6話 神のオーラ
ゼシューと賭けの約束をしてからは、サラは気持ちを切り替えて仕事に励んだ。
しかし、いつも隣にいるはずのヒューイがいない寂しさは、拭えようもなかった。
寂しさをこらえながら、二十年後に来る未来を夢に見ながら、地上の人間を観察し、見守り続けた。
しかし、サラはただ仕事だけをしているわけではない。
鏡で人間の世界を覗きながら、ヒューイのオーラを探していた。
きっとオーラを感じるはずだと信じていたからだ。
今から五百年前、ゼシューの髪からサラが作られた時、スズランの模様の枠がついた鏡をもらった。
しかし、その鏡はスズランの模様が掠れていて、とても新品とは思えない。
何百年も誰かに使い古されたような、でも、大切に扱われていたと思えるような雰囲気を醸し出していた。
人間の観察と見守りを続けて五年ほどたった頃、一人の幼い少女に注目した。
肩にかかる茶色い髪と丸い緑の目がとても可愛らしい少女だった。
少女は毎日寝る前に、ベッドの上で神に祈りを捧げていた。
どうかお父さんとお母さんがいつまでも仲良く元気でいられますように・・・。
少女が祈ると、不思議なことに淡い桃色のオーラがふわりと少女を包んだ。
そのオーラはとても優しく暖かく感じた。
何故か、自分と同じ体温を感じた。
何故、少女にだけそのように感じるのか、サラには分からなかった。
少女はスズランの花が好きで、庭に生えていたスズランをとても大切に育てていた。
サラは、ふと思うところがあって、父神ゼシューに問うた。
「父神様、もしかしたら、私が使っている鏡の前の持ち主は、地上に降りたのではありませんか?」
「おや、何故そんなことを訊くんだい? 誰かに聞いたのかな?」
ああ、やっぱり・・・と思ったが口には出さず
「いいえ、何となくそう思っただけです。だけど、どうして、前の女神は地上に降りたのですか?」
「ふむ・・・それは自分で考えなさい。答えは神によってそれぞれ違うのだから・・・」
父神は少し考えてから、言葉を返したが、サラが欲しかった本当の理由は教えてくれなかった。
少女から目が離せなくなったサラは、毎日少女を見守り、ときには幸運を授けた。
少女は年頃になると恋人の幸せを祈り、恋人が戦地へ行くと無事を祈った。
ある春の日、スズランが咲き乱れる庭に恋人が戻ってきた。
少女は感謝の祈りを捧げた。
大人になった少女は夫の幸せを祈り、次は子どもの幸せを祈り、年老いた姿になったら、孫たちの幸せを祈った。
そして最後は、家族に見守られながら神に感謝の祈りを捧げ、静かに一生を終えた。
最後まで、祈る際にはいつも、淡い桃色の暖かく優しいオーラに包まれていたのだった。
少女の一生をずっと見守っていたサラは、何となくであるが、女神が地上に降りた理由がわかったような気がした。
サラにはこの経験があったので、ヒューイもきっと何らかのオーラを発しているはずと思った。
だから、地上に降りる前にヒューイがどこにいるのか探そうと、毎日、仕事の合間に、地上から発せられるオーラに集中することにしたのだ。
しかし、有難いことに、ヒューイのことを気にかけてくれる神が他にもいた。
ヒューイがいなくなった翌日、鏡を見ているサラに、一人の女神が声をかけた。
サラと同じ愛の女神で名前はモーラ。
腰まで届くピンク色の髪に黄緑の瞳、顔立ちはサラよりも少しだけふっくらとしていて、美人と言うよりも可愛らしさが勝っている。
サラにとって数少ない友達の一人だ。
「サラ、聞いたわよ。昨日、ヒューイが地上に下ろされたんだって?
あぁ、教えてくれたのはビンセルよ。」
ビンセルは戦いの男神、モーラの恋人だ。
挨拶を交わす程度の知り合いだが、モーラからのろけ話はよく聞いていた。
赤い短髪と黒い瞳がカッコ良くて、筋骨隆々の逞しい体は最高!
会話の度に何度も聞かされた。
「ヒューイがいなくなった分、自分の仕事が増えたってぼやいてた。
それにしても、ヒューイはあなたと別れるの、辛かったでしょうね。
サラにベタ惚れだったもの。」
「・・・ベタ惚れ・・・」
否定はしないが、どちらかと言うと、自分の方がヒューイにベタ惚れだったように思う。
「うん。ずっと前からベタ惚れだったわよ。
私ね、サラとヒューイって性格がずいぶん違うのに、ラブラブだったじゃない。
だから何でかなーと思って、サラのどこが好きなのか聞いたの。」
それは、初耳。続きを聞きたい。
「まだ二人が付き合う前、ヒューイが仕事に疲れたときにね。
ああ、これはビンセルが言ってたんだけど、戦神って人間を観察しているときも、幸運を授けるときも、凄くストレスがたまるんですって。
だから、きっとヒューイもストレス疲れじゃないかしら。」
うんそれは、わかる。
「で、疲れたとき、たまたま一生懸命に鏡を見つめているサラを見つけたんだって。
すっごく真面目な顔して鏡を見つめていると思ったら、急にニコニコしだして、笑ってると思ったら今度は涙をこぼしたり・・・。
そんなサラを見ていたら、すごく癒しになったそうよ。
だから、疲れたときは、いつも気付かれないように遠くからずーっと見ていたんだって。」
知らなかった。
そんなこと聞いてない。
そういえば、俺は目がいいんだって言ってたことがある。
それってこういう意味だったんだ・・・。
サラは心の中で独り言を呟きながら、次の言葉を待った。
「それでね。ふふふっ、気が付いたら好きになってたんだって。」
サラの顔がぽっと赤くなった。
「でもね、こんなことも言ってた。
サラは時々、とても寂しそうな顔をする。だから、俺が寂しそうな顔を笑顔に変えてあげたいんだって。
もう、聞いててこっちが赤くなったわよ。」
サラは、初めてヒューイ以外の神々と、輪になって楽しい時間を過ごしたことを思い出した。
手を引いて、みんなの元に連れて行ってくれたっけ。
あれも、私を気遣ってくれてのことだった。
思い出すと涙腺が緩み、涙が溢れそうになる。
「あっ、ごめん。泣かせるつもりじゃなかったのよ。」
モーラは慌ててハンカチを差し出した。
「サラはこれからヒューイを探すんでしょ。私も手伝ってあげる。
知ってるの。祈ると出てくるオーラのこと。
私はサラより女神歴が長いから、今までに二回見たことがあるの。どちらも、神が地上に降りてからのことだった。
だから、神は地上に人間として生まれても、内に持つオーラは消えないんだなって思ったわ。
でも、それはとても微々たるものだから、祈ったときにしか見えないみたいね。
祈ると天界と繋がるからかな。
ヒューイを探すこと、皆には私から伝えておくわ。協力してもらって早く見つかる方が良いでしょう? それとも、おせっかいかな?」
「ううん。おせっかいなんかじゃない。ありがとう。モーラ。」
サラは、心優しい友に、心から感謝した。
そして、寂しがってばかりいずに、笑顔を忘れないでいようと思った。
愛するヒューイのために・・・。