第5話 メリーさん、おいでください
「え、これぇ……?」
寄城の目の前には、古く汚れたボロボロの電話ボックスが待ち構えている。
「なんでこんな、ホラー映画用のセットみたいなとこで? もっと綺麗な公衆電話行こうよ……」
「残念ながらここしか無いんスよ。結界の外で呼んじゃうと、メリーさんがここにたどり着けないかもしれないッスから」
「そういうこと……」
どうやら、結界の内側にメリーさんとやらを呼ぶためには、同じく内側にある電話を使わなければならないらしい。
「結界の範囲内に電話ボックスがあっただけでもラッキーッスよ~。これテレカッス。ほら、入った入った」
「うぉいちょっと!」
招鬼に背中を押され、寄城は電話ボックスにねじ込まれる。
何気なく壁についた手に、ザリッと砂の感触がした。
「きたねえ……うおッ!? びっくりした」
寄城の目の前にある電話の向こうのガラス越しに、招鬼が張り付いている。
その手には、例の資料が掲げられていた。
「はぁ……やるしかねえか」
寄城は腹を括ると、さっき渡されたテレフォンカードを使い、自分のスマホに電話をかけた。
留守電用の自動応答メッセージが流れた後顔を上げて、資料に書いてある例の一文を読み上げる。
「メリーさん、おいでください」
(……!?)
寄城の脳内で、何かがキラリと光った気がした。
ずっと忘れていた何か。
記憶の奥底に封じ込められた何かが、今の一言をきっかけに這い上がってこようとしているのを感じる。
(何だ……俺は何を忘れてる?)
バンッバンッ。
外側からガラス壁を叩かれ、彼はハッと我に返った。
招鬼が、口の動きで「は・や・く」と伝えている。
彼は急かされるまま、二回目の詠唱を口にした。
「メリーさん、おいでください」
やはり何か、ピンと来そうで来ない。
モヤモヤした気分のまま、三回目の詠唱へ移る。
「メリーさん、おいでください」
こうして、メリーさん召喚の儀式は無事終了した。
結局電話を切った後も、あの感覚が何だったのかは分からないままだった。
「寄城先輩、どうしたんスか? やっぱり具合悪いんスか?」
「あ、いや……何でもない」
寄城の体調はすこぶる悪かったが、また手を繋いでもらうのは何だか申し訳ないような気がして、我慢した。
二人は言葉少なに事務所へと戻った。
「ただいまッス~」
「おう、召喚は出来たか?」
「たぶん──」
寄城が言いかけた時。
ポロロロロン、とスマホの着信音が響き渡った。
(うわダサい……そういやまだ着信音変えてなかった)
「何してる、早く出ろ」
「あっはい」
慌てて受話器のボタンをタップし、スマホを耳に当てる。
スピーカーの向こうから、か細く、どこか冷たい少女のような声が聞こえてきた。
『わたしメリーさん。今、電話の前にいるの』
「うわッ!?」
寄城がスマホを耳から離すと同時に、電話は向こうから切れた。
「今のって……」
結界や霊圧の効果を体験したことで、オカルトに対する信憑性はかなり上がっていたが、それでも実際に怪異と対話してみた時のショックはやはり大きい。
と同時に、寄城は脳内でまた何かが大きく膨れ上がってくるのを感じていた。
「そいつがメリーだ。どうやら、ちゃんと召喚出来てるみたいだな」
そんな寄城をよそに、早明浦は無精髭を撫でながら満足げに頷いた。
「落ち着け寄城。そもそもメリー呼ぶのがお前の仕事なんだから。そんな事より招鬼、お前今日はもう帰れ」
「え~、嫌ッスよ! ボクもメリーさん見たいッス!」
「お前要らん。マジで」
「ひどいッス! パワハラッス!」
そんなやり取りを眺めていると、再び非通知から電話がかかってきた。
寄城は震える手でスマホを耳に当てる。
「……はい?」
『わたしメリーさん。今、四階建てのビルの前にいるの』
そして例によってすぐ電話は切れた。
「ビルの前って、もうそこまで来てる!?」
「だから落ち着けって。ガタガタ抜かすな、腑抜け」
「ひ、ひどい!」
それから、少女の声で電話がかかってくる度に位置が近付いてきた。
エレベーターの前。エレベーターの中。四階の廊下。曇りガラスのドアの前。
そしてついに、その時がやってきた。
『わたしメリーさん。いま、あナタのうしろにいルの』
「……ッ!」
声と同時に部屋が急激に暗くなり、部屋全体を禍々しく冷たい空気が包み込んだ。
さっき外で感じたのとは比べ物にならないほど重い霊圧。
(頭がグワングワンする……苦しい……)
寄城は立っていられなくなり、目の前にあったソファーの背にもたれかかるようにして地面に膝をついた。
そして、彼のすぐ後ろには、真っ黒なオーラに身を包んだ少女の影があった。
「よし、出たな」
不気味な影のさらに後ろには、半笑いの早明浦。
その隣には、メリーさんの霊圧を受けて苦しそうに顔を歪める招鬼が立っていた。