3話 ヒューイの変化
百五十年前、ヒューイは、海に囲まれた小さな大陸を観察していた。
この大陸では三つの国が何年もの間、覇権争いをしていたが、なかなか決着がつかず、戦争を繰り返していた。
ある日、一つの国のうら若き王が、国の優秀な学者を五人集めてこう言った。
「余は、早くこの大陸を統一したい。だから、今までにない最高の兵器を作れ。上手く作れたら、一生贅沢をして暮らせるだけの褒美をやろう。」
学者たちは、寝る間も惜しんで研究に没頭した。
毎日毎日。
ある者は、褒美を夢見て。
ある者は、戦争を終わらせて平和な世にしたくて。
ある者は、思う存分研究に打ち込める自分に酔いしれて。
しかし、天界から観察していたヒューイは、学者が作ろうとしている兵器にただならぬ予感を感じた。
このまま研究を続けさせるべきではないと考えたヒューイは、学者たちにメッセージを送った。
しかし、欲に目がくらんだ学者たちには、ヒューイのメッセージは届かない。
届いたとしても無視された。
だが、たった一人だけがヒューイのメッセージに気付いた。
その学者は他の学者に言った。
夢の中で兵器を作るなと、得体の知れぬ者から警告を受けたと。
だが、それを聞いた他の学者たちに、気のせいだと言われ、結局、何も変化はなく、研究は続行された。
ヒューイはそれからもメッセージを何度も送ったが、全てが無駄に終わった。
王の孫が五人できた頃に、研究は完成した。
五人の学者が王の元へ報告に来た。
「王様、こちらが王様が望んだ最高の兵器でございます。」
兵器は、大人が両手を広げてやっと抱えることができる大きさの球形爆弾だった。
王は顔のしわをさらに深くして、とても喜んだ。
「おお、これがそうか。その威力を是非とも見てみたい。東の平原を使って、余に兵器の威力を見せてくれないか。」
「王様、恐れながら、それは無理かと存じます。我々の計算では、この爆弾一つで、一国が滅びます。それほど破壊力がある兵器なのです。そういうわけで、まだ使ったことがございません。他国に使って初めてその威力がわかることでしょう。」
王は、兵器の威力を知らない兵士に命じ、夜の暗闇の中を気球を使って運ばせた。
兵士は言われた通り、気球に乗り、夜空の星を見ながらゆっくりと隣国へと移動した。
そして隣国の真ん中まで来た時に、命令通り、その爆弾を気球から落とした。
落とされた爆弾は激しい爆音とともに一瞬で大陸の半分を滅ぼした。
そして、その爆弾から出てきた毒ガスが大陸全土を覆い、残り半分の全ての命を奪った。
王も五人の孫たちも学者たちも全て・・・。
戦争は終わったが、平和は訪れなかった。
この出来事がきっかけで、ヒューイは少しずつ変わっていった。
人間を見守り、人間のためを思ってメッセージを送っても、結局人間は欲に負けて、メッセージが届かない。
幸せな人間を見るよりも、屍となった人間を見る方がはるかに多い。
いったい自分は神として何ができるのか・・・。
その悩みが膨らむにつれ、ヒューイは仕事に身が入らなくなっていった。
そして現在。
ヒューイとサラ、ハービス、サンテ、ゴルダードの五人で芝の上に座り休憩している最中、父神のメッセンジャーであるフローリーが飛んできた。
フローリーは天界に住む妖精で、手のひらほどの小さな人の形をしており、ふんわりとした水色のドレスを着て背中には透明な羽がついている。
飛ぶと肩にかかる銀色の髪がふわふわと風に揺れ、くりんと丸い黄緑色の目がとても可愛らしい。
初めに気が付いたのはサンテだ。
「あら、フローリーだわ。父神様からのメッセージでも運んできたのかしら。」
思い当たる節があるヒューイは膝を両手で抱えて頭を下げて顔を隠し、大きな体を小さくして目立たないような姿勢をとったが、無駄だった。
フローリーは目聡くヒューイを見つけ肩に止まり、耳元で囁いた。
「父神様がすぐに来いとおっしゃってます。」
それだけ言うと、フローリーはまたふわふわと飛んで行ってしまった。
「は~・・・」
ヒューイは頭を下げたまま、ため息をついた。
サラ以外の他の神々は、もう切り上げた方が良さそうですなと、自分の鏡のある場所へと帰って行った。
「また父神様に呼ばれたんでしょ。」
「うん、そう。まっ、俺が悪いんだから、呼ばれても仕方がないんだけどね。」
ヒューイは諦め顔でサラに呟いた。
ヒューイは百五十年前の出来事から、仕事に対して熱心さが欠け、百年前からは、人間を観察する時間より、サラを見つめる時間の方が長くなった。
心配したサラが、何度も忠告したのだが、仕事よりサラの方が良いと言って聞かない。
見るに見かねた父神が直接忠告するも、しばらくの間改善するだけで、結局は同じことの繰り返し。
今回で何度目の呼び出しになるのだろうと思っても、数えてないから、それもわからない。
「きっとお怒りだと思うわ。きちんと謝らなくっちゃ。」
「うん。・・・そのつもり。父神様はすっごく怖いけど・・・」
最後の言葉はごにょごにょと小さくなってしまい、はっきりと聞き取れない。
「私も一緒に行くわ。だって、私にも原因があるもの。」
その言葉に驚いたヒューイは、両手を胸の前で振りながら
「ダメダメダメ、サラには関係ないよ。サラは、いつも真面目に仕事をしてる。それに俺に仕事しろって何度も忠告してくれたじゃないか。俺一人で行ってくるから。」
「いいえ、今回は私も行きます。ヒューイの傍にいたいの。もし、父神様が怖くて泣いちゃったら、私が慰めてあげるわ。」
明るく冗談を交えて話すサラの決意は固い。
サラはとても真面目な性格で、結構頑固なところがある。
おとなしそうに見えても、一度決めたら、ちょっとやそっとで決意を覆すことはない。
ヒューイは今までの付き合いで、サラのそういうところがよくわかっていた。
「じゃっ、一緒に行きますか。」
サラとヒューイは手をつなぎ、多少緊張はするものの、軽い足取りで父神が住む神殿へと向かった。
これから二人を待ち受ける恐ろしい現実を知らずに・・・。