第二部 歌神香児篇 その十一
うまれし国を恥づること。
古びし恋をなげくこと。
否定をいたくこのむこと。
あまりにわれを知れること。
盃とれば酔ざめの
悲しさをまづ思ふこと。
佐藤春夫 『病』
10.地獄
アーキア超大陸北西部。
クリプトクロム国アムティマン州ティエス市。
カルカン平野の即席基地〝ドロブネ〟にて。
「はぁ」
雨季はじめの大雨の中、小さなため息が基地内に響く。それもけっこうたくさん。どれどれ。
「はぁ」
羊人族のセブを始め、年老いた兵站部隊の女たちが取れたてキノコの山に手を突っ込んでは、アダマンタイトスコップで掘った大穴の中にポイポイキノコを捨てていく。穴に捨てられたキノコを見てみる。
ケショウハツ、ニガクリタケ、ツキヨタケ、モエギタケ、クサウラベニタケ、オオキヌハダトマヤタケ、ヤグラタケ、カキシメジ、テングタケ、ドクツルタケ……。
さすが。亀の甲より年の劫。
鑑別スキルなんてないのにちゃんと毒キノコを分別して捨ててる。すごいすごい。こうしてキノコの山は小さくなっていくけれど、ちゃんと〝食べられる〟キノコの山になっていく。
「さてさて」
俺は濡れている唐笠を再びさし、基地ドロブネから出る。六人の護衛がついてくる。笠を叩く雨音はさっきにも増して激しい。
そして誰も彼も忙しい。
腸まで冷えるような寒い雨の中、基地ドロブネの周囲では連隊全員を動員した大規模魔物狩り。
目的は兵士たちのレベルアップと、一万人を超える連隊員の糧食の確保。
魔獣女子四人が運んでくる生きのいい魔物を第十三連隊の兵士たちが必死に狩る。泥まみれ、汗まみれ、傷だらけ。
もう恐怖の色はないね。ただ死ぬほど疲れている。そしてそれに耐えている。
そう。それでいい。
みんな平和ボケした間抜け面じゃなくなって、獣みたいな、張り詰めた形相になってきた。
素敵。素敵。
獲物は殺して、食べる。
この行為は本来命がけなんだ。それこそ獣みたいになってもらわないと困る。ただし狩る側はか弱いヒトの身。だから獣になっても、ヒトらしく協力して殺らないと、殺られる。
協力。
つまり集団攻撃。
地獄のようなモンスターハンティングは五つの大隊が同時並行で行っている。
雨の中の〝冷たい〟修羅場を千人規模の大隊が様々な陣形を組み、防御に回れば敵の中央突破を阻み、攻撃に回れば主攻と助攻の機動を命がけで試しながら、獰猛な魔物たちをかろうじて退治していく。
ピイイイイイイイイ―――ッ!!
戦車に乗る大隊長たちの鳴子笛が鋭く響く。馬に乗る大隊長特別補佐が怒鳴りながらアダマンタイト製の十手を振って合図する。
さすがレベルの高い冒険者たちだ。
攻撃と防御以外の使い方を見つけたみたいだね。
魔力素の通し方によっては、アダマンタイトは青い蛍光を発する。それに気づいた五人の特別補佐たちは十手を警備員の蛍光棒みたいに使っている。あれなら雨季の戦闘中でも目立つ。感心。感心。
雨の中の俺は、再び基地ドロブネの中に視線だけ戻す。
集めた木で火を起こして石を焼き、さらには穴を掘って集めた雨水を焼き石で沸かし、ついでにキノコの選別やら薬草調合によるポーションづくりや食材の調理をしているスコップ老女や子どもたちのいる兵站所。〝そっち〟ではない方を見る。
雨こそ当たらないが〝こっち〟も大変。
つまり治療所。
一般参謀の三人サラゴザ、カストゥエラ、ヘミセットと連隊長エイモスも混じり、彼らは彼らで〝熱い〟修羅場を過ごしている。というか過ごさせている。
ブフウウウウッ!!!
ウマイヌの曳く救急車が爆走しながら前線を離脱し、急ぎ基地に向かってくる。走りっぱなしで全身から湯気を上げるウマイヌは輸送車両を曳きつつ、泥をはね飛ばし、基地ドロブネの治療所に到着。修羅馬。修羅場。
人も動物も容赦なく忙しい。馭者が叫ぶ。とびかかるような勢いで衛生兵が動く。
「はやく湯を運んでメスと鋸の消毒をしてください!」「分かっておる!あちちっ!」
「参謀!麻酔が足りません!」「今作ってる!ああもう、エーテルで私がクラクラする!」
「鉗子!鉗子!」「カンシ?ああ、これであったか!」「そりゃガーゼです!寝ぼけないでください!あっちのハサミみたいなヤツです!早く!!」
魔物狩りで兵士は当然ケガをする。その治療に幹部四人を手伝わせている。
水煮ゲテモノ食いの次の地獄は、戦場の医療現場という地獄。
共通しているのは命を最前線で直視すること。
治癒魔法の使えないボンクラ貴族の四人は俺が指導した衛生兵に叱られながら手術の手伝いに徹する。血や肉、骨を見る恐怖で四人とも最初は怯え切っていたが、今はその仕事量の多さにただ圧倒され、身分もへったくれも関係なく、ひたすら目の前の仕事をこなしている。
それでいい。
怯えている場合じゃない。
ここは戦場だ。
怯えるのは、トラウマに苦しむのは、戦争から帰った後だ。
今は全員、怯えちゃだめ。
生かすための兵。殺すための兵になりきれ。
「腸の端々(たんたん)吻合終了!これより閉腹縫合に入ります!」
それにしても、切断と焼灼くらいしかできなかった衛生兵の、糸と針を使った縫合、だいぶマシになった。それなら縫合不全で腹膜炎を起こして死ぬ確率は三割くらいに減るかな。治癒魔法の使い手が患者自身の治癒力を高めて生存確率を上げてくれるといいね。
「待ってください!ガーゼカウントが合いません!」「体内をくまなく探せ!鉗子の数は!?カウントミスはないか!?」
「切る」と「縫う」を同時にできる自動縫合器を用意しようかどうか迷ったけれど、これは止めた。
そこまでやったら、火薬を知らない猿に原子爆弾を与えるようなものだから、止める。
原子爆弾よりやばい「神の杖」をシギラリア要塞に落としてきたクソが勝手にやるかもしれないけれど、それでも俺は止める。抗生物質、消毒、麻酔、縫合技術。ここまででおしまい。目的は人助けじゃない。名前を売るためにやってきただけのこと。
目的は潰すこと。
「神の杖」を落としてきたクソを見つけ出して潰す。それがマソラ2号である俺がここに存在する理由。
そのために、俺はここまでやっただけ。
「みんながんばって!今頃スコップ組は地獄を見てる!だからみんなも地獄を見続けて!」
魔物を仕留めたばかりの兵士は肩で息をし、ウマイヌのように体中から湯気を上げながら天を仰ぐ。雨水を口に含み、再び顎を引く。武器を構えなおす。大隊長の呼子笛が再び鋭く鳴る。突撃する。大隊長特別補佐の十手が急襲してきた魔物の爪をしのぐ。十手の防御テクニックも悪くない。さすが。
連隊兵を限界ギリギリに追い詰める魔物。
フクロモグラ、チマウワヒョウ、オリオサル、イッソウワニ、アンギラサギ、カイコスクワガタムシ、ロゾーサンショウウオ、グアトループウサギ。
魔獣女子四人の探索能力もまたすごい。
よくこんなに色々な魔物を見つけてくる。生け捕りに出来るところがまたニクいね。
イザベル、クリスティナ、ソフィー、モチカ。
いつものことだけど、四人とも強すぎるよ。
ドドドドドドドドドッ!!!!!!
大隊が相手にする余裕がない魔物数匹が基地の前に立つ俺のところへ向かってくる。レベル40のチマウワヒョウ一匹とレベル38のカイコスクワガタムシ二匹。速いのと硬いのだね。
「ムフンッ!」
アダマンタイトの棍棒を握りしめた鬼人族四人がマンモスサイズのクワガタムシのハサミと突進を止める。タクロ、コレヒド、ラワーグ、プミポン。前よりさらに防御が手堅くなった。
「ホウ!!」
別の鬼人族一人がまずクワガタの一匹の頭部を棍棒で破壊する。そしてもう一匹のクワガタに飛び移る。いいねバゴー。四人も連携がよくとれてる。
クワウッ!!
それを見ている俺の喉笛を食いちぎろうと苔まみれのヒョウが口を開いてとびかかる。このままじゃ俺のお先は真っ暗。まぁ暗いのは最初からかもしれないけれど。
ドスゥ――ンッ!!
噛みつこうとしたチマウワヒョウが吹き飛び、俺の前から消える。
そして俺の隣にはアダマンタイト結晶で全身を覆った青い少年。
結晶を纏ったせいで、身長は俺と同じくらい。
「ありがとうトナオ」
正拳上段突きを頭部にもろに食らったチマウワヒョウがヨロヨロと起き上がる。特殊スキル「変身」を実行できる時間を少しでも長くするため、元の姿に限りなく近いサイズのアダマンタイトゴーレムは容赦なくヒョウに踏み込み、脳震盪の回復する暇を与えず中段回し蹴り。魔物の背骨が砕けるいい音が聞こえる。死体はそのまま兵站所のほうへすっ飛んでいく。スコップ兵の子どもたちがタタタッと走っていき、スコップで魔物の止めをさし、それをずるずる引きずって調理場へもっていき、さっさと解体を始める。
俺の護衛は店舗『ノンキンタン』の元スタッフで今は空手家の石人族一人と我流の棍棒使い鬼人族五人。
あとはみんなお出かけ中。
魔獣女子の風人族イザベルとクリスティナ、蛸人族ソフィーそして竜人族モチカは連隊兵約五千人のレベルアップのためにあちこち飛び回って魔物を連れてくる仕事。
アダマンタイトスコップをもった兵站専門部隊のうち男性老人は森林まで向かい、暖を取るための木材の伐採と基地ドロブネまでの運搬。要するに背骨が軋む労苦。女性老人と子どもは木材と食糧もろもろの加工。要するに休む暇のない労苦。
どれもこれも地獄のような労苦。
でもたぶん、一番大変なのが香児三人とアダマンタイトスコップをもった若手男女。
「ティラベリ山の中も〝キノコの山〟だろうね」
アダマンタイトスコップをもった若手五千人と香児三人が向かったのはティラベリ山。このカルカン平野の南西五十キロ地点の山。標高は1994メートルと結構高い。
驚いたことに、この山にはニデルメイエール軍の前衛部隊がいた。規模は二千人。つまり二個大隊ぐらい。十三連隊への偵察目的か奇襲目的かは分からないけれど、少なくとも別動隊であることは確かだ。
その存在は面白い。ニデルメイエール軍がただの烏合の衆ではないことの証明として。
ただし危険だ。ニデルメイエール軍がただの改造兵集団ではない可能性があるから。
というわけでこの別動隊の撃滅を俺はスコップ兵団つまり兵站専門部隊の若手に任せた。兵站専門だから戦闘をまったくしなくていいということにはならない。彼らには基地と前線を結ぶ背後連絡線の警護という仕事がある。つまり戦闘に巻き込まれる恐れがある。だからコンバットトレーニングはやらせる。
とは言え、スコップを用いた戦闘本を読んだことは俺にはない。
だからこればかりは教えられない。
そういうことで、「実戦で学んできて」と五千人の若者を俺は山の地獄に送り込んだ。
「別動隊を用意するってことは、軍事的知識は心得ていると思っていい。というわけで、山地における攻撃防御は機動が制限されるから、歩兵部隊が戦闘の主役のはず。ゴーレムが出たらイザベルたち俺の側近を送る。でも出でこなかったら救援は一切送らない。あとは情報を集めて意見を集約し、最後は君が一人で決めて。三本の山間道路がこのカルカン平野から別のブルーデンツ平野につながっているんだ。一本の山間道路に頼って山地を越えたら敵側の餌食になると思う」
一般参謀四人のうち唯一アダマンタイトスコップを所有する元山賊団『プサーコンドルの爪』の狐人族テレーニョにそう伝え、俺は大隊規模の若者スコップ男女集団とともに彼を送り出した。
そして香児三人。ナコト、エピゴノス、ルルイエ。
俺から離れられることを喜ぶかと思っていたけれど戦地に行けと聞いたせいか戸惑っていた香児三人には「余計な心配はしないでお前たちは要らないものを脱ぎ捨てて戦乙女らしく戦って」とエールを送る。ついでに「変な〝声〟を出すマキグソみたいな奴がいたらそれが本物のボスみたいなものだから、ボスはお前らが殺せ」と付け加えて。
まあ、大丈夫だろう。
匂い袋と香児たちの超強烈芳香があれば、たぶん〝声〟があっても正気は取り戻せる。
あとは自分たちの命で何もかも試せ。そこは地獄なんだから。
ンンンンッ!!
「ん?」
ああ、忘れてた。まだこんなところにいたのか。
「もう帰ってもいいって言っているのに、まだいるの?」
兵士が泥の中に転がっている。
ある者は既に息がなく冷たくなっていて、ある者は泥の中を必死に這いずり回っている。いずれも連合国軍の別の連隊の紋章がついている。
「アダマンタイトをよこせ」。
アダマンタイトスコップをばらまいた時点から予測はしていたけれど、やっぱりがめつい連中はどこにでもいる。
落ちこぼれを集めた第十三連隊が難攻不落のビアリッツ山城の『プサーコンドルの爪』を落としただけでもニュースになる。そしてその後にアダマンタイトスコップなるものが大量に各地に散らばり、それを巡り結構な数の殺し合いが発生したとか。そりゃそうだろうね。
で、逆に殺し合いが起きていなくて、しかもアダマンタイトの集積地はどこかと言えば、第十三連隊。つまり俺の所属する連隊の中の兵站専門部隊はアダマンタイトスコップを奪い合うことなく一人一本ずつ持っている。
なぜか?って皆は考える。
おそらく第十三連隊にはあまねくアダマンタイトが供給されているから。
だからスコップを奪う殺し合いが起きないのだ……だとさ。
この連中に聞いたらそういう料簡だった。
ちょっと違うんだよね。
まあ、それはウチの連隊長とのやりとりで感じただろう。
アダマンタイトを他の連合国軍の連隊にも供出せよという通信使節団は当たり前だけどまずエイモス連隊長の所へ顔を出す。
けれどエイモスも一般参謀の三人も俺を気にして何も言わない。言えない。そしてついにたまりかねたエイモスは「ナガツマソラ特別参謀に一任する」と言って逃げる。
正解。それでいい。
「アダマンタイト鉱床はもうありません。スコップを作るために全て使い切りました」と嘘を言ったところでいっこうに引き下がらず、ついには今第十三連隊が所有するアダマンタイトスコップの三分の二とアダマンタイトゴーレムのトナオをよこせと言ってきた「分からず屋さん」の欲張り二十三名。
彼らには仕方がないのでアダマンタイトを〝彼らに〟プレゼントした。
その一、アダマンタイトマスク。
鼻の孔以外の全てを塞ぐデスマスクは顔にばっちりフィット。鉄仮面みたい。
その二、アダマンタイトグローブ。
両手をグーのままに固定する小手は手の開閉を完全無効化。ネコ型ロボットの手にそっくり。
その三、アダマンタイトスプリント。
膝を曲げられない防具は正面攻撃を防げるけど一度倒れたら最後、自力で立ち上がるのはかなり難しいという弱点がある。
それらを強制装着させてお引き取り願ったところ、いまだに基地ドロブネの前でもがいている。もう二時間くらい経つね。
欲しかったアダマンタイトをあげたのに残念だ。結構奮発したのに。
本当はマスクしか上げる予定はなかったんだけど、マスクが一生脱げないと分かった途端、武器を振り回し始めたからグローブをつけてあげた。すると今度はグローブを振り回して攻撃してきたから仕方なく、倒れたら起き上がれないスプリントまで装着してあげた。
自業自得だね。
そうそう。そうやって這っておうちまで帰って魔法使いにアダマンタイトを外してもらうといい。Aランク以上の魔法使いならたぶんマスクに口の穴くらいあけてくれる。良心的で希少な魔法使いに出会えるといいね。それ以外だったらたぶん、肉を切ってアダマンタイトだけを奪うと思うよ。マスクの〝処理〟は壮絶だろうね。首を切り落として中身をほじくり出すのかな。いや違うな。俺だったら切り落とした首ごと鍋で煮るところから始めて……
「ンンン!!」
俺の足にすがりつく一人のアダマンタイトマスク。トナオが殴って殺そうとするけれど、それを止める。マスクの耳の部分に魔力を通し、俺は穴をあける。
「なぁに?アダマンタイトが欲しいんでしょ?だからあげるよ。命を代償に」
聴力を回復した兵士は全力で首を左右に振る。ケモノのように唸って泣く。
「ごめんね。俺は散歩で忙しいから話は終わり。風邪をひかないように気を付けて。まあその前に窒息死が待っていて、最後には餓死が待っていると思う。でもそもそも殺されるかもしれないね。アダマンタイトが死ぬほど欲しい君たちのような人の餌食になりそう」
アダマンタイトマスクの耳の部分を再び魔法で塞ぐ。トナオがマスク兵を俺から引き剥がし、雨中の泥にぶん投げる。
「目障りだし耳障りだから、他のも遠くに投げちゃって」
トナオにそう命じて、俺はイモムシのように地べたを這う他の連隊のマスク兵たちから離れる。まともに前に進めず、前がどこかもわからないなんて、さしずめ地獄だね。
スンスン。
下着の上にアダマンタイトの武装をさせただけの亜人族の芳香を俺は感知する。
竜脳、樟脳、アンバーグリス。
あとは土の匂いと血のニオイ。
「封印されし言葉」カンダチで香児三人の匂いを遠方から感知する日がようやくきたね。
〈イザベル、クリスティナ、ソフィー、モチカ。運搬ご苦労さま。もういいよ。兵站部隊が戻ってきた。樵をやってるスコップチームに連絡して、そっちも戻ってくるよう伝えて〉
〈〈〈〈了解!〉〉〉〉
俺は基地ドロブネの中にいる兵站組と医療組に伝え、基地の外で戦い続ける連隊兵に伝える。みな俺の地獄から解放されるのがうれしいらしく、雄叫びがそこかしこから噴水のように上がる。
「うふふ」
よく考えてみると、何もかも昔どこかで見たような光景ばかり。
異世界に来る前にやった〝加工〟と〝手術〟。
異世界に来て「封印されし言葉」に初めて出会ったアルビジョワ迷宮のモンスターハウス。
ナツカシイ。
懐かしい。
懐かしいと言えば、雫石瞳に文字を書いてもらったんだった。確か、「懐」。
アイツとの関わりは、墨か。墨汁だった。
なぁんて回想をしているうちに魔物狩りは終わり、憔悴しきった兵隊たちはその場にひっくり返る。
戻ってきたタフな魔獣女子がチャッチャカ魔物の解体を始め、それを調理し始める兵站部隊の女性老人と子どもたち。
加工した木を運び終えるスコップ男性老人。彼らをねぎらい、焼いた石を入れた風呂で疲れをいやすよう伝えた後、俺は死地から戻ってくる兵站部隊の若者と香児を目視するべく基地の上に銀の蔓で登る。
「けっこう死なずに残ってるね。上々」
俺は基地ドロブネの天辺から、蒼いスコップを担いだ兵士の数を数える。
ちなみにこの基地は第十三連隊の進軍中に荒野で見つけた大型木造船三隻の残骸を亜空間ノモリガミに回収したものを使用。
なんでこんなところに船なんてあるのかは知らない。
古い時代はここも海とか湖で覆われていたのかもしれない。放射性炭素を使った年代測定はアバウトだからあてにならないし、興味がない。
とにかく全長60メートルの木造船の残骸が複数あったおかげで、雨季の平野で食料加工と野戦病院なんて贅沢ができるようになった。雨季で行軍が遅れている他の連隊の邪魔にも迷惑にもならない。めでたし。めでたし。
雨風をしのぐ場所を巡り仲間の連隊同士で争い、主力としてニデルメイエール兵と戦いたくないから行軍速度を緩め、そのくせに少しでも自分の連隊の戦力が有利になるよう動いてアダマンタイトのカツアゲなんてする連中とは、俺たちは違う。
恐怖で実効支配している〝俺の〟第十三連隊は、違う。
「ただいま、帰還しました」
テレーニョ一般参謀が兵站専門部隊を代表して俺に挨拶する。
本来であれば彼の上司である連隊長のエイモスに先に挨拶しなければいけないけれど、エイモスも他の一般参謀の三人と一緒で、焚火の傍でくたびれて爆睡しているから仕方がない。
ちなみにスコップ男性老人は熱い風呂からあがり、疲労困憊の連隊兵とともに組み立て式の簡易住居ゲルを造っている。
連隊兵が風呂に入れるのはそれが終わった後。スコップの若手と一緒のタイミング。
戦場から帰ったばかりで自分たちの風呂を掘らされるスコップ若手と、湯船で互いの地獄を語らせるのが狙い。
「おかえりなさい。そしてお疲れさま」
よく見るとテレーニョのアダマンタイトスコップも血がついてる。
ダメだよ、参謀なんだから戦闘ではなく作戦立案に徹しないと。
いや、もしかしたら彼のいる本営にまでニデルメイエール兵が迫って来たのかも。余計な詮索はここではなし、と。
「ところで君たちの読みは当たった?」
テレーニョの隣にいた兵站専門部隊の大隊長トリプラに話を振る。
すんごい。レベル29で送り出した鷹人族の大隊長はレベル32になってる。
どんだけ〝キノコ狩り〟したんだろう。
「ナガツ特別参謀とテレーニョ一般参謀の予想通り、敵は三本の山間道路それぞれに独立して戦闘できるような編成を組んでおりました」
「じゃあこっちも同じように展開して敵をたたいたってわけだね」
「左様でございます。千五百名の部隊を三個編成し、三本の山間道路それぞれで敵集団を撃滅しました」
「なるほどね」
俺はそして、香児を見る。
青い円形のアダマンタイトシールドと青く鋭いアダマンタイトスピア、青く厳めしいアダマンタイトヘルムに青く美しいアダマンタイトプレート。そして煌めく黄金のマント。
いかにも戦乙女って感じの三人はそして汗だく。
俺との距離は今五メートルくらいしかないから、彼女たちの芳香を「カンダチ」で嗅いだらたぶん俺は卒倒しちゃう。というわけで「カンダチ」は解除して嗅覚もほとんど感度ゼロにした状態で、俺は三人に尋ねる。
「音を出すマキグソみたいな奴、いた?」
「はい。そしてニデルメイエール別動隊にはやはり大隊長らしき人物がいたので、その者を尋問して妙な魔物のようなものの正体を聞き出しました」
すごいね。尋問する余裕があったのか。
強くなったね。ああ、最初からこの三人は強いか。
「ただしその、敵大隊長はマスクのようなもので顔半分を隠していたのですが、それを外させて間もなく、発狂してしまい、詳しく聞き出すことはできませんでした」
「マスク?」
そう問い返した時、香児は「しまった」という表情になる。
「申し訳ございません!敵大隊長の死骸もろともマスクを持ち帰るべきでした!」
「あ、いやいいよ。敵の中に会話することのできる指揮官がいて、そいつがマスクを付けていて、外したらおかしくなった。これだけの情報で十分価値がある。アダマンタイトスコップと味方の亡骸以外の回収を命じていない俺がそもそも悪い」
言いながら考える。
マスクに何か仕掛けがある。
まぁ、雫石の洗脳の方法に違いがあるってことだろう。
どうせ歌漬けか薬物漬けかキノコ漬けだ。
「ありがとうございます」
俺は三人の安心した表情を見ながら続ける。
「で、マスク指揮官は音を出す魔物擬きみたいなのを何て呼んでいたの?」
「チクオンキ。そう申しておりました」
エピゴノスが答えると、残りのナコトとルルイエもはっきりとうなずく。
「チクオンキ……なるほどね」
蓄音機。サウンドレコーダー。おそらくは雫石の魔法の産物。
うっかりしてたと言えば、うっかりだ。
確かにこれは回収させるべきだったかも。ミスった。
今からこっそりモチカにドラゴンに変身してもらって回収……は無理だな。
別動隊を送るほどの敵だ。
軍識がある。秘密兵器を戦場に放置するほど馬鹿じゃない。
おそらくチクオンキはすでに回収するか処分しているだろう。それにチクオンキ相手にモチカに危険がないとは言い切れない。
手遅れだし、そもそも手が足りない。あきらめよう。
それに今回の目標はあくまで戦闘訓練。
逃げず、生きて敵を壊乱させただけで上出来。
敵将の首をとれたのはさらに上出来。リスクは回避できないけれど、チクオンキの回収は次の機会にしよう。
「敵大隊長の話では、そのチクオンキの声を聞くと洗脳されるとのことでした。現にこちらのマソラ様兵団も音を聞いて」
「おほん」
エピゴノスに対し、ちょっと咳払い。
「失礼しました。こちらの第十三連隊別動隊の兵もチクオンキなるものの音を聞いて錯乱した兵が百名近くも出てしまいました」
「やっぱり出たか」
少し前に隘路カシュガル国道で見た光景を思い出す。
穴という穴から血を拭く兵士達。よ~く見ると、顔中に血をこびりつかせたスコップ兵士が何人もいる。〝歌〟から脱出できたんだ。ということは……
「ナガツ特別参謀!やはり戦乙女のこの御三方はすごいです!」
鷹人族の大隊長トリプラが大声で言う。
後ろで控える兵站専門部隊の小隊長五十名もみなウンウンと頷く。
その間に挟まれ、戦乙女と言われた三人の香児は顔を赤くし、俯く。
「たとえあの魔の声を聴いて兵たちが血を流しながら錯乱しようとも、この御三方のすばらしき芳香のおかげでたちまち靄から覚めたように兵が正気を取り戻すのです!」
「それどころかニデルメイエール兵すら戦乙女と交戦中に逆に錯乱する者が現れて、それはもう驚きました。おそらくニオイが強烈でクラクラしたのだと思います」
「「とにかく頭がおかしくなるくらいすごいニオイです!!」」
小隊長から拍手が巻き起こる。ヒューヒューと口笛まで起こる。
いや、テレーニョもトリプラも、そりゃ褒めているんだろうけれど、言い方とかあるでしょうに。ほら、恥ずかしすぎて半泣きだよ三人とも。
「戦乙女のニオイと匂い袋のニオイ、それがどれだけ励みになったことか」
「うんうんそっか。それは良かった。でも香りだけじゃ敵は倒せないでしょ?スコップを使った戦闘にはみんな慣れたかな?」
気の毒な三人の香児のため、俺は話題を変えることにした。
報告によれば、兵站専門部隊の戦死者は279名。重傷者121名。
ティラベリ山に送り込む前に平地で魔物フクロモグラとは何度か戦わせていたけれど、ニデルメイエール兵相手は初めて。しかも戦闘の舞台は山。それで、これだけの死傷者で済んだのは正直驚いた。
折れないとはいえアダマンタイトスコップだけでゾンビ軍団をやっつけちゃうとは、予想外。ん~考えてみたら元は山城で十年以上過ごしている集団だから山岳戦は得意だったのかも。いやでもやっぱりすごい。生き残りたいっていう意志がよほど強くないと、あのキノコ兵を相手にはできない。感心。
「何をおつくりになられているのですか?」
と、そんなことを考えていたら声を掛けられた。
「これ?これはね……なんだと思う?」
若い戦闘兵たちがようやく熱い湯船で疲れを癒し、魔獣女子とともに食事をがっついている間、俺は基地ドロブネ内の榾火を前に、戦死者たちのアダマンタイトスコップにちょっとした加工を行っている。
「容器、に見えますが」
「容器と言えば容器だね」
それが気になったのか、テレーニョ一般参謀がこっちにやってきた。
ちなみに今の俺の護衛は先に食事と風呂を済ませた香児三人と鬼人族五人。
「角灯だよ」
「ランタン……ですか」
「そう。死者をこの地で埋葬してアダマンタイトスコップを墓標として突き刺していこうって君は言ったけれど、それだとたぶんスコップだけ盗まれて、誰がどこに埋葬されたのか、誰にも分からなくなる。だったら埋葬とは別に、ランタンに彼らの名前を彫って所属部隊のみんなに配ろうと思ったんだ。闇夜を照らすのは仲間の灯火。これならいつまでも誰かの記憶にきっと残るでしょ?」
戦死者のアダマンタイト製の認識票を見ながら俺は故人の名前をランタンに浮かべる。
「それでスコップを回収して……私はてっきり資源の再利用が目的かと思っておりました」
「それは間違っていないよ。俺のやっていることは所詮再利用だ」
「いいえ……その方がたぶん、彼らの魂も喜びましょう。みなとともにいつまでもいられるのですから」
不意打ちを食らった後の、柔らかな微笑が俺に向けられる。
「どうかな。埋葬した死者たちには、この大地の石と一緒にイシワリソウの種を植えたから。イシワリソウになってそこら中に咲きながら俺を呪うかも」
照れたように笑いながら俺も返す。
「いいえ。生きた証がいつまでもそこに残るのなら魂はきっと浮かばれます。特別参謀を呪うような者はおりません」
「うまく合わせてくるね。ふふ」
戦死者一本のアダマンタイトスコップから、十個のランタンが作れる。
骨子はアダマンタイト。それに嵌めるガラスは俺のもつ封印されし言葉「ミガモリ」による手作り。
これらの部品を器用な石人族のトナオと、トナオと同い年くらいの兵站部隊の子どもたち百数十人が手伝う。お腹が満たされた子どもたちはもう眠そう。だけどちょっと頑張ってもらう。
「少し、ご一緒してもよろしいですか」
「いいよ。って本当はそこで焼いているキノコが目当てでしょ?」
焚火の前には食事にありついていない俺とトナオのためのキノコの串焼きが五本。三本はトナオ用で、二本は俺用。
「私はあちらでたらふくご馳走になりました。こちらのキノコは?」
「これ?これはね、コウタケっていうんだよ。生で食べると中毒を起こすけれど焼けば美味しいし、たぶんキノコの中で一番香りと風味がいい。幻のキノコなんて言われてる。さっき手に入ったばかりなんだ。だからこっそり食べようと思って焼いてる。向こうでみんなが食べているキノコポタージュには入っていないだろうね」
俺には香茸の毒なんて効かないけれど、トナオは別かもしれない。だからちゃんと焼く。
実際焼いた方が美味しいし、それに本当にいい香り。
香児三人は今芳香漏洩防止効果のあるローブを着ているから俺の嗅覚は正常モードに戻してある。だからコウタケの香りを堪能できる。
確かに松茸より良い匂い。
今日一日、俺も少しは働いた。散歩のついでにがめつい連中を拷問した。だからこれくらいのご褒美があってもいいはずだ。
「なるほど。香料を知り尽くした特別参謀はキノコの香りにもお詳しいのですね」
「まあそれなりにね」
コウタケの串焼きの前で作業をする俺とトナオの正面に、テレーニョ参謀が「失礼します」と言って座る。
「私は、雨季が嫌いです」
少しして、すくんだように膝をついて座っていたテレーニョ参謀が話し始める。
「はは。雨季が好きな人なんていないよ」
トナオもコクリと頷く。
「私は、このクリプトクロムで生まれました」
軽い冗談は水のように流され、テレーニョは火を見ながら口を動かす。
「そうだったんだ。家族は?」
「いました。父は早くに亡くなりましたが、母が女手一つで私と姉と妹の三人を育ててくれました」
「立派だね」
俺なんか親を手にかけて妹を捨てた身だよ、なんて冗談は思いついたけど言わない。
「……ですが、みな、奪われました」
「盗賊に?」
ランタンを組み立てながら尋ねる。
「はい。一週間という雨季と乾季のくり返しのせいで作物の獲れる量は限られ、あとはキノコや虫やコケばかり」
雨のせいか風呂のせいか、ふやけた指の腹を見ながらテレーニョは過去に目を向けているらしい。
「雨季はみな希望を失い、やがて堕落し、乾季にはあくせく働くか、さもなくば諦めて奪う。私の家族はその「奪う」に遭いました。家族四人のうち生き延びたのは私だけ。あとは」
「言わなくて大丈夫だよ。想像がつくから」
「……はい」
長身で筋肉質だけど痩せ身のテレーニョは口を噤む。
「奪った盗賊の頭目はやがて『プサーコンドルの爪』の頭領ビリャディエゴ・プリオルの傘下に入り、君は才覚があったからビリャディエゴに見出された。そんな感じ?」
「はい。お察しの通りにございます」
「充実していた?その後の人生は」
答えの分かり切った意地悪な質問をする。
「いいえ。奪われた者が奪う者になっただけです」
「世の中そんなもんだよ」
決まり切った意地悪な回答をする。うなだれた青年の肩が、さらにうなだれる。それをじっと見る石人族の少年がいる。
「「……」」
「奪われたくなければ、強くなるしかない」
二人の視線が向けられる前に、俺はもうランタンに目を落としている。微量だけど二人とも体内の魔力素が激しく流れ始めている。
「そうですね。その通りにございます。そして圧倒的な強さの前に、私はいまこうしてここにおります」
「どうだろうね。それよりスコップはどうしたの?」
俺は相手にせず、出来上がった骨子をトナオに渡す。別の骨子を作り始める。
「ナガツマソラ様が皆のために用意したゲルの中に置いてまいりました。連隊にはもう誰も、アダマンタイトスコップを盗もうとする者はおりません。それもこれもナガツマソラ様のおかげです。それにここで背負っていればかえって不信感を抱かれてしまうかと思い置いてまいりました」
呼び方が変わった。特別参謀でいいのに、まったく。
「余計な忖度は不要だよ。君は軍人。もう盗賊じゃない。だから油断は禁物。いついかなる敵襲があるかもしれない。参謀とはいえ武器の一つくらい持って歩かないとダメだよ」
俺は爛々(らんらん)と眼を光らせるテレーニョを見ながら忠告する。
「申し訳ございません。以後気を付けます。ですが決して特別参謀、いえナガツマソラ様にスコップを向ける真似は絶対に致しません」
「そりゃ助かる。いくら地獄の演出家だからって仲間に寝首を掻かれるのはゴメンだ」
「地獄、ですか?」
また不意を突かれたような表情になるテレーニョ。
地獄だと思わないの?
スコップ一本しか用意されなくてキノコゾンビを殺しにいかなきゃいけないんだ。地獄だろうに。
「辛かったでしょ?辛いでしょ?辛いよ?今までも今もそしてこれからも」
「いいえ。辛くはございません。もちろん肉体的な疲労はございますが、精神的な疲れはもう、なくなりました」
「キノコ兵相手に戦っておいて、よくそんなことが言えるね。すごい」
「ニデルメイエール兵がどのような武装で挑んでこようと平気です。私にはアダマンタイトスコップと仲間とナガツマソラ様がいますから」
「最後のはあまり役立たないかもね」
「いいえ!ナガツマソラ様は、私を変えてくださりました」
「盗賊から軍人にしたんだ。そりゃそうだね」
「そういう意味ではなく!私はあなたのおかげで、雨季が嫌いでなくなりました!」
「面白いことを言う」
「水は大事ですが、雨季は人の心から何もかも奪う。奪われたから乾季に取り戻そうとする。そう思っておりましたが、ナガツマソラ様はそうではないことを教えてくださいました」
「女帝もきっと教えてくれるよ」
「そうかもしれません。兵士をヒトデナシの怪物に仕立て上げることで」
「……」
「ナガツマソラ様の言う地獄。生き残る術を学ぶためにスコップを振り回す地獄。生きのこるために食料を命がけでかき集め、傷を癒す術を命がけで学ぶ地獄。体温を奪う雨風をしのぐ住居を皆で命がけで組み立てる地獄。冷たい雨水を貯めた池に焼き石を投入し、体の芯から暖まることのできる地獄。裸の老若男女が湯の中で愚痴を言い、はしゃぐ地獄。彼らは裸であっても、アダマンタイト製の認識票だけは首からかけて、最期まで誰だったかを確認してもらえる地獄。そして食料を皆と分かち合える地獄……」
「地獄」「地獄」ってうるさいから、俺はランタンを置き、焼けたコウタケの串を二本取る。
一本をトナオに、そしてもう一本をテレーニョに差し出す。
テレーニョは手を振って一度、辞退したけど、「いいから食べてごらんって」としつこく進める俺に根負けして、串を受け取る。
そして俺は自分用の最後の串を一本焚火の前から取って食べる。
「ん~……うんま」
少しだけ苦みはあるけど香りが良い。風味も香りも松茸を凌ぐよこれ。
フードファイターみたいな魔獣女子四人にはあげないもんね。でもしまった。匂いで……は大丈夫。四人の嗅覚感度は下げてある。危なかった。
「私が見た地獄の中で、これほど輝きに満ちた地獄はありません」
言って、テレーニョは串焼きのコウタケをほうばる。美味しすぎてボロボロ泣いてる。分かるよ。一方のトナオはニコニコ。それも分かる。美味い食い物を魔獣女子四人にバレずにこっそり食べるのはなんか背徳感があって嬉しい。なんでだろう。社畜の幸せって奴?社畜になんてなったことないけど。
「そう。これからはじゃあ期待しない方がいい。本当の地獄が待っているから」
串に刺してあるコウタケをホフホフ言って食べながら、忠告する。
「一寸先は闇のような地獄」
「そうであればなおさら、どこまでご一緒します」
やれやれ、シギラリア要塞で働くミソビッチョみたいだ。
「やなこった。女帝をぶっ飛ばしたら俺は軍隊なんてやめてまた香料店をやるから「どこまでも」はごめんだよ。「今だけ」で結構」
俺は串に刺した最後の一つを口に含む。
「女帝をぶっ飛ばす……そうでした!あなたは地獄の軍団長。女帝を打ち破る唯一の希望。……失礼いたしました!この遠征の目的が女帝の討伐にあることを失念していました」
「しっかりしてよ。かなり疲れているみたいだから、今日はもう早く寝てくださいな」
「本当に、ありがとうございました!」
いちいち大袈裟なことを言う一般参謀がドロブネから出て行く。
「まったくもう、地獄の軍団長とかうれしくないから」
俺は声無くクスクスと笑うトナオに別の焼けた串を渡す。
俺はコウタケを一本だけ、トナオは三本、と思ったらトナオが半分こにしようと身振りで言ってきたので結局二人で二本ずつコウタケの串焼きを食べ、またランタン作りに戻る。
アダマンタイトランタン。
それを吊るす場所は移動式住居ゲルの中。
第十三連隊兵が狩った魔物の革フェルト、男性老人スコップ団が伐って加工した支柱、そして戦場から帰った若いスコップ団が切り出し敷き詰めた床石。
雨季にも耐えられる千二百個のゲルの中を、出来立てのランタンの淡い灯が照らす。
兵士たちは天幕を叩く雨音を聞き、ランタンの獣脂に灯るチリチリと音を立てる火や揺れる灯影を見ながら、体を寄せ合い、まもなく泥のような眠りに就く。老若男女分け隔てなく。
それでいい。
眠れるときに眠れ。
そして起きている間は、俺の用意した地獄を見続けろ。
そうすれば女帝リチェルカーレの創る地獄なんて、何でもなくなるよ。
さてさて、ノンキンタンだけに暢気な行軍を続けていたら申し訳ないので手に入れたこの日の食料が尽きるギリギリまで駆けに駆けて三日。
乾季の二日前でようやく主戦場に俺達は到着。師団規模の移動で「三日間で五百キロ」は結構いい数字だと思う。道路があるとはいえさすがに無理させ過ぎだと思ったから、主戦場の五十キロ手前で大休止。ここからは普通に歩かせてウォーミングアップ。そして昼頃に目的地に到着。
場所はルアラバ盆地。
盆地のど真ん中に堅固な要塞ヤムスクロがある。
そこで今、西から来たニデルメイエール軍と東から来た連合国軍がにらみ合っているとの報告を、連合国軍の通信兵から聞いた。
「到着している連合国軍の規模はどれくらいですか?」
通信兵といってもモルガーニ将軍率いる第一連隊の小隊長クラスの人物を我らがアルパカ団によこしてきたので、改まってこちらも問う。
「第一、第三、第七、第十一連隊が既に到着し、ヤムスクロ要塞前に布陣しているとのことです」
「既に」って、たった四つ?一個師団分だけ?
「ちなみに把握できている敵兵力はどのくらいですか?」
「ニデルメイエールの兵力はおよそ七万です」
「七万?味方の三倍もいるのに連合国軍はヤムスクロ要塞前に防御陣地を敷いているんですか?」
「はい」
「えっと、それは何かの作戦でしょうか?戦闘が始まったら要塞の中にすぐに逃げ込んで救援の連合国軍と挟み撃ちするとか?」
「いえ!今のところ、戦況が不利になれば要塞はそのまま置き捨て、さらに東へと下がる方針だと上層部から聞いております」
マジで?要塞そんなにあっさり捨てちゃっていいの?
「変ですね。それじゃ要塞をすぐに奪われてしまうことになりませんか?補給基地として使えそうなのによろしいのですか?」
奪われたら逆にニデルメイエール兵の補給基地になるだろうに。なんで?
「それが、あくまで兵たちの噂なのですが、「女帝リチェルカーレを相手に籠城すると、呪われる」という話がまことしやかに広まっておりまして……それで末端の兵だけでなく各連隊の准将軍もまた城に籠ることを恐れておりまして……」
「へぇ……そうですか」
噂。
この異世界に来て思ったこと、それは噂が意外と馬鹿にならないということ。
魔法が存在する以上、何が起きてもおかしくないということ。魔力素の塊みたいな俺自体がそんなものだ。どうかしている。
こちらの「どうかしている」を異世界に突きつけることができる一方で、異世界の「どうかしている」もまたこちらに突きつけられてもおかしくない。
だから、噂も念のため計算する必要がある。
大量の情報を集めていくうちに噂の根拠はたぶん明らかになる。
ということは、いかに短時間で膨大量の情報を集めて処理できるかがカギ。
やるしかない、か。
「戦力的に不利な状況とは言え、このような内情を抱えているため、敵を迎え撃つ作戦です。しかるに第一連隊隊長、すなわち連合国軍代表モルガーニ将軍より「ただちに合流し、防御陣を固めよ」とのことです」
「了解しました。わざわざ出向いていただき、そのうえ詳細な連絡、感謝いたします。エイモス准将軍、いかがいたしますか?」
間違えてウンコを食ったアルパカみたいに、瞼を閉じ深刻な表情を浮かべているエイモス連隊長に指示を仰ぐ、という形式。
「そなたに一任する」
という儀式。「えっ?」と驚く第一連隊小隊長。
そりゃそうだ。「そなたの判断を問いたい」とかだよね、普通。それで連隊長自らが判断っていうのが普通だよね。
でもウチはほら、普通じゃないのさ。何せアルパカの第十三連隊。
「サラゴサ補佐、カストゥエラ補佐、ヘミセット補佐、テレーニョ補佐はいかがですか?」
「エイモス准将軍に従います」「私も右に同じです」「私もです」「私もナガッ……エイモス准将軍に従います!」
「承知しました。ではエイモス准将軍よりモルガーニ将軍へ「ただちに主力軍に合流いたします」とお伝えください」
「畏まりました!」
俺を魔物でも見るような目で見た後、通信兵役の小隊長さんが幕営から雨の中に消える。入れ替わるようにして戻ってくるイザベルとクリスティナ。……そっか。
「マソラ、敵が動いたわ」「絶対にマソラ様のことすっごく警戒してますよ!」
「「「「!」」」」
エイモス連隊長と一般参謀三人が額にブワッと汗を浮かべ、互いに顔を見合わせる。スコップを背負う若手参謀だけが鼻息を荒くして嬉しそうな顔をする。
「警戒しているのは俺じゃなくてトナオの攻撃だよ。それにこれで安心」
「特別参謀!ど、どういう意味ですか!?」
「まあ、向こうの大将が情報通り本物の軍人だってことです」
俺はテーブルの上に広げてあった地図を丸める。
イザベルとクリスティナに合図を出し、再び二人を偵察に戻す。
魔獣女子四人は現在偵察中。
敵のニデルメイエール兵が進軍をしてきた時だけ、演出の都合上、念話ではなく直接報告に来て欲しいと伝えておいた。ちなみに現在の俺の身辺警護はトナオと鬼人族五人。それと香児三人。
「彼女たちが仕入れた情報をまだ伝えておりませんでした」
ティラベリ山攻略の段階でその情報を俺は魔獣女子四人から得て持っていたが、全軍にはまだ明かしていない。
「敵将の名は」
言うとビビッちゃうから。
「聖人床屋のスピールドノーヌ」
その言葉で、控えていた大隊長特別補佐の冒険者五人がアッと驚いた顔になる。無理もない。そりゃ驚くよね。
「今、何て?」
「スピールドノーヌ。知らないって顔をしている上司の五人に後で教えてあげて」
「嘘でしょ」「聖人床屋……」「アイツかよ」「ニデルメイエールにいたのか」
青ざめる特別補佐を見て動揺が隠せない大隊長五名。それが伝染する一般参謀三名と連隊長。平気なのはスコップをもつ一般参謀と兵站専門部隊大隊長トリプラのみ。両手を組んで指を鳴らしている。いいねぇ。カックイイ~。
「みなさん。今回の戦いは激戦になると思われるので覚悟してください。敵の偵察部隊に感づかれないため、指示は、移動中に逐一こちらから出します。よろしいですか?」
連隊長と一般参謀が何度も頷く。
大隊長とその特別補佐計十名も頷く。
俺は彼らが頷いた後、瞼を閉じ、灼眼に変える。それを見た全員がギョッとする。
「一つ、お約束してほしいことがあります」
ゴクリと唾を呑み込む音がする。静まりかえる。
「俺は何があっても皆さんを見捨てません。だからそのかわり、何があっても信じてついてきてください」
「何をいまさら申しておる!」「そんなの当たり前だろうが!」「そうでなければ私のような者が医療技術を必死に覚えたりなどしない!」「当然信じてついてゆきます!!」
連隊長と一般参謀四人と大隊長トリプラ以外は表情を強張らせたまま、黙している。
俺が話したい相手は冒険者あがりたち。
「言い方がよくありませんでした。優しく言ったのが間違いでしたね。……俺を裏切ったら許さない。俺を心の底から恐怖しろ。俺が怖ければ俺を裏切るな。こう申し上げたんです」
黙していた〝冒険者〟十人がこっちを直視する。
震えをこらえ、改めて頷くのを確認する。
俺は灼眼を元に戻す。
「戦場で一番怖いのは恐慌です。恐怖した集団のとる行動です。それを和らげるために匂い袋があります」
そこまで言って黙る。「火車」を使い、口から赤い火をわずかに漏らす。
「そしてそれを打ち消すほどの恐怖が俺です。怖くなったら思い出してください。火に巻かれた幼子のように。闇のような俺を」
火を消す。
「俺は怖い」
それが合図で、石人族のトナオが天幕に入ってくる。ピザ屋の配達員みたいに、腕には〝青いピザ〟を五枚。それを床に、冒険者の足下に並べ置く。
「せいぜい仲間に守ってもらえ」
それは丸盾。
「「「「「……」」」」」
ただし、アダマンタイト製の認識票でつくった墓標盾。ここに生きてたどり着くことができなかった戦死者の、仲間の名が刻まれている盾。
「ふふ……承知した」
一人の〝冒険者〟が盾を拾う。
「分かったよ、〝特別〟参謀さん」
また一人。
「あんたより怖い奴はいねぇ。例え相手がスピールドノーヌだとしても」
もう一人。
「違ぇねぇ。まったくもって違ぇねぇ」
屈んで、拾う。また一人。
「勲章をもらいそこねた軍人の床屋風情に臆する必要など全くない」
そして最後の〝冒険者〟一人も拾う。
苦笑し始めた元冒険者たち。
そう。君たちは「スピールドノーヌ」という言葉を克服すればいい。
これはただの言葉だ。
俺がただの言葉に変えてやる。
あとは部隊を動かすことに集中しろ。
「というわけで床屋のキノコ団VS香りのアルパカ団の戦いを一つおっぱじめるとしましょう」
俺の音頭で、元冒険者の特別補佐が冒険者らしいノリで騒ぐ。
騒ぎながら品なく自分たちの上司である大隊長の肩や尻を叩く。ガヤガヤさせながら大隊長とともに天幕を出る。
「我々も移動しますか?」
兵站専門部隊トリプラが尋ねてくる。
「うん。今回は総力戦。兵站部隊すら火力部隊として機動させないと多分勝てない」
「上等です!このスコップで敵を撃滅してみせます!」
「期待しているよ。細かい作戦は追って指示するけれど、今回は君らがいてくれないとすごく困る」
「ありがたきお言葉!必ずやご期待に添います!」
俺は指示を出し、天幕を出る。
兵站専門部隊の年寄りと子どもは医療担当。救急車の中で働き、必要によっては救急車をアダマンタイトスコップで守る。
兵站専門部隊の若手は男女問わず、戦力にする。スコップ一本で攻守ができるようになった彼らは十分立派な戦力。使わない手はない。
〈四人とも聞こえる?〉
俺は魔獣女子四人に念話で連絡する。
四人から返事が返ってくる。ちなみに四人は強いけれど何があるか分からないから、二人一組のバディで行動させている。すなわちイザベル&クリスティナ組と、ソフィー&モチカ組。蛸人族のソフィーと竜人族のモチカの「変身」は切り札として、今は禁じている。このためどうしても風人族のイザベルとクリスティナの方が移動速度は高い。そんなわけで遠方からの敵情視察は風人族双子姉妹に任せ、第十三連隊に近い方でソフィーとモチカには敵情視察を行わせている。どちらも敵偵察部隊とエンカウントする確率は高い。
〈四人とも状況を教えて。前線はどんな感じ?〉
〈きのこがうじゃうじゃいま~す〉〈すごい数のニデルメイエール兵がすごくない数の連合国軍に突撃しています!〉
〈二人とも、それじゃマソラが混乱するわ。いい?うじゃうじゃキノコを生やしたニデルメイエール兵が連合国軍にすごい攻撃を仕掛けているわ〉
〈お姉ちゃん。それだとニデルメイエール兵一人にたくさんキノコが生えているみたいだよ〉
〈そうね。それじゃあこういうのはどう、たくさんの……〉
〈四人とも。味方の偵察部隊がその辺をウロチョロしているから敵のキノコ兵にやられないようにしっかり守ってあげて。ピンポイントで情報を聴くからその時はよろしく!〉
〈〈〈〈了解!!〉〉〉〉
俺はアイソポスオサムシに乗り込み、魔獣女子から戦況をばっちり確認すると、進撃を始める。
それに続く第十三連隊4839名。そして兵站専門部隊6698名。
果たしてこのうち何名が生き残れるかな。
素晴らしい闇に還らずに済むのは何人かな。
〈兄様兄様!〉
〈どったのモチカ?〉
〈先ほど言っていた「聖人床屋」とは一体何なのですか?〉
〈床屋さんは~聖人なの~?〉
〈ああ。あれね〉
連合国軍が迎え撃つ敵将。
魔獣女子四人が魔物狩りの最中偶然拾ってきた情報によれば、その名はスピールドノーヌ・カレッツァ。
そして冒険者ギルドに寄せられている情報を記憶から呼び覚まし、照合して分かったこと。
聖人床屋スピールドノーヌ。
獅子人族のこの男は元軍人だったが、政治的ヘマをやらかして軍隊をクビになり、床屋になった経緯があるとか。
政治的ヘマというのは軍上層部の命令を無視し部下の救出を優先したというもので、彼の出身であるゼアチ国ではこのため有名な義人だったらしい。
しかも軍人として武技と魔法に長けているだけでなく、指揮官としても有能だったというレアキャラ。
だけどまぁ、出る杭は打たれるというヤツで、結局同僚たちの嫉妬で潰されたとか。そこのところは生粋の武人らしく、世渡りは下手だったってことだね。
古今東西そりゃそうだけど、民衆はこういう悲劇の英雄をすごく好む。
当のスピールドノーヌは国中の冒険者ギルドから寄せられる「ぜひギルドマスターになってほしい!」という声を全て断り、「自分はもう世捨て人ですので」と一民間人として場末の床屋で人々のヘアカットや髭剃りを寡黙にこなす日々。
こんなわけだから、スピールドノーヌは「聖人床屋」あるいは「聖軍人」としてゼアチ国の生きる伝説となる。
で、この異世界じゃ当たり前のことだけれど、有事には床屋が軍に招集される。
理由は刃物を扱えるから。
つまり一医療軍人として対ニデルメイエール国防軍に招聘され、そして案の定、女帝率いるニデルメイエール軍に敗北した。
読んだギルドの資料だと、ゼアチ国は本当にスピールドノーヌを一医療人として参加させただけで、軍の参謀組織に加えるようなことはしなかったらしい。
もったいない。宝の持ち腐れとはこのことだね。
そしてニデルメイエール軍との戦争にもちろんゼアチ国自体が破れる。スピールドノーヌの所属した師団は壊滅。
その時に女帝に感化されたとか捕獲拷問されたとか何とかで、スピールドノーヌは最終的に、女帝の将軍になったらしい。
まぁ雫石のことだから、たぶん薬漬けにでもしたんだろう。数日前のティラベリ山で戦った香児たちの言うマスクマンの話で腑に落ちた。
それにしてもよくスピールドノーヌを見つけたね。
そこがすごい。やるね雫石。
潰し甲斐がある。
まさか偶然じゃないよね?
〈……ということ〉
〈そうだったのですか。しかし弱き者のために強き者に楯突いたとは、同じ武人としてそのスピールドノーヌという者を少々尊敬してしまいます〉
〈そうだね。そこだけをクローズアップすると複雑な心境になる。とは言ってもね、悪いのはこのマルコジェノバを荒らしまわっている女帝だろうけれど、その手下として動いている以上は、個人的な心情はどうであれ、やっつけるしかないよ〉
マスクマン。
たぶんスピールドノーヌは頭脳労働ができる。つまり女帝の遠征軍の指揮をとれる。
そしてこいつがクリプトクロム国の切り取り係の可能性が高い。
雫石瞳の国盗りエージェント有力候補。
ティラベル山の別動隊もおそらくスピールドノーヌが放った。
そしてその前の隘路カシュガル国道もスピールドノーヌの仕業。
隘路攻めは素人クサく見せた芝居。
軍事的知識がある上に、キノコ兵独特の耐久力と戦闘力、それに切り札のゴーレムの使いどころを冷静に分析して、次の最良手のための実験的な行軍をわざとやっていると見るべきだ。魔獣女子二人と〝失敗ダニ〟がいなかったら間違いなくクリプトクロム軍は全滅していた。
〈私はマソラの敵なら誰でもフルボッコにするわ〉
〈私もです!マソラ様を狙っている奴ならなおさらぶっ飛ばします!〉
〈相手を殺さないで済ませられればいいけれど、キノコ兵相手にそうはいかないだろうから、やっぱり殺すしかないだろうね〉
〈は~い。あ、キノコが八人きました~からのハイジャックバックブリーカ~〉
〈将軍クラスの人物は投降してきたところで、おそらく死刑は免れないでしょう。ならば一武人として戦場で散るのが良いと思います!ってそこ危ない!フラッシュ・タンゴ!〉
こっちにはチート級の魔獣女子が四人もいる。とはいえ手加減ができる相手かどうかも分からない。
というのも偵察部隊の情報によると、ゼアチ国では最近、とんでもない魔物が発掘されたらしい。
〈魔物?〉
〈女帝の仕業だね。メキラ聖人窟っていう立ち入り禁止の迷宮を開拓して、封印されていた魔物を解き放ち、しかも自分の手下にしたんだとさ〉
土地に伝わる伝承によれば、封印されていた魔物の名は、禍鳥コーヌコピア。
そのコーヌコピアとかいう謎魔物を連れているのが、今ルアラバ盆地でバトっているニデルメイエール軍だっていうから、スピールドノーヌとセットってことになる。
こりゃ笑うしかない。連合国軍大ピンチ。
伝説みたいなコーヌコピアと伝説のスピールドノーヌ。
たぶん連合国軍の各連隊もこれくらいの情報は持ってるんだろう。
だから戦場への到着が遅いんだろうね。
20も連隊があるはずなのに4つしか主戦場に来てないってどういうこと?
多方面に向かう指令が出たなんて聞いてないんですけど。
クリプトクロム国内での大規模軍事衝突がルアラバ盆地以外で起きてるなんて情報、偵察部隊がひとっつも拾ってこないんですけど。
どこかで俺の知らない山城があって、そこの盗賊団でも相手にして戦っているの?
やれやれ。
まぁいいか。
戦力になるかどうかも分からない連中を当てにしても仕方ない。
もう、賽は投げられた。
こちらの到着と同時にスピールドノーヌが軍を動かしたということは、アダマンタイトゴーレムのトナオがビアリッツ山城を壊したことや、ティラベリ山に潜んでいたアイツの別動隊がスコップを振り回すウチの戦闘集団のせいで壊滅したこともたぶん知っているはず。
第十三連隊が主力に合流する前にモルガーニ将軍のいる主力部隊を叩き、その後ゆっくり俺たちを料理するつもりだろうね。
同盟国軍を食べたりキノコ仲間にしたりしながら。
スピールドノーヌとコーヌコピア。
元ゼアチ国の聖軍人と元ゼアチ国の伝説級魔物。
それが率いる、武装したキノコ集団七万。
数だけでも三個師団相当。
戦況や、魔法のような声や薬によってキノコのごとく増殖する武装集団ニデルメイエール。
それに対してこちらはアルパカ団含めて五個連隊。師団一個強相当。
〈ワクワクしてほんとため息が出る〉
〈私もマソラとの熱い夜が楽しみだわ〉
〈今夜はいつもどおり寒い夜だから奇襲にはもってこいだね〉
〈マソラ様のお姉ちゃんスルー。今日もキレッキレですね〉
〈兄様!ゴーレムを確認しました!地面を破って……全部で、20体います!〉
〈こちらからも確認!地中から現れたのは全部で20体です!ステータスも確認しました!平均レベル61!〉
〈ゴーレムの数的にも連合国軍と対峙しているのは本隊だろうね。コーヌコピアとかいう魔物は分かる?〉
〈分かりませ~ん。でもでも~なんかへ~ん〉
〈雨が降っているのに一か所だけ何か……雨粒が勝手に撥ねている?〉
〈気流が……わずかに揺らいでいる場所があるわ〉
〈お姉ちゃん。あれひょっとして、空気を操って光を屈折させる風魔法じゃない?〉
〈あり得るわね。そういうことよマソラ。話をまとめると風の塔ペニエルの星獣なみに敵が見えなくて、それくらいマソラとの夜が楽しみということよ〉
〈なるほどね。強さも能力も不明のコーヌコピアがいるかもしれない敵地襲撃の夜は確かに楽しみだ〉
〈やっと私の話をスルーしなくなったわね〉
〈はいはい。イザベルも三人も気を引き締めて。何もかも終わったら、みんなで一緒に美味しいものを食べて、みんなでまた一緒に寝よう〉
〈〈〈〈やったぁ!〉〉〉〉
第十三連隊全軍で駆ける。
次々に偵察兵からの情報が俺のもとに入ってくる。
封印されし言葉「カンダチ」を使いたいのと、連隊の不安を取り除くため、香児三人にはローブを脱がせ、戦乙女の姿にして俺の傍から離れさせる。
俺を守るのは石人族トナオと鬼人族五人しかいない。
アダマンタイトボックスの中にいるとはいえ、ある意味で今の俺は無防備に近い。
魔獣女子レベルの敵が来たら一巻の終わり。
まぁ、それを回避するために「カンダチ」で周囲を警戒するんだけどね。
「エイモス・ウィルバー連隊長に替わり、特別参謀ナガツマソラより全軍に伝達。これより連合国軍主力部隊に加勢すべく、我々は包囲部隊となる!交戦中のニデルメイエール軍の背後に回れ!」
東から攻める連合国軍と、西から攻めるニデルメイエール軍。
俺は第十三連隊の全軍に対し南から迂回機動を取りながらニデルメイエール軍のすぐ後ろに回り込むよう声で指示を出す。
ズッ。ズッ。ズッ。ズッ。
「懐かしいなぁ」
アダマンタイトボックスの中、硯に水を入れて静かに墨をつくりながら。
lUNAE LUMEN