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第二部 歌神香児篇 その十一

うまれし国を恥づること。

古びし恋をなげくこと。

否定をいたくこのむこと。

あまりにわれを知れること。

盃とれば酔ざめの

悲しさをまづ思ふこと。

              佐藤春夫 『病』

挿絵(By みてみん) 


10.地獄


 アーキア(ちょう)大陸(たいりく)北西部(ほくせいぶ)

 クリプトクロム国アムティマン州ティエス市。

 カルカン平野(へいや)即席(そくせき)基地(きち)〝ドロブネ〟にて。

「はぁ」

 雨季(うき)はじめの大雨の中、小さなため息が基地内に響く。それもけっこうたくさん。どれどれ。

「はぁ」

 羊人族(ドンバ)のセブを始め、年老(としお)いた兵站(へいたん)部隊(ぶたい)の女たちが取れたてキノコの山に手を突っ込んでは、アダマンタイトスコップで()った大穴の中にポイポイキノコを捨てていく。穴に捨てられたキノコを見てみる。

 ケショウハツ、ニガクリタケ、ツキヨタケ、モエギタケ、クサウラベニタケ、オオキヌハダトマヤタケ、ヤグラタケ、カキシメジ、テングタケ、ドクツルタケ……。

 さすが。(かめ)(こう)より年の(こう)

 鑑別(かんべつ)スキルなんてないのにちゃんと毒キノコを分別して捨ててる。すごいすごい。こうしてキノコの山は小さくなっていくけれど、ちゃんと〝食べられる〟キノコの山になっていく。

「さてさて」

 俺は()れている唐笠(からかさ)を再びさし、基地ドロブネから出る。六人の護衛(ごえい)がついてくる。笠を(たた)く雨音はさっきにも()して激しい。

 そして誰も彼も(いそが)しい。

 腸まで冷えるような寒い雨の中、基地ドロブネの周囲では連隊全員を動員した大規模魔物狩り。

 目的は兵士たちのレベルアップと、一万人を超える連隊員の糧食(りょうしょく)の確保。

 魔獣女子四人が運んでくる生きのいい魔物を第十三連隊の兵士たちが必死に()る。泥まみれ、汗まみれ、傷だらけ。

 もう恐怖の色はないね。ただ死ぬほど疲れている。そしてそれに耐えている。

 そう。それでいい。

 みんな平和ボケした間抜(まぬ)(づら)じゃなくなって、(けもの)みたいな、張り詰めた形相(ぎょうそう)になってきた。

 素敵(すてき)。素敵。

 獲物(えもの)は殺して、食べる。

 この行為は本来命がけなんだ。それこそ獣みたいになってもらわないと困る。ただし狩る側はか弱いヒトの身。だから獣になっても、ヒトらしく協力して殺らないと、殺られる。

 協力。

 つまり集団攻撃。

 地獄(じごく)のようなモンスターハンティングは五つの大隊が同時並行で行っている。

 雨の中の〝冷たい〟修羅場(しゅらば)を千人規模の大隊が様々な陣形(じんけい)を組み、防御(ぼうぎょ)に回れば敵の中央(ちゅうおう)突破(とっぱ)(はば)み、攻撃(こうげき)に回れば(しゅ)(こう)助攻(じょこう)機動(きどう)を命がけで(ため)しながら、獰猛(どうもう)な魔物たちをかろうじて退治していく。

 ピイイイイイイイイ―――ッ!!

 戦車に乗る大隊長(だいたいちょう)たちの鳴子(なるこ)(ぶえ)(するど)(ひび)く。馬に乗る大隊長特別(とくべつ)補佐(ほさ)怒鳴(どな)りながらアダマンタイト製の十手(じって)を振って合図する。

 さすがレベルの高い冒険者たちだ。

 攻撃と防御以外の使い方を見つけたみたいだね。

 魔力素(まりょくそ)の通し方によっては、アダマンタイトは青い蛍光(けいこう)を発する。それに気づいた五人の特別補佐たちは十手を警備員(けいびいん)蛍光(けいこう)(ぼう)みたいに使っている。あれなら雨季の戦闘中でも目立つ。感心(かんしん)。感心。

 雨の中の俺は、再び基地ドロブネの中に視線だけ戻す。

 集めた木で火を起こして石を焼き、さらには穴を掘って集めた雨水を焼き石で()かし、ついでにキノコの選別(せんべつ)やら薬草(やくそう)調合(ちょうごう)によるポーションづくりや食材の調理(ちょうり)をしているスコップ老女や子どもたちのいる兵站所(へいたんじょ)。〝そっち〟ではない方を見る。

 雨こそ当たらないが〝こっち〟も大変。

 つまり治療所(ちりょうじょ)

 一般(いっぱん)参謀(さんぼう)の三人サラゴザ、カストゥエラ、ヘミセットと連隊(れんたい)(ちょう)エイモスも()じり、彼らは彼らで〝熱い〟修羅場(しゅらば)()ごしている。というか過ごさせている。

 ブフウウウウッ!!!

 ウマイヌの()(きゅう)急車(きゅうしゃ)が爆走しながら前線(ぜんせん)離脱(りだつ)し、急ぎ基地(きち)に向かってくる。走りっぱなしで全身から湯気(ゆげ)を上げるウマイヌは輸送車両を曳きつつ、泥をはね飛ばし、基地ドロブネの治療所に到着(とうちゃく)修羅馬(しゅらば)。修羅場。

 人も動物も容赦(ようしゃ)なく忙しい。馭者(ぎょしゃ)(さけ)ぶ。とびかかるような勢いで衛生兵(えいせいへい)が動く。

「はやく湯を運んでメスと(のこぎり)消毒(しょうどく)をしてください!」「分かっておる!あちちっ!」

参謀(さんぼう)麻酔(ますい)()りません!」「今作ってる!ああもう、エーテルで私がクラクラする!」

鉗子(かんし)!鉗子!」「カンシ?ああ、これであったか!」「そりゃガーゼです!寝ぼけないでください!あっちのハサミみたいなヤツです!早く!!」

 魔物(まもの)()りで兵士は当然ケガをする。その治療に幹部四人を手伝わせている。

 (みず)()ゲテモノ食いの次の地獄は、戦場(せんじょう)医療(いりょう)現場(げんば)という地獄。

 共通しているのは命を最前線(まぢか)直視(ちょくし)すること。

 治癒(ちゆ)魔法(まほう)の使えないボンクラ貴族(きぞく)の四人は俺が指導した衛生兵に(しか)られながら手術の手伝いに(てっ)する。血や肉、骨を見る恐怖で四人とも最初は(おび)え切っていたが、今はその仕事量の多さにただ圧倒され、身分もへったくれも関係なく、ひたすら目の前の仕事をこなしている。

 それでいい。

 怯えている場合じゃない。

 ここは戦場だ。

 怯えるのは、トラウマに苦しむのは、戦争から帰った後だ。

 今は全員、怯えちゃだめ。

 生かすための兵。殺すための兵になりきれ。

(ちょう)の端々(たんたん)吻合(ふんごう)終了!これより(へい)(ふく)縫合(ほうごう)に入ります!」

 それにしても、切断(せつだん)焼灼(しょうしゃく)くらいしかできなかった衛生兵の、糸と(はり)を使った縫合、だいぶマシになった。それなら縫合(ほうごう)不全(ふぜん)腹膜炎(ふくまくえん)を起こして死ぬ確率(かくりつ)は三割くらいに減るかな。治癒魔法の使い手が患者(かんじゃ)自身(じしん)の治癒力を高めて生存確率を上げてくれるといいね。

「待ってください!ガーゼカウントが合いません!」「体内をくまなく探せ!鉗子の数は!?カウントミスはないか!?」

「切る」と「縫う」を同時にできる自動縫合器(ステープラー)を用意しようかどうか(まよ)ったけれど、これは()めた。

 そこまでやったら、火薬(かやく)を知らない(さる)原子(げんし)爆弾(ばくだん)を与えるようなものだから、止める。

 原子爆弾よりやばい「(かみ)(つえ)」をシギラリア要塞(ようさい)に落としてきたクソが勝手にやるかもしれないけれど、それでも俺は止める。抗生物質(こうせいぶっしつ)消毒(しょうどく)麻酔(ますい)縫合(ほうごう)技術(ぎじゅつ)。ここまででおしまい。目的は人助けじゃない。名前を売るためにやってきただけのこと。

 目的は(つぶ)すこと。

「神の杖」を落としてきたクソを見つけ出して潰す。それがマソラ2号である俺がここに存在する理由。

 そのために、俺はここまでやっただけ。

「みんながんばって!今頃(いまごろ)スコップ組は地獄(じごく)を見てる!だからみんなも地獄を見続けて!」

 魔物を仕留めたばかりの兵士は肩で息をし、ウマイヌのように体中から湯気を上げながら天を(あお)ぐ。雨水(あまみず)を口に含み、再び(あご)を引く。武器を(かま)えなおす。大隊長の呼子(よびこ)(ぶえ)が再び鋭く鳴る。突撃する。大隊長特別補佐の十手(じって)急襲(きゅうしゅう)してきた魔物の(つめ)をしのぐ。十手の防御テクニックも悪くない。さすが。

 連隊兵を限界ギリギリに追い詰める魔物。

 フクロモグラ、チマウワヒョウ、オリオサル、イッソウワニ、アンギラサギ、カイコスクワガタムシ、ロゾーサンショウウオ、グアトループウサギ。

 ()(じゅう)女子(じょし)四人の探索(たんさく)能力(のうりょく)もまたすごい。

 よくこんなに色々な魔物を見つけてくる。生け捕りに出来るところがまたニクいね。

 イザベル、クリスティナ、ソフィー、モチカ。

 いつものことだけど、四人とも強すぎるよ。

 ドドドドドドドドドッ!!!!!!

 大隊が相手にする余裕がない魔物数匹が基地の前に立つ俺のところへ向かってくる。レベル40のチマウワヒョウ一匹とレベル38のカイコスクワガタムシ二匹。速いのと硬いのだね。

「ムフンッ!」

 アダマンタイトの棍棒(こんぼう)(にぎ)りしめた鬼人族(オーガ)四人がマンモスサイズのクワガタムシのハサミと突進(とっしん)を止める。タクロ、コレヒド、ラワーグ、プミポン。前よりさらに防御が手堅(てがた)くなった。

「ホウ!!」

 別の鬼人族一人がまずクワガタの一匹の頭部を棍棒で破壊する。そしてもう一匹のクワガタに飛び移る。いいねバゴー。四人も連携がよくとれてる。

 クワウッ!!

 それを見ている俺の(のど)(ぶえ)を食いちぎろうと(こけ)まみれのヒョウが口を開いてとびかかる。このままじゃ俺のお先は()(くら)。まぁ暗いのは最初からかもしれないけれど。

 ドスゥ――ンッ!!

 噛みつこうとしたチマウワヒョウが吹き飛び、俺の前から消える。

 そして俺の隣にはアダマンタイト結晶で全身を(おお)った青い少年。

 結晶を(まと)ったせいで、身長は俺と同じくらい。

「ありがとうトナオ」

 正拳上段突(せいけんじょうだんつ)きを頭部(とうぶ)にもろに食らったチマウワヒョウがヨロヨロと起き上がる。特殊(ユニーク)スキル「変身(へんしん)」を実行できる時間を少しでも長くするため、元の姿に限りなく近いサイズのアダマンタイトゴーレムは容赦なくヒョウに踏み込み、脳震盪(のうしんとう)回復(かいふく)する(ひま)を与えず中段(ちゅうだん)(まわ)()り。魔物の背骨(せぼね)(くだ)けるいい音が聞こえる。死体はそのまま兵站所(へいたんじょ)のほうへすっ飛んでいく。スコップ兵の子どもたちがタタタッと走っていき、スコップで魔物の(とど)めをさし、それをずるずる引きずって調理場(ちょうりば)へもっていき、さっさと解体(かいたい)を始める。

 俺の護衛は店舗(てんぽ)『ノンキンタン』の元スタッフで今は空手家(からてか)石人族(ゴーレム)一人と我流(がりゅう)の棍棒使い鬼人族(オーガ)五人。

 あとはみんなお出かけ中。

 魔獣女子の風人族(エルフ)イザベルとクリスティナ、蛸人族(クラーケン)ソフィーそして竜人族モチカは連隊兵約五千人のレベルアップのためにあちこち飛び回って魔物を連れてくる仕事。

 アダマンタイトスコップをもった兵站(へいたん)専門(せんもん)部隊(ぶたい)のうち男性老人は森林まで向かい、(だん)を取るための木材の伐採(ばっさい)と基地ドロブネまでの運搬(うんぱん)。要するに背骨が(きし)労苦(ろうく)。女性老人と子どもは木材と食糧もろもろの加工。要するに休む(ひま)のない労苦。

 どれもこれも地獄のような労苦。

 でもたぶん、一番大変なのが香児三人とアダマンタイトスコップをもった若手男女。

「ティラベリ山の中も〝キノコの山〟だろうね」

 アダマンタイトスコップをもった若手五千人と香児三人が向かったのはティラベリ山。このカルカン平野の南西五十キロ地点の山。標高(ひょうこう)は1994メートルと結構高い。

 (おどろ)いたことに、この山にはニデルメイエール軍の前衛(ぜんえい)部隊(ぶたい)がいた。規模(きぼ)は二千人。つまり二個大隊(だいたい)ぐらい。十三連隊への偵察(ていさつ)目的か奇襲(きしゅう)目的かは分からないけれど、少なくとも別動隊(べつどうたい)であることは確かだ。

 その存在は面白い。ニデルメイエール軍がただの烏合(うごう)の衆ではないことの証明として。

 ただし危険だ。ニデルメイエール軍がただの改造兵集団ではない可能性があるから。

 というわけでこの別動隊の撃滅を俺はスコップ兵団つまり兵站専門部隊の若手に任せた。兵站専門だから戦闘をまったくしなくていいということにはならない。彼らには基地と前線を結ぶ背後連絡線の警護という仕事がある。つまり戦闘に巻き込まれる恐れがある。だからコンバットトレーニングはやらせる。

 とは言え、スコップを用いた戦闘本を読んだことは俺にはない。

 だからこればかりは教えられない。

 そういうことで、「実戦で学んできて」と五千人の若者を俺は山の地獄に送り込んだ。

別動隊(べつどうたい)を用意するってことは、軍事的知識(テーブルマナー)は心得ていると思っていい。というわけで、山地における攻撃防御は機動(きどう)が制限されるから、歩兵(ほへい)部隊(ぶたい)が戦闘の主役のはず。ゴーレムが出たらイザベルたち俺の側近を送る。でも出でこなかったら救援(きゅうえん)は一切送らない。あとは情報を集めて意見を集約し、最後は君が一人で決めて。三本の山間(さんかん)道路(どうろ)がこのカルカン平野から別のブルーデンツ平野につながっているんだ。一本の山間道路に頼って山地を()えたら敵側の餌食(えじき)になると思う」

 一般(いっぱん)参謀(さんぼう)四人のうち唯一(ゆいいつ)アダマンタイトスコップを所有する元山賊団(さんぞくだん)『プサーコンドルの爪』の狐人族(ルバー)テレーニョにそう伝え、俺は大隊規模の若者スコップ男女集団とともに彼を送り出した。

 そして香児(こじ)三人。ナコト、エピゴノス、ルルイエ。

 俺から離れられることを喜ぶかと思っていたけれど戦地(せんち)に行けと聞いたせいか戸惑(とまど)っていた香児三人には「余計な心配はしないでお前たちは要らないものを脱ぎ捨てて戦乙女(ワルキューレ)らしく戦って」とエールを送る。ついでに「変な〝声〟を出すマキグソみたいな奴がいたらそれが本物のボスみたいなものだから、ボスはお前らが殺せ」と付け加えて。

 まあ、大丈夫だろう。

 (にお)(ぶくろ)と香児たちの(ちょう)強烈(きょうれつ)芳香(ほうこう)があれば、たぶん〝声〟があっても正気は取り戻せる。

 あとは自分たちの命で何もかも試せ。そこは地獄なんだから。

 ンンンンッ!!

「ん?」

 ああ、(わす)れてた。まだこんなところにいたのか。

「もう帰ってもいいって言っているのに、まだいるの?」

 兵士が(どろ)の中に転がっている。

 ある者は(すで)に息がなく冷たくなっていて、ある者は泥の中を必死に()いずり回っている。いずれも連合(れんごう)国軍(こくぐん)の別の連隊の紋章(もんしょう)がついている。

「アダマンタイトをよこせ」。

 アダマンタイトスコップをばらまいた時点から予測はしていたけれど、やっぱりがめつい連中はどこにでもいる。

 落ちこぼれを集めた第十三連隊が難攻不落(なんこうふらく)のビアリッツ山城(さんじょう)の『プサーコンドルの(つめ)』を落としただけでもニュースになる。そしてその後にアダマンタイトスコップなるものが大量に各地に散らばり、それを巡り結構な数の殺し合いが発生したとか。そりゃそうだろうね。

 で、逆に殺し合いが起きていなくて、しかもアダマンタイトの集積地はどこかと言えば、第十三連隊。つまり俺の所属する連隊の中の兵站専門部隊はアダマンタイトスコップを奪い合うことなく一人一本ずつ持っている。

 なぜか?って皆は考える。

 おそらく第十三連隊にはあまねくアダマンタイトが供給されているから。

 だからスコップを奪う殺し合いが起きないのだ……だとさ。

 この連中に聞いたらそういう料簡(りょうけん)だった。

 ちょっと違うんだよね。

 まあ、それはウチの連隊長(ボス)とのやりとりで感じただろう。

 アダマンタイトを他の連合国軍の連隊にも供出(きょうしゅつ)せよという通信使節団(しせつだん)は当たり前だけどまずエイモス(れん)隊長(たいちょう)の所へ顔を出す。

 けれどエイモスも一般参謀の三人も俺を気にして何も言わない。言えない。そしてついにたまりかねたエイモスは「ナガツマソラ特別参謀に一任する」と言って逃げる。

 正解。それでいい。

「アダマンタイト鉱床はもうありません。スコップを作るために全て使い切りました」と嘘を言ったところでいっこうに引き下がらず、ついには今第十三連隊が所有するアダマンタイトスコップの三分の二とアダマンタイトゴーレムのトナオをよこせと言ってきた「分からず屋さん」の欲張り二十三名。

 彼らには仕方がないのでアダマンタイトを〝彼らに〟プレゼントした。

 その一、アダマンタイトマスク。

 鼻の(あな)以外の全てを(ふさ)ぐデスマスクは顔にばっちりフィット。(てっ)仮面(かめん)みたい。

 その二、アダマンタイトグローブ。

 両手をグーのままに固定する小手(こて)は手の開閉(かいへい)を完全無効化。ネコ型ロボットの手にそっくり。

 その三、アダマンタイトスプリント。

 (ひざ)を曲げられない防具は正面(しょうめん)攻撃(こうげき)を防げるけど一度倒れたら最後、自力で立ち上がるのはかなり難しいという弱点がある。

 それらを強制(きょうせい)装着(そうちゃく)させてお引き取り願ったところ、いまだに基地ドロブネの前でもがいている。もう二時間くらい経つね。

 欲しかったアダマンタイトをあげたのに残念だ。結構奮発(ふんぱつ)したのに。

 本当はマスクしか上げる予定はなかったんだけど、マスクが一生脱げないと分かった途端、武器を振り回し始めたからグローブをつけてあげた。すると今度はグローブを振り回して攻撃してきたから仕方なく、倒れたら起き上がれないスプリントまで装着してあげた。

 自業自得だね。

 そうそう。そうやって這っておうちまで帰って魔法使いにアダマンタイトを外してもらうといい。Aランク以上の魔法使いならたぶんマスクに口の穴くらいあけてくれる。良心的で希少な魔法使いに出会えるといいね。それ以外だったらたぶん、肉を切ってアダマンタイトだけを奪うと思うよ。マスクの〝処理〟は壮絶だろうね。首を切り落として中身をほじくり出すのかな。いや違うな。俺だったら切り落とした首ごと鍋で煮るところから始めて……

「ンンン!!」

 俺の足にすがりつく一人のアダマンタイトマスク。トナオが殴って殺そうとするけれど、それを止める。マスクの耳の部分に魔力を通し、俺は穴をあける。

「なぁに?アダマンタイトが欲しいんでしょ?だからあげるよ。(いのち)代償(だいしょう)に」

 聴力(ちょうりょく)を回復した兵士は全力で首を左右に()る。ケモノのように(うな)って泣く。

「ごめんね。俺は散歩(さんぽ)で忙しいから話は終わり。風邪(かぜ)をひかないように気を付けて。まあその前に窒息死(ちっそくし)が待っていて、最後には餓死(がし)が待っていると思う。でもそもそも殺されるかもしれないね。アダマンタイトが死ぬほど欲しい君たちのような人の餌食になりそう」

 アダマンタイトマスクの耳の部分を再び魔法で塞ぐ。トナオがマスク兵を俺から引き()がし、雨中の(どろ)にぶん投げる。

目障(めざわ)りだし耳障(みみざわ)りだから、他のも遠くに投げちゃって」

 トナオにそう命じて、俺はイモムシのように地べたを這う他の連隊のマスク兵たちから離れる。まともに前に進めず、前がどこかもわからないなんて、さしずめ地獄だね。

 スンスン。

 下着の上にアダマンタイトの武装をさせただけの亜人族の芳香を俺は感知する。

 (りゅう)(のう)樟脳(しょうのう)、アンバーグリス。

 あとは土の(にお)いと血のニオイ。

「封印されし言葉」カンダチで香児三人の匂いを遠方から感知する日がようやくきたね。

 〈イザベル、クリスティナ、ソフィー、モチカ。運搬ご苦労さま。もういいよ。兵站部隊(なかま)が戻ってきた。(きこり)をやってるスコップチームに連絡して、そっちも戻ってくるよう伝えて〉

 〈〈〈〈了解!〉〉〉〉

 俺は基地ドロブネの中にいる兵站組(へいたんくみ)医療組(いりょうぐみ)に伝え、基地の外で戦い続ける連隊兵(れんたいへい)に伝える。みな俺の地獄から解放されるのがうれしいらしく、雄叫びがそこかしこから噴水のように上がる。

「うふふ」

 よく考えてみると、何もかも昔どこかで見たような光景ばかり。

 異世界に来る前にやった〝加工〟と〝手術〟。

 異世界に来て「封印されし言葉」に初めて出会ったアルビジョワ迷宮(めいきゅう)のモンスターハウス。

 ナツカシイ。

 (なつ)かしい。

 懐かしいと言えば、雫石(しずくいし)(ひとみ)に文字を書いてもらったんだった。確か、「(カイ)」。

 アイツとの関わりは、(すみ)か。墨汁(ぼくじゅう)だった。

 なぁんて回想をしているうちに魔物狩りは終わり、憔悴(しょうすい)しきった兵隊たちはその場にひっくり返る。

 戻ってきたタフな魔獣女子がチャッチャカ魔物の解体を始め、それを調理し始める兵站部隊の女性老人と子どもたち。

 加工した木を運び終えるスコップ男性老人。彼らをねぎらい、焼いた石を入れた風呂で疲れをいやすよう伝えた後、俺は死地(しち)から戻ってくる兵站部隊の若者と香児を目視(もくし)するべく基地の上に銀の蔓で登る。

「けっこう死なずに残ってるね。上々」

 俺は基地ドロブネの天辺(てっぺん)から、蒼いスコップを担いだ兵士の数を数える。

 ちなみにこの基地は第十三連隊の進軍中に荒野(こうや)で見つけた大型木造船(おおがたもくぞうせん)三隻(せき)残骸(ざんがい)を亜空間ノモリガミに回収したものを使用。

 なんでこんなところに船なんてあるのかは知らない。

 古い時代はここも海とか湖で(おお)われていたのかもしれない。放射性(ほうしゃせい)炭素(たんそ)を使った年代測定はアバウトだからあてにならないし、興味がない。

 とにかく全長60メートルの木造船の残骸が複数あったおかげで、雨季の平野で食料加工と野戦病院なんて贅沢(ぜいたく)ができるようになった。雨季で行軍が遅れている他の連隊の邪魔にも迷惑にもならない。めでたし。めでたし。

 雨風をしのぐ場所を(めぐ)り仲間の連隊同士で(あらそ)い、主力としてニデルメイエール兵と戦いたくないから行軍(こうぐん)速度(そくど)(ゆる)め、そのくせに少しでも自分の連隊の戦力が有利になるよう動いてアダマンタイトのカツアゲなんてする連中とは、俺たちは違う。

 恐怖で実効支配している〝俺の〟第十三連隊は、違う。

「ただいま、帰還(きかん)しました」

 テレーニョ一般参謀が兵站専門部隊を代表して俺に挨拶(あいさつ)する。

 本来であれば彼の上司である連隊長のエイモスに先に挨拶しなければいけないけれど、エイモスも他の一般参謀の三人と一緒で、焚火(たきび)(そば)でくたびれて爆睡(ばくすい)しているから仕方がない。

 ちなみにスコップ男性老人は熱い風呂からあがり、疲労(ひろう)困憊(こんぱい)の連隊兵とともに組み立て式の簡易(かんい)住居(じゅうきょ)ゲルを造っている。

 連隊兵が風呂に入れるのはそれが終わった後。スコップの若手と一緒のタイミング。

 戦場から帰ったばかりで自分たちの風呂を掘らされるスコップ若手と、湯船で互いの地獄を語らせるのが狙い。

「おかえりなさい。そしてお疲れさま」

 よく見るとテレーニョのアダマンタイトスコップも血がついてる。

 ダメだよ、参謀(さんぼう)なんだから戦闘ではなく作戦(さくせん)立案(りつあん)(てっ)しないと。

 いや、もしかしたら彼のいる本営にまでニデルメイエール兵が迫って来たのかも。余計な詮索はここではなし、と。

「ところで君たちの読みは当たった?」

 テレーニョの隣にいた兵站(へいたん)専門(せんもん)部隊(ぶたい)の大隊長トリプラに話を振る。

 すんごい。レベル29で送り出した鷹人族(ウラウン)の大隊長はレベル32になってる。

 どんだけ〝キノコ狩り〟したんだろう。

「ナガツ特別参謀とテレーニョ一般参謀の予想通り、敵は三本の山間道路それぞれに独立(どくりつ)して戦闘できるような編成(へんせい)を組んでおりました」

「じゃあこっちも同じように展開して敵をたたいたってわけだね」

「左様でございます。千五百名の部隊を三個編成し、三本の山間道路それぞれで敵集団を撃滅(げきめつ)しました」

「なるほどね」

 俺はそして、香児を見る。

 青い円形のアダマンタイトシールドと青く鋭いアダマンタイトスピア、青く厳めしいアダマンタイトヘルムに青く美しいアダマンタイトプレート。そして(きら)めく黄金のマント。

 いかにも戦乙女(ワルキューレ)って感じの三人はそして汗だく。

 俺との距離は今五メートルくらいしかないから、彼女たちの芳香(ほうこう)を「カンダチ」で()いだらたぶん俺は卒倒(そっとう)しちゃう。というわけで「カンダチ」は解除して嗅覚(きゅうかく)もほとんど感度ゼロにした状態で、俺は三人に(たず)ねる。

「音を出すマキグソみたいな奴、いた?」

「はい。そしてニデルメイエール別動隊にはやはり大隊長らしき人物がいたので、その者を尋問(じんもん)して妙な魔物のようなものの正体を聞き出しました」

 すごいね。尋問する余裕(よゆう)があったのか。

 強くなったね。ああ、最初からこの三人は強いか。

「ただしその、敵大隊長はマスクのようなもので顔半分を(かく)していたのですが、それを外させて間もなく、発狂してしまい、詳しく聞き出すことはできませんでした」

「マスク?」

 そう問い返した時、香児は「しまった」という表情になる。

「申し訳ございません!敵大隊長の死骸(しがい)もろともマスクを持ち帰るべきでした!」

「あ、いやいいよ。敵の中に会話することのできる指揮官(しきかん)がいて、そいつがマスクを付けていて、外したらおかしくなった。これだけの情報で十分価値がある。アダマンタイトスコップと味方の亡骸(なきがら)以外の回収を命じていない俺がそもそも悪い」

 言いながら考える。

 マスクに何か仕掛けがある。

 まぁ、雫石の洗脳の方法に違いがあるってことだろう。

 どうせ歌漬けか薬物(クスリ)漬けかキノコ漬けだ。

「ありがとうございます」

 俺は三人の安心した表情を見ながら続ける。

「で、マスク指揮官は音を出す魔物擬(もど)きみたいなのを何て呼んでいたの?」

「チクオンキ。そう申しておりました」

 エピゴノスが答えると、残りのナコトとルルイエもはっきりとうなずく。

「チクオンキ……なるほどね」

 蓄音機(ちくおんき)。サウンドレコーダー。おそらくは雫石の魔法の産物。

 うっかりしてたと言えば、うっかりだ。

 確かにこれは回収させるべきだったかも。ミスった。

 今からこっそりモチカにドラゴンに変身してもらって回収……は無理だな。

 別動隊を送るほどの敵だ。

 軍識がある。秘密兵器を戦場に放置するほど馬鹿じゃない。

 おそらくチクオンキはすでに回収するか処分しているだろう。それにチクオンキ相手にモチカに危険がないとは言い切れない。

 手遅れだし、そもそも手が足りない。あきらめよう。

 それに今回の目標はあくまで戦闘訓練。

 逃げず、生きて敵を壊乱(かいらん)させただけで上出来。

 敵将の首をとれたのはさらに上出来。リスクは回避できないけれど、チクオンキの回収は次の機会にしよう。

「敵大隊長の話では、そのチクオンキの声を聞くと洗脳(せんのう)されるとのことでした。現にこちらのマソラ様兵団も音を聞いて」

「おほん」

 エピゴノスに対し、ちょっと咳払(せきばら)い。

「失礼しました。こちらの第十三連隊別動隊(べつどうたい)の兵もチクオンキなるものの音を聞いて錯乱(さくらん)した兵が百名近くも出てしまいました」

「やっぱり出たか」

 少し前に隘路(あいろ)カシュガル国道で見た光景を思い出す。

 穴という穴から血を拭く兵士達。よ~く見ると、顔中に血をこびりつかせたスコップ兵士が何人もいる。〝歌〟から脱出できたんだ。ということは……

「ナガツ特別参謀!やはり戦乙女(ワルキューレ)のこの御三方はすごいです!」

 鷹人族(ウラウン)の大隊長トリプラが大声で言う。

 後ろで控える兵站専門部隊の小隊長五十名もみなウンウンと頷く。

 その間に挟まれ、戦乙女と言われた三人の香児は顔を赤くし、(うつむ)く。

「たとえあの魔の声を聴いて兵たちが血を流しながら錯乱しようとも、この御三方のすばらしき芳香のおかげでたちまち(もや)から覚めたように兵が正気(しょうき)を取り戻すのです!」

「それどころかニデルメイエール兵すら戦乙女と交戦中に逆に錯乱(さくらん)する者が現れて、それはもう驚きました。おそらくニオイが強烈(きょうれつ)でクラクラしたのだと思います」

「「とにかく頭がおかしくなるくらいすごいニオイです!!」」

 小隊長から拍手が巻き起こる。ヒューヒューと口笛まで起こる。

 いや、テレーニョもトリプラも、そりゃ()めているんだろうけれど、言い方とかあるでしょうに。ほら、恥ずかしすぎて半泣きだよ三人とも。

戦乙女(ワルキューレ)のニオイと匂い袋のニオイ、それがどれだけ(はげ)みになったことか」

「うんうんそっか。それは良かった。でも香りだけじゃ敵は倒せないでしょ?スコップを使った戦闘にはみんな慣れたかな?」

 気の毒な三人の香児のため、俺は話題を変えることにした。


 報告によれば、兵站(へいたん)専門(せんもん)部隊(ぶたい)の戦死者は279名。重傷者121名。

 ティラベリ山に送り込む前に平地で魔物フクロモグラとは何度か戦わせていたけれど、ニデルメイエール兵相手は初めて。しかも戦闘の舞台は山。それで、これだけの死傷者で済んだのは正直驚いた。

 折れないとはいえアダマンタイトスコップだけでゾンビ軍団をやっつけちゃうとは、予想外。ん~考えてみたら元は山城で十年以上過ごしている集団だから山岳戦は得意だったのかも。いやでもやっぱりすごい。生き残りたいっていう意志がよほど強くないと、あのキノコ兵を相手にはできない。感心。

「何をおつくりになられているのですか?」

 と、そんなことを考えていたら声を掛けられた。

「これ?これはね……なんだと思う?」

 若い戦闘兵たちがようやく熱い湯船(ゆぶね)で疲れを(いや)し、魔獣女子とともに食事をがっついている間、俺は基地ドロブネ内の(ほだ)()を前に、戦死者たちのアダマンタイトスコップにちょっとした加工を行っている。

容器(ようき)、に見えますが」

「容器と言えば容器だね」

 それが気になったのか、テレーニョ一般参謀がこっちにやってきた。

 ちなみに今の俺の護衛は先に食事と風呂を済ませた香児(こじ)三人と鬼人族(オーガ)五人。

角灯(ランタン)だよ」

「ランタン……ですか」

「そう。死者をこの地で埋葬してアダマンタイトスコップを墓標(ぼひょう)として突き刺していこうって君は言ったけれど、それだとたぶんスコップだけ盗まれて、誰がどこに埋葬(まいそう)されたのか、誰にも分からなくなる。だったら埋葬とは別に、ランタンに彼らの名前を彫って所属部隊のみんなに配ろうと思ったんだ。闇夜を照らすのは仲間の灯火。これならいつまでも誰かの記憶にきっと残るでしょ?」

 戦死者のアダマンタイト製の認識票(ドッグタグ)を見ながら俺は故人の名前をランタンに浮かべる。

「それでスコップを回収して……私はてっきり資源の再利用が目的かと思っておりました」

「それは間違っていないよ。俺のやっていることは所詮(しょせん)再利用だ」

「いいえ……その方がたぶん、彼らの魂も喜びましょう。みなとともにいつまでもいられるのですから」

 不意打ちを食らった後の、柔らかな微笑が俺に向けられる。

「どうかな。埋葬した死者たちには、この大地の石と一緒にイシワリソウの(たね)を植えたから。イシワリソウになってそこら中に咲きながら俺を呪うかも」

 照れたように笑いながら俺も返す。

「いいえ。生きた証がいつまでもそこに残るのなら魂はきっと浮かばれます。特別参謀を呪うような者はおりません」

「うまく合わせてくるね。ふふ」

 戦死者一本のアダマンタイトスコップから、十個のランタンが作れる。

 骨子(こっし)はアダマンタイト。それに()めるガラスは俺のもつ封印されし言葉「ミガモリ」による手作り。

 これらの部品を器用な石人族(ゴーレム)のトナオと、トナオと同い年くらいの兵站部隊の子どもたち百数十人が手伝う。お腹が満たされた子どもたちはもう眠そう。だけどちょっと頑張ってもらう。

「少し、ご一緒してもよろしいですか」

「いいよ。って本当はそこで焼いているキノコが目当てでしょ?」

 焚火の前には食事にありついていない俺とトナオのためのキノコの串焼きが五本。三本はトナオ用で、二本は俺用。

「私はあちらでたらふくご馳走になりました。こちらのキノコは?」

「これ?これはね、コウタケっていうんだよ。生で食べると中毒を起こすけれど焼けば美味しいし、たぶんキノコの中で一番香りと風味がいい。幻のキノコなんて言われてる。さっき手に入ったばかりなんだ。だからこっそり食べようと思って焼いてる。向こうでみんなが食べているキノコポタージュには入っていないだろうね」

 俺には香茸(こうたけ)の毒なんて効かないけれど、トナオは別かもしれない。だからちゃんと焼く。

 実際焼いた方が美味しいし、それに本当にいい香り。

 香児三人は今芳香(ほうこう)漏洩(ろうえい)防止(ぼうし)効果(こうか)のあるローブを着ているから俺の嗅覚は正常モードに戻してある。だからコウタケの香りを堪能(たんのう)できる。

 確かに松茸より良い匂い。

 今日一日、俺も少しは働いた。散歩のついでにがめつい連中を拷問(ごうもん)した。だからこれくらいのご褒美(ほうび)があってもいいはずだ。

「なるほど。香料を知り尽くした特別参謀はキノコの香りにもお詳しいのですね」

「まあそれなりにね」

 コウタケの串焼きの前で作業をする俺とトナオの正面に、テレーニョ参謀が「失礼します」と言って座る。

「私は、雨季が嫌いです」

 少しして、すくんだように膝をついて座っていたテレーニョ参謀が話し始める。

「はは。雨季が好きな人なんていないよ」

 トナオもコクリと(うなず)く。

「私は、このクリプトクロムで生まれました」

 軽い冗談は水のように流され、テレーニョは火を見ながら口を動かす。

「そうだったんだ。家族は?」

「いました。父は早くに亡くなりましたが、母が女手一つで私と姉と妹の三人を育ててくれました」

「立派だね」

 俺なんか親を手にかけて妹を捨てた身だよ、なんて冗談は思いついたけど言わない。

「……ですが、みな、奪われました」

「盗賊に?」

 ランタンを組み立てながら尋ねる。

「はい。一週間という雨季と乾季のくり返しのせいで作物の獲れる量は限られ、あとはキノコや虫やコケばかり」

 雨のせいか風呂のせいか、ふやけた指の腹を見ながらテレーニョは過去に目を向けているらしい。

「雨季はみな希望を失い、やがて堕落(だらく)し、乾季にはあくせく働くか、さもなくば(あきら)めて(うば)う。私の家族はその「奪う」に()いました。家族四人のうち生き延びたのは私だけ。あとは」

「言わなくて大丈夫だよ。想像がつくから」

「……はい」

 長身で筋肉質だけど痩せ身のテレーニョは口を(つぐ)む。

「奪った盗賊の頭目はやがて『プサーコンドルの爪』の頭領ビリャディエゴ・プリオルの傘下に入り、君は才覚があったからビリャディエゴに見出された。そんな感じ?」

「はい。お察しの通りにございます」

「充実していた?その後の人生は」

 答えの分かり切った意地悪な質問をする。

「いいえ。奪われた者が奪う者になっただけです」

「世の中そんなもんだよ」

 決まり切った意地悪な回答をする。うなだれた青年の肩が、さらにうなだれる。それをじっと見る石人族の少年がいる。

「「……」」

「奪われたくなければ、強くなるしかない」

 二人の視線が向けられる前に、俺はもうランタンに目を落としている。微量だけど二人とも体内の魔力素が激しく流れ始めている。

「そうですね。その通りにございます。そして圧倒的な強さの前に、私はいまこうしてここにおります」

「どうだろうね。それよりスコップはどうしたの?」

 俺は相手にせず、出来上がった骨子をトナオに渡す。別の骨子を作り始める。

「ナガツマソラ様が皆のために用意したゲルの中に置いてまいりました。連隊(ここ)にはもう誰も、アダマンタイトスコップを盗もうとする者はおりません。それもこれもナガツマソラ様のおかげです。それにここで背負っていればかえって不信感を抱かれてしまうかと思い置いてまいりました」

 呼び方が変わった。特別(とくべつ)参謀(さんぼう)でいいのに、まったく。

「余計な忖度(そんたく)は不要だよ。君は軍人。もう盗賊(とうぞく)じゃない。だから油断は禁物。いついかなる敵襲(てきしゅう)があるかもしれない。参謀とはいえ武器の一つくらい持って歩かないとダメだよ」

 俺は爛々(らんらん)と眼を光らせるテレーニョを見ながら忠告する。

「申し訳ございません。以後気を付けます。ですが決して特別参謀、いえナガツマソラ様にスコップを向ける真似は絶対に致しません」

「そりゃ助かる。いくら地獄の演出家(プロデューサー)だからって仲間に寝首を()かれるのはゴメンだ」

「地獄、ですか?」

 また不意を突かれたような表情になるテレーニョ。

 地獄だと思わないの?

 スコップ一本しか用意されなくてキノコゾンビを殺しにいかなきゃいけないんだ。地獄だろうに。

(つら)かったでしょ?辛いでしょ?辛いよ?今までも今もそしてこれからも」

「いいえ。辛くはございません。もちろん肉体的な疲労はございますが、精神的な疲れはもう、なくなりました」

「キノコ兵相手に戦っておいて、よくそんなことが言えるね。すごい」

「ニデルメイエール兵がどのような武装で挑んでこようと平気です。私にはアダマンタイトスコップと仲間とナガツマソラ様がいますから」

「最後のはあまり役立たないかもね」

「いいえ!ナガツマソラ様は、私を変えてくださりました」

「盗賊から軍人にしたんだ。そりゃそうだね」

「そういう意味ではなく!私はあなたのおかげで、雨季が嫌いでなくなりました!」

「面白いことを言う」

「水は大事ですが、雨季は人の心から何もかも奪う。奪われたから乾季に取り戻そうとする。そう思っておりましたが、ナガツマソラ様はそうではないことを教えてくださいました」

「女帝もきっと教えてくれるよ」

「そうかもしれません。兵士をヒトデナシの怪物に仕立て上げることで」

「……」

「ナガツマソラ様の言う地獄。生き残る(すべ)を学ぶためにスコップを振り回す地獄。生きのこるために食料を命がけでかき集め、傷を(いや)(じゅつ)を命がけで学ぶ地獄。体温を奪う雨風をしのぐ住居を(みな)で命がけで組み立てる地獄。冷たい雨水を貯めた池に焼き石を投入し、体の芯から暖まることのできる地獄。裸の老若男女が湯の中で愚痴を言い、はしゃぐ地獄。彼らは裸であっても、アダマンタイト製の認識票(にんしきひょう)だけは首からかけて、最期まで誰だったかを確認してもらえる地獄。そして食料を皆と分かち合える地獄……」

「地獄」「地獄」ってうるさいから、俺はランタンを置き、焼けたコウタケの串を二本取る。

 一本をトナオに、そしてもう一本をテレーニョに差し出す。

 テレーニョは手を振って一度、辞退したけど、「いいから食べてごらんって」としつこく進める俺に根負けして、串を受け取る。

 そして俺は自分用の最後の串を一本焚火の前から取って食べる。

「ん~……うんま」

 少しだけ苦みはあるけど香りが良い。風味も香りも松茸を凌ぐよこれ。

 フードファイターみたいな魔獣女子四人にはあげないもんね。でもしまった。匂いで……は大丈夫。四人の嗅覚感度は下げてある。危なかった。

「私が見た地獄の中で、これほど輝きに満ちた地獄はありません」

 言って、テレーニョは串焼きのコウタケをほうばる。美味しすぎてボロボロ泣いてる。分かるよ。一方のトナオはニコニコ。それも分かる。美味い食い物を魔獣女子四人にバレずにこっそり食べるのはなんか背徳感(はいとくかん)があって嬉しい。なんでだろう。社畜(しゃちく)の幸せって奴?社畜になんてなったことないけど。

「そう。これからはじゃあ期待しない方がいい。本当の地獄が待っているから」

 串に刺してあるコウタケをホフホフ言って食べながら、忠告する。

「一寸先は闇のような地獄」

「そうであればなおさら、どこまでご一緒します」

 やれやれ、シギラリア要塞で働くミソビッチョみたいだ。

「やなこった。女帝をぶっ飛ばしたら俺は軍隊なんてやめてまた香料店をやるから「どこまでも」はごめんだよ。「今だけ」で結構」

 俺は串に刺した最後の一つを口に含む。

「女帝をぶっ飛ばす……そうでした!あなたは地獄の軍団長。女帝を打ち破る唯一の希望。……失礼いたしました!この遠征の目的が女帝の討伐にあることを失念していました」

「しっかりしてよ。かなり疲れているみたいだから、今日はもう早く寝てくださいな」

「本当に、ありがとうございました!」

 いちいち大袈裟なことを言う一般参謀がドロブネから出て行く。

「まったくもう、地獄の軍団長とかうれしくないから」

 俺は声無くクスクスと笑うトナオに別の焼けた串を渡す。

 俺はコウタケを一本だけ、トナオは三本、と思ったらトナオが半分こにしようと身振りで言ってきたので結局二人で二本ずつコウタケの串焼きを食べ、またランタン作りに戻る。

 アダマンタイトランタン。

 それを吊るす場所は移動式住居ゲルの中。

 第十三連隊兵が狩った魔物の革フェルト、男性老人スコップ団が()って加工した支柱、そして戦場から帰った若いスコップ団が切り出し敷き詰めた床石。

 雨季にも耐えられる千二百個のゲルの中を、出来立てのランタンの淡い灯が照らす。

 兵士たちは天幕を叩く雨音を聞き、ランタンの獣脂(じゅうし)に灯るチリチリと音を立てる火や揺れる灯影を見ながら、体を寄せ合い、まもなく泥のような眠りに就く。老若男女分け隔てなく。

 それでいい。

 眠れるときに眠れ。

 そして起きている間は、俺の用意した地獄を見続けろ。

 そうすれば女帝リチェルカーレの創る地獄なんて、何でもなくなるよ。


 さてさて、ノンキンタンだけに暢気(のんき)行軍(こうぐん)を続けていたら申し訳ないので手に入れたこの日の食料が尽きるギリギリまで駆けに駆けて三日。

 乾季の二日前でようやく主戦場に俺達は到着。師団規模の移動で「三日間で五百キロ」は結構いい数字だと思う。道路があるとはいえさすがに無理させ過ぎだと思ったから、主戦場の五十キロ手前で大休止。ここからは普通に歩かせてウォーミングアップ。そして昼頃に目的地に到着。

 場所はルアラバ盆地(ぼんち)

 盆地のど真ん中に堅固(けんご)要塞(ようさい)ヤムスクロがある。

 そこで今、西から来たニデルメイエール軍と東から来た連合国軍がにらみ合っているとの報告を、連合国軍の通信兵から聞いた。

「到着している連合国軍の規模はどれくらいですか?」

 通信兵といってもモルガーニ将軍率いる第一連隊の小隊長クラスの人物を我らがアルパカ団によこしてきたので、改まってこちらも問う。

「第一、第三、第七、第十一連隊が(すで)に到着し、ヤムスクロ要塞前に布陣しているとのことです」

「既に」って、たった四つ?一個師団分だけ?

「ちなみに把握(はあく)できている敵兵力はどのくらいですか?」

「ニデルメイエールの兵力はおよそ七万です」

「七万?味方の三倍もいるのに連合国軍はヤムスクロ要塞前に防御(ぼうぎょ)陣地(じんち)を敷いているんですか?」

「はい」

「えっと、それは何かの作戦でしょうか?戦闘が始まったら要塞の中にすぐに逃げ込んで救援の連合国軍と挟み撃ちするとか?」

「いえ!今のところ、戦況が不利になれば要塞はそのまま置き捨て、さらに東へと下がる方針だと上層部から聞いております」

 マジで?要塞そんなにあっさり捨てちゃっていいの?

「変ですね。それじゃ要塞をすぐに奪われてしまうことになりませんか?補給基地として使えそうなのによろしいのですか?」

 奪われたら逆にニデルメイエール兵の補給基地になるだろうに。なんで?

「それが、あくまで兵たちの(うわさ)なのですが、「女帝リチェルカーレを相手に籠城(ろうじょう)すると、呪われる」という話がまことしやかに広まっておりまして……それで末端の兵だけでなく各連隊の准将軍(じゅんしょうぐん)もまた城に籠ることを恐れておりまして……」

「へぇ……そうですか」

 噂。

 この異世界(パイガ)に来て思ったこと、それは噂が意外と馬鹿にならないということ。

 魔法が存在する以上、何が起きてもおかしくないということ。魔力素の塊みたいな俺自体がそんなものだ。どうかしている。

 こちらの「どうかしている」を異世界に突きつけることができる一方で、異世界の「どうかしている」もまたこちらに突きつけられてもおかしくない。

 だから、噂も念のため計算する必要がある。

 大量の情報を集めていくうちに噂の根拠はたぶん明らかになる。

 ということは、いかに短時間で膨大量の情報を集めて処理できるかがカギ。

 やるしかない、か。

「戦力的に不利な状況とは言え、このような内情を抱えているため、敵を迎え撃つ作戦です。しかるに第一連隊隊長、すなわち連合国軍代表モルガーニ将軍より「ただちに合流し、防御陣を固めよ」とのことです」

「了解しました。わざわざ出向いていただき、そのうえ詳細な連絡、感謝いたします。エイモス准将軍、いかがいたしますか?」

 間違えてウンコを食ったアルパカみたいに、瞼を閉じ深刻な表情を浮かべているエイモス連隊長に指示を(あお)ぐ、という形式。

「そなたに一任する」

 という儀式。「えっ?」と驚く第一連隊小隊長。

 そりゃそうだ。「そなたの判断を問いたい」とかだよね、普通。それで連隊長自らが判断っていうのが普通だよね。

 でもウチはほら、普通じゃないのさ。何せアルパカの第十三連隊。

「サラゴサ補佐(ほさ)、カストゥエラ補佐、ヘミセット補佐、テレーニョ補佐はいかがですか?」

「エイモス准将軍に従います」「私も右に同じです」「私もです」「私もナガッ……エイモス准将軍に従います!」

「承知しました。ではエイモス准将軍よりモルガーニ将軍へ「ただちに主力軍に合流いたします」とお伝えください」

「畏まりました!」

 俺を魔物でも見るような目で見た後、通信兵役の小隊長さんが幕営から雨の中に消える。入れ替わるようにして戻ってくるイザベルとクリスティナ。……そっか。


「マソラ、敵が動いたわ」「絶対にマソラ様のことすっごく警戒してますよ!」


「「「「!」」」」

 エイモス連隊長と一般参謀三人が額にブワッと汗を浮かべ、互いに顔を見合わせる。スコップを背負う若手参謀だけが鼻息を荒くして嬉しそうな顔をする。

「警戒しているのは俺じゃなくてトナオの攻撃だよ。それにこれで安心」

「特別参謀!ど、どういう意味ですか!?」

「まあ、向こうの大将が情報通り本物の軍人だってことです」

 俺はテーブルの上に広げてあった地図を丸める。

 イザベルとクリスティナに合図を出し、再び二人を偵察に戻す。

 魔獣女子四人は現在偵察中。

 敵のニデルメイエール兵が進軍をしてきた時だけ、演出の都合上、念話ではなく直接報告に来て欲しいと伝えておいた。ちなみに現在の俺の身辺警護はトナオと鬼人族五人。それと香児三人。

「彼女たちが仕入れた情報をまだ伝えておりませんでした」

 ティラベリ山攻略の段階でその情報を俺は魔獣女子四人から得て持っていたが、全軍にはまだ明かしていない。

「敵将の名は」

 言うとビビッちゃうから。

聖人(せいじん)床屋(とこや)のスピールドノーヌ」

 その言葉で、控えていた大隊長特別補佐の冒険者五人がアッと驚いた顔になる。無理もない。そりゃ驚くよね。

「今、何て?」

「スピールドノーヌ。知らないって顔をしている上司の五人に後で教えてあげて」

「嘘でしょ」「聖人床屋……」「アイツかよ」「ニデルメイエールにいたのか」

 青ざめる特別補佐を見て動揺が隠せない大隊長五名。それが伝染する一般参謀三名と連隊長。平気なのはスコップをもつ一般参謀と兵站(へいたん)専門(せんもん)部隊(ぶたい)大隊長トリプラのみ。両手を組んで指を鳴らしている。いいねぇ。カックイイ~。

「みなさん。今回の戦いは激戦になると思われるので覚悟してください。敵の偵察部隊に感づかれないため、指示は、移動中に逐一(ちくいち)こちらから出します。よろしいですか?」

 連隊長と一般参謀が何度も(うなず)く。

 大隊長とその特別補佐計十名も頷く。

 俺は彼らが頷いた後、瞼を閉じ、灼眼(レッドアイ)に変える。それを見た全員がギョッとする。

「一つ、お約束してほしいことがあります」

 ゴクリと唾を呑み込む音がする。静まりかえる。

「俺は何があっても皆さんを見捨てません。だからそのかわり、何があっても信じてついてきてください」

「何をいまさら申しておる!」「そんなの当たり前だろうが!」「そうでなければ私のような者が医療技術を必死に覚えたりなどしない!」「当然信じてついてゆきます!!」

 連隊長と一般参謀四人と大隊長トリプラ以外は表情を強張らせたまま、黙している。

 俺が話したい相手は冒険者あがりたち。

「言い方がよくありませんでした。優しく言ったのが間違いでしたね。……俺を裏切ったら許さない。俺を心の底から恐怖しろ。俺が怖ければ俺を裏切るな。こう申し上げたんです」

 黙していた〝冒険者〟十人がこっちを直視する。

 震えをこらえ、改めて(うなず)くのを確認する。

 俺は灼眼を元に戻す。

「戦場で一番怖いのは恐慌(パニック)です。恐怖した集団のとる行動です。それを和らげるために匂い袋があります」

 そこまで言って黙る。「火車」を使い、口から赤い火をわずかに漏らす。

「そしてそれを打ち消すほどの恐怖が俺です。怖くなったら思い出してください。火に巻かれた幼子のように。闇のような俺を」

 火を消す。

「俺は怖い」

 それが合図で、石人族のトナオが天幕に入ってくる。ピザ屋の配達員みたいに、腕には〝青いピザ〟を五枚。それを床に、冒険者の足下に並べ置く。

「せいぜい仲間に守ってもらえ」

 それは丸盾。

「「「「「……」」」」」

 ただし、アダマンタイト製の認識票(ドッグタグ)でつくった墓標盾。ここに生きてたどり着くことができなかった戦死者の、仲間の名が刻まれている盾。

「ふふ……承知した」

 一人の〝冒険者〟が盾を拾う。

「分かったよ、〝特別〟参謀さん」

 また一人。

「あんたより怖い奴はいねぇ。例え相手がスピールドノーヌだとしても」

 もう一人。

「違ぇねぇ。まったくもって違ぇねぇ」

 屈んで、拾う。また一人。

「勲章をもらいそこねた軍人の床屋風情に臆する必要など全くない」

 そして最後の〝冒険者〟一人も拾う。

 苦笑し始めた元冒険者たち。

 そう。君たちは「スピールドノーヌ」という言葉を克服すればいい。

 これはただの言葉だ。

 俺がただの言葉に変えてやる。

 あとは部隊を動かすことに集中しろ。

「というわけで床屋のキノコ団VS香りのアルパカ団の戦いを一つおっぱじめるとしましょう」

 俺の音頭で、元冒険者の特別補佐が冒険者らしいノリで騒ぐ。

 騒ぎながら品なく自分たちの上司である大隊長の肩や尻を叩く。ガヤガヤさせながら大隊長とともに天幕を出る。

「我々も移動しますか?」

 兵站専門部隊トリプラが尋ねてくる。

「うん。今回は総力戦。兵站部隊すら火力部隊として機動させないと多分勝てない」

「上等です!このスコップで敵を撃滅してみせます!」

「期待しているよ。細かい作戦は追って指示するけれど、今回は君らがいてくれないとすごく困る」

「ありがたきお言葉!必ずやご期待に添います!」

 俺は指示を出し、天幕を出る。

 兵站専門部隊の年寄りと子どもは医療担当。救急車の中で働き、必要によっては救急車をアダマンタイトスコップで守る。

 兵站専門部隊の若手は男女問わず、戦力にする。スコップ一本で攻守ができるようになった彼らは十分立派な戦力。使わない手はない。

〈四人とも聞こえる?〉

 俺は魔獣女子四人に念話で連絡する。

 四人から返事が返ってくる。ちなみに四人は強いけれど何があるか分からないから、二人一組のバディで行動させている。すなわちイザベル&クリスティナ組と、ソフィー&モチカ組。蛸人族のソフィーと竜人族のモチカの「変身」は切り札として、今は禁じている。このためどうしても風人族のイザベルとクリスティナの方が移動速度は高い。そんなわけで遠方からの敵情視察は風人族双子姉妹に任せ、第十三連隊に近い方でソフィーとモチカには敵情視察を行わせている。どちらも敵偵察部隊とエンカウントする確率は高い。

〈四人とも状況を教えて。前線はどんな感じ?〉

〈きのこがうじゃうじゃいま~す〉〈すごい数のニデルメイエール兵がすごくない数の連合国軍に突撃しています!〉

〈二人とも、それじゃマソラが混乱するわ。いい?うじゃうじゃキノコを生やしたニデルメイエール兵が連合国軍にすごい攻撃を仕掛けているわ〉

〈お姉ちゃん。それだとニデルメイエール兵一人にたくさんキノコが生えているみたいだよ〉

〈そうね。それじゃあこういうのはどう、たくさんの……〉

〈四人とも。味方の偵察部隊がその辺をウロチョロしているから敵のキノコ兵にやられないようにしっかり守ってあげて。ピンポイントで情報を聴くからその時はよろしく!〉

〈〈〈〈了解!!〉〉〉〉

 俺はアイソポスオサムシに乗り込み、魔獣女子から戦況をばっちり確認すると、進撃を始める。

 それに続く第十三連隊4839名。そして兵站専門部隊6698名。

 果たしてこのうち何名が生き残れるかな。

 素晴らしい闇に(かえ)らずに済むのは何人かな。

(あに)(さま)兄様!〉

〈どったのモチカ?〉

〈先ほど言っていた「聖人床屋」とは一体何なのですか?〉

床屋(とこや)さんは~聖人なの~?〉

〈ああ。あれね〉

 連合国軍が迎え撃つ敵将。

 魔獣女子四人が魔物狩りの最中偶然拾ってきた情報によれば、その名はスピールドノーヌ・カレッツァ。

 そして冒険者ギルドに寄せられている情報を記憶から呼び覚まし、照合して分かったこと。

 聖人床屋スピールドノーヌ。

 獅子人族(シンガ)のこの男は元軍人だったが、政治的ヘマをやらかして軍隊をクビになり、床屋になった経緯(けいい)があるとか。

 政治的ヘマというのは軍上層部の命令を無視し部下の救出を優先したというもので、彼の出身であるゼアチ国ではこのため有名な義人(ヒーロー)だったらしい。

 しかも軍人として武技と魔法に長けているだけでなく、指揮官としても有能だったというレアキャラ。

 だけどまぁ、出る(くい)は打たれるというヤツで、結局同僚たちの嫉妬(しっと)で潰されたとか。そこのところは生粋(きっすい)の武人らしく、世渡りは下手だったってことだね。

 古今東西そりゃそうだけど、民衆はこういう悲劇の英雄(えいゆう)をすごく好む。

 当のスピールドノーヌは国中の冒険者ギルドから寄せられる「ぜひギルドマスターになってほしい!」という声を全て断り、「自分はもう世捨て人ですので」と一民間人として場末の床屋で人々のヘアカットや(ひげ)()りを寡黙にこなす日々。

 こんなわけだから、スピールドノーヌは「聖人床屋」あるいは「聖軍人」としてゼアチ国の生きる伝説となる。

 で、この異世界じゃ当たり前のことだけれど、有事(ゆうじ)には床屋が軍に招集される。

 理由は刃物を扱えるから。

 つまり一医療軍人として対ニデルメイエール国防軍に招聘(しょうへい)され、そして案の定、女帝率いるニデルメイエール軍に敗北した。

 読んだギルドの資料だと、ゼアチ国は本当にスピールドノーヌを一医療人として参加させただけで、軍の参謀組織に加えるようなことはしなかったらしい。

 もったいない。宝の持ち腐れとはこのことだね。

 そしてニデルメイエール軍との戦争にもちろんゼアチ国自体が破れる。スピールドノーヌの所属した師団は壊滅。

 その時に女帝に感化されたとか捕獲拷問されたとか何とかで、スピールドノーヌは最終的に、女帝の将軍になったらしい。

 まぁ雫石のことだから、たぶん薬漬けにでもしたんだろう。数日前のティラベリ山で戦った香児たちの言うマスクマンの話で()に落ちた。

 それにしてもよくスピールドノーヌを見つけたね。

 そこがすごい。やるね雫石。

 潰し甲斐がある。

 まさか偶然じゃないよね?

〈……ということ〉

〈そうだったのですか。しかし弱き者のために強き者に楯突いたとは、同じ武人としてそのスピールドノーヌという者を少々尊敬してしまいます〉

〈そうだね。そこだけをクローズアップすると複雑な心境になる。とは言ってもね、悪いのはこのマルコジェノバを荒らしまわっている女帝だろうけれど、その手下として動いている以上は、個人的な心情はどうであれ、やっつけるしかないよ〉

 マスクマン。

 たぶんスピールドノーヌは頭脳労働ができる。つまり女帝の遠征軍の指揮をとれる。

 そしてこいつがクリプトクロム国の切り取り係の可能性が高い。

 雫石(しずくいし)(ひとみ)の国盗りエージェント有力候補。

 ティラベル山の別動隊(べつどうたい)もおそらくスピールドノーヌが放った。

 そしてその前の隘路(あいろ)カシュガル国道もスピールドノーヌの仕業。

 隘路攻めは素人クサく見せた芝居。

 軍事的知識がある上に、キノコ兵独特の耐久力と戦闘力、それに切り札のゴーレムの使いどころを冷静に分析して、次の最良手のための実験的な行軍をわざとやっていると見るべきだ。魔獣女子二人と〝失敗ダニ〟がいなかったら間違いなくクリプトクロム軍は全滅していた。

〈私はマソラの敵なら誰でもフルボッコにするわ〉

〈私もです!マソラ様を狙っている奴ならなおさらぶっ飛ばします!〉

〈相手を殺さないで済ませられればいいけれど、キノコ兵相手にそうはいかないだろうから、やっぱり殺すしかないだろうね〉

〈は~い。あ、キノコが八人きました~からのハイジャックバックブリーカ~〉

〈将軍クラスの人物は投降(とうこう)してきたところで、おそらく死刑は(まぬが)れないでしょう。ならば一武人として戦場で散るのが良いと思います!ってそこ危ない!フラッシュ・タンゴ!〉

 こっちにはチート級の魔獣女子が四人もいる。とはいえ手加減ができる相手かどうかも分からない。

 というのも偵察部隊の情報によると、ゼアチ国では最近、とんでもない魔物が発掘されたらしい。

〈魔物?〉

〈女帝の仕業だね。メキラ聖人窟(せいじんくつ)っていう立ち入り禁止の迷宮(ダンジョン)を開拓して、封印されていた魔物を解き放ち、しかも自分の手下にしたんだとさ〉

 土地に伝わる伝承によれば、封印されていた魔物の名は、禍鳥(かちょう)コーヌコピア。

 そのコーヌコピアとかいう謎魔物を連れているのが、今ルアラバ盆地でバトっているニデルメイエール軍だっていうから、スピールドノーヌとセットってことになる。

 こりゃ笑うしかない。連合国軍大ピンチ。

 伝説みたいなコーヌコピアと伝説のスピールドノーヌ。

 たぶん連合国軍の各連隊もこれくらいの情報は持ってるんだろう。

 だから戦場への到着が遅いんだろうね。

 20も連隊があるはずなのに4つしか主戦場に来てないってどういうこと?

 多方面に向かう指令が出たなんて聞いてないんですけど。

 クリプトクロム国内での大規模軍事衝突がルアラバ盆地以外で起きてるなんて情報、偵察部隊がひとっつも拾ってこないんですけど。

 どこかで俺の知らない山城があって、そこの盗賊団でも相手にして戦っているの?

 やれやれ。

 まぁいいか。

 戦力になるかどうかも分からない連中を当てにしても仕方ない。

 もう、(さい)は投げられた。

 こちらの到着と同時にスピールドノーヌが軍を動かしたということは、アダマンタイトゴーレムのトナオがビアリッツ山城を壊したことや、ティラベリ山に潜んでいたアイツの別動隊がスコップを振り回すウチの戦闘集団のせいで壊滅したこともたぶん知っているはず。

 第十三連隊(こちら)が主力に合流する前にモルガーニ将軍のいる主力部隊を叩き、その後ゆっくり俺たちを料理するつもりだろうね。

 同盟国軍を食べたりキノコ仲間にしたりしながら。

 スピールドノーヌとコーヌコピア。

 元ゼアチ国の聖軍人と元ゼアチ国の伝説級魔物。

 それが率いる、武装したキノコ集団七万。

 数だけでも三個師団相当。

 戦況や、魔法のような声や薬によってキノコのごとく増殖する武装集団ニデルメイエール。

 それに対してこちらはアルパカ団含めて五個連隊。師団一個強相当。

〈ワクワクしてほんとため息が出る〉

〈私もマソラとの熱い夜が楽しみだわ〉

〈今夜はいつもどおり寒い夜だから奇襲にはもってこいだね〉

〈マソラ様のお姉ちゃんスルー。今日もキレッキレですね〉

〈兄様!ゴーレムを確認しました!地面を破って……全部で、20体います!〉

〈こちらからも確認!地中から現れたのは全部で20体です!ステータスも確認しました!平均レベル61!〉

〈ゴーレムの数的にも連合国軍と対峙しているのは本隊だろうね。コーヌコピアとかいう魔物は分かる?〉

〈分かりませ~ん。でもでも~なんかへ~ん〉

〈雨が降っているのに一か所だけ何か……雨粒が勝手に()ねている?〉

〈気流が……わずかに揺らいでいる場所があるわ〉

〈お姉ちゃん。あれひょっとして、空気を操って光を屈折させる風魔法じゃない?〉

〈あり得るわね。そういうことよマソラ。話をまとめると風の塔ペニエルの星獣(バハムート)なみに敵が見えなくて、それくらいマソラとの夜が楽しみということよ〉

〈なるほどね。強さも能力も不明のコーヌコピアがいるかもしれない敵地襲撃の夜は確かに楽しみだ〉

〈やっと私の話をスルーしなくなったわね〉

〈はいはい。イザベルも三人も気を引き締めて。何もかも終わったら、みんなで一緒に美味しいものを食べて、みんなでまた一緒に寝よう〉

〈〈〈〈やったぁ!〉〉〉〉

 第十三連隊全軍で駆ける。

 次々に偵察兵からの情報が俺のもとに入ってくる。

 封印されし言葉「カンダチ」を使いたいのと、連隊の不安を取り除くため、香児三人にはローブを脱がせ、戦乙女(ワルキューレ)の姿にして俺の傍から離れさせる。

 俺を守るのは石人族トナオと鬼人族五人しかいない。

 アダマンタイトボックスの中にいるとはいえ、ある意味で今の俺は無防備に近い。

 魔獣女子レベルの敵が来たら一巻の終わり。

 まぁ、それを回避するために「カンダチ」で周囲を警戒するんだけどね。

「エイモス・ウィルバー連隊長に替わり、特別参謀ナガツマソラより全軍に伝達。これより連合国軍主力部隊に加勢すべく、我々は包囲(ほうい)部隊(ぶたい)となる!交戦中のニデルメイエール軍の背後に回れ!」

 東から()める連合国軍と、西から攻めるニデルメイエール軍。

 俺は第十三連隊の全軍に対し南から迂回(うかい)機動(きどう)を取りながらニデルメイエール軍のすぐ後ろに回り込むよう声で指示を出す。

 ズッ。ズッ。ズッ。ズッ。

「懐かしいなぁ」

 アダマンタイトボックスの中、(すずり)に水を入れて静かに(すみ)をつくりながら。


lUNAE LUMEN

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