塞にバルテルミ研究所、闘技場ソネットにアブサン工場ロググリエ禁足地……たしかに物理屋じゃなくて生物屋だね、雫石は。タングステンなんてそもそも知らなさそう……ん?」
俺は運んでもらった記憶の中にある別の施設を見る。
ルバート大森林西部で見つけた、遺跡?
「分からないからとりあえず状況だけ報告……急いでいたから俺に分析してくれってことか」
遺跡痕につくられた、実験施設っぽいな、この映像だと。
ま~た嫌な名前がついてるよ。パンデモニウムだって。
パンデモニウム。伏魔殿。
壁とかに無数の傷が走ってる。亀裂もひどい。どうやったらこういう損傷になるの?
そもそも雫石はここで何を試していた?
……。
………。
…………。
……………ひょっとして。
「始まりの部屋、かな」
歌姫のカラオケ部屋だと思った俺は二日ほど閉じていた目を開く。乾季の始まりの夜。俺の周りには改造を終えた〝最後の大隊〟のメンバーが八人。いずれも眠らずに周囲の監視を行っている。他の連中はアルマン王国に侵入したクソ女帝のクソみたいな兵士を皆殺しに向かっている。二日以内に三十万の兵士を殲滅させるのくらい、余裕だろう。何もかも賭けた彼らなら。
「さてさて、アイツはどんな歌をどうやって謡っているのかな」
俺は目を再び閉じる。
夜明けまでに戻ってくる約束をしている魔獣女子と闇子たちを待ちながら、俺は記録にある伏魔殿の壁面の傷跡から歌姫の解析をじっくり試みる……
「その前に」
記憶容量の一割を占める「かつおぶしまんまのレシピ集」が気になって仕方ないしお腹がすいたから、目を開け、こっそり亜空間ノモリガミから食材を取り出し、カツオ節入りしょう油かけご飯を作って食べることにした。
がんばってるところ、みんなごめんね。
食べたらちゃんと働くから許してください。
Ophiocordyceps