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第二部 歌神香児篇 その十三

汚れつちまつた悲しみは

なにのぞむなくねがふなく

汚れつちまつた悲しみは

倦怠のうちに死を夢む


汚れつちまつた悲しみに

いたいたしくも怖気づき

汚れつちまつた悲しみに

なすところもなく日は暮れる……

               中原中也 『汚れつちまつた悲しみに……』

挿絵(By みてみん) 

 

12.油


「あぁ~ん!マソラ様そこそこぉ~」

「さっきからみんな、わざと変な声出そうとしてるでしょ」

「そんなことないわ。ところでマソラ。クリスティナの方が2秒長いと思うの」

「はいはい。ちゃんとみんな順番こで同じことするから待ってて」

「は~ん……あったか~い。マソラ様のおてて~気持ち~」

「ああん!アツアツの日射しに兄様の悶えるようなオイルマッサージ!このご褒美だけでニザマシロサイ二頭はいけそうだ!」

 アーキア大陸北西部。マルコジェノバ連邦の東。オキシン国。ウルル州カタジュタ市。

 カラカラに乾燥した乾季の終盤。俺は天空にそびえる巨大な一枚岩エアボーンズロックの上で簡易基地ドロブネの〝甲羅干し〟をしつつ、魔物の羽毛を包んだフカフカベッドに横たわる魔獣女子四人にオイルマッサージを実施中。いつも護衛とか色々やってもらっているから、これくらいの恩返しはしてあげないとかわいそうだと思ったからだ。今日も明け方から昼前まで魔物のニザマシロサイ5頭とそれに群れるズファールサイツツキ122羽を狩ってくれた。コケや花畑の草を食べるため、乾季になると地中から現れるシロサイとそれに群がるために飛んでくるサイツツキは貴重な食料になる。主に魔獣女子四人の。

「もう(とろ)けっちゃって今にもイッちゃいそうです!あっ、マソラ様まだ行かないでください!!」

 サイツツキの羽毛ベッドに横たわる魔獣女子からまた黄色い悲鳴。肩のツボと首をもみほぐしたクリスティナに「みんな順番」と(さと)し、俺はソフィーの施術に入る。

「はぁ~ん」

 足全体を既に軽擦(けいさつ)しながらオイリングを終えているソフィーには今度、脚全体の軽擦に入る。俺は親指と手のひらでV字を作るようにして両手を前後に当て、足首からふくらはぎ、太ももまで軽擦する。ちなみに使用しているオイルはただのアーモンドオイル。いるかどうかは知らないけれど、元の世界と異世界(パイガ)の神に(ちか)って、媚薬(びやく)成分は入っていない。

「ちょっとソフィー、タコ足で俺をくすぐるのはやめて」

「うふふ~ごめんなさ~い」

 危ない。(ほぐ)れるどころかあやうくこっちがカチンコチンになっちゃう。なんてことはおくびにも出さず、俺はソフィーの太ももの付け根で両手を開き、両サイドを抱えるようにしてストロークをしながら戻る。足首まで戻ったら、その流れでそのまま両手のひらで足裏の先まで軽擦する。ソフィーの腰から生える四本のタコ足がハートマークを二つ作る。

「さて、次はモチカだね」

「はい!兄様お願いします!」

 クリプトクロム国のルアラバ盆地を追放されて約一か月。

 クリプトクロムと北東で国境を接するオプシン国の巨大な一枚岩の上で、俺と魔獣女子四人はのんびりおっとりとバカンスを満喫(まんきつ)する。

 まあ〝(こと)〟が動くまでの(つか)の間だけどね。

「あっはぁあーん!あにさまぁああー!」

 モチカの手首から脇の下へ、腕の丸みに沿ってクルクルと回転させるようにリンギングマッサージをしながら、一か月前を思い出す。

 元聖人(せいじん)床屋(とこや)のスピールドノーヌ将軍率いるニデルメイエール軍をルアラバ盆地で撃破した後、俺は上司である連隊長エイモス・ウィルバーの判断はおろか、連合国軍大将のモルガーニ・ワンカヨ将軍の指示すら(あお)がず、独断でニデルメイエール軍に降伏条件を提示し、しかも敗将スピールドノーヌを生かして返した。

 全権を俺に委任していた連隊長エイモスはともかく、連合国軍代表のモルガーニ将軍の指示を仰がなかった俺は明らかに軍律違反。

 とはいえ俺と第十三連隊が動かなければ、モルガーニ将軍率いる連合国軍はほうほうのていで敗北撤退する可能性は高かった。しかしどうにかそれを免れた。

 というわけでスピールドノーヌら敵が退却した後、俺の処分が問題となった。

 俺は最初一人で広い部屋に軟禁されて静かに過ごせていたが、器物を破損し野獣のように暴れて手の付けられない魔獣女子四人が同じ部屋に運び込まれた結果、いつも通り賑やかになった。「処分が決まるまでお願いだから暴れさせないでください」と見張りの兵士に怒られる始末。仕方がないので俺は亜空間ノモリガミから食材を取り出し四人の胃袋を満たすために軟禁中にもかかわらず料理に励むはめになった。

 トナオと香児三人はそれぞれ個別の取り調べを長時間受ける。とはいえあくまで尋問であって拷問じゃない。みんな四人が強いことを本能的に理解できるからか、手は出さなかった。

 強烈な芳香をもつ香児が俺から引き離され、しかも個室に閉じ込められているおかげで俺は封印されし言葉「カンダチ」をフル稼働させ、ヤムスクロ要塞内とその外の状態をじっくり観察した。

「マソラ!もう我慢の限界なの!」

「はいはい」

「あっ!ああっ!もうダメ!そんなことされたら死んじゃう!!」

「大げさだって。でも背中に波を描かれたみたいで気持ちいいでしょ」

「うん気持ちいい!うねるように流れるストロークがたまらないの!マソラ!!お願いだから背中だけじゃなくて前もして!!」

 ヤムスクロ要塞内で軟禁状態の俺をモルガーニ将軍ら幹部が審議している間に、どこをほっつき歩いていたのか、他の連合国軍の連隊十五個も要塞に到着。しかもなぜか当たり前のようにその連隊の准将軍たちが軍法会議に加わっているから笑っちゃった。

 あとはニデルメイエール軍の報復を恐れて、あるいは連合国軍がニデルメイエール軍を打ち破ったことを知って避難してきた大量の難民。これで元々五千足らずだった盆地の人口は一気に二十万近くまで膨れ上がった。水は何とか確保できるだろうけど、食糧とかどうするんだろう。まあたぶんこれを機にベスビオ同盟に入りたがる国が出るだろうから、そこから食糧供給が始まるでしょ。「兵隊ださないならメシぐらい用意しろ」ってフィトクロム国とフォトロビ国が怒る姿は誰にでも想像がつく。

 そんで、ルアラバ盆地のヤムスクロ要塞周辺が人口過密状態になりつつあるなか、いよいよ俺に処分が下される。今から三週間前。

 一週間紛糾した会議が出した答え。それは、

 国外追放。

 わお。

 ずいぶん軽い処分だと思った。

 死罪かと思っていたのに。たぶんアルパカ団のお偉方四人が吹聴(ふいちょう)してくれたんだろう。「下手な処分を下すと女帝ではなく奴に殺される」って。

 まぁ、処分はどうでもいい。問題は俺以外の処分。

 俺の〝問題〟はそこだけ。

 処分を下されるずっと前、当然俺への尋問(じんもん)も行われた。

「なぜ独断で動いたのか?」

 当然想定される質問。

「戦場が混乱状態にあり、将軍の安否も分からない状態でしたので、一刻も早く戦闘を終了させることを最優先しました」

「なぜ敵将を解放したのか」

「殺さず返還した方が戦闘の即時中止が見込めたことと、敵の〝第二波〟が送られてくるとの情報を握っていたためです。第一波であるスピールドノーヌ将軍の敗北を知ればペンザ国を移動中らしい第二波の進軍が止まる可能性を考慮しました。他の理由として、敵将軍を生け捕りにすることできるという実力を女帝に誇示する狙いもありました」

 こんな感じで適当な言い訳をしたけど、本当は女帝なんてカッコつけている雫石(しずくいし)(ひとみ)をこっちにおびき寄せるため。分裂体の俺は今弱いから、できれば敵の懐には飛び込みたくない。だからおびき寄せたい。

 生け捕りにして還したあの老将軍はたぶん殺されない。俺の戦い方を知り、俺の戦い方を分析できる奴はそんなに多くない。しかも生き延びているのはレアケース。だからスピールドノーヌは戦意喪失をしていても、たぶん再びどこかの戦場、とにかく雫石瞳率いる軍のいる戦場に連れ出される可能性は高い。

 そしてその戦場は当然、俺のいる戦場。そうでなくっちゃ困る。

「きゃふんっ!あはんっ!あんっ!ああんっ!」

 クリスティナの腰上に俺の前腕を当て、もう一方の手のひらを添えて、背中を大きく滑らせてストロークをする。そのまま(けん)甲骨(こうこつ)(きわ)を俺は(ひじ)でなぞり、肩口(かたぐち)から肘を抜く。

「キ、キちゃいます!キちゃいますマソラ様!!」

 ニデルメイエール軍の破竹の勢いを止めた功績。

 ヤムスクロ要塞への負傷兵収容と治療による、死傷者の減少。

 軍規を逸脱した越権行為。

 アダマンタイトの独占及び、アダマンタイトを用いた他連隊兵への拷問。

 そんなプラスマイナスの判断材料の結果、俺は国外追放処分となった。

 モルガーニ将軍と彼の参謀であるコッホ・ウベルランディア補佐の顔だけは肉が()げ落ちたように憔悴(しょうすい)していたけれど、他の准将軍や補佐の顔はつややかで生き生きとしていた。

 その理由は俺への処分の続きで判明する。

 ① ナガツマソラの奴隷の解放。

 ② ナガツマソラのアダマンタイトの没収。

 これだ。

 俺から大切なものを奪う行為。

 すなわち全ての歯車を狂わせてしまう(ごう)

 アダマンタイトをありったけ身に着けて変身したゴーレムが山賊の巣食う山城を破壊した件。

 アダマンタイトを分捕(ぶんど)りに来た連隊兵幹部にアダマンタイトの贈り物をして死なせた件。

 アダマンタイトスコップを第十三連隊の兵站(へいたん)専門(せんもん)部隊(ぶたい)のみが全員持っていること。

 これらの情報により連合国軍のほぼすべての兵士が、俺がアダマンタイトを大量に隠し持っていることを知っている。それを手に入れたいらしい。そりゃそうだね。

 そして奴隷の解放。

 これはつまりアダマンタイトゴーレムであるトナオが欲しいということ。

 香児であるナコト、エピゴノス、ルルイエの三人まで欲しいのは、単純に軍法会議の列席者がスケベだからだろう。解放対象の彼女たちの名前が挙げられた際、出席していたジジイたちの下半身の魔力素対流の変化で容易に想像できた。耄碌(もうろく)しちゃって分からないのかなぁ。三人のスキルとレベルの高さを。まぁ、何もかも狂わせる香りをまとわせているから仕方ないか。そう言えば同じく出席していたババアたちも動悸が変だった。みんな匂いを嗅ぎたくてたまらない元暗殺者~。夜のベッドに誘えばどうなることやら。ふふふ。

 予想外だったのは魔獣女子四人の没収が、なしだったこと。魔獣女子四人の名前が挙げられた瞬間、変態ジジイの何人かは恐怖で身震いしていた。たぶん手を出して半殺しになったんだろう。つまり魔獣女子四人はちゃんと〝行儀よく〟していたおかげと、奴隷ではなく『ノンキンタン』という冒険者パーティーとして俺とともに登録してあったとかいう理由で、俺とともに国外追放となった。

「元香料店の店員は、どうなりますか?」

 処分の言い渡しの場で、俺はモルガーニ将軍に聞いた。言い渡している議長はクリプトクロム国の首都から来たカーペンタリア副首相とかいう、どこの馬の骨ともわからない分際だったので無視。

「元香料店の店員とは、誰か?」

「今はお前とは話していない。黙ってろ」

 詮索してきた副首相に視線も向けず切り捨て、モルガーニ将軍をじっと見る俺。副首相の怒気が赤外線と空気の振動で伝わってくる。

「……」

 モルガーニ将軍は目を閉じ、深い皺をさらに深くする。古傷だらけの表情が沈む。その老将を後ろから立って見守るコッホ補佐の表情は沈痛(ちんつう)。二人とも「どうして今この場でそれを持ち出すんだ」って感じだった。そうだよね。だってそんなことを言ったら、

「彼らはたしか、奴隷でも冒険者パーティーでもあるまい」

 瞼を閉じたまま、モルガーニ将軍が切り出す。

「はい。彼らは香料店『ノンキンタン』でアダマンタイトゴーレムのトナオと寝食を共にして働いていた真面目な店員です。どうか俺のように使い捨てるのではなく、何らかの職を用意していただけませんか。俺のせめてもの罪滅ぼしのために」

 准将軍も、彼らの補佐も、カーペンタリア議長もほくそ笑む。

「よろしい!香料店『ノンキンタン』の従業員に連合国軍での〝特別(とくべつ)(しょく)〟を授けよう!貴殿は安心して軍を去れ!」

 カーペンタリア議長の宣告に、モルガーニ将軍が机の上の拳を悔しそうに固める。コッホ参謀が俺を非難するように(にら)む。おお怖い。その先で何が起きるのか(わか)るのは怖い。怖い。

「特別職ですか。それはどうもありがとうございます」

 こうして羊人族(ドンバ)のセムと鬼人族(オーガ)の五人タクロ、コレヒド、ラワーグ、プミポン、バゴーは要塞内に残ることになる。

 つまり六人は人質(ひとじち)

 特別な石人族(ゴーレム)であるトナオを、彼ら連合国軍の命令に従わせるための人質になる。

 それから俺は、軍法会議の場で、香児三人を前に、彼女たちを解放する誓約書(せいやくしょ)にサインする。

「しかし今までよく俺から逃げなかったね。そんなに俺が(こわ)かった?逃げたら捕まえるぞ、なんて言われてもただ逃げ切ればいいだけの話なのに」

 三人は困ったようにうなだれる。

「それとも、最初から逃げられない細工をされていたことに気づいてたのかな?」

「「「……」」」

 顔を上げ、「やっぱりそうだったのか」みたいな表情をする彼女たちのために、俺は掛けていた禁厭(まじない)を解除する。

 チンダラガケ作成の際にそもそも掛けていた呪いは魔道具の力によるもので、そのマジックアイテムの名は「アグリッピナの反転(はんてん)(じゅ)」。

 だいぶ前に香料そのものを探している時、超大陸アーキア南東のさらに果ての島クルゼイロで見つけた、トーテムポールみたいな木製の魔道具。

 発動者である俺から逃げたり俺を害そうとした場合、体制(たいせい)神経(しんけい)を狂わせる。

 つまり感覚(かんかく)神経(しんけい)に作用し痛覚(つうかく)を鋭敏化させ、運動(うんどう)神経(しんけい)に作用し、筋肉動作に支障を起こさせる、楽しい呪いが宿った木片。

 魔法の構造式を解読できれば他のチンダラガケの製造に応用できるかもしれないと考えたけれど、解読できないほど損傷した構造式だったので残念ながら一度発動したらそれっきりの使い捨てに決定。正直なところ発動するかどうかも怪しかったけれど無事、三人同時に元暗殺者を呪うことができた。

 ステータス画面の表示でしか魔道具の呪い効果は分からないけれど、実際に発動したらどんな様子になるものか、それはそれで見てみたいとも思った。

 けれど、見られずじまい。まぁ、それはそれでいいことなんだけどね。


【カマドウマ】

 〔満杯〕〔流転〕〔〔呪解〕〕〔充力〕〔渦魔導魔〕


 で、そのとっておきの呪いから三人を俺は解放する。呪いを壊すのは得意だけど、呪いを創るのはまだまだ未熟なんだよね、俺は。

「本当に、私たちは自由の身なのですか?」

 なんて三人は疑い深く、けれど驚いていた。「呪いは解いたし契約書も書いた。少なくとも〝俺からは〟自由になれたよ」と断って、俺は三人を自分から遠ざけた。

 さらに生き残った第十三連隊6655名は解散。すぐさま他の同盟軍の連隊への再編入が決定。

 要するにアダマンタイトスコップと訓練兵も取り上げられた。

 スコップはいいとして、何が一番悲しいって言われたらアイソポスオサムシまで没収されたこと。オサムシは結構格好良くて頑丈で走るのが速かったから残念。

 取り上げられた理由はその背中にアダマンタイトボックスを固定していたからだとさ。移動手段まで取られちゃうなんてせちがらい。

「あとは鉱物アダマンタイトの譲渡ですね」

「譲渡ではなく没収である!そもそも一介の商人風情がムグッ!?」

 議長のおしゃべりをゴツい手で塞ぐモルガーニ将軍に俺は会釈し、会議場で指を鳴らす。

 要塞が揺れる。一同はどよめく。

 追放直前の俺は鉱石アダマンタイトを、展開した亜空間ノモリガミから吐き出す。

 総量600トン。シロナガスクジラの体重で言うと7、8頭くらいってところかな。

 それを握りこぶしほどのコンパクトな結晶状態で、要塞の外の一郭に、俺は堆積させた。

「ヤムスクロ要塞内ですと民衆の生活に支障が出ますし、小さい方が魔法を通して加工しやすいと思いますので、持ち運べるサイズでご提供いたします」

 場内に次々と報告が上がり、サンプルとして大量の青い結晶を運んでくる兵士たち。

 不意打ちに澄み切った青色に煌めく結晶を目の当たりにしたせいで各連隊幹部が驚きと興奮で声を漏らす中、モルガーニ将軍とコッホ補佐だけがアダマンタイトの方を見ず、暗い苦渋の顔を俺に向ける。エイモス准将軍とサラゴサ、カストゥエラ、ヘミセットの三補佐がアダマンタイトの恐怖に震えている。テレーニョ補佐がアダマンタイトの怒りに震えている。

「ではこれにて失礼します。連邦内のどの国がどのくらいのアダマンタイトを所有するのか、皆々様で政治的によく検討なさってください。それまでは連合国軍のみなさんで協力して貴重品アダマンタイトの管理をお願いします」

 俺は兵士に囲われながら要塞を、魔獣女子四人とともに出る。

 俺がモチカに合図するとモチカは久しぶりにドラゴンに変身する。兵士が驚くのを横目に、俺はその背に乗って魔獣女子三人とともにヤムスクロ要塞を後にした。

 そして今に至る。

「でも~なんかちょっとだけ~さびしいです……あ~んっ!」

「寂しい?何が」

 ソフィーの足裏にオイルまみれの両親指の腹を当て、爪先(つまさき)の方向へ交互にスライドさせて強擦(きょうさつ)し終えた俺は尋ねる。

「香料店で働いてくれていた従業員の方たち、なかでもあのゴーレムの少年です。兄様をあれだけ慕っていたのに、兄様との別れの際、何も言わずただ(うつむ)いて立ち尽くしていました。あれが何とも可哀(かわい)そうで……くひんっ!んんっ!!」

「捨てられたと思って怒っちゃったのかな?」

 うつ伏せに横たわるモチカの頭側にまわり、両肩をなで下ろすようにして前腕を引くように抜く。さらに俺は手のひらを外に向け、滑らせて両肩を抱え込むようにしながら僧帽筋を首に向かってマッサージをする。次に両手のひらをモチカの肩から両腕に滑らせ、手の先まで続けてストロークをする。そのたびになぜか上がるエロい喘ぎ声を聞きながら、俺はトナオと過ごした時間を一つ一つ思い出す。

「そうね。マソラ。やっぱりトナオだけでも連れてくるべきだったと私も思うわ。それとそろそろ私の番よ。今度は胸をマッサージしてほしいの」

「マソラ様がご命令くださればあんな弱い連合国軍兵士なんてワンパンでやっつけて、トナオ君やセムさんや指じゃんけん大好き鬼人族の五人だって連れてこられますよ?」

「いや。これでいいんだ」

 仰向けになろうとしていたイザベルをうつ伏せに戻し、その可愛いお尻のくぼみに手のひらの付け根のふくらみを当てて、俺は返す。

「イザベルたちがね、将軍スピールドノーヌと魔物コーヌコピアを相手に戦っている時に、こうすることはもう、俺とトナオで話していたんだよ」

「「「え……」」」「あひんっ!」

 俺はトナオと一緒には、いられない。

「どうしてだ!」とあの戦いの最中、馭者の席にいたトナオは必死の表情で俺に訴えてきた。

「理由は、トナオが〝王〟だから」

 イザベルの尻のくぼみを波のように揺らしてマッサージしながら、俺は非情な説明を始める。

「「「王?」」」「くふぅんっ!」

「そう。トナオはゴーレムの王になる。考えてごらん。600トンのアダマンタイトが手の届く場所にあって、しかもそこには武勇名高きアダマンタイトゴーレムがいる。そんなことを知ったマルコジェノバ連邦の石人族たちは何を思う?」

 俺はアーモンドオイルを再び自分の手のひらの窪みに注ぎ、クリスティナの方へ移動しながら四人に問う。

 最硬の鉱石とそれを操るゴーレムが存在する。

 しかもアダマンタイトの在る場所は、ニデルメイエール軍を迎撃(げいげき)した地。

 今まで誰一人成しえなかった偉業を達成した場所に、最強のゴーレムがいる。

 偉業(いぎょう)は最強のゴーレムによるもの……噂話(うわさはなし)伝聞(でんぶん)は聞き手に心地良いように書き換えられ、伝わる。ビアリッツ山城破壊の件もあるから当然そうなる。

「何世代にもわたり搾取(さくしゅ)され、(しいた)げられてきた石人族が今回の戦いを知って何も反応しないとは考えられない」

「石人族がルアラバ盆地に集まってくるということですか?あんっ!」

「そう」

 クリスティナのうなじの下に俺は両手の平をそろえて置き、扇を開くように左右に開いて滑らせる。開いた手で、そのまま両肩を外側から丸く抱えるようにして動かす。

「トナオは俺が連合国軍に与えた人質のせいで、アダマンタイトをまとった状態でどこか独りでは行けない。だからルアラバ盆地にアダマンタイトと一緒に留まる」

「あはぁん!」

「トナオのために残したとは理解できない連邦も連合国軍もクリプトクロム国も、アダマンタイトの分配なんてできない。アダマンタイトはだからあの地にずっと残ったまま。そういうことで、連邦中に散っているゴーレムたちが盆地に集まる。ゴーレムたちはアダマンタイトがトナオのためにあることを本能的に理解しているから」

 俺の手はクリスティナの僧帽筋上を首の根本へ戻るようにストロークし、オイルを伸ばす。

「マソラ様~」

「なぁにソフィー?」

 移動してうつ伏せのソフィーの所へ来た時、ソフィーが火照った顔をこっちに向ける。

「トナオ君が王様だとして~どうしてマソラ様と一緒にはいられないんですか~?」

「簡単なことよ。王が二人一緒にいるなんておかしいから。当たりよね?だから私のマッサージをして」

「俺は王じゃないよ」

「そうです!兄様は神です!」

「それも違う。……俺がいると、トナオの存在が(かす)む。トナオに俺が指示を出している姿を見たら、集った石人族(ゴーレム)はどう思う?」

「「「「マソラ様が神」」」」

「まあとにかく俺の方がリーダーみたいに目立っちゃうでしょ?」

 うつ伏せ魔獣女子が目をキラリと光らせこちらを見るので、俺は目を閉じて苦笑する。本当は四人の上半身のスライムが持ち上がりちょっとこっちに見えたから、見ないように格好つけただけだ。

「いつもそうなんですから、それでいいんじゃないんですか?」

 スライムたちがいつまでたっても隠れない。仕方ない。銀の蔓を四人の背中に発動。

「いいや。良くない。いい?クリスティナ。俺たちはここではあくまで余所者(よそもの)女帝(じょてい)に用はあるけれど、最後はこのマルコジェノバの地を去る。だから余所者が目立ちすぎちゃいけない。脇役は最後、舞台の下、奈落に去らないといけないんだ」

 銀の蔓を四人に気づかれないよう伸ばしつつ、彼女たちの背後から忍ばせ、耳穴の前と耳たぶの後ろの(くぼ)みをロックオン。これはちょっと感じちゃうツボだから、〝その気〟にさせてごめんね。

「そういうものですか……くひんっ!?ふぅ~ん!キちゃいますマソラ様ぁぁぁ!!」

 四人はビクリとして再びヘナヘナとうつ伏せになる。よしオッケー。スライムは消えた。

 瞼を開いた俺は、南の大地に目を向ける。

 このマルコジェノバ連邦という舞台の主役はトナオたち石人族(ゴーレム)

 そして物語は濁流(だくりゅう)のごとく待ったなしで流れ進み、トナオの元にはたくさんのゴーレムが集まるはず。

 そこでトナオはゴーレムたちの希望(リーダー)にならないといけない。

 トナオが強者(ボス)であることはみな知っている。あとは英雄(リーダー)であると認めさせること。

 まぁ、読みが間違っていなければ〝悪の手先〟はすぐにトナオの所に向かって来て、英雄(トナオ)英雄(リーダー)であることを証明して、消えてなくなる。

 かくしてゴーレムはトナオの張り詰めた青い光に導かれ、マルコジェノバを侵す〝悪〟を倒しにいく。

 〝悪〟とは女帝を名乗る召喚者雫石瞳であり、マルコジェノバ連邦の歴史であり、大精霊たちの操る風土。

 〝悪〟を討つ――。

 石人族という集団の意志がトナオの意志を定め、それはトナオの意思として石人族の集団に示される。どっちが先でどっちが後なのか分からないまま、巨大な意思と石の力は悪を滅するために動き始める。

 いずれにせよ、トナオは王。

 目下のところ、女帝に挑む英雄王。

 俺とは役回りが違う。

 俺は奈落。

 煌めく照明に浮かぶ華やかで血塗られた舞台の外の、奈落の闇。

 闇はただ舞台から去った全てを呑み込む。そして必要な者だけを再び舞台に吐き出す。

「最も強く、それでいて最も過酷な運命に()ってきた同胞(どうほう)を率いて女帝リチェルカーレを打ち破り、再び同胞の集う国を造るのがお前の使命なんだよ。トナオ」

 こう伝えた後のトナオの顔は、もう大人になっていた。そこにはもう、親と生き別れて途方に暮れる子猿のような面影はどこにもなかった。

 安心。安心。

 子どもは純粋で素直だから、舞台にいとも簡単に上がってくれる。

 主役になってくれる。

 舞台が喜劇(きげき)とは限らないのに。

 特に俺の用意した舞台は。

 トナオ。

「強い」だけで勝敗が決まるのなら、世の中苦労はない。

 そのことは、自分の命で試して知るといい。

 女帝がどれだけ「どうかしている」か。

 俺と同じくらい「どうかしている」なら、きっと悲劇(ひげき)が待っている。


 スンスン……


「おや、来客らしい」

 魔獣女子四人の(とろ)けた表情がすっと消える。魔力素の対流も鋭くなる。音もなく四人は身を起こす。反応はいいんだけど、ちょっとまずい。トップレスなの忘れてない?

「ドロブネが目印になったかな。結構な数だね。血と泥と汗の臭いだ」

 八つのスライムを見ないようにしながら俺はまた目を閉じ、アーモンドオイルでヌラヌラの手をタオルで拭きつつ、「カンダチ」の鋭い嗅覚で人数を推定する。

 推定、四千人。しかも完全武装している。

 それが俺達のいるエアボーンズロックの下に集結するように移動してくる。嗅いだことのあるニオイだ。まったく。そんな疲れ切ったニオイを出していると逆襲されちゃうよ?

「首ちょんぱでいきますか?」「煮るのがいい?それとも焼き?」

「ミンチもできま~す」「感電させてレアステーキというのならお任せください!」

 誰が来たのかを問わず、どうするかしか尋ねてこない四人の表情は生き生きと明るい。

 いいね。

 オイルマッサージのおかげかどうかは知らないけれど、四人ともだいぶ俺色に染まってきた。そんなことより前隠してって。超音波感知のせいでスライムの発育度合いどころか先端の尖り具合まで分かっちゃう。いけない。四人の体に集中するな。麓の〝元ポンコツ〟集団に意識を集めろ。

「ここは標高400メートルの一枚岩(いちまいいわ)。急な斜面は表面がツルツルしていて昇ってこられないよ。……でも昇りたいって感じのお客さんだ。盆地で見かけた。ジョングレイ河を背にして一緒にキノコを殺した。硬すぎるスコップを渡した。レベルアップと餌集めと武具づくりのための魔物狩りをやらせた。認識票(ドッグタグ)も与えた。そんなお客さんだ」

「「「「で?」」」」

 無表情の四人。魔力素の流れは変わらず、それどころか激しくなる。普通の人間ならすくんで動けなくなるほど無機質な殺気が身体から放射する。

 かつての仲間だろうと何だろうと、俺の敵に回ったら一切容赦しない、か。

 敵というか、正確には連合国軍を追放された俺を見捨てただけ。でも魔獣女子四人からしてみればそれでも敵。

 要するに俺から与えられた物を持ったまま、俺の許可なく俺の元から去った者を敵を認識する。

 そういうところも俺好み。よく育ったね。

 魔獣女子。俺の護衛。奈落の一部。

 四人ともめっちゃ怖い。

 それはそうと上半身スッポンポンでいることにいい加減気づいてっ!

「何か俺たちに用があるんでしょ。ここに来る〝手段(チャンス)〟を用意してあげよう。ソフィーはトライデントの(くい)を崖に打ち込んで、ついでに(くさり)をたらしてあげて。鎖の近くの壁面に、イザベルとクリスティナとモチカはわずかな凹凸(おうとつ)()って。四人とも服を着たらさっそく始めよう。四人の華麗すぎる女体が他の男の目にさらされるなんて俺には耐えられない。それと登っている最中の兵士が落ちかけたら、ソイツの非力(ひりき)さを(あざけ)りながら助けてあげて。そうすれば登る気も()せるでしょ?」

「「「「了解!!」」」」

 最後の方のセリフは四人が喜びそうなことを適当にくっつけた。けれどその甲斐あってようやく四人はてきぱきと装備を身に着け、お願いした仕事に入ってくれる。

 一方で俺は四人がエアボーンズロックの頂上で狩り尽くしたニザマシロサイとズファールサイツツキ、それとクランベリーとブルーベリーを亜空間ノモリガミから取り出し、大飯ぐらいの四人の夕ご飯の準備に取り掛かる。今日は四人と一緒に食べられないだろうな。だからその分大目に作ろう。

 調理場は標高四百メートルの断崖(だんがい)絶壁(ぜっぺき)の上。

 Bランク以上の冒険者か飛行系の亜人族でもなければ、人はまず登ってこられない。

 つまりここまで昇ってこられる人数はどうせ限られている。そして時間がかかる。久しぶりの〝地獄〟で喜んでくれるだろう。その連中にも少しだけご褒美(ほうび)を用意しよう。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 四千人近い兵士がエアボーンズロックを取り囲んで六時間。

 エアボーンズロック登頂者は六名。

 〝元第十三連隊〟の一般参謀テレーニョ・クートラ。つまり元〝元山賊〟。

 〝元第十三連隊〟の大隊長特別補佐五名。トルネ・カマップ。ロウォーレン・モヨユリ。レイロース・ペテガリ。スタヴァン・サンル。タオピオ・チライベ。つまり元〝元冒険者〟。

「滑落して死んだ間抜けはいた?」

「はぁ、はぁ、はぁ……あんたの仲間の女四人が助けてくれたおかげで誰も死んじゃいない。すんごい馬鹿にされただけで済んだ」

 両手足の爪の生え際の出血に軟膏を塗るロウォーレンが答える。さすが土竜人族(ティクスタナ)の冒険者。ロッククライミングはお手の物。

「そうか。それは優しい」

 既に晩餐の焼肉にありついて盛り上がっている魔獣女子四人を遠くに見つつ、俺はグラスに注いだ水を六人に渡す。一リットルの水を彼らは瞬く間に飲み干してしまう。

「落ち着いた?それじゃあ暗いから気を付けて帰ってね」

「待ってください!俺たちはナガツ参謀(さんぼう)に……」

「俺はもう参謀じゃない。連合国軍を追い出された身だ。知ってるでしょ?」

 泥まみれのアダマンタイトスコップを背負う狐人族(ルバー)テレーニョの言葉を俺は(さえぎ)る。

「その連合国軍はもう、アンタがいなくちゃどうにもならない事態になっているのよ」

 鼠人族(ティクス)のトルネが空のグラスを見ながらつぶやく。そのグラスはどういうわけか血まみれ。

「そっか。それは大変だね」

 ああ、手に出来た血豆が破れたのか。痛そう。どうでもいいけど。

「「「「「「………」」」」」」

 やれやれ。

 聞かなくても分かることだけど、六人ともどうしても何か言いたそうだから、仕方なく俺は亜空間ノモリガミからまな板と(けん)(なた)、亜空間サイノカワラから生のキャベツ一玉を取り出す。六等分にして六人に渡す。ご褒美は水だけのつもりだったけど、まぁいいか。キャベツけっこうたくさん育ったし。

「何が起きたのか、あまり興味関心はないけれど話だけは聞くよ」

 たった一か月の間にクリプトクロム国のルアラバ盆地で何が起きたのか。

 六人は互いの話を補いながら、詳細と顛末(てんまつ)を話し始めた。

 俺がルアラバ盆地のヤムスクロ要塞すぐ外に大量のアダマンタイト結晶をぶちまけて国外退去した後、アダマンタイトの管轄(かんかつ)(あん)(じょう)決まらず、盆地にとりあえず保管することだけが決まったらしい。

 で、保管中はクリプトクロム国ではなく連合国軍がアダマンタイトの管理を任される。

「クリプトクロム国が管理しないってところが笑えるね」

 俺は焚火の火をいじりながらクスクス笑う。

「一国所有って形にはできなかったのと、クリプトクロムは国中がしっちゃかめっちゃかで管理能力がねぇっていうのが原因らしい」

 キャベツをかじりながらスタヴァンがしかめっ面で解説する。黄金虫人族(クンバン)の傷だらけの甲殻は火を映してキレイ。

「ふふ」

 可笑しくて、滑稽(こっけい)で笑っちゃう。

 アダマンタイト600トンの場外管理。

 そんなの、うまくいくはずはもちろんない。

 クリプトクロム中から流れ込んだ流民(るみん)の数だけで三十万。

 さらにアダマンタイトの(うわさ)を聞いて各国から冒険者、盗賊、商人が千人近く流れ込む。連合国軍兵士は彼らからアダマンタイトを守ったり、こっそり彼らに売ったりする。それを取り締まる連合国軍兵士。戦が去ったというのに末端の兵士は疲労(ひろう)困憊(こんぱい)

 幹部(かんぶ)は幹部でアダマンタイトを麻薬(まやく)(しゅ)アブサンや奴隷(どれい)愛人(あいじん)を買うため、あるいは出世のため役人への賄賂(わいろ)に使い始める始末。それを取り締まる真面目な幹部。取り締まりを逃れるために証拠(しょうこ)隠滅(いんめつ)隠蔽(いんぺい)(ほん)(ろう)する幹部。戦が去ったはずなのに誰も彼もヘトヘト。

「それは散々だったね」

 スピールドノーヌ戦の時に雨季のジョングレイ河をせき止めて集めた大量の雨水を細い滝にして俺は、エアボーンズロックの頂上から麓の衆に向けて垂れ流す。今度はジャスミンの花ではなくクランベリーとブルーベリーの実を混ぜて。どうせ水筒スッカラカンで腹も空かせているんでしょ。

「あなたはこうなることを全部知っていた。そうでしょ?」

 キャベツの葉を一枚ずつ大事そうに剥がして食べたレイロースが芯だけを持って聞いてくる。蝙蝠人族(クルワラ)の冒険者は飛んでどうにかここまで来たけれど、体力の消耗がひどい。タンパク質分解までやってエネルギーをつくったらしく、全身の肉が削げ落ちて骸骨みたいになってる。これは帰りが楽しみだ。

「どうだろうね」

 うやむやな返答をする俺は別のキャベツの一玉と岩塩を亜空間から取り出し、また六つに切り分ける。岩塩を手で砕き、キャベツに塩をまぶす。六人の喉が鳴る。

「それよりトナオはどう?俺の予想だともう一度女帝リチェルカーレの送り込んだ軍隊とドンパチするはずなんだよ。その時にトナオがアダマンタイトを使って暴れる。そしてその時に異様な光景が見られるはずなんだ。特にゴーレムたちの引き起こす神秘的な光景が」

 六人全員が止まる。こっちを見て止まる。肝でもつぶされたみたいに止まる。

「どうしたの?」

 切り分けた塩振りキャベツの塊を俺は六人に放り投げる。

「一部始終を見ていたのか?」

 血豆だらけの手でキャッチした大猩猩人族(クォリラ)タオピオに聞かれて俺は首を振る。

「いや。俺はここでバカンス中だから、あそこで飯を食いまくっている女子四人にサンオイルを塗っていただけ。何も見ていない」

 というか、

 見るまでもない。聞くまでもない。主役の誕生。

「……アンタの言う通りだぜ」

「ついでに香児たちは連合国軍からいなくなったかな?」

 キャベツを噛む音すら途中で止まる。葉を千切るのも止まる。

「!?……ええ。そうよ」

 見るまでもない。聞くまでもない。別の主役の誕生。

「そっか。それはそれできっと大騒ぎだっただろうね。あくまで(かん)だけど、トナオは西に向かって、香児たちは西以外……おそらく南に向かったんじゃないかな?」

 俺は亜空間ノモリガミから自分用に取り出した秘蔵のトマトをかじりつつ、物憂(ものう)げに確認する。魔獣女子四人はトマトがそんなに好きじゃないから、トマトはほとんど俺専用。超ンマイ!

「なぁ。アンタ本当に、最初から全て仕組んでたんじゃねぇのか?」

「仕組んではいない。でも予測はしていた。ヒトの心を(しば)ることはできないけれど、ヒトの考えることは予測できるから」

 石の王として生きろ。

 漂う香のごとく自由に生きろ。

 そう俺に宣告された仲間たちの末路を想像するのは難しくない。

「お前さんの言う通り来たさ。ニデルメイエールのキノコ野郎どもが」

 大猩猩人族(クォリラ)のタオピオが、ゴリラみたいに大きな腕を動かす。腕は、手は、筋肉の塊みたいな肩にできた新しい傷口にあてられる。剛毛筋肉ダルマのこの冒険者を傷つけられる兵士がニデルメイエールにもいたんだ。へぇ。ゴーレムの投石?それとも新手の魔物かな?

 六人の話の続きによれば、スピールドノーヌ率いるニデルメイエール軍が去った後、()りもせず今度はルリジューズとかいう女帝狂信者みたいなゴキブリ女将軍がルアラバ盆地に現れたらしい。(ひき)いるニデルメイエール軍キノコ兵は推定20万。ゴーレムは10体。

「アダマンタイトゴーレムのトナオさんが先陣切って敵を攪乱してくれたの」

 さすがトナオ。頼もしい。人質効果だね。

「我々はゆえに、トナオの討ち漏らした、あるいは弱らせてもらったキノコ兵を退治すればよかった」

「怖かったのは味方の恐慌よ。蜚蠊人族(ケチョア)のルリジューズ将軍が叫びながら魔法剣みたいなものを振り回してこっちの兵を殺しまくるせいでパニック状態になって……」

「アダマンタイト坊主の渾身の投石すら、あの剣は斬りやがった。そりゃびびる」

「結局戦力になったのはスピールドノーヌ戦で地獄を見た連隊兵だけだった」

「あのマスクを付けた将軍が戦車とともに通過した後、首が繋がっていたのはアダマンタイトスコップを持っていた者だけでした」

 それぞれの恐怖を語る六人。トマトを齧りながらそれを聞く俺。それにしても塩トマト最高。もう三個も食べちゃった。

「敵の大軍を押しとどめるためにトナオが一か所から動けず、それで敵のゴキブリ将軍が戦場を掻きまわして君たちの連合国軍の戦力は徐々に劣勢になった。それで話のオチは?」

 六人は顔を見合わせる。そしてこちらを見る。

「敵のゴーレムが、寝返ってくれた」

「おかげで、なんとかなったわ」

 やっと話が山場に入る。長かった。もうトマトはいいや。

「そりゃ巨大なアダマンタイトゴーレムを見れば感動するだろうね」

 軍略家のスピールドノーヌと違い、力押しで攻めてきたルリジューズだったけど、青いアダマンタイトゴーレムの雄姿を見て寝返ったゴーレム10体が左翼右翼から逆にニデルメイエール軍を挟み撃ち。投石地獄をキノコ兵たちに見舞ったとか。オモロ~。

「しかも、いつの間にかたくさんのゴーレムが現れた……」

 黄金虫人族のスタヴァンが夜空を見ながら塩キャベツをかじる。うなずく他の五人。

 応援に駆け付けた石人族たちが「変身」し、さらなる投石を行う。

 こうしてニデルメイエール20万の大軍団は崩壊。ゴキブリ女将軍も戦車を投石で潰された後はトナオのように止まって戦う羽目になり、とうとう武器を奪われとっ捕まったとか。

「いろんな意味でやばかったのは、敵の将軍を守っていた変な魔物だ。俺達連合国軍の、特にアルパカ団の面子(めんつ)は結局コイツにほとんどやられたようなもんだ」

 悔しそうに地面を殴る土竜人族(ティクスタナ)ロウォーレン。

「どんな敵だったの?」

「ゴブリンのような姿なのだが、再生能力が尋常(じんじょう)ではないのだ」

 言って肩の傷口をさする大猩猩人族(クォリラ)タオピオ。

「体を切り落とすとそこからまた新しい体が生えてくる。攻撃すればするほど数が増える狂った魔物だ。第十三連隊兵による集団攻撃ならなんとかならぬ強さではなかったはずだが、第十三連隊は解散され他の連隊に組み込まれているため連携が全くとれず、多くが殺されて食われた」

「それは気の毒に。アダマンタイトの資源管理なんてやらずに集団攻撃の訓練をやれれば回避できたかもしれないね」

 全ての原因を作った者として、俺はおっとりと笑みを浮かべる。やり場のある怒りなのに、それをやり場のない怒りに変えている六人を観察する。誰も俺と眼を合わせようとしない。

「アダマンタイトゴーレムのトナオさん。敵ゴーレムの寝返り。そして救援に駆けつけてくれたゴーレム。かれらゴーレムのおかげでニデルメイエール軍は壊滅して去っていきました」

 終止符を打ち終わると、ようやく狐人族のテレーニョがこちらを見る。

 女帝を裏切り、あるいはトナオのもとに集ったゴーレムは合計するとなんと112体。

 すごい。

 それらがニデルメイエール軍を打ち破った。

 蜚蠊人族(ケチョア)の女将軍ルリジューズは生きたまま捕まえて両手足の腱を切ったのまでは良かったけれど、声が聞き取りにくいガスマスクを無理に外したせいで、いろいろ自白させる前に死亡。

 そうそう、モルガーニ将軍も含めて連合軍幹部に聞かれなかったから彼らに言わなかったけど、ガスマスクがないとあの連中は死んじゃう。あっけなくてお手軽な命だね。

「敵将が死んだって聞いたとき、連合国軍は、俺達も含めてそりゃ喜んだ」

「無敵だと思っていた女帝の軍隊を二度も退けたのよ?当然よ」

「ああ。無邪気に喜んだ」

「ええ。恥ずかしながら、自分たちは〝強い〟と錯覚してしまいました」

 六人の表情が沈む。あ、この展開はもしかすると……

「羊人族セムと鬼人族の五人はどうなったの?」

「要塞内に侵入した先ほどの分裂魔物のせいで、六名とも……その、亡くなられました」

「そっか。それは悲しい末路だ」

 悲劇の幕が上がった。ため息も、指じゃんけんも、俺の奈落は飲み込んだ。

 セブ。タクロ。コレヒド。ラワーグ。ピミポン。パゴー。

 おつかれさま。

 そしておかえりなさい。

 さびしくなんてないよ。だって俺の書いた悲劇は………

「きっとそのせいだと思いますが、トナオ様は地が揺れるほど激しく()かれ、そして時を待たずして、アダマンタイト結晶と、集った全てのゴーレムとともに、西に向かわれました」

「女帝を殺すために、だろうね」

「風の噂では女帝は連邦の西端の国コルメラにいるそうなので、おそらくそうでしょう」

「香児たちは?」

「あの御三方は戦場で相変わらず戦乙女として、我々をあの強い芳香で励ましてくださいました」

「チクオンキとかいうあの化け物を槍でグッサグッサ刺しまくっていたぜ」

「で、勝った後はお偉方に気に入られたとか?」

 戦場の話は飽きたので、核心だけ六人に確認する。

「はい。それはもうたいそう。……准将軍たちは香児を巡って争うほどに」

「だよね。強いし、美しいし、そして何より香りがいい」

「あたし、見た。あの偉そうな連中が、夜を一緒に過ごすように彼女たちに強要してるところ」

 同性の蝙蝠人族(クルワラ)レイロースが両手で腕をさすり、痛々しそうにつぶやく。

「それで、か」

 そう。俺の書いた悲劇は、六人の犠牲だけじゃ終わらない。

「ああ。たぶんそうだろう」

 戦乙女はニデルメイエール軍の第二波が去った後、准将軍を殺して脱走したらしい。見つかった准将軍の死体はみな裸で、股間を切り落とされてそれを口に詰め込まれていたとか。男ならぞっとするし、貞操を無理やり奪われそうになった女なら愉快な話だね。

「御三方はみなに大変優しく、戦場でも勇敢に戦われておりました。それもあって、御三方がいなくなった話は盆地に集う人々にすぐさま伝わりました」

「それで?」

 六人はここで一度言葉を切る。互いに目配せして、どの順番から伝えたらいいのかを考えているふうだった。

「第十三連隊ナガツ特別参謀による一度目のニデルメイエール軍撃退後、ベスピオ同盟に連邦各国が競うように加盟したらしく、その協力の証として食糧がルアラバ盆地に大量に集められたのです」

 結局最初に口火を切ったのは、連合国軍の中枢に留まれたテレーニョ。

「だけどよ、それをちゃんと配らねぇんだ。軍の上層部の連中は」

「転売してるって噂も聞いたよ」

 こちらの思い描いた筋書きから外れないことで、逆に憐れみすら覚える。

 ニデルメイエール敗北の報を聞き、同盟に賛同する国々。けれど兵士は送らず食糧だけ送り同盟への誠意を表面的に示す。食糧支援は民の口に入るまで責任をもたなければ意味がないけど、それが分からない。分かっていても知らないふりをする。果たして支援物資はうまく民の口に届かない。一方で立て続けに起こる英雄たちの不遇。不幸。民からしてみれば、諸悪の根源は兵士にしか見えない。学ばない連中だね。ほんと。それとも学んでいないのかな。学ぶ能力がないのかな。ホントに笑うしかない。

「食い物にありつける兵士はまだいい。ルアラバに(つど)った民衆に食糧が十分に行き届かなかった。そこが問題だったのだ」

 食料支援の情報は難民のもとに入ってくる。けれど肝心の食糧はいつまでたっても不足している。不満が募つのは当然。暴動が起きるのも当然。殺しが起きるのも当然。略奪が起きるのも当然。

「そして難民の一部は、三人の戦乙女を追って魔の森に行った」

 言いながらキャベツを食べ終えたロウォーレンが手を合わせて感謝の意を示してくる。

「一部って言っても十万は超えていたぜ、ありゃ」

「今だったらもっと増えているかも」

 みんな食べ終えた。さて。

「話は分かったよ。それで君たちはどうしてここにいるの?連合国軍兵士だったら要塞と盆地の治安維持と難民への食糧配給が仕事じゃないの?軍務を放棄して山登りなんてしている場合じゃないんじゃない?」

 六人がおし黙る。なぜか(つら)そうな表情を浮かべてる。

 俺は焚火で温めているやかんの湯を、作ったばかりの耐熱ガラスのコップ六つに注ぐ。

「今この瞬間も無法地帯状態のルアラバ盆地できっと、奪ったり奪われたり、殺したり殺されたりしてるよ。身内同士で」

 白湯の入った六つのコップをそれぞれに渡す。

「平気なの?」

「「「「「「……」」」」」」

「それこそまるで地獄……違うか。〝無法〟なんてこの世そのものだから、ただの野生(やせい)だね」

「ああ。地獄じゃねぇ。地獄はもう見た。アンタのおかげで」

 六人がこっちを見る。変な目力が籠ってる。何を考えてるの?

「それで?言っておくけど治安維持(しりぬぐい)のために俺はルアラバ盆地に戻るつもりなんて毛頭(もうとう)ないよ?」

 姿勢はそのままで、俺は灼眼(レッドアイ)にする。それでも六人はこっちをじっと見つめている。

「私たちは、逃げてきました。烏合(うごう)の衆であり、弱者に過ぎない集団から」

「だから何?こうやってキャベツを食べさせて欲しいの?それならトナオか香児を追いなよ。俺は面倒ごとはゴメンだ」

「違う。もう、そんなことは望んじゃいない」

「じゃあ、何を望むの?弱者に過ぎない集団の分際(ぶんざい)で」

 六人は互いの顔を見る。頷く。もう一度俺の赤い眼を見る。

「女帝を倒すために、もう一度私たちを指揮してください」

 テレーニョが俺に向かって頭を下げる。続いて五人の亜人族が頭を下げる。

「女帝を倒したいならトナオたちゴーレムについていきなよ」

「そのゴーレムを操っている女帝が相手だ。女帝の前でまた洗脳されるかもしれねぇ」

「されないかもしれないよ?」

「勝てるかどうかわからねぇ賭けはしたくない。アンタが指揮すれば、絶対に勝てる」

「それは分からないけれど、仮に勝てるとすれば、その時俺の指揮を受けている兵士は君たちじゃない。なぜなら君たちは弱すぎるから。女帝を相手にする戦闘力にならない」

「「「「「「……」」」」」」

「俺は絶対に負けない。なぜならあらゆるものを犠牲に出来るから。俺には犠牲に出来ない制約がない。だから断じて負けない」

 俺は亜空間ノモリガミから小さな革袋を取り出す。

「とどのつまり、俺の抱える問題は、犠牲にする存在を選ぶこと。言っている意味が分かるかな?」

 中から手のひらに取り出したのは、アクアマリンとトパーズ。敵将スピールドノーヌの基地らしき場所に残されていた宝石。俺の唯一の戦利品。トパーズは粗悪品ばかりだけれど、アクアマリンはどれも一級品。小粒、中粒、大粒。いずれも淡くて強い、海のような色の宝石。

「聖軍人スピールドノーヌの返還。羊人族と鬼人族の死。トナオらゴーレムの西進。これは女帝リチェルカーレをこちらに呼び寄せるための犠牲。解放した香児三人の逃避とそれを追う難民の集団移動は、魔の大森林ルバートを強行突破させて南のアントピウス聖皇国を脅かすための犠牲。この二つの物語のために、俺は幾多の犠牲者を選んだ」

 トパーズを火にくべる。アクアマリンだけが残る。

「あとは俺が女帝を迎え撃つだけ。それまでに最後の犠牲者を選択し、兵士(ソルジャー)として用意する」

「「「「「「……」」」」」」

「最後の犠牲者は完全な捨て石。女帝を迎え撃つために死なせる集団。それは最強でなければならない。そして俺はそれを古巣に持ち帰らない。だから最後は必ず死んでもらう。なぜなら最強だから。女帝のように危険なものを放置していくほど俺は無法者じゃない。ちゃんと最後は死ぬ最強の兵士。それを拵えて女帝に挑む」

 灼眼を止める。菫色の瞳に戻す。


「〝それ〟になりたいのなら、〝そう〟してもいいよ?」


 六人は項垂れるように下を向く。たき火の小さく爆ぜる音と、魔獣女子たちのカラオケ大会の声だけが闇夜に響く。クリスティナが音痴過ぎてちょっと引く。ソフィーが早口ラップを歌えているのはもっと引く。っていうかラップなんてこの異世界にあったんだ。アントピウスでもイラクビルでもマルコジェノバでも聞いたことないんですけど。海の中だけで流行ってたの?プロレス技を知っている以上に不思議~。

「一週間死ぬほど雨が降ったら、そのあと一週間カラカラに乾燥する。それが繰り返されるだけの詰まらねぇ日常だった」

 ん?

「それすら倦んでいたけれど、その日常が幸せだったと今は気づけたわ」

 で?

「気づかせてくれたのは、女帝リチェルカーレ、か」

 ほう。

「何気ねぇ日常をぶち壊し、皆殺しにし、全てを奪いつくしてキノコに変える、クソだ」

 ふふ。

「女帝がいる限り、元の日常は戻らぬ」

 つまり?

「元の日常を、馬鹿みたいにささやかな幸せを、取り戻したいです」

 誰のために?


「「「「「「マルコジェノバのために」」」」」」


「そこに自分たちが入っていないのは、分かってる?」

 六人が頷く。

「そこに自分たちは入れないのも、分かってる?」

 六人が頷く。

「繰り返すけれど、俺が最後に必要としている犠牲者は、女帝との戦争が終わった後、必ず死ぬことになる兵隊。強い力を得た代償に、最後は確実に死に、アダマンタイトのごとく石になる兵隊。そんな儚い、死の部隊。本当に〝それ〟になる覚悟はあるの?」

 六人は、けれど、頷く。ためらうことなく。

「すごいね。でもこの崖の下にいる彼らは違うかもしれないよ」

 六人はそこでようやく、(うつむ)く。人の心を縛ることはできない。仲間とは言え、自分と全く同じ人じゃない。自分じゃない奴が自分たちと同じ覚悟をもっているとは限らない。

「実はまだアダマンタイトを十八トンくらい俺は持っている。そしてそれを使ってあのドロブネの表層をコーティングするつもりなんだ。何故(なぜ)かは想像つくよね?エサだよ。輝くアダマンタイトの大結晶がこんなところにあれば遠くからもよく見える。しかもその立地(りっち)はオキシン国で信仰の対象となっている聖地エアボーンズロック。突如希少(きしょう)鉱物(こうぶつ)が大量出現しても違和感を覚えにくい」

 俺はアクアマリンの大粒を一つだけつまみ上げ、火に照らしてじっと見る。炎の揺らめきに合わせて鉱物の中の光と闇が一瞬毎に姿を変えてぶつかり、弾けあう。それは遊んでいるようにも見えるし、戦っているようにも見える。あのおじいちゃんもきっと、〝これ〟を楽しんだんだろうね。「石」は本当に素敵だ。みんな「石」になれればいいのにね。

「ルアラバ盆地から流出したアダマンタイトの小粒結晶とその情報のおかげで、エサにつられてくる間抜けには事欠かない。そして集ってきた軍隊なり盗賊団なり冒険者なりを俺が楽しく改造する予定だったんだ。だってそれなら罪悪感がないでしょ?食虫植物にたかるハエが罠にはまって死ぬのと同じだ。死と蜜の区別はつかずとも、自分から死を選択した相手に、俺は同情しない。崖の下で俺が待ち構えて武器を向けてくればそいつを改造するし、俺が止めるのも聞かず崖をよじ登って落ちても俺は改造する。もっともそいつらは意志をもたないニデルメイエールのキノコ兵と同じように改造する。だから「個」としては少し弱い。けれどたくさん用意して最強にする。女帝と同じように」

 言葉の裏に気づきハッとした顔をするテレーニョを無視し、「さて」と言って俺はアクアマリンを袋にしまい、立ち上がる。

 満天の星空を見上げる。

「ここまで昇れた報酬は、キャベツとお水と今の情報だけ。要するにキミたちの代わりは用意できるからヨウナシってこと」

 六人の〝死にたがり〟に俺は忠告する。

「「個」として強くなるために何もかも差し出す。文字通り何もかも。それができるというなら、夜明けまでこの聖地の(ふもと)にいるといい。できないならルアラバ盆地に帰るなりどこぞの国に散るなり山賊になるなり好きにしなよ。繰り返すけれど、最強兵の替わりはいる。時間は少しかかるけれど、その間の時間稼ぎはトナオたちゴーレムとベスピオ同盟に加入した連中がやってくれる」

 俺はボイスパーカッションをやって白熱しているモチカたちに頼み、六人を(ふもと)に下ろした。


「星、キレイですね」

「そうだね。元の世界にもあったけれど、こんなにきれいにはいつも見えなかった」

「あれはパンケーキ座ね。そしてそこの星と星をつないだのがシュークリーム座よ」

「お姉ちゃん勝手に命名してるだけでしょ」

「あれが~イカリボシ~ってむかし~船乗りの人が教えてくれた~」

(あに)(さま)、星はなぜ光っているのですか?幼いころ私は、先祖の魂が天に召されて光るのだと教えられましたが、それは本当ですか?」

「それでたぶんあってるよ。死んで、天に召されて、船の(いかり)の形をとったりパンケーキやシュークリームみたいな形をとってる。そうやって想像するしかない。誰も(そば)で見て、戻って語った者はいないから。軽いガスが集まって塊になって燃えているなんて話も聞いたことがあるけれど、本当かどうかは誰にも分からない」

 魔物の羽毛布団の上、魔獣女子四人にピッタリくっつかれて横になりながら、俺は底抜けに暗く、そして無数の星の瞬く天を仰ぐ。

 この異世界(パイガ)は星の運行まで緻密(ちみつ)かつ稠密(ちゅうみつ)に再現されている。

 この世界の創造主は本当にすごい。星がこれだけ散りばめられているのに夜空を暗くできるということは、ひょっとして光よりも早い速度で宇宙(うちゅう)空間(くうかん)膨張(ぼうちょう)させて、星を数百万光年(こうねん)彼方(かなた)まで運んでいるのかな?それともあれはただの遠くに飾られた核融合(かくゆうごう)照明?確認したいけれど、俺の感知能力だとそれはまだ難しい。

 創造主がいるとすれば宇宙は有限(ゆうげん)かな?宇宙には果てがある?それともただのシミュレーションゲーム?創造主が世界を造るのに飽きて電源を落としたら何もかも消えてしまう有限宇宙シミュレーション?

 そうじゃなくて宇宙が無限だとしたら、別の宇宙も無限個あって、俺と同じような組成の奴がとこかの宇宙にいるのかな?無限個の宇宙があるなら俺と同じ奴がいる確率も無限。

 そしてそいつもやっぱり(こわ)れていて、異世界に飛ばされて、双子の妹や幼馴染(おさななじみ)の尻ぬぐいをしたり、大事なドクロ仲間や精霊(せいれい)()きの鉱人族(ドワーフ)を傷つけられて、その犯人を見つけるために幾多の犠牲を払いながらこうして夜空を見上げているのかな?

 そんなことを考えながら俺は「カンダチ」で麓の様子を静かに観察する。

 一か月も香児から離れ、しかも俺にアーモンドオイルを塗りたくられて体臭をアーモンドと焼肉臭に戻した魔獣女子のニオイとは別の、ボロボロの兵士たちの臭い。

 殺気だったニオイもなく、焦燥のニオイもない。

 寝ているのかな。

 まさかね。アダマンタイトスコップを渡された時と同じかそれ以上に騒ぐと思うんだけど。

 でもやっぱり、去っていくニオイもある。

 明日が楽しみだから目で確かめるのはやめよう。「カンダチ」もやめる。

「お姉ちゃん。そろそろ交代」

「何を言ってるの?パンケーキ座がまだ中天にあるうちはマソラの隣は私って言ったはずよ?」

「お姉ちゃんの言うパンケーキ座ってどれか分からないもん!」

「ソフィー。そろそろ交代の時間だな」

「いいの~?」

「ああ。兄様のニオイをこんなに近くで嗅げたし兄様の堅いのもさりげなく感じられた。それにソフィーの胸を背中に当てられているとちょっとというかかなり悔しい」

「よく分からないけどじゃあこうた~い」

「あ、ほんとね。マソラ、私とモチカのどっちを考えて硬くしたの?」

「お触り禁止。イザベルはクリスティナと交代」

「ちょっ、ソフィー!このタコ足!変なところに当たるのだが!くふんっ!」

「ごめ~ん」

 寝返りを打てないほど魔獣女子にぴったりとくっつかれたまま、俺は星を目で追いかけながら、夜が明けるのを待った。


「へぇ、君らまで来ていたんだ」

 翌朝。まだ乾季。

 エアボーンズロックを魔獣女子とともに降りた俺は五人の元第十三連隊大隊長の貴族を見て驚く。

「いいの?本当に」

 俺は五人を覗き込むように見ながら問う。

「どこにいようとどうせ私は無能だ。無能のとりえは真に強い者に全部差し出すこと!」

 人間族のカチュワンが自信満々に「無能」を叫ぶ。

「自分でもなんでこんな身分にいるのかわからない!だからこそ何か一つでもやり遂げ、この身分に生まれたことを誇りに思って死にたい!」

 人間族のニトバがカチュワンに続く。

「永らく何のために生まれてきたのか分からなかったが、女帝を倒して死ねるなら、少しくらいは意味のある人生だったって思える気がしたのだ」

 最初からボコボコのアダマンタイト墓標(ぼひょう)(たて)をなでながら、人間族のコロンビが告げる。

「一族の皆からバカにされて育ったわ。だから最後は最高のバカをやって死んでやるの」

 手入れされた長い髪をどこかでばっさり切ったらしい人間族のレゴンが宣言する。

「妻にも子どもにも逃げられた。失う者なんてない。それどころか、あの女帝本人を相手に戦って死ねるなら本望だ」

 五人の元大隊長たちに貴族のニオイはもうない。そのニオイは、傍に立つ元特別補佐の元冒険者五人みたい。

 で、やっぱり残っていたのは、スコップを持つ元兵站専門部隊大隊長トリプラ。鷹人族(ウラウン)だけ昨日こなかったのはこの連中を束ねていたからだろう。ニヒヒと笑ってる。この死にたがりめ。

「元第十三連隊兵2708名、さらにここにいる元第十三連隊大隊長五名カチュワン・ルベシベ、ニトバ・ワッサム、コロンビ・ショカン、レゴン・クッチャン、ケペック・ナナエと元兵站部隊大隊長トリプラ・ミゾラム、そして大隊長特別補佐五名トルネ・カマップ、ロウォーレン・モヨユリ、レイロース・ペテガリ、スタヴァン・サンル、タオピオ・チライベ。最後に私、元第十三連隊一般参謀のテレーニョ・クートラ。合計2720名が再びナガツマソラ特別参謀の指揮を仰ぐべく、〝強くなる〟べく、この地に残りました!!!」

 テレーニョが叫び終わると、全員が俺に敬礼してくる。

「……分かった」

 封印されし言葉「ミガモリ」を使い、ガラスの拡声器を作る。

 こんなに馬鹿が多いとは思わなかったよ。

 どいつもこいつもみんな死にたがり。

 ヒトデナシのロクデナシ。

「諸君!君たちの前にいるのは希望ではない!君たちの前にいるのは食べ物を与えてくれる王ではない!君たちの前にいるのはアダマンタイトで武装したゴーレムではない!君たちの前にいるのは洗脳の力をもった女帝ではない!」

 亜空間から取り出したアダマンタイトを足元で固めつつ、身体を持ち上げながら俺は叫ぶ。ガラスの拡声器が俺を追いかけて伸び、さらに広がる。

「君たちの目の前にいる男は軍を追われ、アダマンタイトを失い、アダマンタイトゴーレムを失い、職場の同僚を失い、戦乙女を失った!しかも全てを承知で仲間を失い、仲間を誰かにくれてやったヒトデナシのロクデナシだ。俺は意地が悪い!俺は容赦がない!」

 アダマンタイトの土台に浮かべる、元第十三連隊の戦死者の名。そこにはさらに、羊人族と鬼人族五人の名前が増えている。

「そんな俺の()()はただ一つ。それは闇であること!無辺際の広大な闇!俺の闇は負けない!俺の闇は薄れない!俺の闇は何者にも染まらない!全てを呑み込む闇!それが俺だ!」

 俺を見つめる〝戦死者予備軍〟たち2720名の認識票(ドッグタグ)を光らせる。驚いて一度自分のアダマンタイトタグを見てもう一度俺を見上げた時、彼らの目には灼眼(レッドアイ)のヒトデナシが映る。

「俺の闇に呑み込まれたら最後、二度と人ではいられなくなる!正真正銘のバケモノになる!命も希望も歌も香りもない!ただの闇の分泌物!闇の力に肉も骨も(むしば)まれる!」

 俺の目の前のガラスの一部がのたうち、集まり、凝縮する。

「ただし!」

 ガラスは女の形になる。シズクイシヒトミのような形になる。女帝の胸像になる。

「闇に呑まれて死ぬまでの(つか)の間!このマルコジェノバを歌で支配しようとする女帝の震え上がる姿が見られる!!それを見たい!女帝を倒したい!」

 俺は握りこぶしで胸像を殴り飛ばす。胸像の首が粉々に砕け散る。その代償に、俺の右手はガラスが突き刺さり、血まみれになる。

「そんなバカな考えを持つ大バカはどこにいる!!??」


「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおお――っ!!!!!!」」」」」」」」」」


 地面が割れるほどの雄叫びと振り上げられる武器やスコップを見ながら、俺は血まみれの右手を動かし、魔獣女子四人に合図する。一同が俺の手が示す方向に体を向ける。

「これ、眼が回るのよね」「すぐに逆回転するから何とかなるし、それとご褒美にソフィーとモチカより少し多くおやつもらえるからがんばろ!」

「二人とも~はじめるよ~」「用意はいいか!行くぞ!」「「せーのっ!」」

 武器を手にしたままの状態でトライデントの白銀の鎖を巻き付けられたイザベルとクリスティナが、鎖を一気に手繰り寄せたソフィーとモチカによってブンブンゴマのコマのように凄まじい速度で回転し、地面をドリルのように掘る。しかも風の刃もあって穴は大きく広がり、たちまちその場はクレーターとなる。

 魔獣女子四人がクレーターから俺の元に戻ってくる。

 かわりに俺はそのクレーターをガラスでコーティングしつつ、亜空間サイノカワラから冷たい精油を取り出して満たしていく。闇で精製した危険な油。

「死にたがり屋のロクデナシども!!ヒトデナシのバケモノになりたかったら油を頭からかぶれ!!!」

 なんて言ったら大変なことが起きた。

 油のプールに飛び込む変人さんが続出。

 そりゃ頭から被れっていったけど、水と違うから飛び込んだら戦う前に溺れて死んじゃうかもしれないってのに。

「まぁいいか。とにかくこれで準備は完了。タカラブネ作戦は早々にお開きっと」

 水遊びではしゃぐ子どものごとく、兜や盾に闇の油を満たして掛け合いっ子をしている大隊長や特別補佐。誰も彼も油まみれで、陽光の中で宝石のようにキラキラと輝いている。ロウソクの(しん)が燃え尽きる直前で一段と強く燃え盛るように、輝いている。

 その姿を目に焼き付けつつ、俺は魔獣女子四人にご褒美(ほうび)のバナナシフォンケーキを渡した。


lUNAE LUMEN


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